ありふれた?デジモンテイマーは世界最強を超え究極へ至る 作:竜羽
またもや一ヵ月も間が空いてしまいました。すみません。
──暗黒の海。
常に深い霧に包まれ日の光は差さず、黒い海の海岸が広がっている世界。
地球ともトータスとも、ましてやデジモン達が住むデジタルワールドとも違う次元にあり、時折空間の位相がずれて入り口が開いて迷い込む者がいる。
「暗黒の、海」
さっきまで教会の近くをフラフラ歩いていたはずなのに、いつの間にか霧に包まれて飛ばされた雫も飛ばされたものだった。
普通ならば、こんな不気味な世界に飛ばされてしまえば、混乱してしまうものだ。
しかし、今の雫の心は酷く落ち着いていた。
「落ち着く……私を、呼んでいるのかな?」
寄せては反す静かな波の音が、ひどく心地いい。
もっと聞いていたい。浸っていたい。
自然と雫の足は、海に向かって歩み出していた。
「あそこに行けば……きっと楽になれる」
度重なるショックで限界を迎えていた心が、この世界に満ちている暗黒の闇に魅入られてしまった。
フラフラと歩く彼女の行く先の海面から、無数の影が浮かび上がってくる。
それはウェットスーツを着た水棲獣人型デジモン、ハンギョモンの姿をしていた。
だが、徐々にハンギョモンの姿が崩れ、暗い闇色の人型の何かに姿を変える。
彼らはデジモンではない。この海を支配する存在に仕える眷属、深き者だ。
雫は次々と現れる深き者達を見ても、歩みを止めようとしない。
この海の闇に魅入られた彼女には、この世界の全てが安息へと導いてくれる救い手のように見えていたのだ。
遂に彼女の足は海の中に入ってしまい、どんどん先に進んでしまう。
深き者達もゆっくりと雫に歩み寄って来る。
このまま深き者に連れられて、暗黒の海の先に沈んでしまえば、電子に溶けて消えてしまうだろう。
それがこの海の深淵に囚われた者の末路だ。
もう雫の腰まで海に入ってしまった。このままでは戻れなくなる。
周囲の深き者達が腕を伸ばしてくる。その手を、笑みを浮かべながら雫が掴もうとしたその時だった。
「《ヘブンズナックル》!!」
聖なる拳が、深き者に炸裂して吹き飛ばした。
上空からエンジェモンが舞い降りてきて、間一髪雫を救ったのだ。
「逃げるぞ雫!!」
エンジェモンは素早く雫を抱え上げるとその場を離脱し、岸へと戻る。
その後を深き者達が追いかけるが、紅い影が阻む。
「やらせないですぅ! ファイラモン!!」
「《ファイラボム》!!」
シアと彼女を乗せたファイラモンだ。
ファイラモンの火炎爆弾が海水を瞬時に沸騰させて水蒸気爆発を起こし、深き者達を吹き飛ばす。それを掻い潜って海の中から出てきた相手には、シアのドリュッケンの一撃が振るわれる。
しかし、海の中から深き者達はどんどん現れる。
「キリがないです」
「雫は助けたんだ。いったん引こう」
「はいです!」
ファイラモンは飛び上がり、先に海岸に戻ったエンジェモンに合流する。
「エンジェモン。シズクさんは大丈夫でしたか?」
「ああ。だが、暗黒の力に当てられたせいで気を失ってしまった」
「とりあえず、ここを離れましょう。あいつら、まだこっちを見ています。それだけじゃありません。あの霧の向こうには、何か」
海の方を振り向くと、シアの言うとおり海面から深き者達がこちらを窺っている。
それだけでなく、兎人族としてのシアの鋭敏な感覚が彼ら以上の存在を、霧の向こうから感じ取っていた。
深く探ろうとすると、逆に相手に飲み込まれてしまう、途轍もない存在。
シアは知らないだろうが、もしもハジメや浩介がこの場にいたら、地球の19世紀のドイツの哲学者・フリードリヒ・ニーチェの格言を思い出しただろう。
──深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ──
シアの言葉を聞いたエンジェモンも振り返り、霧の向こうに一瞬だけ現れた巨大な影をシアと一緒に目にした。そのあまりの禍々しさと威圧感に息をのみ、エンジェモンはあるデジモンの名前を口に出した。
「……まさか、あれはダゴモン」
「え?」
「おそらくここは、ダゴモンの──暗黒の海だ。早く抜け出さなければ」
兎にも角にもこの場を離れなければと、海に背を向けエンジェモンとファイラモンが岸に向かって飛び上がる。
「なんですか? 暗黒の海って?」
飛びながら、シアはエンジェモンにさっきの言葉の事を質問する。
「デジタルワールドの噂の1つだ。もっとも深いデジタルワールドの奥、デジタルワールドであって、そうじゃない世界。霧に包まれた暗い海しかない場所だ。一度足を踏み入れたら最後、戻ってこられないと言われている」
「ヒェッ。こ、ここがその海なんですか?」
「ただの噂だと思っていた。だが、さっきの霧の向こうに見えた影。あの姿かたちは、天界エリアのデータベースで、この海と一緒に記載されていた。この海を支配すると言われる邪神型デジモンのダゴモンにそっくりだった」
「じゃあ、やっぱり」
エンジェモンは嘘をつかない。だから、その言葉は真実。シアは恐怖に身を震わせた。
「急ぐぞ。シア、ファイラモン」
■■■■■
一方その頃、ウルの町では夜が明けていた。
喧嘩して倒れた香織とユエは、目覚めても険悪な雰囲気だった。
「フンッ」
「……」
流石にまた殴り合いはしないが、香織は鼻を鳴らして目を逸らし、ユエは香織の態度について何も言わない。
2人の重々しい空気に、テイルモンとルナモンも何も言えない。
そのままアークデッセイ号を出た彼女達は、教会に向かう。
ハジメとガブモンはすでにアークデッセイ号を出ていた。
昨日の事は夜のうちにシアや愛子から聞いており、最初は自責の念に苛まれていた。
しかし、自分が落ち込んでいても事態は好転しないと考えたハジメは、一度話し合いをすることに決めた。愛子とブラン達といった、ハジメ達のストッパーと成り得る面々にも同席してもらって、互いの事や今後の事などについて腹を割って語り合うのだ。
そのための場所として、恒例の教会を使う。
さらに話の内容を漏らさないために、ハジメが教会を防音対策も兼ねた回収を早朝から急ピッチで進めている。
ハジメの腕ならば、すでに教会は修繕され、話し合いの場も出来ているだろう。
だが、教会に着いた香織達を迎えたのは、雫の失踪という予想外の事態だった。
話を聞いた香織は頭の中が真っ白になる。
それに対し、ユエはこの事態を見越して手を打っていた。
「シズクには、シアとコロナモンに見張りを頼んでいたから、シアを呼べばいい」
「無理だ」
精神的なショックを受けて、自暴自棄になってどこかに行こうとする。
フェアベルゲンでシアも同じ行動を取ろうとしたので、監視に最適だと考えて頼んでおいたのだ。
案の定、ユエの読み通りになったので、〝念話〟を付与したアーティファクトでシアを呼び出せば解決だとユエは提案した。
しかし、ユエの言葉を暗い顔をしながら現れたハジメが否定した。
「シアも失踪しているんだ。連絡しても応えないし、探してみても見つからなかった」
「え?」
雫だけでなくシアまでも、行方不明になっていることに、ユエまで頭が真っ白になった。
まさか、自分の行動から、ここまでの大事に発展するなんて。
「ユエ!!! だから、私は話すべきじゃないって!!!」
香織が泣きながらユエの胸元を掴み、拳を振り上げる。また昨日のような殴り合いだ。
だが、ユエはそれに対して抗おうとしない。
自分のしでかしたことが、想定以上の事態を招いていることに、呆然自失となっているのだ。
香織の拳が振り下ろされるその時、
「やめてくれ!!」
彼女の腕にハジメが飛び掛かり、ユエが殴られるのを止めた。
「もう、もうやめてくれ! ユエが悪いわけじゃない。香織も悪くない。俺が、僕がもっとちゃんとやっていればよかったんだ。もっと、雫と話をしていれば。だから、やめてくれよ」
「ううぅ、うああああああああああ!!!」
「ああ、ああああああああ!!!」
感情を抑えきれず、泣きわめくハジメ達。昨日から溜め込んでいた鬱屈した気持ちを吐き出すように、愛子達に見守られながら、吐き出した。
そこには最高峰の錬成師も、治癒師も、吸血姫もいない。ただの、ままならない現実に翻弄されて、嘆き苦しむ少年少達の姿があった。
ひとしきり泣いたハジメ達は、話し合いをする予定だった、防音設備を施した下手の中で、現状の把握を行うことにした。
同席しているのは、愛子と優花。ブランとノワールにピッドモンだ。
クラスメイト達やマミーモンはウルの町を捜索している。
「実は行方不明になったのは八重樫さんとシアさんだけじゃないんです。清水君も行方不明になっています」
「エンジェモンも今朝から姿が見えないんだ」
愛子とピッドモンの言うとおり、行方不明になったのは雫とシア、コロナモンだけじゃなかった。
クラスメイト達の1人、清水幸利という男子生徒とエンジェモンも今朝から姿が見えなかった。
ここにいる面々は知る由もないが、清水以外は暗黒の海に飛ばされている。
経緯としては、雫が教会を出たところで、霧の中に消える光景を固有魔法の〝未来視〟で見たシアと、雫の様子が気になって一緒に見張っていたエンジェモンも雫と一緒に飛ばされてしまったのだ。
しかし、ハジメ達にそのことを知る術はない。
結局、雫達の行方を探す方法は見つからなかった。
地球ならば監視カメラの映像を確認するなどの方法がとれるが、トータスでは不可能だ。加えて、メフィスモンの襲撃により夜は住人達も出歩いていないため、目撃者もいない。
こうなったらハジメ達で探すしかないのだが、ウルの町を留守にしている間に、またメフィスモンが襲撃してきたら不味い。
八方ふさがりになったハジメ達は、少し休息を取るために教会を出た。
すると、教会に向かってくる一団が見えた。
先頭を歩いているのは、愛子達の護衛として派遣された神殿騎士のデビッドだった。
後ろには部下の騎士達と、なぜか冒険者ギルドの職員が付き従っている。
彼らは教会から出てきたハジメ達を見つけると、近づいてきた。
「冒険者サウス、ビアンカ、アルテ。貴様たちに冒険者ギルドから直々に依頼がもたらされた」
サウスはハジメ、ビアンカは香織、アルテはユエのアーティファクトで変装している時の偽名である。偽造ステータスプレートにも記載している。
デイビッドの言葉に冒険者ギルドの職員が前に出て、一枚の依頼書をハジメ達に渡す。
「フューレンの冒険者支部長イルワ・チャングから、ウルの冒険者ギルドそのものへともたらされた依頼です。この依頼を確実に達成できる冒険者は、あなた方しかいないと判断しました」
手渡された依頼書を見れば、確かに「フューレン支部長イルワ・チャング」というサインがされていた。
依頼書の内容を読んでみる。依頼内容は行方不明者の捜索だった。
北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した。
さらに読み進めると、詳しい経緯が記載されていた。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないが、それなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。
この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。
伯爵の手勢も捜索隊を出しているが、山脈地帯に踏み入った後、連絡が途絶えてしまった。
そのため冒険者ギルドは依頼のランクを引き上げたのだが、受けられる冒険者が近くにはいなかった。
そこで支部長のイルワはかつての恩師に連絡を取ってみると、ハジメ達のことを知らされた。新人でありながら、樹海やライセン大渓谷を探索できる冒険者であり、北の山脈地帯に近いウルの町にも滞在している。藁にも縋る思いで、冒険者ギルドにある通信用のアーティファクトで緊急依頼を出したのだ。
ちなみに、イルワのかつての恩師とは、ブルックの冒険者ギルドにいた受付おばさんのキャサリンのことだ。彼女はかつて王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていた。その後、ギルド運営に関する教育係になり、各町に派遣されている支部長の半数以上が、彼女の教え子だ。結婚を機にブルックのギルド支部に転勤したが、その影響力は健在で、今回もイルワは彼女を頼り、ハジメ達に辿り着いた。
「冒険者として光栄なことではないか。愛子の護衛は今まで通り、我らが遂行する。ちょうど神山から追加の人員を送るとの連絡もあった。気兼ねなく依頼に行くと好い」
尊大に言い放つデビッド。彼を始めとした神殿騎士達は、自分達の役目をハジメ達に奪われたことを根に持っていた。それを取り戻す大義名分を得られたことで機嫌がいいのだ。
雫の事で頭を悩ませていたのに、更なる厄介ごとが舞い込んできた。
突っぱねるのは簡単だが、今は教会と揉めて目立つ真似をするべきではない。そうなれば、クラスメイト達をオルクス大迷宮のオスカー邸に匿う計画が破綻する恐れがある。
結局、ハジメ達はその依頼を受けるほかなく、準備を整えて明日出発すると冒険者ギルドの職員に告げた。
■■■■■
暗黒の海にいる雫達は抜け出せずにいた。
この世界はどこまで行っても海岸が続いており、海と反対方向に向かっても霧に包まれて、気が付けば海岸に出てしまう。
「ちっとも抜け出せません!! どうすればいいんですかあ!?」
「やばい。もうエネルギーが無くなる。もう、ダメかも」
若干泣きながら走るシア。ファイラモンも疲れを隠せなくなり、弱音を口にする。
何せ、彼女達を無数の深き者達が追いかけてくるのだ。
攻撃して数を減らしても、それ以上の数の深き者達が海から現れてきて、全く効果がない。
「……を、……って」
「雫? 目を覚ましたのか」
エンジェモンに抱えられていた雫が目を覚ました。しかし、彼女は静かにエンジェモンに話しかける。
「私を、置いていって。あいつらは、私を、迎えに来た」
「何を言っているんですか?」
「もう、消えたいの。私は、もう、疲れたの」
言葉通り、心底疲れ切ったという声だった。
暗黒のエネルギーに満ちたこの世界に来たことで、雫の心は負の側面に急速に落ち始めている。
「バカなことを言わないでください。絶対に離しません!」
雫の言葉に耳を貸さずに、エンジェモンは彼女を強く抱える。
傍で聞いていたシアとファイラモンも、さっき口にした弱音を飲み込み、気合を入れなおす。
「ええそうです! 雫さんは絶対に離しませんし、あいつらに渡しませんよ!!」
「まだまだ俺の炎は消えていないぜ!!」
ドリュッケンを構え直すシア。全身から炎を滾らせるファイラモン。
その時、一陣の風が吹き、霧が少し晴れた。
そして、霧の中から彼女達の前に現れたのは、水平線まで埋め尽くす深き者の大群だった。
「こ、これはちょっと」
「シャレになってないぞ」
顔が引きつるシアとファイラモン。エンジェモンも絶望的な状況に歯を食いしばる。
引き返そうにも、さっきまで追いかけてきた深き者達が塞いでいる。
「ファイラモン! 空に」
「ああ!」
シアはファイラモンに跨り、飛翔する。エンジェモンもその後に続く。
エンジェモンに抱えられていた雫が、ぽつりと呟く。
「無理」
突如、海の方から巨大な三叉槍が飛んできた。
「うわっ!?」
「くぅっ!?」
何とか回避するが、翼を傷つけられてしまい、飛行できなくなった。
2体はせめてシアと雫は護ろうと、身を挺して落下の衝撃から守る。
しかし、そのダメージのせいでエネルギーが無くなってしまい、退化してしまう。
ファイラモンはコロナモンに。エンジェモンはパタモンになってしまった。
「何が、起きたのですか」
ファイラモンが守ってくれたとはいえ、痛みに顔を歪めるシアが、三叉槍の飛んできた方を見ると、霧の中から巨大な影が姿を現していた。
見た目は無数に増える触手を人型に束ねた軟体動物。ぬらぬらとした体が、見た目の不気味さを際立たせている。右腕の形をした部分には先ほど飛んできた三叉槍を持っている。
ダメージに顔を歪ませながら、パタモンがその陰の名前を口にする。
「あれが、ダゴモン。この海を、支配する邪神」
もはや万事休す。
そう思ったシアの目の前に、突如として漆黒の鱗で全身を覆い、巨大な炎の盾を装備した黒竜が飛来してきた。
〇デジモン紹介
ハンギョモン
レベル:完全体
タイプ:水棲獣人型
属性:データ
ウェットスーツを着た水棲獣人型デジモン。陽気な性格で、いつも「ネットの海」を泳ぎまわっている。水の中での活動が得意で、戦闘では背中の水中高速移動モーターを使い、スピードを活かした戦い方をする。必殺技は愛用のモリ「トレント」で敵をさす『ストライクフィッシング』。
暗黒の海にいるハンギョモンはハンギョモンの姿に擬態した存在であり、デジモンですらないダゴモンの眷属、深き者だ。
夏休みならいっぱい書けるかなと思ったんですが、台風が直撃したりお墓参りしたりとかで時間が取れなかったです。
一気に書き進めたいんですが、デリケートな問題を扱っている以上、慎重に話を構成しています。なので、最後に飛んできた黒竜とか気になると思いますが、気長にお待ちください。