夢か現か、私は火の回り始めた自宅のトレーニングルームに倒れ伏していた。闖入者の一人、頭目らしき男が私に近づいてきた。口元はガスマスクに隠れて表情はよく見えないが、ただ、眼だけがギラギラと憎悪に輝いている。男は拳銃を抜くと、私のこめかみに銃口を押し付けてこう告げた。
「ミラー、一足先に親父のもとへ逝け。いずれ、奴に関わる者どもまとめてあの世に送ってやる」
「『天国の外側』に残るのは俺一人だ。蛇は一人でいい! 死ねぃ!」
銃声は聞こえなかった。だが、こめかみが熱い。じりじりと焼けているようだ。気のせいか髪の焦げる匂いが漂い始めてる気もする。いや、たしかに髪が焼け始めている。
「って、熱っつぅぅぅぅぅいっ!」
たまらず飛び起きると、視界に広がるのは雲ひとつない青空と、ギラギラ輝く真夏の太陽だった。
「起きたか。まったく貴様は暢気なものだ」
声の方へ振り返ると、片手に虫眼鏡を構えた、中性的な容貌のサングラスの女が俺の顔を覗き込んでいた。その背後からは彼女と似たような色合いの銀髪の少女が日傘を差しかけているのだが、俺とは決して眼を合わせようとしない。
「博士、あんた太陽苦手なのに外に出てこなくてもいいじゃない。わざわざ虫眼鏡で焼いたりしないで、普通に起こしてあげればいいでしょうに」
「ムラクモ、私はこんな汚らわしい奴に触るのは金輪際ごめんだ。もちろん、君たちにだって触らせるわけにはいかない。だったらこうするしかないだろう」
「ストレンジ…… ラブ?」
「そうとも。私にとっては十年振りかな、カズ」
ストレンジラブ博士。俺たちが‘70年代半ば頃にカリブ海で運営した傭兵組織、Militaires Sans Frontieres、通称MSFに一時期所属していた科学者だった。だが、組織を離れて十年ほど行方が知れなくなり、再会した時には彼女自身が造ったAIポッドの中に閉じ込められたミイラになっていた。遺体を発見したのも、弔ったのも俺たちだったが、あれは偽者で、こうして生き延びていたというのか?
しかし、あれからさらに二十年以上の歳月が過ぎている。それなのに、目の前の彼女は、まるで俺が知っている昔のままの姿だった。年中サングラスをかけて出歩きやがって、もともと年齢不詳なところのある奴だったが、まさかサイボーグか何かになっていたわけじゃないだろうな?
「人のことをジロジロ見るんじゃない」
熱っ! 虫眼鏡の焦点が俺の足に合わされた。さっきこめかみが熱かったのはこれか! 真夏の陽光は小さなレンズで集めるだけでもタバコくらいなら簡単に火がつくほど熱くなる。ふっと思い出したが、なんだか昔にもこいつにこんなことをされたような気もする。あれは、いつのことだったろうか。昔のこととはいえ、俺の記憶は少々混濁しているようだ。
「いろいろと聞きたいこともあるだろう。私たちの知ってることなら中で話してやるから、服を着たら上がってこい」
服? と思っていまさらわが身を省みたら、俺はほぼ全裸、申し訳のようにスカーフ一枚を股間に被せただけの姿でダンボールの切れ端の上に座っていたのだった。近くには、砂まみれになった服が点々と散らばっている。
言いたいことだけ言ったら、ストレンジラブはムラクモとかいう少女を連れて去っていった。俺はあたりを見回して誰もいないらしいのを確認すると、そそくさと服を拾い集めては砂をはたき、身支度を整えた。
拡げてみて気づいたが、それにしても懐かしい服だ。これは、件のMSF時代に俺が着ていた服とまったく同じものだった。パンゲア大陸を模した髑髏の肩章も昔のままだ。こんな服がどこから出てきたのだろうか。
砂浜に転がっていたせいで、髪もボサボサになっていた。胸ポケットを探ると櫛と手鏡があったので、髪を整えようと鏡を覗くと、映っていたのはずいぶんと若返った俺の顔だった。
「えっ、えぇ〜〜〜〜〜〜……」
失礼、驚きのあまり素の声を出してしまったようだ。俺はベネディクト・カズヒラ・ミラー。日本生まれの日米ハーフで、傭兵だったり正規の軍人だったりもしたが、とにかく人生をほぼ戦士として生きぬいてきた男だ。キャリアの最後を米陸軍のとある特殊部隊のサバイバル教官として勤め上げ、今はアラスカに隠居して悠々自適の生活を送っていた、還暦間近のシブみを利かせたオジさまだったはずなんだが…… 鏡に映る俺の顔は、どう見ても肌年齢20代の色艶をしていた。父譲りの金髪も、歳とともにだいぶんくすんでいたのが色鮮やかに輝いているし、ひそかな悩みのタネだった、後退しかけた生え際もスタート地点まで戻っている。
一炊之夢などという故事もあるが、まさかこれまでの俺の人生は全部夢だったのだろうか。一瞬よぎったそんなバカバカしい妄想を頭から追い出すように、俺は首を振りながら歩き出した。
砂浜から階段を登ると、そこはちょっとした台地になっていて、モルタル造りの役場のような施設が建てられていた。建物は奥の方でまた海の方へ下っており、そこには小さなドックや船着場も見える。
「……おっ、邪魔しまぁ〜〜す」
小声で呟いて開け放たれたままのガラス戸を潜ると、本来はロビーであっただろうそこにはテーブルとソファが置かれていて、ちょっとした応接室か集会所に使われているようだった。そこに、ストレンジラブと先程のムラクモと呼ばれた少女、その他にも四人の少女たちが俺を待っていた。
「ようこそ我らが鎮守府へ、まあ座れ」
ストレンジラブの正面に腰を下ろし、今鎮守府って言った? などと考えていたところで、少女たちの一人、一番小柄な茶色い髪の子が水を持ってきてくれた。
「今日もとても暑いのですから、喉が渇いてるでしょう。お冷やをどうぞ、なのです」
うーん、ちょっと舌足らずに話すところが実に可愛らしい。歳の頃はキャサリーよりも幾つか下だろう、ジュニアハイに上がりたてくらいだろうか? 顔立ちは整っているが、日本人のような、それでいてどこか普通の日本人とは違ったようなエキゾチシズムを感じる。
短く礼を言ってグラスを受け取り、よく冷えた水を一気に呷る。くぅ〜〜、美味い! 一体どれだけの時間砂浜に転がされていたのかわからないが、カラカラの身体が活き返るようだ。茶髪の少女はクスリとちょっとだけ笑って、空のグラスにおかわりを注ぐと、水差しを俺の前に置いてこう言った。
「これからおじ…… 失礼しました、お兄さんは博士の尋も…… 事情聴取を受けることになるのです。きっとたくさんお話ししていただくことになりますから、水差しはここに置いておくのですが、空になったら遠慮なく言ってくださいね」
それはもう一瞬でブワッと冷や汗が溢れた。多分今飲んだ水よりもいっぱい出た。思わず振り返ると、茶髪の子はステンレスのお盆を抱えたまま俺の左後ろに立ちニコニコ微笑んでいる。その笑顔からは悪意は一切感じられないが、立ち姿には一片の油断もない。姿勢、目配り、間合いの取り方、あきらかになんらかの軍事訓練を受けた経験のある立ち方だと感じた。
「電ちゃん、そんな言い方したらおjお兄さんも不安になると思うなあ。えっと、その子が電ちゃん、私は吹雪っていいます。この泊地に男の人がやってくるのは初めてのことですから、博士もみんなもちょっと神経質になってるんです。尋問といっても形ばかりのことですから、あまり気になさらないでくださいね」
いつのまにか俺の右後ろには、吹雪と名乗る黒髪の少女が立っていた。たしか俺が座る前には奥の方にいたはずだが、水に気を取られている間にか、目立たず回り込んできていたようだ。こちらの子はまるっきり日本生まれ農村育ち、まわりの家はだいたい親戚、といった田舎の平凡な女子中学生そのものの風体なんだが、いくら油断していたとはいえ、この子が動く気配も足音にも俺がまったく気づかないなんて、普通の子供じゃまず考えられないことだった。
しかし二人とも、今おじさんと言いかけたか? まあそれはいい、むしろおじさまとか呼んでくれ、興奮する! いやそれはどうでもいい、今度の吹雪って子は今はっきり尋問と言ったぞ? 気にするなって言われたって気になるよ、なにこの状況、俺はなんで自宅で襲われて全裸で夏の海に連れてこられて若返って、死んだはずの旧友と女子中学生の集団に尋問を受けることになってるんだ? ちょっと情報量多すぎない!?
「まあそう混乱するな、私たちはあくまでも平和のための団体だ。拷問台も電磁くすぐり棒もここにはないからな、私たちが貴様に害を加えようというつもりはない。ただ、貴様がこの子達になにかいかがわしい事をしようというなら、今すぐにでも海の藻屑になってもらうがな」
そう言って二人掛けのソファにふんぞり返るストレンジラブの両脇を二人の少女が堅めている。一人はさっきの銀髪、ムラクモ…… たぶん叢雲とかそんな字なのだろう、槍のような、アンテナのような長物を構えて立っている。もう一人は、なかなかエキセントリックなピンク髪の子だ。ストレンジラブの隣に座り、ふざけたように抱きついたり膝にしなだれかかったりしているが、時折こちらを窺う目は俺が危険な相手かどうか常に注意を払っているとわかる。もしも俺がストレンジラブに危害を加えようとでもしたら、おそらくピンク髪ちゃんがストレンジラブをカバーし、後ろの二人が俺を押さえ、叢雲の槍でブスッとやられる、そういう寸法だ。そこまで考えて、おやそういえばまだ一人足りないよな、と気づいたが、最後の一人はソファの後ろに隠れて目の覚めるような水色の髪を頭半分だけのぞかせていた。
女子中学生に囲まれて尋問を受ける元軍人か、ああ、なんだか俺も堕ちるところまで堕ちた気がするな。だがこう言っちゃあなんだが、俺だって尋問や拷問など慣れっこといえば慣れたものだ。もう二十年も前のことだが、ある傭兵部隊を運営していた頃、アフガンでの任務中にソ連軍に捕まった時などは実に酷い目に遭ったもので、奴らの苛烈な尋問と拷問で視力の大半を失ってしまったんだ。幸いというかなんというか、後年米軍に教官として招かれた後、不自由のない程度にはバイオニック技術で補ってもらうことができたんだが。
そういえば、俺が若返ったのと一緒に、かつて失っていた器官も生身に戻っていたのだといまさらながら自覚した。サングラスを外して、失ったはずの手をじっと眺めてはちょっとグッパーグッパーしてみる。間違いなく俺の手だよ、三十年ぶりの感覚だ。
「おおぅ、動きはちょっと不審だけど素顔は意外なほどイケメンですぞ…… どうする、どうするよ叢雲ちゃん!?」
「どうもしないわよ、漣はちょっと黙ってなさい」
ピンク髪ちゃんは漣っていうのか。君、見る目があるな! イケメンという言葉はよく意味がわからなかったが、たぶんほめてくれたのだろうと思ったので、嬉しくなってバチコーン、と音がするくらい特大のウィンクを返したら、漣は青くなり叢雲は額に血管が浮いて、ストレンジラブの眉間には皺が寄った、解せぬ。
電ちゃんでいっぱい出た回
MGSの設定画だと、ミラー教官ちゃんと手足あるんですよね……
本作では、スカルフェイス討った記念にバイオニックしてもらって、後年米軍にいた頃にもっと見た目生身に近い新型に替えてもらったんじゃないかな、と解釈してます。