「ズタボロに負けたなぁ」
意気消沈して帰港した子供たちがドックから上陸する前に、俺はボイラーから引っ張ってきた温水で皆のペイントを洗い流してやっていた。言うまでもなく、以前俺が電にしこたまぶっかけられた熱湯とは違う、いい塩梅に調整してやったあったか〜い温水だ。どうでもいいことかもしれないが、シャワーヘッドもついてるよ。
だいたいペイントを流してやったところで、皆にタオルを配って風呂へ行かせた。全員終始無言だった。
艤装の洗浄と服の洗濯は工廠妖精たちに任せ、俺は本棟のキッチンに向かった。そろそろ晩飯の準備を始めなきゃならん。そうだなぁ、今日はカレーにするか。我が家流の野菜ゴロゴロカレー、肉は合い挽きの挽肉だ。でも今時のキーマカレーなんて小洒落たもんじゃないぜ、まだお袋が元気だった頃によく作ってくれた、安い食材でなんとか美味しくしようと工夫したカレーだったなぁ。
日米ハーフの俺は見た目がこんなだったからさ、小さい頃はそこらの悪ガキにずいぶんとイジメられたもんだった。日本が負けた腹いせをぶつけられていたという側面もあった。大きな子に立ち向かっても勝てるわけもなくて、泣かされて帰った日はよくこれを作ってくれたっけな。
でも、そろそろ中学に上がろうかという頃には俺の背もグングンと伸びて、力もだいぶん強くなった。まあ白人の血が入ってるんだから無理もないだろう、おかげで悪ガキ程度にはそうそう負けなくなった。
そして横須賀の街をうろつけば、俺と似たような境遇のやつは他にもたくさんいたんだ。いつしか街で知り合った同士がまとまって、なんとなくつるんではお互い助け合うようにもなった。おっと、決して愚連隊みたいなもんじゃなかったぜ、別に群れて悪いことしようってんじゃなかった。ただ、俺たちの居場所が欲しかっただけだ。
思い返せば横須賀の街でのたくっていたあの頃が俺の原点だったかもな。仲間を集めて居場所を作る、長じてからのMSFだって、ダイヤモンドドッグズだってそれと同じことだった。結局俺は一生同じことを続けてきたようなもので、最後に残ったのはアラスカの家一軒、娘と二人の寂しい暮らしだけだった。まあ俺の昔話はどうでもいいか。
人生も終わりが見えるようになって、いやマジで一度人生が終わってみて思うことは、若い世代の行く末だ。俺一人のわがままでキャサリーの未来を埋もれさすわけにはいかない、彼女を解放してやらなくてはいけなかった。それは放り出すということではない、彼女が自分の望む未来を選べる場所まで連れ出してやるということだ。あとは自分の望むままに進めばいい。時には失敗することもあるだろう、そんな時はうちに帰ってこい。お袋が俺にそうしてくれたように、カレー作って迎えてやるさ、俺が元気でいられるうちはな。
そんなことをぼんやり考えているうちにカレーができて、子供たちも風呂から上がってきた。風呂に入って身体はさっぱりしただろうが心はいまだ晴れないらしく、皆言葉少なで黙々と食べていた。でもみんな最低一回はおかわりをしていたから、我が家流のカレーはそれなりに好評だったんだと思う。
叢雲がおかわりに立った時、俺が彼女の皿の下に隠しておいたメモに気づいて一瞬手を止めた。叢雲はすぐ平静を装いメモを握ってキッチンに立ち、おかわりを盛ってきて食事を続けた。なにも変わっていないように見えるが、時折俺を見る眼には気力が戻ってきているのを感じた。
わざわざこんな付け文みたいないやらしい真似をしたのは、今日も妖精さんたちが俺たちと一緒に飯を食っているからだ。ちなみに、妖精さんの分は大皿に盛ったドライカレーだ。
今までもそうだったが、いつもここで飯を食っているのは工廠や家具、はたまた航空隊や台場所属の妖精さんが主で、水軍の子が食いにきたことはなかった。だから、ハジメさんから紹介されるまで俺は水軍の存在を知らなかったんだな。
またあとで説明するが、あの水軍はなかなかの曲者だ。今だって妖精さんに紛れこんだ水軍の手の者が俺たちの動向を探っている可能性もある。だから、こんなやり方で密談を持ちかけたんだ。ちなみに、叢雲に渡したメモにはこう書いてある。
『演習を見ていて三島水軍の戦術について気づいたことがある、あとで皆に伝えるから寝る前に俺の部屋に集合だ。あるいは水軍のスパイがどこかで聴き耳を立てているかもしれないから、口には出さずおまえら同士の体内通信で共有してくれ。あと、部屋の人払いについて電の配下にいる特警妖精さんの力を借りたい』
皆無言でカレーを食いながら時折俺の表情を窺ったり、盛んに目配せを送り合ったりしている。体内通信のできない俺にはわからんが、たぶん俺のメモについて相談し合っているはずだ。
「ミラーさんもおかわりはいかがなのですか?」
俺が一皿食い終わるタイミングを見計らって電が声をかけてきた。
「すまないな、じゃあ半分だけ頼むか」
戻ってきた電から皿を受け取った時、糸底に紙片が貼ってあるのに気がついた。俺はさりげなくそれをポケットにしまいこんだ。
晩飯を片付けたあと、トイレに入って電のメモを読んでみた。内容を要約すると、密談については了承すること、ただし集合場所を寄宿棟にすること、準備ができたら漣のスマホから俺の携帯にメールを送るとのことだった。
俺がここに来てもう何ヶ月も過ぎているが、いまだに寄宿棟に立ち入ったことはなかった。ストレンジラブの奴が俺が子供たちに手を出すんじゃないかと変な気を回して、棟内に物騒なガンカメラ妖精を配置したせいなんだが…… いまやプライベートエリアに招き入れてもらえるくらいには、俺もみんなの信頼を勝ち得たってことか。そう考えるとなんか嬉しいなぁ。いやいや、なにも悪いことは考えちゃいないぞ、俺は子供には手を出さないと決めてるんだからな?
昔俺がMSFやDDでマザーベース副司令を務めていた時代には、見回りなど仕事として女性隊員の兵舎に立ち入ったことくらいいくらでもあった。しかし、うら若き乙女が共同生活を営む女子寮に招かれるとか…… もしかしなくてもこれは全男性が望む夢のような黄金体験、あの頃と比べればメスゴリラの檻と秘密の花園くらいロマンの格差があるよなぁ。なんかオラワクワクしてきちゃったぞ、ウフフ。
汗臭いまま女子の部屋に踏みこむのはためらわれたので、まずは一風呂浴びることにした。なんとなくいつもよりしっかり洗ったし、なんならヒゲも剃ったし歯も磨いた、もちろんブレスケアもバッチリだ。替えのパンツだって下ろしたてを用意した。どんな事態にもあらかじめ備える、それは軍人として大事なことだ。いや悪いことは考えていないぞ、絶対そうだぞ?
ここに来た日には浴衣をもらったが、最近俺が寝巻きにしているのは麻の甚平だ。脇や肩に隙間が空けてあって涼しいし、下はハーフパンツだから裾を気にする必要もなくて気楽でいい。でもスネ毛は風呂で処理しておくべきだったかな、俺は金髪だし体毛も薄いからそんなに目立たないと思うんだが、若い女の子にはウケが悪いかもしれないな…… 着替えながらそんなことを考えて、もう一度風呂に戻って剃ってこようか迷った瞬間携帯が鳴った。
“準備ができました
ガンカメラさんには
話を通してあります
ベッドで待ってますぞ
はやくき・て・ね♡
あなたの漣”
メールにはパジャマの胸元を半分開けてウィンクする漣の自撮りが添付されていた。またあいつはこんな悪ふざけを…… でも保存しとこ、俺はメールを鍵のかかる非表示フォルダに移した。
汗が引くまで少し涼んでから本棟に戻り、ロビーから寄宿棟に続く渡り廊下の前で一度立ち止まる。廊下の天井近くにはガンカメラが仕掛けてあって、担当の妖精さんがカメラにまたがっていた。妖精さんが律儀に敬礼してきたので、俺も答礼を返した。
『さざなみさんからうかがっております、どうぞおとおりください』
通ってよしと言うわりには、決して俺から照準を逸らさないのがなんとなく気になるんだが…… そうだ、気になっていたといえば、最近ガンカメラ妖精から他部署への転属が多いのが少し気にかかっていたんだ。人手は足りているか、転出が多くて練度の維持に不安はないか、せっかくだから今のうちに聞いておこう。
『れんどのいじといわれましても、がんかめらのあつかいはかんたんですし、いってしまえばふしんしゃをみとがめたらうつだけのかんたんなおしごとですので、れんどのいじなどというおおげさなものでは…… じんいんのぼしゅうもずいじおこなっていますから、げんじょうではとくにもんだいはありません。ごしんぱいいたみいります』
もう少し詳しく聞いてみると、どうやらガンカメラ妖精というのは、そこいらで遊んでいる無任所の妖精さんにとって軍務への登龍門的な意味合いがあるらしかった。まずここで鎮守府内での生活に慣れて、いずれは自分の本来志望する部署へ進んでいく。だから人員の入れ替わりも頻繁なんだそうだ、キャリアアップの足がかりだな。
「君もいずれはどこかに進むつもりなのかい?」
『いえ、わたくしはくちくかんのみなさんをおまもりするこのしごとにほこりをもっておりますので。 ……そうだ。はなしはかわりますが、さきほどうちのさいようたんとうしゃからみょうなはなしをききました。わたしたちのほかにも、そとでようせいをあつめているやつらがいるそうです。そのせいでうちにくるしがんしゃがへるかもしれないと』
「どんな奴らだ?」
『おもてのひろばでとつぜんにぎやかなみこおどりをはじめて、ものめずらしさにあつまってきたこたちをことばたくみにさそってどこかへつれていくんだとか……』
巫女踊りだって? うちでそんな神道関係者といったら三島水軍以外にはありえない、まさか独自に志願者を集めてこの泊地での勢力伸長を始めているのか? これは耳寄りな話だ、勧誘場所が例の土管広場なら寄宿棟のすぐそばだ、皆には注意を促しておこう。
短い渡り廊下を過ぎて、ガラス戸の向こうはもう寄宿棟だ。基本的な雰囲気は本棟と似ているが、廊下には洗面所やトイレ、洗濯室、浴室などの生活には欠かせない設備とおぼしき部屋の扉が並んでいる。もちろん、そんなところに勝手に立ち入ったりはしないぞ。
まだ消灯というほど遅い時刻ではないはずだが、一階は常夜灯が灯っているだけで薄暗い。廊下の奥にはリビングのような部屋が見えているのだが、そこにも誰かいる様子はない。
リビングの手前まで進んで、俺は人の気配に気づいて立ち止まった。廊下の角に誰かが隠れている、月明かりかなにかでそいつの影が延びている。
「誰か知らんが影が見えてるぞ? 呼びつけたのなら普通に出迎えてくれよ」
返事はない。ようし、それならこっちから仕掛けてやる…… と思った瞬間背後から肩を叩かれて俺は大声を上げた。
「どわぁっ!?」
振り返ると目を丸くした吹雪がいた。いつの間に俺の後ろにいたんだ?
「ごめんなさい、こんなに驚かれるなんて思わなくて」
吹雪はトイレにでも行っていたのだろうか、でも廊下に出てきたのも俺の背後に近づいていたのもまったく気が付かなかったぞ?
「何の問題ですか?」
声の聞こえた方に振り返ると廊下の角から漣が顔だけ出していた。半分くらい予感はしてたがやっぱりこいつかよチクショー、みんなして俺にイタズラを仕掛けやがって…… 少女がおじさんにイタズラしても咎められることはないのに、なんでおじさんが少女にいたずらするのは犯罪になるんだ。法の下の平等はどこへ行った? 俺にもいたずらさせろ! いやそうじゃないよ、NoタッチだNoタッチ。
「残念だったな、漣が俺を脅かす前に吹雪に先を越されてしまったぞ」
「吹雪ちゃん? ……どこに?」
はぁ? と気の抜けた声を出して再三振り返るとすぐ後ろにいたはずの吹雪がいない。
「んほぉっっ!?」
いつの間にか漣は吹雪に羽交い締めにされていた。これまで何度か経験してきたが、吹雪は相手の虚をついて死角に回りこむのが格段に上手い。俺の後ろから漣の後ろへ、二人に気づかれることなく移動するなんて普通はできない、まるで忍者かなにかだ。
「漣ちゃん、またカズさんに悪さしようとしてた? そういうのはよくないよ」
「叢雲ちゃんまで誘って二人がかりで性的に襲おうとするほどではないかと、あっ痛たたた、ギブっすギブ、ギバーップ! ギバーップ!」
「それ以上いけない、あまり皆を待たせるのもなんだから早く行くぞ」
吹雪の締めを解かせて俺たちは皆の部屋に向かった。漣が潜んでいた廊下の角を曲がった先は階段で、二階の廊下にも一階と同じようなドアが並んでいた。ただし二階は狭い倉庫が一つの他は同じような部屋がいくつかあって、そのうちの一室を皆の寝室として使っているそうだ。
「カズ様連れてきましたぞ!」
室内に入ると、靴脱ぎと小さな下駄箱があって一段高い八畳ほどの座敷になっており、奥の壁際にはデスクが一つ。そして部屋の真ん中には長テーブルが一つ、叢雲と電と五月雨はすでに席について俺たちを待っていた。
「うわ、今度は雪女だ」
「……誰が雪女よ!?」
一瞬間をおいて意味に気づいたらしい叢雲が口を尖らせた。五月雨はきょとんとした表情だったが、電は俯いて小さく肩を震わせていた。私室だからか皆いつもの制服ではなくて寝巻きに着替えているんだが、叢雲は古式ゆかしい白の長襦袢姿だった。ほとんど白に近い銀髪とあいまって民話の雪女はきっとこんな姿なんじゃないかという第一印象だったんだ。
なお他の四人の格好だが、吹雪はどこかの学校の体操着、白いTシャツの襟首と袖口、膝上丈のハーフパンツが臙脂色のいわゆる芋ジャージだ。胸元にしばふ中と刺繍されているんだがどこの中学だろう? 漣はなんかヒラヒラした七分丈のピンクの可愛いパジャマ、五月雨は白一色の丸首のシンプルなネグリジェ、普段の服装とあまり印象は変わらないんだが生地が薄い、ある意味一番デンジャラスな格好かもしれない。
一番奇異だったのは電のパジャマだ。デザインは普通のボタンダウンのセパレートなんだが、上衣は黒地に襟と袖口が黄色く差し色になっていて、背中には煙を上げる富士山がプリントされていた。これ歴史の本かなんかで見た憶えのある柄だ、豊臣秀吉が着てた羽織とかじゃなかったろうか? ズボンの方は黄色地に黒い稲妻の小紋が散らされている、正直言って年頃の女子が好む服装には見えない……!
まあそれはいいか、俺だって人様の服の趣味にケチつけられるほど結構な服着てるわけじゃないしな。女子のパジャマパーティーのゲストなんてそうそうお招きいただけることじゃないんだ、行儀よくしよう。
「夜分お邪魔するぜ。それにしてもよく俺を君らの私室に招き入れる気になったもんだ、信用してもらえてるのはありがたいけどな」
「人の家に上がりこんでる自覚があるなら騒ぐんじゃないのよ」
「この寄宿棟は普段から特警さんがひそかに見回りをしてくれているのです。ミラーさんのお部屋に新たに網を張るくらいなら、こっちに来ていただく方が早いのですよ」
大声を出したのは俺のせいじゃないし…… 吹雪が俺を脅かしたからだし! いやそれはどうでもいい話として、先日の麻雀賭博騒ぎの時も誰にも気づかれず家具妖精に潜入していた特警さん。電が配下にしているらしい彼女らがここを警備してくれているなら、とりあえずは安心ということか?
「なるほどなぁ。じゃあ、早速話を始めようか。まずはこの写真を見てくれ。今日の演習の最後、三島水軍の早九字殺し間とかいう戦技を空から撮ったものだ」
これはカレーを煮こんでる間にみずすまし1の搭乗員さんが見せてくれた写真を俺の携帯で撮ったものだ。画質はお察しだが、縦横合わせて九本の雷跡が叢雲ら艦隊に襲いかかる様子がバッチリ写っていた。
「私にもこの光景は見えてました、逃げ場のない絶妙の狙いでしたね」
五月雨が悔しそうな声を漏らしたところで、漣が不思議そうに首をひねった。
「あれ? なんか変ですぞこれ」
漣はどうやら違和感に気づいたようだった。
「叢雲ちゃん、演習前にこっそり水軍さんの頭数数えてましたでしょ?」
「そうね。 ……なるほど、私にもわかったわよ。あいつらなかなかの食わせ者だったってわけね」
吹雪と五月雨は漣たちがなんの話をしているかわからないという表情だったが、そこで電が種明かしをしてくれた。
「昼間の演習の途中で、電たちは少なくとも二隻の甲標的を撃沈していたはずだったのです。でも、この写真で雷撃を行っているのは九隻いるのです。途中で沈めた二隻、待ち伏せをしていた九隻、囮になっていた鶴姫さまの一隻、これだけでも最初に叢雲ちゃんが数えた十隻とは数が合わないのです」
あぁー、と合点がいった様子で吹雪たちが手を打った。
「演習前に水軍はみんなの目の前で慣らし運転をしていた体だったが、たぶんあの時にはすでに何隻かは密かに湾外に出て隠れていたのだろうな。もちろん、十二隻ですべてだと限ったわけでもないぞ。水軍が実際は何隻の戦力を保有しているか、今となっては真相はもはや海の中だ。倉庫にあった甲標的をドックに運ぶのをみんなも手伝ったはずだったが、誰か総数を数えていたか?」
子供たちは皆互いに顔を見合わせて、やがて揃ってかぶりを振った。そうだよな、まさかあの時点ですでに盤外戦が始まっていたなんて誰が気づくだろうか?
「演習なのに伏兵を隠していたなんて、ズルくないですか?」
「吹雪の言いたいことは分からなくもないが、自分の手札を隠すのは当然のことだ。どうやらこの演習は、ただの対潜演習だけではすまない話になってしまったな」
もはやこの対潜演習は駆逐隊と三島水軍が海で追っかけっこをするだけのものではなくなった、海に出る前から互いに探り合い騙し合う諜報戦の様相を呈し始めている。
そういえば、さっきガンカメラさんから気になる話を聞いたっけな。これも関係のあることだろうし、今のうちに伝えておくべきだろう。
「さっき渡り廊下のガンカメラさんに聞いたんだが、三島水軍らしき子たちが裏の広場で無任所の妖精さんたちを集めているらしい。もしかしたらさらなる勢力拡大を狙ってるのかもしれん」
「つまり、現状で総勢何隻いるかわからない相手が今後なお増えるかもしれないってことですね」
五月雨はうんざりした顔だった。俯瞰視でもなかなか見えず、ソナーでも見つけづらかった相手がまだ増えると思えば無理もないことだろう。
「明日、工廠の記録を漁ってみるのです。少なくとも現在何隻の甲標的を保有しているかはそこからわかるはずなのです」
電の意見を聞いたらちょっと嫌な予感がした。昼間電は今後は三島水軍に遠征をやらせると言っていた。水軍が遠征で得た資源の一部を密かにちょろまかし、新たな甲標的の建造に回したとしたらどうなるだろう? 仮に鶴姫さまの立場にあったら誰だってそーする、俺もそーする。そんな懸念を伝えてみたら電は人でも殺しそうな顔をした。
「いくら演習の一環とはいえ、さすがに資源を勝手に私消されては見過ごすわけにはいかないのです。もはや工廠の記録を漁るだけでは不充分なのです、今後は資源の帳簿を厳格に管理して、さらに特警さんを三島水軍に潜入させてみるのです」
これで三島水軍は完全に電を敵に回してしまった。横領の証拠が挙がったらもはや演習もクソもあるまい、水軍はいったいどうなるんだろう? 地下で1050年強制労働とかだろうか?
「……今日は、ハジメはいないのかしら」
考えこんでいた叢雲がポツリと言葉をもらした。言われてみれば、いつも俺のそばにいるハジメさんがいつの間にかいなくなっている。
「どんなに資源をごまかそうと、工廠の協力なくして新たな戦力を増やすことはできないわよ。カズ、ハジメたちはいったいどっちの味方かしら?」
「少なくとも水軍に肩入れして俺たちの邪魔をすることだけはないと思うが……」
返事を濁したのは、正直自信がなかったからだ。
「ハジメたち妖精さんが今まで協力してくれてきたのは、私たちなら日本にたどり着いてこの海を護れると評価してくれてたからよ。それなのに今日の私たちは水軍相手にひどい惨敗を喫してしまったわ。もし妖精が今までのように私たちの味方をしないというなら、癪だけど鼎の軽重を問われていると思うべきよ」
「??? 叢雲ちゃん、日本語でお願い」
いつも通り吹雪が疑問符にまみれていたが日本語だよ、古代中国の故事が起源ではあるけどな。
「……つまり、どういうことだってばよ?」
「私たちじゃこの海を護るに頼りなしと判断されれば、妖精たちは旗頭をあの鶴姫にすげ替えるかもしれないわね。そうなった鶴姫が何を始めるかはあの子次第だけれども、今後私たちがどう扱われるか…… よくて水軍の配下に置かれるか、悪くすれば追放まであるかもしれないわね」
漣の疑問に答える叢雲の声は重かった。いくらなんでもそこまでやるかなぁ……? 妖精さんはイタズラはするしわがままも言うが悪意はない。だが悪意がないからこそ、飽きたオモチャみたいになった俺たちがどうされるかなんてまったく予想がつかんところがある、そこが怖い。
「げ、下剋上なのです!?」
「どうしよう叢雲ちゃん、私たちここを追い出されたって行くところなんかないよぅ!」
電がうろたえ吹雪が悲鳴を上げたが、冷静に予想するならば子供たちの追放はまずないと思う。
「まあみないったん落ち着け? いくら水軍が強くても結局は小型潜水艇の群れなんだ、できることには限りがある。対して高速で航続距離も長く、水上戦ができて上陸すら可能なおまえら、器用で貴重な戦力をムダに追放する意味がない。そうだろ?」
子供たちはまだ不安げな顔を見合わせていた。
「どうされるかわからんのはおまえらじゃなくむしろ俺だ。死にかけた所をわざわざ助けてやったのにたいして役に立ってない、こんな奴は追い出せなんて言われでもしたらどうしようって想像するだけでドキドキするぜ」
「それはないわね」
「ねぇですわ」
叢雲と漣には言下に否定された。俺を認めてくれているのだから悪い気はしないがそうかなぁ?
「ミラーさんは妖精さんのことを真面目に考えすぎなのです。あの子たちときたら、仕事の他にはご飯と遊びしか考えてないのです」
「知らなかったんですか、カズヒラさんのご飯は妖精さんにも大好評なんですよ」
「妖精さんの遊びにも根気よく付き合ってあげてますしね。妖精さんにとってはある意味得難い人材ですよ」
褒められてるはずなんだが複雑な気分だ。俺ってばここの軍事アドバイザーとかそんな役割で雇われてると思ってたんだけど、これでは実質保父さんかなにかでは?
「まあ俺のことはいいよ、ちょっと話がそれたが明日からの話をしよう。ズバリ聞くが、明日は勝てそうか?」
気まずい沈黙が広がった。
「無理か。 ……じゃあちょっと話は変わるが、俺の昔の話をしよう。どこまで話したっけか?」
「
彼氏とか言うな、俺とあいつはそんなんじゃねぇし! あれは二日酔いの罰ゲーム中に叢雲に聞かせた話だったんだが、当の叢雲が俺に断りもなく無線を通じて全員で共有してたんだよな。好きとかうかつに言うもんじゃなかったなまったく。
「だいたい全部話してるな。だけど細かいことはまだまだだよな、俺がスネークに負けてMSFに引っ張りこまれたばかりの頃の話だ」
「MSFでは格闘技にCQCを採用していた。俺も自衛隊の格闘術には多少の心得はあったが、MSFはまるでレベルが違ってて面食らったっけな。毎日毎日負けに負け続けて、それでも諦めずに食らいついていったんだ。皆に伍するようになれるまで二年はかかっただろう」
五月雨が腕を組んでウンウン頷いていた。俺は結局スネークには敵わなかったが、わずか一年足らずでスネークどころかCQCの創始者たるザ・ボスに追いつきかけたこの子にはもうどうあがいても勝てそうな気がしない。
「私たちは二年もちんたらしてられないのよ」
頬杖を突く叢雲は不機嫌な声だった。ちんたら言うな、俺だって頑張ったんだぞ? 隊員に勝てないよわよわザコ副司令じゃ沽券に関わるんだからな。
「俺が言いたいのは二年かけても水軍に勝てってことじゃあない。勝てない相手から学ぶことは大きいし、いっそ懐に飛びこんでしまえということだ」
「それはミラーさんとスネークさんのことなのです? なんだか秀吉公と家康公みたいなのですね」
「家康は秀吉に膝を屈した後、三十年かけて豊臣を克服し天下を取ったな。俺はそんな御大層な器じゃないが、スネークに負けてその下につき、やはり三十年近くをかけてあいつを討った。まあ討ったのは自分の力じゃないけどさ、あいつと俺とで勝ち残ったのは俺だ。そうじゃないか?」
「カズさん、本当はスネークさんのこと嫌いだったんですか?」
吹雪がドン引きしていた。ヤンホモを拗らすと怖いんですぞ、とか漣が耳打ちしていたが聞こえてるからな?
「そんなことはないぞ。今この時をもってなおあいつは俺の、最高の潜友だ。ただそれはそれ、これはこれだ。なにをしてでもこいつにだけは負けたままでいたくない、男にはそういう相手があるものなんだ」
皆の半数くらいは男の世界の話にしてごまかすのはズルい、と視線で主張していたが、漣と電だけはしきりに納得した様子だった。電はいやに歴史に詳しいなとは前々から感じていたが、もしかして電もそういう趣味の子だったんだろうか? たとえば武田信玄が小姓に送った手紙とか、歴史関係であっちの方の話題はしばしば聞くし……? まああまり深く追求するのはよそうか。
明日も午後には三島水軍との演習がある。とりあえず、それまでの間は各自情報収集を進めることでだいたい話はまとまった。俺は皆におやすみを告げて自室に戻ろうとすると、ロビーではハジメさんなどの主だった妖精さんが俺を待っていた。
『かずさん、やっとかえってきましたか!』
『やせん……?』
『ひとりあたり10ぷんあまりですか、5れんせんとはさすがぜつりんですな』
なんの話だ、あと監督は下世話にニチャァと笑うな。
前回の冒頭でこの先の南海潜水艦狩りの出撃シーンをすでに書いてしまっているのに、その前日譚にあたるvs三島水軍編が結構長くなりそうな悪寒。