引いたカードの次の札が、それより大きいか小さいかを当てるゲーム。
トランプは2~
最大はジョーカーだが、このゲームには使用しないことが多い。
同数の際は、
その翌朝。最初に組まれたのが留守番部隊のミーティングである。
司令官のヤン以下、司令部と要塞防御部門、駐留艦隊、各種オペレーション部門の幹部が一同に会する大掛かりなものだった。事務監のキャゼルヌは司令官代理として出席する。
ヤンの短い挨拶の後、各部門の責任者が進捗状況などを報告していく。
イゼルローン要塞はヤンの攻略時に中枢部分は掌握したが、末端までそれが及んでいるかと問うならば、現状では否である。帝国領進攻作戦中から継続して手は入れているが、フロアの数が数だ。主要部分以外について、不要のものは停止か閉鎖をし、不急のものは優先度をつけて同盟のシステムに移行している。ようやく第二フェーズが終了、第三フェーズが開始といったところだ。それも、先日の捕虜交換式の前、帝国軍の捕虜からの協力あってのことである。
帝国進攻の前、人的資源委員長のホアン・ルイが主張したのは、民間の技術者の枯渇である。それを吸い上げている同盟軍のマンパワーの不足も、深刻なものであった。
熟練兵だけではない。艦艇や兵器や施設の整備人員。医療従事者。軍需物資の補給、輸送にも様々なノウハウが必要なのである。
こうした中で、飛び抜けた進捗状況を報告したのが要塞防御部門だった。
帝国からの亡命者の子弟という構成員が、周囲から白眼視を受けるなかで団結していったせいもあろう。そして、その有能と団結力ゆえに更なる危惧を買うという、やるせない状況にあるのかもしれなかった。
彼らの元連隊長であり、昇進によって要塞防御指揮官となったのが、ワルター・フォン・シェーンコップ准将である。歴代最強の白兵戦の名手としても、同盟軍屈指の色事師としても名高い美丈夫であった。
あいつと似てると後輩は言ったが、キャゼルヌとしては到底頷けない。鍛え抜かれた長身といい、帝国貴族らしい彫りの深い端正な顔といい、男性としての一つの理想形と言えよう。
なにより、彼が自分を先輩と呼ぶとは思えないし、後輩と考えるのは無理というのものだ。ヤンやアッテンボローは、学生時代の可愛げのある頃を知っているから違和感がないだけである。
深く響きのよい声で、報告を続ける要塞防御指揮官を見ていると、ふと灰褐色と眼が合った。一瞬浮かんだ複雑な色合いは、相手もヤンから同様のことを言われ、同様のことを考えたとみえる。
そうだよなぁ、とキャゼルヌは胸中で呟いた。そりゃ、無理ってもんさ、後輩よ。
奴さんはいい男であり、悪いやつではないだろう。だが、わるい男ではある。
キャゼルヌ家の
妻はもちろん、娘二人だってあんまり近付けたくはない。
親馬鹿の過保護と笑わば笑え。
世の中、14歳の初恋を貫徹しようとする女性だっているのである。
何かあってからでは遅いじゃないか。
だが、シェーンコップの有能さはキャゼルヌとしても認めざるを得なかった。単に白兵戦の勇者というだけではなく、指揮官や組織管理者としても非凡な手腕である。後輩の上官の言うように、士官学校に進学していたら、提督となっていたかもしれない。そうだったら、こんな矛盾した人事配置で、留守番の部隊が分厚いマニュアルに首を捻ることもなかったろうに。
そのミーティングは定例報告会のようなものであって、留守を守る幹部会議は時間を変えて別室で行われた。留守をする司令官は、今頃前倒しで上がってきた決裁書類へのサインで大わらわである。
集まった将官たちの顔つきもまた、曇りがちであった。
パトリチェフ准将は民主主義の建前を奉じて、ハイネセンのお偉方への批判を自身の基準の小声で漏らした。堂々とした豊かな体格にふさわしく、会議室に朗々と響いたが、規律の人ムライ参謀長も
「確かに同格の大将を、要塞司令官と駐留艦隊司令官に配置していた帝国軍も愚策だが、
両方を一人に兼任させるというのも、同じぐらい馬鹿げたことだと貴官らは思わんか」
キャゼルヌの言葉に、シェーンコップも頷いた。
「同感ですな、キャゼルヌ少将。ヤン司令官は一人しかいらっしゃらない。
艦隊か要塞か、どちらかが留守になってしまう。
で、あの方以上の艦隊戦の指揮官はいないのですから、
必然的に要塞司令官が代理になるわけです。
かと言って艦隊がなければ、
「申し訳ないことです、キャゼルヌ事務監。
小官としても、ヤン提督にはこちらに残っていただきたいのですが、
小官がヤン提督の代理を務めるのは、無理というものです」
副司令官のフィッシャー少将が、銀色の頭を軽く下げた。艦隊運用の名人として、司令官から全幅の信頼を寄せられているが、艦隊指揮官としての才能はだいたい水準といったところだろう。
「こちらこそ申し訳ない。フィッシャー提督、貴官を責めているのではありません。
ハイネセンのお偉方への愚痴にすぎませんから、お気になさらず。
小官にしたところで、後方経験しかないのです。
艦隊の動きに呼応して、雷神の槌を撃てと言われても無理ですよ。
要するにだ、万が一、敵が来襲したら小官は事務におけるヤン司令官と同じ存在になるわけだ。
シェーンコップ准将の判断に、頷くことしかできんだろう」
溜息をつく要塞最高実力者に、シェーンコップも首を振った。
「いえ、陸戦でしたら砲台の運用も経験はありますが、あまりにスケールが違いすぎます。
乗っ取ったばかりの雷神の槌の2射で、敵艦隊を潰走させるような人を基準にしてはいけません」
第七次イゼルローン攻略戦の立役者の言葉には、このうえない説得力があった。
「あれには小官は度肝を抜かれましたよ。掌握したばかりの兵器をあっさりと運用してしまう。
砲撃をしたのは砲手ですが、狙点やタイミングの指示は閣下によるものです。
見えているものが、小官らとは違う。天才とはこういうものかとね。
宇宙要塞などという代物の運用ノウハウは、我々が作っていかなければなりません。
費消するエネルギーを考えればうんざりする話ですが、艦隊の演習と同時にです」
「その時、アッテンボロー提督に全体の指揮を執っていただいてはどうでしょうか」
副司令官からの突然の指名に、分艦隊司令官は青灰色の目を大きく見開き、自身を指さした。
「俺、いや、小官がですか? いやいや、フィッシャー提督、無理ですよ。
小官は敗走に強いなどという過分な評価をいただいていますが、
要は少数艦隊の指揮経験しかないということです。
フィッシャー提督の方が絶対に適任です。
小官には大軍を動かした経験がありませんから」
その経験皆無なヤン准将が、戦術コンピュータに入力しておいた陣形案が、アスターテで第二艦隊を全面潰走から救ったのだ。後輩としては尊敬も感心もするが、同様の能力を期待されると激しく困る。
「天才とは
我々ができる堅実な運用を考え、演習を重ねるということに尽きますな」
参謀長が
「なるほど、参謀長のおっしゃるとおりです。
堅実な艦隊運用とそれに呼応する要塞の援護ですな。
でも、そんなに深刻にならんでもよろしいでしょう。
要は、帝国軍が六回もやっていたことですよ。記録だって残っておりますから、
そいつを
深刻な顔の一同も、ぽかんとした。
大きすぎて、盲点になっていた活字を指摘されたように。
「あちらさんのやっていた方法でも、六回分ぐらいの来襲は持ちこたえられますよ。
ヤン提督のような方法は、二度は使えんでしょう。
もっと凄い作戦をとってこられたら、どのみち我々の手には負えません。
そうなれば時間稼ぎをする、という方針でいいのではないでしょうかね」
この楽天的な、だが常識の芯が骨太にとおった意見に、要塞防御指揮官の肩から力が抜けた。とがりぎみの顎をさすりながら、同僚にしみじみと感謝の意を告げる。
「いや、パトリチェフ准将、感謝をいたしますよ。正に賢者の言です。
なまじ、ヤン司令官を基準にしてしまうから、力みすぎてしまうのかも知れません」
キャゼルヌは思わず片眉を上げた。
「意外だな。貴官はもっと自信家だと思っていたが」
「事と次第によりますな。
一個中隊ぐらい相手にしてもよろしい。
ですが、要塞主砲の攻撃指示など、小官の経験を超えていますよ。
地上では、せいぜい数キロ範囲ですからな」
そうシェーンコップが答えた時だった。
司令官の来訪が告げられ、黒髪黒目の話題の青年が副官と一緒に入室してきた。
突出した人に慣れて、感覚がおかしくなってくる留守番部隊の面々。
貴官ら落ち着け。その人は空前絶後の名将で、基準点にしてはいけない。