グラサン提督   作:カレー味

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 いつ海第四話が三週間延びたのでかなしみの更新です。


第二十四話 大エロ捜査網

 しばらく書き物をして、程良い予算で無難な計画書がほぼ形になった頃、ドアを小さくノックする音と棟梁の声が聞こえた。

 

『おいそがしいところにもうしわけありませんしゃちょー、はいってもよろしいでしょうか』

 

 おや、いつもは勝手に入ってくるのに珍しいな?

 

『いまてがふさがっているのよ、あけてちょうだい?』

 

 こっちはヘルダイバーちゃんの声だ。なんの用かなと思ってドアを開けてやると、艦載機妖精トリオと棟梁ら家具妖精さんの一群が俺の部屋に麻雀卓を運びこんできた。

 

「なんだ、今は忙しいから遊ぶのはこれが終わった後にしてくれないか」

 

 俺も麻雀は嫌いではないが、まずは仕事を片付けないとな。しかし艦載機トリオはそれには答えず、俺の計画書を読みながら何事か相談していた。

 

『そつじながらかずどの、これはいけません』

『はくちのぼうえい、きんかいのしょうかい、しゅつげきかんたいのちょくえん、さらにえんぽうまでのたんさくをぜんぶこなそうとするなら、このきぼではぜんぜんてがたりないな。とうじょういんのくんれんにもじかんがかかる、てをうっておくならはやいにこしたことはない。さいしょからもっとおもいきったけいかくにするべきだろう』

『はにー、せつやくはだいじだけどけちくさいのはだめよ? もっとぱーっとけいきよくいきましょう?』

 

 誰がケチか!? そう俺だ! はっきり言っておくが、俺が今までの人生で何度ケチと言われたことか! ケチって言われるたびに5セント貰ってたら今頃大金持ちだぜ!

 

 決して貧乏でこそなかったが余裕はなかった少年時代、お袋の治療費のために働いた自衛官時代、組織の台所を預かって日々やりくりを続けた傭兵時代! 俺の人生の大半は質素倹約を強いられてきたんだ、ケチになってなにが悪い!? そもそも基地航空隊は俺が言い出したことだが、だからこそなおのこと放漫経営はゆ゛る゛さ゛ん゛!!

 

『だったら、まーじゃんでしょうぶよ!』

 

 な、なんだってー! ……まるで脈絡が見えてこないがすごい自信だ、議論ではなく麻雀で雌雄を決することが正しいと一瞬でも思ってしまったくらいだ。

 

『れーとはぼーきさいとをきじゅんにして1000てん100ぼーき、かってもまけてもうらみっこなしのはんちゃんいっかいぽっきりのしょうぶよ。わたしたちのかちぶんをそのたのしげんとともにせいさんけいかくにうわのせしてもらうわよ?』

 

 それ、俺が勝ったらどうなるんだ? 実質三対一の勝負の上に、勝っても俺にはメリットがなにもないんだが?

 

『うふん』

 

 ヘルダイバーちゃんは妖精さんらしからぬ艶然と媚びた微笑みを見せると、俺の前に一枚のDVDを差し出した。それは日本製の、えーっと、大変言いにくいが普通には売ってないような裏めいたえっちなDVDだった。

 

『わたしたちがとじこめられていたそうこのおくふかくに、たくさんしまわれていたのをかくしておいたのよ。はにーがかったらぜんぶあげるわ。もちろん、あのこたちにはないしょよ?』

 

 これが普段の俺だったなら、なんだそんなものかと一笑に付したかもしれない。しかし、この島での数ヶ月間の禁欲生活、その弱みをピンポイントで突いてくる提案に思わず俺は生唾を呑みこんだ。研究室のノートPCを持ってくれば、この部屋でこっそりDVD鑑賞を楽しむことは難しくないはずだ。まあ、人に見られたくないことをしている時に妖精さんが勝手に入ってくる可能性はそれでも残るわけだが。

 

「いいだろう、勝負しようじゃないか」(精一杯のイケボ)

 

 スケべ心を狙い撃ちされてまんまと乗せられた気はするが、まあ半荘一回だけなら大した負けにはなるまい。たしかに俺の計画は少々ケチ杉田、いやケチ過ぎたのは俺自身も自覚している。だがそれは計画を通しやすくするためのことで、まずは航空隊基地さえ造ってしまえば実績次第で後から増強はいくらでもできる。正直に言えばそんななし崩し的な計算があったんだが……

 

 さてルールは25000点持ちの30000点返しでウマはなし、食いタン後付けあり、ダブロン上家取りだがトリプルは流局だ、あと赤牌はなし。もっと細かいあれこれは省くが、おおむね雀荘と競技を折衷したような家庭麻雀的なルールだった。

 

 家具妖精さんの匠、棟梁の手による麻雀卓はサイコロこそ手振りであるものの、それ以外はほぼ全自動だった。動作もかなり静かだ、いったいどういう構造になっているんだろう? ちょっと自宅にも一台欲しくなるぞ。

 

 サイコロを振って起家は俺、配牌は悪くない。ドラも含みつつ素直なタンピンに伸びていきそうな手だった。

 

『ろん。ちゅんいーぺーこーどら2、まんがんよ』

 

 のっけからの好配牌に浮かれていた俺は、早い巡目からいきなり上家ヘルダイバーちゃんのダマ満貫を喰らった。なんだと……!

 

『さいさきいいわね、もっとのばせたてだけどはにーからでるならでばさいよ』

 

 東一局にデバサイはない! いや落ち着け俺、こんなもんは交通事故みたいなものだ、俺はミスはしてない。半荘は長いんだ、ここからまだ取り返していける!

 

『ろん、たんやおさんしょくの5200』

『つも、めんたんぴんつもで1300、2600』

 

 こ、この子たち、強い……! だが俺も負けてはいられん。対面のおにいちゃんから立直がかかったが、俺もドラ暗刻を含む四面待ちの聴牌だ。チャンス手で引き下がれるか、追っかけ立直!

 

『ろん! りーちいっぱつ…… あんこにうらがのった、ついてるな。りーちいっぱつどら3で12000』

 

 そんな調子のまま、最初の半荘は南場まで回る前に俺はトバされてしまった。

 

「このままいいとこなしのままでは引き下がれん。頼む、もう半荘勝負してくれ!」

 

 俺は諦めきれず畳に額を擦りつけるように懇願した。三人は笑って快諾してくれたが、後から思い返せばあれはいいカモを見つけたバイニンの笑顔だったんだなぁ。すっかり底なし沼に引きこまれた俺は、泣きの一回どころかその後も何度も負け続け、気がつけば俺の負けは艦載機レシピおよそ300回分まで膨れ上がってしまっていた。

 

 勝負が終わったのはそろそろ昼前にさしかかる時刻で、俺が逆転トップを逃した最後の半荘が終わった直後のことだった。棟梁に用事があって探しに来た電に、俺の部屋に踏みこまれたのだ。

 

「ふぅん、麻雀なのですか。ミラーさん、ずいぶんと負けがこんだのですね」

 

 点棒の収支をメモったノートを拾い上げて電がつぶやいた、いぶかしげな声だった。

 

「おや、これは? 基地航空隊設置計画……?」

 

 パラパラとノートをめくっていた電の眼の色が変わった、内容を真剣に読みこみながら頭の中で算盤を弾いているのがわかった。

 

 その時、卓を運びこんだ後は麻雀に加わるでもなく見物していた家具妖精さんの一人が何事か電に耳打ちして、電の眉がみるみる逆立った。それを見て棟梁が部下たちに大声で問いただした。

 

『おい、あいつはだれだ!? あんなやつをやとったおぼえはないぞ!』

 

 その家具妖精さんは一度電の背後に引っこみ、出てきた時は黄八丈の着流しに黒羽織、両刀とともに十手を帯に差した姿に早替わりしていた。お、隠密同心か!?

 

「なるほど、航空機開発に回す資源の規模を麻雀で? 特警さん、とりあえずこいつら全員拘束するのです」

 

 電がそう命じるとともに、御用提灯ならぬ特警と墨書された提灯を掲げた捕り手の群れが室内になだれこんできた。

 

『ごよー、ごよーだー』

『しんみょうにおなわをちょうだいしろー』

『るぱーん、たいほだるぱーん』

 

 工廠妖精さんや家具妖精さんはもとより非戦闘員であるし、艦載機妖精さんも艦載機なしにはなにも抵抗できない。瞬く間に皆は囲まれ、室内は制圧されてしまった。

 

「さて」

 

 電はおもむろに麻雀卓に歩み寄ると、いきなり天板を勢いよくガバリと開いた。小さな影が二つ飛び出そうとしたが、突き蹴りの速度ならここじゃ一番の電のハンドスピードからは逃れられず、あえなく捕まってしまった。

 

「初めて見る妖精さんなのですね、お名前をいただいてもよろしいのです?」

 

 二人組の妖精さんは、一人は黒髪のツーサイドアップ、咥えた苦無とたなびく白マフラーがそこはかとなくニンジャだ、ニンジャナンデ? もう一人はピンクのやたら長いサイドテールが妙に目を引く。

 

『……』

『れいしきすいじょうていさつきひとひとがたおつかいやていです、ながいですけどなまえだけでもおぼえてくださいね、ねっ』

 

 苦無の子は黙秘したが、サイドテールの子は構わず素直に白状した。

 

「夜偵? 夜間偵察機か、そういや夜のことはまったく考えになかったな、夜にも飛べるなら助かるなぁ」

 

 レーダーや暗視装置の発達した現代なら、航空機の夜間飛行は珍しいことではない。しかし、この島の皆が使う兵器は、ほぼ太平洋戦争当時の技術水準に則っているのだ、夜間飛行は決してたやすいことではない。自分の見落としを指摘してもらった気がして、俺はつい今の立場も忘れて口走ってしまった。捕り手妖精さんが俺の頬っぺたを鉛筆サイズの袖絡みでつついた、やめてそれ地味に痛い。

 

「電は麻雀のことはあまり知らないのですが、あなた方が座卓に潜んでいたのは、イカサマをするためなのですね?」

 

 全自動卓だと思っていたのに、まさかこんなアナログでアナクロな手動積みこみ麻雀卓だったとは。このカズヒラの眼をもってしても見抜けなかった!

 

「ミラーさん、年中サングラスなんかかけてるから眼が曇るのです」

 

 いや、ここしばらくはグラサンかけてねぇし! こないだ海でなくしてそのまんまだよ、代わりにしようと思った溶接眼鏡は大不評だったしさぁ……

 

「さあ、もうじきお昼ですから下に降りるのですよ、でもその前に軍法会議なのですね」

 

 気がつけば俺は腰縄をかけられていた。ついでにイカサマ麻雀の首謀者一味、実は五人いた艦載機妖精ズと共犯者の棟梁、あと重要参考人としてハジメさんが干し柿のように吊るされている。ううっ、たしかに俺は法律なんてあってないような土地で、倫理スレスレの悪事ならこれまでの人生でいくらでもやってきた。決して清い身ではないのは確かだ、戦場でなら捕虜にされたことだってある。しかし、こうして罪人として縄目の恥辱を受けるのは初めてだよ。もうお婿にいけない、じゃなくてもう家族に合わせる顔がないぜ……

 

 

 逮捕されなかった妖精さんたちもゾロゾロ引き連れて階下に降りると、朝の哨戒から帰ってきていた叢雲と五月雨が茶飲み話をしていた。二人が俺の情けない体たらくを見るやいなや、叢雲は咽せて五月雨は茶を噴き出した。

 

「カズヒラさん、それ捕物帖ごっこかなにかですか」

「カズ、あんた今度は何やらかしたのよ!?」

 

 ごめん五月雨、すまん叢雲。絵面は遊びに見えるかもしれんが、これわりとマジな話なのねー。叢雲の大声を聞きつけた吹雪がキッチンから顔を出して怪訝そうな目を向けている、あと漣はわけも知らずに人を指差してゲラゲラ笑い転げるのやめろ。

 

 今日の昼飯はクラブハウスサンドイッチとサラダだ、ドリンクはアイスティーが添えられている。しかし、被告人である一部妖精さんと俺にはまだ飯は出てこない。電の口から皆に事件の経緯が説明されて、食事を取りながら裁判が行われるようだ。

 

「ふぅん、基地航空隊の規模を麻雀でねぇ」

「上層部の腐敗ここに極まれりというやつですな」

 

 叢雲と漣はあまり関心なさげな口振りだ、二人にとっては目の前のサンドイッチの方がよほど興味の対象らしい。被告人としてはなんか拍子抜けしてしまうな。

 

 電の説明では俺が勝った場合の賞品、エロDVDの件はうまく伏せられていた。賭場に密偵を入れていた電がそれを知らないはずはない、武士の情けで配慮してくれたのか、あるいはまだ切るべきカードではないと思っているのか…… 俺にはわかりようがなかった。

 

「それで、カズヒラさんはいったいどれくらい負けちゃったんですか?」

 

 五月雨の無慈悲で無邪気な質問には電が答えた。艦載機開発レシピにしておよそ300回分、ボーキサイト30000ポイントあまりと、その他資源もそれ相応の量だ。

 

「なぁんだ、もしかしたら私たちみんなこの島を追い出されるのかと思っちゃいましたよ」

 

 吹雪がホッと胸を撫で下ろした。俺の借金の片に皆がここを追い出されるいわれはないのだが、仮にこの島に妖精さんだけ残ったとしていったいなんになるというのだろう?

 

「率直に言えば、駆逐艦五隻しかいないこの島で数年かけて資源を溜めこんできたのです、そのうち倉の床が抜けそうな勢いで資源には余裕があるのですよ。ましてや電たちには無縁のボーキサイト、有用な使い途を提案してくれるのはむしろありがたいくらいなのですが、」

 

 電が一度言葉を切ったところで、叢雲が横から口を挟んだ。

 

「まあ、みんなで毎日せっせと稼いだ資源を断りもなしに博打の種にされたら、それはムカッ腹の一つくらい立つわよね。 ……電、どうする? こんなもの、どうせイカサマ博打の借財なのよ? たとえ踏み倒したところで文句なんか言わせはしないけど、それでも私たちにも利のあることには違いないんだし、半分くらいは呑んであげてもいいんじゃないかしら?」

 

 ふむん、と一息溜めて、電はどこからともなく取り出したデカい承認印を計画書に押した。俺が言うのも変な話だが、いいのマジで? オールOK? パンくずにまみれながらサンドイッチに齧りついていた妖精さんたちにも、驚きを隠せないざわめきが広がった。

 

「いえ、釈然としないことには違いないのですが、ここはあえてこの計画を丸呑みしようと思うのです」

「電ちゃん、いいの? これまでがんばってやりくりしてきたのに」

 

 吹雪が心配そうな顔をして尋ねたが、電はそれをきっぱり否定して演説をぶち始めた。

 

「吹雪ちゃん、我々はここで恩給生活を続けるためにやりくりをしてきたわけではないのです。この海の平和のために、いつかはここを出て日本へ帰る、それこそが本意なのです。幸いなことに先日は叢雲ちゃんと五月雨ちゃんがきっと艦隊の助けになる不思議な能力に目覚めました、まあ電たち凡人組にはまだ何もないのですが、凡人組にはまだ何もないのですが!」

 

 凡人を強調して二度言った、まだ気にしてたのか電よ?

 

「……こほん。そして今、長いこと行方知れずだった艦載機妖精さんが復帰して、今こそ戦力増強のチャンスなのです! この島の守りをしっかり堅めた上で、ここを足場に我々五人が討って出られる体制を整えるのです。航空隊とともに周辺の探索をもっと広範囲に拡げ、まずはこの島の位置を知る手がかりを見つけて、いずれは日本への航路を見出すのです!」

 

 俺が温めていた計画をほぼ全部電の口から言われてしまった。電が宣言した次の瞬間、その場の全員から割れんばかりの歓声と拍手の渦が巻き起こった。ノリやすい妖精さんたちなどはもはやボルテージも最高潮、声を揃えて電コールの大合唱だった。

 

 歓声が止む頃を見計らって、電は演説に続いていくつかの提案を述べた。

 

「そういうわけなのですから、まず工廠妖精さんと艦載機妖精さんは、計画にしたがって航空機の開発に取りかかってもらうようお願いするのです。あと、艦載機を揃えたら月毎くらいの運用コストを見積もってもらえればなお助かります」

 

 工廠妖精さんがほぼ全員直立不動で敬礼した。艦載機妖精さんとハジメさんはまだ俺の腰にぶら下がったままだったが。

 

「それから、航空基地の設置については設営隊の皆さんにお願いします。工廠の屋上に建てるということですが、問題があるようなら早いうちに報告を上げてください」

 

 監督がまかされた、と力強く頷いた。電ちゃんいつの間にこんなに立派になって…… 果敢に決断し、堂々と皆を指揮しはじめたその佇まいからは、なんだかビッグボスを思い出させるほどのカリスマすら醸し出しつつある気がする、なんか喋り方まで変わってるし。

 

「とは言っても、電たちは航空機やその基地についてはまったくの素人なのです。建設の過程や実際の運用においては、ミラーさんにも助言をお願いしたいのです。 ……ミラーさん、ミラーさん? ちゃんと聞いていたのですか?」

 

 電がこんなに立派になったのならもう俺いらなくね? ひょっとしてもう帰れる? おうち帰れる? とかよそ事を考えてたところで俺に話が振られた。

 

「もちろんだ。まあ俺も陸軍畑の出だから、航空機運用は専門外なのは君らと一緒だ。ただ、小規模な基地の建設についてなら何度も経験がある。わからない点についてはハジメさんや艦載機妖精さんたちもいてくれるしな、任せてくれ」

「よろしいのです。それでは、基地の話はこれくらいにして、泊地内での賭博行為についての判決を言い渡しましょうか」

 

 いきなり振られた話に上手く返事ができたと俺が安堵したところで、電はニッコリ笑って宣告した。エッ、その話まだ続いてたの!?

 

「まず棟梁と家具妖精さん、ハジメさんと工廠妖精さんたちについては無罪とするのです。工廠妖精さんたちは賭博行為にはおおむね無関係だったとわかりましたし、イカサマに使われたテーブルについても、元々全自動の麻雀卓として作られたものの中身を抜いて、中に隠れた妖精さんがイカサマをするよう勝手に改造されていたこと、特警さんの調査より報告を受けているのです」

『かんだいなおさばきにかんしゃいたします』

 

 縄を解かれた棟梁の言葉とともに、家具妖精さんならびに工廠妖精さんが平伏して深々と一礼した。ハジメさんも嫌疑が晴れたことで縄から解かれる。

 

「しかし、イカサマ賭博の首謀者、艦載機妖精さん五名とカズヒラ・ミラーさん。イカサマとはいえ勝負は勝負、負けは負けとして呑むのですが、皆の資産の使途を博打で左右しようとした罪は重いのです。よって、あなたがた六名には明日より一ヶ月間、入渠ドックの掃除を命ずるのです!」

 

 うぐぐぐ、また風呂掃除の刑か。MSFでの苦い思い出が思い出される、だがこれも自業自得というやつだ。しかも俺はまだ電にエロDVDの弱みを握られたままだ。これが皆にバレた日には、今後のここでの暮らしは針のむしろになるだろう、うかつに逆らうことはできん。絶対服従を強いられているんだ!

 

「それでは、これにて一件落着なのです!」

 

 一言の異論を挟むこともできずお白州で土下座する俺たちに結審が告げられて、軍事裁判は終わった。

 

 

 裁判の後、俺たちにも普通に昼飯は出た。食器を片づけてキッチンを出ると、廊下の奥から電が手招きをしていた。黙って工廠の方へ先行した電を追うと、彼女は工廠の裏で俺を待っていた。伝説の樹の下ならぬ工廠裏、そこには設営隊妖精さんの手によってか、屈めば大人でも入れるくらいの穴が掘られていた。えぇ…… まさか俺埋められちゃうんじゃないよな、なっ?

 

 そこへ特警妖精さんたちが段ボールを運びこんできて、箱の中身を穴にあけた。なんということか、それはまさしく俺が焦がれた賞品、えっちなDVDの山に相違なかった。一言をも挟む暇もなく油が撒かれ、すぐさま火がつけられた。素人娘ナンパも割り切った人妻も、痴漢電車もラブホ流出も、なにもかもが黒煙をあげて燃えてゆく。ああ、でも…… 燃える炎、なんだか綺麗だ…… 俺はいつしか敬礼の姿勢をとって、立ち昇っては海風になぶられて消えてゆく煙の行方を見送っていた。

 

「大の男がなにを泣いているのですか」

 

 俺の側に立っていた電が心底呆れた様子で訊ねた。泣いてなんかいない、これはなんか身体に悪そうな煙が眼に滲みただけだ。それに、仮に泣いたとしてなにが悪いか。いったいこんな島で誰がそれを集めたのか知らないが、あれはきっといつかどこかの男たちの夢だったんだ。電にはわからないだろう?

 

「さっぱりわからないしわかりたくもないのです」

 

 はっきりとトゲのある拒絶の声だった。

 

「ただ、納得も共感もできないのですが、理解くらいはするのですよ?」

 

 急に口振りが変わった、周りを気にして密かに囁くような小さな声だった。これは俺の聞き違いだろうか、どゆこと? と聞き返したくて振り向くと、電は俺のカーゴパンツのポケットになにかを押しこんだ。手で探ると、それはDVDのパッケージらしかった。うつむいた電の表情は窺えないが、耳まで真っ赤になっているのだけはわかった。

 

「こんな汚らわしいもの見たくも触りたくもないのですが、一枚だけ抜き取っておいたのです。どこで誰が見ているかわかりませんから、ここで出すんじゃねぇのです」

「いいのか」

 

 電はブンブンと、髪留めが飛びそうな勢いでかぶりを振って答えた。

 

「よくないです、よくはないのですが…… ひょっとしてミラーさん、あなたはまだこの電が見た目通りの潔癖症の小娘だと思っているのですか?」

 

 うん、わりと。あとちっちゃ可愛いのに怒らすとおっかない生真面目学級委員長キャラだと思ってた。

 

「心外なのです、こう見えて電は前世じゃ二百人からの軍人さんを乗せて海を征くお船だったのです。みんな若くて血気盛んな殿方ばかりだったのですよ、その暮らしがどんなだったか、ミラーさんにだっておおかた想像がつくのではないのですか?」

 

 まあ、当時の帝国海軍には女性兵士はいなかったからなぁ。俺たちMSFにだっていくらか女性兵士はいた、兵士じゃなくてもパスとかセシールみたいなアイドル的存在もいた、あのストレンジラブにだって非公認ファンクラブがあったくらいだ。電の前世についての話を例えるならば、そのような一服の清涼剤すらなく海上に孤立した男子校。想像するだけでも恐ろしいな。

 

「ヘルブック、ヘルピク、ヘル談…… 暇があれば寄り集まってそんなことに興じていたのです。もううんざりなのでした」

「でも、一度海に出てしまえば、彼らは皆ひとしなみに明日をも知れぬ身の上だったのです。そんな生活の中でささやかな心の慰めにしているものを、電の好き嫌い一つで取り上げてはならないのです。だから、ミラーさんにも一枚だけ、一枚だけなら電は目をつぶるのです。みんなには内緒でこっそり観るのですよ」

 

 うぐぅ、これは効いた。ずっと昔受けたスネークのパンチよりも、ここに来た日の五月雨の投げよりも、電の勇気と優しさがずっと胸に沁みた。こんなものをここまで運ばせて、途中で誰かに見咎められたらかえって自分があらぬ疑いを受けかねない。そして、一枚だけでも俺に渡してしまえば電も共犯みたいなものだ。こんなことをしなくても、黙ってDVDを取り上げたってよかったし、皆を焚きつけて俺を糾弾してもよかった。そっちの方がずっと楽だったはずなのに、電は自ら危険を冒してまで俺の立場を慮ってくれた。なかなかできることではない。

 

「"Who dares wins."……」

「? なんて言ったのです?」

「『危険を冒す者が勝利する』、SASの掲げるモットーだ。SASは英国陸軍の特殊部隊、俺も短い間だったが教官を務めたこともある。世界に先駆けて結成されたSASは、続く世界各国の特殊部隊のお手本となった。その設立に多大な貢献があったのが、君たちも知るザ・ボスだ」

 

 まあ、この言葉を引いたのはただの連想からだ。しかし、確かにザ・ボスの教えは今なおこの子にも生きている。さっき、電の姿にビッグボスがダブった理由が少しわかった気がした。俺は電からビッグボスではなく、その向こうにいるザ・ボスの影を感じ取ったのかもしれなかった。そのきっかけがエロDVDというのはなんとも俺らしくて情けない話だが。

 

 DVDの山はほどなく燃え尽きて、残りカスも設営隊さんが埋め戻し、ここでなにがあったのか見た目にはすっかりわからなくなってしまった。残ったものは俺のポッケの一枚だけ、これだけは誰にも知られてはならない。バレたとしても電の名は絶対出すまい、倉庫漁り中にたまたま俺が自分で見つけたことにしよう。

 

「電はですね、本当のところミラーさんには感謝しているのですよ。わけもわからずこんな孤島に連れて来られたのに、愚痴ひとつ言わずに電たちを助けてくれてるのですから」

「そうなのか、俺としてはザ・ボスやストレンジラブ程にはお役に立ててないんじゃないかと反省することしきりなんだがな」

 

 それに色々といらんこともやらかしてくれるのです、と言って電はクスクス笑った。

 

「まあ、正直に言ってしまえば俺だって別に君たちのために奉仕しているわけでもない。俺が君たちを助けようとしているのは、そうすれば俺の家族を取り戻せると信じているからさ。だから変な遠慮はしなくていいんだぞ、俺を役立ててくれ」

「それは嬉しいのです。そんな意気ごみを聞かせていただけるなら、もう一枚くらいボーナスを差し上げたかったのですが…… 全部焼けちゃったのです」

 

 うん、その言葉ちょーっと遅かったな。なにもかもすっかり焼けて、埋め戻した跡すら実作業を目の当たりにしていた俺にももう判然としない。あれは夢か幻だったんじゃないかと思うばかりだ。だが俺はまだあきらめんぞ、まだ手付かずのガラクタ倉庫は残っていたはずだ。そこにはまだ、俺が望むものが残っているかもしれん。今度こそ、誰よりも先にお宝ゲットだぜ!

 

「それでは、基地建設の件よろしくお願いするのです」

 

 ペコリと一礼して電は寄宿棟に戻っていった。俺はさりげなく工廠横の研究室からノートPCを持ち出し、ロビーにいた子たちの目を避けて自室に戻った。鑑賞会は皆が寝静まってからにして、まずはこのDVDの安全な隠し場所を確保しなくてはなるまい。

 

 フィーヒヒヒ、さて電がくれたのはどんなやつなのかなぁ? ヒャアがまんできねぇ、パッケージだけでも見ておくか!

 

『アイコ六十歳 あたしゃまだ現役だよ』

 

 ……電、ろくに見ないで適当に選んだんだよな? これ、大ハズレだよ。

 

 結局このDVDはあとでハジメさんに解体してもらった。プラとアルミを含んでるせいか、ほんのちょびっとの燃料とボーキサイトが得られた。




 今週で源氏の嫡流が絶えてしまったのでかなしみの後書きです。

 電ちゃん、改二はこないし時報もない、限定グラも非常に少ない、わずかなゲーム中ボイスからキャラを立てるには、もう語尾を全部なのですにするかはわわわ言わせるかぷらずま化させるかくらいしか手がないというかなしみ。運営さんもっと電ちゃんにスポット当ててあげて……
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