「ソロモンよ、私は帰ってきた―!(声色)」
「キタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!」
ようやく泊地の施設が見えてきたとき、俺と漣は思わず諸手を振り上げて雄叫びを上げた。俺は一度海に落ちてビショビショ、漣は中破してあちこち服が破けてしまっていた。
「なにが私は帰ってきたよ、ここはソロモンじゃないわよ」
「ソロモン諸島ならもっと大きな島がたくさんありますよね、私、ソロモン海は長かったからよく覚えてるんです」
俺と漣の乗ったボートを引っ張る叢雲と五月雨が呆れ声でぶうたれた。もう一人随伴していた吹雪は、俺たちの周囲を周るように航行しながら周辺の警戒を続けてくれている。
そうなのだ、俺がここに連れてこられて、ストレンジラブが姿を消してからもう半月になる。その間この子たちにはいろいろな話を聞いたが、一番驚かされたのは、彼女たちが普通の人類ではなく、太平洋戦争で沈んだ帝国海軍の艦船の魂を引き継いで産まれた存在であるという主張だった。
中学生ど真ん中の子供だったら、そういう妄想やごっこ遊びにふけることは珍しくない。俺の娘のキャサリーもそんな時期があったし、俺自身にだって多少の身に憶えはある。普通の状況なら一笑に付して終わらせるようなそんな与太話が笑い事ではすまないのは、彼女らが操るマジモンの兵器である艤装と、我々に襲いかかる謎の敵性生物の存在と、そいつによって今日も俺はうっかり死にかけたという厳然たる事実があるからだ。
今日の騒ぎの発端は、彼女たちが毎日行っている島周辺海域の哨戒に、俺が同行を申し出たのが始まりだった。今後彼女たちの手助けをしていくにあたって、海の上で彼女らがどのように活動しているのか、先日見せられた二年前の動画だけでなく、現在の生の姿を見ておきたいと安易に考えてしまったのだった。
「だから、私は反対したじゃないのよ!」
「うっくぅ、なんもいえねぇ〜」
叢雲がぼやいたが、漣も、もちろん俺もなにも反論できる余地がなかった。思い返せば叢雲は初めから俺の同行に反対だったが、いつもは三人出撃、二人留守番でやっている哨戒に留守番組から漣が俺の護衛につくと提案したことで、それならと吹雪と五月雨が賛成に回って話がまとまってしまったのだ。
今朝の空は快晴、風は凪いで波も穏やかで、ボートで海に出るには都合がよかった。留守番の電に見送られて少女たちの艦隊は泊地を出航し、その基本隊形は俺が乗ったボートを漣が曳航して、その周りを吹雪たち三人が囲んで守ってくれる形だった。ちっと足りないけど輪形陣の変形ですなぁとか漣は言っていたっけな。
ボートの上からは島が見えなくなるくらいの距離を、艦隊運動の練習としてか、時折隊形を変更しながら整然と艦隊は進む。俺はボートの上でそれを眺めながら、その時ばかりは確かに小柄なはずの少女らが紛れもなく船であるような、そんな不思議な印象を受けていた。
大きく島を一周して哨戒を終え、いざ帰途につこうとする頃、叢雲が皆に警戒を促した。
「皆注意なさい! 電探に感あり、西北西に距離4000! おそらく駆逐級の小さい奴が一隻、快速よ」
「あー、カズ様連れてる今なら、泊地に逃げこむまでにまず追いつかれそうですなぁ」
「叢雲ちゃん、どうする?」
五月雨が不安げにたずねたが、叢雲は慌てず皆にテキパキと指示を出しはじめた。
「漣はこのままボートを曳航してすぐ帰投しなさい、吹雪はその護衛をお願い。ついでに、電に状況報告も頼むわ」
「五月雨は私と一緒に迎撃に向かってちょうだい。敵が一隻だけのはぐれなら潰すわ、後続があるならカズの撤退完了まで時間を稼ぐわよ」
「おっしゃ、お仕事しますかー! 叢雲ちゃん、泊地で会いましょうぞ」
「叢雲ちゃん、五月雨ちゃん、気をつけてね」
叢雲たちが迎撃のために引き返したあと、漣が引っ張るボートがぐんと増速した。
「カズ様、しっかり掴まっててくださいね! この速力なら15分かからずに泊地に逃げこめます」
哨戒時より速度は上げたものの、そもそも俺が乗ったボートを曳航しているのと、あと後方で警戒にあたっている吹雪が器用にもバック走でジグザグに進んでいるため、逃げるにも全速を出すというわけにはいかない。ずっと遠くには、俺の眼でもまだ叢雲と五月雨の姿がなんとなく見える。
「叢雲ちゃんたちが接敵します!」
吹雪が叫んだのとほぼ同時に、遠くで砲火が赤く光るのが見えた。叢雲たちが戦闘に入ったようだな。遅れて、轟く砲声が聞こえてきた。戦闘の詳細な状況は俺にははっきりとは見えないが、ザ・ボスがかつて戦った時のように楽勝とはいかないらしい。
「五月雨ちゃんから入電! 敵は駆逐イ級1、後続は確認できません! 砲雷撃戦、始めますっ!」
「吹雪! 俺の眼じゃとても戦況まではわからん、実況してくれるか!」
「漣も気になりますぞ、今後ろ向けないんでよろしこー」
俺たちと後方とを交互に見回しながら戸惑った様子で吹雪が実況を始めたが、それは撃ったとか当たったとか走ったとか早い早いとか、聞きようによってはまるで下手なアナウンサーの野球中継のように聞こえるありさまだった。
「カズ様、吹雪ちゃんを許したってつかぁさい、この子は国語が残念、残念なんですぞ……!」
「残念とか言わないで!?」
たしかに残念な実況ではあったが、断片的な実況を想像でつなぎ合わせて、だいたいの状況はなんとか理解できた。叢雲たちは二人並んで敵の進路をブロックしながら砲撃をしかけ、敵を小破までは追いこんだ。だが、敵は二人には目もくれず、ブロックの隙間を強行突破して俺たちを追跡しつづけている。叢雲たちもすぐさま転進して敵を追いかけてはいるが、俺たちに流れ弾が飛ぶのを気にして有効な追撃ができないままだった。
「叢雲ちゃんたちは追いながらヤツと闘う…… 漣たちは逃げながらヤツと闘う」
「つまり、ハサミ討ちの形になるな」
俺が口を挟んだら漣が肩越しにこちらを見返してニヤリと笑った。俺も日本のマンガは好きだ。
「ハサミ討ちはいいがこの場合俺たちが不利だ。吹雪も叢雲たちも同士討ちを気にしてうかつに撃てん」
「変針しますか? そうすれば叢雲ちゃんたちも遠慮なく撃てますぞ」
「いや、射線から逃れるくらい大きく曲がれば速度が落ちるだろう、そうなれば一気に追いつかれるぞ」
漣の提案に俺が懸念を示したとき、再び吹雪が叫んだ。
「敵、魚雷発射準備しています! 撃ってきますよ!」
吹雪の警告する声に、ふっと俺の脳裡で閃くものがあった。
「吹雪、あいつは口から魚雷を吐くのか!?」
「そうです! こんな時にいったいなんですか!?」
先日見せられた衝撃動画の駆逐ロ級とかいう奴、あいつは前方にしか砲を撃てないと、たしかにそう聞いた。もしかしたら、今日のこいつもそのような性質を持ってるんじゃないか?
「じゃあ奴は前にしか魚雷を撃てないな、そして、魚雷を撃てば一度足が止まるんじゃないか?」
相変わらずバック走を続けながら、吹雪が一瞬だけ考えこんだ。今までの交戦で見てきた記憶を反芻したのだ。
「……そうです、言われてみればその通りでした。じゃあカズさん、そこからどうします?」
こんな緊迫した状況にもかかわらず、吹雪は悪戯っぽい笑顔で訊ねてきた。俺がなにか考えついたと察したのだろう。
「撃ってくるなら撃たせてやれ、こちらは反撃を考えなくてもいい。ただし、相手をよく見て撃つ瞬間を見極めろ。撃ってきた瞬間に漣は取舵、吹雪も遅れるなよ。速やかに叢雲たちの射線から離れるんだ」
「なるほど、そしたら叢雲ちゃんたちが全力ブッパって寸法ですね。さっそく向こうにも伝えますぞい」
叢雲たちに作戦を伝えて俺たちはイ級から逃げ続けていたが、少しずつ距離を詰められつつあった。
「そろそろ敵魚雷の有効射程距離に入ります、カズさん漣ちゃん、準備はいい?」
「おう、合図は頼むぞ吹雪」
「どんと来いです!」
吹雪はもうジグザグ航行をやめ、敵駆逐の挙動を見極めることに集中していた。
「来ますよ…… 発射確認! とりかぁーじ!!」
「ワショーーーーイ!!!」
俺は、これまでの哨戒中のように、彼女らが舵を切るときは大きなアールを描きながらゆっくり曲がっていくものだと思いこんでいた。しかし、船が徐々に曲がると誰がきめたのだ。たしかに俺は取舵を切れと言った、だがまさか直角に曲がるなんて誰が予想できる!? 漣の変な掛け声とともに、二人は波を蹴ってその場でいきなり90°ターンを決めて見せた。
当然、ロープで牽引されているだけのボートは大きく振り回された。俺はターンに備えて船底に伏せてはいたが、予想外に急激すぎる横Gがかかりすぎたため、踏ん張る暇もなくボートから投げ出されてしまった。俺の視界で海と空とが目まぐるしく回る。一度か二度か、水切りのように海面を跳ねた気もする。
落水前に息を吸いこんでおくくらいの余裕はあった。ずっと陸軍畑だった俺には船から落ちた経験こそなかったが、ヘリごと海に落ちるのなら経験済みだ。海に落ちた時、一番してはいけないのがパニックを起こして暴れもがくことだ。無駄に動いて酸素を浪費し、上下の感覚を喪失したままあわてて海面に上がろうとして、逆に下へ潜っていってしまい死亡事故に繋がったケースなんかも耳にしたことがあった。
俺は、とりあえず泳ぐのに邪魔になりそうだった鉄芯入りのブーツを手探りで脱ぎ捨てた。編み上げではあったが、横にジッパーが付いているやつで幸いだった。いつもの癖とはいえこんなもの履いたまま海に出るなんて、我ながら馬鹿な真似をしたものだ。
俺が海中に沈んでいる短い間に、水上で数度立て続けに爆発音が聞こえた。上でなにがあった、魚雷はどうなったんだ、皆は無事なのか? 急いで海面に上がらなくてはならない。
光が差しこんでくるほうが上だ、今が昼間で本当に助かった。水面に二つウロウロしている人影が見える、あれは吹雪と漣か? 俺を探しているのだろう。俺はそっちの方へ泳いでいった。
「ぶはぁっ!」
俺は海面に顔を出して、思い切り新鮮な空気を吸いこんだ。放り出されてから二分も過ぎてないはずだったが、極度の緊張を強いられる状況だったからな。息が続くうちに早く水上に上がれてよかった。太陽が眩しい、吹っ飛んだときにグラサンをなくしてしまったようだ、あれお気に入りだったんだけどなぁ。
「いた、カズさん無事だよ!」
「うおぉー、この漣一生の不覚!」
吹雪と漣が俺に滑り寄ってきた。吹雪は無傷だったが、漣は服がボロボロになってしまっていた。見たところ出血などはしていないようだが…… いや、服がボロボロになるほどのケガを負って、すぐナノマシンで身体だけ治癒したのか?
「二人とも無事だったか、叢雲と五月雨はどうなった? 敵はどうしたんだ」
そう聞いたら吹雪は一方を指差した。海面から頭を出している俺には遠くの状況は見えなかったが、指差す方向に黒煙が上がっているのは見えた。
「駆逐イ級は叢雲ちゃん五月雨ちゃんが仕留めました。二人とも無傷で、今こっちに向かっています」
とりあえずは全員無事か、俺はほっと胸をなで下ろした。
「奴の撃った魚雷はどうなったんだ、まさか漣、喰らったのか?」
「うぅー、申し訳ねえです、ドジりました。華麗にターンを決めたと思ったのにカズ様を放り出しちゃって、魚雷がそっち流れるとヤバいと思って…… えぐえぐ」
弁解の最後は涙声になった。そこから先は吹雪が補足してくれたのだが、俺を放り出したと気づいた直後、漣はロープを放り出し、もう一度ターンして魚雷の針路上に立ちはだかった。そして、水面下スレスレを疾ってくる魚雷を主砲と機銃で撃沈したのだそうだ。ただ、距離が近かったために魚雷の爆発に巻きこまれてしまって負傷したということだった。
「泣くな漣。すまない、無茶をさせてしまったな」
「ぐすっ、でも漣がヘマさえしなければこんなことには」
「ヘマをしたのは俺も同じだ、もっとしっかりボートに掴まっているべきだったよ。とりあえず、全員生きてるんだからそれで御の字だぜ」
漂っていたボートを吹雪が拾ってきた。しかし、俺一人ではとてもボートによじ登ることなんてできない。
「すまないが、引っ張り上げてくれないか? さすがに自力で上がるのは無理そうだ」
吹雪と漣が俺の差し出した手を取ったとき、危機を切り抜けた緊張の緩和からか、つい俺は思いつきでいらんことを言ってしまった。
「いちごミルク……」
二人は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐ真っ赤になってスカートを押さえると、俺を海中から引っこ抜いてボートに投げこんだ。普通に暮らしてたら絶対に見ることのないようなアングルを目の当たりにしてしまったが、悪気はなかったんだ勘弁してください! なんでもしますから!
そして、場面は冒頭に戻る。ズブ濡れの俺とボロボロの漣をボートに乗せ、戻ってきた叢雲と五月雨に曳航され、吹雪の護衛の下で俺たちはやっとのことで泊地に戻ってこれた。ドックの入口では、留守を守っていた電が艤装を装備して警戒にあたっていた。
まずは、損傷を受けた漣から上陸した。彼女らが陸に上がるときは、ドックの水上に立つ彼女らの艤装をクレーンに吊られたフレームに固定して、そのまま工廠の床上に運ぶ。そこで彼女らは艤装を降りて、風呂に行くなり入渠するなりするのだそうだ。工廠に運ばれたフレームはそのまま工廠妖精さんたちの足場となって、次の出撃までの間に艤装の修理やメンテナンスが行われる。
入渠というのは、戦闘で損傷を受けた彼女ら自身の身体のケアだ。ナオミ先生が皆に投与したというナノマシンは、普通の人間ならば致命傷になるような大ケガですらも瞬時に傷を塞ぎ、生命を維持することを可能とする。
ただし、それだけでは彼女らが十全のコンディションで活動を続けることはできない。傍目にはきれいに傷が治ったように見えても、負傷が深ければ筋や関節に痛みが残ってすぐには元通りに動かせなくなったりするらしい。そういうパフォーマンスの低下が治癒するまでには、当初は長期間寝こんだりリハビリをしたりする必要があったのだそうだ。
その問題を解決したのが、後にここへやってきたストレンジラブだった。あいつは医学やナノマシンの専門家ではないのだが、ナオミ先生のナノマシンのあらましとその問題点を聞いて、工廠妖精さんに自らのアイデアを提案した。そのアイデアに基づいて妖精さんは従来のナノマシンを改造して、負傷を塞ぐのではなく、塞いだ傷に残った後遺症のリハビリを行うための新しいナノマシンを完成させた。
その運用は温泉療法をヒントにしていて、ナノマシンを溶かした湯に入浴することで、後遺症からの回復までにかかる時間を従来よりも大幅に短縮できるようにしたのだという。通常濃度でも完全回復までに数時間、濃度を上げれば数分での回復も可能だとか。
これらのナノマシンは、ナオミ先生やストレンジラブが島を去った現在であっても、妖精さんがその技術を引き継いだことにより独自に生産を続けられている。
ただ、高速修復材と名付けられた新しいナノマシンは、島周辺のあちこちの海域に生息するある特定の貴重な微生物をその原料としており、備蓄確保のため定期的に採取に向かう必要があるから注意しろと皆に教わった。
「で、なんでついてくるんですかカズ様」
工廠に隣接しているここはその入渠ドックの中だ。まるでジャグジーか電気風呂のような一人サイズの浴槽が二つ並んでいて、中には薄緑色の湯が満たされている。俺もケガしたらここ入れば治るかな? そんなわけないか。
「いや、漣が心配なのと、この画期的な新技術に興味がわいてな。できれば見学させてもらおうかと……」
「乙女のバスタイムを堂々と見学とかありえませんぞ!? 入渠ドックは男子禁制です、とっとと出てってください!」
文字通りにドックから蹴り出されてしまった。仕方ない、俺も海水まみれだから風呂行こうか、と思ったが、隣の浴室はすでに吹雪たちが先に入ってしまったようで使えない。今日も一番風呂はおあずけかと俺は肩を落として、先日の組手大会の日みたいに玄関の水道でせめて塩気だけでも流そうか、と歩み出した。
「どこへ行くというのです?」
その声は電か。呼び止められて振り向くと、電は風呂場の方からホースを引きずって来ていた。
「なんだ、電は一緒に風呂入らなかったのか?」
「電はお留守番でしたので。あとで寄宿舎のお風呂にでも入るのです」
なるほど。それで、そのホースは?
「ミラーさんも海に落ちたのでしょう、真水で洗わないと髪が傷んでしまうのですよ」
「そりゃあありがたい、だがこんなところで水撒いちゃっていいのか?
どうやら工廠内は水気OKらしい。まあ、引き揚げた艤装に水ぶっかけて洗うくらい想定してるんだろうな、さすがに分解しているところに水はまずそうだが。
「さあ、そこに座ってください」
いやありがたい、海水でビショビショのまま本棟まで上がっていくのもちょっと気がひけるからな。俺はあとで掃除しやすそうなところを選んであぐらをかいた。
「……座れっつったら正座なのです」
電がいきなりドスの利いた声を出した。あ、あれ? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?
「今朝電は意見したはずなのです、ミラーさんがみんなに同行するのは危険すぎると」
たしかに、今朝がた俺の同行に最後まで反対を唱えていたのは叢雲とこの電だった。あまりの重圧に座り直す暇もなく固まった俺の顔に、ホースから勢いよく水が浴びせられた。いやアツゥイ!? これ水じゃない、熱湯だよ!
「相手はたかだかイ級一隻、慢心するわけではありませんが、普段なら軽く片付けて終わるはずだったくらいの相手なのです。それが終わってみれば漣ちゃん中破という体たらく、ミラーさんをかばったのが原因なのは明白なのです。なにか申し開きはありますか」
熱っつい、やめて、火傷するから! もんどりうって床を転げ回る俺に、容赦なく湯が浴びせられ続ける。
「常人でもこれくらいで火傷はしません、江戸っ子なら我慢する温度なのですよ」
いや、俺須賀っ子だから、あっつぅ!? 熱湯責めの前に俺は抵抗すらままならず、ホッカホカと湯気を上げながら土下座するしかなかった。
「ずびばぜんでじだ」
「なら、何が悪かったのか言ってみるのです」
「俺自身はなんの戦力になるわけでもないのに、無理に哨戒に同行して艦隊を危険に晒しました」
「それだけなのですか?」
「……?」
電が笑顔のまま額に青筋を立てた。ボイラーから引っ張ってきたらしき熱湯のホースを投げ捨て、近くの消火栓からノズルを引っ張り出して構えた。ちょ、待てよ!?
「いい歳こいて子供のスカートを覗く、帰ってくるなり入渠ドックに闖入、本当になにをやってるのですか貴方は? 不潔なのです、汚物は洗浄なのです!!」
「あばばばばがぼぼぼぼ」
弁解の暇もなくちょっとしたパンチくらいの水圧が顔面に飛んできた。いやスカートの件は不可抗力だしドックのことだって純粋な技術的好奇心であって決してやましい思いなどは! ダメだ、我が身の人生を省みればまったく説得力がない!
「へぶぶぶぶぶごぼごばばばばばしばふぅ!?」
鼻に、鼻に水が入った! やめて電、息ができない、これ以上はマジで死ぬから……
「そのへんにしときなさいよ」
「電ちゃん、私もう気にしてないから……」
先に風呂から上がってきた子たちが止めてくれたおかげで、あやうく俺は地上で溺れ死ぬダーウィン賞ノミネートを免れることができた。もしかしてこれ、先日の組手で電を逆さ漬けにした仕返しも入ってるんじゃないか?
『おまちくださいみなさん、こうしょうをみずびたしにしたままさるきですか』
吹雪が口添えをしてくれて電の怒りをなだめ、これでお開きになるかと思いきや、足元では棟梁やハジメさんを中心とする工廠妖精さんたちの一群の抗議の声が上がっていた。仕方ない、俺たちはめいめいワイパーやモップを持ち出して工廠の掃除を始めた。
「あの、ミラーさん」
ワイパーで俺が水を払った跡をモップで拭き上げていた電が話しかけてきた、その口ぶりにはさっきまでの怒気はもう感じられない。
「うん、なんだ?」
「ごめんなさい、さすがにさっきのはやりすぎたと思ったのです」
「ああ、まあ…… な」
俺は大丈夫だ、と胸を張って見せたかったが、さすがに曖昧な答えしかできなかった。水が入った鼻がまだツンと痛む。
「まあ、思い返せば先日は俺が君に海水を飲ませたからな。これでおあいこってことにしないか?」
「…………そういうつもりではなかったのです」
電は少しむくれた様子だったが、答える前にちょっと間があったなぁ? まあいい、掃除もすんだから今度こそ風呂だ! 俺は意気揚々と暖簾をくぐった。
「ひ、ひゃぁあああ〜〜〜!? カズヒラさん!?」
脱衣場に入った途端、俺はバスタオル一枚で髪を乾かしていた五月雨と鉢合わせしてしまった。そういえば、電を止めてくれた時も、工廠掃除の時にも五月雨の姿はなかったな。ありえんくらい長くて綺麗な髪だからなぁ、乾かすにも時間がかかってたんだろうな。うんうん、髪は長い友達、大事にしないといけないよなぁ…… この後の惨劇を予感して現実逃避を始めた俺の背後に、電の足音が近づいてきた。
先日の秋イベは弊鎮守府初の甲勲章をいただきましたが、ミトチャンの救出に失敗しました。やっぱり勝った気がしません。
話は変わりますが、今回の叢雲や以前ザ・ボスがセーラー服着せられた回での漣の台詞で、海上での方位を十六方位で言わせてますが、これは海軍的には間違いで正しくは方位角で言わせるべきなんだと思います。
それでも本作では勝手に十六方位で言わせているのは、方位を数字で言われても読んでてイメージしづらくね? と思ったからです。艦船が美少女になってるのに較べたら、これくらいの考証無視など多少はね?