グラサン提督   作:カレー味

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第二十二話 太陽をつかんでしまった

「それで、結局最後に戦艦を撃ったのは誰だったんだ?」

 

 叢雲の打ち明け話が一段落したところで、俺は疑問に思ったことを訊ねてみた。

 

「あの後電を抱えて泊地に戻ったら、工廠の中はメチャクチャになってたわ。先に泊地に戻ったボスたちは、私たちの艤装を吊るフレームを利用して、たまたま工廠にあった戦艦向けの砲を載せられる砲架を造っていたのよ。妖精さんたちに協力してもらってね」

 

 妖精さんは資源を出して頼めばだいたいなんでも作ってくれるが、ノリと気まぐれで生きてる彼女らは、パッションのおもむくままに頼んだものとは違うものを作ってしまうことが多いらしい。強い主砲が欲しいと頼んだら戦艦砲を作ったり、索敵装備が欲しいと言ったら水上偵察機を作ったりしてしまうこともあるそうだ。

 

 とは言っても泊地の危機を前にした妖精さんたちの士気は高かった。三隻分のフレームにその日までは使い道のないまま死蔵していた大口径主砲をそれぞれ積みこみ、押し寄せてきた敵艦隊に打撃を加えてやるつもりだった。

 

 準備を整えた頃にはザ・ボスと漣の対空迎撃で軽空母は艦載機を潰してほぼ無力化、護衛の駆逐艦は海上に残っていた叢雲たちの雷撃で撃沈され、やるべきことは随分楽になっていた。

 

 ただ、ドックの中から砲を撃つ以上は、射界はシャッター正面に著しく制限されてしまう。敵戦艦は工廠への効果的な艦砲射撃を狙って防御の弱いシャッター正面に真っ直ぐ進行していたが、それは叢雲たちの無茶によって一時中断された。結果として、戦艦は狙撃するには都合のいい位置で足を止めてしまうことになった…… 工廠には防衛戦力がないと高をくくっていたのだろうが、その結果はさっき聞いた通りだ。

 

「砲を撃てたのはよかったけど、一発撃っただけの反動で天井から吊られたフレームは吹っ飛んだみたい。それで砲弾が敵に当たったのが不思議なくらいだったわ。吹っ飛んだフレームは手近な棚をひっくり返したり壁に激突したり、工廠内は地震の後みたいなありさまだったわね」

「私と電が撃たれたとき、あの戦艦の逆側の砲は同時に工廠も狙って撃ってたのよ。その弾は工廠を飛び越して渡り廊下の近くに着弾したくらいでたいした被害はなかったんだけど、こちらはドック内部で戦艦砲を撃つ無理を押した結果、結局工廠内はメチャクチャで復旧までにはそれなりに手間がかかったわ。それでも重要な設備は無事だったし、ボスや漣に怪我がなかっただけでも御の字ってとこね」

 

 怪我といえば、電の負傷はどうなったんだ? 今は元気に過ごしているが、あの動画の頃は寝こんでいたと言うから、しばらく尾を引いたのだろうか。

 

「電はナノマシンのおかげで命に別状はなかったのだけど、砲弾と艤装の破片が脊髄までひどく傷つけていたの。その頃はまだ博士の高速修復材もなくて、傷は塞がっても意識を取り戻すまでに三日、ベッドから起き上がれるようになるまで一月かかったわ。そこからリハビリを始めて、私たちと同じようにボスの訓練を受けられるようになるまでは半年近くかかったのよ」

 

 常人であれば、脊髄を損傷するほどの負傷を受ければ命が助かったとしてもその後の一生を半身、あるいは全身不随の障害を負うことになってしまう。ナオミ先生のナノマシンは、そこまでの負傷すらも治す能力を持っているというのか。

 

 しかも、そこへ加えてストレンジラブの高速修復材は、治療後のリハビリ期間を劇的に短縮できてしまう。仮に、今後この二つの技術が現代の世界に広く公開されたとしたらどうなるだろうか。医療という意味では人類にとって福音となるかもしれない、だが軍事面ではどうだろう。

 

 現代戦というものは国力の毟り合いだ。それは、必ずしも敵兵士の殺害を目的としない。敵を殺してしまえばそれだけで終わりだが、死なせずに重傷を負わせれば、その兵士を後方に移送させるために前線の兵数を減らさせ、治療と看護のために後方の物資、人手を割かせられる。そして、負傷した兵士は治療とリハビリを終えるまで当分の間戦場には戻ってこれない。だから、殺さない方がより効果的に相手方の国力を消耗させられるのだ。

 

 だが、この二つの技術はそのドクトリンを前提から覆してしまう。ナノマシンを注入された兵士は多少の負傷などその場で治癒して戦闘を続行し、後送されるほどの重傷を受けても高速修復材による治療を受けて短期間で前線に戻ってくる。このような技術が一般化した戦場で相手の国力を効果的に削るためには、敵兵士の確実な殺害が求められるようになってしまうのではないか? 俺の心中にふと浮かんだそんな危惧をよそに、叢雲は話を続けた。

 

「……そのために、私たち五人の中でも電だけはみんなの半分くらいしかザ・ボスの教えを受けられていないわ。あの海戦で私があんな馬鹿な真似さえしなければ、電があれほどひどい怪我を負うことはなかったかもしれない。もっと充分にボスの教えを受けられて、今よりもずっと強くなれていたかもしれない。それが私のせいだと思うと責任を感じてしまうのよ」

 

 皆の訓練の成績は俺も見せてもらっているが、たしかに電の成績は皆より少し劣るかもしれないと感じることはなくもない。もっとも、武装の扱いや航行についてはドベというわけでもない、その辺については最下位の五月雨よりは上手いと思う。元訓練教官の俺としては、むしろCQCばかりに偏りすぎている五月雨のほうが心配になるくらいだ。

 

「まあ、そこまで深く考えることはないさ。訓練中の負傷で部隊を長期離脱する兵士は珍しくない。そのまま転属するなりして帰ってこない者も少なくはないが、戻ってくる奴ならなんだかんだで必ず皆に追いついてくるものだ。教官だって、そういう奴には必ず目をかけてやるしな。ザ・ボスだってそうじゃなかったか?」

 

 俺がそう慰めると、叢雲は何事か得心がいったようで、少しは気が楽になった様子だった。

 

「そうね、そうかもしれないわ。あんたがここに来た日、みんなでCQCの組手をしたでしょう? あの時、順番は勝率の低い方からって電は言ってたけど、それは訓練を始めた最初からの成績であって、ごく最近の勝率に限れば電と私、あと漣なんかはさほどの差はないはずね。電は私たちに確実に追いついてきてる、いつまでも下だと見くびってはいられないわ」

「そうそう、その意気だ。あいつが追いついてくるってのなら、もう一度引き離してやるくらいの気持ちでやれよ」

「だったらたまには私たちの訓練にもつきあいなさいよ? 私はあんたにもまだリベンジできてないのよ」

 

 そんなことを言われると困ってしまう。叢雲の訓練につきあうのは異存ないが、叢雲と稽古をすると当然他のみんなとも組手をすることになる。他のみんなの相手も悪くはないが五月雨だけはダメだ、今度こそ俺の命がない気がする。

 

「五月雨だけ相手してやらないってのも仲間外れみたいで可哀想だしなぁ…… なあ、ザ・ボスはあの五月雨と組手をしていたんだろう? 一体どんな感じだったんだ」

 

 そう聞いてみたら、叢雲は当時を思い返して首をひねった。

 

「高度すぎて参考にならなかった、ってのが正直な感想ね。お互いあまり大きく動かないまま時間が過ぎて、ひと勝負つくまでには相当な時間がかかることが多かったわ。目線やわずかな動きだけで絶え間なくフェイントの応酬をしているんだろうなってくらいは想像できたんだけど、二人の間でどれだけのやりとりが交わされていたのかはほとんど理解できなかったもの」

 

 上級者同士の試合あるあるだなぁ…… これがわからずに、上級者といっても大したことないじゃんとか勘違いしてうかうかと挑んだりすると、手も足も出ずにボコられるか遊ばれるかどっちかなんだよ、ソースはMSFに加わったばかりの頃の俺だ。

 

 俺は白人の血が入ってるだけあって身体も大きくて、陸自時代の成績も上の方だったから格技には結構自信があったんだ。でもMSFで初めてCQCの稽古に参加した時は衝撃だったな、何もできないうちに転がされ絞められ極められて、今まで自分がやってきた訓練はなんだったんだって落ちこんだものだ。

 

 MSFじゃあ、俺は加入当初からいきなりスネークの副官的な地位に置かれていた。というのも、当時のMSFはまだまだ人が足りなくて、なにより銭勘定のできる奴が俺の他にほぼいなかったんだ。スネークは金にはまったく頓着しない性質だったし、他の奴らだって似たようなものだ、それどころか四則演算すら覚束ないやつも少なくなかった。

 

 そんななかでいきなり部隊の幹事を丸投げされた俺は最初から多忙だったが、それでもスネークの副官が隊内最弱じゃ格好がつかないってんで、事務仕事の傍ら熱心に稽古を積んだ。スネークだけじゃなく、皆にも頭を下げて必死で教えを請うたもんだったなぁ。

 

 その甲斐あってか、まあコスタリカに流れ着く頃にはなんとか皆に伍することができるくらいには上達はしたよ、成せば成るってものだ。それでもスネークからはとうとう一本たりとも取れずじまいだったな、もっともそれは他の仲間たちも一緒だった。

 

 伝説の兵士、ネイキッド・スネーク。ザ・ボスを越えるボス、ビッグボスの称号を持つ男。彼は俺たちとはものが違う、兵士たちは誰もが彼には敵わないと、それで当然であると理解していた。

 

 だが、そんなスネークですら内心では常に悩んでいた、自分は本当にザ・ボスを越えたと言えるのかと。だから、あいつは長いこと自ら進んでビッグボスを名乗ることはなかった。ザ・ボスの遺志と訣別し、自らの意思で世界と戦うことを決意するまでは。

 

 かようにザ・ボスの大きさと、彼女を喪った空洞はその死後も長年多くの人々を苦しめた。スネーク、ゼロ、ストレンジラブ。対して俺は伝聞でしかザ・ボスを知らない、だからある意味ではその苦しみに他人事でいられたとも言える。それでも一目会ってみたかったものだ、この島で子供たちを鍛え、去った後も今でも慕われ続けているザ・ボスに。

 

「それにしても急造の砲架で試射もなしに一発必中とはな、こんな感想を抱くのももう何度目かな。話だけ聞いてると、ザ・ボスってつくづく何者だったんだろうな」

 

 それはそれとしてさ、なにやらせてもだいたい上手くこなすとか、伝説の兵士ってちょっとズルくない? その弟子スネークを何年も身近で見てきた凡人代表俺としても、不平不満を抱いた憶えは数限りなくある。

 

 どれだけ努力を重ねようとも絶対追いつけない相手がいる、そう悟った時凡人にできることは多くない。相手を神のように崇拝するか、悪魔のように憎悪するか、なにもかも忘れて逃げ出すかだ。

 

 しかし、戦場でしか生きられないと信じていた俺にとって、逃げるという選択肢はなかった。しかも、俺はスネークに見こまれ、ほぼ無理矢理に部下にされてしまった。

 

 それでも、彼の副官として戦った数年間は実に居心地がよかった。俺は自分の利益のために彼を利用していたのも確かだが、人生を傾けて彼に尽くしたことに間違いはなかった。俺はいつしか心からスネーク、ビッグボスを尊崇し、彼のために己自身の手脚も眼も捧げた。

 

 それなのに、あいつは俺たちを囮にして、地下に潜って新たな組織づくりを始めた。裏切られた、捨てられたと思った。崇拝は裏返って憎悪と化した、当時の俺はそう信じていた。それから数年、俺は家庭を持ったことを理由にダイヤモンドドッグズを離れた。その後は各国の特殊部隊で教官を歴任して、やがてアメリカに舞い戻りFOXHOUNDの司令官に再任していたスネークの部下に収まった。

 

 スネークは再会を喜んでくれたが、その頃の俺はすでにある後ろめたい計画を胸中に秘めていた。スネークの理想はいずれアメリカと、アメリカを陰で牛耳るサイファーと衝突することは避けられない。その時に備えて、いずれはスネークに差し向ける刺客を育て上げる。他ならぬスネーク自身の足下でだ。

 

 

「あぁ〜、思えばつまらん事をしたもんだ俺は」

 

 最初はザ・ボスのことを考えていたはずなのに、つい変なスイッチが入って気がつけばスネークのことばかりを考えている。すぐそばで叢雲が見ているのも忘れて、俺は覚えずして頭を抱えて呻いてしまった。

 

「……いきなりなんの話!?」

 

 しまった、叢雲が全力でドン引きしている。だが歳を取るたびになぁ、老い先が短いのに反比例するように取り返しのつかない過去ばかりが増えていくんだ。それを思うと嘆きたくなる気持ちを抑止できないんだよ、どうか勘弁してくれ。

 

「なあ叢雲、君は戦友を裏切らなかった。自分のせいで重傷を負った電を死なせないために自らを囮にした。自分の命すら危うい状況でそれはなかなかできることじゃない、少なくとも俺にはできなかったことなんだ」

 

 省みれば、俺の人生は裏切りばかりだった。横須賀でのケチな暮らしから抜け出したくて、母を捨てて一人でアメリカへ渡った。コロンビアでの初めての実戦では、自分が生き残りたくて教え子に囮役を強要した。MSFでは、組織拡大のために影でサイファーの手を握っていた。FOXHOUNDでは、スネークを討つためにデイビッドを育てた。

 

 なにもかもを裏切り続けて、結局俺が得たものはアラスカでの寂しい暮らしだった。デカい屋敷も建てた、金もそれなりに貯めこんだ、だが妻は俺から去っていってしまった。娘は、キャサリーは俺の元に残ってはくれたが、彼女のこの先の人生を思えば、あの子をいつまでも雪に埋もれさせていくわけにはいかなかっただろう。そして、そんなささやかな暮らしすらも、あの日の襲撃によってすべて喪われた。わかってはいたんだ、あの残忍な連中がキャサリーを見逃す可能性など万に一つもない。眠らされて頭をブチ抜かれた俺と同じように、最期は屋敷と一緒に灰になったのだろう。

 

 もし俺がこの島をどうにかして逃げ出してアラスカに帰ったとしても、きっとそこにキャサリーはいない。これは、人を裏切り続けて生きてきた俺に対する罰だ。

 

 しかし、これは同時に贖罪のチャンスを与えられたのだとも言える。ハジメさんは俺に約束してくれた、価値ある未来を与えると。その条件は、おそらくこの島の少女たちの願いをかなえること、彼女らを助けて日本に行かせてやることだ。俺がキャサリーを取り戻すためには、この約束は決して裏切れない。

 

「ちょっとカズ、人の話を聞いてるの?」

 

 いきなり叢雲が困惑げに声を荒げて、俺は反射的に彼女に向き直った。

 

「人に話を振っておいて、返事も聞かずに一人でブツブツと…… まあそれはいいわ、少し気にかかってたんだけど、スネークって誰? あんたのなに?」

「……声に出てたか?」

「あんたが昔を思い返して黙りこむ時にはたいてい、今の話だけじゃなくてね」

 

 エッ、今まで何度もそんな風になってたのか俺。

 

「その名は私たちも前々から幾度かは博士の口から聞いたことがあったわ。博士やあんたがいたっていうMSFの総司令官で、ザ・ボスの最後の弟子だったっていう人よね? 私たちにとってはいわば兄弟子ね」

 

 しかもストレンジラブからスネークの人となりをほぼ知られてるうぅ〜。この子たちの中で俺の評価がどうなってるのか心配になってしまう。

 

「まあ、大筋ではおまえが聞いてる通りだよ。十代で渡米した俺は、アメリカで大学を出たあと日本に帰国した。立派になった姿をお袋に見せてやるつもりだった、故郷に錦を飾ってみせたつもりだったんだ。しかし、お袋の病気は悪化していて、その頃にはもう俺のこともわからなくなっていた」

 

 戦後すぐ娼婦だった頃に罹患し、充分に完治していなかった梅毒が脳まで周ってしまっていたがための結果だったのだが、具体的な病名は若い女の子に告げるには少々はばかられたので伏せた。

 

「俺はお袋の入院費のために自衛隊に奉職した、生活費がほぼかからないって聞いたからな。しかし、二年後には治療の甲斐なくお袋は死んだ。それでもう日本にいる理由もなくなってな、俺は自衛隊を辞めて再度渡米したが、その頃には親父もまたすでに墓の下だった。俺は放浪するうちにやがて中南米に流れ着き、自衛隊での経験を活かしてコロンビアで反政府軍の訓練教官に雇われた」

「ふーん、やるじゃない。でも、その頃のあんたってまだ実戦経験はなかったんじゃないの?」

 

 俺がここにきた日に皆にざっくりと説明していたことを、今日はもう少し詳細に踏みこんで話したのだが、痛いところにすぐ気づかれてしまったな。

 

「ああ、まったくもって仰る通りで、移動中に敵の待ち伏せを受けた部隊は俺一人を残して全滅させられた。重傷を負った俺を捕らえた敵方の指揮官がスネークだった」

「スネークは元来米陸軍のとある特殊部隊の出身だったが、あるミッションでザ・ボスと死別したのがきっかけで正規軍を離れ、その頃はMSFの前身といえる小さな傭兵部隊を率いてコロンビアの政府軍に雇われていた。 ……なぁ叢雲、ちょっと話は変わるが君らはこの島でザ・ボスと暮らしていたんだろう? 彼女の過去についてはなにか聞いていないのか」

「私たちもあまり聞いていないわ、知っているのは第二次世界大戦の時には西部戦線で小隊を率いて戦っていたってことくらい。詳しいことを尋ねても軍機を理由に答えてはくれなかったし、あまり深く聞かれたくなさそうだったの。いつかは聞かせてくれるかと期待していたけれど、あの日突然ザ・ボスが旅立ってしまってそれっきりよ」

 

 叢雲は残念そうにかぶりを振った。そうか、いやそうだろうな。俺はザ・ボスとの縁はこの子たちよりも薄いくらいだが、彼女が自らの戦功を軽々しく吹聴するような人物ではなかったくらいのことはわかる。

 

「詳しい経緯は俺からも言えん、彼女らの気持ちを慮れば、本来なら俺なんかがベラベラ喋っていいことじゃないんだ。それを承知して聞いてほしい」

 

 叢雲は神妙な顔で黙って聞いていた。

 

「ザ・ボスは忠を尽くした人だ。任務のために、自らの夫も、子供も、健康も、すべて捧げた。最期のミッションでは、ある情報を入手するために祖国を裏切ったふりをして、最愛の弟子だったスネークの手で討たれた。そうしなければ米ソ間の核戦争を引き起こしかねない、ギリギリの選択だった」

「だがな、そもそも彼女をここまで追いこんだ責任は他の連中にあった。政治屋の勝手な都合、諜報機関の怠慢と不正。そんなものの尻拭いのために、彼女は名誉と命すら奪われて、奴らの悪行の責任まで押しつけられた」

 

 叢雲は俯いて何事か考えこんでいるようだった。太平洋戦争で沈んだ駆逐艦の生まれ変わりというのを信じるのならば、この子たちの前世もまたザ・ボスと同じように国家と、その傘下に隠れたつまらない奴らの不始末のために死んだのだと言えなくもないかもしれない。

 

「ならばザ・ボスはいったいなにに忠を尽くしたのか? 近しい人々のためじゃない、祖国アメリカに限られたものでもない、きっとそれはもっと大きなものだった。しかし、それゆえに彼女の横死は多くの人間の人生を狂わせた。君らがよく知るストレンジラブもその一人、だが彼女よりなお深く傷ついて、誰よりも狂った二人の男がいた。スネークはその片割れだったよ」

 

 叢雲は黙ったままじっと俺を見つめて話を聞いていた。

 

「一人の人間として大事ななにもかもを捧げて世界に尽くしたザ・ボスをアメリカは使い捨てにした。それを目の当たりにしたスネークの心中には、国家というものに対する深い不信が根づいた。スネークはザ・ボスとは違う生き方を求めた、戦うことしかできない奴らがザ・ボスのように理不尽に擂り潰されない世界を望んだ。そうして結成されたのが『国境なき軍隊』MSFだった」

「俺たちは国家や誰かの道具じゃない、国や政治の都合には縛られない。戦うことしかできない奴らの集まりだったが、自分の意志で、自分のために、俺たちの力を求める場所で戦う。言うなればそれが国是だった」

「しかし、いくら小さな国家を気取ったところで、たった300人の傭兵部隊が世界から独立を保つためには力が必要だった。 ……スネークは、いや俺たちはその力を核兵器に求めた」

 

 俺をじっと見つめる叢雲の眼に非難の色が浮かんでいる気がした。

 

「コスタリカでの戦いを経て、俺たちは核の力を我が物にした。自らの脚で悪路を走破し、世界のどこからでも核を撃てる独立した二足歩行戦車。俺たちはそれをメタルギアと呼んだ」

「『金属の歯車(メタルギア)』?」

「歩兵と戦車を繋ぐミッシングリンク、そもそもはソ連の科学者の発案したコンセプトだそうだ」

 

 シャゴホッド、RAXA、弾道メタルギア、ピースウォーカー。かつて多くの核搭載戦車が造られていったが、グラーニンの遺した二足歩行というコンセプトは俺たちのZEKEが初めて実現した。

 

「だがな、俺たちのメタルギアは敵の策略であっという間に海の藻屑となった。そもそも、核の一発や二発を持ったところで、それだけではせいぜい一時的な脅しの道具にしかならん。真に必要なのは何百何千という核兵器を保有し、運用できるだけの国力なんだ。独立を守る力というのはそういうもので、それはいち傭兵組織にはどだい無理なことだったんだよ」

「つまり、あんたはそれで懲りたということね」

「そういうことだ、だがスネークは諦めなかった。表向きは米軍に復帰しながらも、裏では所を変え、品を変え、密かにメタルギアを造り続けた」

「俺はもうスネークにはついていけなかった、これ以上世界にケンカを売り続けるのは真っ平だった。俺はスネークの下につきながらも、あいつを倒すための刺客を育てることにしたんだ」

「……そうして'99年、ザンジバーランドでついにスネークは討たれた。討ったのは俺の教え子で、あいつの息子だった」

「俺は平和を守るという大義名分のもとに、実の親子を食い合わせる非道をした。どちらも俺にとって大事な人間であったにもかかわらず、実のところは俺自身の保身のためにだ。俺は人生に絶望し、軍を辞めてアラスカに引きこもった。あとはかねてから話していた通りだよ」

「……スネークさんのことが好きだったの?」

 

 長い打ち明け話をほとんど口も挟まずに聴いてくれた叢雲が、不意にそんなことを訊いてきた。懺悔を終えたようにすっきりしていた俺は、素直な本音で答えることができた。

 

「ああ、好きだったよ。あいつが隊長で、俺が副官で…… 気のいい仲間達と一緒に、傭兵稼業で大儲けして面白おかしく暮らしたかった、ビッグになって俺を蔑んだ奴らを見返してやりたかった、俺は本当にそれだけでよかったんだ。だけどあいつはそうじゃなかった、ザ・ボスを亡くした痛みを忘れて、そんな脳天気な生き方ができる奴じゃなかった。だから、上手くいかないのは無理もないことだったのさ」

 

 そこまで話して、俺は背後の三和土にゴロリと転がった。こんな話は、これまで家族にだって打ち明けられなかったことだ。長年の鬱屈した思いを言葉に出して、なにか解放されたような気分だった。寝転がって上を向くと、スカートを押さえる漣と目が合った。

 

「カズ様のエッチ。何度漣のパンツを覗きたいんですか」

「なんだ漣、随分長い便所だと思ってたら、立ち聞きとは趣味が悪いな」

 

 俺は不覚にも漣の気配にはまったく気付けていなかった。俺は漣の茶化しを無視して言い返したが、漣はニッカリ笑ってサムズアップを出して見せながらぬけぬけと答えた。

 

「男同士のドロドロ愛憎劇とか、小官大好きでありますゆえな」

 

 なんで若い女子って男同士が絡み合う話が好きなんだろうなぁ〜。うちの娘だってそういう本をクローゼットの奥に隠しているのを俺は知っている、知ってはいるがそれは踏みこんではならない淑女たちの秘密のお楽しみであろうと配慮して知らん顔を決めこんでいるんだ。だから堅気を相手にそういう話をぶっちゃけるのはよしてもらいたい、大事なのはゾーニングだ。そうだろう?

 

 呑気に寝転ぶ気分も失せて起き上がると、ロビーから皆がひょっこり顔を出した。五月雨だけでなく、哨戒に出ていた電と吹雪もいつのまにか戻っていたようだ。帰還報告もそこそこに電が叢雲の拘束を解いてやると、叢雲は俺に目を向けて耳元の電探を指先でトントン叩いて示した。お、俺の話は全員に筒抜けか! 女子の間で噂が広まるのは早いというのはわかっちゃいたが、話すそばからリアルタイムで共有されてたとかそりゃあんまりだろう? 別に今さら聞かれて困ることなどないのだが、皆の前で過去バナしてたと思うととてつもなくこっ恥ずかしい。

 

 まるで苦虫を長靴一杯食わされた気分でロビーに戻ったが、皆が俺の話を立ち聞きしている間に、五月雨が用意してくれた朝飯は全部ヘルダイバーちゃんと仲間の艦載機妖精さんたちによって完食済みだった。食べかけだった五月雨と漣の分までもだ、二年間絶食だったとはいえこのいやしんぼ妖精どもめ!?

 

「……冷凍うどんでも茹でるか、みんな一玉ずつでいいか?」

 

 皆が同意したので俺はキッチンに向かった。お粥の詰まった水風船と化した妖精さんたちも手を挙げていたが、もちろん彼女らの分はなしだ。

 

 




 二か月ぶりのご無沙汰でした、グラサン提督第二十二話をお届けします。

 現在開催中の夏・初秋イベは、弊鎮守府では現在乙乙丙でE3を始めたばかりのところで、新艦娘はウクルチャンだけ確保済みという状況です。夏雲はE2で出なかったので今後のE3に期待したい。

 今回のお話は、前回語った電の負傷の顛末と、カズの過去話の補足です。歳を取ったカズがスネークとの軋轢をどう飲みこんだのかが書きたかった。

 そろそろ島からの脱出に向けて準備を始めたい。だが細かい所はノープランだ、なんとかカズに知恵を絞ってもらわなきゃ……

 それでは、また次回に。
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