執筆が遅れている原因が夏イベなのは確定的に明らか、長鯨ちゃんどこ、ここ……?
夕食の席に現れず、突然姿を消したストレンジラブ。手分けして探した俺たちは、工廠にある研究室で手がかりを見つけた。彼女のサングラスとカードキー、研究室にあった扉を開けてみたが、その中は小さな書庫だった。そこにもストレンジラブの姿は見当たらず、かわりに2000年に出版された、ストレンジラブの著書とおぼしき書籍が残されていた。
「ただいま戻りました! あれ、開かずの扉が開いてる!?」
島内を捜索していた吹雪が戻ってきた、これで子供たちは全員揃ったな。まさかストレンジラブが海に出たとは思えないが、一応確認はしなくちゃならないだろう。
「それでは、これから念のために周辺海域の捜索を行ってもらう。もう夜だからな、いきなり敵と出くわす可能性だって考えられなくもないだろう。きちんと武装したうえで、ツーマンセルでの行動を厳守してくれ。そうだな、吹雪と電、漣と五月雨の二組に別れようか。二組で、ここからそれぞれ逆周りに島を一回りしてくるんだ。叢雲は残って、皆からの連絡を受けるとともに、俺とこの研究室の調査を手伝ってくれ。出撃組は気をつけて行くんだぞ、ムーブ!」
叢雲以外の四人が走り出ていった。電ちゃん、ツーマンセルってなに? と聞こえたのは吹雪の声だろう。
「おそらく、海で博士は見つかりはしないのでしょうね。で、私をここに残した理由はなに? 通信だけなら私を残す理由にはならないはずだわ」
叢雲は意気消沈している様子で、ストレンジラブはもう帰ってしまったものと確信しているようだった。
「もしもあいつがすでにここを去ったのだとしても、黙ってただ出て行くのは不自然だ。俺は、なにも引き継がれずに一人でストレンジラブの代わりまでできるほど科学に精通しているわけじゃないんだからな」
「この部屋には、たぶんあいつが突然消えた理由の手がかりが残っているはずだ。それを調べるには、この部屋に最初に入った君の証言も聞きたい。そんなところだ」
俺は床にしゃがみこんで、扉の近くの床を調べ始めた。床に特に異常は見つからなかったが、研究室の入り口に振り向いたときに、天井の角に監視カメラを見つけた。
「あの監視カメラ、誰が管理してる?」
昼間、寄宿棟の入り口にあった機銃つき監視カメラを見せられたっけな。この館内には、ところどころにカメラを仕掛けているのだろう。映像記録を調べれば、ここでなにかあったのかがわかるはずだ。
『そういうことならおまかせくださいー!』
どこからともなくハジメさんが現れた。ハジメさんはデスクの上にあるノートパソコンを指差して、俺に立ち上げるよううながした。
このノートパソコンも見たことのない型だ。OSもWindowsには違いないが、俺が自宅で使っていたものよりバージョンが進んでいるようだ。立ち上げ時にパスワードを要求されたが、それはハジメさんがキーボードの上を器用に跳び回って解除してくれた。t、h、e…… b、o…… "thebosslove" ログインできた、あいつらしいというかなんというか。
ハジメさんに言われるまま俺はノートPCを操作して、監視カメラの管理をするアプリを開いた。これ、今後も役に立つかもしれないから憶えておこう。
今日の夕方あたりからの映像を確認してみると、早送りしているうちにやがてストレンジラブが姿を表した。彼女は開かずの扉の前に立ち、どうやらカードキーを使ったようだ。扉の中がどうなっているかは、カメラからはほぼ死角になっていてわからない。扉が開くと、彼女は一歩後ずさり、おもむろに扉の中に入っていった。
「ちょっと、今のところコマ送りで見れるかな」
そう尋ねたら、ハジメさんがどこを操作すればいいか画面を直接指差して教えてくれた。ITがあまり得意でない俺みたいなおじさんにとっては、この上なくありがたい有能なアシスタントだ、どっかのイルカなんかよりずっと役に立ってくれる。いつか俺が元の世界に帰る時は、ハジメさんお持ち帰りしちゃいけないかな? いけないだろうなぁ。
気になったのは、ストレンジラブが一歩後ずさったところだ。扉の中からなにかが飛び出したように見えたんだが…… コマ送り映像を見ていると、扉の中から放射されたなにかがストレンジラブに浴びせかけられたように見えた。ストレンジラブは驚いたのか一歩後ずさり、短く何事か言うとすぐに扉の中に踏みこんでいった。あいにく映像は無音で、なんて言っていたのかはよくわからない。
「ああ、これってもしかして」
一緒に映像を見ていた叢雲がデスクの下のくず籠を漁って取り出して見せたのは、色とりどりの細い紙テープだった。パーティーを賑やかすクラッカーの中身みたいな、というかそれそのものだ。まだかすかに火薬の臭いもしている。
「これも、さっきのサングラスやカードと一緒に落ちていたのよ。てっきり博士が散らかしたゴミだと思って捨てちゃったんだけど、なんなのこれ?」
手近な紙切れに絵を描いて、クラッカーについて解説してやった。
「つまり、これはお祝い事の時に鳴らすおもちゃなのね」
「そういうことだ、なんでそんなものが鳴らされたのかは依然謎だがな」
もう一度扉の中、狭い書庫を調べてみた。どこにもクラッカーの本体は見当たらないし、扉を開けたらクラッカーを鳴らすような仕掛けの痕跡も残っていなかった。この部屋からさらに奥に行けそうな隠し扉のようなものも、この書庫ごと動いて別の場所につながりそうな大掛かりな仕掛けもなさそうだ。だが、最初にストレンジラブがこの扉を開けた時には、少なくともクラッカーを鳴らすようななにか、あるいは誰かが中にいたはずなんだ。
またコマ送りのカメラ映像を見返してみた。今度はストレンジラブの顔をズームして、彼女がなんと言っていたのか、読唇を試みることにした。
「うーん、映像が暗い…… 今ひとつ見えにくいな」
「バカね、サングラス取ったらどうなのよ」
ああ、暗いはずだ。サングラスを取って、ついでに映像も少し露出を上げてみた。それでずいぶん明るく見えるようになったが、デジタルズームじゃやはり拡大にも限界がある。ただ、言っている言葉はごく短い言葉だ。二言三言、それもそれぞれ二、三音節程度だ。口の形はウーイ、一度区切ってアーウ、それだけ言ってストレンジラブは扉の中に消えていった。
読唇はひとまず置いておいて、そこからは映像の早送りを続けたが、しばらく映像は無人のまま変化はなかった。やがて叢雲がカメラの前に姿を現し、扉の前に落ちているものを拾う動きを見せた。またしばらく過ぎると俺が部屋に入ってきて、叢雲からカードを受け取った。さらに漣たち三人が入ってきて、皆の前で俺がカードを使って扉を開けた。結局、俺たちがここに来るまでの間、ストレンジラブはこの扉の中に入ったまま出てきていないことになる。
「だが、この小部屋はここで行き止まりだ。抜け道や仕掛けがあるとも思えん。それなのに、あいつは影も形も消え失せてしまった」
「そもそも、博士がそんな仕掛けを利用して姿を消す意味がないわ」
ストレンジラブは扉を開けてなにを見たのか、やっぱりそれがあいつの行動の鍵だ。画面の中のストレンジラブを真似て、俺も口を動かしてみた。ウーイ、アーウ、この動きであいつの口から出そうな言葉とは……
「ヒューイ、ハル……?」
「なにそれ、おまじないかなにかなの?」
「叢雲。ストレンジラブの家族について、あいつからなにか聞いたことがあるか?」
叢雲は不思議そうな表情をして首を振った。
「離れて暮らしてる息子さんがいるって一度だけ聞いたことはあったけど…… その話題になると、博士はいつも辛そうだったわ。だから、私たちもそれ以上のことは知らない」
「ヒューイとハルってのは、あいつの夫と息子の名だ。ヒューイの方はあだ名で本名は別にあったんだけどな、あいつはそう呼んでた」
ヒューイとハル、ストレンジラブは扉の向こうにあの二人を見たのだろうか。そして、半ば衝動的にそちらへ踏み入ってしまったのではないだろうか? 昼飯のとき、妖精さんは俺にこう言った。務めを果たせば価値ある未来を約束すると。ストレンジラブが消えたのは、あいつも務めを果たしたからなのではないか。だから、俺がここに呼ばれたとき、俺と一緒にこの島に来たこのカードキーがあいつの手に渡ったのではないか? そんな仮説を叢雲に話してみたら、叢雲は心当たりのありそうな顔で考えこんでいた。
「今までここにいた人たちはみんな、次に来た人と入れ替わるように姿を消しているわ。吹雪たちがボスを連れてきた時に消えたナオミ先生、博士を助けたあとにここを去ったボス、まるで代わりばんこで私たちを助けてくれたみたいじゃない?」
「そして今日は俺が連れてこられて、ストレンジラブが姿を消した。俺たちがここに連れてこられたのが妖精さんの意思によるものだったとして、助っ人は常に一人というルールみたいなものがあるってことなんだろうか?」
そこまで話していたところで不意に二発の破裂音が立て続けに鳴り、俺と叢雲は反射的に音の方へ振り返った。
『ヒューイ、いや、ハル!?』
続いて、ストレンジラブの驚いた声が聞こえた。今の声も破裂音も、カメラ映像を流しっぱなしだったPCからのものだ。
『おんせいがみゅーとになっていたのでかいじょしましたー』
ハジメさんがマウスに馬乗りになりながら言った。なんだ、よくある防犯カメラのようにてっきり録音はしていないのかと思いこんでいたが、この映像は音声があったのか!?
「博士が来たところからもう一度見るわよ!」
叢雲はハジメさんをつまみ上げて、自分でマウスを操作した。映像とともに、ストレンジラブの声が流れはじめた。
『カズのやつが持っていたこのカード、やはりここの扉と同じ規格だな。試してみるか』
ストレンジラブがカードを使うと、電子音とともに扉が開き、パンパンと破裂音が響いた。彼女は音に驚いたのか一歩後ずさり、『ヒューイ、いや、ハル!?』と言うと扉をくぐって姿を消した。その後はしばらく無人の映像が続き、叢雲が現れたところで再生を止めた。
「……博士の最後の言葉、だいたいあんたの想像通りだったわね」
「だが、どうやらあいつが扉の中に見たのは、夫と息子の二人じゃなく、息子一人だったようだな。一度ヒューイと呼びかけて、すぐに否定してハルって呼び直したろう?」
「俺は、元の世界で必要あってあいつの家族の動向を調べたことがあったんだ。あいつの息子さん、ハルくんの顔も知っている。成長してからは、だいぶん親父と似た顔に育っていたっけな。見間違えることもあるかもしれん」
「博士は、元の世界じゃ息子さんがまだ小さい頃に亡くなっていたのよね? 成長過程を見ていなかったのなら、大きくなった息子さんの姿をお父さんと見間違えても不思議はないわけね」
叢雲は、ストレンジラブが使っていたであろうチェアに深く腰かけて溜息をついた。
「……ナオミ先生の時もそうだったけど、あんまり突然じゃない。もっときちんとお別れを言わせてほしかったわ」
叢雲が目を閉じると、ポロリと一粒涙が頬を伝った。まあ、あいつだってまさか、なんの気なしに開けてみた扉からいきなり強制送還されるとは思っていなかっただろうな。いつか俺が元の世界に戻れる日が来たら、一度会いに行ってみようか。あいつだって、この子たちの行く末が気にかかっていることだろう。
「こんな扉が別の時間、別の場所に繋がるなんて、そんな不思議あるかしら。どうせなら、日本に繋がってくれればいいのに」
頬杖をついた叢雲がそんな世迷言をもらした。
「別の時間はあるかどうか知らんが、別の場所ならある話だぞ。俺が昔運営していた傭兵部隊じゃ、空間を歪めて別々の場所をつなげる装備を運用していたよ。捕虜や鹵獲品を安全に運搬するのに利用していたな」
「今は便利なものがあるのねぇ、妖精さんうちにも作ってくれないかしら」
俺が思い出していたのは、ダイヤモンドドッグズで開発したワームホール・フルトン回収装置のことだった。叢雲の期待には添えなくて悪いが、二十一世紀に入ってもなお、一般にはいまだに表沙汰になっていない技術だ。うちの研究開発班はよくぞあんなもの実用化したものだよな、異世界につながって帰ってこれなくなる可能性とか考えていなかったのだろうか?
「あんたも、そのうち帰っちゃうのかしらね」
「それなりに先の話になるだろうが、妖精さんの言を信じるならそうなるんだろうな。もっとも、役目を果たしたら帰れるって言われても、具体的なタスクが明示されてないからなにがきっかけになるか判断ができん。それがわかってさえいたなら、ストレンジラブだってうかつにこんな扉を開けたりはしなかったかもしれんな」
もう一度書庫に入って、ストレンジラブの著書らしき本を手に取った。著者名は知らない名だったが、漣が言うにはこれがあいつの本名なのだという。実に三十年越しに初めて知ったな。本人は似合わないと嫌ってたそうだが、なるほどまるで童話の主人公のような名だ。だからって別に隠さなくてもいいと思うんだけどな。
俺にはまったく理解できそうもない本文は流し読みにとどめて、巻末に載っていた著者の略歴を詳しく読んでみた。あいつがピースウォーカー計画、そしてサヘラントロプス計画に関わっていた時期の経歴は空白となっていたが、正史ならばあいつが死んだ後、‘85年からはカルテクに復帰して教鞭を取っていたことになっていた。ストレンジラブはアフガンで死ななかったことになり、アメリカに戻った。そういう形に歴史が改変されたのだろうか? それが、妖精さんの言う価値ある未来を与えられた結果ということなのか。
「そろそろ、海に出てた四人が帰ってくるわね」
「そうか、じゃあ出迎えに行くかな。この書庫は、明日にでもあらためて詳しく調べてみよう。なにか役に立つ情報が出てくるかもしれないしな」
ドックの水門を開くと、ちょうど出かけていた四人が連れ立って戻ってきたところだった。みんな潮まみれだったのであらためて風呂に入り直してもらうことにして、俺は叢雲を手伝ってドックを片付けると、四人の着替えの準備を叢雲に任せてロビーに戻った。ご飯がすっかり冷めてしまっただろう、皆が戻ってくるまでにできるものは温めなおしてやりたい。電子レンジとか、あるかなぁ?
次回からは、二話か三話かわかりませんが、ストレンジラブ視点からの幕間話をお送りする予定です。元の世界に送り還された彼女がどうなったのか、それによって歴史がどう変わっていったのか。現在作者は夏イベ攻略中につき執筆速度が大幅に低下することが予想されますが、気長にお待ちいただければ幸いです。