入渠ドック給湯設備の調整を手伝うため…… いや、今にして思えば、それはただの名目にすぎなかったのかもしれん。ハジメさんに導かれ、初めてこの泊地の地下深くに足を踏み入れた俺、カズヒラ・ミラー。そこで俺は島に暮らす五人の少女たちの出生の秘密と、俺自身との思いもかけない因縁について知ることとなった。そして、なおもハジメさんの告白は続く。
『いまからよねんあまりまえ、われわれはいまだやつらのめのおよばなかったこのこじまにはくちをかまえました。そして、ほぞんしていたぱすさんのいたいからくろーんをつくりだすことのできるせんもんかをしょうへいしたのです。くらーくはかせとおっしゃるかたでした』
クラーク博士! 俺も面識はないが名前だけは聞いていた。かつてスネークイーター作戦にアドバイザーとして参加し、のちにアメリカでパラメディック制度の設立に関わった。その後はサイファーと繋がりの深い企業で遺伝子治療の研究を行うとともに、米軍時代に俺が所属したFOXHOUNDにもメディカルチーフとして籍を置いていた。
クラーク博士は人前に姿を現すことがなかったらしかった。経歴、年齢、性別、出身、一切が不明のままで、常に軍や政府、医学界の裏側に潜んでいた。そして、そのさらに裏ではサイファーの設立メンバーの一人であり、ビッグボスのクローンを生み出す『おそるべき子供たち』計画を主導した人物でもあった。
まさか、クローン技術の専門家のクラークさんが世界にそう何人もいないだろうと思うから、俺の知るこの人物こそがハジメさんの言うクラーク博士と同一人物で間違いないだろうと思う。
博士は俺主観で言うと一昨年、2003年に研究所の爆発事故で死亡したことになっている。しかし、それは風の噂に聞くだけでも不審な点の多い事故だった。
ただ、その頃の俺はもうアラスカで隠居暮らしの身だったから、その時はそれ以上の追求はしなかった。だが、まさかクラーク博士までもが俺と同じような経緯でこの島に連れて来られていたとは……
『ほぞんしたいたいからはごたいのくろーんにんげんをつくりだすのがやっとでした。いうまでもなく、そのなかにはもうぱすさんのきおくはなにものこっていません。わたしたちはそのからっぽのにくたいをよりしろに、われわれのよびかけにこたえてくれたくちくかんのたましいをおろしたのです』
依代とか降霊とか、そこまで行くとオカルトすぎてもはや俺などには理解の及びようもない話だ。別人? の魂を降ろしたせいなのだろうか? なんでか姿かたちまですっかり変わっちまって、現在の五人にはもう元のパスの面影はどこにもない。
「電に至ってはすっかり縮んでしまってなぁ……」
『それいなずまさんにきかれたらただじゃすみませんよ?』
俺とハジメさんは目を見合わせてくっくっと笑い合った。
『かずさん、おもっていたよりれいせいなのですな』
「いや、驚いてる、驚いてるよたぶん人生で一、二くらいにはな。ただ、クローン人間も改造人間も、俺としてはすでに体験済みでね」
かつて俺が指導したデイビッド、ソリッド・スネーク。あいつはビッグボスの細胞から生み出されたクローン人間だ。それからDD時代に出会ったクワイエット、あいつは瀕死の身体にワーム・セラピーという寄生虫を利用した人体改造を受けた女兵士だった。
クローン人間に改造人間、そういう手合いは他にも幾人か出会った。そいつらの中には仲良くなれた仲間も不倶戴天の宿敵もいた。そして全員揃いも揃って俺たち凡人とは隔絶した異能者ばかりだったが、結局のところ交流という側面ではただの人間とそれほど違わなかった、それが俺なりの正直な実感だった。
とても読めないクラーク博士のノートの解読は諦め、俺はノートを引き出しに戻して鍵をかけ直した。このノートには、たとえ研究資料とはいえあの子たちの全裸写真も貼られている。これを見たことがバレたら俺の命が危ない。
一方でナオミのノートは字が綺麗だから俺にも読める。どうやらクラーク博士のノートを解読した上で考察を加えているようだから、まず持ち出すならばこっちだろう。
「ちょっと、カズー? 下にいるのーー?」
たぶんドックからだろうか、叢雲が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。そうか、もうそろそろ哨戒から戻る頃だったか。
「おーぅ、ここにいるぞー!! ハジメさんも一緒だ!」
大声で返事を返すと、複数人がドヤドヤと階段を駆け降りる音が聞こえてきた。
「なあハジメさん、あの子たちはこれらのノートの存在は?」
『しらないはずです。ですくのかぎはなおみせんせいがはだみはなさずもっていたひとつだけで、せんせいはみんなにはないしょでかいどくをすすめていました。みんなはじぶんがくろーんにんげんであることはきかされていても、だれのくろーんであったかまではしらないのです』
俺がハジメさんにノートを渡すと、彼女はそれを天井の配管の上に隠した。
やがて足音が階下まで届いて、姿を現したのは叢雲と吹雪だった。さっきまで哨戒に出ていた二人だ。
「二人ともおかえり、異状はなかったか?」
「もうっ、『異状はなかったか』じゃないわよ! 司令室へ定時連絡しても出やしない、電や漣に無線を入れてもあんたを見てないって言うし、五月雨はウンウン唸ってばかりでろくに返事もしないのよ? そっちこそなにかあったのかと思うじゃない!?」
「すまない二人とも、ついさっきのほぼギリギリまで給湯設備の調整で手が離せなかったんだ、心配かけて悪かった」
『もうしわけありません、かずさんのてをかりないとちょうせいがまにあわないとおもって……』
プンスコと怒りもあらわな叢雲の剣幕に気押されながら、俺たちはひたすら平謝りするしかなかった。
「ねえカズさん、ちょっと聞いてもいいですか」
叢雲とは対照的に、静かに口火を切った吹雪の声は日頃に珍しいくらい神妙すぎて、しばらく皆が口をつぐんだ地下室に残響だけがこだました。
「ここに入ってきたということは、私たちのシュッセーノヒミツを知ってしまったんですね」
出生の秘密がなんかカタカナに聞こえた気がするが気のせいか? 吹雪よ、ちゃんと正しい字面を思い浮かべて喋れてるか?
「そうです。今までずっと黙っていましたが、実は私たちはくろーん? 人間で改造人間だったんです。三年ほど前にこの姿で生まれて、以来ちっとも成長していません」
今度はクローンがひらがなの疑問形に聞こえた。吹雪が横文字苦手なのはいつものことだが、ちゃんと学んで喋ってくれ、身体は成長しなくとも頭は成長できるんだから。そしてなんでか吹雪は自分の胸をぺたぺた確かめながら、思い詰めた目で俺をまっすぐ見つめていた。
「カズさん、私たちの秘密を知った今、あらためてどう思っていますか? 気持ち悪いですか? それとも…… 恐ろしいですか」
吹雪が一歩にじり寄ってきた。だが、ここで一歩たりとも退がってはならないと俺の勘が言っている。俺はこの吹雪の不安を突き放してはならない、受け止めてやらねばならん。そうしなければ、不安はやがて不信へ、そして不和へと変わるだろう。かつて俺がスネークに抱いたものと同じように。
これは戦士としての勘によるものではない、ならば男としてか、それとも子を持つ親の身としてか、どちらも似ているようで違う。言葉にしてしまえば曖昧だが、例えるならば人としてどう生きるべきか、そういう人間性の根源にかかわる責問と感じた。
いつぞやの組手の日のように、吹雪がいきなりタックルを仕掛けてきた。いやタックルではない、吹雪は膝を落として俺の腰にすがりついていた。
「私たちを見捨てないでくださいっ! わけもわからないままこんな身体に生まれても、いつかは日本に帰ってみんなを助けるんだって! 私たちはずっとそんな日が来ることを夢見て暮らしてきたんです、もしもカズさんに見捨てられてしまったら私……!」
待て待てマテ茶、じゃなくて少し落ち着け吹雪、頼むからもちもちのほっぺを俺の股間に擦りつけるのはやめて気持ち悪いどころかむしろ気持ちよくなっちゃうから! こら、やめれ、らめぇ!?
「いいえ絶対離しません、カズさんにうんと言わせるまでは! はっ……! こうなったらいっそ色仕掛けでカズさんをたぶらかしてでも……? 私カズさんの望むことなんでもしますよ、おっぱい小さい私だけじゃ満足できないなら叢雲ちゃんと漣ちゃんもオマケにつけますよ、ねっ叢雲ちゃん!?」
ん? 今なんでもするって、いやそんなこと言ってる場合か! 貞操がピンチな俺にしがみついたまま吹雪が振り返ると、叢雲はいつの間にか吹雪の背後に忍び寄り、腰に腕を回してガッチリとクラッチしていた。
「……カ姉」
「ちょっと叢雲ちゃん、私じゃなくてカズさんを…… ひぎぃ!?」
叢雲がなにかしたのか、吹雪は急に俺から手を離し妙な悲鳴をあげてのけぞった。
「バカ姉、不埒者、痴女! いてまうどムッツリスケベ!」
本場でもめったに聞かないだろうどぎつい大阪弁アクセントの罵声とともに、稲光の閃くようなジャーマンスープレックスが床に突き立った。いくらなんでもやりすぎだ叢雲、ここの床コンクリだぞ!? 俺はあわてて吹雪を助け起こしたが、彼女は失神こそしていたものの外傷は一切なかった。むしろ床が少し欠けてしまったようだ…… マジで頑丈すぎるぜこの子たち。
「フン、それくらい大丈夫よ。入渠の準備もできてるみたいだし」
それあまりだいじょばなくない? それにしても、いつも尊大な態度ながらも、不思議と下品さは感じさせない叢雲がまさかあんな言葉づかいをするとは思わなかった。
「どこで憶えたんだそれ」
「以前あんたが漣を投げたのを見て憶えたのよ」
「いや、大阪弁の方」
「今生の私たちはここで生まれたけど、前世の駆逐艦なら大阪は藤永田造船所の出よ。口が汚くて御免あそばせ」
叢雲はノックダウンした吹雪には一瞥もくれず、腕組みしてそっぽを向いた。
「投げる前に吹雪が急に手を離したが、君いったいどんな魔法を使ったんだ」
「思い切り指突っこんでやったのよ」
「指突っこむって、ど、どこに?」
「どこって…… ヘソよ、ヘソ」
なんだヘソか…… ちょっとドキドキワクワクしてしまったぜ。いや充分えげつないな、でも俺も参考にしよう。
吹雪の失神によりなんとなくその場は収まって、俺たちはとりあえず地上に戻ることにした。吹雪を背負って階段を登る俺に叢雲が続いた。
「重くはないかしら」
「重くないさ、こうしててもただの女の子と変わらん」
なんならもうちょっと肉付きが豊かだと俺得、とは思っても口には出せない。
「ねえカズ?」
おっとっと、シャツの裾を引っ張るな叢雲、危ないじゃないか。
「あんたは私たちの秘密を知ったからって裏切ったりしないわよね?」
叢雲には珍しい弱音だ。吹雪みたいに変な方向に煮えたりしなくても不安に感じるのは同じなんだろうな。
「裏切りってどうするんだ、俺ここを逃げ出したってどこへ行くあてもないんだぞ? あのボート一つで海を渡れるか? 周りは怪物だらけなのに」
「それはそうだけど……」
叢雲の反論は語尾がゴニョゴニョと曖昧な尻すぼみで、理屈だけ説いても納得はしてくれそうになかった。
「俺がこの先生きのこる道はただ一つ、君たちを無事日本へと送り出して、ごほうびに妖精さんに家に帰してもらうことさ。そもそも裏切りってのは、そこにより大きな利益があるからやるもんだ。俺の最大の利益がここにある以上は、俺はみんなを裏切らんよ」
「……日本までついてきてはくれないのね」
だから裾を引っ張るなって、吹雪ごとひっくり返れば今度こそ大事故だぞ?
「そもそも以前俺が哨戒について行ったとき、一番反対したのも叢雲だったじゃないか、わかってるんだろう? 君ら五人が揃っていても、俺を連れて海を渡り切るのはたぶん無理だ。 ……あっ」
「なによ?」
どう言えば納得してくれるだろうかと考えつつ叢雲と話していて、ふと俺の脳裡にナイスなアイディーアが閃くのを感じた。
「ちょっと話をずらしてすまないが、今この島が西暦何年かはわからないけど、2010年は過ぎてそうだと電が言ってたよな?」
「あの腐った缶詰の話?」
そう、俺が訪れるより前にこの島に流れ着いたと聞いた缶詰の製造年月日の話だ。叢雲は相当酷い目にあったらしく、彼女の声色からは心底嫌そうな気配がしていた。
「そこから一番早くても今が2010年と仮定して、怪物どもが活動を始めたのは今から三年足らず前、2007年頃ってところか? 後々俺が元の2005年の世界に帰ったとすれば、怪物が現れるまでに二年ちょっとの猶予があるって計算になるだろう」
「そうね、そうなるかしら。 ……いったいなんの話?」
「一口で言えば俺と皆との契約更改のご案内だよ」
「はぁ」
叢雲の返事は拍子抜けたような口調だった。
「おそらく、どんなに遅くても君たちを日本に送り出すことができれば俺のタスクは完了、元の時代に帰してもらえるはずだ。俺一人ここに残されても生きてはいけんからな、それでは妖精さんが嘘をついたことになる」
「……まぁ、妖精さんは嘘は言わないわね」
階段に反響する声がうねって揺れていた、たぶん叢雲は答えながらウンウンうなずいていたんだろう。
「俺が元の時代に帰ってから二年の猶予、その間に俺は日本に帰国し、みんなを迎える準備をする」
「君らはとりあえず日本にたどり着くことばかり考えているが、そこから先はノープランだろう? 妖精さんがいれば衣食くらいはなんとでもなるだろうが、戸籍もない身分では活動拠点を得ることは難しいはずだ」
叢雲は黙りこんだ、小さく唸りながらなにか考えているようだった。
「俺は日本で事業を興し、金を稼ぎ、小さくとも港を得て、ここと同じような設備を置けるだけの拠点を作る。まあ、中身までは妖精さんなしには作れないだろうがな」
「俺は拠点を運営して君たちの活動を支え、そこからちょっとばかりおこぼれを頂戴する。そして君たちの活動はいずれ国の目に留まる、そうなればしめたものだ」
「君たちがかねて望んでいたとおり、日本政府を後ろ盾にこの技術を世界に広め、やがては人類の総力をもって奴らに立ち向かう! 俺たちはその魁! おとk…… じゃなかった先駆け、ポイントマンとなる」
うーん、我ながら熱が入ってきてしまった。スネークの奴なんかはああ見えて静かに語るのが結構好きな男だったが、俺はむしろ朗々と弁ずるほうが好きだ。
「無論これは口で言うほど簡単じゃないぞ、初めのうちは日本はシーレーンを保てないかもしれない」
「国土の狭い日本は多くを貿易に頼らなければ生きてはいけん。エネルギー、資源、食糧。この海にいつまでも奴らの跳梁を許しておけば、日本はあっという間に干上がってしまうだろう」
「だがそこで妖精さんの技術が役に立つ。超効率で資源や食糧を生産できるこの島の生活モデルは、シーレーンを奪回するまでの間は大きな助けとなるはずだ」
「ちょっと待ちなさいよ。妖精さんの作ってくれる食糧で日本国民全員を養うつもり!?」
あくまで非常時限定に留めないと日本の産業を壊滅させかねないが、少なくとも国内で餓死者を出すような事態に陥るよりはマシだ。そう考えての腹案だったが、あまり妖精さんの善意に甘えているばかりではいけない。だからそこに叢雲が口を挟むのもわからなくはない。
「いくらなんでもそれは無理だ。俺の知る2004年時点で日本の人口は、えーっと…… たしか一億二、三千万人くらいだったかな? 食料自給率は四割程度、豊かさを享受して飽食の末に食糧を輸入してまで捨てる国ニッポンなどと揶揄されることもあるが、いざ食糧が輸入できない事態に直面すればどの程度国民を飢えから守れるか…… まあ、それを心配するのは俺たちじゃなくて政治の課題だ。俺たちにできるのは、陰ながらほんの少し手助けをするくらいだろうな。たとえば、食糧難でも経営できてるハンバーガー屋とかな」
「ちょっとカズ、さすがに私にもわかるわよ? あんた妖精さんを使って仕入れがタダのハンバーガー屋をやる気ね!?」
えっ? ギクッ。
「ギクッてなによギクッて! まったくなんてセコい男なの、妖精さんをこき使ってお金儲けをしようだなんて!」
「まあ待ていきり立つな叢雲、これはあくまで活動資金を得るための方便だ、人間社会ではなにをするにもまず先立つものがだな…… それに、現実問題として仕入れ費ゼロは無理がありすぎる、すぐ税務署に目をつけられかねんぞ。そんなリスキーな真似をするわけがないだろう」
「そうかしら? 架空の仕入れ費を帳簿に計上して、たんまり裏金を作るくらいはあんたならやるんじゃないの」
やる前からなぜバレたし!? 俺に関する理解度が高い! 叢雲は俺が吹雪を背負っているのにも構わず、俺のケツをバシバシ平手打ちにしながら喚きたてた。
「カズがここにいてくれてること、私だって感謝してるわ! あんたのご飯美味しいし、私たちの知らないことも色々教えてくれる! それにギターも上手だし、歌は下手だけど」
俺の歌のこと今関係あるぅ!? あと俺のケツ叩きまくるのやめて、地味に痛いのに癖になりそう、アッーー!!
「でもあんたにとっての私たちっていったいなんなのよ、ただの依頼人? それとも金づる? ああ口惜しいったら歯がゆいったら! 私たちはこの海のためなら命だって惜しみはしないわ、それなのにあんたときたら金金金って……!」
「ふはっ」
叢雲の癇癪は最高潮に達しようとしていたが、俺はなんだか愉快になって中途半端に息を漏らしてしまった。
「なにかおかしいのかしら」
おっと声が据わってるぅぅ〜、いや叢雲の志を馬鹿にするつもりは毛頭なかったんだ。ただ、元々はよそ者だった俺みたいな奴にも同じ志を共有してほしいだなんて、いつのまにか俺も随分と信頼されるようになったもんだ。そんな感慨を正直に伝えると、叢雲は言いにくそうに口籠もりながら俺にこう尋ねた。
「それは、ねぇ。何ヶ月か同じ釜の飯を食って、役割こそ違っても同じ敵に立ち向かって…… でもあんたはあんたでやらなきゃいけないことがあるのよね。娘さんにまた会うために」
「そうだな、それこそが俺の最大の願いだ。でもさ、笑ったのは悪かったが、おまえに信頼されていたとわかった時、正直言って光栄だったよ。こんな愉快な気分は久し振りだったし、嬉しかった。初めて会った日には、ロビーで皆に取り囲まれて尋問を受けていたのにな」
その事はそろそろ忘れなさいよ、と叢雲はバツの悪そうな声を漏らした。
「スネークが死んでから五年あまり、俺の人生は生き腐れだった。キャサリーの成長だけが楽しみではあったが、いずれは娘も家を出ていく。そこから先はアラスカで雪に埋もれて独りくたばるしかないんだろうと諦めていた」
「でもここに来て人生が変わった。ひとたびは核なんか振りかざして世界に喧嘩を売ろうとしたろくでなしの俺が、まさか世界の危機に立ち向かう手助けをするだなんて思ってもみなかった! 叢雲、俺は今この上なく充実しているんだよ、こんな気持ちは生まれて初めてだ。未来に希望の光差すのが見えているかのようだ!」
俺が指差す先にあるのはまあ、ただの地上への階段の出口だったわけだが。
「ほぼ未来はすぐそば、ブランニューエイジへようこそ! ついてこい叢雲、聞いてるか吹雪、この一歩は俺たちにとって小さな一歩だが、人類にとっては偉大なる一歩だ!」
「スタァァァァァップ!!」
熱弁を揮いながら勢いよく扉を開け放って明るい入渠ドックに歩み出ると、出口では連装砲を構えた漣と電が待ち構えていた。
「……なにやってるんだおまえたち、どうして主砲なんて持ってるんだ」
「どうもこうもないですぞ、誰かが地下から工廠にまで丸聞こえするほど大声で騒いでると聞いて」
「なにかトラブルでも起きたのかと思ったのです」
地下にいた三人が揃っているのを確認して、漣たちは砲口を下ろした。
「吹雪ちゃんが失神しておられるようですが?」
「仔細は省くが、叢雲に投げられた。いつぞや俺が漣を投げたのと同じ技だよ」
「あれを? コンクリ床の上で!?」
漣がゾクリと身を震わせた。
「失神してるほかに異状は見当たらないんだが、念のため入渠させてやったほうがいいかもしれんな。地下での準備は済んでいるよ」
電がまた無駄使いなのですだなんだとブツブツ愚痴りながらも浴槽に湯を張り始め、漣と叢雲は床に寝かされた吹雪の介抱をしていた。俺は手伝おうにも勝手がわからないので、手近な椅子に腰掛けて皆が働くのを眺めていた。
「ちょっとカズ様?」
「これから吹雪を脱がせるのよ、出て行きなさい」
「入渠ドックは男子禁制なのです」
いや俺はそんなつもりは…… むしろ俺以外全員が負傷した事態に備えてケアの手順くらい見学しておくべきでは!?
「「「いいから出てけこのスケベ!」」なのです!!」
三人がかりでドックから放り出されてしまった。間髪入れず俺の背後で扉に鍵がかかる。
そういえば五月雨はどうしたんだろう、まだロビーにいるのか? ふと思い出して本棟に戻ると、机上演習を続けていたはずのロビーには死屍累々とでも言うべき惨状が広がっていた。テーブルといわず床といわず、あちこちに転がって荒い息をついている妖精さんたち、防衛の指揮をとった五月雨はテーブルに突っ伏して小さく啜り泣いているようだった。
「どうしたんだ五月雨、なにがあった?」
「カズヒラさぁん」
声をかけると五月雨が顔を上げた。涙と鼻水でべしょべしょになっていたがこれはこれで! あっなんか俺新たな性癖に目覚めそう、いやそれどころじゃないよ一体なにがあったの。
「ごめんなさいカズヒラさん、私負けちゃいました、みんなの島を守りきれませんでしたぁっ……!」
たかが机上演習でそこまで泣かんでも。隣に腰掛けた俺の膝でぐずり泣く五月雨の頭を撫でてやりながら、俺はテーブルの惨状を眺め回した。地図がわりに広げられたこの島の写真、その周りには横倒しになった木彫りのシャケ、五体バラバラにされた連邦の白いヤツと右肩を赤く塗ったアレ、あとオレンジライトのドラゴンとグリーンレフトのデーモン…… いったいどこから引っ張り出してきたのこんなもの!?
そして島の中央では、力尽きて地面に横たわる、おそらくは五月雨に見立てられた青髪の着せ替え人形を踏みつけにして、核の落とし子たる某怪獣王が勝利のガッツポーズを決めていた。
『ほうだいがそうそうにぜんめつしたのでひかりのきょじんをるーるにとりいれたのです。さみだれさんもぜんせんしましたが、さすがにだいしぜんのいかりがあいてとあっては……』
防衛側に参加していた工廠妖精さんの一人が悔しそうに吐き捨てた。いや、怪獣王まで引っ張り出させた時点で普通にスゲーよ。
早春イベ始まったのにモチベが上がらない件。
グラサン提督第二十七話をお送りしました。次回からは、クラーク博士の手記を追っていく話になるかもしれません。それでは、また次回お会いしましょう。