グラサン提督   作:カレー味

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第三十六話 馬鹿が戦車でやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!

 果たし状を解読するために思いがけない時間を取られ、子供たちはあわてて演習へと出撃していった。まあ間に合わないということはないだろう、なんなら多少待たせたっていいくらいだ、宮本武蔵だって巌流島をそうやって勝ったんだからな?

 

 そんな他愛もないことを考えながら、俺は今日の夕食はなににしてやろうか考えていた。あっそうだ、アレなんてどうかな? 漣や五月雨は喜んでくれるかもしれないな。だがアレをやるには俺一人じゃ無理だ、ちょっと棟梁を呼んで相談してみようかな?

 

 

『おもしろいですな、ぜひやりましょう』

 

 俺の思いつきを棟梁は即刻快諾してくれた。ムッフフ、そうと決まれば他にも助力を仰がなくてはなるまい。他にも暇そうな妖精さんを探してみよう、まずは例の広場かな?

 

 あちこちに声をかけて協力を取りつけ、工廠に戻るとそこには軍使として果たし状を届けに来ていた三島水軍の副官ちゃんがまだ居残っていた。

 

「どうした、君も原隊に戻らなくていいのか? 子供たちはもう出かけてしまったぞ」

『わたくしもおいおいごうりゅういたします、どうぞおきづかいなく』

 

 どう考えても甲標的よりも駆逐艦のほうが速力は上だ、これでは副官ちゃんは演習に間に合わないのではないか? 不思議に思っていたが、その時俺の携帯に着信が入った。

 

「へいへい、カズでぇーす。漣か、どうかしたのか?」

「どうもこうもねぇーです。今西の小島まで来ているんですけど、鶴ちゃまたちどこにもいませんぞ? マヌケのからです」

 

 それを言うならもぬけの殻だろうが。

 

「妙に早かったな、今日は道中の待ち伏せはなかったのか?」

「はいです。待ち伏せはなし、みずすまし1ちゃんたち水偵隊の広範囲索敵でも影も形も見えません」

 

 どういうことだ? 果たし合いを挑んでおきながら約束の刻限までに現れない、水軍は今どこにいる? それについての心当たりが、俺の苦い過去から湧きあがってきた。

 

「漣、こいつはちとマズいかもしれん。とりあえず、皆に今すぐ泊地へ引き返すよう伝えろ」

 

 返事より先に、漣が大声を出すのが電話の向こうから聞こえてきた。皆の反応ははっきりわからないが、今までとは別種の緊張が走ったのは感じられた。

 

「カズ? 私、叢雲よ。漣から電話を代わったわ。いきなり戻れだなんて、どういうことよ?」

「手短に伝えるぞ、おそらくおまえたちはハメられた。皆が島を空けてる隙に、今頃は水軍の揚陸部隊が泊地を制圧すべく迫っているだろう」

「なんですって!?」

 

 俺は会話を続けながらノートPCを開いた。いつまでもスマホのままでは叢雲の片手を塞がせる、ノートPCに入っているカメラマン妖精さんをモニターできるアプリからなら、叢雲の電探を通じてハンズフリー通話ができるはずだ。しかし、立ち上げたアプリに表示された通信ステータスは圏外だった。

 

「クソっ、なんで繋がらない!?」

「そのPCからここまでは電波が遠すぎるのよ、二階の無線機が要るわ」

 

 叢雲たちも、水偵隊と連携しながらこちらに急行しているはずだ。いずれ泊地近くまで戻ればPCとの通信も回復するだろうが……

 

『かずさん、これでのーととすまほをつなぐんです!』

 

 ハジメさんが差し出したのはUSBケーブルだった。

 

『かずさんたちのすまほはしつむしつのむせんきをきちきょくとしてりようしています、てざりんぐもーどでかんたいとのつうしんがかのうです』

 

 ノートPCとスマホを繋ぎ、ハジメさんに教わった通りに通信設定をいじりながら俺は先程の苦い記憶を思い返していた。1975年のカリブの大虐殺、あの時もスネークの留守を突かれてMSFマザーベースを急襲された。畜生嫌なことを思い出させやがって、マヌケは俺の方じゃないか!

 

「ハジメさん。設営隊の監督か、もしくは建設中の各台場と連絡はできるか?」

 

 ハジメさんは研究室の中から紙コップと銅線を見つけてくると、糸電話のようなものを作って線の端を壁の電気配線に結びつけた。ウッソだろそれで繋がるの!?

 

『おでんわありがとうございます、こちらはせつえいたいじむしょでございます』

「監督か? 俺だ、カズだ。唐突ですまないが、台場に据えた電探は稼働できるか?」

『……さすがにむりです、しけんうんようをはじめられるまでもあとふつかはかかりましょう』

「そうか、仕事中にすまなかったな」

『おまちください、でんれいからそちらのじょうきょうはわたくしどももききおよんでおります。かんたいのいないいますいぐんをむかえうつおつもりなら、さいこうせんりょくであるこうくうたいのちからをかりるべきかと』

「そうだな。忠告助かるよ、監督」

『かくだいばにはとりあえずまもりをかためるようこちらからしじをだしております、いまげんばをこわされてはかないませんからな』

 

 はっはっは、と鷹揚に笑いながら監督は電話を切った。やはり設営隊の監督を務めているのは伊達ではない、あの子はなかなか肝が据わっている。そういう仲間がいると心強いものだ、少し話しただけで俺も落ち着けた気がするものな。

 

『わっざ!? なにがあったのはにー?』

 

 にわかに騒がしくなってきたのを聞きつけてか、ヘルダイバーちゃんを先頭にいつもの基地航空隊の面々が階下に降りてきた。

 

『ふきんをしょうかいちゅうのすいていたいからいましがたつうほうがありました、すいぐんのだいせんだんがとうほくとうのほうがくからこのはくちへむけてしんこうちゅうとのことです。やつら、とうとうほんしょうをあらわしてきましたな?』

『ぞくほうだ! せんだんのうちわけはこうひょうてきがすくなくとも20いじょう、だいはつなどのじょうりくようしゅうていにりくせんたいをのせたもの10、せんしゃをつんだもの3、だんやくなどをつんだもの5、ほかにはかみしゃを4りょうつれてきやがったぞ』

 

 021ちゃんと天さんが立て続けて報せを持ってきた。甲標的だけならともかく揚陸部隊を連れてるってことは、目的はこの泊地の制圧で間違いない。ところで天さん、カミシャってなに?

 

『かみしゃというのはとくにしきないかてい、うきをつけてすいじょうをこうどうできるすいりくりょうようのせんしゃです』

 

 俺の質問にはハジメさんが代わりに答えてくれた。ほぉー、帝国海軍ってそんなものまで持ってたのか。俺が自衛隊にいた頃といえば、61式かさもなきゃ米軍お下がりのシャーマンだったよなぁ。まぁ俺は戦車に乗る機会はなかったけどさ。

 

「ところで、そのカミ車ってのは水上で砲を撃てるのかい?」

 

 航空隊はおろか、工廠のメンバーに至るまでその場の全妖精が首を傾げた。

 

『……かんがえてみたこともなかったです』

『うてないこともなかろうが、なみにゆられながらではとてもねらいがさだめられるとはおもえんな』

『むりにうてばはんどうでさらにゆれるだろう、れんぱつはできないでしょうしひっくりかえるかもしれませんな』

 

 俺もそう思う。いくら浮けるからといって、そのまま戦えるかどうかはまた別の話だ。これはカミ車だけに限らず、大発に積んだ戦車も同じことだろう。

 

「質問を変えようか、じゃあここを攻めるためにその戦車を有効活用するとして、揚陸地点はどこが適していると思う?」

 

 俺は以前見せられたこの島の航空写真を思い返していた。

 

『そんなもの、このどっくがいちばんですね』

『っていうか、ほかにあがってこれるぽいんとがないわね』

 

 この島の南北と東の海岸線はわりと急峻な地形だ、船をつけたところで戦車は登れない。西の砂浜なら上陸は容易だが、砂浜から鎮守府施設までは階段を登らなければいけない、これも無理だ。

 

「大発船団の揚陸を許しては我々の負けだ、なんとしても阻止せねばならん。そのかわり、上陸ポイントがここしかないのなら効果的に防衛力を集中させられる。考えようによっちゃ守りやすいな」

 

 ハジメさんは納得した様子でフムン、と唸った。

 

『それならばまずはぶきをごよういしましょう』

『せんしゃにのったやつがあいてなら、はおうこうしょうけんをつかわざるをえないー!』

 

 おぉ、久々に見るな覇王工廠拳! ハジメさんが両掌で撃ち出した光弾は工廠の隅に立て掛けられた鋼管に命中して爆発し、跡にはずいぶんと長尺のライフルが残されていた。

 

「ほぅ、対物ライフルだなこれは」

 

 むき出しの鉄パイプに銃把(グリップ)銃床(ストック)二脚(バイポッド)を取ってつけただけのような武骨なスタイルは、ソ連製の対戦車ライフルにも通じるところがある。MSFでもデグチャレフをコピーしたものを運用してたからな、俺にも扱った経験がある。

 

「しかし、人間の兵器ってあの戦車にも通用するのか? 海の怪物どもにだって人間の兵器は通じないって言ってたじゃないか」

 

 それに、以前叢雲との組み手でハジメさんが用意してくれた流木製の木銃は、ひと試合終わるまで保たずに壊れてしまった。本当に大丈夫だろうか……

 

『はい、けつろんからさきにいわせていただくとこのじゅうでもあのせんしゃはぬけません。しかし、ようはせんしゃをむりょくかできればそれでよいのです。これはえんしゅうようのぺいんとだんですが、こんかいはとくせいのものをごよういしました。ろんよりしょうこ、うてばわかりますよ』

 

 

 ま… まああんたほどの実力者がそういうのなら…… 俺は鉄パイプライフルと弾薬箱を引っ提げて工廠の屋上に登った。今まさに滑走路からは航空隊のすぐ動ける機体から順に次々とスクランブル発進が始まっている。すぐにでも動ける機体は水軍の手出しできない空に逃がし、そうでない機体は階下の工廠に退避させる。航空隊基地が攻撃を受けたとしても、最低限の戦力は残せるはずだ。

 

『かずさん、あれをみてください』

 

 俺は屋上に伏せてライフルを構え、スコープを覗きこんだ。船団はもはや防波堤の入り口を通過するところまで近づいていて、防波堤に橋のようなものをかけてカミ車を登らせているのが見えた。

 

『ぼうはていをつたってこうしょうにちかづき、ほうげきをくわえるつもりでしょうね』

「そんなことをしたら航空隊まで敵に回すんだがな、まあ今更か? ヘルダイバーちゃんに一声かければ爆弾の雨が降らせられるが、本来これはあくまで艦隊と水軍との対潜演習だ。部外者にはご退場いただこう」

 

 揚陸地点まではせいぜい百数十メートル、戦車といっても妖精サイズだから、だいたい植木鉢くらいのものだ。ずいぶん小さい的だが、狙撃距離としてはむしろ近い。千メートル先の敵に当てるほどの腕は俺にはないが、この距離ならそうそう外さんよ!

 

「じゃあハジメさん、観測手(スポッター)は任せるぞ」

『りょーかい』

 

 さっき偉そうなことを言ってしまったが、初弾は外れて敵の前方に盛大にオレンジのペイントをぶち撒けた。

 

『はずれましたね』

「箱出しだからまだスコープの調整ができてないんだよ」

『わたしたちのつくったへいきにそれはありえません。できたてほやほやでもちょうせいはすでにすんでます』

 

 ぐぬぬ、じゃあハズレたのは単純に俺の腕か?

 

『ですが、やつのぜんぽうにおとしたのはうんがよろしい。あいつら、ぺいんとをふみこえてすすんでますがみてごらんなさい』

 

 もう一度スコープを覗くと、キャタピラをペイントまみれにしたカミ車は徐々に速度を落とし、やがて完全に動けなくなった。

 

『このわたくしとくせいぺいんとだんはとりもちです。くうきにふれ、えんじんのはいねつをうけることできゅうそくにこうかしていきます。きゃたぴらがかたまったままむりにすすもうとすれば、えんすとくらいはしましょう』

 

 ハジメさんの解説を聞きながら、俺は立ち往生するカミ車の群れに次々ペイントを撃ちこんでいった。カミ車の処理が終わったところで船団の本隊に目を向けると、カミ車があっさり沈黙させられたのを目の当たりにした船上の妖精たちが恐慌をきたしているのがはっきりと見えた。

 

『かんたいをうらぎりすいぐんにくみしたふとどきものども、かまいませんからうちこんじゃってください』

 

 俺は戦車を積んだ大発から優先して撃っていった。この鉄パイプライフルによく似ているデグチャレフを例にとるなら、銃口初速はほぼマッハ3に達する。たとえ装甲が抜けなくとも、マッハ3で突っこんでくる弾頭の衝撃力はかなりのものだろう、妖精サイズの小舟などたちまちひっくり返る。戦車も陸戦隊も、物資すら湾内にひっくり返して大発船団は文字通りに全滅した。

 

『あいやみごとなおはたらき、さすがはめいもんみうらすいぐんのすえにあらせられるとかんぷくいたしました』

 

 戦果を喜ぶ暇もなく、俺の首筋に小さな刃が押し当てられていた。この声はハジメさんじゃない、水軍の副官ちゃんだ。でも前も同じこと言われたが、そもそも俺三浦じゃなくてMillerなんだけどなぁ…… 一度誤解されたきりちっとも訂正できてないよ。

 

『しかしていこうもここまでです。すでにこうしょうはわれわれのてにおちました、ぶきをすててこうふくしなさい』

 

 なん…… だと……?

 

 

 刃を突きつけられたまま工廠に降りると、工廠の主だった面々はみんな後ろ手に縛り上げられ、ひと所にまとめて転がされていた。忙しく立ち働いているのは、金魚鉢ヘルメットの三島水軍だけだ。その数、ざっと見て三十人くらいはいるだろうか。

 

 水軍の手でドックのシャッターが開かれ、赤く塗られた甲標的丙型を先頭に、三島水軍の潜水艇が次々と侵入してきた。俺はといえば水軍の手でガリバー旅行記よろしく床に縫いつけられ、敗北感にまみれながら水軍の堂々たる入港を見ていることしかできなかった。このわずかな時間で、いったいどこからこれだけの人数を……

 

『うむうむ、やはりおとしたしろににゅうじょうするすがたのいさましさときたら、まことひつぜつにつくしがたいものよのぅ。ちゃんととっておるかやふくかんよ』

『おまかせくださいひめさま、ばっちりとっております』

 

 はぁ? 縛られたまま首だけ声の方へ向けると、そこには愉快そうに笑う鶴姫さまと、俺のスマホで勝手に入港を撮影している副官ちゃんがいた。

 

「鶴姫さま、なぜここに……!」

 

 その時甲標的丙型のハッチが開き、顔を出したのは金魚鉢ヘルメットだった。

 

『こうひょうてきにのっていたのはのぅ、そうだしゅだけよ。わしらはひそかにしまのひがしよりじょうりくし、にしがわのみにめがむいていたぬしらのはいごをついたのじゃ』

「しかし、東岸からの上陸は難しいはずでは!?」

『せんしゃをのぼらせようとすればそうもあろう、じゃがわすれてはおらんかみうらどの? わしらようせいはそらをとべるのじゃぞ、がけもさかもなにほどのことでもないわ』

 

 なんてこった…… 俺は人間と妖精との特性の違いにまったく留意できていなかった。悔しいが認めざるを得ない、この場は俺の完敗だ。

 

『まあそうきをおとすでない、ぬしらのしょどうはじんそくであった。とくにこうくうたいをはやめにそらににがしたのはみょうしゅじゃった。じゃが、それならいまひとたびものみをさせるべきじゃったの』

 

 航空隊に周囲を確認させておけば、島東岸から北西の工廠まで移動する水軍に気づけたかもしれなかった。だが、俺を含め皆の目は西から来る戦車ばかりに向いた。最大火力を惜しげもなく囮に使ったのか……!

 

「俺たちを、いやこの泊地をどうする気だ」

『どうもせんわ、とくとうせきでえんしゅうをみせてやろうというのよ』

『あのこはやどもめ、ひれつにもるすをねらいわしらのとちをあらしよったな。じゃけぇこれはいしゅがえしよ…… おぅ、しゅびのほうはどうじゃった』

 

 ふと水軍の兵士がそばに控えて、鶴姫さまの話はいったん腰が折れた。その兵士はなんだか知らんが、唐草模様の…… もっと俗に言うとあまりに古典的な泥棒めいた風呂敷包みを担いでいた。

 

『だいたいのところはあつめられてございます。ただ、いなずまどののぶんだけはどうしても』

『まあよい、ちびすけのぶんはおおかたはじめからなかったのやもしれぬの。では、ほんとうのおくじょうにかかげてみせてやるがよいぞ、わしらのはたのしたにのぅ』

『ははっ』

 

 風呂敷包みの兵士は小走りに去っていった。

 

「なにをする気なんだ」

『じきにわかる、おとなしゅうみておれ』

 

 俺からの質問には答えず、鶴姫さまはまた愉快そうに笑った。

 

 それから五分もしないだろうか、通信を繋いだままのノートPCから叢雲の怒声が飛んできた。

 

「ちょっとカズ! 今あんたいったいなにしてんのよ!?」

「叢雲か、すまないこちらはしくじった。大発船団は狙撃で片付けたが、その隙に東岸から徒歩で上陸した歩兵に背後を突かれた。工廠は皆人質にされたし俺も捕まってる」

「あいつら、あんたの部屋の屋上に水軍の旗を挙げてやがるわ。それだけじゃなくてわわ私たちのぶっぶぶブ」

 

 なんだ? 叢雲が噛んだか口籠もったか、それとも通信にノイズが入ったか、最後はうまく聴き取れなかった。訊き返そうとしたが、その時通信に誰かのすっとんきょうな悲鳴が割りこんだ。

 

「あーっ、あれ私のブラーー!!」

 

 ノートPCの画面には、皆が連れているカメラさんたちからの映像も入ってきていた。本棟の屋上に挙げられた折敷に揺れ三文字紋の旗、その下にはなにやら布切れが四枚、鯉のぼりのように風にはためいていた。

 

「なんだアレ? なあカメラさん、ちょっとズームしてみてくれないか?」

「じっくり見ようとしてんじゃないわよバカっ!」

 

 そういうつもりじゃなかったんだが叢雲に怒られてしまった。まあ持ち主が自分のブラジャーだって言ってるんならそうなんだろうな。なんてしょうもない、そしてなんとむごい意趣返しをするんだ。乙女の秘事を満天下に晒されるのは酷なことだが、晒されるものすらないのをバラされたのはなお残酷だ。

 

「絶対に許さんのです虫ケラども! じわじわとなぶり殺しにしてやるのですぅぅ!!」

 

 電がまるで宇宙の帝王のような罵声をPCのスピーカーをブッ飛ばしそうな勢いでわめき散らしていた。ドンマイ、君にもきっと未来があるさ……?

 

『しろをおとせばのぅ、へいのじょめいとひきかえにたいしょうにはらをきらせそのくびをさらす。そうしてりょうみんにしはいしゃがかわったことをしらしめる。それがせんごくのならいというものよ。とはいええんしゅうでくびをきるわけにもいかんからの、かわりじゃかわり』

「だがなぜあの子たちのブラジャーなんだ。俺はブラこそつけないが、かわりにパンツでもなんでも晒せばいいだろう? 言っとくが俺のパンツは面積がすごいぞ、ブーメランだブーメラン、興味はないか」

 

 耳慣れない言葉だったのか、ぶうめらん? と首を傾げた鶴姫さまに副官ちゃんが耳打ちした。姫さまはみるみる渋面に変わり、扇子で俺の鼻先を引っ叩いた。地味に痛い!

 

『われはこのかんたいのていとくではなかろうが、おのれのくちからいうたことじゃぞ? さればわれのくびなどとるにあたいせぬ、やとわれふぜいがうぬぼれるでないわ』

 

 雇われ、確かに姫さまの仰せの通りだ。俺は皆の協力者ではあっても、いまだに部外者でしかなかったのだ。

 

『みうらどの、われらかんたいはこれまではみずからのすみかをまもるためだけにたたかってきた。じゃがの、これよりはひのもとをめざし、よりこんなんないくさにおもむかねばならぬのよ。おんみもそろそろはらをかためられよ、いまのわれがごときへたれにわがへいはあずけられぬ』

 

 毅然とした言葉だった。うぅ、今までの人生でも何度も言われてきたことだが、やはり俺は他人の生命を預かれる器じゃない、俺はスネークにはなれない。そんなことはあのコロンビアで初めて会ったときに嫌と言うほど思い知らされてるんだ。だから俺は司令官にはならず、裏方専門の副司令としてスネークの下についた。傭兵を辞め正規軍に戻ってからも、教官として兵士たちを育てる道を選んだ。

 

 初めてここに来た日だって、ストレンジラブからこの島の指揮を移譲されようとしたのを俺は断った。口では偉そうな理屈を並べはしたが、内心では子供たちの命を背負う覚悟などできないがための言い訳にすぎなかった。

 

 あのコロンビアで、俺の未熟さゆえに犬死にを強いた初めての教え子たち。もう顔も名前もほとんど思い出せないが、俺の人生にはあいつらの影がいつでも心の片隅にちらついていた。

 

『ほれみうらどの、そのからくりでかんたいとつうしんがつながっておるんじゃろう? なんぞきのきいたことでもいうてみよ』

 

 口調はからかうようだが鶴姫さまの表情は真摯なものだった。俺が懺悔するべき時がきたのだ、そう感じた。

 

「みんな聞こえてるか、少し俺に時間をくれないか」

 

 ばらばらと返ってきた返事に否やはなかった。

 

「いつぞや叢雲が二日酔いになった朝のことを憶えてるか、俺がスネークと出会った日のことを話したのを」

「懲罰中の私に話してくれた、コロンビアで初陣に臨んだときの事よね? ま、私だけじゃなくて電探を通してみんなで聞いちゃったんだけど」

 

 そうだったな、今日もみんなで聴いてくれているだろうな。

 

「俺はその日、指揮官として教官として最低の卑怯なふるまいに及んだんだ。俺の部隊は、敵方にいたスネークの部隊の待ち伏せを受けた。仕掛け爆弾だった」

「あっという間に部隊の半数がやられ、泡を食った俺はあろうことか教え子を囮にして逃げようとした。だが敵を前にして仲間割れするうちにわずかな生き残りもみな倒され、残ったのは俺一人になった」

 

 あのときの絶望感は今でも憶えている。自衛隊にたった二年いただけで、実戦経験などまるでない俺だったが、俺を雇ったコロンビアの反政府派はそれ以上の素人ばかりだった。畳水練の戦術論を持て囃されて俺は有頂天になっていた。しかし、戦場の現実はそんな俺の鼻っ柱をいきなりへし折ったんだ。今さら言い訳などするわけではないが、初陣の相手が世界最高の兵士が率いる部隊だったなんて、実に皮肉な話だった。

 

「逃げ切れないと悟った俺は、負傷を口実に口先三寸でスネークを近づけさせて、隠し持った手榴弾であいつ諸共自爆を目論んだ」

「しかしそれすらも上手くいかなかった。自爆はあっさり阻止され、俺は捕虜になって野戦病院に入れられた」

「あろうことか、病院で俺はあいつの部隊に誘われた。俺はスカウトを蹴る代わりに、あべこべにあいつを手駒にしてやろうとリーダーの座を賭けて何度も勝負を挑んだが、全部負けた。戦士としてなにもかも全部、俺はあいつに敵わなかった」

「この島で初めて会った日から、俺はずっとみんなの前ではベテランの軍人ぶって振る舞ってきたが、現実はこんなものだ。俺は無能だ、こんな俺にみんなの命を預かる資格なんてないんだ。ストレンジラブに譲られた司令官の席を断ったのもそれが理由だ」

「でもさ、こんな俺でも娘が大事なんだ。若い頃からずっと無頼の暮らしを続けて、四十を過ぎてようやく授かった我が子なんだ! それでキャサリーを取り戻せるのなら俺はみんなのためになんでもする、だから頼む、水軍に勝ってくれ、どうか俺を助けてくれ!」

 

 ん? 今なんでもするって、と漣の声が聞こえたが殴打音で途切れた。

 

「なにを情けないこと言ってるのよ、冗談じゃないわ」

「叢雲ちゃん、言い方」

 

 返ってきたのは拒絶の言葉かと思ったが、吹雪にたしなめられた叢雲はひとつ咳払いをして言い直した。

 

「あんたがこの島に来て私たちにどれだけ尽くしてくれたか、今さら昔の失敗を聞かされたくらいで恩を忘れる私たちじゃないのよ。あんたを助けるなんて、私たちにとっちゃ当たり前のことなのよ!」

「カズヒラさんのごはんおいしいもんね」

「五月雨ちゃん、ここはまぜっかえすところじゃないのですよ。 ……ミラーさんに卑劣なところがあるのは確かなのです、でも司令官は簡単に死んではならないのです。どれほど多くの兵に死を強いようとも、自分は生きて戻って報告をしなければいけないのです。司令官の落ち度を裁くのは軍法会議の役目、そういうものなのですよ」

「そうよ、わかったらあんたはおゆはんの献立でも考えながらいい子で待ってなさい。帰ったら私の最後の艦長のことを聞かせてあげるわ」

 

 

『あずまひでおしょうさか、かのごじんはまことよきもののふじゃったのう』

 

 褒められたのかけなされたのか、信頼されてるんだかないんだかはかりかねている俺を横目に、誰に言うともなく姫様が独りごちた。アズマヒデオ…… うん、ヒデオっていい名だよなぁ。いやそうじゃないよ、字面こそわからないが、どういうわけか俺にはその名に確かに聞き憶えがあった。マンガ家さんか? いや違う、かな書きしても発音上区別はないが、そちらはあづまひでおさんだ。俺はその艦長の名を傭兵時代に聞いたか、それとも自衛隊の頃か…… ようやく手繰り寄せた古い古い記憶は、意外にも俺がまだアメリカに渡る前のガキだった頃のことで、その記憶はギターの形をしていた。

 

 シャッターの外で爆発音がして、俺の回想はそこで中断された。水軍の子がシャッターを開けると、防波堤の入口あたりを漂流していた大発動艇が黒煙を上げていた。俺が鉄パイプライフルで転覆させた艇の乗員たちはみなすでに逃げて防波堤に上がっていたようだが、今のは空船を容赦なく砲撃して沈めた音だった。

 

「艦隊を裏切り水軍に与したのみならず、私の前を遮る愚か者め、沈めッ!」

「叢雲ちゃんそれは言葉が過ぎるのです。……まあ、今度は艦隊に絶対の忠誠を誓うというのであれば、あとで引き揚げて直してあげるのですよ? 沈んだ敵もできれば助けたいのです、役に立つなら」

 

 冷え冷えとした声だった。なにこの子たち怖い、俺もしかして助けを求める相手を間違えた?

 

『さてみなのもの、なかなかたのしかったがあそびはここまでじゃ。きょうこそがわれらみしますいぐんさいごのいくさとこころえよ』

 

 防波堤の内側まで入ってきた艦隊をニヤニヤと眺め回し、口上もそこそこに丙型に乗りこもうとする姫さまに俺は思わず声をかけた。

 

「待ってくれ、もしかして君たちは本当は煮え切らない俺に踏ん切りをつけさせるためにこんなことを……?」

『……そがいなこともなくもないが、いうてしまえばつけたりよ。わしらようせいとていちぶんはある、ながねんそうこのすみでひっそくさせておきながらいまさらしたがえとはむしのいいはなしよ。そのまえになんぞひとことあろうが?』

 

 姫さまはずっとそっぽを向いていて横顔しか見えていなかったのだが、このとき初めてまっすぐ向き直った。

 

『しつれいつかまつります。ひめさま、めしつぶが』

 

 ほっぺたについていた飯粒をそばに控えた水兵が取ってさしあげた。あの五目寿司君らも食ったんかい!?

 

『いなずまどのにつたえておくれ、あのすしはまことびみであったとのぅ。わしらはかんづめばかりくうてくらしてきたが、あんなにうまいものがくえるなら、たびのかざしももわるくなかったやもしれぬのぅ』

 

 なんだよ、寿司くらいいくらでも作ってやるよ。なんで今生の別れのようなことを言うんだよ!?

 

「鶴姫さま! 俺がこんなことを言うのはおかしいかもしれんが、死のうだなんて思うなよ。きっと戻ってくるんだぞ!」

『たわけ、ようせいがしぬるわけなかろうが』

 

 そう言い残して甲標的に飛び移ろうとした鶴姫さまだったが、不意に空中でとんぼ返りを決めて戻ってきた。姫さまは俺を拘束する縄を切ると、あとは好きにせよと告げて今度こそ自らの艇に乗りこんでいった。俺は同じように拘束されていた皆の縄を切ってやりながら、手元に残された姫さまの愛刀に不吉な予感を振り払うことができずにいた。

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