グラサン提督   作:カレー味

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第二十三話 バードメン

「……悪いナ、それロンだ」

 

 対面がおそるおそる八萬を切り出した指が離れた瞬間、俺はつとめて平静を装いながら和了を宣言して静かに手牌を倒した。南四局、ラス親の俺はトップを20000点あまりの差で追う最下位だった。まったくツイてない俺だったが、最後の最後に逆転のチャンスをものにしてやったぜ。メンホンイッツー中ドラドラで親の倍満、アガり止めありのルールだから今回は俺のトップで半荘終了だな。

 

『ごぶれい、あたまはねよ。ぴんふどらいちで2000てん』

 

 勝利を確信して浮かれた俺をよそに、遅れて上家のヘルダイバーちゃんが手牌を倒した。 …………何……だと…… 俺のトップ目が…… 消えた……?

 

『はぁい、これでわたしがとっぷのままげーむせっとねー。それじゃはにー、あなたのまけぶんはいくらになったかな?』

 

 ひ、ヒリヒリするぜ…… だがここは決して新宿の高レート雀荘でも闇のマンション麻雀でもない。まぎれもなく南の海に浮かぶ小さな島の小さな泊地で間借りしている俺の部屋なのだが、棟梁の提供によって麻雀卓が持ちこまれた結果、なんだか麻雀飛翔伝だか麻雀破壊神めいたアトモスフィアを醸し出してしまっている。

 

 俺と卓を囲んでいるのは、先日二年ぶりに倉庫から救助された艦載機妖精さんたちだ。上家がおなじみヘルダイバーちゃん、対面が零式艦上戦闘機21型ことおにいちゃん、ちなみに彼女も他の妖精さん同様女の子であるそうだが、021なのでおにいちゃんだ。そして下家が天山さん、天さんと呼ぶことにした。なお眼が三つあったりはしない。

 

 先日までの倉庫漁りで艦載機妖精さんが多数復帰したことにより、以前から俺がぼんやり考えていた計画に具体性が増した。駆逐艦の子供たちがたった五人しかいないこれまでの体制では、島に最低限の防衛戦力を残して日に数度近場を哨戒するだけで手一杯だった。このありさまでは、来るべき日の日本行きを期して全員参加での艦隊行動演習を行うなどいつまでたっても夢のまた夢だ。

 

 しかし、航空戦力を充実させることで子供たちの負担を大きく軽減できるのではないかと俺は考えた。彼女らが交代で日に三回行っている哨戒をかわりに偵察機に行ってもらい、はぐれ程度の小規模な敵なら迎撃隊を出して片付けてもらう。そうすれば彼女らは訓練に集中できるだろう。

 

 無論この島に肝心の艦載機を扱える空母はいないのだが、なにも空母がいなければ飛行機は飛び立てないわけではない。空母の代わりに基地航空隊を創設すればいいのだ。

 

 そこへ向けての具体的なロードマップを描くために、まずはこの島では数少ない航空戦力の専門家である艦載機妖精さんたちから意見を聞くつもりだった。本当に最初はそういうマジメな話だったんだ。それがどうしてこんな鉄火場になってしまったんだろう…… 俺は午前中に皆を集めてプレゼンをかけるまでのことを思い出していた。

 

 

 俺がヘルダイバーちゃんたち艦載機妖精さんの一群と出会ったのが昨日の朝で、明けて今朝も叢雲と五月雨が当番で哨戒に出かけていった。俺は二人を見送り、朝食のあと工廠妖精のハジメさんを連れて島の散歩に出かけた。

 

『かずさんからでーとのおさそいとはうれしいですね』

 

 デートというか、俺の感覚的にはむしろ犬の散歩に近いのだが、ハジメさんが喜んでいるので水は差さずにおく。工廠をまとめるハジメさんに頼まなくてはならないことがあるのだ。

 

「ちょっとな、今後のことで相談があったんだよ」

『こどもはふたりほしいです』

「そうじゃねぇって」

『しきはちゃぺるがいいです』

「なんでやねん」

 

 どうも皆忘れてしまっているようだが、杉田いや姿こそ若返っちゃいても、俺は歴とした妻子持ちでおまけに実年齢は五十八歳だ。もう若い頃みたいにプレイボーイを気取る歳でもないんだ。

 

 だが、この身体になってはや何週間か、若く健全な成年…… いや青年の肉体はその、なんだ、言いにくいが色々ともてあますんだよ。最初のうちこそ毎朝目覚めてはマイサンの高角砲ぶりに『今日も元気だな!』なーんて余裕あるジョークを飛ばしちゃいたが、マイサンを発散する余地のない生活が続けばそれはほぼ苦痛の種でしかない。

 

 それなのにこの島ときたら、俺以外は全員瑞々しいにも程がある美少女揃いときた。しかも幾人かはやたらに隙が多い、ふとしたきっかけでいろんなところがチラチラ垣間見えてしまう。さらに男と女という自覚が未熟なのか、スキンシップにも躊躇がない。

 

 あの子たちは、魂はともかく見てくれはうちのキャサリーよりもまだ子供であるくらいなんだ、断じて手を出してしまってはならないんだ。けど柔らかくて温かくていい匂いが日々俺を苛む。今はまだ大人の節度を保って彼女たちに接することができているが、理性の限界が来た時俺は社会か物理かその両方かで死ぬ。

 

 そうなる前にある種の自己研鑽をもって解決を考えたことはなくもないが、実行しようにもこの島で俺が一人になれるチャンスはほぼ皆無だ。男子トイレに籠ったって妖精さんとかは構わず入りこんでくるのは、先日のヘルダイバーちゃんとの出会いで証明済みだ。

 

「妖精さんにも穴はあるんだよな……」

『……? なんですかかずさん、このはじめにおちどでも?』

 

 いやなんでもない、というか何を口走っているんだ俺。こんな時は家族の顔を思い出すんだ、親父の顔、お袋の顔…… 最近はもうはっきり思い出せなくなってきたなぁ。妻の顔、キャサリー…… こっちはまだはっきりと思い出せるぞ。でもなんでだろう、妻の顔を思い出すときには喉元に突きつけられたナイフの冷たい輝きがセットでついてくるんだ。

 

『どうやらかずさんはしょうしょうこころがおつかれのごようす、それではちょっとおもしろいところにごあんないしましょうか』

 

 そう言ってハジメさんが手を引っ張るので、俺は促されるままにハジメさんについて行った。

 

 

 ハジメさんに連れていかれたのは子供たちが寝起きしている寄宿棟の裏手で、そこはわずかな下草が生えているだけの空き地だった。広さはまあ、小学生なら草野球ができる程度か。隅の方にはなんに使うものなのか、人が入れるほどの土管が三本積み上げられている。どこかで見たような既視感すらおぼえる、なんの変哲もないステレオタイプ的な空き地オブ空き地だ。

 

『おひゃくしょーさんごっこするものこのゆびとーまれ!』

 

 空き地の真ん中でハジメさんが指を振りかざすと、周りの草むらや藪の陰からわらわらと妖精さんが集まってきた。妖精さんたちは皆いろんな時代の農家とおぼしき格好をして、手には鍬やら鎌やら思い思いの農具を持っていた。

 

 いったい何が始まるのかと見守っていると、彼女らは草を刈り、石をどけ、土を耕し畦道を作り、みるみるうちに数坪くらいの小さな水田を開墾していった。誰かが掘った井戸から水を引き、どこからともなく持ちこんできた苗を植え、苗はビデオの早回しのようにあっという間に育って気がつくと黄金色の稲穂が首を垂れていたのだった。

 

「ま、まるで魔法のようだクォレハ……」

 

 思わず感嘆の声をもらしたところで、妖精の群れに混じっていたハジメさんと棟梁が声を合わせてなんか可愛いポーズを決めた。

 

『『てじなーにゃ!』』

 

 いやどう見ても手品じゃないだろこれ、でも可愛いから許してしまうけどな。

 

 俺がここに来てもう何ヶ月過ぎたろうか。謎の怪物が跋扈する海を越えて、この島に輸送船などが訪れたことは言うまでもなく一度もない。それなのにここの住人が食料不足に悩まなくてすんでいるのには、こういうカラクリがあったのか。

 

 たとえば俺のハンバーガーは子供たちに気に入られたらしく、リクエストに応じて作ることはこれまでに何度もあった。それに必要となる新鮮なレタスやトマト、タマネギにジャガイモといった野菜、またフカフカのバンズやピクルスといった加工食品そして調味料なんかは、こうして妖精さんたちが用意してくれていたというわけだ。

 

「ありがとう妖精さん、みんなこうやって俺たちを食わせてくれてたんだな。心から感謝するよ」

『おやすいごようでさぁ』

『そのかわりわたしたちにもまいにちおいしいごはんをくわせてくださいな』

 

 いいですとも! と妖精さんたちとの種族を越えた友情を再確認したところでふと俺は気づいてしまったのだが、植物性の食材はこうして作るとしても、肉や卵、はたまた牛乳やチーズといった動物性食材はどうやって用意してるんだろう? そこをハジメさんに尋ねてみた。

 

『うふふ』

 

 あ、あれ? 妖精さんナンデ? なんか意味ありげなその含み笑いはナンデ!? 一気に不穏な雰囲気が広がったところで、どこからともなく寂しげなギターの調べが流れ出した。この曲は『ドナドナ』か!?

 

 ギターに合わせて歌う妖精さんの群れをかきわけて進み出たのは天さんの曳く荷車だ、そして荷台には牛の着ぐるみを着て手足を縛られたヘルダイバーちゃんが載せられていた。

 

 呆然と見送る俺をよそに、ドナドナを歌う妖精たちを葬列のように引き連れて荷車は空き地の隅、土管へと向かった。ちょっとこれヤバい展開じゃないのか!? 俺は荷車を止めようと走り出して、不意にすっ転んだ。俺の足下でブーツが『ガリバー旅行記』さながらに地面に繋がれていた。

 

 だがこんなもんで俺が止められるものか。クロス・アウッ!(脱靴) 御大層に叫んではみたが、その実はブーツのジッパーを下げて足を抜いただけのことだ。靴下裸足で空き地を駆ける、痛って小石踏んだァ! ケンケンで数歩進んでバランスを崩しつんのめる、妖精さんの葬列が悲鳴をあげて散った。だがこのカズヒラ・ミラーただでは転ばん、転んでもただでは起きぬ、媚びぬ、省みぬ! とっさのローリングで距離を稼ぎ、そのまま匍匐前進に移行して荷車に手を伸ばす。

 

『とめてはなりませぬ』

『でんちゅーでござる』

『われわれはいのちをいただいていきておるのです』

『いきもののごうからめをそらしてはなりませぬ』

 

 散っていた妖精さんがすぐさま戻ってきて俺のズボンを掴み、荷車を止めるのを阻止しようとしてきた。小さい妖精さんとはいえ何十人とたかられれば結構な重さだ、しかしこれくらいではまだ諦めんぞ! 俺はズボンのベルトに手をかけ再度クロス・アウッ!(脱衣)

 

 ふははは、なにを隠そう俺たちMSFは服を脱いだら動きが速くなるのだ! 「裸」は素早いんだぜ、パワー全開だぁ〜〜! ビキニパンツと靴下のみのほぼ全裸でなおも荷車を追う、捕った! 俺はいよいよ勝利を確信してヘッドスライディングで荷車に飛びかかった。

 

「人んちの裏でなに騒いでやがるのです!?」

 

 その瞬間電の怒声とともに飛んできたなにかが俺の顔面にジャストミート、痛アツゥイなぁにこれぇ!? 悲鳴をあげた拍子にとろける甘さが口中に拡がる、これは砂糖たっぷりのホットミルクじゃないか?

 

 我らがMSFの誇るほぼフル・モンティスタイルは、速度が上がるかわりに防御力は紙だ、あと持てる装備数も少ない。熱々のホットミルクを大きめのマグカップごとぶつけられては、さしもの俺もたまらず地べたをのたうち回った。パンイチの上に全身ミルクまみれで転がる姿は、ちょっとセンシティブすぎて家族には見せられない。しかもその隙に荷車は土管に入っていってしまった。すまないヘルダイバーちゃん、マモレナカッタ……

 

 荷車が土管を潜り出てきたとき、荷台に乗せられていたのはパック詰めされた食肉だった。アメリカ産牛肉肩ロース切り落とし(大)100gあたり194円、リアルにちょっとお値打ちな価格設定が生々しい。

 

 物言わぬ食肉のパックを前に、俺は先日叢雲が漣に仕掛けた唐揚げのイタズラや、皆のために作ったハンバーガーのことを思い返していた。あれも、あれも、本当は鶏や牛ではなく妖精さんたちだったというのか?

 

 せっかく友達になれたというのに、知らず知らずのうちにこんな形でお別れをしていたなんて、こんなに…… こんなに悲しいのなら、苦しいのなら、肉などいらぬ! 俺は今日からベジタリアンになるぞ! 震える手で拾い上げた牛肉のパックを抱きしめて慟哭しながら、俺は助けられなかった戦友の御霊に誓うのだった。

 

『へいへい、はにー? なにをないているの?』

 

 かけられた声に振り返れば、そこには普通にヘルダイバーちゃんがいた。ヘルダイバーちゃん生きとったんかワレ!

 

『きぐるみをぬいだだけよー?』

 

 なるほど、荷台の上では牛の着ぐるみを着ていたのに、今の衣装はなんかエグい面積の牛柄ビキニに変わっていた。ともだちなのに、おいしそう(無論性的な意味で)いやそうじゃねえって。

 

 

 南の島のデカいアリにたかられた状態での電のお説教の後、シャワーを浴びてロビーに戻ると、そこでは漣がスマホを眺めていた。なにを見てるのかと思ったら、先程の騒ぎの一部始終はこっそりバッチリ動画に撮られていたのだった。もちろんすぐ消すように求めたが、絶対にノゥ! と一言のもとに却下された。ぐぬぬ、こいついつか必ずひどい目に遭わす。

 

「カズ様」

 

 不意に漣が俺を呼んだ、いつになく真面目なトーンだった。

 

「妖精さんの仕事というのはですね、ぶっちゃけて言うとアレ全部ごっこ遊びなんですよ」

「ごっこ遊び?」

「お百姓さんごっこに肉屋さんごっこ、着ぐるみを本物の牛に見立てて、でも結果だけは本物のお肉になっちゃうんです。不思議でしょ? 多分それが妖精さんの力の肝なんです」

 

 俺がさっき見せられたものがまさにそうだった。牛肉のこともそうだが、空き地のうちわずか数坪の土地が瞬く間に水田と化して稲穂が実った。騒ぎのあとで気づけば刈り入れも終わっていて、一俵の新米が倉庫に運ばれていった。

 

 米の収穫量というのは、水田一反(300坪)で九俵(540kg)できれば上々であるという。普通に考えるなら、先程の狭い田んぼでは数キロの米ができれば御の字だ。単位面積あたりの収穫量だけで見ても十倍以上の高効率、おまけに開墾から収穫まで十分もかかっちゃいないし、コストは多分タダだ。こんなものが広まったら、日本のコメ農家はみんな廃業になってしまうだろうな。

 

「……カズ様はお気楽ですなぁ」

 

 俺がそんな感想を語ると、漣は呆れ顔でクソデカ溜息をついた。

 

「誰がお気楽だ、これがとんでもなく危険な技術になりかねないってことは理解しているつもりだが?」

「だってカズ様まるで他人事みたいに言ってますけど、お忘れですか? 漣たちもカズ様も、もしかしなくても妖精さんの産物みたいなものでしょう」

 

 ロビーにしばらく沈黙が流れた。そうだった、ここで暮らすうちにいつしか気にしなくなってしまっていたが、元々五十八歳だった俺が三十年分も若返ってアラスカから遠く離れたこの謎の島にいるのも、ここで出会った帝国海軍の駆逐艦の魂を継ぐ少女たちも、どちらにしてもまったくもって荒唐無稽な理外の存在、つまりは妖精さんのしわざなのだ。

 

「妖精さんの遊びに漣たちやカズ様の全存在が依存してるんです、それってとても怖くないですか? 妖精さんが遊びに飽きたら、もしかしたらこの島も私たちもなにもかも、泡になって消えてしまうんじゃないかって何度も考えました」

 

 漣は珍しく意気消沈しているようだ。何十年も前に沈んだ駆逐艦と、そしてたぶんアラスカの自宅で死んだ俺。今ここにいる俺たちは夢か、それとも死んだ俺が夢でここにいる俺が本物か? 中国にそんな故事があったな、胡蝶の夢だったか? でもどちらかといえば一炊の夢らしいところもある、この長い長い夢は、アラスカで死に瀕し倒れ伏す俺が見ている末期の夢かもしれないのだ。

 

「だからどうした」

 

 俺の強い語調に漣は目を丸くして顔を上げたが、これは別に漣にばかり言っているわけじゃなくて、自分自身に言い聞かせる言葉だった。

 

「この島の暮らしが夢だとか、考えこんで立ち止まるくらいなら俺は走るぞ。これが夢だろうが現実だろうが、俺は俺の行きたいところへ向かう。俺はおまえたちを全員日本に連れていくし、そしたら妖精さんの力でもう一度家族のもとへ帰るんだ。妖精さんは俺に約束したんだからな、価値ある未来を与えるとなぁ。俺は傭兵なんだ、命を張った代金はなにがなんでもきっちり取り立てるんだぜ」

 

 俺は漣の前で胸を張って笑って見せた。でも妖精さん相手にどうやって確実に取り立てるか、そいつは生憎ノープランだ。だが俺の基本方針はどこにいようと変わらん、まずは目の前の仕事をひとつひとつ片付けることからだ。

 

「よっし、まずは妖精さんとお話しだな」

 

 さっきはうやむやになってしまったが、艦載機妖精さんと、さっき見事な水田を作った妖精さん、あの子たちを集めてもう一度相談をしなくてはならん。航空隊を作るにあたっては彼女らの協力が不可欠だ。そして設置に適した用地の確保、必要な機体の選定、搭乗者の養成や運営にかかるであろうコストの算出。コストと言っても、この島では金の心配だけはする必要がない。ただし、これまで説明する機会がなかったことだが、もし兵器を運用しようとするならば、燃料・弾薬・鉄鋼・ボーキサイトの四資源といくらかのその他資材を必要とするのだ。

 

 これらの資源の多くは、実を言えばこの島のあちこちで妖精さんが採掘して得ている。ただ、それだけでは不充分とみた妖精さんたちはこの島周辺海域のあちこちにも出張していて、五月雨作成の海図にはその位置が緑の丸で示されている。子供たちが日に何度もせっせと繰り返している哨戒には、それらのポイントを周って資源を回収してくる仕事も含まれている。

 

 そして、この島に貯えられた資源の管理責任者は誰あろう電である。俺は妖精さんたちと折衝して基地航空隊開設の計画をまとめ、皆にプレゼンをかけた上で電の決済をもらわねばならない。あっ、なんだかだんだん気が重くなってきたような……

 

 

 空き地に戻る途中、今度は牛乳パックを積んだ荷車とすれ違った。乳搾りをしていたのか? さっきの牛柄ビキニ姿のヘルダイバーちゃんをふと思い出して、見たかったような見なくてよかったようなちょっと複雑な気分だった。空き地には主だった妖精さんたちがまだ残っていた。皆に声をかけて、俺は自らの大まかな計画を打ち明け意見を求めてみた。

 

 その時に、田んぼを作っていた妖精さんたちのリーダーを紹介された。さっきは農家のような格好だったが、今は黄色いヘルメットに作業着と、ハジメさんとよく似た服装をしていた。鶴嘴を肩に担いだ、二本垂らした三つ編みお下げがチャームポイントの妖精さんだ。本業は設営隊妖精さんらしいから、この子のことは今後は監督と呼ぶことにした。

 

『おはなしはよくわかりました。きちこうくうたい、じつにけっこうではありませんか。きょうりょくはおしみません、ぜひやりましょう』

 

 監督の反応は良好だった。泊地の防衛がうまくいっていて施設に被害を受けることもなくなった今、設営隊は仕事に飢えていた。それだけでなく、航空隊の搭乗員を募ることで妖精さんの雇用を増やせるのもありがたいと喜んでくれていた。なんだか自分が村おこしでも始めているような気になってきた。

 

『それでは、こうくうたいをどこへせっちしましょう?』

 

 この空き地じゃいかんのか? と聞いてみたが、この謎の土管が三本置かれた空き地はこの島の妖精さんたちにとって侵すべからざる聖域、大事な遊び場だそうだ。その聖域に常設の航空基地を造ってしまっては、今後の食糧生産にも悪影響を及ぼさないとは言えないというのがこの場の妖精さんたちの一致した見解だった。

 

『それに、きちをたてれば24じかんたいせいでかどうすることになります。きしゅくとうのすぐうらでそうおんをたててしまってはあとでいなづまさんがこわいですよ』

『やはり、きちはこうしょうからなるべくちかいほうがこうつごうのはずです。ばあいによってはすいじょうきをうんようすることもかんがえられます、うみにめんしていてみなさんのせいかつけんからもはなれたこうしょうちかくにおくのがいちばんてきとうでは?』

 

 これは棟梁やハジメさんの意見だ。しかし重要施設をあまり一処にまとめてしまうのは、奇襲一発でなにもかもやられてしまう危険性を考えると避けたい気もする。MSFのマザーベースだって、それで簡単に沈められてしまった苦い過去を思い出さされた。

 

『なにをいうのです、そのきけんからきちをまもるためにいるのがわれらではありませんか。じゅうぶんなにんずうときたいさえあたえていただけたなら、われらはせんすいかんいっぴきたりともこのしまへはちかづけさせませんぞ』

 

 これは零戦21型、通称おにいちゃんの発言だ。なんと頼もしいイケボ、兄貴って呼んでもいいだろうか?

 

 ともあれその後も皆で相談を続けた結果、滑走路は工廠の屋上に造る計画になった。滑走路と電探や観測設備だけを屋上に造り、機体はエレベーターで上下させる。格納施設は工廠内に造れば、機体の修理や補給もそこで行うこともできて都合がいい。もしも先手を取られて基地に空襲を受けたときも、機体を工廠内に退避しておける利点もある。

 

『さあ、それじゃあつぎははいぞくきたいのせんていよー! はにー? どんなきたいがほしいか、なにかきぼうはないかな?』

 

 すでにヘルダイバーちゃんをはじめ、艦載機妖精さんたちがテンション爆上げだった。それにつられてか、工廠妖精さんたちも久々の大仕事に興奮気味だ。しかし俺はずっと陸軍畑だったから、海軍の、ましてや太平洋戦争当時の航空機に関する知識となるとさほどの自信はない。とりあえず、どんな性能の機体が必要かを提示して、具体的な機種の選定は彼女たちに任せたほうがよさそうだな。

 

 そうだなぁ、戦闘機、攻撃機、爆撃機、偵察機、最低でもこの四種は絶対必要だ。さらに、それぞれの系統には出撃する子供たちを直掩できる航続距離の長いものと、泊地防衛のために足は短くとも強力な性能を備えるか、さもなくばコスパに優れた機種かのどちらかが欲しい。そんなざっくりした要望を皆に伝えてみた。

 

『ふーむ、あしのながいせんとうきをおのぞみなら、やはりこのれいせんふたひとをおいてほかにはありますまい。せいのうぶそくがきになるなら、すこしあしはみじかくなりますがれいせんごーふたをごよういください』

 

 兄貴の意見に皆が頷いている、じゃあ長距離用戦闘機はゼロ戦を作っていけばいいようだな。

 

『きちぼうえいようなら、しゅうすいなどはどうでしょう? ひこうかのうじかんこそみじかいですがあっとうてきなちからですよ』

『まてまて、ここのせつびだけでふんしききのかいはつはむりだ。しでんかいやれっぷうでもじゅうぶんいじょうでは?』

『できればすいじょうせんとうきもほしいぞ、もしかっそうろがやられてもどっくからとびたてるぞ』

『にしきすいせんか、つくれなくはないがかなりたかくつくぞ? いなずまさんがうんというかどうか』

「ならば瑞雲はどうだ? 瑞雲はいいぞ、巴戦もこなせるし、爆撃も偵察もできる。潜水艦退治もできる優れものの万能機だぞ」

 

 ん? 今聴き憶えのない声が聞こえたようだが。

 

『……いま、ここにだれかいましたか? いったいだれだずいうんなんていったやつは。あれはたしかにべんりだがきようびんぼうがすぎる。こうくうせんかんにでもつむならともかく、わざわざきちでうんようするようなきたいじゃないぞ』

『なにをいうか!? すいじょうきのあじわいをしらないしろうとはだまっとれ――』

『ほたえなぽんこつめ! たかだか200きあまりしかつくられなかったまいなーきがなにほどのものか』

 

 工廠妖精さんの一部が口論の末掴み合いを始めてしまった。ああ、思い返せばMSF時代の研究開発班もこんなことは日常茶飯事だった。限られたGMPをいくつもの開発チームが奪い合い、口喧嘩殴り合いは当たり前の毎日だったっけな。その争いをどうにかなだめて予算を配分し、ようやくできてきたのが段ボールの戦車だった時は頭を抱えた。だというのにこわごわスネークに報告してみたら大絶賛だったんだから、きっとあの頃の俺たちはみんな正気じゃなかったんだって今でも思うよ。

 

「みんなちょっと落ち着いてくれ。ロケット機や水上機の有用性は理解できるが、今はまず航空隊の陣容を揃えることが大事だ。できるものから作っていこう」

『ほかならぬかずさんのちゅうさいとはいえ、このりょがいものどものもうしようはかんべんなりませぬ。すいじょうきのゆうようせい? いったいあなたがずいうんのなにをしっているというのです、いいかげんなくちをならべてまるめこもうというのならただではおきませんぞ』

「瑞雲は、愛知航空機が生産した大日本帝国海軍の水上偵察機だ。機体略番はE16A、連合国コードネームは“Paul”。それ以前から十二試二座水上偵察機において水上偵察機と爆撃機の統合を図っていた帝国海軍が、巡洋艦搭載の水上急降下爆撃機によって劣勢を覆そうと期待した機種だ。愛知航空機ではこれに基づいて十四試二座水上偵察機、のちに十六試水上偵察機と改称される機体の開発を開始し、1942年3月には試作1号機を完成させた。性能試験の結果同年11月に採用が内定し、その後の実用試験を経て1943年8月に瑞雲一一型として制式採用された。その最高速度は448km/h、武装は主翼内装型20mm機銃2挺、13mm後方機銃1挺を搭載、さらには250kg爆弾で急降下爆撃まで行うことが可能だ。ちなみに水上機としては世界初の装備であった急降下爆撃用のダイブブレーキをフロート支柱部に備えるとともに、主翼には空戦フラップまで装備している珍しい例でもある。実戦においては当初企図されたような艦船での運用は乏しかったが、水上機基地に展開して終戦目前の一年足らずをフィリピン、台湾、沖縄としぶとく戦いぬいて戦果を挙げた。総じて水上機としては性能・攻撃力ともに他国の諸機種とは一線を画する性能を誇った、まさしく傑作といえる機種だな」

 

 俺が一息にそう言い切ると、工廠妖精さんの群れからおう、というどよめきが起こった。先頭に立っていきり立っていた妖精さんはすっかり毒気を抜かれた様子で二、三歩あとずさり、地に手をついて端座して俺に向き直った。

 

『おみそれいたしました、おくわしいのですな』

『もしや、あなたさまはいずれなのあるずいうんますたーだったのではありませんか?』

 

 そんな事実はござらん、ていうか瑞雲マスターって何だよ? でもどうして俺がこんなに語れたか、ちょっとタネを明かそうか。

 

 以前のMSFでは、マザーベースと陸地との連絡には主にヘリを利用していた。ベースの甲板に直接離着陸できる上にペイロードも多いし、小回りも利いて一番便利だったからだ。ただ、速度においてはジェットはもちろんレシプロ機にも劣るところは否めなかった。いずれこの速度差が役に立つことがあるのではないかと考えて、滑走路を持てないMSFマザーベースでも水上機の保有を検討したことがあったのだが、瑞雲についてはその時に知った。現代では当たり前のマルチロール機、そのはしりが日本でも生まれていたことに興味が湧いたという個人的な理由もあった。

 

 まあ、結果から言うとMSFでの水上機の採用は結局見送りとなった。着水した飛行機を海抜何十メートルというマザーベースの甲板まで吊り上げるなんて、危なっかしいことはなるべくやりたくなかったからだった。

 

『それでは、こうげききはどうする? わたしがいればとうざはまにあうかもしれないが、いずれはりゅうせいけいれつもひつようになってくるだろう』

 

 妖精さんたちが落ち着きを取り戻したところで、冷静な声で意見を述べたのは天さんだった。天さんいわく、天山はそれなりに強力な上、なかなかに遠くまで行ける機体なんだそうだ。ただ、ちょっと張りこんで流星や流星改を手に入れられれば、距離も伸びるし雷撃も強力になるという。そうだなあ、当面は天山さんに遠近両面で頑張ってもらって、徐々に艦攻隊の数を増やしながら上位機への更新を目指していこう。

 

『あと、これはわたしのせんもんがいなのだが、りくじょうこうげききはどうする? せっかくこうくうきちをつくるのなら、こういうおおがたきもうんようしていかないともったいないぞ』

『ほしいのはやまやまですが、あれはほんとうにたかくつきますからなぁ。とはいえ、ひつようになってからつくりだしてももうおそいということもあります。ただ、いまはすぐにせめねばならないもくひょうがあるでなし、そこはふところじじょうとそうだんしながらおいおいやっていきましょう』

 

 天さんと工廠妖精さんたちが互いに納得して、攻撃機についての話は大体まとまった。

 

『それじゃあ、やっとぼまーのはなしができるわねー? わたし、あしのながさにはちょっとじしんあるのよ? かんたいちょくえんは、わたしにまかせてね?』

 

 ヘルダイバーちゃんが大きく胸を張った。詳しく聞いてみると、艦爆は日本機よりアメリカ機の方が航続距離が長めになる傾向があるようだ。それなら米艦爆をもっと増やしていきたいところだが、あいにくここの設備では米軍機は作れないらしい。そういうわけでヘルダイバーちゃんの言うとおり艦隊援護は彼女に任せて、基地防衛用には彗星系列を狙いながら数を揃えていくことにした。

 

 ゆくゆくは輸送機や早期警戒機といった、直接戦闘には参加しないような機体も欲しいものだが、まあ最初は少しずつ揃えていこう。ここまでの話で大体の方針はとりあえず見えてきたので、俺は相談に乗ってくれた皆に礼を言うと、ハジメさんを伴って自室に戻った。ハジメさんを連れてきたのは、航空機を揃える具体的なコストについて教えてもらうためだ。今から基地航空隊の開設計画をレジュメにまとめ、皆に発表する前にまずは電から根回しをしておきたい。




 お待たせしました、グラサン提督第二十三話をお届けします。どうも最近一話ごとが長くなりすぎる癖がついて、今回も本来なら一話で済ませるところを、あまりに長くなりすぎて途中で切りました。それでもなおいつもより長い。

 前回更新から二月近く空けた間に、艦これ界隈ではイベントは終わり(ブルックリンとマサチューセッツを掘り逃しました)ハロウィンイベが終わり(もっと漣に食わせたかった)今年も秋刀魚漁が始まりました。

 そして悲しい別れもありました、あまりに早すぎる訃報でした。彼女の描くやようー改二、見てみたかったなぁ。

 初報から何年待ったことか、アニメ二期も始まりましたね。うちは地上波放映される地域でないので、ABEMAで見ています。これ上げ終わったら、第二話観に行くんだ……

 それでは、また次回のグラサン提督でお会いしましょう。
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