一番風呂を目前にして砂浜に呼び出された俺を待っていたのは、思い思いの稽古着に身を包んだ少女たちの姿だった。ザ・ボス仕込みのCQCを習得した少女たち、彼女らに雇われた俺の最初の仕事は、風呂でも飯炊きでもなく彼女らの稽古台らしい。漣はまだ来てないが、嬉々として着替えに行ったあいつもやる気勢だろう。五対一、まさかリンチじゃないだろうが、俺自分の足で歩いて帰れるのかな?
四人は時折俺のほうを窺いながらなにやらこそこそ相談をしているが、どうやら順番を決めようとしているようだ。吹雪がもうジャンケンで決めようって言い出したところで、電が一つの提案をした。
「ここは対戦成績で弱いほうから順番に行くのです。最初は電です」
電の真剣な表情に、皆は異論を挟まなかったようだ。彼女が砂浜の真ん中に進み出ると、残る三人は階段まで戻ってきて観戦の構えに入った。
「ほらカズさん、お願いします」
そう吹雪に促されて、俺もおずおずと電の前に立つ。どうしよう、いくら相手もただの素人ではないといっても体格差は大人と子供で、絵面的にはこれほぼ犯罪だ。
「カズ、ルールを説明するぞ。この子たちは件のナノマシンの影響で肉体的にはかなり強化されているから、テンカウントでの決着はまずないと言っていい。だから、私が判定して、常人ならばあきらかにしたたかなダメージを与える打撃・投げ・関節技などが決まったと判断したら、そこで一本勝ちとみなす。カズは五連戦しなきゃいけないから、一人あたりは一本こっきりの勝負だ。電もそれでいいな?」
「ああ、わかった」
「了解なのです」
「電、あんまり熱くなるなよ? ……はじめ!」
いつの間にかストレンジラブの頭上に移動していたハジメさんが、どこから取り出したのかゴングを鳴らした。
ゴングと同時に電はパッと飛び退いて大きく間合いを取り、腰を落として右の中段突きを構えた。俺は間合いを詰めようと前に進もうとしたが、それはうかつな判断だった。
常識的には考えられない遠距離から、いきなり鋭い追い突きが飛びこんできた。初撃をかわせたのは反応が間に合うくらい距離があったからと、あとは正直言って勘と運だけだ。下手をしたらこの一発で終わってたかもしれなかった。
突きがかわされたと見るや、電はすぐ間合いを離して再び最初の構えに戻った。おそらくは、これが彼女の最も得意とする戦法なのだろう。彼女は、五人の中でも一番の小柄で、その分リーチは短く体重も軽いはずだ。殴り合いにせよ取っ組み合いにせよ、それは格闘戦においては大きなハンデとなる。その差を埋めるために、この突進力を鍛えたのに違いない。
俺は右の突きを警戒して左へ回りこみながら間合いを詰める。だが電は、今度は突進の途中で一歩踏み替え、軌道を修正して左の突きに切り替えてきた。突きそのものはかわせたが、低い姿勢を利されて懐に入られた。電は今度は間合いを切らず、そのまま左右の拳で連続技を次々繰り出してきた。だが、その時にはもう俺は左手で電の頭を押さえていた。リーチの差で左右の突きはもちろん、蹴りが来たとしても俺には届かない。
「離すのです!」
前蹴りが飛んできたがやっぱり届かない。電の顔が屈辱と羞恥で真っ赤になった。そのまま俺の左腕を取って飛びつき腕十字を仕掛けてきたが、俺を寝技に引きこむにはちょっと発育が足りなかったな。電は俺の左腕に逆さ吊りの形になったまま、うんうん唸っても俺は転がせないし肘も極まらない。もし俺が五十七歳の身体のままだったなら、支えられずに転がされて腕十字が極まっていたかもしれなかったが、この全盛期の姿の俺ならば、小柄な少女を片手にぶら下げるくらいは軽いものだ。若いって素晴らしいなぁ。
これが柔道だったら審判の待てがかかる場面なんだが、ちらと視線を向けてもストレンジラブに動きはない。どうしよう、このまま電を砂地に投げつければ俺の勝ちだが、それもあんまり大人げない気がした。
「離すのですぅ」
今のは俺の物真似だ。似てたかな?
「絶対に離さないのです、腕一本もらうまでは」
「そっか、それならそのまま掴まってろよ?」
俺は片腕に電をぶら下げたまま波打ち際へ歩き出した。女の子と腕を組んで浜辺をお散歩なんて、こんな状況でなけりゃ最高だったんだけどな? そういやスネークの奴、コスタリカにいた頃はパスと浜辺で水着デートしやがったこともあったんだよなぁ、羨ましい。俺が女性隊員に手をつけた時はあんなに怒ったくせに、自分だってちゃっかりお楽しみだったんじゃないかあのムッツリスケベめ。あっ、思い出したらなんだかだんだんムカっ腹が立ってきたぞ? でもなぁ、俺だってスネークと水着デートした事あるからおあいこか? そうかなぁ、なんか理屈がおかしいな。
ザブザブと波を蹴りながら、俺は膝まで水に浸かるところまで海に入った。
「な、なにをする気なのです!?」
俺はその質問には答えず、おもむろに電の頭を海に漬けた。ガボゴボゴボガボと電が息を吐く。そうそう、逆さ漬けだと鼻に水入ってきちゃうから、息を止めて耐えることができないんだよ。もう少しで肺の空気を搾り尽くすタイミングを見計らって一度水から引き上げてやったら、電はゼイゼイと必死で息をついた。
「まだやるかい」
「げ…… 元気…… イッパイなのでsごぼごぼがぼばふぅ!」
まだ余裕があったみたいなのでもういっぺん漬けた。呼吸が回復してないところへの追い討ちだったから今度は即座に限界に達したらしく、電はたまらず俺の腕を離して海に落ちた。すぐに起き上がりはしたものの、海水が目鼻に入ったらしくひどくむせていた。隙だらけのところにゆうゆうと大外刈り一本、勝負ありだ。
「一本! 一本だー! この馬鹿どもちょっと戻ってこい!!」
波打ち際でストレンジラブが時折ホイッスルを鳴らしながら叫んでいたが、俺なんも悪いことしてないぞ?
ぐったりした電をおぶって砂浜に戻った。ストレンジラブはご立腹だったが、これはこいつのレフェリングが悪い。
「カズ、ちょっとやりすぎじゃないのか?」
「あのなぁ、いくら俺でも手加減して相手できるほどこの子は弱くない。そもそも、腕ひしぎが膠着したところで待てをかけないあんたが悪い」
「うっ…… 」
本当に聞いた話の通りなら、この子たちそうとう頑丈にできてるらしいし、ケガの心配なんていらないのかもしれない。だけど、息ができなくても生きてられるか? 毒は、飢えは? 実戦形式にこだわりたい気持ちはわからなくもないが、本当の実戦はなんでもありだ、どこかで一線を引かなきゃきりがない。
「稽古や試合にルールがあるのは、いらん怪我や事故を防ぐためだ。強くなるためにやってることで、かえって身を損なっては本末転倒というものだろう? 次からは適度に止めてくれよ」
「……わかった、気をつけよう」
俺は階段に座ってうなだれる電に歩み寄り、屈みこんで声をかけた。
「電、鼻や目は大丈夫か? なんだったら水道で顔洗ってきてもいいんだぞ」
「電は大丈夫なのです、ありがとうございました。それよりも、あとの試合をきちんと見ておきたいのです」
まだ目鼻に塩気が残っているのかちょっと涙目だったが、やる気は充分そうに見えた。まあ大丈夫かな?
「そうか、いい心がけだな。今回はこんな結果になったが、君の突進はたいしたものだった。もっと実戦の機微を学べば、まだまだ強くなれるさ」
つい子供にするように頭をなでてしまった。軽率だったかと思ったが、特に嫌がる様子は見て取れなかったので内心ホッとした。いかんいかん、年頃の女の子が相手なんだからな、うかつなボディタッチは自重しなくては……
「さあ、次は私の番よ。カズ、よろしくね」
たんぽ槍の石突をドンと砂地に突き立てて叢雲が立ち上がった。ちょ、待てよ。これマジ?
「私は無手よりこっちのほうが得意なのよ。カズ、私の持ち味、とくと味わってね?」
こっわ! マジで待って、俺素手なんですけどぉ!?
「武器がほしいなら、そこの妖精さんに頼みなさいな。そこらへんのものからなんでも作ってくれるわよ?」
か、CAWとか作ってもらっちゃダメっすか? ランク5のやつで。ハジメえも~ん、叢雲に勝てる武器出してぇ~~!
『ぶきをもったやつがあいてならー、はおうこうしょうけんをつかわざるをえないー』
覇王工廠拳? わけがわからないが、ハジメさんが突き出した両掌からなんか光る気弾が発射され、近くに転がっていた流木が爆発した。続く砂煙が晴れたあとには、叢雲の槍と同じようなたんぽのついた木銃が残されていた。なるほど、こいつを使えってことか……
この木銃、見た目はまぎれもなく木なんだが、手に取ってみると不思議な手触りだった。銃身の先端やストックの床尾は手でしなるほど柔らかく、これなら突きだけではなく、切り払いや床尾板での打撃を加えても相手に大きな怪我をさせることはないだろう。
「さ、始めましょ」
互いの穂先がかち合うくらいの間合いに分かれて互いに一礼すると、ハジメさんがまたゴングを鳴らした。
俺は槍についてはまったくの素人だが、銃剣なら自衛隊にいた頃はさんざん稽古したものだ。陸上自衛隊には銃剣道と自衛隊銃剣格闘との二つの技術体系があるんだが、銃剣術は旧日本軍の銃剣術が戦後スポーツ化されたもので、銃剣での刺突のみに主眼を置いたものだ。一部では軍国主義の残滓だなんて陰口を叩かれたりもするようだが、実際に稽古を積んでいる自衛官にとっては、実戦で使われる戦技というよりは、単なる身体鍛錬以上の意味はほぼないといっていい。
一方、自衛隊銃剣格闘のほうは、銃剣道に較べるとより戦技的性格を強めた武術だ。技法的にみても銃剣道のような刺突のみではなく、銃剣での切り払いや銃床を用いた打撃、あるいは突いた後に銃撃を加えるなど、幅広い技術を伝えているのが特徴だ。
ただ、銃剣術自体がそもそも小銃が未発達だった時代に補助的なものとして用いられたもので、現代の戦争においては着剣突撃なんてケースが起こりうるわけもなく、どこの国の軍隊でもだんだん銃剣の訓練は廃れつつあるのが実情だ。
それでも、弾切れや故障を起こしたときの最後の拠り所と考えられているのだろうか、現代のアサルトライフルにおいても、一応は着剣できるような構造をいまだに残していることも多いのは不思議な話でもある。
さて、叢雲は頻繁に俺の筒先を払いのけようとしながら、隙あらば槍を突きこむのを狙っている。ただ、急所を狙ってくるばかりではなく、そっちばかりに注意を取られると手か足どちらかを薙ぎにくるだろうから油断ならない。
俺の木銃と叢雲の槍、長さ自体は俺のほうが長いが、銃剣と槍とで手の使い方が違うために間合いの差はないか、むしろ叢雲有利と言っていい。槍は状況に応じて左右の手を滑らせて槍の長さを有効に活かせるが、銃剣は小銃の扱いの延長線上にあるために、あくまで右手は銃把、左手は先台を握っていなくてはならない。
叢雲は銃剣と戦うのは初めてだったようだが、早くもこの銃剣の特徴を見抜いたようで、徹底してこちらの間合いの外から攻撃を加えることに専念するようになっていた。くそっ、さっきの俺と電の試合の逆だな。
俺の筒先を強く払いのけようとするのをスカされて、叢雲の穂先が少し泳いだ。隙ありと思って反射的に叢雲の槍を押さえて前に出てしまったが、それは誘いだった。俺の銃剣に制されたと思った叢雲の槍は、彼女が体を入れ替えるのと一緒に半回転し、石突が俺の左肩に飛んできた。その打突を先台で受け止め、近い間合いで銃剣と槍が交差して押し合いになる。俺と叢雲では身長体重ともに俺のほうが大きく勝るはずだったが、叢雲の足はやわな砂地に根を張ったようにびくともせず、押し合う力はほぼ互角だ。
「やるじゃないか、子供のくせに」
「ただの子供と舐めてかかると痛い目見せるわよ?」
年端もいかない少女の細腕が鍛え上げた大の男にも負けない剛力を発揮する、これもナノマシンとやらの余禄だろうか? いかんな、やっぱり俺なんだかんだでこういうバトル大好きだったわ。思えばMSF副司令だった頃だって、隊員みんな遠慮してんのかなんなのか、俺とガチってくれる相手なんてスネークくらいしかいなかったよなぁ。叢雲には悪いが、頬が緩んでいくのを自分でも止められん。しかし、彼女の方も笑っているのは同じだ。ただし、向こうは美味そうな獲物を見つけた獰猛な肉食獣の笑みだったけど。
しかし、全力で押し合っているうちすぐに木銃がミシミシ音を立てはじめた。ちょっとハジメえもん、これ結構脆くない!? 俺は慌てて一歩飛び退いてしまったのだが、当然そこはまだ槍の間合いの中だ。間髪入れずみぞおちを突いてきた槍を受け止めて、俺の木銃はとうとう真ん中からポッキリへし折れてしまった。観客席からは嘆声が上がる。
『やはりそこいらのてきとうなりゅうぼくではそざいがもろすぎましたかー』
ハジメさんの呑気な声が聞こえた。は、ハジメさぁぁーん!? 審判の待てはかからない、当然だよな、実戦形式なんだから。実戦ならこのまま串刺しで終了だが、簡単に負けてやるわけに行くか! たかがメイン武器がやられただけだ、MSFの栄光! この俺の一番風呂! やらせはせん、やらせはせん、やらせはせんぞぉ!!
このサプライズ組手地獄を企画したのが叢雲かどうかは確信できないが、漣が言うには俺を呼んだのが彼女だそうだったな? 待望の一番風呂を直前でキャンセルされた恨み、大人気ないが叢雲を相手に晴らさせてもらう!
先ほどマテ茶を受け止めた時のように、再び俺の脳内にアドレナリンが満ちる。周りのすべてがスローモーションに見える、叢雲が俺の顔面に槍を突き出してくるのも、その顔にはっきりと怯えの色が見えるのも、全部手に取るようにわかるぜ。
グラサンをかするくらいギリギリで槍をかわして踏みこみ、両手で槍の柄を掴む。腕力はほぼ互角だったとしても、リーチの長さを利して叢雲の両手より外を握れば、テコの原理で俺の方が槍をコントロールすることができる。石突を叢雲の脇の下に通すように槍を廻し、脇が開き足が浮けばもう十分に力を出すことはできない。そのまま体を入れ替えながら叢雲を砂の上に転がした。ストレンジラブが一本を宣言して、これで俺の勝ちだ。
「くっ…… 電を負かしたのは、まぐれじゃなかったってことね!」
砂地にひざまずいたまま叢雲が悔しそうに唸った。あっ、そう言やこの子、くっ殺せ、とか言いそうなタイプだ。リアルくっころなんて初めて見るな俺。いやそうじゃない、俺は石突を砂に突き立てて、ニヤニヤ笑いながら叢雲に右手を差し出した。
「まさか立てないとか言わないよな?」
「う、受け身くらいちゃんと取ったわよ。……ありがと」
憎まれ口は叩いたものの、叢雲は素直に俺の手を借りて立ち上がった。そのまま砂にまみれた長い髪をバサバサと払って、槍を引き抜き階段まで戻っていった。
「楽しかったなぁ、武器術もたまにはいいもんだ。そのうちまたやろうぜ」
「今度は負けないわよ!」
俺に槍を向けて叢雲が吼えた。ああ、今度こそは頑丈な銃剣でやりたいもんだな、頼むぜハジメさん?
「ありゃーー? 叢雲ちゃんも負かされちゃったんですか、カズ様もやりますねぇ!」
そのとき、階段の上から漣のすっとんきょうな声が聞こえた。やっとお出ましか、あいつ俺より先に工廠を出たはずなのに、ずいぶん遅かったな? 見上げると、妙に大荷物を持った漣の影が見えたんだが、なんだその格好? 俺だけでなく、皆が怪訝な顔をしていた。
次回も格闘回が続きます、格闘描写って難しい。