グラサン提督   作:カレー味

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第十三話 TATSUJIN

 苦戦の末に漣を下し、CQC組手大会は後半戦、俺対吹雪の試合となった。

 

 この子たち、見た目は可愛い女子中学生なんだが、ナノマシンとやらの影響で身体能力が強化されているそうだ。つまり、なりは小さくとも一端の兵士以上の体力を備えているので、立て続けの四戦目ともなると、いくら若返った俺でもけっこうしんどいものがある。だけど、頑張っちゃうよなぁ。だって昔は組手といえば、イカツくてムサいゴリラみてえな野郎どもばかりが相手だったんだ。それを思えば天国みたいなもんだよ、なんかいい匂いもするし。

 

 それはそれとして吹雪の相手だ。柔道着を着こんだ彼女は、実力的には五人中二位の対戦成績を誇るという。これまでの三人も楽には勝てない実力者揃いだったが、さてこの子はどんな技を見せてくれるのか。審判をつとめるストレンジラブが試合開始を宣言し、ゴングが鳴った。

 

 打撃を交えつつ互いに手の関節を狙い合う展開は、さっきまでの漣戦とあまり変わらなかった。ただ、漣とはっきり違うところがあるとしたら、吹雪は体重差のある俺と組み合うことを避けようとしないことだ。

 

 ほとんどの格闘技には体重別の階級があるし、相撲取りはなるべく大きく、重くなるために身体作りをする。それだけ重要な体重差の不利を省みず、あえて組み合いを選択するのは自信の顕れか、あるいはバトルジャンキーかな? どっちかといえばその線かもしれない。昼飯前のロビーで吹雪が漣の背後から密かに忍び寄って絞め落とした手並みは見事なものだった。自分が磨き上げた技術を存分に揮える相手がいるのが楽しくてしょうがないのだろうか、俺と組み合いながらも吹雪は笑顔で戦っていた。

 

「やっぱり、初めての相手との稽古は身になります!」

 

 手首の取り合いから吹雪が一歩前に踏みこんできて、相四つの組み合いになった。そのまま押し合いになるが、先程の叢雲戦の時と同様、いくら押してもびくともしない。日頃からあんな靴で海上をスケートみたいに走り回っているんだ、足腰は相当鍛えられているんだろう。

 

 押し合いが膠着したところで、俺は吹雪に呼吸を読まれた。息を吸う瞬間を見計らって、俺の腰にしがみついてタックルを仕掛けてきた。俺は上体を吹雪の背中に預けてがぶりの体勢になり、タックルのまま突進してくる吹雪を押しつぶす。柔道だったらここから寝技の攻防になるのかもしれないが、あいにくと現代の戦場格闘技であるCQCには、寝技という発想がほぼない。戦国時代の日本の戦場で、相手を組み伏せて首を掻くために発達した技術である柔術とは、そもそもの目的が違うからだ。手足を丸めて亀のように伏せる吹雪から離れて、俺はこれが吹雪攻略の糸口にならないかと思い当たった。

 

 俺が吹雪から離れた時、ストレンジラブが待てをかけていた。なんというか、俺も非常に格闘技的な対応をしてしまっている。相手が丸まって伏せてるなら、尾てい骨を蹴飛ばすくらいしてやるほうがよほど戦場的なのだが、うん、考えるまでもなく絵面が最悪だ。彼女らは女の子といって甘く見てはいけない相手なのは確かだが、女の子相手にやるにははばかられる技もあるしな。

 

 ストレンジラブが吹雪の服装を直させ、試合再開となった。俺は、今度はわざと吹雪と組み合うのを嫌う素振りを見せた。いかにもタックルを警戒しているかのように組み合わずに間合いを離して、これまでの試合のように自分のリーチを活用して吹雪の間合いの外から打撃中心で戦ってみせた。

 

 今度は吹雪はいかにも残念そうな顔だったが、無理に突っこんでくることなく落ち着いてパンチをさばいている。俺は顔面狙いのジャブを数発散らしたあと、右の中段突きを打ちこんだ。吹雪は外にかわして俺の手を取る、当然だな、この突きは電の得意技だ。普段から散々見ているはずだ、対処の仕方も慣れているだろう。吹雪は俺の手首を極め、体勢を崩させて小手返しに投げようとした。だが、投げが決まろうとした瞬間、俺は自由な左手でガラ空きの吹雪の襟を取った。そのまま、自分が投げられる力を利用して吹雪を捨て身投げに投げる。本職の柔術家ならこの返し技が綺麗に決まったかもしれないが、俺の腕ではうまく決まらず、俺と吹雪は二人してもつれて倒れこんだ。

 

 審判の声はない。どちらの投げも無効となったが、かといって待てもかからない。自分がなんで投げられたのか分からず茫然とする吹雪に、間髪入れず俺は襲いかかった。座り込んだまま俺を蹴ろうとする足をかわし、起き上がるのが遅れた吹雪に馬乗りになった。ブリッジで体勢をひっくり返そうとした脚に俺の足を絡めて封じ、両腕で顔面の防御を固める吹雪の右手首をまずは左手で掴み、橈骨の痛点を俺の左親指で押さえた。

 

「痛、いたたたたた」

 

 これは柔術の技の応用なんだが、まさにツボに入るとどんなに腕力があっても抵抗するのは難しい。俺は吹雪の右手を砂地に押さえつけ、空いた右襟を右手で掴んだ。そのままそこを支点にして前腕で頚動脈を圧迫する、片手絞だ。吹雪の表情が恐怖に青ざめる。このままでは数秒で失神してしまうのだが、絞めが入った時点でストレンジラブが試合を止めた。

 

「そこまで、勝負ありだ」

 

 早めに一本を認めてくれて助かった、こんな練習試合で本当に絞め落とすまではやりたくなかったからな。医学的な根拠についての研究は進んでいないんだが、格闘技界では日常的に絞技で失神するのを繰り返していると、絞技ですぐ気絶するようになる、俗に落ち癖がつくなんていう。そんなんなっちまったらあんまり可哀想だ。

 

 

「うぅ…… 怖かったよぅ」

「アンタにはいい薬になるんじゃないかしら」

 

 試合の後、吹雪は叢雲の膝にすがりついて頭を撫でられていたが、叢雲の口ぶりは結構辛辣だった。俺は二人に近づき、涙目の吹雪に声をかけた。

 

「吹雪、あの俺の呼吸を盗んだタックルは見事だった」

「だが、そのあとの対策はお粗末だったな。CQCで寝技を考えないのは理解できるが、寝技にもつれこむようなタックルを使うんだったら、対策をしておかないのはいかにも片手落ちだ。とはいっても、俺も寝技はそんなに得手じゃないから教えてはやれないんだけどな」

 

 吹雪はふと起き上がり、俺に向き直り姿勢を正すとこんなことを聞いてきた。

 

「あの、カズさん」

「なんだ?」

「今の試合の最後のところ、私はカズさんを本当に怖いって思いました。博士が止めてくれなかったら、本気で絞め殺されるんじゃないかって」

「さすがにそんなことはしないが、俺を怖いと思ったなら君の感覚は正常だ。戦う相手を怖いと思うのは当然だ、俺だって君が怖かったよ」

 

 吹雪がきょとんとしている。

 

「どうした?」

「……いつだったか、ザ・ボスも同じことをおっしゃってました。あんなに強いボスでも、戦う時はやっぱり怖いと」

「始め、君は戦うことを楽しんでいたな。それは、戦士として優秀な資質だ。だがなぁ、戦うことの怖さを忘れると、いずれは殺戮を楽しむようになってしまう。我々は生きるために戦うのであって、断じて殺すために生きているんじゃない。そうなったら、いずれ君は大事なものを失うことになるぞ」

 

 吹雪がゴクリと喉を鳴らした。こんなことを吹雪に教えたとき、俺の念頭にあったのはナオミの義兄フランクのことだった。あいつは、俺も育成に関わったデイビッド、ソリッド・スネークとの戦いを楽しんで死んだ、あいつはそれでよかったのかもしれない。だが、死の瞬間、あいつの頭の中ではナオミのことをどれだけ考えていただろうか? たった一人、ようやく得た身寄りをまた亡くしてしまう義妹のことを。俺は、チラリと漣に目を向けてから話を続けた。

 

「君はさっき漣を絞め落としてたろう? まあ、まずは、仲間相手に技を使ってむやみやたらに絞め落とすようなことはやめるんだな。落ち癖でもついたら大変だぞ」

「落ち癖?」

「絞技で何度も気絶を繰り返してるとな、そのうち絞めがちょっと入っただけですぐ気を失いやすくなるそうだ。失禁をともなうことも多い、うかつに友達を絞めるのはやめろ」

 

 失禁と聞いて漣が真っ青な顔になった。あとで聞いた話だが、普段の稽古ではあそこまで絞めることはなかったらしく、絞技で失神するのもあれが初めてだったそうだから、今後気をつければ心配はいらないだろう。

 

「漣ちゃん、さっきはごめんね。まさかあれでお漏らしするようになっちゃうだなんて、思ってもいなかったよ」

「い、いくらなんでもあの場で漏らしたりしてませんぞ!?」

「あれは七割がた漣ちゃんが悪かったと思うのです」

「これに懲りたら、今度からはあんないかがわしい隠し撮りはやめることね」

 

 孤立無援のまますでに漣にお漏らし癖がついたかのような話ぶりになってるんだが、漣の人望がうかがえるなぁ。試合を終えた四人はころころと笑っていたが、はて五月雨の反応がない。

 

「さあカズ、次で最後よ。CQCなら私たちの最強、五月雨相手にどう戦うか見せてもらうわ」

「砲雷撃戦も航行も割とポンコツなのに、五月雨ちゃんCQCだけは鬼かってくらい強いんですぞ?」

「ボスの教えを受けはじめた最初のうちはともかく、もう一年以上も誰も五月雨ちゃんに土をつけてないのです」

「ボスから一本取ったことあるのって、五月雨ちゃんだけだったよね」

 

 ザ・ボスからCQCで一本取ったって!? それが本当なら、五月雨って下手すりゃあスネークよりも強いってやつぅー? 俺、スネークからも一本勝ち取ったことなんてないぞ、これやばくない?

 

 会話に参加してなかった五月雨は、いつの間にか砂浜の真ん中でスタンバイしていた。閉じていた眼をすうと見開くと、うわぁなんだかすごいことになっちゃったぞ。爛々と光る眼からはなんか水色の光が漏れ出してるかのような気がするし、砂浜に立つ小柄な少女の姿を見ているはずが、まるで天までまっすぐに伸びる大樹を見上げているかのような錯覚すら覚える。その瞬間本能的に悟った、今から俺はこの樹に吊るされる運命なんだと。この世界にゃお前より年下で俺より強いガキもいる、これ誰に言われたんだっけ、いや俺が言われたんじゃなかったっけ、というかお前って誰だ、そもそも俺は誰だ、そうです私がカズヒラ・ミラーです。いかん、プレッシャーがすごくて思考が混乱している。俺は吹雪にグイグイケツを押されて、なんとか五月雨の前に進み出た。

 

 容赦なくゴングが鳴った。五月雨は半身に構えたまま、スルスルと滑るようにこちらに近づいてくる。袴をはいているせいで足捌きは見えないんだが、まるでレールの上を滑ってくるようにその歩みは淀みなく、肩も頭もまるでブレない。君、なんでさっきお茶を持ってくる時にその歩き方ができなかったんだ?

 

 五月雨が俺の間合いに入った、なんかしないとこのままやられる。反射的にパンチを放ったが、五月雨が俺の足元に沈みこんだかと思ったら、パンチを打った姿勢のまま俺は一回転して背中から砂地に転がっていた。

 

 振り返ると、五月雨はまた最初の構えで立っていた。他の四人も、審判のストレンジラブもあんぐりと口を開けたまま茫然としていた。どう見てもこれで一本のはずなんだが、審判の宣告はない。俺が五月雨に投げられたのか、それとも勢い余って自分で転んだのか、ストレンジラブにも他の皆にも判別がつかないんだろう。ある意味無理もないかもしれない、今投げられたはずの俺自身だって、自分が何をされたのかまったくわからないんだ。

 

 またスルスルと五月雨が滑ってきた。前に出ている右手を掴む、五月雨はそこを支点に半回転して俺の背後に回り、気がついたら肩を極められたまま地面に投げ落とされていた。

 

 俺を投げ飛ばすたびに、五月雨は必ず間合いを切って最初の構えに戻る。そうして俺が起き上がると、またスルスルと近づいてくるんだ。こんなことの繰り返しでもう何十回投げられただろうか、俺は膝に力が入らず、すでに立ち上がる気力すらなくなりかけていた。

 

「まずいわ、五月雨ったら完全に理性飛んでるわよ」

「カズ様死んじゃいますぞ!?」

「とにかく、止めるのです!」

 

 観戦していた四人が駆け寄ってきて、五月雨を取り押さえようとした。もう試合どころじゃない、恥も外聞もなく俺は悲鳴をあげて助けを求めていた。

 

「やめて五月雨ちゃん、カズさん壊しちゃダメぇ!」

 

 四人がかりで両腕と肩を押さえたはずが、五月雨がスッと動いたと思った次の瞬間には四人がまとめて砂の上に転がされていた。ウッソだろお前、そんなの映画とかでしか見たことないぞ!?

 

 次は殺される、そう確信したが、五月雨は桃色に上気した顔で一息つくと、いきなり正座して深々とお辞儀をした。

 

「ありがとうございました、久しぶりにいいお稽古ができました」

 

 えぇ…… 俺、今やもう全身砂まみれのサンドマン、スナスナの実を食べた砂人間よ? MSFの訓練でもここまではしごかんぞってレベルでブン投げられまくって、それをお稽古ですますなんてちょっとひどくない? でも五月雨ちゃんの満足そうな笑顔は天使そのものだ、頬を伝う汗がダイヤモンドのように眩しい。俺はダイヤモンドドッグズ、ダイヤのためなら犬にでもなんでもなるんだ。とほほ。

 

「さあ、この辺でお開きにしようか。陽もずいぶん傾いてきた、そろそろ家に戻ろうか」

 

 いまさらパンパンと手を叩きながらストレンジラブが近寄ってきた。あんたが早いとこ試合を止めてくれてたなら、俺もこんな惨状にはならなかったのに! 一言文句を言ってやらねば気がすまん。

 

「まあ、大の男がこんな小さな女の子におもちゃにされたからといってあまり気に病むな。この子のCQCはボスの折紙つきだそうだからな。それに、貴様は可愛い子に弄ばれるのが大好きだったろう?」

 

 はい、大好きです! いやそうじゃないよ、いくらこれから風呂入るからってここまで砂まみれにしなくたって……

 

「漣はさっき見たから知ってるだろうが、妖精さんが工廠に広い風呂を作ってくれたんだ。カズの奴もそこを使うから注意と警戒が必要だが、これからは出撃から帰ってきたらすぐ風呂に入れるぞ。さっそく行ってくるといい」

 

 わぁっと歓声をあげて子供たちが階段を駆け上がっていった。追いかけたかったが、さんざん投げられてもう俺の足腰は産まれたての子鹿同然だ。あぁ、俺の一番風呂が……

 

 

 ストレンジラブは肩を貸すなどの一切の手助けをしてくれなかったので、俺は階段を這いずるようになんとか自力で登りきったところで、本棟の玄関でストレンジラブがホースを構えて待っていた。

 

「こらこら、そんな砂まみれで中に入る気か。流してやるからそこに立て」

 

 全身の砂を洗い流しながら、ストレンジラブが話し始めた。

 

「せっかくの一番風呂をこんな水浴びなんかにしてすまなかったな、ちょっと貴様と二人で話したくてな」

「あの子たちには聞かせたくない話か?」

 

 珍しくストレンジラブが詫びた。水臭いやつだ、水浴びだけに。なんならあの子達が上がった後に二人きりでお風呂でもよかったんだぜ? 口に出したら命がないから絶対言わんけど。

 

「聞かせたくないというか、恥ずかしいから聞かれたくない話だな。それというのも、私の息子のことだ。彼の消息についてなにか知ってたら、教えてくれないか」

「たしかハル君、って言ったっけか? あんたがアフガンで死んだって時にはまだ三歳だったか」

 

 ハル君について、俺はいくらか知っていることがある。全面的にこいつのせいでねんがんの一番風呂を奪われた身としては、正直言ってあまり素直に教えてやるのもちょっと癪な気がするんだが、子供の行く末を案じる親の気持ちは俺にもよくわかる。一つ貸しだ、俺の知ってることなら快く教えてやろうじゃないか。




 遅くなって申し訳ない、グラサン提督第十三話をお届けします。
 お盆休みには書き溜めをしようと目論んでましたが、お盆休みったってお盆には家の仕事があるわけで、墓掃除迎え火親戚の相手送り火と、結局完全オフは一日あるかないかでした。お盆が休みなんて幻想だったんや……

 格闘編は今回でおしまいとなり、次回はまたこの謎の島での生活となります。次々回かそれともその次からか、これまで続いてきたカズ視点を離れて、別の人物の視点からのお話となる予定です。
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