ありふれた?デジモンテイマーは世界最強を超え究極へ至る   作:竜羽

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お待たせしました。ワクチン接種の副反応や残業週間で疲れがたまっていました。

帝国と勇者のお話。意外な登場人物が出てきます。お楽しみください。


28話 勇者()死す

 檜山による光輝への襲撃から一夜明けて。

 朝、檜山の様子を確認しに兵士が牢屋に向かい、檜山が消えていることが確認され王宮は騒然となった。本来なら急いで調査をされるはずなのだが、ヘルシャー帝国からの使者が来るため人員を割くことが出来ず、王国は檜山が消えたことを一時的に伏せた。

 勇者の仲間たちにも例外ではなく、特に光輝にはメルド団長の指示で念入りに隠された。

 何せ彼は自分が同級生の右腕を切り落としてしまったことで気落ちしていた。そこに檜山が行方不明になったと知ってしまったら、余計に思い詰めてしまうからだ。

 

 そして遂に帝国から皇帝ガハルド・D・ヘルシャーを筆頭とした使者がハイリヒ王国にやってきた。

 皇帝ガハルドと使節団5人は謁見の間に通され、国王エリヒドと王国の重鎮達、教皇イシュタルを筆頭とした司祭数人が出迎えている。出迎えの中にはもちろん光輝を始めとした迷宮攻略メンバーもいる。なお、愛子と彼女を手伝うことにした雫と優花、迷宮攻略を拒否した生徒はいない。帝国は戦闘力に重きを置く実力主義国家だ。なので、生産に携わる者や戦いを拒否した者が出てきてしまっては侮られると判断された。

 

「ガハルド殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「エリヒド殿、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

 エリヒドに促され前に出る光輝。残りのメンバーも紹介される。ガハルドは攻略メンバー、特に光輝を品定めするように眺める。

 

「ほう。随分と若いな。本当に65階層を攻略したのですかな?あそこには過去最強と言わしめた冒険者でさえ歯が立たなかったベヒモスがいたはずだが」

 

 若干疑わし気に言われたガハルドの言葉に、光輝は居心地が悪くなる。使者団もガハルドと同意見なのか光輝をじろじろと見ている。

 

「えっとではお話ししましょうか?攻略マップもあります。あ、出てきた魔物はベヒモスを強化したような魔物で」

「いいえ。話だけなら誰でもできるから結構ですわ。それよりもわかりやすい方法がありますわ」

 

 光輝の話を遮り、使者団の中から1人の人物が進み出た。

 豪奢なドレスを着こなし、見事な金髪を縦ロールにした美しい少女だ。美しさだけでなく、気品も抜群であり、リリアーナ王女に似た雰囲気を纏っている。

 

 彼女の名はトレイシー・D・ヘルシャー。

 

 ヘルシャー帝国の第一皇女だ。

 トレイシーが提案したのは彼女の護衛の1人と光輝が模擬戦をするというものだった。光輝は戸惑ったが、エリヒド王とイシュタル教皇が賛同したことで模擬戦に応じた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 模擬戦専用の刃潰しされた聖剣と同じ大きさ、重さの剣を携えた光輝が騎士団の模擬戦場に出ると、すでに対戦相手は準備を整えていた。

 使節団の1人にいた男だというのはわかるのだが、なんとも平凡な男だった。身長は高過ぎず低すぎず、特徴という特徴がない。しいて目印にするなら右耳のイヤリングくらいか。人混みに紛れてしまえば見つける自信がない。光輝はとても強そうに見えないと思った。光輝が現れても右手に持った剣をだらんとぶら下げて、構えも取ろうとしていない。

 昨日の檜山とのことでモヤモヤしていた光輝は、ガハルドから舐められていると思い、最初から本気の一撃を叩き込むことにした。そうすればガハルドの鼻を明かせる。

 

 謁見の間にいたメンバーが観戦席から見守る中、模擬戦が始まった。

 

「いきます!!」

 

 技能〝縮地〟で風のごとく疾走する光輝。並みの戦士では視認することも難しかった速度だ。あっという間に相手を間合いに捕えた光輝は唐竹に剣を振り下ろす。ここに至って相手は反応さえしない。

 勝ったと思った光輝は寸止めしようと一瞬力を抜いた。

 

 ゲシッ。ズシャッ!!

 

「ブッ!?」

 

 突然、光輝がバランスを崩し転倒。踏み込みの時に力を入れ過ぎたせいで、見事なヘッドスライディングを決めてしまった。

 傍から見れば駆けだした光輝が蹴躓いて、無様に転んだように見えた。

 しかし、動体視力に優れた者から見れば対戦相手の見事なカウンターが決まったことが分かった。

 寸止めのために意識を腕に移した瞬間を狙い、片足立ちになっていた足を払い、光輝の踏み込みの勢いを利用して左手で思いっきり押し出したのだ。

 

 何が起こったのか理解できない光輝だったが何とか起き上がり、相手に剣を向ける。

 相手の男は相変わらず光輝に対して構えを取っていない。

 

「おいおい!勇者っていうのはあの程度なのか?全然なっちゃいねえ」

「ですわねえ。正直、期待外れですわ」

 

 観戦席からガハルドとトレイシーの声が響く。ガハルドが乱暴な口調なのは、光輝の醜態に呆れているからか。トレイシーは頬に手を当てて完全に呆れ果てているが。

 ヘルシャー親子の言葉に顔を歪めた光輝は、再び斬りかかる。今度は確実に一撃を当てるために、しっかりと踏み込む。唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突き、と〝縮地〟を使いこなしながら超高速の剣撃を振るう。その速度は既に、光輝の体をブレさせて残像を生み出しているほどだ。

 

 しかし、嵐のような光輝の攻撃を男は柳のようにゆらゆらと動きながら躱していく。

 徐々に自分の攻撃が当たらないことに光輝が焦って来ると、その隙をついて剣を突き出してくる。

 気が付けば攻撃をしていたはずの光輝が、防御一辺倒になり、追い詰められていく。

 

(このままじゃ、まずい!?)

 

 光輝は起死回生の一手として全身から純白のオーラを吹き出す。〝限界突破〟の技能を発動させたのだ。3倍になったステータスで振るわれた剣は、相手を大きく吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた相手は、しかし空中で綺麗に1回転すると何事もなかったかのように着地した。

 だが、多少傷は受けたようで、服が少し破けていた。

 

「ふーむ。身体能力は並の人間離れしていますが、戦いの駆け引きはなっていませんわねえ」

 

 模擬戦を見ていたトレイシーはここまでの光輝の戦いを評価していく。身体能力だけなら隣の父であるガハルドをも超えている。しかし、それだけだ。本当に光輝が人間族を導く勇者と呼ばれるに相応しい者なのか。

 トレイシーはちらりと光輝以外の神の使徒達を見る。誰もかれも光輝が苦戦していることが信じられない顔をしている。

 聞けば彼らはここに召喚されるまで戦いとは無縁の生活を送ってきたという。

 

(そんな方々が今や神の使徒で勇者ですか……)

 

 イシュタルとエリヒド王の方を見ながら、はぁと溜息を吐くトレイシー。横ではガハルドも同じようなことを思っているのか、眉をひそめている。

 

 トレイシー・D・ヘルシャー。

 実力至上主義で、次代の皇帝でさえも生死を賭けた決闘で決めるというヘルシャー帝国の第一皇女として生まれた彼女は、血筋に相応しい戦闘狂だ。一見華やかな淑女だが、一度戦闘が始まれば嬉々として武器を振り回す。しかも〝魔道具師〟というアーティファクトを始めとする魔道具を扱う才能を持つ天職も持っており、召喚された生徒達にも引けを取らない戦闘力を持っている。

 だから今回の王国への訪問も、召喚された勇者の実力が見たくてついてきたのだ。

 そんな彼女にとって、今のところ光輝の実力は期待外れだった。

 せめて少しは見所のある者はいないかと、神の使徒達の方をもう一度見るトレイシー。

 

(……おや?)

 

 するとさっきはわからなかったが、他の者たちとは模擬戦を見る目が違う者が二人ほどいるのに気が付いた。

 しかもそのうちの一人はなかなかトレイシー好みの眼差しで模擬戦、特にトレイシーの護衛の動きを見ている。

 

「ふむ。……面白そうですわね」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるトレイシー。

 パンパン。客席から手を2回鳴らすと周囲の注目を集める。

 

「そろそろ本気でやってもいいですわよ!」

「……わかりましたわ」

 

 初めて男が声を出した。しかし、その声音と口調は男ではなく女の物だった。

 光輝を始めとした王国の者たちが戸惑っていると、男が右耳にしていたイヤリングを取り外す。

 すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

 

 少し小柄な女性だ。服装は修道女が着るような服を着ている。だが、被っているベールは神殿の修道女が被っているものとは違い、水色のネズミの様なデザインのベールだ。

 女性の顔にはおっとりとした笑みが浮かんでおり、光輝が〝限界突破〟を発動していても動じていない。

 

「お、女の人!?」

 

 むしろ光輝の方が動揺する。

 

「おや?私が女ということが何か?」

「あ、いえ。まさか、女の人だったなんて思わなくて」

「申し訳ありません。雇い主のトレイシー様からの言いつけでして。さて、続きを始めましょうか」

 

 女性は剣を持ち上げて切っ先を光輝に向ける。

 

「申し遅れました。私の名はシエルと申します」

 

 女性──シエルは名乗り終えると未だ動揺から立ち直っていない光輝に向かって駆けだした。

 

「え?いや、ちょっと待ってください!?」

 

 慌てて制止しようとする光輝に構わず、シエルは先ほどまでとは桁違いのスピードで光輝に迫る。

 困惑しつつも反射的に剣を受け止める光輝。〝限界突破〟状態で普段の3倍のステータスになっているはずなのに、スピードに追い付けられず必死に捌く。

 

「うう、おおおっ!!」

 

 裂帛の気合を込めてシエルの剣を弾く。するとさっきまで正面にいたはずのシエルの姿が消えていた。

 

「どこに!?」

「後ろです」

 

 背後から聞こえた声に光輝がバッと振り向く。だがそこには誰もいない。

 一瞬、光輝の身体も思考も混乱する。その隙をついて、右に回り込んでいたシエルが脇腹に掌底を放つ。

 

「はっ!!」

「おごっ!?」

 

 突然の衝撃に受け身も取れずに吹き飛ばされて地面を転がる光輝。

 

「剣だったら死んでいますわね。……ふむ」

 

 最初の一撃で注意を引き付け、一度視界から消えることで困惑。声で別の方向に誘導し、死角からの一撃を加える。僅かな時間で光輝はシエルの立てた戦略に嵌り、致命的な一撃を受けた。

 明らかに対人戦闘が不足している。トレイシーは一体王国は勇者に何を教えてきたんだと、頭を抱えそうになる。

 一方訓練場では、何とか体を起こした光輝に対してシエルが怪訝な顔をしていた。

 

「どういうつもりでしょうか?明らかに戦おうという意思が感じられませんよ?」

「……模擬戦なんだから貴女を傷つけるわけにはいきません」

「傷つける?」

「今の俺はさっきの3倍のステータスになっています。さっきの一撃も大したダメージになりません」

 

 立ち上がる光輝。言葉通りダメージはないようだ。

 

「貴女はスピードこそ凄いですがそれだけです。攻撃も防御も俺の方が上です。これ以上続ければあなたを傷つけてしまいます。だからもう降参してください」

 

 言葉にした理由もあるが、光輝には昨日の檜山の右腕を切り落としてしまったことも脳裏にこびりついていた。〝限界突破〟を使ってステータスが急上昇したことで、相手への攻撃に忌避感が沸き上がってきた。

 だからこそ降参を促した。

 

 シエルが美しい女性だったことも理由の一つだろうが。

 

 一方、それを聞いていたシエルと模擬戦を見ていたトレイシーを始めとする帝国の者たちは、「はあぁぁ~~」と大きなため息をついた。

 

「……私にこんな義理は無いのですが、少々教育が必要ですね」

「え?」

 

 シエルの言葉がわからず、降参するとばかり思っていた光輝が目を丸くする。

 シエルは持っていた剣を真上に放り投げる。

 それを見た光輝はシエルが降参したと思い、構えを解いて笑顔を向ける。

 

「よかった。降参してくれて」

「哀れですね」

 

 またも後ろから聞こえた声。放り投げられた剣に光輝が意識を持っていかれた間に音もなく後ろに回っていたシエルが、どこからか取り出したナイフを両手に持ち、光輝の頭に振り下ろした。

 あまりに気配が無く、光輝だけでなく見守っていた誰もが気が付けなかった。いざという時は割り込もうとしていたイシュタル教皇も間に合わなかった。

 

 そしてシエルのナイフは狙いを外さず振るわれ、斬り落とした。

 

 この日、勇者は死んだ。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 その夜、王国の一室でガハルドとトレイシー、そしてシエルが話しをしていた。

 

「ありゃ、ダメだな。ただの子供だ。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いもなく信じている口だ。なまじ実力とカリスマがあるからタチが悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな。〝神の使徒〟である以上蔑ろにはできねぇ。取り敢えず合わせて上手くやるしかねぇだろう」

「ですわねえ。しかも考えが甘すぎますわ。シエルが女だとわかった途端、露骨に剣が鈍りましたわ。もっとももともと人間を攻撃することに躊躇いがありましたが。まったくあんなありさまで魔人族と戦争ができるのかしら?シエルの脅しにもどれくらい気が付いているのやら」

「クククッ。あれはなかなかに傑作だったぞ、シエル」

 

 笑いながらシエルを見るガハルド。シエルはただニッコリと微笑んだ。

 

「ちょっと前にトレイシーが拾ってきたときは大丈夫か不安だったが、勇者を手玉に取るとは。やはり俺の妻にならんか?」

「ご冗談を。私の雇い主はトレイシー様ですし、それ以前に目的がありますので。どうしてもというのなら打ち負かしてください」

「ですわよ。シエルはあげませんし、そもそも何十連敗していますの。いい加減しつこいですわ」

 

 二人に言われたガハルドは肩をすくめる。もう何十回も繰り返したやり取りなのだ。

 

「皇帝陛下のことも勇者のこともどうでもいいですわ。わたくし、気になる方を見つけましたわ」

「ほう?お前のお眼鏡にかなう奴がいたのか」

「ええ。ちょっとした勘ですが何やら他の者とは違うと感じましたわ」

「よし。俺も興味が出た。探してこい」

「ええ。シエル、頼みますわ」

「はい。ではその方の特徴を教えてください」

「特徴はですね……」

 

 翌朝、王宮にある一つの訓練場にトレイシーは足を運んだ。

 シエルに探らせた情報から、そこには目的の人物がいることがわかった。

 

「いましたわ」

 

 見つけたトレイシーがニヤァと笑みを浮かべた。彼女の視線の先には、必死で体裁きの訓練をする一人の人物がいた。その動きは昨日の模擬戦でシエルが見せた動きを身に着けようとしている。

 トレイシーは一歩訓練場に足を踏み入れた。

 

「失礼しますわ!!」

「うわっ!?ごめんなさい勝手に使って!!?」

 

 驚くと同時に訓練を止めて頭を下げたのは、全身黒ずくめの少年。そう、ある意味で召喚者の中でハジメと並ぶチートな能力を手に入れた遠藤浩介だった。

 

「構いませんわ。わたくし、トレイシー・D・ヘルシャーに王国の訓練場を使うことに口を出す権利などありませんもの」

「え?こ、皇女様!?」

 

 名乗りも含めた返答に浩介が頭を上げると、帝国のお姫様がいて、ものすごくビビる。

 なにせ金髪ドリルにゴスロリドレスという異世界定番のお姫様がいたのだ。

 

「あ、あのここにどんなご用事でい、いらっしゃったのでしょうか?」

「そう緊張しなくてもよろしいですわ。わたくしがここに来たのはただ一つ、あなたに会うためですわ」

「え?」

「シエルにあなたのことを探させていました。それでここに来たのですわ」

 

 突然のトレイシーの言葉にビビりから混乱に発展する浩介の脳内。

 

「昨日の模擬戦、正直勇者にはがっかりでしたわ」

「あ~。まあ、あんなことじゃしょうがない、ですよね。……プクク」

 

 昨日の光輝とシエルの模擬戦を思い出す浩介。そして湧き上がる笑いを堪えようとする。

 

 昨日の模擬戦の最後、光輝の後ろに回り込んだシエルは隠し持っていたナイフで光輝の頭を斬り裂いた。

 

 正確には光輝の頭──―の上の頭髪を。しかもナイフは何度も振るわれた。

 

 バッサリと斬り裂かれた光輝の頭髪は宙に舞い散った。

 その後に残ったのは、無残な髪形になった勇者だった。

 しかも丸坊主ではなく、淵の部分の髪は残っていた。地球の歴史を知る浩介には、歴史の授業で習ったある宣教師の髪型にそっくりだと思った。どうでもいい話だが、その髪型の名前は「トンスラ」。ラテン語で「髪の毛をそること」だ。笑いをこらえるのに、浩介は必死だった。

 同じくそれを知っていた他の召喚者達も必死に笑いをこらえていた。特に天職が降霊術師の少女が、隠している本性を露わにしそうになるほどの笑いがこみ上げてきてしまい、必死で掌を抓っていた。肉が取れるのではないかというほど。

 

 こうして、勇者(の髪型は)死んだ。

 治癒魔法では斬られた髪は伸びてこないので、ヅラを用意することになるだろう。

 

 模擬戦は当然中止。刃のついた武器を持ち込んでいたシエルの反則負けとなった。

 帝国も勇者の〝限界突破〟の力を見たことで、一応光輝を勇者であると認めた。

 

 もっとも、昨夜の部屋で話していた通り帝国の勇者への評価はかなり低い。

 模擬戦とはいえ人への攻撃に躊躇いを持ち、女性相手となると碌に相手の力量を察することなく降伏を促し、油断して構えを解く。そんな有様では魔人族との戦争が始まれば長生きできないだろう。

 なにせ、例え魔人族の魔物を葬るほど勇者が強いとしても、だったら魔物や戦闘以外で何とかすればいいのだ。

 

 つまり、暗殺者で勇者を始末すればいい。

 

 夜中に隠密に長けた魔人族が砦や拠点に潜入し、眠っている勇者の元に行けば事足りる。いや、眠っていなくても町中に潜入し、油断している勇者の後ろからナイフで刺せばいいだろう。昨日の模擬戦を見る限り、暗殺者への対策などしていないだろうから。

 シエルはあの模擬戦で暗殺者がいかに恐ろしいか勇者に示して見せたが、果たして気が付いているだろうか?

 

「勇者などどうでもいいのですわ。それよりもわたくしはあなたが気になりました。あの模擬戦を見ている中で、あなただけがシエルの技量を把握していましたわね?誤魔化さずに答えてくださいまし」

「は、はい。あのシエルさんは、メルド団長みたいな雰囲気を持っていましたから」

「それを察せるということは、あなたの天職は隠密を得意とする類ですか?」

「はい。暗殺者です。えっとつまり、シエルさんも?」

「ええ。天職もちではありませんが、シエルは超一流の諜報技術を身に着けていますわ」

 

 今回シエルは自分の戦闘力を光輝が模擬戦として戦える程度の力しか見せていない。そしてそれをほとんどの王国の人間が察することもできなかった。

 できたのは同じ天職を持つ浩介と、メルド団長くらいだろう。

 

「しかもあなたは察するだけでなく、シエルの技術を奪おうとした。ただ勇者がやられていたことに驚いていただけの他の神の使徒とは大違いですわ。(もう一人、違う目をした者もいましたが、わたくし好みの目ではなかったですわね)」

 

 心の中で一言付け加えるトレイシー。

 

「もしよろしければ帝国に来ませんか?シエルに直接教われば効率的ですし、帝国にも神の使徒がいれば人間族の連携もより円滑になりますわ」

 

 もともと帝国としては神の使徒の中に見所のある者がいれば引き抜こうと考えていた。浩介はトレイシーの目に留まったのだ。

 

「でも、俺やらなきゃならないことがあるんです」

 

 浩介はオルクス大迷宮で親友であるハジメが行方不明になり、探すために訓練に同行しているのだと話した。もちろんデジモンのことは伏せてだが。

 浩介の話を聞いたトレイシーはしばらく考える仕草をする。

 

「でしたら、なおさらこの国を出たほうがいいですわね」

「え?どうしてですか?」

「貴方のご友人と探しに向かった方がオルクス大迷宮に降りて1ヵ月以上。大迷宮の入場ゲートにもそれらしい人物の帰還の報告はない。普通に考えれば餓死していますわ」

「そ、それは……」

 

 トレイシーの推測はもっともだ。浩介もどこか考えていた可能性だが、認めたくないことだった。

 言葉を失う浩介だが、トレイシーの言葉はまだあった。

 

「ですが可能性はまだありますわ。餓死以外にもう一つの可能性が」

「もう一つの可能性、ですか?」

「そもそも大迷宮は遥かな昔に作られ、その全容は判明していません。まして65階層より下など未知の領域ですわ。もしかしたら入場ゲート以外の出口があるかもしれません」

「!?」

「雲をつかむようなお話ですが、生存が絶望的なオルクス大迷宮の中を探すよりも他の場所を探したほうが建設的だとわたくしは考えますわ。そして帝国の近くには同じ大迷宮の可能性があるハルツィナ樹海とライセン渓谷がありますわ。オルクス大迷宮への手がかりがあるかもしれません。また鍛錬をするにも帝国は最適な環境ですわ。王国よりも戦の訓練をしていますし、シエルもあなたの訓練を見てもいいと言っていますわ」

 

 トレイシーの話は納得できるものだった。浩介は悩む。

 光輝達に同行してオルクス大迷宮を攻略していても、1人では限界があるし、見つけられる可能性は低い。なら他の場所を探すというトレイシーの提案は理にかなっている。

 もう一つの訓練についても、王国は暗殺者である浩介に暗殺術を教えてくれないから帝国に行ってあのシエルに教えてもらったほうがいいのではないだろうか?おそらく王国は暗殺者として成長した浩介を危険視しているのかもしれない。それとも影の薄い浩介のことを忘れてしまっているのか。

 

 と、ここで浩介は重大なことに気が付いた。

 

「ってそういえば!?」

「な、なんですの?」

 

 いきなり叫んだ浩介にトレイシーは驚く。

 そう。浩介の様子に驚いたのだ。

 彼女は、浩介を認識している。家族にさえも存在を忘れられる浩介を、昨日の模擬戦の時から気が付き、目を付けていたのだ。

 

 ぶわっと浩介の目から涙が溢れる。ギョッとするトレイシー。

 

「う、うわあああっ。異世界に、俺を認識している人がいるなんて!!」

「一体何どうしたんですの!?」

 

 トレイシーの困惑など放っておいて、浩介はハジメ以外で自分を認識してくれたトレイシーに感激の涙を流し続ける。

 

「そういえば!シエルさんが俺を探したって言っていましたよね!?」

「え、ええ。そうですわ」

「つまりシエルさんも俺を認識してくれる!?」

 

 再び感極まる浩介。

 しばらく泣きながらトレイシーにこれまでの人生で影が薄いことでいかに苦労してきて、普通に自分を認識してくれるハジメとの出会いでどれだけ救われたのか語った。

 あまりに哀れな人生に、戦闘以外で心を動かされたことがなかったトレイシーの心が痛んだ。

 

 それから二人はいろいろ語り合い、トレイシーが浩介の実力を見て見たいということで二人の模擬戦が始まった。

 当然、トレイシーの強さに浩介は技能〝深淵卿〟を発動した。

 

 

「初手より奥義をお見せしよう。不滅の深淵旅団(イモータル・アビス・ブリゲイト)!!!」

「なんという分身の数!?しかも不規則なポーズばかりで分身で行動が読めませんわ!!」

 

 上達した分身を使い、特に意味はないが複雑なポーズを無数の分身にさせることで相手から本体の注意を逸らす技を披露したり。

 

「念のために持ち出して来て正解ですわ!!魔喰大錬(まぐいたいれん)エグゼスゥゥゥ!!!」

「ぬうぅ。なんという武器だ!?魔力を喰らい所有者の力を上げるとは。しかもあの禍々しいオーラ……素晴らしい」

 

 トレイシーが帝国の宝物庫から持ち出した大鎌に戦慄と感動を深淵卿が覚えたり。

 

「未完成だが、麗しき貴女に捧げよう。刮目せよ!!――|深淵ノ螺旋転燐斬《アビスティック・スクリュー・チョガー・ザンビル》――!!!」

 

「なんという凄い技ですか!!!??」

 

 なんかよくわからない深淵卿の技に大いに盛り上がった。

 そして二人は気力体力魔力を使い果たして倒れるまで戦い続けたのだった。

 

「はぁはぁはぁ。最初は、勇者と同じ戦いの作法も知らないのかと思いましたが、あなたの剣には、はぁはぁ、確かな覚悟がありました。ふふっ。あなたは自分自身の戦いを身に着けていますのね」

「だが、それでもわが友には届かぬよ。だからこそ、強くなることを我は諦めん」

「貴方がそこまで言うナグモハジメとやら。気になってきましたわ。ふふふ」

 

 ぶっ倒れたまま、二人は意気投合。訓練にやってきた騎士団の騎士達に驚かれることになった。

 

 その後、いろいろ話し合いもあったが浩介は帝国に行くことを決意。オルクス大迷宮からハジメ達が脱出した可能性を信じて探すことと、さらなる力を身に着けるために新しい道を歩むことにした。

 王国は浩介のことを「そういえばいたな」とやっぱり忘れていたが、そのおかげですんなりと付いていくことが出来た。

 

 帝国への馬車の中。浩介はトレイシーとシエルと共に馬車に乗っていたが、そこでシエルから驚くべきことを聞いた。

 

「そういえば遠藤様はデジモンというものをご存じでしょうか?」

「え?なんでデジモンを知っているんですか!?」

「だって私もデジモンですもの」

「!?!?」

「シスタモン シエル。それが私の本当の名前ですわ」

 

 浩介、再びの驚愕。彼の運命も大きく動き始めていた。

 

 




〇デジモン紹介
シスタモン シエル
レベル:成熟期
タイプ:パペット型
属性:データ
頭にネズミの形をしたベールを被っているデジモン。シスタモンには姉妹が二人おり、同じシスタモンという種族だが名前と姿が異なっている。
デジタルワールドを渡り歩き異変などを調査し、仕える主に各地の情報を伝えている。性格はおっとりしているが芯が強く、渡り歩いた先々のデジモンたちからも人気が高い。日中は和気藹々と平和に暮らす姿を見せるが、夜になると情報を得た不穏分子を狩る暗殺者に一変する。
現在はヘルシャー帝国のトレイシーに雇われている。トータスの言葉は転移してから各地に赴き独学で覚えた。
トレイシーとは別に使える主がおり、トータスにやってきたのも主から命によるもの。
“白詰一文字”と呼ばれる愛刀を持ち、音を立てずに敵を切る『白詰一文字切り』を得意技とする。また袖から忍びナイフを2連射する『白殺』、敵の油断を誘い至近距離から足に仕込むナイフで急所を突く『突蜂』と様々な暗殺技がある。


というわけで帝国とお話でした。
オリジナル展開として第一皇女のトレイシーと彼女の護衛としてシスタモン シエルが登場しました。シエルも今後のキーキャラクターになる予定です。あとシエルもいるということは・・・。
アフターで登場したトレイシー。結構お気に入りキャラなのと深淵卿と相性いいんじゃないかと思い登場しました。これからどんな風に動いてくれるか楽しみです。

そして、タイトルの()の中身は「勇者(の髪型が)死す」でした。
落ちはギャグですが、勇者って国王にも匹敵する重要人物なので暗殺者対策は必要だと思うんですよ。そういう意味でも対人戦闘は必須なんですが、原作からしてやっていなさそうですし、ガハルドに翻弄されていましたからね。
シエルとの闘いで気が付いてくれたら、いいなあ。でないと今後寝ている間に・・・。

次回からハジメ視点に戻ります。もうすぐ一章も終わりです。

〇次回予告
オルクス大迷宮のオスカー・オルクスの屋敷。
そこに住まう二人の侍女が語る解放者の話を聞くハジメ達。
果たしてハジメ達は二人を信じることが出来るのか。
そして、ハジメが香織とユエに語る世界を救って思ったこととは?

次回29話「世界を救うということ」

今、冒険のゲートが開く。
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