グラサン提督   作:カレー味

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 メタルギアソリッド・ピースウォーカーが出てからいつのまにか十年以上過ぎてたんですねぇ、うせやろ?

 今でも月一くらいで考えます、どう生きればカズは幸せになれたのだろうかと。

 カズ、君可愛い女の子大好きやったろ? そんなわけで、彼には艦娘を率いる提督になってもらうことにしました。



 本作品は、『METALGEARSOLID』シリーズ諸作品と『艦隊これくしょん』のクロスオーバー二次創作小説です。本作品中に登場する原作上、あるいは史実上の人物、団体、事件などは、作劇上の都合により意図的に、あるいは筆者である私の力不足による無理解、あるいは作中人物の誤解などにより、実際のものとは異なる描写をなされることがあります。

 扱う原作の性格上、本作品中には特定の思想を扱うことがありえますが、筆者にはいかなる思想に対しても賞賛する、あるいは誹謗する意図はないことをご理解いただければ幸いです。

 


第一話 或老兵の一生

 まず、私自身の事柄から話していかなくてはならない。

 

 私が産まれたのは、戦後間もない混沌とした横須賀であった。元々母は東京の在だったが、大空襲で家族を全て亡くしてしまい、親戚を頼って横須賀に引っ越したのである。

 

 それから半年足らずのその年の夏、とうとう日本は連合国に降伏した。終戦直後の横須賀で、羽振りがよいのは進駐軍のアメリカ兵ばかり。母は、生きていくために彼らを相手にする娼婦にならざるを得なかったが、ほどなくしてその客のうちのひとり、米陸軍の将校であった父専属の愛人となった。いわゆるオンリーさんというやつだったが、蜜月はつかの間に、任期を終えた父は私が産まれる前に母を捨てて日本を離れた。

 

 手切金のつもりだったのだろうか、父ははした金を置いて去ったのだそうだ。その金を元手にささやかな煙草屋を開き、私達母子はとりあえずは人並みに生活していくことはできたが、父なし児として国籍を持たないことは、幼い私をなにかと苦しめたものだった。

 

 

 

 私が成長してそれなりに分別のつくような歳になっても、母は父の素性について私にはなにも明かさなかった。ただ、その頃から母が身体を悪くしてだんだん床に伏しがちになり、私が一人で店番を任されることが多くなった。そんな折、私は偶然若い頃の母と白人の壮年男性が写った写真を見つけた。私と同じ金髪と碧い瞳の男、こいつこそが私の父で、母を捨てて去った男だろうと確信した。

 

 うちが営んでいた煙草屋には米兵の客も多かった。だから私は、母には隠れて父の素性をつきとめようとして、客の米兵に手当たり次第に写真を見せ、彼についてなにか知らないかたずね続けた。結構な時間がかかったが、そのうちに父の名を聞き出し、やがては父の素性と居所までをつきとめることに成功した。

 

 その頃父はすでに現場を退いており、米バージニア州でアメリカの家族と暮らしながら、現役の軍人を相手に講師を務めていたのだという。それを私に教えてくれたのも、軍務で来日していた父の教え子の一人であった。

 

 図書館から借りてきた辞書と首っ引きになりながら、私は拙い英語で父に手紙を書いた。あんたの息子だ、アメリカに行きたいと、そんなことばかりを書いて、母のことはほとんど書かなかったと思う。母をもう一度父に会わせたいという気持ちがまったくなかったわけではなかったのだが、いまさら母のことを言い立てれば父は私も避けようとするのではないか、という打算があったと、今にして当時を思い返すことがある。

 

 返事はすぐにはこなかった。しかし私に独力で渡米する当てがあるわけもなく、決して楽ではない生活にあくせくしながら待つしかなかった。何年だったか、返事を待って、毎日待ち続けて、待ちくたびれて諦めかけた頃に返事が届いた。未来がやってきた、そう思った私はその時はまったく有頂天になっていて、まるっきり自分のことしか見えていなかった。

 

 手紙とともに、父は旅費と、母の生活費として今度はまとまった金を送ってきた。ようやくアメリカに行ける、私はもう夢中だった。その頃はもうほとんど寝たきりになっていた母を説得し、アメリカ行きの承諾を得ると、母を病院に入れ、私はいよいよアメリカに旅立った。

 

 父の手配した車がうちのあばら家まで迎えにきた時、車に乗り込む私を目を丸くして見ていた近所の住人たちを眺め回して、私はほぼ産まれて初めての優越感に浸っていた。私の金髪碧眼をあざ笑ったやつら、母に売女と陰口を叩いたやつら、屈辱をこらえた日々がようやく報われて、そいつらを見返してやったのだと思った。太平洋を渡る初めての船旅は、船酔いに慣れるまでは実に苦しいものだったが、船室のベッドで唸りながらも実に愉快な心持ちでいたのを今でも覚えている。

 

 

 父に頼まれて横須賀からバージニアまで私を案内してくれたのは、進駐軍時代に父の下で働いていたという退役軍人だった。彼は日系二世のアメリカ人で、日系人の強制収容所から志願して軍役に就き、日本語と英語に堪能であったことから戦時中は傍受した日本軍の通信の翻訳を、戦後は進駐軍で通訳を務めていたと聞いた。ジョンと名乗った彼には、他にも父とのこと、アメリカの歴史や人々の暮らしのこと、いろいろな話を聞かせてもらった。ただ、彼は自分自身の事だけは深くまで踏み込んで話そうとしなかった。強制収容所という耳慣れない言葉について尋ねてみたのだが、私はYes-Yes Boy だったんだ、と、一言だけぽつりとつぶやくのみで、それ以上のことはあまり聞いてほしくなさそうな様子だった。だから、私も彼との旅の間に二度と同じ質問をすることはなく、バージニアの父宅まで送ってくれた彼と別れて以来、とうとう彼と再び会って話をする機会はなかった。

 

 その当時の父の暮らしについては、ジョンからおおよそは前もって聞いていた。父はこの地で元々家庭を持っており、正妻との間に息子があったのだという。しかし、初めて会った父はすでに独り身だった。私にとっては腹違いの兄は、父を追うように軍人となり、そして、ベトナムへ従軍して戦死してしまった。そのことから妻との間もうまくいかなくなり、最後には離婚してしまったのだそうだ。長年便り一つよこさなかった父が私をアメリカに呼ぶつもりになったのは、そんな暮らしぶりがきっかけでもあったのだろう。図らずも父の一人息子となってしまった私は、認知を受けアメリカの国籍を得て、アメリカでの名前をもらった。父に学費を出してもらって英語を学び、大学に進むこともできた。

 

 

 

 卒業後、故郷に錦を飾るつもりで日本に帰国すると、母は病床にあった。若い頃の無茶な仕事で患った梅毒は完治しておらず、病が進行して脳梅毒にかかった母は、すでに私のこともわからなくなっていた。

 

 母の入院費をまかなうため、私は日本で就職せざるを得なかった。就職先に自衛隊を選んだのは、父に対するささやかな対抗心であったかもしれない。ただ、日本国籍を持たなかった私がなぜ自衛隊に入れたのか、今でも思い返すたび不思議に思うのだが、おそらく、かつて私がアメリカへの旅を共にしたジョンがそうであったように、日本で生まれ育ちながら米国籍を持ち日本語と英語の両方を話せる私に、なにかしらの使い道を見いだされていたのだと勝手に納得している。

 

 

 入隊から二年、母は治療の甲斐なく亡くなった。私は隊を辞め、母を弔うと再度渡米した。もはや近しい係累のない日本に戻ることは二度とないだろうと思っていた。しかし、アメリカに戻った私を待っていたのは、父の訃報だった。自殺だったという。

 

 私の願いは、母をアメリカに連れて行き家族で暮らすことだった。しかし父は、最期まで母に再び会うことを承諾しなかった。母が亡くなり、父も独りで死んで、私の願いはとうとう叶うことがなくなった。私はアメリカ人としての私自身を手に入れたが、代わりに全てを失った。

 

 

 私はやがて中米、南米へと流れ、自衛隊での経験を活かして傭兵となった。そしてその地で、その後の人生に深く影響を受けたある男に出会ったのである。

 

 彼のコードネームはBIGBOSS、奴は私にとって何だったろう。内戦下のコロンビアで、私たちは敵同士として初めて出会った。その頃の私は、得意の口車とハッタリで自分を売り込み、革命軍の指導教官という地位を得てはいたが、実のところはろくな実戦経験もなかった。まだ戦士として駈け出しもいいところだった私は、死にかけるほどのこっぴどい敗北を彼から与えられた。さらに計略を巡らし再戦を挑むも、またもあっさり退けられ、あろうことか私はそいつの手下にされてしまった。

 

 私は彼を憎み、その力を妬み、羨んだ。だがこれはビジネスチャンスでもあった。この男に取り入り、うまく利用することで自分も成り上がることができると思った。面従腹背というほどドライな関係でもない、私達はビジネスパートナーとして新たなスタートを切った。

 

 ……いや、正直に言おう。ビジネスライクな関係だけを続けるには、私はあまりにも彼に魅せられすぎた。気づけば心の底から彼をボスと仰ぎ、己の能力の全てを彼と立ち上げた傭兵組織の発展のために捧げていた。

 

 

 それなのに、結局のところ私は再び全てを失うことになった。数々の事件の紆余曲折を経て私は徐々にボスと対立するに至り、ついには彼を追い詰め狩り出すための計略に手を貸してしまったのだ。

 

 ああ、いっそなにもかもうまく行かなければよかったのだ。ボスを取り逃がし、いつか報復を受けて彼の前に引き出され、裏切りを罵られながら殺された方がまだマシだったかもしれなかった。しかし、その時すでに私には妻子があった。幼い我が子を遺して死にたくはなかった。

 

 作戦に従事した私の教え子の予想以上の活躍もあり、作戦は成功した。結果として私は、自らの保身のために、人生を捧げたはずの偶像を自ら葬ることとなった。

 

 

 

 抜け殻のようになった私は、軍を辞め静かな暮らしを求めてアラスカに渡った。娘は私について来てくれたが、妻は厳しいアラスカで暮らすことを拒み、私は妻とは別居することになった。

 

 

 アラスカでの生活を始めて五年、未だ厳しい冬の続く日の夜、不意にそれは訪れた。所属不明の武装集団が私の自宅を襲ったのである。催眠ガスを投入され、意識を失う直前に見た武装集団の先頭に立つ男、私はその顔に覚えがあった。出会った時はまだ少年だったが、二十年を経てなおあの頃の面影は残っていた。そして、成長した今の顔は、私が葬ったかつてのボスにも確かによく似ていると気づいた。

 

 私が報復を受けるのは仕方ない。だが、娘は、キャサリーはどうなる。奴らが娘は無関係だと見逃すような連中ではないことは分かり切ったことだった。今や私にとってキャサリーだけが未来に残すべきすべてだった。それを、あんな奴らに、むざむざと殺させてたまるか。

 

 だが、催眠ガスに冒された私は指一本たりとも動かせないまま、憤怒と屈辱と悔恨にまみれた意識を闇に沈めていった。




第一話がこれだけではあまりに暗いので、しばらく後もう一本投稿します。
次回『カズ 死す』 デュエルスタンバイ!
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