銀河英雄伝説外伝IF 辺塞寧日編 ヤン艦隊日誌   作:白詰草

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 グリーンヒル大尉は、てきぱきと自分の役割を果たした。

ポプランとフィッシャー少将の会合予定を組むと、戦術コンピュータルームの一角と

有能な若手の技術士官を確保してくれたのである。

 

 ポプランが提出しておいたスパルタニアンの編成案は、

予めその二者に渡されて検討するようにと、ヤンからの指示も出されていた。

 

 まず、コンピュータのモニター上にポプラン案が再生される。

フィッシャー少将は頷きながらそれを見詰め、最初に口にしたのは賞賛だった。

 

「ポプラン少佐、これは貴官が考えたと聞いているが、大したものだよ。

 個人技によるところの多いスパルタニアンの運用発想として、優れたものだ」

 

 初老を迎えた銀の髪と口ひげのフィッシャーは、さして口数の多い人ではない。

ユリアンがこっそりと、地味が服を着て物陰にいるようなと思ったような男性だ。

やかまし屋のムライともまた一線を画すタイプである。

 

 だが、『魔術師』が己が右腕として、全幅の信頼と賞賛を贈る人物だった。

 

「問題があるのは、スパルタニアンの機動性の高さだと私は思う。

 一般の戦艦と違って、非常に複雑な編隊運動を要求される。

 このモデルの機動の参考にしているのは、貴官自身なのではないかね。

 それでもかなり、低い運動量には押さえてあるが」

 

 たちまちにして(あぶ)り出される問題点の数々。

先日、黒髪の司令官から受けた指摘とも共通点が多い。

黒髪と銀髪と、正副司令官の意思疎通が、いかに円滑なのかという証であった。

 

「ええ、小官やコードウェル大尉の飛行ログを修正して作成してあります」

 

 ポプランの答えに、フィッシャーは頷いて続けた。

 

「艦隊の運用は、基本動作が一通りできるレベルの者を基準にしなくてはならない。

 そして、もう一つには、新兵3機なのがよくない」

 

「二対一でも駄目なら三対一と思いまして、

 ヤン提督には戦術的には非常に正しいと評価をもらったんですが」

 

「ああ、それには同意するが、最初は引率役が必要だ。

 ダレル少佐、モデル案1の表示を頼む」

 

 フィッシャーは同席した技術士官に頷いた。

ディスプレイ上の3機編隊に、1機が加えられて隊形が変化する。

三角形から三角錐へと。引率機を頂点に、3機が三角形の底面を形作るようになった。

 

「これは一案だが、引率機の撃ち漏らしを後続機が援護する。

 引率機とユニット機は、極力三角錐を維持するように飛行するんだ。

 利点はもう一つある。この隊形ならば、互いの射線は原則として交錯しない。

 誤射も軽減すると思うのだがね」

 

 要するに、まっすぐ飛んでまっすぐ撃つようにしろと言うことだった。

スパルタニアンは、円や球形を描くように飛べと教えられるので、大きな発想の転換である。

 

「確かにそれなら簡単ですが、ワルキューレに対抗するには機動性に不安があります」

 

「だから引率機は熟練者を当てるようにする。

 その後続の3機の動きを牽引するように、プログラムを組めばどうかと考えたんだが。

 技術的には不可能ではないと、彼からもお墨付きは貰っている」

 

 ダレルと呼ばれた少佐が軽く一礼する。フィッシャーは続けた。

 

「それに、これからは艦艇の一部として、連携を考えようと思っている。

 スパルタニアンには飛びやすく、ワルキューレにとって飛びにくくなるような

 艦隊の配置などもね。今、考案されつつあると思う。ヤン司令官はそういう方だ」

 

 これはユリアン・ミンツが自分の弟子になったせいなのかと、ポプランは思った。

その思考がフィッシャーにも透けて見えたのだろうか。

 

「ポプラン少佐、スパルタニアンは、最も小さく防御も一番弱い。

 その小さな艦が、旗艦以下の主要艦の護衛の切り札なのだ。

 スパルタニアンを守る配置とは、司令官を守る配置なのだ。

 誤解してはならないが、これはヤン司令官の家族や我が身可愛さではない。

 あの方は、死んではならない存在なのだよ。

 同盟軍は、アムリッツァの大敗で失ってはならない人材を失ってしまった。

 艦隊指揮官の適性を持つのは、端的に言うと軍人150万人に1人なのだ」

 

 物静かな声が淡々と語るのは、恐るべき内容だった。

 

「いま残っている艦隊司令官は、ヤン提督の他は、ビュコック提督とパエッタ提督、

 ルグランジュ提督しかいない。貴官には分かるだろう」

 

 ポプランは答えを返すことはできなかった。

 

 ビュコックの爺さまは、歴戦の宿将で宇宙艦隊司令長官だ。

ゆえに、彼が前線に出て来る時は同盟存亡の危機である。

 

 パエッタ中将は、アスターテの会戦でヤン准将の進言を容れず、

金髪の坊やに撃破されかけて重傷を負い、現在も療養中だ。

それを引き継いで、冷静に潰走を防いだのが我らが司令官である。

才幹の差はいわぬが情けというものだ。

 

 第11艦隊のルグランジュ提督は健在だが、

それは帝国領進攻作戦に参加をしなかったからだ。

あの地獄を潜りぬけてきたヤンや、アッテンボローとは経験に大きな差がある。

 

「今後、スパルタニアンは切り札の武器ではなくなる。

 艦隊中枢の護衛、盾だよ。そう発想を切り替えてもらいたい」

 

「フィッシャー少将、待って下さいよ。第二空戦隊はどうするんですか」

 

「あちらは熟練兵を集中配置しただろう。運用は現状を維持する。

 彼らは、第一の外側の盾になる。コーネフ少佐らも了解済みだ」

 

 どうして、などという愚問をぶつける人間であれば、ここまで生き延びることも、

撃墜王(エース)となることもなかっただろう。

従来の戦法から、ある意味で自由な新兵を多く配属されたのもこの戦術構想のためだ。

 

 そして、全体の生還率を考えるなら、ほとんど唯一の方程式だった。

ヤンが戦死したら、終わるのはヤン艦隊だけではない。同盟軍の、いや同盟の終焉も近いだろう。

だが、心の中に疑問は残る。どうして、なぜ、俺がと。

 

「ヤン提督はおっしゃっていた。コーネフ少佐は冷静で守勢に強い。

 腕に自負をもつ熟練者をまとめるには、誰とでもフラットに対応できる方がいい。

 そして、貴官には年少者に慕われ、導く才能があると。

 ミンツ軍属が、すぐに心を開く相手は珍しいんだとね。

 なによりも、場を盛り上げる力が貴重なのだそうだ」

 

「は?」

 

「貴官のことを激賞していたよ。スパルタニアンの運用に、

 戦術的な発想を持ち込んだ初めてのパイロットだと。

 ローエングラム候の麾下(きか)には、ワルキューレのパイロット出身の提督もいる。

 貴官がそうなってくれれば、楽ができるんだが、とね」

 

 思いもかけない言葉だった。雲の上にいる同盟軍史上最高の智将が、

一介のパイロット――同盟きっての撃墜王といっても少佐にすぎない――を

そこまで評価してくれるとは。

 

「お世辞にしても嬉しいもんですね」

 

「決してお世辞ではないと思うがね。貴官の発想は素晴らしい。

 完成を見れば、軍事の教科書に載るような戦法になるだろう。

 さあ、もうすこし見直してみよう」

 

 もう一度頷いたダレル少佐が、更なる修正を加えたモデル案を表示した。

双方の言い分を踏まえ、ポプラン案よりも動線が整理、洗練されてきている。

フィッシャー案よりは機動性が増していた。

ここに、旗艦周辺の艦艇と第二空戦隊を加え、帝国のワルキューレやミサイルも表示する。

すると、かなり光明が見えるものになってきているではないか。

 

「おおっ、これならいけるかもしれません。 

 フィッシャー少将、ありがとうございます」

 

「ここからが大変だぞ、ポプラン少佐。

 艦隊運動は、いかに指示や動作を単純化できるかに尽きるんだ。

 直進と指示する角度の上下左右の動きができればよし、というぐらいまでに」

 

 『敗残兵と新兵の寄せ集め』を、瞬く間に精強の集まりへと変えてきた、

魔術師の右腕の言葉は、静かな中にも説得力があった。

 

「ああ、そいつは確かに大変かも知れませんね。

 スパルタニアンは、複雑な機動ができるほど名パイロットですから。

 やっぱり、新兵より俺たちの意識の改革が問題だな、こりゃあ」

 

 ぼやく若き撃墜王に、父親ほどの年齢の提督は冗談混じりにやり返した。

 

「それこそ、まだ若いもんが何を言う、といってやるところだね。

 だからこそ、スパルタニアンの集団運用に手を着けた者がいないのだろう。

 新機軸というのは、先人が思いつかなかったか、

 思いついてあえてやらなかったことのどちらかだよ。

 残念ながら、大抵は後者だ。頑張りたまえ」

 

「いや、それ全然救いになってませんよ」

 

「だが、前者だっているだろう。我々の司令官がね。

 ヤン提督は、貴官に何か言わなかったかね」

 

「まずは、考えに考えて、実現可能な最善案を見つけろとおっしゃいましたよ。

 現案の改善か、また別の案か、とてもかけ離れた正解があるかもしれないと。

 ああ、ゆで卵を温めても、ひよこは(かえ)らないって」

 

 亜麻色の髪の少年の優しい師父ではなく、希代の名将の怜悧な顔と声で。

 

「あの方らしいな。やはり本質的には参謀なのだろう。

 そうして考えに考えて、将兵の命を一人でも多く守れる途を選んできたのだよ。

 この配置に不服はあるだろうが、彼が我々を守るように、我々も彼を守るのだ」

 

 ポプランは頷いた。

 

「はい、フィッシャー少将。誠心誠意努めます」

 

「一番最初に、キャゼルヌ事務監の舌鋒からだな」

 

 本当に珍しい副司令官の軽口に、ポプランは明るい褐色の頭を抱え込んだ。

 

「ああっ、考えないようにしてたのに」

 

「残念ながら、そちらには手助けはできんが、この件への協力は惜しまないよ。

 私で力になれそうなことがあれば、また連絡をしてくれればいい。

 戦術プログラミング部も協力をしてくれるそうだ。考えてもみたまえ。

 これがものにならず、遺族年金が増額された時のキャゼルヌ事務監を」

 

 降り注ぐ毒舌の矢は、一本一本が雷神の槌(トゥールハンマー)並みの破壊力であろう。

ポプランは姿勢を正して、副司令官に敬礼をした。

 

「前言を撤回します。死に物狂いで考えます」

 

「そうだとも。努めるだけでは不足だな」

 

 さらりと言って退席した副司令官の背を、ポプランはまじまじと見詰めた。

 

「なんてこった。ウチの正副司令官は似た者同士だったのか」

 

 ポプランの構想が、紆余曲折を経て、実を結ぶまでにはもうしばらくの時間が必要であった。

 




 魔術師還らずの後、一番落ち込んでいたのがポプランでした。
彼は、動くシャーウッドの森に参加し、かつ地球教本部へも潜入しました。

 その自責の念もあったでしょうが、あれだけ階級差のある高官と、
ユリアンを介した付き合いのみで心酔するものか? という疑問がありました。

 改めて原作を再読し、新兵3機で敵1機の迎撃に当たる戦術の考案者という記述に、
これかも知れないと思ったわけです。己の妄想力がちょっとキモいですが。

 原作では本当に記述の少ないフィッシャー氏。台詞も死亡フラグのしかない。
ですが、彼の戦死がヤンに停戦を選ばせ、あの悲劇につながっていくのです。
魔術師にとって、まさに右手を切り落とされたのに等しい人材の損失だったわけで。

 新戦術、しかも個人技から集団戦へのシフト。これには名手の知恵が必須。
異業種交流、これしかない。ヤン艦隊のプロジェクトXだ。完全な自分得妄想です。
フィッシャーさんの捏造が激しくてすみません。
でも、大いにヤンから影響を受けると思います。そうでないと阿吽の呼吸なんてできない。
回廊決戦の見事な艦隊運用と一連の戦闘は、銀英伝中の白眉だと思います。

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