グラサン提督   作:カレー味

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第二十六話 おそるべき子供たち

「俺はここには初めて入るが、まるで防空壕のようだな」

『そのとおりです、ここにはこのはくちのさいじゅうようしせつがあつめられています。いざというときにはぼうくうごうとしてもきのうしますよ』

 

 ここはハジメさんに招き入れられた入渠ドックのさらに奥、コンクリートの階段を入渠ドックから地下二、三階分くらいまで降りたろうか。おそらく海抜にしてマイナス十何メートルくらい、方角的に見てほぼ泊地の本棟や寄宿棟のある高台の真下に当たる場所なんだろうと思う。窓もない地下であるにもかかわらず、じめつく湿気やカビ臭さなどは感じられなかった。ここはきちんと空調設備が整えられた、管理の行き届いた空間だと思った。

 

 ハジメさんが作業の準備をしている間に、意外なほど広い室内をざっと眺め回してみた。室内には見た目から想像がつくものだけでも、おそらく海水から真水を取り出す造水器や、その真水からさらに不純物を取り除く純水器に、それらはもちろん地上の工廠や生活空間でも利用する電力を生み出す発電施設、さらには発電で発生した熱を利用したボイラー設備なども備えているようだ。その他にも、もう俺の知識だけでは用途の想像すらつかない多くの機械が並んでいた。

 

 そして一番目を引くものはそれらの機械群が取り囲む部屋の中央にあった。ちょっとした広場様のスペースに、いかにも目立つガラス張りのハッチがついたカプセルが五基、意味ありげに並んで鎮座していた。

 

 カプセルは大人が横になれるくらいの大きさで、今は中身が空のようで蓋は細く開いていた。カプセルの基部からは多くの配線や配管が周辺の機械群や測定機器らしきものに繋がっている。

 

「なんだこれは……」

 

 そう呟きながら俺はカプセルに歩み寄ろうとしたが、その時背後からハジメさんが呼ぶ声が聞こえた。

 

『かずさん、じゅんびがととのいました。はじめましょう』

 

 ハジメだけに? だが今度はダジャレは飛んでこなかった。いやそれはどうでもいい、ここの設備について何も知らない俺はいったい何を手伝えばいいんだ?

 

『そくていとかんさつはわたしがやります、かずさんはわたしがしじするとおりにばるぶをそうさしてください』

 

 ハジメさんの前にはいくつもの色分けされたバルブやメーターがあり、またそれらの中央には小さなモニターがあってグラフやら数値やらが表示されていた。

 

『でははじめます。しゅすいがわすいしつよーし』

「しゅ、取水側水質ヨシ!」

 

 さっぱり意味はわからないが、俺はとりあえずハジメさんがモニターの表示やメーターの針を指差し確認するのを復唱した。

 

『しゅうふくざいせいぶんよーし』

「修復材成分ヨシ!」

『ぞうすいきどうさいじょうなーし』

「造水器動作異状なし!」

『じゅんすいきえれめんと、じゅんすいきどうさいじょうなーし』

「純水器エレメント、純水器動作異状なし!」

『かずさん、あおいばるぶをあけてください。とりあえず、りゅうりょうけいのはりがまうえにくるまでです』

 

 言われるままに俺が少しずつバルブを開けると、造水器に付属する流量計の針が上がっていった。少しバルブを調節すると、すぐに針は真上で安定した。どうやら難しいことではなさそうだ。

 

『まみずのせいぶんいじょうなし、じゅんすいきへのこっくをあけます』

 

 ハジメさんがコックを捻ると、純水器の計器の針が動きはじめた。

 

『じゅんすいせいぶんいじょうなし、りゅうりょういじょうなし』

『ぼいらーどうさいじょうなし、おんどいじょうなし…… かずさん、つぎはあかいばるぶをすこしずつあけてください。それでじゅんすいがぼいらーにとおります』

「了解、少しずつだな……」

 

 今度は赤いバルブを少しずつ開けていったところで、計器を睨んでいたハジメさんが俺を制止した。

 

『すとっぷ。 ……すいおん、すいしついじょうなし。おんすいをこんごうきがわへきりかえます、ばいぱすかっと、こんごうきへのこっくをあけます』

 

 ハジメさんがいくつかのコックを操作すると、彼女のそばの機械がわずかに唸るような音を立てはじめた。その機械には緑色の液体が入った半透明のポリ容器がセットされている、これが高速修復材ってやつだろうか?

 

『かずさん、わたしがこんごうひをみていますから、もういちどあかいばるぶのそうさをおねがいします。こんどもすこしずつですよ、おんどがあがりすぎるとやくざいがだめになりますのでしんちょうにおねがいします』

 

 俺が再びバルブを開けはじめると、ハジメさんは真剣な目でモニターの数値が変動するのを睨んでいた。 

 

『すとっぷ。 ……いいかんじです、すいおん、りゅうりょういじょうなし。しゅうふくざいせいぶんもいじょうなし、のうどはつうじょうしようであんていしています。いっぱつできまりました、さすがはわたしとかずさん、いきぴったりでしたね』

 

 事情を知らない俺には何がどううまくいったのかよくわかっていないのだが、まあハジメさんが満足そうでなによりだよ。

 

『ではここでいっぷく』

 

 ハジメさんが混合器のドレーンコックを開け、流れ出た薄緑色の液体を茶碗で受けた。彼女はそれをそのまま茶筅で泡立てたのち、おもむろに飲み干してしまった。

 

『ふぅ…… けっこうなおてまえで』

「飲んどる場合かーッ」

 

 思わずどっかのドイツ軍人みたいにツッコんでしまった。仰々しい機械を操作して、何事かと思ったらただのティーサーバーだったのかこれ!?

 

『そんなことはありません、これこそがこのはくちのほこるにゅうきょどっくきゅうとうしすてむです。いまわたしがこれをのんだのは、けいきともにたーでこそいじょうのないことをかくにんずみではありましたが、さいごのさいごにはみずからのしたをもっておんどとせいぶんをかくにんすることがだいじだからです』

 

 えぇ…… 高速修復材って海中の微生物から作る劇薬なんだろう、いくら妖精さんでもそんなもの飲んで平気なのか?

 

『けっしてうまいものではありませんが、むろんわたしたちはへいきです。またかずさんたちにんげんであっても、ここまでのうどをさげてあればいっぱいやにはいのんだくらいではしにはしません。もしかしたらおなかをくだしたりはするかもですが』

 

 後学のために一服飲んでみますか? と言ってハジメさんは茶碗を突き出したが、なんか妙に磯臭いので断乎としてン拒否するゥ。

 

「それにしてもなんとか間に合ってよかったな、ハジメさんがいてくれなきゃ俺だけではどうにもできなかったよ」

『まあ、ここのそうさはわれわれこうしょうようせいしかしりませんので。いなずまさんにそうじをめいじられてはいなくとも、どっちみちわたしたちのだれかがこないわけにはいかなかったのですよ』

 

 なんだ、さっきは俺の一の子分だなんてありがたいことを言ってくれてたのに、結局ハジメさんにも彼女なりの事情があっただけってことか。

 

 まあそれはいい、それでも俺なんて実際ハジメさんには助けられてばかりだからな。感謝を忘れてはいかん。それはそれとして、俺はさっきのカプセルがずっと気になっていた。仕事はもう終わったんだから、地上に戻る前にちょっと寄り道したっていいよな? 俺はカプセルをもっとよく見ようと近づいた、やっぱり中身は空なんだが、昔見たSF映画なんかを彷彿とさせるデザインだ。こういうのって、中身はコールドスリープ中の宇宙船乗組員とか、培養中の危険な生物兵器とか、そういうのが定番だよなぁ……?

 

 俺はハッチの下になにごとか刻まれた銘板が打ちつけられているのに気づいた。

 

「『試製一号 駆逐艦吹雪』……?」

 

 他のカプセルも調べてみた。左から順に番号を振って、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨。この島で暮らす五人の少女たちの名が刻まれていた。

 

『かずさんがこのしまにこられたひにきいたでしょう、あのこたちはこのしまでうまれたと。かのじょたちはこのかぷせるからせいをうけました、いまからさんねんとすこしまえのことです』

 

 この島で出会った五人の謎めいた少女たち。太平洋戦争で沈んだ帝国海軍の駆逐艦の魂を受け継いだ生まれ変わりを自称する彼女たちが、ただの人間とは異なる存在であるということは俺も納得していた。ただでさえ大の男顔負けの身体能力を備え、艤装を身につければ海上を駆けて敵と戦うことができる。

 

 そんな彼女たちがどのようにこの世に産まれたのか。初めて会った日、たしか五月雨が言っていた。産まれたばかりの彼女たちを、妖精さんによってこの島に連れてこられたナオミ・ハンター医師が育ててくれたのだと。

 

 俺は最初は誤解していた。子供たちはこの島で産まれたか、そうでなくとも赤ん坊のうちにここへ連れてこられてナオミ先生に十何年の間養育されたんだと思いこんでいた。

 

 だがそうじゃないんだな。皆は言っていた、先生と初めて会った時にナオミ・ハンターと名乗られたのを、日本人名半田なおみと勘違いした話だ。もちろん、赤ん坊や幼児にそんな知恵があるわけがない。彼女たちは、産まれた時にはおそらく現在とほぼ変わらない姿まで成長していて、少なくとも言語とある程度の社会常識は備えていたのだ。パンツのはきかたはナオミに教わったって漣が言ってたから、彼女たちだけで自立した生活を送れるほどのものではなかったようだが……

 

 荒唐無稽な話だが、傍証はないこともない。それは、あの日漣に見せられた今から二年前に撮影された動画だ。撮影した漣が読み上げていた日付は、たしか2015年の7月だった。撮影に使ったスマホは、もともと2014年の世界からナオミが持ちこんだものだと聞いた。少女たちがナオミと出会ってから、ザ・ボスが現れてナオミが姿を消すまでの間には一年程度しか過ぎていない。

 

 また、謎の生物兵器駆逐ロ級と、ザ・ボスのセーラー服姿という衝撃映像のインパクトが強烈すぎて気づかなかったが、二年前の映像に映っていた少女たちは、現在とまったく変わらない姿をしていた。

 

 そもそも、この島の少女たちは俺の見立てじゃだいたい10歳から14、5歳くらいに見える。常人なら成長期だ、二年前の映像と現在の姿を見比べれば、普通なら二年分の成長に気がつかないわけがない。二年間容姿が成長していないなら、その前の一年もそうであったのではないか、と考えることはおかしなことではないんじゃないか?

 

 しかし、あの時の俺は子供たちの話にも、見せられた映像にも違和感を覚えなかった。今思えば違和感がないことに違和感を自覚しなければならないはずだったのだが……

 

 ーー諜報活動は、まだまだだな。

 

「俺はマヌケだ、違和感仕事しろ!」

『かずさん?』

 

 ずっと昔、コロンビアでスネークと勝負してボロ負けしたあと、俺の諜報能力の不出来さに呆れられた言葉を不意に思い出して、俺は天井を仰いで嘆いた。

 

 この島に来たばかりの俺がいくら気が動転していたといっても、状況と情報の分析がまったくなっちゃいない。やっぱり俺って諜報員には向いてなかったんだなぁ、落ちこむぜ。

 

 MSF時代の俺は一端のスパイ気取りで暗躍していたつもりだったが、その結果がMSFの崩壊と多くの戦友たち、そしてパスの死だった。DD時代に裏で始めたハンバーガー屋も今でこそ大きくなったが、それを成し得たのは女房の経営手腕だった。

 

 そして米軍時代。俺は『おそるべき子供たち』計画の産物、ネイキッド・スネークことビッグボスのクローン、デイビッドを他ならぬビッグボスを討つための刺客ーー ソリッド・スネークとして育て、その作戦に協力もした。作戦は成功したが、それはそもそもデイビッド自身の力による手柄であるし、その作戦の成功すらもはっきり言ってしまえば俺自身の人生にトドメを刺す結果になった。

 

 俺は本当にロクでもないことばかりして生きてきて、しかも自らの手で自分の人生を台無しにしたんだ。俺はもう立ち続ける気力すらなくして、体育座りで冷たい床に転がった。

 

「つくづく俺はいらない子だ…… ハジメさん、いっそ俺なんか解体してしまってくれないか」

『かずさん……』

 

 俺解体したらなんになるかな、ちょっとくらいの鉄と燃料にならなれるんじゃないかな、きっとその方がよっぽどあいつらの役に立てるよウフフ……

 

『かずさん!』

「もうやだ、死にたい、何もしたくない」

 

 次の瞬間ハジメさんが小さなスパナで俺を引っ叩いた、結構痛い。

 

『なにあまったれたこといってんのよ! あんたまだいきてるんでしょ! だったらしっかりいきて、それからしになさい!』

「そうだな」

 

 我が人生を振り返ってはいじけるいつものムーブを一瞬でやめた俺は何事もなかったかのように立ち上がり、カプセルのそばにあったオフィスチェアに腰をかけた。ふうやれやれ、思わずシンジ君になっちまうところだったぜ。

 

『いぇーい』

 

 ハジメさんが掌を出してきたので、俺も小指の先でハイタッチを返した、イェーイ。つい現実逃避して新世紀な小芝居にふけってしまったが、そんなことやってる場合じゃなかったな。

 

「俺をここに連れてきたからには、あの子たちのことを教えてくれる気になったんだろう? 聞かせてくれないか、今さら並大抵のことじゃ驚かないぞ、俺は」

『そこのですくにですね、はかせののこしたけんきゅうのーとがあります。ひきだしのかぎがあったのですが、なおみせんせいがもったままもとのせかいにおかえりになりましたようで……』

 

 なるほど、ハジメさんが指差す先には今俺が座ってる椅子と元々はセットだったろうスチールデスクがあった。机上にはライトスタンドとペン立てにわずかな文具があるだけで、鍵のない引き出しからは簡単な工具類、未使用のノート、それと俺でも名を知ってるくらい高級で高価な日本製の一眼レフがいくつかの交換レンズと一緒に出てきた。おぉ、こいつはお宝だ。値段だけならこないだのギターなんて目じゃないぞ?

 

『かずさん、これを』

 

 ハジメさんが差し出したのは、ちょっと錆びかけたヘアピンだった。

 

『さっきどっくそうじのとちゅうでひろっておいたのです』

 

 こいつで鍵を開けろってことか…… このデスクは先日のギターケースよりは堅牢な鍵だが、まあ工具もあるからヘアピンをちょっと加工すればいけるかな? このヘアピン、もしかしたら電のかもしれんが、ちょっと錆びてるしもう使わないだろう。加工しちゃってもいいか。

 

 十分ほど試行錯誤を続けて、無事引き出しの鍵が開いた。さっそく開けてみると、中には二冊のノートが入っていた。一冊は綺麗な字で表題と名前が記されている、なになに…… 『駆逐艦少女診察記録および研究ノート解読考察 ナオミ・ハンター』ふむ、こっちはナオミ先生の手記のようだ。

 

 もう一冊は表紙を見てもさっぱりわからん、まず字が絶望的に汚い。太字のサインペンで書かれた表題からは、まるでミミズとムカデが取っ組み合いの喧嘩してるところを戦車に轢かれたかのような第一印象を受ける。ページをめくってみると、万年筆で書かれた本文もやっぱりミミズかムカデだった、とても読めたもんじゃない。

 

 こちらのノートにはあちこちのページに写真が貼り付けられて挟み込まれていた。そのせいで、ナオミの手記と同種のノートであるにもかかわらずずいぶん分厚く膨れてしまっている。俺は文字を解読するのを諦め、写真だけを追って次々ページを繰っていった。しかし、ノートの半ばを過ぎたあたりで、目にしたもののあまりの衝撃に思わず手を止めた。思い返すことを避けたくなる古い記憶が無理矢理心の奥底から引っ張り上げられて、心臓がキュゥと痛むような気がしていた。

 

「パス……?」

 

 そのページには見開きいっぱいに六枚の写真が貼られていた。一枚は五基のカプセルを一緒に収めた写真、あとの五枚はそれぞれのカプセルを詳細に写したものだと思われた。そしてその五つのカプセルの中には、癖のある金髪の少女が眠っているかのように横たえられていた。

 

 五枚の写真はカプセルの中で眠る少女の顔立ちまではっきりと見分けることができた。この俺が見間違えるはずもない、この五人はみなパス・オルテガ・アンドラーデ、パシフィカ・オーシャン! 1974年のコスタリカで素性を偽って俺たちMSFに近づいた、私設情報機関サイファーのスパイその人といずれも瓜二つだった。

 

「なんだ、なんだこれは…… ハジメさん、いったい君たちはここで何をしていた!?」

 

 思わず声を荒げてしまったが、ハジメさんは黙して答えなかった。

 

 震える指でさらにページを追い続けると、再びさっきのような見開きのページがあった。しかし今度のカプセルの中身は俺の忌まわしい記憶とはまったく異なる、ここ数ヶ月の間にすっかり馴染みの顔だった。

 

「うわぁ…… これは吹雪だな」

「これは叢雲で、あぁ、こっちは漣だな。間違いない」

 

 なんだこれは…… たまげたなぁ。

 

「いや、冗談言ってる場合じゃないぞ」

 

 前の見開きでカプセルに収まっていた五人のパス、それが今度の写真ではこの島で共に暮らす五人の少女の姿に変わっていた。いちいち言わなかったが、これらの写真は全員全裸だ。思い起こせば先日のDVD焼却事件の時、今度こそはお宝を見つけてやると俺は誓った。たしかにそう誓いはしたが、まさかこんな形で望みがかなうとは。いやそうじゃないよ、俺はそんなもの( じポ )は望まない!

 

 見開きのあとはわずか一、二ページ程度汚い字の記述が続いただけで、そこから先はすべて白紙となっていた。俺はまだ心臓がバクバクしているのをこらえながらノートを閉じて、緩慢にハジメさんを見上げた。

 

『どっきりしましたね』

 

 大抵のことじゃ驚かないとついさっき言ったばかりだったのにフラグ即回収だったな。驚かされたよいろんな意味で、それこそ寿命が縮むんじゃないかと思うくらいになぁ!? 今の俺は若返った二十代の身体だから我慢できたけど、元の還暦間近の身体だったら我慢できなかった。きっと心臓がどうにかなっていたに違いない。

 

『そう、ぱすさんだったのです』

 

 そうハジメさんが話を切り出した。

 

『わたしたちはずっとむかしからせかいじゅうのうみでかつどうをつづけてきました。それこそ、あのせかいたいせんがおわったころからでしょうか』

『かずさん、あなたがかりぶかいですべてをうしなったそのひも、やはりわたしたちのなかまはそこにいたのです』

 

 どういう事情であんな酷い事件が起きたかは詳しく知りませんでしたが、とハジメさんは付け加えた。

 

『あのひ、ひとりのじょせいがむざんにうみにちりました。こころのおくそこではだれよりもへいわをもとめながらも、いきるためにせんそうのそうくとなり、あまつさえいつわりのへいわのししゃをえんじることをしいられたひとでしたね』

「……」

 

 俺は黙って話を聞いていた。パスがその心情を遺したテープは俺だって何度も聴いた、聴いてなお俺はあいつを許さなかった。俺はあいつもスネークと会って変われるんじゃないかと期待していた。それなのにあれだけのことをしでかしておいて、それは本意じゃなかったと言われたってそんな虫のいい話があるものか。かつての俺はそう考えていた。

 

 でも、あいつが変われなかったのも結局俺のせいだ。俺がサイファーに内通していたせいで、あいつは自分以外の内通者の存在を気取り、身動きが取れなくなった…… 俺はそこから眼を背けたくて、すべてをパスのせいにして彼女を恨むことでしか自分の立場を保てなかった。俺はあいつを許さないんじゃない、許したくなかっただけだった。本当は俺にはあいつを恨む資格なんてなかったというのに。

 

『わたしたちはそのつよいむねんの、ねがいのこもったいたいをかいしゅうし、ほぞんしました。そのいしをいつかふたたびこのよによびもどし、やがてきたるべきほろびにたちむかうために』

「滅び…… それがあの怪物たちだというのか? 奴らはいったい何者なんだ?」

『……それはまだわかりません。ただ、われわれとおなじかこのざんし、そしておなじでありながらまぎゃくのありかたをえらんだものどもであるとだけはかんじます』

 

 過去の残滓、真逆の在り方……?

 

『……ちょっとはなしがそれましたね、ぱすさんのはなしにもどりましょうか。おほん』

 

 一つ空咳をして、ハジメさんは話を続けた。




 グラサン提督第二十六話をお届けしました。幕間含めて三十回、この作品で書きたかったことの多分三分の一くらいはここまでで書けたと思います。じゃあ完結まであと六十話? マジで? 今の執筆ペースだとあと三年以上かかる計算だけど大丈夫?

 まあ内容はともかく分量はそんなにならないはずなので(フラグ)今後とも気長にお付き合いいただければ幸いです。

 それでは、また次回に。
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