グラサン提督   作:カレー味

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 第四話をオトドケスルー(カズラジ感)

 毎週火、金曜日更新をとりあえずの目標とするので、不定期更新タグは外してみようと思います。
 再びこのタグがついた時は筆者がストック切れに苦しんでると解釈していただいてまず間違いありませんので、どうか神に祈ってください。Kojima is god!


第四話 博士の異常な愛情

 五月雨がお茶を淹れに立ったあと、しばらくは他愛ない雑談になった。皆には戦後の日本や国際情勢などの話をずいぶん聞かれたが、ふと先ほどの疑問を思い出してストレンジラブに話を向けてみた。

 

「そういえばストレンジラブ、日本語に堪能だとは知らなかったな」

「いや…… 話せるようになったのはここに来てからだ。この子たちは英語もいくらかは話せるそうだが、やはり日本語のほうがコミュニケーションをとりやすいからな」

 

 ここに来てから日本語を覚えたのか、やっぱり天才ってのは半端ないな。俺も日本にいた頃は、いずれはアメリカに行くんだって考えて熱心に英語を自習していたし、親父の手がかりを探して煙草屋に来る客の米兵とも積極的に話をしたもんだった。本格的に英語を学んだのは渡米してからだったが、それでもだいぶ苦労させられたよ。

 

「たいしたもんだな、俺が英語を覚えるまでには何年も苦労したよ。あんた、ここに来てどれくらいになるんだ?」

「私がここに来てそろそろ一年ほどになるかな。五月雨が戻ってきたら、今度は私がここに来た経緯を話してやろう」

 

 そんなことを話しているうちに、奥へ続く廊下から香ばしい香りが漂ってきた。俺にとっては懐かしい香りだ、これはカリブ海にいた頃好んで飲んだマテ茶じゃないか。

 

 まもなく香りの向こうから、丸盆を捧げ持った五月雨が近づいてきた。上には、ひょうたんをくり抜いて作られた、マテ茶ではポピュラーな茶器が七つ載せられている。

 

 しかし、ひょうたんを利用しているがためにその器は一つ一つ形もバランスも違う。五月雨は慎重に摺り足で進んでいるが、そのたびにいびつな器はてんでバラバラにあっちへグラグラ、こっちへフラフラ揺れ動いて安定しない。いつしか、ロビーに残っていた俺たち六人はうかつに声をかけることもならず、息をのんで五月雨の歩みを凝視していた。

 

 ゴールまであと十歩。五月雨はまっすぐに俺のほうを向いている。あと九歩。そうか、最初は俺からお茶を配るんだな、きちんと客として遇してくれるとは礼儀正しい子だ、いたみいります。あと八歩。開け放たれた玄関から不意に潮風が吹きこんで、五月雨の長い髪を乱した。あと七歩。グラリと大きく揺れた拍子に、漉し器を兼ねた金物のストローがくるりと回って隣と打ち合いカチャンと鳴った。誰かが悲鳴を必死で飲み込んだのがわかった。あと六…… いや、五月雨は一度立ち止まり、じっとお盆を睨んでいた。立ち止まるほんの数秒がとても永く感じられた。潮風はもう凪いでいた、遠くで海鳴りが聞こえる。おもむろに五月雨が踏み出した、あと六歩。

 

 あと五歩、お盆を睨む五月雨の姿勢がだんだん前傾しつつあり、眼には剣呑な光が宿り始めた。いかん、それはちょっと入れ込み過ぎだ、肩肘にも力が入りすぎている。しかし、うかつに声はかけられない、気づいてくれ、五月雨…… 俺はじっと五月雨の瞳を見つめることしかできない。あと四歩、五月雨が俺の視線に気づいた。落ち着けと目だけで訴える。五月雨がはっとした顔で再び立ち止まり、やがてにっこりと微笑んだ。すうと背筋を軽く伸ばし、全身から力みが抜けたのがわかった。覚ってくれたか、思わず俺も微笑んでいた。

 

 五月雨が軽やかに歩み出そうとしたとき、急に彼女の足下を小さな影が横切った。彼女はそれを踏んづけないように、踏み出しかけていた足を無理に止めた結果、したたかにバランスを崩して前へつんのめった。無慈悲にも熱々マテ茶がお盆からひっくり返る。

 

 ああっ、とかあーあ、とか、幾人かが我慢しきれずに悲痛な声を上げるのが聞こえた。う… うろたえるんじゃぁないッ! マザーベース副司令はうろたえないッ! 噴き出すアドレナリンが集中力を研ぎ澄ませ、俺の目には落下する器がスローモーションに映る。連続CQCだ!

 

「連続…… C!」一つを掴んでテーブルに置く。

「Q!」もう一つ、ちょっと熱かったぞ。

「C!」三つ目、まだいける、為せば成る!

「Q!」もう一丁、どっからでも来い!

「C!」あと二つ、気を抜くな!

「きゅ……」

 

 遅れて飛んできたお盆が俺の額に激突した。ぬかった、ここまでか……!

 

「C」「なのです」

 

 受け損ねた二個は、俺の側にいた吹雪と電がキャッチしていた。

 

 

 

「ブッ…… フフッ、いやいや、貴様もなかなかやるのだな。一瞬で五個まで茶をこぼしもせず掴み取るとは、往年のビッグボスでもこうはいかんかもしれなかったぞ」

 

 吹き出しそうになりながらそんなことを言われたって、ほめられてるんだか馬鹿にされてんだかわからない。額にデッカい絆創膏を貼りつけられ、ぬるくなったマテ茶をすすりながら、俺は少々うんざりとした気分だった。たいして重いものでもなかったとはいえ、ステンレス製のお盆が勢いよく直撃した俺の額にはちょっとコブができてしまった。吹雪が手当てをしてくれている間、五月雨は半泣きで何度も何度も頭を下げて、俺はそんな彼女をなだめ続けていたのだが、その最中もストレンジラブと漣はまったく遠慮なしに笑い転げていた。真面目な電はさすがに呆れ顔だったし、気位の高そうな叢雲がずっと申し訳なさそうにしていたのが印象深かった。うん、君たちは悪くないぞ、もちろん五月雨もだ。悪いのは急に五月雨の足下を横切った小さなサムシングと、人の不幸を笑い物にするこいつらだ。

 

「さっき転んだときさ、五月雨ちゃんの足下になにかいたよなぁ。ここ、ネズミとかいるのかな?」

 

 そう言ったら皆が目を丸くして驚いたのだが、閉鎖環境にネズミがいるなら大問題だ。ものすごい速度で殖え続けながら食料その他の食害を引き起こすのみならず、伝染病まで媒介してしまう。昔、カリブ海洋上のMSFマザーベースでネズミが発生したときは大変だった。伝染病で多くの隊員が倒れ、以来マザーベースでは搬入物の検疫を厳重にするのみならず、ネズミの駆除に報奨金を出すようにしてこぞって駆除を行いようやく落ち着いたってくらいだった。

 

「ネズミか。あー、いや、まあ、ネズミ取りを仕掛けておこうか、今度な」

 

 ストレンジラブが妙に言葉を濁した。さては、こいつまた掃除をサボっているな? MSFにいた頃、こいつもエメリッヒも整理整頓とは無縁の奴らだった。マザーベースに与えられた私室や研究室には、床といわずデスクといわず資料書籍メモ書き試作品ガラクタ食器汚れ物その他諸々が乱雑に積み上がり、見かねた誰かが掃除をしようとしても、頑として他人の手を入れさせなかった。彼女らが研究者として優秀なのは理解していたが、いくら私設とはいえ、規律あるべき軍隊としてそんな放埒を看過するわけにはいかず、俺も何度奴らを叱りつけたかわからなかった。偏見かもしれんが、優秀な学者ってのはこんな奴らばっかりなのか?

 

「なあ、叢雲ちゃん」

「なにかしら? ちゃんはやめてちょうだい、叢雲でいいわ」

「では叢雲。ちょっと聞きたいんだが、そこの博士はここでもゴミ溜めみたいな部屋で暮らしているのかね?」

「ここでも、ね…… やっぱり、博士は昔からそういう人だったわけね。でも答えはノーよ、ここで暮らす限りはこの私が、責任を持ってきちんと整頓させているわ」

 

 ほう、意気に感ずる力強いお言葉頂きました、正直言って感心させられた。このサボテン女に言うことを聞かすとは、一体どんな手を使ったんだ?

 

「博士が掃除をサボるたびに、秘蔵の紅茶がたっぷりと私たちのおやつに供されるわ。それだけ」

 

 ここでは紅茶はめったに手に入らないのです、貴重品なんですよ。と、電と五月雨が補足した。

 

「私のアールグレイ……」

 

 黙れダメ人間。いい歳した大人が中学生に面倒かけるんじゃないよ。

 

 

 

「じゃあ、そろそろ私の話をしようか」

 

 ちょっとしたトラブルもあったが、皆でマテ茶を楽しんでくつろいだ気分も一段落した頃、ストレンジラブがそう切り出した。

 

「一年ばかり前のことだ。私がここで初めて目を覚ましたとき、私はこの鎮守府の医務室でベッドに寝かされていた。海岸で私を発見したのは、たしか吹雪と叢雲だといったな」

 

 ストレンジラブのあとに吹雪が続けた。

 

「はい、私と叢雲ちゃんと、あとその頃ここにいたボスって方と、三人で朝の見回りを――」

「ボ、ボスぅ!?」

 

 思わず情けない声を出してしまった。ふーぶきちゃーん、そのボスってぇー、食欲モリモリ、ヒゲマッチョの変態おじさんだったりしなぁーい!?

 

「落ち着けカズ、スネークのことじゃない。聞いて驚け、ザ・ボスだ。彼女はたしかにここにいたんだ。‘64年、ツェリノヤルスクで亡くなったはずの彼女が…… あぁ、せめて一目でいいから私も会いたかった! なんで私ときたらそんな肝心なときに気絶して寝こけていたんだ。思い返すだに自らのマヌケさ加減を呪ってやまないぞ私はっ! もしも彼女に会えたなら、きっと一別以来二十年以上胸に秘め続けたこの想いを彼女に伝えられたんだ。そして二人は…… ウフフいやこれ以上は子供たちにはとても聞かせられん、みんな今のはなしだ。そうだ漣、アレを見せてやれ。ボスと一緒に撮った写真があるだろう? 羨ましいなぁ、私だってボスとツーショットしたかったぞ? こう、フレームに収まるようピッタリ肩を寄せ合ってだなぁ、うーん妬ましい、その可愛いツインテールちょっと引っ張ってもいいk」

 

 大人気ねぇなあコイツ。たかが写真の一枚や二枚で嫉妬に狂って女子中学生に詰め寄る三十女なんて見ちゃいられない。大人としてたしなめるべきだと思ったが、髪を掴もうと不用意に伸ばした腕を捕られたストレンジラブはあっさりと漣の膝の上に転がされてなすがままであった。

 

「はぁい、悪い大人は白髪抜き抜きの刑ですよー」

「やめて、白髪の、歳の話はやめてぇ……」

 

 こいつはもう髪全部抜いて尼寺に送ったほうが世のためだと思うんだよ俺は。

 

「カズ様、これがボスの写真ですぞ、御覧あれ」

 

 漣がスカートのポケットから取り出したのは、PDAを薄く小さくしたような電子機器だった。表面は精細な液晶ディスプレイになっていて、そこには漣と、歳の頃なら四十過ぎくらいだろうか、ウェーブのかかった金髪をオールバックの一つ結びにした白人女性の姿が写し出されていた。

 

 漣は画面外に大きく左手を上げていて、多分自分でカメラを持っていたのだろう。右腕は女性と肩を組んでいて、彼女は苦笑しながらも優しい目を漣に向けていた。彼女がザ・ボスだというのか……?

 

 正直言うと、俺は彼女の顔を知らなかったんだよな。写真一枚すらこの世に遺さず、彼女の功績は歴史から抹消されてしまったのだから。残ったのは、アメリカを裏切りソ連の領内で核を撃った兇人という悪名と、その報いとして自らの弟子に始末されたという記録だけだった。けれども、俺はザ・ボスの伝説ならさんざん耳にしてきた。彼女を一番よく知るであろうビッグボス、いや、紛らわしいからスネークと呼ぼうか。スネークは彼女のことをあまり話したがらなかったが、戦場を渡り歩き続ける限り、彼女の死から何十年が過ぎてもその噂はことあるごとに聞こえてきたものだった。そこには、大国に都合のいいプロパガンダも、伝播の果てに大げさに盛られた与太話もあった。伝説なんていい加減なものだ、伝え説かれるうちに真実などどこかへ行ってしまう。それでもただ一つ確かなことは、彼女と同じ戦場に立った者たちだけは、彼女の名誉を決して疑わなかったということだけだ。彼女は正当な評価を受けることなく汚名とともに葬り去られた、そんな無念が、今まさに俺の目の前で女子中学生の膝枕で白髪を抜かれながら悶え狂うこの女も、かつて俺たちがビッグボスと仰いだスネークも、そして、情報を制して世界を操ろうとしたあの男、ゼロも、多くの人々の人生を狂わせ、世界を歪めることになってしまったんだ。もしかしたら、この俺自身も。

 

「カズ様? ぼぅっとしちゃってどうしたのかにゃー?」

 

 なんだその変な語尾は。あとカズ様ってなんだ?

 

「いやぁ、よく考えたらだな、俺って今までザ・ボスの顔を知らなかったんだよ。数々の武勇伝はあちこちで聞いてたのにさ」

「ボスキチ世界一のストレンジラブがこの人物をザ・ボスだと言うなら間違いないんだろうが、なんか俺が勝手にイメージしていた姿と違ってな」

「カズはいったいどんな姿を想像してたってのよ?」

 

 叢雲が訝しんだ。

 

「もっと、こうだな…… 筋骨たくましいというか、イカツいというか…… 見るからに強そうな大女を想像していたんだが、そうでもないんだな」

 

 テーブルに置かれたPDA? を拾い上げて、もう一度しげしげと写真を見つめてみる。苦笑しているザ・ボス、その整った顔立ちからは一見して厳めしい印象を受けるが、画面の中で漣に向けている視線はあくまでも優しい。この眼は、誰よりも厳しい世界を見据えて生きてきた者の眼だと感じた。

 

 ふと画面のボスの顔に指先を当ててみる。おやっ、指を滑らせると写真が切り替わったじゃないか。今度は病室のような風景だ。真っ白いシーツに覆われてベッドで眠るストレンジラブの枕元にザ・ボスが座っている。ボスはストレンジラブの額に手を当てて熱を計っているのか、看病をしているようだ。そこに不意にカメラを向けられたのだろうか、驚いた顔でカメラを見ている。

 

「おっと、ここから先は有料ゾーンですぞ」

 

 もっと別の写真が見たいとまた指を伸ばしたとき、いきなり漣にPDAを取り上げられてしまった。

 

「いいじゃないか、もっと見せてくれよ」

 

 PDAを取り返そうとした手は空を切った。

 

「このスマートフォンには乙女のプライベートフォトもいっぱい入ってるんです。カズ様みたいなスケベおじさんにはとても見せられませんなぁー?」

 

 なおも追いかけた俺の手から逃げるように、漣はスマートフォンとやらを持った手を大きく挙げてそっくり返った。

 

「乙女のプライベートフォトって何だよ? そんな面白そうなものぜひ見せろ、このっ」

「えー、しょうがないにゃあ、例えばパンツにスカート挟みこんで丸出しのまんま過ごした吹雪ちゃんとか、お風呂上がりにマッパで歩き回る叢雲ちゃんとかぁー、見たい? 見たいっしょ? でもダメぇーグエッ」

 

 漣はいちいち語尾がおかしいな、今のはまるで象に踏まれたガマガエルのようだったぞ?

 

 まあそんな声を出すのも無理はない、いつの間にか漣の背後には吹雪が回りこんでいて、スマートフォンを差し上げた姿勢のままきれいに片羽絞めが入っていた。

 

「ぐぇぇ、ぶぶぎぢゃん、ぢんじゅぶでのじどう゛ばごばっどでずぞ」

「ぶぶぎなんて知らない。私は吹雪です」

 

 容赦なくギリギリと漣を絞め上げる吹雪は修羅の貌をしていた。

 

「吹雪、そのまましばらく絞めときなさい。写真を検閲するわ」

 

 そう言って漣の手からスマートフォンを取り上げると、叢雲は猛烈な勢いで写真を調べ始めたようだった。

 

「これも、これも…… こっ、こんなもの、よくも撮ったものね!? 消去、消去! いかがわしい写真は全部抹消よっ!!」

 

 エキサイトする叢雲の顔が紅潮していくのにつれて、漣の顔色がだんだん紫色に変わりつつあった。あ… やめて! それ以上いけない。

 

「あのぅ、吹雪ちゃん? あまり手荒なことはやめてあげてね?」

「さすがにこんなことで人死には見たくないのです」

 

 見かねた五月雨と電がなだめに入ったのだが。

 

「……あんたたちの写真もいっぱいあるわよ?」

 

 叢雲の一言に、五月雨は幽玄めいた微笑を貼りつけたまま再度着席して事態を静観の構えに入り、電は満面の笑顔でサムズダウンで首を掻き切る仕草を見せた。

 

「ざざなみ゛のがんだい゛ごれ゛ぐじょんがぁ…… ガクッ」

 

 よく聞き取れないが苦悶の呻きを垂れ流しながら漣は落ちた。眼帯コレクション? なんだそりゃ。




 漣の甘体コレクションをzipでください

 PWのカセットテープを聞いてると、カズってザ・ボスの事績をそれなりに知ってるんですよね。スネークがベラベラ自慢するとも思えないので、やっぱり渡り歩いたあちこちの戦場でボスの噂をいろいろ聞いてたんじゃないかなぁ、と思って今回の話になりました。
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