グラサン提督   作:カレー味

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第十九話 もしもギターが弾けたなら

「あっはははははわはははうひひひひ」

「プッ…… クスクス…… グフッ」

「ノォホホノォホフィッヒヒヒヒ」

 

 上から順に吹雪・叢雲・漣である。叢雲、無理に笑いをこらえなくてもいいんだぜ? 笑えよ。

 

 電と五月雨は笑ってこそいないが、五月雨は全力で全身を硬直させて笑いを噛み殺しているし、電は背を向けて小さな肩を震わせている。おい電おまえもこっち向け、そしていっそ笑え。その間も吹雪たち三人はいつまでも遠慮なく笑い続けている。

 

 カズヒラです…… 今日は女子中学生に囲まれて笑い物にされとぅっとです……

 

 カズヒラです…… 悔しいのに気持ちよかとです!!

 

 カズヒラです… カズヒラです… カズヒラデス……

 

 いやそうじゃない。なぜ俺がこんな仕打ちを受けているかというと、先日のミーティングが発端だったのだ。

 

 

 

 先日開発された戦場カメラマン妖精さん、通称カメラさん。ほんの偶然から、カメラさんは叢雲と五月雨の視覚に不可解な超能力をもたらした。その能力を海戦においてどのように活かせるか。日を改めてその翌日、漣いわくのチートヒロインズvs凡人組の演習と相成ったのであった。

 

 まず結果から言うが、演習自体はほぼ全試合を通じてチートヒロインズの圧倒的なワンサイドゲームに終始した。カメラさん全員の視野を統括できる叢雲と、戦闘海域の状況を俯瞰できる五月雨。この二人の能力を相手取り、凡人組の仕掛けた戦術はすべて空振るか未然に潰された。その演習も初めのうちは凡人組から誰か一人が交代で試合を抜け周辺の警戒に当たっていたが、叢雲五月雨ペアは二対二の試合ではあらゆる組み合わせを一蹴した。このままでは収まりがつかないという吹雪の申し入れで三対二の勝負も試してみたが、結果はあまり変わらなかった。

 

「悔しいです!!」

 

 演習から戻った時に、鬼瓦みたいな顔芸に涙を滲ませていた漣の一言である。

 

「カズえもぉ〜ん、叢雲ちゃんに勝てる道具出してぇ〜!」

 

 欲しいならすがりつけ! いやそうじゃない、のび太くんみたいに膝にすがりついて泣かれても、俺の力ではどうしようもない。カメラさんに適性がなかったのなら、妖精さんに頼んで他の装備に有用な適性が見られないか試しまくってみるしかない。そう漣に助言してみたら、ガチャゲーキタコレ! とか叫ぶが早いか、吹雪と二人してロビーを飛び出していった。ガチャゲーって何だ?

 

「倉庫の方に行ったみたいだね」

「二匹目のドジョウを探そうって魂胆ね。さもしい根性だわ」

 

 五月雨は廊下に顔を突き出して二人を見送り、叢雲はそんな二人を容赦なく一言のもとに切り捨ててフンと鼻を鳴らした。

 

「叢雲ちゃん、でもそれは持てる者の理屈なのですよ」

 

 電が恨めしげに口を尖らせると、叢雲は少々ひるんだ様子を見せた。 

 

「電、あんたは一緒に行かなくていいの?」

「電はもうじき五月雨ちゃんと哨戒の当番ですので。まずお仕事を済ませてから倉庫漁りに合流するのですよ」

 

 叢雲は何事か考えこむと、俺に向き直りこんな提案をした。

 

「ねえカズ、悪いけど吹雪たちを手伝ってやってくれないかしら。私たちのカメラさんがそうだったように、あんたが作らせた装備なら、もしかしたらあいつらの役に立つかもしれないわ」

 

 たった今あんなことを言っておいて、ドジョウを探そうとしてるのはおまえも同じじゃないか。俺、今日は晩飯の当番なんだけどな……

 

「お夕飯の当番なら私が代わってあげるわよ。だからお願い」

 

 手まで合わせて頼まれてしまっては断れんなぁ。仕方ない、あいつらに付き合うとしようか。

 

 

 と、そのような経過から、脱凡人を目指す三人の倉庫漁りに付き合いはじめたのがかれこれ四、五日前の話だ。暇を見ては倉庫を調べ、どう考えても役に立たなそうなゴミは工廠妖精さんに頼んで解体、ちなみにそんなものでも解体すれば資源の足しになるんだそうだ。

 

 そんで、多少でも役に立ちそうなものを見つけたならハジメさんたちに渡して装備化できないかお伺いを立てるのだが、なかなか彼女らのお眼鏡にかなうものは出てこない。いくつかある倉庫部屋の一つがだいぶんすっきりしてきた頃、俺はガラクタの中から個人的に興味を惹かれるものを見つけた。

 

「これ、俺が貰ってもいいかな」

 

 それは、俺好みの濃いレンズのサングラスだった。先日海に落ちた時になくしてしまってそれっきりだったが、やはりグラサンは俺の大事なトレードマークだ。古臭い真ん丸レンズというのがやや俺の好みからは外れるが、こんな倉庫にレイバンのティアドロップなんてブランド品が落ちているはずもない。贅沢は言えん、これで上々だ。

 

「えぇ〜、カズさん最近はずっと素顔でいたのに! もうっ、素顔の方がずっと男前ですよ?」

「どぉーしても、カズ様サングラスで目を隠さなきゃいられないんです?」

 

 ありがとう吹雪そしてシャラップ漣、悪いが俺とグラサンとは切っても切れない堅いかったい絆で結ばれているんだ。さっそくかけてみようじゃないか、ほら、似合ってるだろう?

 

 おっ、これはレンズをはね上げられるタイプのやつだな、こういうのは初めてだがなかなか悪くないじゃないか? どうだ電、俺のおニューのグラサンを見てくれよ!

 

「……ミラーさん、それってもしかしたら電気溶接に使う遮光眼鏡ではないのですか」

 

 ああ、言われてみればそんな気もするねー…… なんとなくしらけた雰囲気がその場に流れた。俺は遮光眼鏡を胸ポケットにしまうと、再び倉庫漁りに戻ることにした。

 

「ねえねぇカズ様、これってもしかして値打ちものでは?」

 

 そんなことをしているうちに、漣がなにやら埃を被ってはいるが立派な革張りのケースを引っ張り出してきた。首の長い瓢箪のような形、こいつはひょっとしたらひょっとするぞ!?

 

「鍵がかかっているのですね」

 

 電は残念そうに言ったが、こんなものはなんとでもなる。MSFじゃピッキングも訓練していたんだ、俺は電のヘアピンを一本分けてもらうと、数秒のうちにケースの鍵を開けてみせてやった。

 

「すごいのです! ミラーさんは教官さんに社長さん、今度は泥棒さんもできたのですね!?」

 

 おいこら人聞きの悪いことを言うな電、潜入任務じゃこういう技能が必要になることだってあるんだ。それに比べたら、この手のケースの鍵なんてのはチャチなもんだ。俺にだってこれくらいは朝飯前さ。

 

 蓋を開けてみると、なんとなく予感したとおり、ケースの中身は古びてはいるがなかなか立派なアコースティックギターだった。こんな洋上の孤島の、しかも倉庫に置きっぱなしにされていた割には、カビや湿気にやられた様子はなかった。ネック反りやトップ板の歪み、ブリッジ剥がれなどの木工の異状も見当たらない。ただ、弦は錆サビだしフレットほか金属部品もだいぶん曇ってしまっている。その辺をきちんと手入れしてやれば、また使えるようになるかもしれんな。

 

「売ればお高いものなんでしょうかね? 注目の鑑定はCMの後で!」

 

 などと、どこかのなんとか鑑定団のようなことを漣は言っていた。俺も値踏みができるほど詳しいわけではないのだが、ヘッドのロゴやサウンドホール内に見えるラベルから推測する限りでは、このギターは日本製でそれなりの価格の普及品だ。さすがに造りはしっかりしたものだが、かと言って売ってもさほど値打ちのあるものでもないだろう。それだって、売りに行く場所があればの話だが。

 

「カズさん、ギター弾けるんですか?」

 

 よくぞ聞いてくれた吹雪、こう見えて俺はギターなら結構行ける口なんだぜ? MSF時代には、バンドを組んで皆に披露しようとしたこともあったんだ。まあ、俺以外のメンバーがみんないなくなっちまって、初ライブを目前にしてバンドは解散の憂き目にあったんだけどな。イカれたメンバーを紹介するぜ! グラサンのカズ、以上だ! とほほ。

 

 

 それから数日間。こいつを手入れするにあたって、まず錆びた弦は家具妖精さんの棟梁に頼んでみたら替えを作ってくれた。たいしたもんだ、見る限り市販品と比べて遜色はない。金属部分は俺が手ずから磨き直したし、糸巻にはグリスも注した。木部もできるだけの掃除はした。チューニングに使う音叉はケースに一緒に入っていた。俺も近年はすっかり便利なクリップチューナー頼りだったんだが、若い頃はこれだったんだよなぁ、懐かしいよ。

 

 寝る前のわずかな空き時間などに毎日少しずつ、せっせとメンテを続けてようやく直したギターを抱えて、自室で一人悦に入ってみる。うーん、久しぶりだこの高揚感、それじゃあまずは昔作った曲でもちょっくら弾いてみよっかなーと練習をしてたところで、ノックとともに吹雪の声がかけられた。

 

「カズさん、吹雪です。今入っても大丈夫ですか」

「ん? ……ああ、どうぞ」

 

 開いたドアから吹雪がひょっこり顔をのぞかせた。

 

「こんな時間にどうした吹雪、まさか夜襲でもあったか?」

「わあ、ギター直ったんですね」

 

 吹雪の嬉しげな口ぶりから察するに、どうやら厄介事が持ち上がったわけではなさそうだったが、吹雪の瞳は期待の色に満ちていた。

 

「せっかく直ったのなら、カズさんのギターをぜひ聴いてみたいなって。みんなロビーで待ってますし、どうでしょうか?」

 

 おぉ…… 女の子に演奏を請われるなんてもう何年ぶりのことだろうか、たぶんカリブ海にいた頃が最後だったかな。片手をなくしてからはそれどころじゃなかったし、それを義手で補った後にはその訓練も兼ねて再びギターを始めたものの、家族には俺のギターはウケが悪かったんだよなぁ。だから、今回はゆうに三十年ぶりの機会ってことになる。悪くないね、今夜はカズ・ナイト・フィーバーと行こうじゃないか!

 

「いいだろう、だが俺も人に聴かすのは久しぶりなんだ。下手でも笑ったりしないでくれよ?」

 

 やったぁ、と歓声を上げるが早いか、吹雪はロビーへ走り去った。俺は吹雪を追って廊下に出て、さてなにを演ろうかなと考えながら歩くうちに、ポケットにしまいっぱなしだった丸サングラスをふと思い出した。ようし、セトリは弾きながら考えるとして、まずは『Imagine』から行ってみようか。おニューのグラサンをかけて、俺はまるでジョン・レノンにでもなったような気がしていた。

 

 ロビーに降りると、子供たちが揃って俺を待っていた。それだけでなく、妖精さんたちまでもがゾロゾロと集まりはじめていて、なかには揃いの法被や鉢巻きを着こみ、横断幕やペンライトを用意している一群も見られた。おいおい大歓迎じゃないか。ビッグスターになったみたいだぜ、テンション上がるなぁ。

 

 妖精さんたちが黄色い歓声をあげるなか、俺は皆からよく見える位置、一段高いステージがしつらえられているところに陣取った。昼間はこんなものなかったぞ、さては家具妖精さんたちの仕業だな? さすがだ棟梁、こういうことをやらせたら本当にいい仕事をしてくれる。さあ、くだくだしいMCなんか後回しだ、挨拶がわりにさっそく一曲行くぞ?

 

 『Imagine』のイントロを静かに爪弾き始めると、それまでの観客席の騒めきが静まった。皆、俺のギターにじっと耳を傾けている。

 

「い↑」

 

 実を言うと俺、ギターは得意なつもりだけど歌には正直自信がない。歌い出しのイからいきなり音程が半音上ずった。妖精さんの群れが盛大にコケて、子供たちの表情が一気に落胆に変わった。ううっ、いきなり辛すぎる展開に……

 

 それでも俺は意地で歌い続けていたが、ふと叢雲が俺の目をひと睨みして立ち上がり、俺に被せるように歌い始めた。いい声じゃないか、音程もバッチリだ。叢雲は歌い続けながら手で隣の吹雪の肩を叩くと、吹雪もまたギターに合わせて叢雲と一緒に歌い始めた、これも上手い。残る子供たちも妖精さんも、皆二人が歌うのに聴き惚れている。いつしか俺は自分で歌うのを止めて、ギターの伴奏に専念していた。

 

 一曲歌いきったところで、叢雲は得意満面で優雅にお辞儀をしてみせた。ブラボー、おお…… ブラボー! 妖精さんたちは俺のことなんかすっかり忘れて二人に万雷の拍手を贈っていた。

 

「カズヒラさん、ギターはとってもお上手なのに歌は……」

「失礼ながら、はっきり言って音痴なのです…… もうミラーさんは伴奏だけしてるといいのですよ」

 

 五月雨は苦笑しながら言葉を濁したが、電ちゃん今日もツッコミが辛辣ゥー! 俺だって、直したばかりのギターでいきなり無茶振りされても頑張ったんだよ。でもさぁ、ギターだけ弾いても今一つ面白くないじゃない? だから弾き語りに挑戦してみた結果がこれだよ。あんまりいじめると俺だっていじけるぞ、俺が本気でいじけると悲惨だぞ? みんな俺がいじけるのを見たいのか、いいのか!? 自室でギターを構えたときのテンションはどこへやら、俺はすっかり意気消沈しきっていたが、そこへ漣が追い討ちをかけてきたのだ。

 

「しかしカズ様? 丸サングラスでジョン・レノンはわからなくもないのですがー、丸サングラスにオールバックでギター構えてると、どっちかってーとむしろ嘉門達夫みたいですよ?」

 

 その一言でまず吹雪が噴き出し、続いて漣がゲラゲラ笑い出した。そこから今回の冒頭に繋がったわけなのだ。以上回想終わり。

 

 

 

 我が身を省みれば、ひさしぶりに弾くギターを皆の前で披露することについて、俺に下心が一切なかったというとハッキリ言って嘘になる。可愛いJCの前でカッコイイプレイを魅せて、『カズさんステキ! かっこいい! あぁ〜ん♡』(裏声)なぁんて黄色い歓声を浴びたかった。それはそんなに悪いことなのか? ギターを持ったなら、そのくらいの望みは持つものだろう? 誰だってそーする俺もそーする。その報いがこのザマか……

 

 あと、嘉門達夫ってあれか? まだ俺がこの島に連れて来られる前、今年の初めにニュースで聞いた憶えがある。ニューヨークの名門劇場、アポロ・シアターの名物アマチュア・ナイト。演目はなんでもあり、たとえ素人でもオーディションに合格さえすれば出演できて、評価は観客の歓声とブーイングがその場で決める。のちのスターを数々輩出してきたその舞台に、日本のコミックシンガーが出演したって話だったな。あいにく評価は芳しくなかったらしいが。

 

 もうヤケだ、俺はうつむいて『ガラスの部屋』を爪弾きながら即興のネタ披露を始めた。歌うのは苦手でも、語りだったら俺の本領だ。可愛い女の子が笑ってくれさえすれば、それだけで俺も幸せなんだ、ウフフ…

 

「カズヒラです…… ジョン・レノンになりたかったとです……」

「カズヒラです…… それなのに嘉門達夫とか言われたとです!」

 

 漣と吹雪の笑い転げる声が一際高くなった。あー、このネタは知ってるのね。この島から出たことないって言ってるわりには、この子たち意外なほどいろいろ現代日本の事情に通じているんだよなぁ、不思議だ。

 

 そうやって俺がちょっと自虐的な快感に浸っていると、いつの間にか中座していた叢雲がお盆を持って戻ってきた。お盆にはビールやジュースなどのドリンクと、あとちょっとした乾き物が載せられていた。

 

「ほら、一杯やって景気づけなさいな」

 

 叢雲の突き出した缶ビールを受け取ると、叢雲も一本取って封を切った。いや彼女だけじゃない、漣に五月雨まで……! おいおい、未成年の飲酒は感心しないぞ!?

 

「駆逐艦の飲酒を禁ずる法律なんてどこにもないわね」

「漣は昭和ひと桁の生まれですから、むしろカズ様より歳上なくらいなのでセーフです」

 

 えぇ…… 脱法感ハンパないけどいいのこれ、放送コード的に大丈夫? 非行少女三名はさておいて、真面目な吹雪と電は大人しくジュースを飲んでいるようで安心だ。

 

「ナオミ先生は飲まない方でしたけど、ボスや博士の晩酌にお付き合いするくらいは私たちもしてましたから」

 

 釈然としない。釈然としない、でもっ…… うまい! ヒエヒエのビールが擦り減った気力ゲージを回復させてる気がするよ。これは先日ストレンジラブとも飲んだやつで、怪物に沈められた米軍艦が流したらしき積荷だ。いい感じに酔いがまわりはじめたところで、のんびりビールを舐めていた叢雲が口を開いた。

 

「大の男がいじけてるんじゃないわよカズ。いいじゃないの、あんたが歌えないんだったら私たちが代わりに歌ってあげるわよ、いくらでも」

「そうですよ。カズさんがここに来た日、私たちに教えてくれたじゃないですか。一人で全部背負うなって」

 

 おっ、おまえたち……! こんなダメな俺に力を貸してくれるというのか! なんていい子たちなんだ、なんだか俺もう一度頑張れそうな気がしてきたぞ? でも吹雪、そもそもおまえが俺をここに呼んだってのに、さっきからずっと笑いっぱなしだったじゃないか。

 

「そうそう、一人でするよりみんなでしたほうが気持ちいいに決まってますぞ? だからワンマンショーはここまでにして、今宵は漣たちとセッ…… しましょ?」

「セッ?」

 

 いい感じに酒も入っていじけゾーンから立ち直りつつある俺であったが、聞き捨てならない言葉を反射的に聞き返してしまった。横で聞きつけた吹雪がさっそく真っ赤になってワタワタしている。

 

「セッ…… えーと、たしかに知ってるはずの言葉なんですけどー、喉まで出かかってるのにど忘れしちまいました」

 

 セッ…… セッ…… と、続きを思い出そうとして漣はしきりに繰り返している。吹雪の顔色は徐々に悪くなってきて、表情もなんだか思いつめたものに変わりつつあった。吹雪が何を考えているかも漣が本当は何を言いたいのかも想像はついていたが、今は吹雪には助け舟を出してやらんことにした。

 

「セルジオ・メンデス?」

「誰ぞそれ? 遠いですなぁー」

「セニョリータ?」

「なんでラテンで押してくるんですか」

 

 皆が口々に思いついた単語を並べるが正解には至らない。しかし、叢雲がつぶやいた一言が漣の琴線に触れたらしかった。

 

「セクステット」

「セクステット? ……あぁー、当たらずとも遠からずですね、言われてみれば」

 

 漣は納得した様子だったが、吹雪は信じられないものを見る目で二人を見ていた。

 

「私たち五人にカズを加えてセクステット、悪くないでしょ」

「綾波型としては吹雪型の提案に賛成ですな、今夜はみんなで楽しくセクステットしましょう。ねっ、吹雪ちゃん」

 

 急に水を向けられた吹雪はもう目の焦点も合わないくらい狼狽している。漣が一瞬こちらにアイコンタクトを向けた、わかってて反応を楽しんでるなこやつめハハハ。だがあんまり仲間をからかうのは感心しない、程々にしておけよ?

 

「えーっと…… 私もカズさんのことは嫌いじゃないけど、ね? そういうことはまだ私たちには早いと思うの。もっとお互いのことをよく知って段階を踏んでいくべきだと思うし、ましてや六人でするなんて、かなり問題ありかなぁ、なんて…… そうじゃないかな、叢雲ちゃんもそう思わない?」

六人編成(セクステット)が六人でなんの問題があるってのよ?」

「はっ?」

 

 聞き返した吹雪は真顔だった、叢雲がなにを言っているのか理解しかねるという様子だ。

 

「吹雪ちゃん、また妙な勘違いをしているようなのです」

 

 黙ってジュースを飲んでいた電がポツリとこぼした。その言葉で自分が重大な思い違いをしていたらしいことにようやく思い当たったらしく、吹雪の背筋がピンと伸び上がった。そのまま虚空を仰ぐこと数秒、半開きの唇が震えて声にならない呻きが漏れる。

 

「いったいどんな想像をしてたんです? 吹雪ちゃんのむっつりすけべ」

「その辺にしとけよ漣、本当はセッションと言いたかったんじゃないのか」

「おっそうだな、まさにそれですぞカズ様、セッションしましょう」

 

 漣があからさまに皆に聞かせるように吹雪に耳打ちしたところで、そろそろ吹雪がかわいそうになってきたので追及を止めさせた。みんなで歌うんだ、吹雪だけ一人凹んでたらつまらないじゃないか?

 

「じゃあ次の曲行ってみようか、今度はなにか全員で歌える曲はないのか」

「はいっ! じゃあ私『Sing』がいいです!」

 

 五月雨が元気よく手を挙げた。いいね、懐かしい曲だ。これは俺たちMSFにとっても思い出深い曲だ。

 

 忘れもしない1974年、ピースウォーカー事件のその結末。俺たちは、もしも止められなければ本物の核報復を引き起こす、ピースウォーカーが米軍に送信しつづけていた存在しない核攻撃の偽装データを止めることができなかった。

 

 だが、ピースウォーカーはママルポッドを破壊された状態のまま再起動し、自らニカラグア湖に入水することでレプタイルポッドを浸水させてデータの送信を止めた。人類滅亡へと向かう核戦争は、ギリギリのところで危うく回避されたのだ。

 

 ピースウォーカーに搭載された二つのAIポッドの開発者、ストレンジラブとエメリッヒはこの現象を機能代償という生物の脳が持つ能力にたとえて説明した。大脳の一部が損傷したとき、その機能を脳の他の部位がカバーすることで失われた能力を回復させる…… ピースウォーカーの場合、破壊されたママルポッドに宿っていたザ・ボスの遺志をレプタイルポッドがバックアップしたことで、本来ならレプタイルポッドが本能のままに行う核報復を自己犠牲をもって阻止したということだ。

 

 MSFのほぼ全員が見送るなかを、ニカラグア湖に沈んでいったピースウォーカー。そのとき彼女が最期まで歌い続けていたのがこの『Sing』だった。あのとき俺たちMSFの誰もが、会ったこともないはずのザ・ボスがたしかにそこにいたのだと信じていた。ただの機械にボスの魂が宿るはずがない、かつてはそう吐き捨てたはずのスネークですらも、きっと。

 

 かくして俺たちの世界は、ザ・ボスを二度殺した。核兵器という俺たち人類の愚かさのツケを、再び彼女一人に背負わせた。それなのに、俺たちMSFは性懲りもなく三度目の愚行を犯した。MSFはザ・ボスの遺志を踏みにじり、世界に対抗するための抑止力と称して核武装への道を進んだんだ。そこから先は、俺がここに来た日に子供たちに語って聞かせた通りだ。

 

「あのぅー、カズヒラさん? もしかして、『Sing』は弾けなかったんでしょうか?」

 

 不覚にも皆の前で思い出にトリップしていた俺の顔を、五月雨が心配そうな顔で覗きこんでいた。

 

「そんなことはないぞ。俺たちMSFでこの曲を知らない奴なんていない、これは俺たちにとっては特別な思い出のある曲なんだよ。まあ話せば長いし、しんみりさせちまう話だからな。今日はやめとくがそのうち聞かせてやるよ」

 

 俺は『Sing』のコード進行を思い出しながら、ふと気になったことを五月雨に訊ねてみた。

 

「しかし、君ら『Imagine』だの『Sing』だのと、いろいろと懐かしい曲をよく知ってるもんだな。こんな離島暮らしなのにいったいどこで憶えたんだ?」

「ナオミ先生と暮らしていた頃には、先生からいろんな歌を教わったんです。私たちがどうしてこの姿に産まれたのか、どこへ行けばいいかもわからない暮らしのなかで、先生が教えてくれた歌が心の支えでした。なかでもこの曲は、私たちの一番のお気に入りなんです」

「ナオミ先生がここを去られたあとも、辛いとき、寂しいとき、この歌を歌っていたんです。 ……訓練中に歌ってボスさんに叱られたこともありましたけど」

 

 そう答えて、五月雨はちょっと決まり悪そうに笑って舌を出した。可愛いテヘペロいただきましたー! これが本物のテヘペロだ、どっかの自分の口で言っちゃうピンク頭とは格が違うぜ……!

 

「でも結局ボスもこの歌が気に入られたみたいなのです。お一人で歌われているのを耳にした憶えがあるのですよ?」

 

 電のぶっちゃけた打ち明け話に、えぇー、それ聞きたかったなぁ、と皆が口々に羨望の声をあげた。

 

 そうか、これはみんなにとっても思い入れのある曲だったんだな。子供たちはは目を細めて、ナオミやザ・ボスとの生活を懐かしんでいるようだった。

 

「このナオミ先生のスマホには、音楽もいっぱい入ってるんです。ここに入ってる曲ならだいたい歌えますから、カズ様ここからネタを拾ってくれるとよいですぞ」

 

 そう言いながら漣はスマホの音楽ライブラリを見せてくれた。まったく、写真は撮れるビデオも撮れる、そのうえ音楽プレイヤーにもなるとはスマホってのはどこまでも便利な代物だよな。それなのに電波の都合で電話がかけられないってのが実に皮肉な話だと思うが。

 

 ……よし、コード進行は思い出した。ちょっとイントロも試し弾きしてみるか。♪ラーララララーラ、ラーララララーラ、ラーラーララララー、ってな。うん、いけるいける。音を出し始めると、子供たちの表情がパッと明るく変わった。

 

「よぉし、それじゃあ『Sing』行ってみようか! 入れるところで歌いはじめてくれよ」

 

 俺がイントロのフレーズだけを繰り返し弾き続けていたところに、子供たちもリズムを合わせて歌い始めた。うーんエクセレントブリリアント、期待していたカズ・ナイト・フィーバーはお預けだが、これはこれで素晴らしいじゃないか、なぁ? もしも機会があるのなら、ナオミにザ・ボス、ついでにストレンジラブの奴にも聞かせてやりたいもんだよ。 




「誰この嘉門達夫みたいな奴」

 十年以上昔、作者がMGSPWの未体験抑止版を初めて遊んだ時の第一印象でした。
 エッこいつマスター・ミラーの若い頃の姿なの?→オールバックにサングラスでイカツい感じなのにけっこうひょうきんな性格なんだな、やっぱり嘉門達夫じゃん→ギター弾いて歌ったりするんだ、つくづく嘉門達夫じゃないか(結論)

 その後本編クリア後も、カズラジを全回iPodに入れて通勤の車中でヘビーローテーションさせたり、平和と和平のブルースのドラマで爆笑したり、GZやTPPでの闇堕ちぶりに絶望したり、今じゃこうしてカズが主人公の小説を書いてみたり。まさか十年経ってもカズを気にかけてるなんて思いもしませんでした。

 本作品の初期の構想では、死後艦これ世界に転生して内地の鎮守府に着任したカズが、いろんな艦娘たちのお悩み相談を歌とギターで解決していく話になる予定でした。しかし、よくよく考えてみるとまったく面白くなかったので断念したわけですが。今回のお話は、言ってみればその名残みたいなもんです。
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