グラサン提督   作:カレー味

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第三十四話 スパイは二度も三度も死ぬ -You only live twice or thrice-

 寄宿棟での作戦会議からの帰りに、ロビーでは主だった妖精さんたちが俺を待っていた。皆も参加すればよかったろうに、なんでこんなところでたむろしていたのか不思議に思って聞いてみた。

 

『がんかめらのやつがとおしてくれなかったのです。さざなみさんからきょかがおりていたのはかずさんだけで、わたしたちのことはきいていないと』

 

 俺が作戦会議に行ったと察したハジメさんは、もちろん自分たちもぜひ参加するべきだと考えた。しかし、この渡り廊下を守っている門番が頑として通行を許さなかったために足止めを食っていたそうだ。

 

『はにー、あすこそはきっとわたしたちもつれていくのよ、ぜったいよ?』

 

 それなんだがなぁ…… 俺は叢雲の名こそ出さなかったが、子供たちの間で妖精さんの去就について問題に挙がったことを伝えた。今まで通り子供たちを助けてくれるのか、それとも三島水軍を新たな神輿に据えるか、子供たちは不安を感じているとも伝えた。

 

『てまえどもをおうたがいというのですか』

 

 棟梁はさすがに愕然とした表情だった。

 

『むりもないことでしょう。あのこたちはいままでなんどもあぶないときこそありましたが、それでもなんだかんだでかちぬいていきのこってきたのです。ところがこんかいはたとええんしゅうとはいえはじめてのだいはいぼく、さきゆきふあんにもなろうというもの』

 

 ハジメさんの面持ちは沈痛だった。日頃は陽気な妖精さんたちも揃ってシュンとしている。

 

『……ここはひとつ、せめてわれらこうくうたいだけでもくちくかんたいへのごほうこうがせんいつであることをこうどうをもってしめすべきではないか』

『そうだな。こういっちゃあなんだが、もともとわれわれとあのせんすいていどもはてがらとしげんをくいあうあいだがらだ。かんたいのためにきょうどうしようというならてをとりあいもしようが、やつらのかざしもにたてといわれてしたがうぎりはない』

 

 航空隊の021ちゃんと天さんが顔を見合わせて互いに意見を交わしあっていた。三島水軍だってこの泊地のトップに立とうだなんて野望をあからさまにしているわけでもないのだが、間接的にも利害関係を持つからか、航空隊の面々の水軍に対する反感は強いようだ。

 

「三島水軍が独断専行を進めつつあるのに危機感を持つのはかまわないが、だからといって泊地内で妖精大戦争とかはやめてくれよ。こんなところで仲違いをしていては日本に向かうどころの騒ぎじゃなくなってしまうぜ」

『しかし』

 

 021ちゃんの反駁を一旦掌で押しとどめ、俺は言葉を継いだ。

 

「ここで誰がトップを取るかなんてことにはなんの意味もない。この泊地が活動している目的はあくまであの子たちを日本へ向かわせることだろう。そこを忘れてはいかん」

「三島水軍がどんなに強かろうとも、もしもその目的を蔑ろにするというのなら出てってもらうだけだ、そうじゃないか? どこかよその島で元気に海賊やってもらうさ」

『でてってもらうことなどできましょうか』

「俺はやるぞ、それこそ新築の甲標的基地を爆破してでもだ。やりたくないのは確かだが三島水軍が不和の種となるなら放置はできん。その時は工廠や航空隊、みんなにも迷惑をかけることになるだろうが覚悟をしてくれ」

 

 悩ましげな表情で考えこんでいた棟梁が、懐からなにかの冊子を差し出してきた。

 

『……しゃちょーのどろをかぶるおかくごはよくわかりました、これはつるひめさまとまとめたこうひょうてききちのせっけいずです。どうぞごらんください』

 

 とうりょういくらなんでもそれは、と監督が止めようとした。甲標的基地の設計図を読めば、少なくとも水軍が最大どこまでの戦力を保有できるかは一目瞭然だ。本来なら絶対に俺たちには見せるわけにはいかない重要機密のはずだった。

 

「せっかくの申し出だが棟梁、俺がそれを見てしまうわけにはいかん。気持ちだけ受け取るからここは引っこめてくれないか」

『ですが……』

「これはあくまで演習だ、ルールに則って行われるべきものだ。偵察機は使ってよいことになっているからそちらの力は借りるが、工廠に家具妖精に設営隊、泊地運営に直接関わる君たちは皆に公平でなくてはならん。そうでなければ後々にしこりを残しかねないぜ」

『かずさん、それでは』

 

 ハジメさんが声を上げた。

 

「もちろん、工廠も同じことだ。まさかとは思うが、あの子たちを勝たせるために甲標的の補給や整備にサボタージュを加えようなどもってのほかだ。そんなことをしたら君らの一分が立たないだろう」

 

 子供たちを助けてやりたい気持ちはある、だからといって敵役の水軍を不公平に扱うわけにはいかない。そんな葛藤を噛み締めた表情でハジメさんたちが顔を伏せた。

 

「そんな顔をするな、君たちがあの子たちを応援してくれていることはよくわかっている。だから、艦隊の勝利を信じて君らは君らの仕事を誠実にこなすんだ」

『やかんていさつ!』

 

 出し抜けに夜戦ちゃんが拳を振り上げ叫んだ。

 

『ていさつきならちからをかしていいんですよね、ねっ』

 

 ゆらゆらさんと夜戦ちゃんは眼を見合わせて頷くと、どこから出したのかいきなり巻き上がった紙吹雪に紛れて姿を消した。やっぱりニンジャじゃないか、ニンジャナンデ?

 

「偵察機の力を借りるってのはそういう意味で言ったんじゃなかったんだが……」

『いいんじゃないですか? もともとばんがいせんをしかけてきたのはむこうです、もんくがいえるすじあいじゃないでしょう』

 

 夜偵コンビが勇んで出て行ったところでなんとなく一段落ついたような雰囲気になり、俺も皆と別れて私室に戻りすぐ就寝した。

 

 

 

 翌日。航空隊の開設により、これまでは朝・午後・夜の三回行っていた子供たちによる哨戒は、航空機が行動しにくい夜の一回だけになっている。今後三島水軍が本格的に遠征を始めれば、哨戒だけでなく資源の獲得も期待できるはずだ。

 

 そこで、朝の空いた時間に一時間ほどの朝練を日課とするようにした。朝練とはいっても、先日のようなガッツリ半日CQCなんてものではない。ラジオ体操から始まり、ストレッチに重点を置いた運動強度軽めのものだ。これは、朝の哨戒に出る必要がなくなったからといって朝寝坊をする習慣がつくようになってはいけないから、というくらいの意味合いで行なっているものだ。五月雨などは時々物欲しげな顔で俺をチラチラ見てたりするんだが相手はしてやらん、そんな元気があったら午後からの水軍との演習に回すべきだ。

 

 朝練を上がったら朝食をとり、休憩後の午前には座学を取り入れた。もちろん講師は俺だ。主な内容は子供たちがあまり知らない太平洋戦争終結後から21世紀初頭までの世界情勢について、また固い話ばかりでもなく時代時代の文化や流行なんかについても色々と話をしてやっている。それというのも、子供たちがいずれ日本に行けばこんな小島での暮らしとは比べ物にならないほど多くの人々と交流を持つことになるはずだからだ。いざその時になって現代の一般常識を全然知らないようでは困るだろうしな。

 

 講義は寄宿棟一階の談話室で行っている。談話室というのは、昨夜寄宿棟一階廊下の奥に見えたリビングのような部屋のことだ。いつもの本棟ロビーでやってもよかったんだが、こっちには大きなホワイトボードがあったのでここにした。

 

「カズ様カズ様」

 

 ちょうどバブル期における日本の大衆文化について話していた時、漣が窓の外をチョイチョイ指し示した。

 

「なんだ漣、授業中の私語は控えろ」

「ジュリアナ東京がうちらの役に立つとは思えないんですがー…… いやそうじゃなくて外見てください、ジュリアナ南洋ですぞ」

「なんだって?」

 

 なんのことかと窓の外に目を向けると、外の妖精広場では華やかな巫女装束をまとった三島水軍の面々が巫女踊りを始めていた。

 

「鶴姫さまはいないみたいですね……」

「親玉がわざわざ出張るほどのことでもないのでしょう」

 

 三島水軍の巫女踊りは十数名の踊り子の周りに笛や鉦太鼓を演奏したり、紙吹雪を撒き散らしたりする囃子方が配置されたにぎやかなものだった。

 

「人集めなんて勝手にやればいいけど、こう目の前で大っぴらにやられると癪にさわるわね。 ……ってちょっと待ちなさいよ、なにやってんのよあいつら!?」

 

 叢雲はわざわざ指をさすほどマヌケではなかったが、その視線を追った先には巫女踊りに加わっている夜偵コンビの姿があった。

 

「あの子たち、まさかオンドゥr本当に裏切ったんでしょうか?」

 

 狼狽する吹雪はちょっと舌が回っていなかった。

 

「いやそうではないだろう、昨夜会った時には水軍を探りに行くと言ってたんだが…… まさかもうここまで深くに潜入しているとはな」

 

 ゆらゆらさんは囃子方で紙吹雪を撒く係だったが、夜戦ちゃんの方はなんと踊り子のセンターを張っていた。巫女踊りというのはもっとゆったりと優雅に舞うものだろうと想像していたが、踊り子一同ぴったりと息を合わせて激しく飛んだり跳ねたり、まるでダンスチームのパフォーマンスのようだった。

 

「ねえ漣ちゃん、もしかしてこの笛って」

「さみちゃんもお気づきになりましたか、これはまぎれもなくアレですな」

 

 和楽器でアレンジされてたので俺も最初は気づかなかったが、このメロディは『Synchronized Love』じゃないか。日本の金融業者のCMで有名な曲だ、レオタードの女の子がいっぱい出てきてひたすら踊りまくるヤツだ。巫女踊りの周りにはすでに多くの観衆が集まり始めていたが、たしかにあのダンスなら人目を惹くのは仕方ない。

 

「旗艦叢雲殿、意見具申いいっすか」

「なによあらたまって?」

「とりあえず、踊ってみたいと思います」

 

 はぁ? と叢雲と俺の返事がシンクロした。

 

 

 

 漣の作戦はこうだ。そもそも水軍は無任所の妖精さんが集まるこの広場で目を惹く巫女踊りを興行し、釣られて寄ってきた妖精さんを勧誘して仲間に加えているとみられる。

 

 そこで我々が三島水軍にダンスバトルを挑み、観衆からより高い支持を得ることができれば水軍の思惑をくじくことができるだろうという寸法だった。

 

「本当に上手くいくのですかこんな馬鹿な作戦……」

「でも、手をこまねいてただ見過ごすよりはずっとマシというか……」

 

 俺たちは今、漣を先頭にV字型の陣形を組んで広場へと行進している。俺の役目は子供たちの後ろについてギターの伴奏だ、曲目は漣のリクエストによる『Mexican Flyer』だ。

 

 これって相当昔の、それこそ俺がまだアメリカで学生やってた頃の曲なんだが、数年前にうちの娘が遊んでた日本のゲームのメインテーマに使われてて驚かされた覚えがあった。そして、寄宿棟のリビングにも同じゲームがあるのを俺はバッチリ気づいている。あれはたぶんクラーク博士のわがままで取り寄せたガラクタの残りだったんだろうな。

 

「将棋の格言にな、『敵の打ちたいところに打て』というものがある。相手の作戦目標をかすめ取り、独占性を無効化すること。いかにも漣らしいケレン味たっぷりのやり方だが、これは意外と妙手かもしれんぞ」

 

 ところでこの曲は本来ジャズバンドの曲だから、俺のギターだけで同じことはできない。だからギターにしがみついた棟梁と監督に協力してもらって低音弦でベースラインを、俺は金管パートの代わりに高音弦を使ってメロディーラインを奏でている。

 

「さっすが〜、カズ様は話がわかるッ! じゃけんはりきって行きましょうね〜、『スペースデスロン7』作戦開始ですぞ!」

「なんで第七駆逐隊なのよ?」

「今さら細かいことは言いっこなしだよ叢雲ちゃん」

 

 曲の後半、原曲なら入るはずのドラムソロを俺のタバレット奏法で再現しながら行進は広場に入っていった。タバレット奏法は5弦と6弦をわざと絡ませてかき鳴らすことでスネアドラムに似た音を出すテクニックだ、多用はできんがここぞというところで使えばインパクトはデカい。広場の観衆たちの中にも早くもこちらに気づき様子をうかがう子が現れはじめた。

 

 俺の演奏が終わったところで子供たちの行進は止まり、観衆が戸惑いがちにざわめく中で水軍側も一曲を踊り終えて睨み合いとなった。俺は最後尾から踊り子のセンターに立つ夜戦ちゃんにアイコンタクトを向けた。目が合ったのを確認しておもむろに俺は『Synchronized Love』のイントロを弾き始めた。夜戦ちゃんもそれに応じて囃子方に指図を出し、囃子方も俺のギターに合わせて演奏を再開した。

 

 イントロが終わったところで、子供たちと踊り子の双方が踊り始めた。振り付けは両者同じ、ほぼ例のCMを踏襲している。

 

 この作戦にあたって漣が俺につけた注文は三つ、一つは絶対に歌わないでくれ。俺的には非常に不本意だが認めざるを得ない。たしかに俺が歌えばステージはほぼ台無しになるだろうが、それで水軍の目的をくじいたとしても俺たちの支持はより大きく下がるだろう。

 

 二つ目は相手と同じ曲、同じ振り付けで勝負すること。これも問題はない、俺もこの曲は知っていたし、少なくとも漣吹雪五月雨はこのダンスをマスターしているようだった。どうもクラーク博士が残したDVDの中に日本のTVを録画したものがあって、そこに映っていたのを真似しているうちに振り付けを覚えたんだそうだ。さみちゃんくれぐれも転ばないでほしいですぞと漣は固く念押ししていたが、たぶん大丈夫だろう。普段はなにもない所で転んでいる五月雨をしばしば目にするが、気分が戦闘モードに入ってる時の五月雨はほぼ転ばないはずだ。

 

 ダンスバトルは実力伯仲のまま続いていた。以前しっかり振り付けを覚えた三人に比べて、嫌々ながら付き合わされたという叢雲と電は始めのうちこそ多少動きが乱れ気味だったが、この短時間の間に動きに慣れたのか五人の息がピッタリ合うようになってきていた。そろそろ勝負の仕掛け時か?

 

 ここで漣の注文三つ目、それはタイミングを見計らってギター伴奏のテンポを少しずつ速めていくこと。

 

 

 

「あいつら、えらい増えたと思いませんかね?」

 

 少し時間を遡る。先程の授業中断のその直後、謎の踊ってみたいと思います宣言に続いて、脈絡もなく漣は続けた。

 

「うちらが水軍相手に惨敗を喫したのが昨日の夕方、その時向こうの頭数は鶴ちゃん含めて十人あまりだったはずっしょ?」

「そうなのです、倉庫の奥で面会したときもそれくらいの頭数でした。もっとも、あれで全部ではなかったわけなのですが」

 

 しかし今広場にいる巫女踊りの一群はおそらく三十名をゆうに超える人数だろう。

 

「だからまぁー、あの群れのいいとこ半分くらいは昨日今日に集められた新参者、きっと充分な練度を積んではいないだろうと思うわけですよ」

 

 新参も新参の夜戦ちゃんがいきなりセンター張ってるくらいなんだしな、大いにあり得る予想だと俺も思う。

 

「なるほどな、新兵を引っ掻き回して戦列を崩してやろうってんだな?」

 

 察した俺がそう訊ねると漣はニンマリ笑った。

 

「向こうは和楽器アレンジの雰囲気に合わせているのか、それともお囃子の練度不足からか、原曲から少々テンポを落として演奏してますな。そこへ我々が乗りこんで、徐々にテンポを吊り上げてやります。最低でも原曲通り、必要ならもっと速く」

 

 気を利かせた妖精さんたちが俺のギターを運んできてくれた。漣の作戦を確認するように、最初は外の巫女踊りに合わせて、次いで原曲通りのテンポで弾いてみせてやった。

 

「俺も一応これくらいなら弾けるが、もっと速くと言われるとあまり余裕はないな。これで行けそうか漣?」

「とりあえずは充分です。では、各々、抜かりなく」

 

 

 

 短い作戦会議の経緯はそんな具合で、話はまたダンスバトルに戻る。こちらと相手方との息が合ってきたところでそろそろ仕掛けるぞ、皆準備はいいか? あらかじめ合図と決めていたギターの胴を叩く音を演奏に混ぜると、皆がダンスの動きに隠して後ろ手のピースサインを返してきた。もうこれ定着しつつあるなぁ。

 

 少しずつテンポをつり上げていくうちに、最初に水軍側の囃子方、鉦と太鼓のリズムが明らかに乱れだした。こちらに釣られてテンポを合わせてくる子と、元のテンポを維持しようとする子とでズレが生じ始めたんだ。リズムの乱れは当然他の子にも波及し、やがて笛の音を外す子、振り付けのタイミングがズレて衝突を起こす子も現れるに至り、しまいには一人が足をもつれさせて転んだ拍子に踊り子が将棋倒しになってしまった。もはやダンスバトルの体をなしていない。

 

『ひけっ、ひけーぃ』

 

 水軍の巫女踊りは旗を巻いて逃げ出し、今や広場はわが駆逐隊、スペースデスロン7のステージだった。うむっ、ほぼ完全勝利だな! 満場の喝采を浴びて一曲を踊りきり、漣を中心にポーズをキメたみんなは輝いていたよ。

 

 

「ま、ざっとこんなものかしら」

「センターは漣だったんですが……」

 

 リビングに戻ってきた叢雲は全力ドヤ顔だった。最初は嫌々だったのに勝ったとなると調子いいなぁ?

 

 

 俺の授業は中断したままだったが、もうそろそろ昼飯の心配をしなきゃいけない時間だった。上機嫌の叢雲が腕によりをかけたガジョピントに舌鼓を打ち、その後は水軍との演習の時間まで自由時間である。

 

「なんで演習の時間が4時からなんだろうな?」

 

 ふと口をついた俺の素朴な疑問に答えてくれたのは吹雪だった。

 

「たぶん、試合が長引けば日没になるくらいの時間をあえて選んでるんだと思います。夜になってしまえばもう潜水艦の圧倒的有利ですから」

 

 夜の潜水艦か…… 昔MSFが瓦解したときも、俺たちのヘリは夜の海に墜落した。あの時は海中がどうだったかなんて見ている余裕すらなかったんだが、夜ともなれば海面下はまったく見通せないだろうなぁ。南の潜水艦を相手にする本番では、深入りしすぎて夜戦に引きこまれないよう充分警戒する必要があるな。

 

 

 

 事件が発覚したのはそれからしばらく後、演習の準備のために皆で工廠に降りていったときのことだった。

 

 引きこみドックの水面に木切れのようなものが二つ浮いていたのを五月雨が見つけた。ゴミでも流れ着いたのだろうかと拾い上げてみるとそれはかまぼこ板で、裏側には夜戦ちゃんとゆらゆらさんが縛りつけられていた。

 

 悲鳴を聞きつけて集まった工廠妖精の手で縄はすぐに切られたが、二人は青い顔でぐったりしたまま動かなかった。

 

「どうしようカズヒラさん、二人とも息をしてません!」

「俺に任せろ、二人を渡してくれ」

 

 かつての俺たちMSFは少人数での潜入任務、CO-OPSを得意とした。そして戦場で味方が倒れたとき、ただでさえ数少ない仲間を見捨ててはミッション遂行はおぼつかん。だから戦場での救急蘇生はMSF全隊員の必須スキルだった。

 

 左掌に二人を拾い上げた、たしかに呼吸はしてないようだ。脈拍は…… 正直わからん。人間の脈だって正しく診るには練習が要るんだ、ましてやこんな手のひらサイズの妖精さんとあってはなお難しい。

 

 だがな、熟練の兵士として数え切れぬほど仲間を助けてきたこの俺になら、瀕死の仲間がどういう状態にあるかはひと目でわかる。具体的に言うと、二人の上に浮かんだドクロのアイコンだ。このアイコンが消えてしまう前に心臓マッサージを施せば二人は助かる。もう迷っている猶予はない。

 

 対象が人間であれば心臓マッサージの速さは1分100回が目安だ。だが小さい生き物ほど脈拍は速くなる、ハツカネズミなどは1分600回を超えるというぞ? 昭和の偉大なゲーム名人の16連打には及ばないが、10連打くらいは俺にだってできる。ゲームで鍛えた痙攣打ち、行くぞッ!

 

『おげぼぼぼぼぼぼぼぼぼごぱぁ』

『あばばばばばばぶはぁ』

「おぉ…… 人差し指と薬指で二人いっぺんに生かせまくりとはカズ様さすがのテクニシャン、まさにゴールドフィンガーですな!」

 

 どこかのレジェンド男優みたいに言うな! だが心臓マッサージが功を奏したか、二人はたちまち大量の水を吐き出して目を覚ました。

 

『やせんでしねぬとはやていのりのなおれとあきらめておりましたが、おたすけいただけるとはきょうえつしごく』

『ほぼいきかけました、ねっ』

 

 息を吹き返した二人は正座して深々と頭を下げたが、一体何があった? やはり水軍の連中の仕業か?

 

『さきほどのおどりくらべにまけたせきにんをとらされたのです』

 

 夜戦ちゃんはそう言ったがそれはどうだろう? 沈められたのが踊り子を率いていた夜戦ちゃん一人ならわからなくもないが、それだけではゆらゆらさんまで戸板流しにされた理由にはならん。そこを指摘すると、二人はううんと唸り首をひねった。

 

「やはり端から潜入はバレていたのだと思うのです。特に夜戦ちゃんは忍者気取りなのに目立ちすぎなのです」

 

 電の言いようには二人ともいかにも心外そうな不満顔だったが俺も同感だ。特に夜戦ちゃん妖精のわりに声すげぇデカいもん。

 

「スパイだと承知の上で役に立つうちは泳がせておいて、使えなくなったら即処断というわけね。やってくれるじゃないのよあいつら」

 

 叢雲がすぐそばの甲標的基地を睨みつけて不快感をあらわにつぶやいた。今も建設中の基地では家具妖精さんたちが忙しげに行き来していたが、水軍らしき子は見当たらない。

 

『すいぐんさんならさっきまとめてうみにでていきましたよ。なんせきいたかって? さあねぇ……』

 

 家具妖精の一人を捕まえて話を聞いたがとんと要領を得なかった。せっかくの留守、内偵を進める絶好のチャンスではあったが、フェンスの張られた妖精サイズの工事現場に踏みこんで行くのは人間サイズの俺達じゃ無理だ、家具妖精もそんなズルは許すまい。特警さんの調査結果に期待するしかないか。

 

「さあそろそろ演習を始める時間だ、みんな今日こそは奴らに一泡吹かすぞ!」

 

 予想外のトラブルに見舞われているうちにもう時間に余裕がなくなっていた、俺は手を叩いて演習の準備を促した。皆が艤装の起動を始めるなか、五月雨は対潜装備満載ですでに水面に下りていた。準備がいらないオールインワンタイプ、やっぱり便利だねその服。

 

 

 

 演習を結果から先に言うと今日も艦隊の負けだった。昨日ほどのワンサイドゲームではなかったが、待ち伏せしている甲標的小隊をいくつか蹴散らしつつ目標の赤い潜水艇に追いすがった局面でのことだ。

 

「水軍の赤いやつがいたわよ! 護衛は排除するわ、親玉をお願い!」

「はいッ!」

 

 叢雲たちが邪魔な随伴艇を排除し、俯瞰視ができる五月雨の爆雷投擲が敵旗艦をしたたかに捉えた。

 

『げきちんはんていでーす、せんすいていはふじょうしてきかんをとめしろはたをかかげてくださーい』

 

 審判ハジメさんのアナウンスを受けて、地の赤と演習弾のオレンジでまだらに染まった甲標的が浮上してきた。しかし、ハッチを開けて顔を出したのは鶴姫さまではなく、ヘルメットをかぶった副官ちゃんだった。

 

「こいつは鶴姫さまの丙型じゃない、甲型だぞ!」

 

 まんまと一杯食わされたことに気づいた俺は大声を上げたが時すでに遅し、艦隊が囮を追い回していた間に鶴姫さまの艇は泊地に帰還してしまった。これ見よがしの赤い塗装にはこんな狙いもあったとは……

 

 工廠にノートPCを持ちこんで演習を見守っていた俺と、居残りの航空隊をはじめとする妖精さんたちが集まっている場に鶴姫さまが近づいてきた。

 

『ほほほ、きょうもわれらのかちじゃのう? みうらどの』

「まさかあの赤塗りが囮だったとはな、盲点だったよ」

『すいぐんにんぽう・すいとんみがわりのじゅつじゃ。わしらもなかなかやるもんじゃろう、のう?』

 

 返事の後半は本職のニンジャである夜戦ちゃんに当てつけられていた。ニンジャでいいんだよな?

 

『そこなすっぱどもよ、けさはようもたばかってくれたな。じゃがそこがきにいった、われさえそのきならほんきでめしかかえてつかわすゆえ、えんりょのうわしをたよってくるがよいぞ』

 

 夜戦ちゃんはあかんべえで返したが、鶴姫さまは嬉しそうに高笑いを上げて去っていった。

 

『またいちからでなおしです、ねっ』

 

 悔しげにうなだれる夜戦ちゃんをゆらゆらさんが慰めた。

 

『ほんとうにいちからでなおしになってしまったがな』

『おぅ、ふたりともじゅくれんどがなっしんぐねー』

 

 基地航空隊の仲間にツッコまれた夜偵コンビが互いに指差しあって愕然としていた。後から聞いた話だが、艦載機妖精さんたちは皆腕前に応じた階級章をつけているんだとか。最高位は八等級で、階級章には黄色いVラインが二本並んでいる。日本軍の階級なら飛曹長あたりかな?

 

 今夜偵コンビにツッコんでた天さんやヘルダイバーちゃん、他にも航空隊の主だった面々は皆Vラインをつけている。言われてみれば昨夜までは夜偵コンビもそうだった気がするんだが…… 今は階級章がなくなってしまっていた。二等兵かな?

 

 妖精さんは決して死んだりはしないそうなんだが、死ぬほどの目に遭うと熟練度をなくしてしまうらしい。俺はさっき二人を助けられたつもりだったが、どうやら遅かったようだな。マモレナカッタ……

 

『これではもうすいじょうきぶたいのきょうかんはくびか? こうにんをさがさなくてはなるまいな』

『いますいじょうきとうじょういんのさいじょうきゅうしゃはだれだったか、みずすまし1のあいつか?』

 

 青ざめたゆらゆらさんがふらついて倒れた。彼女を助け起こしながら、夜戦ちゃんが泣きそうな顔で俺を見上げた。

 

「まあ待て、いきなりクビはあんまりだろう。腕が落ちたならリハビリをすればいい、名誉挽回のチャンスを与えてやってはくれないか」

 

 いきなり教官から更迭とかね、俺も長年米軍で教官を務めてた同業者だから余計に身につまされてしまうんだよ。教官に共感、同業相憐れむ、なんちて。

 

『かずどのがそうおっしゃるのでしたら。 ……しかし、さればなんとします? じょうじつできょうかんはつとまりませぬぞ』

 

 021ちゃんの言い分はもっともだ。教官たるもの、常に己の技量を磨いていなくてはならん。

 

「自分の地位は自助努力で守るべきものだ。夜戦ちゃんにゆらゆらさん、二人には当分の間自主トレを行うことを無制限に許可する、好きなだけ飛んでくるといい。使う資源については俺から電に話を通しておいてやろう」

『やせん! いいの!?』

『がんばりますね、ねっ』

 

 他の水上機搭乗員からは少々えこひいきに見えるかもしれない。しかし、今朝水軍の人員募集を妨害できたのは、夜戦ちゃんがダンスバトルに乗る流れに誘導してくれたのもある。そこを評価するなら、これくらいのフォローは当然のこととしてやらなきゃならんだろう。

 

 空気を読んでてくれたのか、夜偵コンビの機体は工廠妖精さんの手によってすでに水上に引き出されて暖機もすんでいた。

 

『うおぉー、やっせ――――ん!!』

 

 妖精にしてはデカすぎる絶叫の尾を引いて、もうすっかりたそがれ色の空へと夜偵は飛び立っていった。

 

『おーのー、ないとりこん(夜間偵察機)があんなにはでにばっくふぁいあをだして……』

『まぁ、そのうちじゅくれんどをとりもどせばおもいだすだろ』

 

 航空隊の面々は少々呆れ顔だった。

 

 

「畜生、してやられたわ!」

 

 マンガみたいな地団駄を踏む叢雲を先頭に、駆逐艦隊が帰港したのはその直後だった。

 

「今しがたすごくうるさい夜偵が飛んでいくのを見たのですが、何事なのです?」

 

 不審げな電に先ほどの経緯を説明してやった。電は俯いて何事か考えを巡らせている。

 

「なるほど、熟練度を取り返すために夜間の自主トレを……」

「多少余計に資源を食うかもしれんが、偵察機一機分の消費など知れたものだ。別に構わんだろう?」

「……いえ、むしろそれは使えるのではないかと。ちょっとあの子たちに連絡を取ってもいいのです?」

 

 どうやら電には何かしら思う所があるようだった、もちろんいいですとも!

 

 

 

 明けて翌朝。気になって工廠に行ってみたら、水上機基地で夜偵の整備をしているハジメさんたちがいた。

 

『おどろきですよ、あいつらひとばんじゅうとびまわってぶいらいんをとりかえしました』

「ほぉー、やるもんだなぁ。これで教官の地位も安泰かな?」

 

 よかったよかった、これでなにもかも元通りだと安堵して朝練を終えたのち朝食をとり、午前の講義中にまた表が騒がしくなってきた。水軍が性懲りもなくまた新人勧誘を始めたな? 窓から覗くと、今日は巫女踊りではなくバンドだった。ギターボーカルとしてステージの中央に立っているのはやっぱり夜戦ちゃんで、今日は変装のつもりか似合わないヒゲ眼鏡をかけている。

 

「……カズさん、これどうします?」

 

 困惑声の吹雪が俺の脇腹をつついた。

 

「どうするって、見ちゃったからには相手をしないわけにはいかんだろう?」

「皆行くわよ、海戦で負けても歌じゃ負けられないわ」

「もう駆逐艦の面子はボドボドだよ叢雲ちゃん……」

 

 この後の展開はもうだいたいお察しだと思うが、午後には夜偵コンビが今度はクレーンに吊るされて、再び徹夜で熟練度を取り返すことになる。いつ寝るんだこの二人は?

 

 




 ほぼ三か月のご無沙汰でした、グラサン提督の三十四話をお送りしました。

 その間もブラウザ艦これからは夏イベ、ハロウィン、秋刀魚と見逃すわけにいかないイベントが立て続けに打ち出され、私もなんとかついて行ってる次第であります。特に今年のハロウィンは一年かけて漣を貯めておいたのが効きました、これで改二が来てくれたなら……!

 それでは、また次回のグラサン提督で。
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