三島水軍との対潜演習が始まってから四日目の夜、晩飯後に俺は再び寄宿舎へ誘われた。今夜はまだ早い時間のせいか、先日は真っ暗だった一階にもまだ明かりがついていて、奥のリビングから漣が手招きしているのが見えた。
「待ってましたぞカズ様、さぁさ座ってくださいな」
リビングにはわりとデカいテレビ、その前にはローテーブルと二人掛けのソファーがある。テーブルにはお菓子とコーラと、そしてレトロなご家庭コンピュータ様が鎮座ましましていた。
「なんだと思えばゲームのお誘いか?」
「でもカズ様こういうの好きっしょ? 授業中もチラチラ見てただろ」
なんで見る必要なんかあるんだよ。しかしテレビゲームが好きなのはその通りだ。アラスカも真冬ともなるとどうしてもインドアな趣味に傾倒しがちでなぁ、わざわざ日本のゲームを取り寄せてずいぶん遊んだものだ。ここに来るまでは去年秋に出た恐竜ハンティングゲームにハマっていたんだが…… そのゲーム機も自宅ごと灰になっちまったろうなぁ、あとちょっとでねんがんのメイドな装備が完成できたってのに、とほほ。
差さってるカセットは元祖配管工兄弟のアレだ。ほーぅ、二人プレイのなんたるかをわかった上でのチョイスか? いいだろう、では教育してやろう、本当のゲーマーの闘争というものを。
とは言っても最初の数面は普通に協力プレイのまま進行した。漣と一緒にプレイするのは初めてだったはずなのに息はピッタリだった、俺たちはいいパートナーだったよなぁ!?
しかし、それはまだ互いにお手並み拝見の小手調べに過ぎなかった。十枚のコインを取り合う最初のボーナスステージ、そこからは本気の取り合いが始まって、そろそろ向こうも牙を出してきたなと感じた。
さらに次の面からは新しい敵のカニが登場した。こいつは二回叩かないとひっくり返せない相手なんだが、漣は一回目を叩きそこねたふりをして、怒ったカニをこっちに直接ぶつけてきやがった。
そこから先はもう互いに容赦ない毟り合いとなった。敵の処理などそっちのけ、相手が蹴ろうとした敵を即座に叩き起こしてミスを誘う。パワー床なんかあっという間に使い切った。
基本的にこのゲームは頭上の敵しか攻撃できない。つまり、より下の位置を取った方が有利となる。そうなるとしばしば両者最下段での押し合いが発生しがちなのだが、同じ段に長くとどまっていると画面端で発生した緑のファイアボールが飛んでくる。ずいぶん古いがよく考えられてるよな、このゲーム。
そしてまさに最下段で争っていた今、漣の操る配管工弟の背後にファイアボールが現れた。残機はお互い最後の一人、こいつを漣にぶつけさせれば俺の勝ちだ。俺は漣の逃げ道を塞ごうとしたが、若さの差か向こうの反応が一瞬早く、上階にジャンプして逃げられてしまった。
勝利を確信した漣はドヤ顔ガッツポーズをキメたが、コントローラーを置くのはまだ早いな。俺は慌てず数歩下がって位置を整えると、ファイアボールは俺の頭上をすり抜けて飛んでいった。
「うせやろ!?」
俺はすかさず上階の配管工弟を真下から突き上げた。あとはタイミングよく連続で突き上げ続けるだけで、漣はもう一切行動不能になってしまう。これがこのゲームで下を取られてはいけない最大の理由だ。
「ふははは、あのファイアボールは蛇行して飛ぶからなぁ! 軌道を見切れば棒立ちでも潜れるんだ、さすがの漣も知らなかったようだな?」
「ああぁ、カズ様それダメ、ズンズン突き上げるのやめてぇ!」
「だが断る。ほれほれ、さっき逃したカニが上から戻ってきたぞ?」
「もうダメ、来ちゃう、カニが来るぅ〜! アッー!!」
なかなかしぶとい相手だったが、抵抗虚しく漣はカニに突っ込んでゲームオーバーとなった。しかし俺も再び沸いたファイアボールを二度目はかわしきれず、漣に続いてゲームオーバーだ。でも勝ちは勝ちだ、やったぜ。
「白熱した勝負だったね、叢雲ちゃん!」
「どこがよ…… まるっきり骨肉の醜い争いにしか見えなかったわよ?」
漣以外の皆は大人しく勝負を見守っていたが、興奮冷めやらぬ五月雨に対して叢雲の返答は冷ややかだった。
「協力しあえばいくらでも先の面に進めるでしょうに、なんで潰しあって共倒れしてんのよ?」
それは人類に言ってやってくれ、うーん今の俺そこはかとなく社会派っぽい。まあこのゲームに限って言えば、単調な面をループし続けるよりは潰し合いの方が面白いってのが正直なところだ。
「骨肉だからこそ相争うということもあるものなのですよ」
俺たちのゲーム観戦には加わらず、静かになにか書類を熟読していた電がファイルから顔を上げた。
「なんの話?」
「……いえ、ただの一般論なのです。武家においては家督継承を争った身内同士の殺し合いは枚挙に暇がないものですから」
そう言われるとたしかにそんな話はよく聞いたような、織田とか上杉とか相当のメジャーどころでもそうだったはずだ。いや大身だからこそ争わずにはすまないのか、当主の座を継ぐか、さもなきゃ家中の一武将で終わるか。それは本人同士だけではなく、それぞれの配下の家臣団にとっても家運の盛衰に関わる問題だったろう。
「それだけではすまないのですよ? 仮に家を割ることを避けて家督を相手に譲ったとしても、後々謀反の火種となると新当主に疑われれば粛清されることもあるのです」
「結局はライバルを殺さなきゃ生き残れないってことなのか」
そうなのです、と電は重々しくうなずいた。事情は違うがそれは俺も嫌になるほどやってきたことだ。
「それで、電はさっきから何を読んでるんだ?」
「水軍に潜入している特警さんの中間報告を読んでいるのです。ここ二、三日ほど水軍には資源回収の遠征をお願いしているのですが、その収支報告書なのですね」
そう言って電は俺の手にファイルをよこした、読んでみろってことか。
三島水軍は、俺たちの演習相手以外にも潜水艇でこの泊地近隣に点在する小島を廻っている。そこかしこで妖精さんが運営している鉱山や油田の産する資源を回収するのが仕事だ。
「……びっくりするくらい普通だな」
この泊地の資源収支状況について詳しいわけではなかったのだが、俺も元々MSFで金庫番を任されていた身だ、帳簿を見れば物資の流れはおおよそ把握できる。特に子供たちが自力で回収を行っていた頃と比較しても、数字に特段の不審点は見当たらなかった。
「なあ電よ、俺はあの潜水艇の運搬能力はよく知らないんだが、この数値になにか問題はないのか? 俺が見る限りでは、以前の収支と大差ないように思えるんだが」
「その通りなのです。少しくらいは資源をちょろまかしてくるかと予想してたのですが、あまりに数字が整いすぎているのです。だからこそ怪しいのですよ」
『ごめん』
不意に頭上からかけられた声が割りこんできて、皆が見上げた天井から夜偵コンビが飛び降りてきた。
『そのごふしんごもっともとぞんじます。おやかたさま、いなずまさん、これを』
『とんでもないねたをつかんできました、ねっ』
御屋形様? それ俺のことか? ずいぶん偉くされたんだな俺、いやそれはどうでもいいか。二人が差し出したのは数枚の航空写真だった。以前みずすまし1ちゃんに見せられたこの島の航空写真と同じようなものだが、すべて夜間の撮影だった。
「これは…… 鉱山に製鉄所、油田に精油所、弾薬工場らしきものも写っているのですね」
「こっちはなんだ? 潜水艇じゃないな、輸送船団か?」
隣りに座っていた漣がどれどれ、と俺の手にする写真を覗きこんできた。
「あれ? ねえこれ、もしやダイハツじゃないです?」
漣が俺の手から写真を引ったくり見せて回ると、そうだねダイハツドウテイだねとみな口々に声を上げた。ダイハツ童貞? たしかに俺みたいなアラスカ暮らしでは日本特有の軽自動車には縁がなかったがどど童貞ちゃうわ!? いやそうじゃないよ、本当のところダイハツってなんのことだと聞いてみたら漣が教えてくれた。
「大発動艇ってのは艦艇に搭載する上陸用舟艇です。地上の目標に対して戦車や歩兵を揚陸するのに有効なんですヨ」
「なるほど、ランチみたいなものか」
今度は吹雪が首を傾げた。なんでこんな夜更けに昼ご飯の話を? といぶかしんでいそうなのがありありと見て取れる表情をしているが、lunchじゃなくてlaunchだからな?
「おい電、ひょっとしてこいつは」
「電にもカラクリが読めてきたのです」
「ヤミ営業だな」なのです」
二人の答えがほぼ合致して、俺たちはどちらからともなくうなずき合った。
「ヤミ営業ってなによ?」
叢雲の疑問には電が代わりに答えてくれたのだが、その内容を要約しよう。
事情を聞けばそもそも大発妖精たちもかつての水軍と同様で、この泊地の子供たちが扱うことのできない装備として半分忘れられたまま倉庫で退屈を持て余していた部隊だったそうな。
そして、どちらから持ちかけた話かまでは知りようもないが、おそらくは電が水軍に資源回収遠征を申しつけたのを契機としてこの二者は手を組んだ。水軍の遠征に大発部隊も随行し、水軍の運んだ分だけは正直に泊地に納入する。だから、あくまで泊地の帳簿の上では不審点は出ない。そうして電の眼を欺いておいて、密かに運んだ大発部隊の分は全部自分たちの懐に入れてしまおうというのだろう。
「でも、それじゃああちこちの島で資源を生産してくれてる妖精さんたちの負担が増えすぎてしまうんじゃないですか?」
吹雪が不審げに首をひねった。
「おそらく、そこがカラクリの肝だ。三島水軍は、何度も邪魔されながらも毎日人集めを続けているだろう? 俺たちはその人員を潜水艇の増員に充てると考えていたが、それだけならあんな大げさな頭数を集める必要はない。集めた人数から選り抜きの腕利きだけを実戦部隊に正式採用して、残った人員を各地の製鉄所や工場に送りこみ資源を増産させているとしたらどうだろう?」
わぁ、自分で言っておきながらなんだが、それじゃあ水軍はまるでかつてのMSFかDDと同じことをやってるってことだ。これでは水軍のやり口に俺がどうこう文句をつけられる筋合ないんじゃないか?
「まるで人足寄場みたいな話なのですね」
電が苦々しげに吐き捨てたが、人足寄場なんかじゃないもん…… DDはあの時代としちゃ珍しいくらい隊員の福利厚生には気を使っていたつもりだ。危険でストレスフルな仕事だからな、医療やカウンセリングは専門の班を置いて充実させていた。また戦闘班や諜報班といった外に出るチームなら多少仕方ないところもあるが、内向きの拠点開発班みたいな部署なら無茶な長時間労働はさせてなかったし、隊員は休暇だって取れた。俺たちは決してブラック企業なんかじゃない、ブラックオプスではあったかもしれないが。
いや今は俺たちの話をしてたんじゃない、三島水軍のヤミ営業の話だった。
「大発を輸送船団代わりに使っているとして、隠匿した資源をどこに隠しているのかしらね?」
叢雲の疑問に夜戦ちゃんはニヤリと笑うとさらに一枚の写真を差し出した。なるほど、どこかの小島に積み上げられたコンテナが写っているな。
『それぞれのしまのいちは、ここと、ここと……』
五月雨作成のこの泊地周辺海図を持ち出して、ゆらゆらさんが生産地や集積地の各ポイントをマーキングしていった。
「ここのところ毎日熟練度をなくしちゃあ毎晩徹夜の訓練で取り返しているのは知ってたが、この写真はそのついでに撮ってきてくれたのか? それにしてもよくここまで調べてくれたものだ、本当に助かるよ」
『うふふふ』
今ゆらゆらさんがつけている青線二本の階級章を半分めくって見せると、下から最高位の黄色いダブルVラインがのぞいた。なん、だと……?
『ほんとうにやられていたのはしょにちだけです。あとはぜんぶしんだふりです、ねっ』
『じゅくれんどをなくしたふりをしてわざわざはでなはいきえんをふかせてみせたり、さわがしいえんじんおんをならしてきかせたり…… ひごろからまわりにそうおもわせておけば、いざというときたやすくやみにまぎれられるのです。これぞやせんにんぽうのひでん、ごたごんはむようにねがいます』
二人はそこはかとなくニンジャめいてはいるがまったく忍ぶ気のなさそうなポーズを決めた。くそぅカッコいいじゃないかニンジャ、俺もニンジャの家系に生まれたならよかったのに。アイウィッシュアイワーニンジャ。
「ミラーさん」
ニンジャをうらやむ妄想にふけっていた俺に電が声をかけてきた、うん、なにかな?
「申し訳ないのですが、明日の午前の座学は中止にしてもらってもいいのですか? 夜戦ちゃんが調べ上げたこれらのポイントを一度見回ってこようと思うのです」
五月雨の海図に書きこまれたポイントは、この島の東側に集中している。水軍は子供たちとの演習において西の小島を演習の重要ポイントに指定して注目させておきながら、まさに裏で密かにこういうアルバイトを始めていたわけだ。
「まさか襲撃して略奪をはたらこうってんじゃ、ないよな?」
「略奪ではないのですよ、あくまで表敬訪問なのです。妖精さんが新たに開拓してくれた資源生産地にお土産持参で伺って、今後ともよしなにとご挨拶するのです。そうすれば、お返しにたぁんと資源を頂戴できることもあるのですよ?」
さらりと言ってのけた電は笑顔だったが、俺にはわかる。この子水軍の備蓄を根こそぎかっ剥ぐつもりだな?
「それじゃあなにか美味しいもの作らなくっちゃね、どうする電ちゃん?」
「五目寿司なんてどうかしら? 電ちゃんの五目寿司、いつも妖精さんに好評だもの」
「いいですね、それなら大量生産にも向いているのです。それでは、明日はみんなにも朝からお手伝いをお願いするのです」
電の真意には全く気づいてなさそうな吹雪と五月雨の提案で、明日は朝から寿司を作ることに決まった。そういうことなら、俺も早起きしなくちゃな。その夜はそこでお開きとなって、俺は本棟の自室に帰って寝た。なんでか知らないが、隠し田が見つかってお代官様に鬼詰められる江戸時代の農民になった夢を見た。
翌朝、俺はいつもより早起きしてキッチンに向かうと、電たちがもう寿司の準備を始めていた。俺も酢飯を冷ましたり具を混ぜたりと手伝ったのだが、朝飯に皆で食った五目寿司はたしかに美味かった。酢飯の味わい深さが昔俺が自分で作ったやつとは段違いだった、秘訣を聞いてみたら米を炊く前から昆布や酒などを加える関西風のレシピだそうだ。
「俺は寿司といったらやっぱり握りを真っ先に想像するんだが、五目寿司も美味いもんだな」
「お口に合ったようならなによりなのです。 ……ミラーさん、やっぱり握り寿司が食べたいのですか?」
「まともな握り寿司なんてもう何十年も食ってないからなぁ。ガキの頃は寿司屋に行くようなゆとりはなかったし、自衛隊にいた頃時々行ったくらいだったかな」
寿司屋と聞いて叢雲の電探の点滅が明らかに速まった。
「日本に帰ればいくらでも食べられるわよ。その時は私たちも連れて行きなさいよね、社長さん」
「「「「ゴチになりまーす♪」」」」
俺をからかう叢雲に続いて皆の声が唱和した、ちょっとみんなたち!? いや俺もう社長じゃないし? 現在俺はMSFに最後に残ったひとり社長ということになってはいるが、この島から出られずに逼塞している現状、その経営実態はただの白紙だ。
俺自ら興したバーガー・ミラーズの経営から退いたあと、経営陣はもう女房とその親族で固められて俺が戻る余地はない。残っているのは実権のない名誉職のささやかな手当と、保有している自社株からの配当、あとは米軍から下りる恩給だけが俺の収入源だ。
とはいえ額面としてはまだ恵まれた境遇のはずだ。娘と二人で細々と暮らすくらいならなんの問題もなかったし、俺にもしものことがあったとしても当面困らない程度の遺産を遺してやれる貯蓄もあった。でも俺は住み家を焼かれちゃったわけだしなぁ、日本に帰って一から暮らしを立て直さなきゃならんとすると、決してそんなすしざんまいな贅沢をする余裕は……
「カズさん固まっちゃったよ」
「これは頭の中で必死でソロバンを弾いている時の顔なのです、電にはわかるのです」
「ねぇ〜ん、カズ様ぁ? 漣、回らないお寿司食べたいですぞ?」スリスリ
「カズヒラさぁん♡」スリスリ
やめろ漣肩を擦り寄せてくるな、あぁ五月雨まで漣の真似を! やめてくれその術は俺に効く、漣は割とどうでもいいが五月雨なら大特効だ!
「……回らないお寿司って、なに?」
漣の口走った一言を聞きとがめた叢雲が訊ねた。これは絶好の助け船かもしれん!
「回らないお寿司というのは、普通のお寿司屋で出す職人さんが握ったお寿司のことですぞ」
「それがわからないわ。そもそもお寿司ってそういうものでしょう? あんたの言い分だと、普通でない回るお寿司があるように聞こえるのよ」
生まれてこのかたこの孤島から出たこともないはずなのに、漣は妙に現代の世情に詳しくて時々不思議に思う。しかしこれはチャンスだ、一流高級寿司店は厳しいが回転寿司くらいならいくらでも奢ってやれる。どうにかそっちに興味をそらせれば……!
「普通でないというと少々語弊があるが、現代日本では回転寿司という新しい業態の寿司屋が人気なんだ。そういう店では客席の前を循環するベルトコンベアにバラエティ豊かな寿司の皿が回っていて、客は好みの皿を自由に取っていいことになっている。精算は皿を数えて行うんだが、各チェーンによりさまざまなネタを均一価格で提供するところ、ネタのランクにより皿の模様を変えて値段の差をつけるところなど、その辺は各社特色あるようだな」
「ふぅーん、ところでカズはその回転寿司とやらに入ったことあるの?」
「日本の寿司は今や世界でも人気なんだ。俺のいたアラスカでも、アンカレッジまで出て来れば回転寿司屋があったさ。ただ日本人が経営に関わってないケースも多いようでな、俺も純日本の回転寿司がどんなものかはよく知らん。聞くところによれば寿司ばかりでなくサイドメニューには揚げ物やラーメン、他にもプリンやケーキといったデザートなんかもあるんだそうだ。それでいて価格は抑え目、ファミリー向けのちょっとした食のエンターテインメントだな」
全員五目寿司を食う箸を止めて虚空を睨んでしまった。たぶん回転寿司のなんたるかを想像しようとしているのだろう。
「……これは、ますます日本に帰れる日が楽しみになっちゃいますね」
「お寿司とケーキって聞くと食べ合わせが悪そうだけど、食事からデザートまで和洋中全部一軒で賄えるというのは凄いことよね」
「それだけやって低価格というのも驚きなのです。どうやって経営しているのでしょう」
吹雪たち三人は乗り気で口々に期待を語っていたが、漣と五月雨は少々釈然としない様子だった。
「二人とも、回らない寿司だっていずれご馳走するからそんな顔をするな。そうしょっちゅうとはいかんだろうがな」
はぁ、結局女の子には弱いんだ俺は。でも回らない寿司はたまにだぞ、たまにだからな?
「やったぁ! カズヒラさん、ありがとうございます! 私、がんばりますから!」
「約束ですぞ、きっとですからね」
日本に行ったらやらなきゃならん仕事が増えたな、寿司代の積み立てしなきゃ。
朝食の後、折り詰めにした大量の五目寿司を収めたドラム缶を背負って子供たちは出かけていった。用心としてきちんと実弾で武装はさせたが、それはいつもの水上艦相手ばかりではなく対潜掃蕩も視野に入れた選択をしている。まあ敵方の潜水艦もここいらをうろついているから当然のことだ。
しかし、もしも資源地をめぐって水軍と交戦せざるを得ない状況に陥ったときどうなるか、考えるだに気が重い。最悪の事態として水軍相手に演習どころか戦争状態に突入した場合、内戦で疲弊するこの島を外敵から守り抜くのはさらに困難になるだろう。そうさせないためには、速やかに事態を収束させること。マジで甲標的基地の爆破まで考えなくてはならんかもしれない。俺も覚悟を決めてかからなくてはな。
子供たちがいつ戻れるかわからんので、今日は俺の当番日ではなかったが昼飯の準備を始めておこうと思い立った。そうだなぁ、冷蔵庫にコールドチキンがあるからクラブハウス・サンドイッチにしようか。そうそう、勝手に進めるんじゃなくてちゃんと連絡をしておかなきゃな、報連相は大事なことだ。
その旨漣のスマホにメールを送ってやったら、しばらくして添付画像つきの返信が来た。昼飯当番代行についての簡潔なお礼と、画像は訪問先での状況を撮ったものだった。五目寿司の折り詰めに蟻のごとく群がる炭坑夫めいた姿の妖精さんや、蓋が閉まらないほど資源の詰まったドラム缶が写されていた。どうやら電の五目寿司作戦はうまくいっているようだった。
俺がさんざん気を揉んだのをよそに、艦隊が満面のドヤ顔で帰ってきたのは昼前のことだった。会敵はなし、五目寿司は大好評、皆が背負ったドラム缶は資源でいっぱいだった。遠征はやはり大成功だな。
艦隊は遠征先から幾人もの妖精さんを連れ帰って来ていた、皆あちこちに飯粒をつけたままだった。聞けば彼女らは皆電配下の特警さんから水軍に潜入を試みていた者たちで、例の空き地での人員募集に乗じて水軍に潜りこんだ後、各所の資源地に送りこまれて強制労働に従事させられていたのだった。
『たこべやのしごとはきつかった』
『しかもめしがまずいのなんの』
『おすしおいしいです^q^』
飯粒をひとつひとつ丁寧に取ってやりながら、特警さんが資源地での強制労働の実態について証言してくれるのを皆で聞いた。いわく、一日の睡眠時間は三時間、休日はなし、飯は美味くもない缶詰ばかり。巫女踊りに回されるのはまだマシなほうで、広場で徴集された妖精のほとんどは即日島送りだったそうだ。
「なるほど、それじゃあこの妖精さんたちはまるで奴隷みたいな扱いだったんですね!? みんな、ひどいと思わない!?」
「そもそも我々が遠征を行っていたのは、この島から出て外で資源を稼いでくれている妖精さんたちへ定期的にご飯を届ける意味もあったんです。それなのにこんな扱いにしてしまっては、我らの信用は海の底ですぞ!」
義憤に駆られて気勢を上げる吹雪らとは対照的に、電たちの反応は静かだった。
「少なくとも、これは明らかに水軍の失着なのです。充分な食事や娯楽を与えられなかった妖精さんがどう思うか、そこから水軍の統制を切り崩していけるのではないのですか?」
兵に与える食事と休養、それはとても大事なものだ。かつての俺たちMSFでも、そういうことをおろそかにした結果起きた事件があった。あれはまだコスタリカに入ったばかりの頃だった。それまでの宿無し生活から一転、広々としたマザーベースに移り住んだ俺たちは浮かれ気分だった。組織を拡大することばかりに躍起になって、急激に増えた隊員に充分な配給が行き届かなくなった。
すると、たちまちのうちに脱走者が相次ぐようになった。俺は追手をかけようとしたが、スネークが止めた。飯の食えない部隊に命を預けられる奴はいない、行かせてやれと哀しげにあいつは言った。それから、部隊に残ってくれた者を集めると、あいつは皆の前で不始末を詫びた。俺たちのマヌケでスネークに頭を下げさせてしまったんだ。
それ以降、マザーベースには食糧調達を専門とする糧食班が置かれることになった。それからは食糧事情も改善されたが、それで逃げた奴らが戻ってくるわけでもなかった。あいつらはあれからどうなったんだろう? 俺だって飯の食えない切なさくらい知っているつもりだったのにな、今もなお振り返るだに苦々しい失敗の思い出だった。
そんな話を皆にしてやっていたら、黙って耳を傾けていた五月雨が拳を震わせて立ち上がった。
「許せません…… 許すわけにはいきません、妖精さんからお寿司を取り上げるだなんて! 私だってもしもお寿司を取り上げられたりなんかされたら、私はっ……!」
エッ俺そんな話してたっけか? 普段穏やかな五月雨が怒りわななく様相は実に恐ろしい、そろそろ寿司を食べさせないと死ぬぜ! たぶん俺が、死因はCQCで。
話の腰が折られたところで、叢雲はソファーに背を預け溜息を一つ、脚を組み替えて宙を仰ぎ口を開いた。
「やはり水軍は潰すべきね」
「できるのか? 言いたかないがおまえら負けっぱなしなんだぞ」
「できるできないの話じゃないわ、やるのよ。でも私たちがやり損ねたならカズ、悪いけどあんたに任せるわ」
本当にいざという事態に至った場合は、前にも言った通り俺の手で甲標的基地の爆破というのもやむなしかもしれない。ただ、当然ながら隣接する工廠や屋上に造った航空隊基地に被害が及ぶことは避けきれん。これら重要施設に被害を受ければ、その機に乗じた近海の怪物どもが攻勢を強めてくるであろうことは想像に難くない。
そして、今や甲標的基地を爆破したとしても、それで邪魔な水軍を殲滅できるというわけでもなくなってしまった。すでに彼女らはこの島の外に独自の根拠地を築いているのだ。もともと我々は島南方の敵潜水艦討伐を目的としていたというのに、水軍という余計な敵を身近に抱えることになってしまう、頭の痛い話だ。
そろそろ演習の時間が近づいてきたので、皆で工廠に集合して準備をしていたとき、白旗を掲げた水軍の甲標的が一隻ドックに入ってきた。乗っていたのは副官ちゃんで、軍使の用向きは鶴姫さまからの親書を届けにきたということだった。ただし、古風な巻紙に毛筆で書かれた文面は、ものが妖精さんサイズであることもあいまって、俺にはまったく解読できなかった。
「吹雪、あんた眼はいいでしょ? なんて書いてあるのかわからないかしら」
「うぅ…… 叢雲ちゃんわかってて言ってるよね、こんな達筆私に読めるわけないよぅ」
結局、虫眼鏡だのなんだのを駆使して手紙を解読したのは電だった。虫眼鏡は俺がここに来た日にストレンジラブが俺のこめかみを焼くのに使ってたやつで、探し出すのに少々手間取りはしたものの研究室のデスクから見つかった。
「つまるところ、このお手紙は果たし状なのですね」
「今さら果たし状? 毎日演習してる相手なのに?」
吹雪は不思議そうな顔だったが、電は真剣な面持ちで続けた。
「だから果たし状なのです。鶴姫さまは電たちが水軍の領地で略奪を働いたことを大いに怒っていると、今日は実弾で相手してやるから我々にも実弾を持ってくるようにと、いつもの時刻に西の小島にて待つと、要約するとそのように書いてあるのです」
実弾を持ってこいとは、もはやこれはただの演習ではすまないぞ。大変なことになった……
長々とお待たせしました、グラサン提督第三十五話をお送りしました。
冒頭のゲームの話なんですが、PS2の初代モンスターハンターがアメリカ全土で発売されたのが2004年秋のことなので、カズも遊んでた可能性がワンチャンあるんじゃないかな、というのが思い付きの発端でした。
それでは、また次回のグラサン提督でお会いしましょう。