グラサン提督   作:カレー味

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第三十一話 三島海賊の娘

「……そういうわけでして、漣としてはカズ様の作戦を組み直さなきゃならない必要に迫られたんです。しかも、さみちゃんには絶対バレないやり方で。案の定、カズ様の策はあっさりさみちゃんにかわされたでそ?」

 

 あの後、五月雨と俺のダメージが深刻すぎたので一旦稽古は中止となった。今日は俺が先にシャワーで砂と潮を流させてもらった、なにしろ背中が痛くて風呂に浸かることもできない。その後で皆もさっと一風呂浴びて、簡単な昼食を摂りながら反省会をすることにしたんだ。なお、行儀が悪いが今の俺は上半身裸でソファーに腹這いになって話を聞いている。だってあんまり痛くて服も着れないし、背もたれに身体を預けることすらできないんだもん。

 

 その席で漣があの最後の一試合の経緯を説明していたんだが、正直言って俺は頭に来てる、猛烈に背中が痛いからだ。よくも遠くまで飛ばしてくれたな吹雪型十九番艦。

 

「綾波型九番艦ですぞ……?」

 

 そこにこだわるのか。そこは俺的にはどうでもいいことなんだが。

 

 漣の説明したところによると、食休み中に離れた岩陰で休んでいた漣は、こっそり上着を埋めている俺をしっかり目撃していた。俺は砂浜で精神集中していた五月雨の視界を避けたつもりでいたが、漣はここで気づいた、五月雨の能力もまた俺の不審な行動を見ていたのではないかと。事実五月雨は見てたって言ってたしなぁ、俺よりも漣のほうが五月雨の能力を正しく理解していたということだ。俺自身がこんなザマでは、いくら頭に来るからといっても五月雨ごと俺をブン投げてくれた件について文句の一つも言えんよ。

 

「達人モード入ったさみちゃんは結構ドSなところありますんで、絶対罠にかかるフリした上でこっちの心折りにくるやろなぁって予想したんですヨ」

 

 この言いようには五月雨も抗議したそうだった。でもいつぞやの初対戦の時は俺なんて足腰立たなくなるまで数十回投げられたもんなぁ、残念ながら漣によるこの評価も当然だと思う。

 

「それで、漣はおまえ自身と俺を囮にした上で五月雨の隙をつく役を吹雪に振ったわけだ」

「漣が指名したわけではありませんが、妥当な人選だったと思います。組手でさみちゃんの隙を狙えるとしたら、対戦成績二位の吹雪ちゃんくらいでしたろう」

 

 ところで、以前にも語った通りこの子たちは生身で互いに通信を行なって情報交換ができる。ただし、近くにいると送信相手以外のメンバーにも無線が傍受されるため、二人だけでクローズドな密談はできないらしい。だから、漣から吹雪に作戦を伝えようにも、生体通信では五月雨にバレずに伝達することはできない。そこで漣が利用したのがナオミのスマホだった。

 

「メモアプリに文章を打って、漣に帯同してるカメコさんに見せたんです。これなら、さみちゃんにバレずに叢雲ちゃんに伝えられるってわけですな」

 

『漣とカズ様が囮になってなんとかさみちゃんに隙を作るから、どうにかしてさみちゃんを転ばしてください。仕掛けられるタイミングになったら、合図として漣がカズ様のお尻をねっとりと撫でます』

 

 漣が叢雲に見せた文はこんな感じだったそうだ。叢雲は寝たふりを続けながら、小声で吹雪にも作戦を伝えた。一方漣も、そばにいた電と作戦を共有していた。こうして俺だけが何も知らないまま、漣が組み直した作戦が始まったわけだ。その結果はすでに語った通りだ。

 

「どうでもいいことだが、それ俺のケツを撫でる必要あったか?」

(ダン)ケツして事に当たろうという験かつぎですぞ。殿方の引き締まったケツが縁起物であることは、オセアニアじゃぁ常識なんです」

 

 そんな常識はない! くだらないダジャレのために公衆の面前で俺のケツを弄んだのかこの奇行種は!?

 

「漣ちゃんの奇行はいつものことなのです」

「むしろ元気に奇行してるほうが自然まであるよね」

「また漣ちゃんが変なことしてるとは思ったけど、それが合図だったなんて考えもつかなかったかな」

「心底アホらしいとは思ったけど作戦はよかったと思うわ、次はもっとマシな合図を考えなさい」

「どぉーですかカズ様、仲間たちから漣に注がれるこの熱い信頼! ……なんかだんだん死にたくなってきましたぞ」

 

 ドヤ顔で胸を張ってみせた漣だが眼は死んでいる、そんな顔されてもしらんがな。漣だって根は結構真面目なところあるんだから、本当に信頼されたけりゃ軽薄なキャラ作りを改めてみればよかろうが。もっとも俺自身も人の事は言えん、ここは話題を切り替えよう。

 

「俺も五月雨ともども酷い目に遭わされたが、やってみただけの手応えは得られたんじゃないか? どうだった二人とも」

「そうねぇ、五月雨の俯瞰視まで私が見られるのは本当に便利だと思うわ。たとえ潜水艦が相手でも昼間なら丸見えのはずよ」

「でも、見えているからといって油断は禁物でした。吹雪ちゃんの動きも私には見えていましたが、あそこまで完璧にタイミングを合わせられては詰んでいましたね、慢心でした」

 

 漣言うところのチートヒロインズ二人は手応えを得たり、今後の課題を見つけたりで有意義な朝稽古ができたようだった。対して電言うところの凡人組も、作戦立案の漣、チャンスを作った吹雪、決め技をアシストした電と、皆立派な働きだった。決め技については文句の一つも言いたかったところだが、みんなやる気になってるんだからここは我慢だ。

 

『おまたせしましたかずさん、さあせなかをみせてください』

 

 そこへハジメさんがやってきた。なにやら瓶を持っている、薬でも塗ってくれるのだろうか?

 

「あら、懐かしいわね。また作ったのね、その軟膏」

 

 叢雲はそれがなんだか知っているようだった。聞いてみると、俺の前にこの島にいたストレンジラブ博士、あいつがまだここに来たばかりの頃は、太陽光にあたれない体質のために相当日焼けに苦しんだらしかった。そこで妖精さんたちが用意してくれたのがこの軟膏だったんだとか。

 

『こいつをきずにすりこめばあらふしぎ、やけどもきずもたちどころになおるまほうのくすりですよ』

 

 そういえば、イギリスかどこかに妖精の軟膏っていう民話があったよな…… あれは確か眼にすりこめば妖精を見ることができるようになる薬で、最後は妖精の正体を見てしまったために眼を潰されるって話だ。

 

『へんなはなしをごぞんじですね、でもかずさんくすりがなくたってわたしたちがみえてるではありませんか』

「それはそうだが、塗ったら君らの正体が見えたりせんだろうな? いったいどんな薬なんだ」

『よくぞきいてくれました。このくすりはふじつぼのくろやきとふなむしのてんぴぼしをふんまつにして、うみうしのねんまくとめめくらげのたいえきでねりあわせたものに、なんとなおみせんせいとくせいのなのましんをふんだんに0.05ぱーせんともはいごうしました。なのましんをたいないにちゅうにゅうされているほかのみなさんほどのこうかはありませんが、きずをしゅうふくしはだをつよくするこうかがあります』

 

 ハジメさんは自慢げに語っていたが、ちょっと待てそれ人体に塗っていいものなのか、そもそもメメクラゲって何だ? その軟膏の薬効成分ってナオミのナノマシンだけだろう! フナムシとかウミウシとかいらなくね?

 

『ほんとのところをはくじょうしますと、ふじつぼもふなむしもただのじょうだんです。このくすりは99.95ぱーせんとがただのわせりんで、さっきのはなしでほんとうだったのはなのましんのはいごうりつだけです。あまりなのましんのわりあいをあげすぎるとそのうちかずさんもみなさんとおなじようなたいしつになりかねませんので』

 

 蓋を開けて見せられた中身はほとんど白に近い、ごく薄い緑色のペーストだった。色から受ける印象からは、確かにフジツボだのフナムシだのといったゲテモノが混じっているようには見えない。傷があっという間に治る体質は便利な気もするが、他人に見られたりしたらどう思われるかわからんな。これを使っていたというストレンジラブは成分を知ってたのだろうか?

 

「ご存知なかったんじゃないですかねぇ、こんな薬が元の世界でもあったらなぁって残念がっていましたよ」

 

 吹雪が他人事のようにのんびりと言った。彼女はこの島のナノマシン投与者第一号だったはずだが、致命傷すらみるみる塞がる自分の身体に疑問は感じなかったのか?

 

「それは我が身ながら気味が悪いとも思うことだってあります。でもこれのおかげで私たちは生き残れてるんですから、ナオミ先生や妖精さんには感謝しかないです。むしろ、なのましん? に頼りすぎて怪我に無頓着にならないよう注意しなきゃですよね?」

 

 吹雪はちらりと横目で叢雲をうかがったが、当の叢雲は涼しい顔だった。そういや叢雲はナノマシンに頼りすぎてナオミにお尻ペンペンされたとか言ってたっけな。

 

 ハジメさんが塗ってくれた薬はたいしたもので、ソファーに腹這いになるしかできなかった俺の背中の痛みはあっという間に引いた。自分じゃ背中がどうなってるか見えないんだが、皆が言うには赤剥けになっていた肌もほぼ元に戻ってるらしい。シャツを着てみても痛くない、なんてこったこいつは優れ物だ! 叢雲が慢心したくなった気持ちもわかるぜ、でも尻ペンだけは勘弁な。

 

 背中の痛みはすっかり引いていたが、寝不足の早朝稽古にジャイアントスイングはかなりキツかった。もう今日はしんどいことしたくないなぁ…… と考えながら表に出て大欠伸を一つ。工廠の方を見下ろすと、屋上から見たことないスマートな飛行機が次々離陸していくところだった。胴が細くてトンボみたいでなんだかカッコいいな。

 

『あれはさいうんたいですね、そろそろくんれんをはじめたのでしょう。さいうんはあしがはやくてながいですから、こんごはこれまでとはくらべものにならないくらいこうはんいをていさつできるようになるはずです』

 

 彩雲ってあれか、『ワレニ追イツクグラマンナシ』ってやつ? 俺も子供の頃に話くらいは聞いたことあるぞ。大戦当時に実戦配備された日本機の中じゃ最速を誇り、戦後に米軍が自前の高オクタン価燃料とエンジンオイルで飛行テストしたら、さらに優秀な成績を出して米軍の技術者を驚かせたんだとか。

 

『ええ、まぁ…… でもいまではわたしたちもいいあぶらつかえるようになってますから! はいおくまんたんですから!』

 

 ハジメさんは複雑そうな笑顔だった。もしかしてこの話題、地雷踏んだかな? いまだにハジメさんの正体がなんなのかさっぱりわからないし知ろうとも思わないのだが、昔の日本軍が質の悪い油を使っていたこと、気にしてたんだろうか?

 

 ともあれ、こうしてこれまでよりはるか遠くまで航空偵察の目配りを拡げられるようになれば、この島がどこにあるのかもわかるようになるかもしれない。そうなれば、日本へ向かう航路も策定できる。そのために子供たちがもっと遠くまで行けるようにするには、まずはこの島の安全確保だ。俺のやるべきことは変わらない。

 

「頼りにしてるぜ、ハジメさん。 ……ところで、さっそく一つ頼らせてもらいたいんだが、いきなりみんなを南の海域に送り出す前に、実戦に即した対潜演習を行ういい知恵はないかな?」

 

 ハジメさんはちょっと考えこんですぐ手を打った。

 

『あります、ありますよかっこうのあいてが。かずさん、いますぐこうしょうにいきましょう』

 

 

 ハジメさんが俺を引っ張ってきたのは工廠奥の倉庫だった。この島に来て何ヶ月かになるが、俺はここに立ち入るのは初めてだ。本棟のガラクタ倉庫は無断で漁る俺であるが、こっちの倉庫は本当に危険だからと立ち入らないよう注意されていたのだ。その倉庫も奥の方ともなると、駆逐艦では扱えないような中大型艦向けの装備なんかが保管されているようだ。

 

「ミラーさん、あまりキョロキョロするんじゃないのです」

 

 電が一緒にいるのは、工廠に向かう渡り廊下の途中で小走りに追いついてきたからだ。資源管理責任者である電の許しなく勝手になにか作られちゃかなわないのです、というのが彼女の言い分だった。

 

『かずさん、こちらです…… くれぐれもしつれいのないようにおねがいしますよ』

 

 倉庫の奥、棚の間の通路の薄暗い一角に、妖精さんサイズの陣幕で仕切られ提灯で照らされた場所があった。陣幕にも提灯にも、初めて見る八角形の家紋が描かれている。

 

「『折敷に揺れ三文字(おしきにゆれさんもじ)』紋…… 大山祇(おおやまづみ)神社、越智宿禰河野氏(おちのすくねかわのし)、瀬戸内水軍の紋なのです」

「三つ並べられてもなんのことやらさっぱりわからん」

「ミラーさんは日本のことはなにも知らないのですね。大山祇神社とは伊予国、今の愛媛県は今治市の一部、瀬戸内海に浮かぶ大三島にある神社なのです。大山祇神は山の神にして海の神、日本総鎮守の別名を持ち、中世には瀬戸内の諸水軍より篤い信仰を受けた軍神でもあるのです」

「ざっくり言えば海防、海軍の神様か」

「そういうことなのです。電たち帝国海軍にも縁の深いお宮だったのですよ」

 

 そんな神社の紋がなんでこんなところに? 陣幕に近づくと、中にいた妖精さんの一人がこちらを認めて声をかけてきた。

 

『おぅおぅこうしょうの、そやつがあたらしいていとくかの? ずいぶんとあいさつがとろかったの、のぉ?』

 

 陣幕の奥にいたその妖精さんは高く結ったポニーテールに上下白のセーラー服を着て、襟とリボンだけが赤かった。こう言ってみると洋装をしているのに、麻呂眉だったり足元が足袋とぽっくりだったりして、全体的には巫女さんかなにかの神職のような不思議な印象を受ける。彼女の前には、潜水服のような丸窓つきのヘルメットを被った妖精さんが十人ほど、二列に並んで控えていた。

 

「生憎とだが俺は提督じゃないよ。俺はカズヒラ・ミラー、この島のみんなが日本へ行く手伝いをしている。ただの傭兵だ」

『そしてわたしははじめ、かずさんにいただいたなまえです。もうただのこうしょうようせいではありません』

『そがいなことどうでもえぇ。かずひら・みうらとやら、われぁどこのでじゃ?』

「俺か? 俺は横須賀の生まれだが……」

「ほぉほぉ、じゃったらわれはもしやみうらすいぐんのすえかの?」

 

 せっかく貰った名前をどうでもいいとか切り捨てられたハジメさんはまるで叩かれた犬のような顔をしていたが、この妖精さんはどうやら俺には興味を示してくれたらしい。俺、三浦じゃなくて Miller なんだけどなぁ……

 

 俺の故郷横須賀のある三浦半島に、古くから三浦党と称する武士団がいた事くらいは俺も聞いたことがあった。三方を海に囲まれた半島の地形を思えば、それに見合うだけの水軍を擁していたであろうとも想像はつく。

 

 しかし、変な勘違いをされたまま話を続けていいものか? でもなんか妙に期待されてるし、どう答えたものか迷っていたところで電が口を挟んだ。

 

「そうではないのです。この人は鎌倉期の三浦党ではなくて、江戸初期に家康公に仕えたウィリアム・アダムス、三浦按針のご子孫なのですよ。そうですよね、()()()()()

『ほほぉ、そりゃあぶちおもろいはなしじゃのぉ! そいじゃけぇわれもきんぱつへきがんなんじゃね?』

 

 ウィリアム・アダムスが三浦姓を名乗ったのは、三浦半島に領地をもらったからだ。地元の歴史人物だから俺だってそれくらい知ってるけど、言うまでもなく俺と三浦按針の間に血縁などあるわけがない。そもそも三浦按針がいくら西洋人だからといって、彼も俺と同じ金髪碧眼だったと決まったわけではない。電が真顔で吐いた大嘘を信じて勝手に盛り上がってしまっているが、放置していいのかこれ!?

 

(黙っていればわからないのです)

 

 えぇ…… さすがの俺もそれには引くわ……

 

『わしゃぁのぉ、つるともうす。このしまですいぐんをひきいておるんじゃが、ここにはわしらをつかいこなせんこはやしかおらんでな、ぶりょうをもてあましとったところじゃ』

 

 小早というのは江戸時代まで使われていた小型の軍船だ。名前の通りに小さくて早く小回りも利くが、兵はそんなに多く乗れないし防御設備にも乏しい。

 

 この自称鶴ちゃんがいったいいかなる兵器の妖精さんかはわからないが、つまりは彼女らもまたうちの航空隊同様に駆逐艦には扱うことのできない装備であり、出番がないことに不満を抱えていたのだろう。

 

「言うに事欠いて小早とは頭に来たのです。 ……()()()()()、この子たちは甲標的という特殊潜航艇の妖精さんなのです。本来なら甲標的母艦に搭載され、艦隊決戦に先んじて敵進路上に展開して先制攻撃を加えるのが目的の兵器でした」

「しかし、お察しのとおり電たち駆逐艦には扱えない装備ですので、暇を持て余してこのように倉庫の奥を占拠して水軍ごっこをしているのです」

 

 小早呼ばわりに腹を立ててか、少々電の言いようにはトゲを感じた。

 

『すいぐんごっこじゃと!? わしらをなんとこころえる、おおやまづみのかみをまつりみしますいぐんのでんとうをうけつぐ、わしこそはつるひめさまのうまれかわりよ! かしこまれがきんちょ!』

 

 電は溜息を吐きながら俺を押し退け進み出て鶴ちゃんと直接対峙すると、ビシリと指を突きつけすごい早口で痛烈に責め立てた。

 

「三島水軍、鶴姫、黙って聞いていればなんとも図々しい話なのですね? 三島水軍を率いた大祝(おおほうり)鶴姫といえば、大三島の独立を守るため強大な大内水軍の侵攻に立ち向かった伝説上の英雄なのです。あなた方のようにろくに海に出たこともない半端者が騙っていい名ではないのです! 畳水練とはまさにこのこと、笑止千万なのです。今日からは畳水軍と名乗るがよいのですよ」

『な、な、なんじゃと!?』

「だいたい、伊予の水軍を気取りながらなんで安芸言葉を話すのですか。安芸弁ならどっちかというと大三島を攻めた大内軍の方なのです。大三島を攻め取っておきながら伝統を受け継いだとかちゃんちゃらおかしいのですプークスクス」

 

 あかんこれもう一触即発や。なにが気に入らないのか、今日の電はいつも以上に喧嘩腰だ。自称三島水軍の妖精さんたちはみな青くなったり赤くなったり、鶴姫さまは近習らしき子が差し出した太刀を抜き放ち、今にも号令をかけそうな気配だった。

 

 そこで俺は気づいた、電が後ろ手でピースサインを俺に向けていた。こ、ここまで話をこじらせておきながら、俺にこの場を収めろってのか!? あとその合図流行らす気か?

 

「待て待て待て、しばらく、しばらく!」

 

 俺はとっさに電の肩を掴んで体勢を入れ替え、両者の間に割って入ると鶴姫さまに向き直った。

 

『なんじゃみうらどの! そこなこむすめのほうげんゆるしがたし、これをみすごしてはぶもんのなおれよ! かばいだてするならば、いかなみうらどのとてようしゃせんぞよ!』

「ごもっとも、鶴姫さまのお怒りはまことにごもっとも! なれど、そこを曲げてここはこのカズヒラにお預けいただきたい、なにとぞ、なにとぞぉっっ!!」

 

 俺はその場に平伏して額を床に擦りつけた。なんか知らんがこの子と話していると俺まで言動が時代劇になってしまう、何故なのか。

 

『……よかろう、おぬしにめんじてはなしくらいはきいてしんぜる。じゃがの、わしらのこのはらだちはいかにせん?』

 

 とりあえず太刀は納めてくれたが、鶴姫さまの不愉快そうなしかめ面は変わってない。迂闊なことを言おうものなら俺が真っ先にお手討ち待ったなしに違いないのだが、あの爪楊枝サイズの太刀で斬られるのはなかなか死にきれなくて辛そうだな…… 思い出したがまるで一寸法師だわこれ。

 

「されば、三島水軍が武威、存分に示されるがよろしいかと」

『ほぅ? そがいなことはいわれるまでもないぞ』

「なれど、この者らは怪物どもの跳梁する海を越え、日の本を救いに征かんとする報国の志篤き若者にござる。これをあたら散らせるには忍びなく、ゆえにこのカズヒラもこの者らに合力しておりまする。ここは多少の跳ねっ返りは大目に見て、日本総鎮守大山祇神社を護る皆様のお導きをいただきたく存ずる」

 

 この小さな島でいがみ合いや殺し合いを始められたらたまったもんじゃない、できることならもっと平和的な手段で解決してもらいたい。しかし、これだけではまだ一手足りない。三島水軍を俺たちの仲間に引きこみ、戦力化するにはやらなければならないことがある。

 

『なるほどの。つまりみうらどのは、こやつらをえんしゅうできたえてやれと、さようもうされるかや?』

「いかにも」

『さよかー、じゃがの、わしらたたみすいぐんじゃからのー、こうしてせんすいていこそだいじにいじしてはおるがの、つかいてもおらんけりゃこうわんしせつもない。これではうみにもでられん、えんしゅうのあいてもしてやれんの、のぉ?』

 

 さっき気がついたことだが、陣幕を張った通路の両隣りの棚には大きなラジコンのような潜水艇がいくつも並んで保管されていた。今は空だが、上下に二本並んだ魚雷発射管とおぼしき穴はまるで小型拳銃のデリンジャーを連想させる。他の棚には埃をかぶったような物もあったが、これらの潜水艇だけはみなピカピカに掃除が行き届いていた。この子たちだって好きでこんな境遇に甘んじているわけじゃない、海に出たいのは間違いないと思う。だったらなんとかしてやろう、こういうのだって俺たちMSFの業務なんだぜ?

 

「ならば用意しようじゃないか」

『はぁ?』

「三島水軍が必要とする港とそれに付帯する施設、さらに継続的な整備と補給体制に至るまで、全部俺たちが用意しよう。全部揃うにはそれなりの日数がかかるだろうが、とりあえずこの潜水艇を全部海に出られるようにするまで、ハジメさん、どれくらいかかりそうだ?」

『こうひょうてきのちぇっくとせいびとほきゅう、どっくにくれーんをしつらえてしんすいとなると、まあきょうのゆうがたまでには』

「クレーンは後でもいい。水面に下ろすだけなら今日のところは人力でもいいだろう?」

『なるほど、りょうかいしました。ではそっちはあとまわしにして、わたしたちはとりあえずせいびのためのせんだいをつくるところからはじめます。どっくのこうじについてはせつえいたいのりょうぶんですから、かんとくにもこえをかけますね』

『ち、ちぃとまたんか、かってにふねにさわるでない。われぁ、わしらのふねをどうするつもりじゃ!?』

「そりゃぁ潜水艇なんだから、海に沈めるんだよ」

 

 息の漏れるような悲鳴をあげ、鶴姫さまが顔面蒼白になってふらついた。あ、あれっ? 俺なにか変なこと言っちゃった?

 

『かずさん、ごかいをまねくいいかたです…… つるひめさま、みたところこれらのふねはおもてのそうじこそきちんとされていたようですが、ないぶのせいびまできちんとおこなわれていたかどうかは、しつれいながらはなはだぎもんです』

 

 ヘルメットの甲標的妖精さんたちの中にはウンウン頷いてハジメさんの話に耳を傾けている子も見られた。整備不足については彼女たちにも心当たりはあるのだろう。

 

『つきましては、しんすいまえにいちどきちんとみておいたほうがよろしいかと…… そうそう、そちらのふくかんどの、せいびについていろいろおききしたいこともありますので、われらにごどうどうねがいます』

 

 ハジメさんは姫さまの近習とほか数名を連れてドックに出て行ってしまった。姫さまの太刀預かったまま行っちゃったけどそれでいいのかなぁ。呆気にとられて見送っていたら、入れ替わりに設営隊妖精の監督と家具妖精の棟梁が連れ立って倉庫にやってきた。

 

『いやいやしゃちょー、こうくうたいきちのかいせつがすんだとたんにこんどはせんすいていきちとは、まったくけいきがよろしいですなぁ』

『せつえいたいはげんざいだいばのぞうせいにぜんりょくをそそいでおりまして、あいにくですがどっくのかいそうにまでまわすてがたりません。りふぉーむならばわたくしどもよりもむしろとうりょうのほうがおやくにたてるとおもいまして、かってながらとうりょうにもこえをかけさせていただきました。はっはっは』

 

 棟梁の口振りからはほんの少しだけしこりを感じたが、もしかして最近設営隊ばかりに仕事を振ってるのを面白く思っていないのだろうか? だとしたら悪いことしちゃったなぁと思うんだが、俺やハジメさんも土木工事なら設営隊の仕事だと反射的に判断しただけで、棟梁をのけものにしようなんて悪気はなかったんだ。ここは監督の意見を容れて、棟梁に任せることにしよう。

 

「それじゃ棟梁、今回の施主は俺たちじゃなくてこちらにおわす姫さまだ。あくまで他のドック設備に支障のない範囲でと条件はつけさせてもらうが、予算に糸目はつけないから姫さまのご要望をしっかりお伺いしたうえでガッツリやってしまってくれ」

『ほうほう、それはそれは』

『なんじゃわれら、てをはなさんか! こら、わしをどこへつれていくきじゃ』

『まあまあ、おちついてくださいな。さっそくげんちにむかってこんごのぐたいてきなけいかくをはなしあおうじゃありませんか』

 

 棟梁と監督に両脇を固められた鶴姫さまが連れて行かれて、残った甲標的妖精たちもあわててついて行ってしまい、倉庫に残っているのは俺と電だけになった。

 

「まるでポン引きみたいなのです。ところでミラーさん? 最近大きな支出が続いているところでまた勝手なことを…… 資源は決して無限ではないのですよ?」

 

 資源の管理責任者として電が口を尖らせたくなるのもわかるが、そもそも話がこじれたのも電があまりあの子たちを挑発しすぎたからじゃないか。今後彼女たちと良好な協力関係を築くためには、ここで出すものをケチっていてはいかんだろう?

 

「電の立場はわかるが、こればかりは必要なコストじゃないか? 長い間遊ばせていた艦載機を戦力化したのと同様にこの三島水軍を戦力化できれば、この島近海は空中と海面下から二重の哨戒網に守られることになる」

「はぁ…… もういっそのこと小型の運貨筒でも用意して、今後はあの甲標的たちに遠征も任せてしまうことにするのです。せめて使った分はキッチリ稼いでもらうのですよ」

 

 戦国時代の水軍は平時には水運業も営んでいたそうだ。ならこれもある意味では本来の仕事を取り戻したと言えなくもないかもしれない。だが電に目をつけられた三島水軍がどれほどこき使われることになるか、今後の彼女たちの運命を想像して俺は心の中で手を合わせた。




 グラサン提督第三十一話をお届けしました。本作品は艦娘よりも妖精さんの方が圧倒的多数登場している現状なのですが、登場させる妖精さんについて調べるため装備図鑑をあちこち読み漁っていてふと気がつきました、妖精さんって結構エロい。特に脚や腰つきがグッと来る子が多い。意外な鉱脈を見つけてしまった……?
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