グラサン提督   作:カレー味

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第二十一話 僕の小規模な敗北

 ギターが直った記念にと、みんなで歌い騒いだ翌朝はカオスだった。俺自身まったく身に憶えがないのだが相当深酒をしてしまったらしく、漣との一夜の過ち疑惑、新たな妖精さんとの出会い、そして叢雲の二日酔いに伴う哨戒当番サボりと懲罰。事態の理解と収拾を図りながらも、俺は電と叢雲にまつわるちょっとした疑念について叢雲に訊ねてみるのだった。

 

「電に強く出られないのは私だけに限ったことじゃないのだけど、私が一番悪かったのよ」

 

 ちょっと断りを入れた上で、叢雲は話を切り出した。

 

「あんたがここに来た日、漣が見せた動画を憶えてる?」

 

 よーく憶えてるよ、でもできることなら忘れさせてほしい、セーラー服姿のザ・ボスなんて。俺が数十年大事に温めてきた英雄像は、あれ一本でかなり捻じ曲げられたんだぞ?

 

「そっちじゃないわよ、駆逐ロ級を映したほう」

「ああ、階段が壊された時のやつか」

「あれを見た後、吹雪が言ってたでしょう? 電がケガで寝込んでたって…… それは私のせいなのよ」

 

 そういえば、そんなことを聞いたかなぁ。今では電も元気だからそのときはあまり気に留めなかったのだが、ひどい負傷だったのだろうか。

 

「ボスがここに来た日、ナオミ先生は急に姿を消してしまったわ。ボスは私たちや妖精さんの話を聞いて、島に留まって私たちを助けると言ってくれたのよ」

「ボスは不思議な人だったわ。私たちとは違うただの人間のはずなのに、私たちの艤装を背負い、海を走り兵装を扱うことができたわ。それもあっという間に習熟してしまって、私たちにその技術を教えてくれることになったのよ」

 

 サイズの合わない吹雪の艤装と制服で、ザ・ボスが海上を飛んだり跳ねたり雑技団さながらのアクションを見せたのははっきり憶えている。おそらく、この子たちの誰もがいまだその境地にはたどり着けていないのだろう。

 

「私たちがボスのご指導を受け始めてしばらく、その日は泊地近海の遠浅で実弾射撃訓練をしていた時だったわ。ボスはボートに乗って指導、私たちは全員海上に出ていたわね」

 

 

 

 その日は全員が実弾装備だったこともあって、特に留守番は残さずにみんなで遠くに浮かべたブイを撃つ訓練をしていたんだそうだ。ザ・ボスの指導を受けはじめてから皆メキメキと腕を上げていたので、その日も訓練には熱が入っていたらしかった。

 

 突然、ザ・ボスが皆に警告を発し、対空射撃の準備を命じた。遠くの空から、敵艦載機の攻撃隊が近づいていた。

 

 うかつにも敵に気づかないまま目視できる距離まで近づかれ、いきなりの空襲に皆が泡を食った。結局対空射撃の準備が間に合ったのはザ・ボスの持っていた機関銃だけだった。

 

 その頃はすでにわかっていたことで、人間の兵器は奴らにはほぼ通じない。だからそれはハッタリだけにしかならない対空射撃だったが、それでも第一次空襲は爆撃コースから逸らすことができた。その隙にザ・ボスの叱咤と指揮で皆は体勢を立て直し、第二次空襲はなんとかわずかな被害で凌ぐことができた。

 

 しかし、敵空母を少なくとも発艦不能にまで追いこまない限りいずれはジリ貧となる。焦った叢雲は、漣にザ・ボスを退避させるよう指示を出すと、自らは空母めがけて突撃を試みた。

 

 

 

「そうか、先日叢雲が俺がボートに乗るのを反対したのは、そのときの事があったからか?」

「そういう事よ。 ……ああカズ、悪いけどお茶もう一杯お願いできる?」

 

 まだ叢雲の話は途中だったが、先日俺が見舞われた落水事故の時と状況が似ていたのでつい口を挟んでしまった。叢雲は長話で喉が渇いたのか、マテ茶のおかわりを所望された。口を開けて茶を待つ叢雲を見ていると、なんだか自分が親鳥にでもなったような気がした。

 

 

 

 さて話の続きだが、突撃を仕掛けたのは叢雲と電、吹雪と五月雨は少し遅れた位置を左右に展開して対空防御を含めた援護にあたっていた。

 

 叢雲たちがようやく敵艦隊の姿を確認した頃、衝撃波と轟音が彼女のすぐそばを突き抜けて行った。かすりすらしなかったのに右の電探が吹き飛ばされ、耳の鼓膜もバカになった。きりきり舞いして転びかけたところを電に支えられてようやく踏みとどまり、それが戦艦級の大口径主砲による至近弾であったと覚った。

 

 確認できた敵艦隊は、軽空母を旗艦とした小規模な護衛機動艦隊。ただし、随伴のなかには彼女らが初めて目にする戦艦らしき大型艦の姿があった。まだザ・ボスがこの島を訪れるより以前、ナオミとともになんとか敵の襲撃を水際で持ちこたえていた頃には、これほどの強敵を相手にしたことはなかった。駆逐艦主砲の射程距離の外から圧倒的な火力をもって迫る戦艦、一発直撃されればそれで終わりだという確信。初めて体感するその脅威は、いまだ実戦経験に乏しい叢雲たちの脚をすくませた。

 

『叢雲に電、無理に仕留めようとするな! そこから大きく敵の右手を周って丁字戦を仕掛けろ、ただしこれはあくまでフリだ。決して距離は縮めず、砲撃は牽制程度にとどめて回避に専念しなさい。吹雪と五月雨は二人に少し離れてついて行け、的を絞らせるな』

 

 退避した漣の回線を通じて、ザ・ボスの指示が下された。四人は指示通りに距離を保って敵艦隊の横を周り、やがて進行する敵艦隊とすれ違うコースに入った。

 

『現時点で敵勢力における最大の脅威は軽空母の攻撃隊、次いで敵戦艦の砲撃よ。漣は対空装備への換装を急ぎなさい。もし敵機が迫ったなら、磯の岩場に隠れて私の銃撃と同じ所を狙え。向こうはもう私の銃がハッタリだと気づいているはず、だから今度は本物をブチこんでやるのよ』

 

 通信の向こうで漣がアイアイ、マム! と威勢よく答えるのが聞こえた。

 

『叢雲たちはどうかしら、そろそろ敵艦隊とすれ違う頃か?』

 

 そのとき叢雲たちは、ちょうど反航戦の形で敵艦隊とすれ違っているさなかにあった。充分な距離を保っているためか、敵からの射撃はまばらな牽制程度であり、狙いも定まっていなかった。そう報告するとザ・ボスは納得したような声で答えた。

 

『予想通りね。敵戦艦の装備をよく見てみなさい、砲塔を積み上げた巨大な盾のようなものを両手に一つずつ持っているわ』

 

 そう言われてあらためて敵戦艦に注目すると、奴が泊地に向けて進行しながら、右手の砲だけをこちらに向けているのが見えた。叢雲たちと後続の吹雪たちと、片手だけで二者を牽制しようと苦慮していると感じられた。

 

『あんな大きくて重そうな武装を、海上を前進しながら真横に向けて撃つとしよう。片側だけならまだしも、両側全門の火力を横に集中させるのはどんな膂力を誇ろうとも無理な相談よ』

 

 かつては艦船だった叢雲たちも、今生では少女の姿に生まれ変わった。なぜこんな姿になったのか、考えたことはあっても結論はいまだ出ていない。ただ、姿が変わったのならば、その特性に合わせて戦い方を変えていかなくてはならないのだけは確かなことだと、叢雲はそんな感慨をザ・ボスに伝えた。

 

『そうね。もしも奴らが艦の姿をしていたなら、真横こそが全砲門の火力を集中させられるキルゾーンだったはず。だが人の姿を取っているなら、人体の構造上あの砲が火力を集中できるのは正面だけね。叢雲も、敵を見つけたならまずは相手をよく観察してみなさい。敵の姿・編成・装備・行動。観察して分析することで相手の力量や作戦目標が推察できる、そうすれば勝ち目も見えてくるわ。』

 

 敵を知り己を知れば百戦危うべからずなのですね、と電がつぶやいた。

 

『その通りよ。でもそのためにはなにより敵よりも早く相手を察知することが必要。今日の私たちにはその注意が欠けていたわね。今後の課題と思いなさい』

 

 泊地が襲撃を受けそうな今、明日が来ないかもしれない状況だというのに、ザ・ボスは毫ほども未来を疑っていない声で言った。暢気なようにも聞こえたが、叢雲はその声を頼もしいと感じた。

 

『ボス、敵艦隊が陣形を変えます! 軽空母を中央に輪形陣、戦艦は最後尾につきました』

 

 無線を通じて吹雪が叫んだ。敵艦隊は陣形を変えながらなおも泊地に向けて進行を続けていたが、その速度はかなり下がっていた。最後尾の戦艦が叢雲たちを警戒するように後ろ向きで進んでいたからだ。

 

『背後を衝かれるのを警戒しているようね、でも中途半端すぎて賢い作戦とは言いがたいわ。叢雲に吹雪、そのまま相手の射程に深入りしないよう注意しながらプレッシャーをかけ続けて。それで戦艦の火力は一時だけでも泊地には向かなくなるわ、その隙に空母と他の随伴はこちらで対処する』

 

 生身のザ・ボスがどうやって、と聞き返したかったが、声を出す前に無線から漣の叫ぶ声が飛んだ。

 

『敵攻撃隊、発艦を確認! ボス、いきまっしょい!』

 

 軽空母から発艦した艦載機隊がドック目掛けて襲いかかる。しかし、今度の対空射撃は目覚ましい成果を挙げた。ハッタリと見せかけたザ・ボスの銃撃に混ぜられた漣の射撃は、回避行動をなおざりにした敵艦爆・艦攻を根こそぎ叩き落とし、泊地方向の空に爆炎と黒煙が拡がった。

 

『キタキタキターーーーーー!!!! 敵空母沈黙! 漣、MVPですぞ!?』

 

 無線から漣の大歓声が音割れせんばかりに響いた。それまで叢雲たちを牽制していた戦艦が、驚愕の表情を硬直させて背後の泊地に振り向いた。隙を見せたと思った叢雲は、やや遠間であるとは思いながらもすかさず皆に雷撃を促した。叢雲・電組と吹雪・五月雨組の雷撃が十字砲火の形で敵艦隊に迫る。

 

 魚雷は二本が外れ、二本は敵戦艦に直撃コースだったが、それは随伴の駆逐艦たちが盾になって防がれた。駆逐艦は直撃を受けて轟沈、残る敵は艦載機を失った軽空母と無傷の戦艦のみであった。戦艦は踵を返して自ら先頭に立ち、工廠に艦砲射撃を仕掛ける構えに入った。

 

 今泊地にいるのはザ・ボスの他には対空装備の漣一人、戦艦の艦砲射撃に対して反撃する手段をほぼ持ち合わせていない。もしもザ・ボスが死んでしまったら、漣が沈んでしまったら、ドックや工廠が破壊されてしまったら…… どれか一つが現実になるだけでも自分たちはもう立ち直れない、そんな怖しい考えが叢雲の背筋を凍らせた。

 

「砲撃を止めるわよ! 叢雲、突貫するわ!」

 

 一声叫んで叢雲は敵艦隊の後背を突くべく突撃を仕掛けた。無線からはザ・ボスや皆の制止する声が聞こえていたが、恐怖に突き動かされるように叢雲は突進を続けた。

 

 すぐに敵艦隊が自分の射程に入ったが、それだけではまだ充分とは言えない。戦艦が背中を向けているうちに、必殺の距離まで肉薄する。もしも奴がこっちに狙いを変えてきたら、回避運動をかけて仕切り直す。少なくとも泊地を撃たせなければそれでいい、その時はそう考えていた。

 

 しかし、戦艦は横を向いて体を開き、両手の砲をそれぞれドックと叢雲とに向けてきた。ここで叢雲はほんの一瞬だけ判断を迷った。火力は半分だが、それでも当たり所次第ではドックも叢雲も危ない。回避を優先するか、それとも砲撃阻止を優先するか。結局は阻止を優先するべきと結論したが、わずかな逡巡が戦艦に引鉄を引かせるだけの猶予を与えてしまった。

 

 叢雲の目に砲火が閃くのと、誰かが不意に横から飛びついてきたのとはほとんど同時だった。続いてすぐ近くで爆発音が起こるとともに全身がバラバラになるかと思うほどの衝撃を受けて、叢雲は海面を何回転も転がって倒れ伏した。いったいなにが起こったのか、すぐさま顔を起こして周囲の状況を確認して、視界に飛びこんできたのは力なく水面に浮かぶ電の姿だった。

 

「電…… 電! 返事をしてッ!」

 

 電の背負う艤装は戦艦砲の直撃を受けて大破させられ、もうもうと黒煙を噴き上げていた。砲弾は背負い艤装の煙突の根元あたりに命中したらしく、煙突の他にも背中に提げていた錨と、左側の魚雷発射管および防盾が脱落していた。

 

 叢雲は気づいていなかったが、電は独りで突撃を仕掛けた叢雲を追走していた。そして、戦艦が砲を放つ瞬間叢雲の腰に飛びついて弾道から逸らそうとしたのだった。しかし、叢雲に追いつくだけで精一杯だった電には自分の安全まで確保する余裕はなく、代わりに自らが砲弾を受けることになってしまった。

 

 炸裂した砲弾は、艤装を破壊しながら破片で電の身体までもしたたかに傷つけたようだった。倒れたまま動かない背中はひどい出血に染まり、周囲の海水までもを赤く染めつつあった。

 

 最初の至近弾で破られた叢雲の右鼓膜は、ナオミ先生に授かったナノマシンの力によってその時はすでに聴力を回復していた。電にも同じ力があるから簡単には死ぬはずがない、重症ではあるがきっとまだ生きている。そう信じて叢雲は肉声と無線の両方で呼びかけ続けたが、電は昏倒したまま呼びかけには答えなかった。

 

 なんとか電を曳航して後退できないか、叢雲は立ちあがろうとしたがそれはかなわなかった。爆発の余波を受けていたのか、左脚がおかしな方向に折れ曲がっていた。

 

 救援を求めようと吹雪たちの方を確認したが、吹雪たちもすでに動き始めてはいたものの、その距離はまだ遠かった。なにより、叢雲たちは戦艦に接近しすぎており、援護射撃が誤射になるおそれもあった。

 

 勝ち誇った厭らしい笑みを浮かべながら、戦艦が叢雲たちに近づいてきた。まず叢雲と電にとどめを差し、それから近づいてくる吹雪たちを片づけて、最後に泊地を片付けようと企んでいるのだと直観した。

 

(舐めてんじゃないわよ深海魚)

 

 肚の底から怒りが沸き上がってきて、最初に感じていた恐怖をどこかへ追い出してしまったようだった。こいつの下卑たニヤケ面も、自分のマヌケで電が傷ついたのも、自分たちが前菜程度に見くびられているのもなにもかもが気に入らなかった。

 

 吹き飛ばされて海面を転がった時に、叢雲の艤装に装備されたアーム支持式の連装砲は壊され、持っていた槍もどこかへ落としてしまっていた。だが、左腕に装着していた魚雷発射管は、発射機構が壊れたもののまだ残弾を残していた。信管をセットして発射管で殴りつければ、その残弾がいっぺんに誘爆することになるだろう。そんな無謀を冒せば、たしかに戦艦は仕留められるかもしれない。しかし、叢雲はよくて腕一本、悪ければ命すら危うい。

 

(折れた脚がナノマシンで治るまでおそらくもう少し。うかつに近寄ってきたら、土手っ腹に魚雷パンチをブチこんでやるわ。こいつの鼻を明かしてやれるなら、左手一本くらいくれてやるわよ)

 

 相変わらず電は気を失ったままだったが、ナノマシンが早くも電の負傷を修復しはじめているのは見て取れた。さっきまで鮮血に染まっていた服も、破れはしたものの血の染みはナノマシンに分解吸収されて元の白地に戻りつつある。こうなれば、これ以上損傷を受けなければ電は助かるはずだ。そして、魚雷を暴発させる無茶をして自分が助かるかどうかは五分五分と見積もったが、無抵抗のまま沈められるよりはずっと分のいい賭けだと考えた。

 

 まずは電から注意を逸らさなければならない。そう考えて、叢雲は脚が治りかけているのを隠し、わざと見苦しく這いずりながら吹雪たちの来る方向へ逃げるふりをした。

 

 戦艦は簡単にエサに食いついた。電を放置したまま悠々と叢雲に歩み寄り、まずその脇腹を蹴り上げた。叢雲はまた何メートルかを転がされて、肋骨がミシリと軋む苦痛に吐き気がこみあげた。だが、叢雲は蹴られた時に戦艦が波に足を取られてわずかにフラついたのを見逃さなかった。

 

(こいつら、艤装の性能は高くとも練度は決して高くないわ)

 

 こいつが戦艦だけあって相当な膂力を備えているのは確かだった。もしも地上で取っ組みあえば、叢雲は体格差と筋力差でとても太刀打ちできなかったかもしれない。それに、今の蹴りだって本来なら叢雲の肋骨をたやすく蹴り砕いて内臓まで傷つけていてもおかしくはなかった。それなのにこの程度で済んでいるのは、こいつも揺れる海面に立つのに慣れておらず、体重の乗らない足先だけの蹴りでしかなかったからだ。

 

(こいつらはたとえ戦艦だろうとも、産まれ持った力をただ振り回してるだけの素人だ。生きて帰って鍛錬を積めば、駆逐艦の私たちにだってやれない相手じゃないはずよ。だから電、あんたもこんなところで沈むんじゃないわよ!)

 

 痛むあばらを庇うふりをして、叢雲は魚雷発射管を隠すようにうずくまった。相手が新前だとわかったところで、自分だってまだ訓練を始めたばかりの未熟者であり大した差はない。そのささやかな一日の長を活かすためにもよく見ろ、そして考えろ、必ず付け入る隙はあるはず……!

 

 その時、泊地からの無線でザ・ボスの声が聞こえた。

 

『待たせてすまなかったわ叢雲、こちらはようやく狙撃の準備が整った。あと十秒でもいい、そいつをそこから動かせないでちょうだい、できるわね』

 

 やらいでかっ、と叢雲は答えた。脚はほぼ治っていた、まだ多少は痛むが短時間なら問題ない。

 

 吹雪たちが近づいてきている以上は、奴も叢雲にいつまでも構ってはいられないはずだった。そう思った通りに、戦艦はまず叢雲からとどめを差そうと砲を構えて片膝をつき、射撃姿勢をとった。その隙を見て叢雲は立ち上がり、故障した発射管から魚雷を引き抜いて投げつけた。いっそさっき考えていたように殴りつけてやりたかったが、奴に近寄ればかえってボスの邪魔になると思った。

 

 投げつけた魚雷は不発で、盾のような砲塔に簡単に防がれたが、そもそも叢雲はあえて魚雷の信管をセットしていなかった。爆煙をあげてしまえば、それも狙撃の邪魔になると考えたからだ。魚雷を防ぐことでできた隙をついて射線から横へ逃れた叢雲を追おうと戦艦は砲を振ったが、奴にできたのはそこまでだった。泊地から発射された砲撃が、戦艦のがら空きの背中に大きな風穴を開けていた。叢雲は衝撃波で転ばされて尻餅をついたまま、無念の表情で睨みつけながら沈んでいく戦艦と、吹雪たちに追い回される軽空母の最期を見送っていた。

 

 

 

「あの日、私たちは辛くも勝利を得て泊地を守り抜いたわ。でも、私は自分のヘマであやうく電を失うところだった。こういう考え方はよくないと解ってはいるけど、あの海戦はみんなの勝利ではあっても私の勝利だと思ってはならない、戒めとして私個人にとっては敗北だったと考えているわ」

 

 叢雲は神妙な顔で一度言葉を切ると、またマテ茶のお代わりを所望した。それならもうおとなしく縛られてなくていいんじゃないかな、と思いはしたものの口には出さず、俺はロビーに茶のお代わりを取りに戻った。随分長い間叢雲と話しこんでいたような気がしていたが、ロビーではヘルダイバーちゃんと五月雨が朝食をとっているだけで、哨戒中の電たちもトイレに立った漣もまだ戻ってきていないようだった。




 二か月ぶりのご無沙汰でした、グラサン提督第二十一話をお届けします。
 先日までのイベントは乙と丙でなんとか完走しました、新艦も掘れたし長らく邂逅できずじまいだったミトチャンもなんとかお迎えすることができました。でも終わってみれば札十枚、ってなんやねん。
 
 ところで今回筆者が書きたかったことって、要は「以前叢雲がヘマをして電が大怪我をしたために、電はボスの訓練を皆の半分の期間しか受けられなかった」って過去の伏線を回収するだけの話なんですが、これが書いてみるとまあ長くなることなること。慣れない海戦シーンをふたたび書いたのも相まってかあまりに長くなりすぎたので、今回の二十一話は初稿前半三分の二で一度区切ることにします。海戦の後日談と朝のひと騒ぎの顛末については、また次回をお待ちください。
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