利便性を求めて開発してもらったはずの新装備、戦場カメラマン妖精さん。自分で名づけておいてなんだが、ちょっと長いからこれからはカメラさんと呼ぼうか。そして、カメラさんのうちでも漣につけた子はどうやらいかがわしい映像を撮るのが好きみたいで、先程もそれで叢雲とひと悶着あった。漣には仲間たちの余人には見せられない写真を隠し撮りしていた前科があるらしいし、どうも妖精さんは主となる少女の性格から影響を受けるのだろうか? この子は今後カメコさんと呼ぼう、カメラ小僧だからカメコさんだ。
叢雲に引き続き五月雨を調査しているハジメさんは、今まさに彼女の全身を服の中に至るまで這いずり回っている。五月雨は少々頬を赤らめ、くすぐったいのか気持ちいいのかは計り知れないが、時折小さく声を漏らしながらもじっと天井を睨んで我慢しているようだ。いいぞもっとやれ、むしろハジメさんそこ代わってくれ!
なんとなく気まずい空気漂うなか、五月雨の胸元からひょっこり顔を出したハジメさんが、俺に向かって大きく跳んだ。俺は両掌でややふんわりと彼女を受け止める。クンカクンカ、うーん、心なしかほのかに香る少女臭……
「それでハジメさん、どうだった?」
『……すべすべでつるつるでした』
ほふぅー、と満足げな溜息をついてハジメさんは答えた。それは耳よりな情報だがそうじゃないよ。
「五月雨の視覚に謎の挙動が起こっていることについてなにかわかったことはないか、と聞いているんだ」
『……わかりません、げんじょうのちょうさだけではげんいんをかくていしかねるのです』
不意に五月雨の手が伸びてきて、ハジメさんをむんずと鷲掴みにした。
「叢雲ちゃん、今日のお夕飯は唐揚げだったよね? 食材追加でお願いね」
『わぁぁー! じゃすたもーめんと、しばらく、しばらくぅぅぅ! かくていしかねるとはたしかにいいましたがげんいんにまったくこころあたりがないわけではないのです!!』
「五月雨ちゃん、弁明くらいはさせてあげようよ」
「妖精さんの唐揚げなんて誰も食べたくないのです」
五月雨の手の内でジタバタもがくハジメさんを哀れんでかそれとも呆れてか、吹雪と電は五月雨をなだめる方に回った。五月雨も一応はハジメさんを解放して弁解を聞く構えだ。
『まずさみだれさんのぎそうについてなのですが、ほかのみなさんとのちがいにおきづきではありませんか?』
その質問に、少女たちは互いの顔を見回した。しばし無言ののち、首をひねりながら吹雪が答えた。
「……清潔感あって可愛いよね?」
少々的を外した感の否めない返答に、瞬間白けた雰囲気が流れたが、それをきっかけに皆それぞれ思うところを述べ始めた。
「違うと言われてみれば、五月雨には私たち吹雪型みたいな背負子がないわね」
「清純さを演出する白セーラーとはミスマッチな、テカる長手袋とニーソが実にフェチいですな。ムフフ」
「身体の小さい電から見れば、五月雨ちゃんの艤装は身軽そうでちょっとうらやましいのです」
皆から聞いていた話だが、五人のうちでは五月雨だけが駆逐艦としての型が異なる。吹雪を頭に叢雲、漣、電と続く四人は、叢雲の言うとおり過去の帝国海軍における吹雪型というタイプにあたる。もっとも、傑作と評されただけあって吹雪型は数多く長期にわたって建造され続けたために途中で何度もマイナーチェンジを繰り返していて、そのためか漣は綾波型、電は暁型を自称しているが。
一方五月雨は白露型というタイプで、史実の吹雪型から見れば二世代あとの艦級になるそうだ。
それはともかく、五月雨だけは他の四人と異なり、背中に煙突やら艦橋やらを模した大きな機械を背負っていない。かわりに大ぶりの魚雷発射管を背負っているが、これはあくまで武装であり、航行するために必須というわけではない。
『みなさんのぎそうのでざいんについてなのですが、ふぶきさんさざなみさんいなずまさんはきわめてすたんだーどなせっけい、すなわちせんたいたるにんげんたい、くちくかんとしてのきのうをあたえるぎそう、そしてせんとうりょくとなるぶそうのばらんすがとれたさんみいったいがたとなります。りてんとしてはろーこすと、たかいあんていせい、さらにはこんごのかくちょうせいをもかくほしております』
「えぇーっ、それって私たち安物ってことなんですかぁ?」
吹雪がハジメさんの発言の一部を切り抜き、いかにも心外だといわんばかりの表情で不平を述べた。漣や電も口にこそ出さないが、なんとなく不満げな面持ちをしている。俺個人の感想としては、ローコストイコール安物イコール悪ではないと思うのだが、助け舟を出してやりたくても俺自身この子達についてよくわかってないことが多すぎる。
「それじゃあ、私たちはなんなんでしょう?」
「五月雨は型が違うからそんなものかと思ってたけど、私と吹雪は同型のはずなのに全然デザインが違うのを不思議に思ってたのよね。なにか理由があるんでしょう?」
五月雨が不思議そうに問うて、叢雲も便乗するように声を上げた。
『まずやすものかどうかということなのですが、じつのところりょうさんこすとをそうていするならばもはやふぶきさんたちとむらくもさんたちにさはありません、みんなおーる30でおっけーなのです。ふぶきさんがやすものなどというおはなしはありえません』
オール30というのがなんのことやら俺にはさっぱりわからないが、この五人の艤装の生産コスト自体は同じのようだ。漣たちの反応は薄かったが、吹雪はあからさまにほっと胸をなでおろしている様子だ。彼女にとってはなにか譲るわけにはいかないこだわりがあるのかもしれない。
「じゃあハジメさん、いったいローコストってのはなんのことだったんだ?」
『かいはつだんかいのこすとですな』
俺の質問に対してハジメさんは端的に言い切った。
『われわれははじめに、きほんとなるふぶきさんのぎそうをかいはつするところからはじめました。かんせいしたふぶきさんをもとにさざなみさん、いなずまさんとあっぷでーとをかさねることで、こすとをおさえつつもかんせいどをたかめることにせいこうしたのです』
「そういうお話なら納得なのです。ローコストおおいに結構、節約は大事なのです」
電が腕組みしてしきりにウンウン頷いている。節約は大事だ、それには俺も賛成だ。まったく、MSF時代にはボスといい研究開発班の連中といい、俺もどれだけ苦労をさせられたことか…… いや、もう昔のことだ。昔のことで愚痴っても仕方がないのは確かだが、最強合体兵器人間パチン虎。とかいうトンデモ武器のプレゼンを押しつけてきた研究開発班の奴らは今でも許してないぞ、俺はな。あんときゃあ死ぬかと思ったんだからなマジで!
『……いっぽうで、そのすたんだーどらいんからはわきみちにそれますが、こんごのさらなるてんかいのためにあたらしいうんようをもそうていしてかいはつされたのがむらくもさんのぎそうです』
「新しい運用?」
痛い目にあった思い出に内心葛藤する俺をよそにハジメさんの解説は続き、今度は叢雲の話題に移った。
『ひとことでいうとはんようせいのこうじょうであります。ぎそうのいちぶきのうをほんたいからきりはなし、けいたいしてじょうようできるようにすることで、かいじょうだけではなくちじょうせん、はたまたおくないせんにもたいおうすることをめざしました』
「……それは、つまりは陸戦隊をやれるようにってことなのかしら。正直ぞっとしない話だわ」
陸戦隊というのは、海軍艦艇に乗り組む水兵を臨時に武装させて編成し、上陸作戦などの陸上戦闘を行わせる部隊のことだ。われらがアメリカ海兵隊はそれを専門とする独立した軍として常設化したものだが、日本の場合はあくまでその本務は艦船の乗員である。よって、装備も訓練も充分とは言えず、低い戦力を承知で実戦に投入された結果大損害を受けた例も多かったと聞く。だから、叢雲がそういう役回りに難色を示すのもわからなくもない。だが、これも長い目で見れば今後は必要になってくることかもしれない。
「怪物どものなかには、人型をしている者もいるって言ってたよな。海中で暮らすだけなら必要のない、地上での生活に適応した姿だ。俺たちがこの島でこうして生活しているように、奴らももしかしたらどこかの島を占拠してバカンスとしゃれこんでいるのかもしれないぞ」
「あいつらと同列に扱われるのは心外なのです……」
電は露骨に嫌そうな顔をした。
「すまん、言い方が悪かったな。ただ、奴らがどこかの島を占拠して根拠地としている可能性には留意しておくべきだと思う。陸地を乗っ取って生産や繁殖を行い戦力を増やし、やがては次の島へと手を伸ばす。島々を連絡して警戒網を張られようものなら、いずれはこの島だって囲いこまれてしまうかもしれないぞ。それに、そういう島々には人間が住んでいるところもあるかもしれないんだ。そんな島を取り返すためには、今の俺たちには無理だとしても、陸戦隊による上陸作戦というのはいずれは考えておかなければならない課題になるかもしれないな」
「人間が……」「包囲される……?」「繁殖……」
皆が顔を見合わせながら小声でザワザワと騒ぐ。実際俺の予想にはそれほど根拠があるわけではないのだが、変なことを言ったせいで少々剣呑な雰囲気になってしまった。しばらく無言が続いたあと、不意に漣が手を挙げた。
「はいっカズ様、意見具申であります」
「なにか考えがあるのか?」
「奴らは繁殖しているのでありましょうか」
「……さあなぁ、そいつをカメラに収めでもすりゃあ大スクープだ。ナショナルジオグラフィックにだってディスカバリーチャンネルにだって売りこめるぜ?」
「それはともかく、ならばわれらも対抗してもっと仲間を増やすべきでは?」
確かに駆逐艦五隻のみという現状の戦力はなんとも心許ない。だから漣の言う事もわからんでもないが、どうやって仲間を増やす? 妖精さんに頼むか?
「繁殖でありますぞ」
俺と漣以外の四人、四連装チョップが漣の脳天に落ちた。
漣のつまらん冗談のあと、少々場がだれた雰囲気があったのでお茶で一息入れることにした。今日のお茶は吹雪の日本茶と煎餅である。
「……で、この話はどうするのかしら、カズ」
「どの話だ?」
熱い茶をすすって俺は訊き返した。漣が変なことを言ってくれたせいでなんとなく気まずい、俺なんも悪いことしてないのに。
「繁殖。本気で繁殖する気なら、漣一人なら貸してもいいわよ? 私たちはイヤだけど」
叢雲が煎餅をかじりながらそっけなく言い捨てた。なお当の漣は現在四連装チョップで絶賛ノックアウト中である。いくらアホの子とはいえ、妹を売るとかヒドいな君ら!?
「あのなぁ、前にも言ったが俺は別居中とはいえ妻子持ちの身で、しかも今でこそこんな若いなりをしちゃいるが、本当は還暦近い歳だ。老い先短い俺の家庭に爆弾を投げこむようなことを言うなよ」
ガス弾なら先日投げこまれたけどな、いやちっとも面白くないわ。
「あのーう」
五月雨がちょっと膨れた顔で不機嫌そうに声を上げた。
「私の艤装のお話はいつになるんでしょう……?」
そうだった、いかんすっかり忘れていた。元々は叢雲と五月雨の艤装に起きた怪現象の話をしていたはずだったんだ、つい話が脇にそれてしまっていた。
『それではむらくもさんのぎそうについてごなっとくいただけたところで、いよいよさみだれさんのぎそうのおはなしをしましょう。さきほどおきづきのとおり、さみだれさんのぎそうはほかのみなさんよりおおはばにこんぱくとにしあがっております。これは、さみだれさんぎそうのこんせぷとがおーるいんわんたいぷをめざしておるからです』
「オールインワン?」
『あなたがたがせいらいおもちのうみのうえをはしるちから、ほうやぎょらいをあつかうちから、ぎそうはそれらのせいぎょをおこなっているものです。それらのせいぎょのうりょくを、そとづけのきかいをはいしてそのせいふくのさいずにまでしゅうやくしました』
「このお洋服、そんなに凄かったんですか!?」
自分の襟を引っ張りながら五月雨が眼を丸くした。こないだお醤油こぼしちゃったけど大丈夫かな、との小さな独り言は聞かなかったことにしよう。
「あなたのせいふくはげんじてんでわれわれのぎじゅつのしゅうたいせいであるとはっきりいえます。ここまでこんぱくとかをじつげんしたことによるさいだいのりてんはそくおうせいとかはんせいのたかさであります」
即応性と可搬性の高さ。ハジメさん曰く、今この島に敵が急襲をかけてきたとして、五月雨以外の四人はドックでフレームに吊られた艤装を起動し、皆が乗り組んだらクレーンで水上に降ろし、武装を持って出港という手順となる。たとえ熟練してはいてもそれなりに時間はかかってしまうだろう。
ただ五月雨だけは今着ている制服がすでに艤装として機能しているため、ちょっと片手に主砲を引っ掛けて砂浜からいきなり海に出ることすらできるのだそうだ。五月雨が先に出撃して陽動を行えば、他の皆が準備を整えるまで時間を稼ぐことができるだろう。
そして、彼女の特性は海にすぐ出られるだけでなく上陸も容易だ。たとえば吹雪たち三人だって、艤装を背負ったまま徒歩で上陸することはできなくもない。傍目にはずいぶん重そうに見えるこの艤装は、起動状態で装着している限りは浮遊して装着者の動作に追従するため、重くて動けないということにはならないんだそうだ。ただ、大きくて嵩張るだけに地上での行動には相応の困難を伴うはずだ。
一方叢雲は、事情さえ許せば艤装本体を置いて電探と槍一本だけで身軽に活動ができる。ただし、再度海に出るにはまた艤装を取りに戻らなくてはならない。これは便利でもあり不便でもある。
以上の四人に比べれば、五月雨にはより自由度の高い活動ができる。どこかの島に上陸し、ジャングルを踏破して反対側に抜け、そこからまた海に出て行くことも可能だ。陸と海をシームレスに行動できる活動範囲の広さは、まさに艦船と歩兵のいいとこ取りと言えるだろう。
『それで、さみだれさんがみたきみょうなしてんのはなしなのですが』
ハジメさんが再び語り始めた。またも忘れていたが五月雨の話のこれが本題だ。
『ぎそうはあなたたちのせんとうこうどうをがくしゅうしさいてきかします。あなたたちじしんだけではなく、ぎそうもまたつかえばつかうほどれんどをあげてせいちょうするのです。そして、さみだれさんはふだんはそのぎそうをきたままでしーきゅーしーのおけいこをしていたはずです。ここからはわたしのよそうでしかありませんが、おそらくぎそうはまなんでしまったのですよ、それを』
先日俺を砂の塊に変えるまで数えきれんほど投げまくってくれた日の五月雨は合気道みたいな格好をしていたが、たしかに普段の稽古は見慣れた制服姿でやっているようだった。何度か俺も参加を請われたが、もうあんな目に遭うのはこりごりだ。俺はなるべく見学だけですませるようにしたい、見てる分には目の薬だからな。しかし、艤装がCQCを学習した? それがカメラさんとどう繋がるか考えた時、俺にふと閃くものがあった。
「連続CQCか」
「ふぁ?」
五月雨が間抜けな反応をした。
「五月雨、君連続CQCは得意か」
「四人まで連続で投げたことはありますけど……」
それ俺を除くここの全員じゃん。われながら愚問だった。
「そろそろ記録更新にも挑戦してみたいんですが……」
やめろそんな物欲しげな上目遣いで俺を見るな、俺は再びキャサリーに会うまではまだ死ぬわけにはいかないんだ。俺は絡みつく視線を振り切って話を続けた。
「連続CQCを仕掛けてるあいだ、使い手はそりゃあもう集中しているもんだ。アドレナリンが噴き上がるようなあの高揚感、その間は普段見えないものが見えているような気がするだろう? たとえば時間の流れが遅くなるような感覚、あるいは自分の周りを囲んでいる敵兵一人一人の動きのそのすべて、それを自分の眼ではなく離れたところから俯瞰しているような感覚だ。憶えはないか」
「……わかりますその感覚、あれはなんというか、自分がまるで世界一強くなったみたいで実に気持ちいいんですよねぇ」
五月雨は無邪気にコロコロ笑っているが、聞いてる俺たちは全員ドン引きだ。だいたいザ・ボス相手に一本取ったことがあるってんなら、ことCQCに関してだけならほぼ世界一と言っても過言ではない。
「この感覚にどう科学的な説明をつけるのか俺は知らん。なにより、君たちの艤装というものは俺たち人類の知る科学とは隔絶した次元にあると言っていい。だからここから先は俺の想像にすぎないことなんだが」
子供たちもハジメさんも、黙って俺の話に耳を傾けている。五月雨だけはまだ諦めてない目をしていたが、お願いだから今日のところは諦めてくれ俺も命が惜しいんだ。
「眼で見えていない背後にいる人間の気配を感じる、という現象には科学的な仮説が存在する。ヒトの体表を薄く覆う産毛、これが背後で動く者の起こす空気の流れを感じ取る、あるいは内耳が準静電界の電位変動を感じ取る、とも言われるそうだが…… どちらにせよ、我々は眼でものを見ているだけじゃない。耳で聞き、肌で感じて周囲のものを認識しているんだ。叢雲の電探が彼女の脳細胞に変化を与えたように、始終艤装を着て生活し、鍛錬している五月雨もまた、艤装によってそういう皮膚感覚を強化されている。そうは考えられないだろうか? 五月雨のカメラさんはそういう感覚を神経から拾って、視覚化して五月雨に返した結果そのような映像が視えたんだ」
いかん、全員黙り込んでしまった。なにしろ気配の話からして俺自身が論理的に理解できているわけではなく、その仮説を聞いて自分の経験と照らし合わせた結果、そういう考え方もあり得なくはないかもしれないな、という感想を抱いたくらいの話だ。ああ、吹雪の頭から煙が上がってるのが見えるようだ。
「ジュンセーデンカイ? デンイヘンドー? すみませんカズさん、日常会話は平文でお願いします」
すまんな吹雪、暗号のように聞こえるかもしれんがこれが平文だ。
「ぐぬぬ、凡人にはさっぱり理解できないのです……」
「つまり、五月雨ちゃんは毛深くて敏感肌ということでおk?」
電は唸りながら身をよじり、起き上がってきた漣はトンチンカンな理解を述べた。
「……毛深くなんかないからね?」
「よく心得てます軽い冗談ですぞ、毎日のようにお風呂を一緒しては背中の流しっこをするわれらの仲ではありませんか」
漣の問題発言に五月雨が詰め寄ったが、漣は五月雨の肩をポンポン叩きながら失言を詫びてあっさり話題を流してしまった。
「さてここからが重要な話ですぞハジメさん、叢ちゃんとさみちゃんがなんかヒロインっぽいチートスキルをもらったというのに、我ら凡人組にはなんの話もないのは少々不公平ではありませんかにゃ?」
「凡人とかハッキリ言わないでよぉ!?」
『そんなことをいわれましてもー、こんかいのけんはわれわれにとってもそうていがいのじたいでありますので……』
吹雪は抗議したしハジメさんは困惑した。漣の気持ちは理解できなくもないがこればかりはどうにもできん、今回はたまたま二人とも特殊能力として活用の余地がありそうだからよかったが、場合によっては戦闘行動を阻害する不具合として発現していた可能性だってある。運良く拾い物をしたと考えるほかはないのだ。
「御託はどうでもいいわ」
しばらく黙っていた叢雲が立ち上がるなり一言のもとに切って捨てた。なお、煎餅はもうすっかりなくなっていた。俺まだ一枚も食ってなかったのに……
「この変な装備が役に立つか立たないか、まずは試してやろうじゃないのよ。私と五月雨が組んで、あんたたち三人と演習で勝負よ」
叢雲は凡人組に指をビシッと突きつけて宣戦布告をした。あぁー、また面倒事になりそうだぞこれは。
「それ名案! 今すぐ始めようよ、さあ行こう」
「三対二で勝つつもりとは、この漣も甘く見られたものですなぁ。付け焼き刃のチートでお手軽に無双できるほど海戦は甘くないってことをわからせてあげます」
吹雪と漣はノリノリで受けて立ったが、電は掛け時計を指差して皆を止めた。
「演習はやぶさかではないのですが、今日はもう時間がないから明日にするのです。そろそろ吹雪ちゃん漣ちゃんは定時哨戒の時間、叢雲ちゃんと五月雨ちゃんはお夕飯の当番なのです」
「たまには哨戒を休んだって……」
「は ぁ ?」
おそるおそる言い出した吹雪を射抜くように睨んで、電はドスの効いた声で脅しつけた。いつものことながら、こんな小さい身体のどこから出てるんだこのドスボイス……
「吹雪ちゃんもわかってるでしょう、皆で毎日近海を見回っては迷いこんだはぐれを沈めているから、この島は平和でいられるのです」
吹雪はシュンとした顔で黙って電のお説教を聞いている。なお漣は艤装の準備をすると称して逃げ、叢雲は五月雨を伴ってキッチンの方に出ていった。
「昔みたいに、日々襲撃に怯えながらギリギリの水際作戦を繰り返すなんて電はもう嫌なのです。吹雪ちゃんだって、またあの時みたいな痛い目に遭うのは嫌なのではありませんか?」
そう言って電は吹雪の脇腹を指先でつつーぅと撫で、吹雪はひゃやんと変な悲鳴を上げた。そこは、かつて吹雪がこの島での水際作戦中に致命傷を負い、ナオミ先生のナノマシンによって九死に一生を得たときの傷痕だ。ナノマシンの力でもう傷など残ってはないが、吹雪はその時の痛みを忘れてはいないだろう。
「ごめんね電ちゃん、私が悪かったよ。 ……じゃあ、漣ちゃんが待ってるはずだからもう行くね」
吹雪はパタパタと走り去った。電はふんすと一息つくと、黙って見ていた俺に振り向いた。
「お恥ずかしいところをお見せしたのです」
「いや、むしろ感心させられたよ。電が引き締めている限りここの綱紀は心配無用だな」
「吹雪ちゃんは素直にお話を聞いてくれるからいいのですが、漣ちゃんはちょっと……」
あいつは叩いて言うこと聞かせたほうが早い気がする。俺が叩くのは問題がありすぎるが、叢雲や電、同じ仲間たちに叩かれるのなら漣はむしろ喜んでいるふしがある、そう言ったら電は眉間を寄せて唸った。
「ツッコミ待ちの芸人気質なのでしょうか? めんどくさい性癖なのです」
そういう一面は否めないと思う、俺にだってそういう一面があったと自覚しているからわかる。なんというか、お行儀のいい関係よりも、もっと遠慮のない濃厚な構い合いを求めているんだ。君子の交わりは淡きこと水の如し、なんていうが、それだったら俺は小人で充分だ。昔の俺も、そう考えていたんだがな。
「電ぁー? 手が空いてるならちょっと手伝ってくれるかしらー!?」
キッチンの方から叢雲が呼ぶ声が聞こえてきた。電は、残っていた茶道具を手早くまとめてロビーを去った。
哨戒組が帰投して風呂から上がってくる頃には、晩飯の準備もすっかり終わっていた。今日の晩飯は、鳥もも肉の唐揚げと生野菜サラダ、味噌汁は大根と油揚げだ。熱々の唐揚げをパリッと噛むと、ジューシーな肉汁が口の中に広がる。漬けダレは醤油ベースでネギとニンニクが効いている。熱いのをハフハフ我慢しながら白飯をかきこみ、鳥の脂とパンチの効いた薬味、そして米の甘味が渾然一体と調和するのを堪能する。フライドチキンも悪くはないが、米国よこれが日本のソウルフード、トリカラだ。俺国籍はアメリカだけど。
「呆れるくらい美味しそうに食べてくれるのねえ」
本日の調理当番、叢雲はそうは言いながらも誇らしげだ。美味くて当たり前だろう、唐揚げが嫌いな日本男児などいない、少なくとも俺は見たことがない。繰り返すが俺アメリカ人だけど。それでも日本に生まれてよかったって、唐揚げと白飯だけで断言するぞ俺は。そう熱く語ったら、俺だけでなく吹雪までもがハムスターのような頬をブンブン振って首肯した。
「まあそれはいいわ。ねぇカズ、さっきは聞きそびれたんだけど、あのカメラっていったいいつの間に開発してたのかしら」
そういえば、それを扱う妖精さんの選抜については話をしたが、肝心のカメラ自体の出処については言っていなかったっけな。
「この本棟の空き部屋には、使い道のなさそうなガラクタがしまってあるって以前言ってたろう? 海戦にとは言わずとも、せめて普段の生活に役立つものはないかなと思ってな、時々中を調べては整理してたんだ」
「えぇ〜、カズさん家探ししてたんですか」
吹雪が非難の声を上げたが、人をコソ泥かなにかのように言うのはやめてもらいたい。
「まあそう言うな。俺の部屋には娯楽もなにもないからな、夜になると暇なんだよ。 ……それでだな、そのガラクタ部屋で日本製の少し古いビデオカメラを見つけた。テープは近くに見当たらなかったから役には立たないと思ったんだけどな、ハジメさんがそれに興味を示した。なにか作れるかもしれないというので与えてみたら、妖精用のカメラになって返ってきたというわけさ」
「びでおかめら?」
「ビデオカメラってのは動画…… えーと、吹雪にわかりやすく言うなら活動写真を撮影するカメラだ。もっとも、古いものだから映像を記録するために専用の磁気カセットテープが必要になる。まあ、レンズの性能について考えなければ、漣が持ってるスマートフォンの動画撮影機能で充分用が足りてしまう代物だからな。わざわざテープを探し出してまで無理に使うことはないだろうさ」
そういってふと漣に目を向けると、漣は唐揚げに箸もつけずにじっと皿を凝視していた。
「どうしたんだ漣、ちっとも箸が進んでないじゃないか。どこか具合でも悪いのか?」
「……」
哨戒中に拾い食いでもしたのです? と電があんまりなことを訊いたが、漣はそれには答えず意を決したように皆に尋ねた。
「あのぅ…… 漣のカメラマン妖精さん、どこに行ったか誰か見ませんでしたか? 昼間の会議の後から見当たらなくなってしまったんです」
その言葉に、叢雲以外の全員の手が止まった。
「哨戒に出る直前、艤装の準備をしていた時にカメコさんがいないのに気づいて探してたんです。けどそのうち吹雪ちゃんも遅れてドックに降りてきて、時間がないから帰ったらまた探そうと思ってとりあえず出港しました。戻った後も探したんですけど結局見つからず……」
今日もテーブルの中央、妖精さんたち用の大皿にはたくさんの妖精たちが群がっていたが、その中にはカメコさんの姿は見当たらなかった。誰か見なかったか、と子供たちにも聞いてみたが、誰もあの会議の後カメコさんの姿を見た者はいなかった。
「叢雲ちゃん、昼間言ってたよね…… 唐揚げにして漣ちゃんに食べさせるって」
吹雪が青ざめた顔で叢雲に詰問した。叢雲は我関せずという顔で唐揚げを咀嚼していたが、不意に眉を顰めると、口の中からなにかを取り出して皆に示してみせた。
「あら、私の皿に入っちゃってたのね。漣に食べさせるつもりだったのに」
叢雲が指先でつまんでいたのは、PRESSと書かれた見憶えのあるキャップだった。漣の絶叫がロビーを揺らした。
「どうしたの漣、あんたも唐揚げは好きでしょう? 冷めないうちに食べなさいよ、美味しいわよ」
叢雲は皿を持って立ち上がり、ソファーから転げ落ちてなお悲鳴を上げ続ける漣に迫った。漣はすっかり腰を抜かした様子で、立ち上がって逃げ出すこともかなわず床を這いずり、やがてロビーの隅に追い詰められた。
「ほらアーンしなさい、食べさせてあげるから」
漣は口を閉じて必死で抵抗していたが、鼻をつままれて息が詰まり、思わず口呼吸をしたところに唐揚げを押し込まれた。叢雲は間髪入れず掌で漣の口を押さえる。唐揚げがまだ熱くて我慢できなかったか、漣はろくに咀嚼もできないままにたまらず唐揚げを飲み下してしまった。焦点の合わない漣の眼から大粒の涙がボロボロこぼれた。
「……なーんて、ね」
そこまで見届けて叢雲はあっさり漣から手を離した。叢雲の胸元からは、帽子のないカメコさんがひょっこり顔を出して漣にカメラを向けていた。
そのあとに聞いた種明かしだが、漣が忘れていったカメコさんを拾ったのは叢雲だったそうだ。カメコさんを連れて夕食の支度をしながら、叢雲は漣を懲らしめるイタズラを思いつき、揚げたての唐揚げを報酬にカメコさんに協力を求めたのだ。あらかじめカメコさんを胸元に潜ませ、会話のタイミングを見計らって掌に隠し持った帽子をさも口から吐き出したかのように示してみせた。漣と一緒に哨戒に出た吹雪は知らなかったし、もちろん俺も聞かされてはいなかったのだが、支度を手伝った五月雨や電も、叢雲の企てを黙認しただけではあるが共犯者だった。
「叢雲ちゃんが怒るのもわかるけど、今日ばかりはちょっと悪趣味かなぁ…… って」
「発想がエグすぎるのです」
五月雨と電はそう評価したが、やるんなら俺にも一言通しておいてほしかったなぁ。せっかくの唐揚げが、今ではもう味もわからなくなってしまったじゃないか。吹雪もさっきまでの機嫌はどこへやら、モソモソと飯を口に運んでいた。一杯食わされた漣は、まだ半ベソをかいてはいたが、やけ食いのように唐揚げと飯を掻きこんでいた。
「どうかしら漣、言ったとおり私の唐揚げは美味しいでしょ?」
「……叢雲ちゃんの唐揚げおいひいれふ(;q;)」
そう言うやいなや叢雲の皿から唐揚げを一つかっさらってかぶりつくのが、漣のせめてもの抵抗だった。
冬イベは乙乙丙丙丁で完走しました。難易度を落としてまで時短をはかり、最後の一週間余りを全部ミトチャン掘りに費やしたのに結局掘れずじまいだったという。今回の新艦はみんな来てくれたのに、またもミトチャンのみ未加入で艦娘コンプできなかったうえ、終了後はミトチャンの新衣装が来て恒例の死体蹴りもキッチリ喰らってるというね……
前回の後書きに深海梅棲姫の正体しーちゃん説をあげましたが、そんなことはなかったぜ!(梅の胸部装甲を眺め長良)
それでは、また次回に。