嘘の果たし状にのせられた艦隊が演習に出かけている間に、裏から上陸してきた三島水軍に泊地を陥されてしまった俺たち。急遽艦隊を呼び戻せたはいいが、水軍に占拠されたドックへと逆上陸作戦を仕掛けることを強いられてしまった。
『いちべついらいじゃのう、じゃりども』
「下着ドロ風情に挨拶を返す義理はないわよ」
「私たちのブラを返しなさい!」
うまうまと騙されたというのもあるが、もっと別の理由から子供たちはすでに怒り心頭である。泊地を占拠した三島水軍は、子供たちの私室を漁ってほぼ全員分のブラジャーを探し出し、あろうことか本棟の屋上に掲げた水軍の旗の下に並べて晒す暴挙に出た。おかげで、なぜか俺まで叢雲に叱られた。ともあれ、ドック前の湾内で対峙する両軍はすでに一触即発の状態だ。
「言葉を尽くす猶予はもう残っていないのです、日没までに片をつけなくてはならないのですよ?」
もともと水軍との演習は毎回夕方近くに始めるのが習慣になっていた。電の指摘したとおり、長引いて日が落ちれば海面は真っ暗だ。そうなってしまえば、もう海上から潜水艦を見つけるのは不可能に近い。今日の戦場は湾内の遠浅だ、真っ昼間なら小さな甲標的といえど簡単に丸見えだっただろう。しかし、日頃ならただでさえ遅い時間に始める演習が、今日は鶴姫さまの策によりさらに遅れている。すでに傾いた西陽がギラギラ照り返す海面は、たとえ浅くともその下をうかがうことは難しくなっていた。
「この夕陽では、波の下はほぼ見えんだろうな」
『あさせでたたかうゆうりをちょうけしにされてしまいましたね』
もう水軍の者はそばにいないのだが、俺とハジメさんは声を潜めて囁き合った。そこまで考えてふと気づいたことがあり、俺は再び通信のチャンネルを開いた。ただし、送信先は艦隊の皆ではない。工廠内のスピーカーから、水軍も含む皆に聞かせるつもりで話し始めた。
「試合前だが、もう一言だけいいか」
鶴姫さまは背を向けたまま黙っていたが、子供たちは少し騒めいたようだ。幾人かが俺たちのいる工廠の方を窺っているのも見えた。
「もしもこれが実戦だったとするなら、俺が司令官なら今すぐ皆に退却を命じるだろう。ここで戦う利がないからな」
子供たちが揃って不審げな顔をしてるのが見えた。
「水軍の挑発に乗せられてお膳立ての出来上がってるこの場で戦うくらいなら、速力を活かしてここから離脱し、砂浜に回ってそこから上陸する。背負子型艤装の吹雪たちには少々面倒かもしれんが、陸上で行動しやすい叢雲と五月雨がいれば工廠を取り返すのはたやすい。そっちの方が利口なやり方だろう?」
鶴姫さまがちょっとこっちを振り返った。余計な入れ知恵をしおってとでも言いたげに見えたが、俺は構わず言葉を継いだ。
「だがこれは演習で君たちは挑戦者だ。こんな抜け道の話は心に留めるのみとして、今は存分に挑め。みんなの奮励努力に期待するぜ、俺からは以上だ」
「よぉーし、いっちょやったるかぁー! 一番槍はいただきなのね!」
漣が一声叫ぶやいなや、いきなり次々爆雷を投げつけ始めた。しかし、炸裂した爆雷は実弾ではなく、周辺にオレンジ色のペイントをぶちまけた。要はいつも通りの演習弾だ。
水軍からの果たし状では実弾を持ってくるよう指定されていたはずであったが、妖精サイズで細かく書かれた姫さまの達筆を解読するのに異常に時間を食ってしまった結果、果たし状の内容が判明したときにはすでに実弾に換装する時間がなかったのだった。
『おのれ、じつだんをもってこいというたであろうに!』
「だったらあんな読みにくい手紙をよこさなければよかったのです。判読するのに骨が折れたのですよ?」
『なめおって、ものどもかかれぃ!』
号令とともに鶴姫艇を中心とした鶴翼陣が展開された。これはいつぞやの早九字殺し間とやらか? 叢雲は落ち着いて皆に指示を出し、各自が充分に回避行動を取れるだけの余裕を持たせた単横陣を組んだ。
「これは…… 何だ?」
俺は演習の様子を肉眼ではなく、子供たち各員に乗り組んでいる戦場カメラマン妖精さんからノートPCに送られてくる映像で観ている。その中には五月雨に視えている俯瞰視の映像も含まれるのだが、戦場を俯瞰する映像には赤く輝くラインがマス目状に描かれていた。無論、現実の海面にそんなマス目が描かれているわけもない。
「吹雪、あと二歩右へ。そこだと食らうわよ」
叢雲の指図に従って吹雪が動くと、画面の吹雪も踏んでいたラインから足を離した。その直後、赤いラインがまるでプログレスバーみたいに端から減っていき、ラインが消え切った場所で小さな爆発が起きた。
『このあかせんは、どうやらぎょらいのよそうしんろのようですね』
海面の照り返しに紛れて俺の眼では雷跡すら追えなかったのだが、ハジメさんの眼にはなんとか魚雷が見えたんだそうだ。彼女の解説によれば、マス目を描くラインは全て鶴翼陣を組んだ水軍の潜水艇から始まっていて、一斉に発射された魚雷はまるでラインを食うように進んでいったように見えたんだという。
「ようやくこの眼の使い方がわかってきたわ。さあ、水軍が陣を組み直すわよ。次に備えて」
叢雲の口振りは確信に満ちていた。そして、魚雷が外れたと見るや水軍は全艇潜航して、再度浮上した時にはまた別の陣形を組んでいた。今度の赤いラインはすべて単横陣のセンター、叢雲ひとりに集中している。
「今度は私を潰しに来たわね…… いいわ、私は回避に専念するから、みんなはその隙に両脇に寄って前進してちょうだい。反撃のチャンスよ」
叢雲狙いで発射された魚雷群のいくつかは叢雲にかわされて通り過ぎていったが、数本は叢雲の立っているあたりで衝突して起爆した。しかし、叢雲は遠浅の海底に槍を突き立てて棒高跳びの要領で大きく跳んで爆風から逃れ、あまつさえ空中から爆雷を投げ返す余裕を見せていた。
「まあ、無理な姿勢から投げてもそうそう当たりはしないわよね」
実際叢雲の投げた爆雷自体は命中しなかったようなのだが、叢雲の声に悔しげな様子はなかった。なぜなら、その時にはフリーを活かして前進していた四人の投げた爆雷が水軍の何隻かをしたたかに捉えていたからだ。
演習弾は食らってもオレンジの塗料まみれにされるだけでダメージはない。それをいいことに戦闘を続行しようとしている艇が散見されたので、俺は密かにハジメさんに耳打ちをした。
『ぞんびこういはひきょうだぞー』
『はいしゃはひっこめはじしらずー!』
俺の入れ知恵で、工廠に捕らわれていた妖精さんたちが一斉にわぁわぁヤジを飛ばし始めた。被弾した艇の乗組員はハッチから決まり悪さげに顔を出して戸惑っていたが、鶴姫さまから指図が下ったのか、すごすごとドックに戻って艇にへばりついたペイントを洗い流し始めた。きれいになったらまた戦列に戻るつもりなのかもしれんが、リスポン前のクールタイムみたいなものと思えばそれくらいは黙認してやるべきだろう。
複数の視点から得られる情報をまとめ、事前に相手の射線を読む。叢雲がその感覚を開眼したことで、艦隊の動きは昨日までと比べて格段に向上していた。水軍もこれまで見せてきたあらゆる技を尽くして攻撃を繰り出していたが、皆は叢雲の指示のもと危なげなく雷撃を回避し、隙あらば見逃さず反撃を返している。
戦闘が続くにつれてペイントに塗れた水軍の潜水艇がドック前に列をなし始めた頃、誰が投げたものか爆雷の流れ弾が不意にドックの内部まで転がりこんで来た。
「いかん、全員伏せろォ――!!」
俺は手近の妖精さんたちをかばいながら床に伏せたのだが、その爆雷は起爆しなかった。不発弾かと思っておそるおそる見守っていると、おもむろに蓋が開いた中から何者かが這い出てきた。それはいつも漣が連れているピンクのウサギで、よく見るとなんだか俺個人的にすごく見覚えのあるバンダナと眼帯をつけているようである。もしかしてラ、ラビット・スネーク……? 俺、漣にアイツのこと詳しく教えたことあったっけか?
とにかくウサギは周囲を警戒しながら匍匐前進で物陰に隠れ、やがてダンボールをかぶった姿で工事中の甲標的基地に潜入していった。俺たちはそれを呆然として見送ったのだが、その時ノートPCに通信が入った。
「カズ様サーセン、そっちに一発不発弾が行きませんでした?」
「死ぬかと思ったぞこのノーコンめ、ありゃ漣の仕業だったか」
「それについては重々お詫び申し上げますぞ、あとで叢雲ちゃんがなんでもしますから! ところでそいつは
通信の後ろの方で勝手言ってんじゃないわよ! と叢雲が怒鳴るのが聞こえた。つまりこの通信はオープンだ、もしかしたら水軍にも傍受されているだろう。だから、この通信のふざけた謝罪の裏にはおそらく別の真意が隠されている。
不発弾を水中に落とせというのは、多分ウサギの潜入を水軍に覚らせないように爆雷の証拠隠滅をしてくれという意味だろう。そしてしばらくは爆発の心配はないというのは、裏を返せばしばらくを過ぎれば爆発が起きるという意味だ。もしやウサギの潜入目的は基地の爆破だから備えておけ、とかそういう警告なのか?
とりあえず俺はそこらの箒を拾って、ウサギ入りだった爆雷の殻を水底につつき落とした。
「爆雷は始末したぞ、こちらでも充分気をつけるようにする。言い訳はあとでたっぷり聞かせてもらうからな」
こう言えば漣なら俺があいつの策を了解していると理解するだろう。あとはお手並み拝見といったところか。
これまでの演習で一度見た技はそろそろ打ち止めだ、ここからは水軍も新しい技を繰り出してくるはずだ。
『みなのもの、えんじんをくめぃ!』
一際高く叫んだ号令に合わせ、姫さまの艇を丸く囲うように水軍が周回し始めた。
『びしゃもんてん・ふたわくるまがかり!』
二十隻ほどが時計回りに廻る水軍の潜水艇は、叢雲たちから見て三時の位置で魚雷を撃っては後続に代わり続けている。その様子は、俺がまだ子供の頃に日本史の本で読んだ長篠合戦の鉄砲三段撃ちの逸話を思い出させた。ただし、これを例えて言うなれば魚雷ほぼ二十段撃ちになるだろう。当然、普通の雷撃とは比べ物にならないほどハイペースの速射になる。
「……7、8、9、60、1、2…… やっぱり数が合わないですね」
次々と飛んでくる魚雷をかわしながら、漣が小声で数を数えているのに気がついた。俺もそれでようやく思い至ったのだが、試合開始から数えれば水軍は100や200は下らない数の魚雷を発射しているはずである。以前聞いていた甲標的の装弾数は一隻につき魚雷二発。いくら水軍の甲標的総保有数がわからないとはいえ、まさか100隻以上の数がこの遠浅に潜んでいるわけがない。そんなんだったら湾内がまるで芋洗いになってしまうじゃないか?
『かずさん、あれをみてください』
ハジメさんが指差す先、ドックのシャッター両脇に突き出た突堤の左側。建設中の甲標的基地に横付けする潜水艇の列が見えた。
「そうか、あそこで魚雷の補給を受けながら戦っているんだな」
『そうです。ひめさまをまもりながららいげきのじゅんばんまちをするちいさなわ、そしてぎょらいをうちつくしてほきゅうをうけにいくおおきなわ、やつらはひめさまのまわりをにじゅうのわでかこんでいるようですね』
「つまり、それで『
続けてハジメさんが教えてくれたのだが、甲標的の魚雷は二連装ではあるが連射は効かない。小柄な艇体に対して長大すぎる魚雷を撃てば、反動で姿勢は大きく崩れるし波も荒れるからだ。だから撃った艇は速やかに射撃位置を離れ小さな輪に戻り、後続が荒れた波を抑えながら次発を撃つ。二発とも撃ち尽くした艇は大きな輪に移って補給を受け、済み次第小さな輪に戻って再び攻撃に加わるのだ。
そもそも車懸かりというのは、戦国時代の武将、上杉謙信が用いた戦術だそうだ。一説によれば、本陣の周りに小分けした部隊を衛星のように周回させ、矢継ぎ早に突撃させて波状攻撃を仕掛けるものだという。だから水軍のそれは本来の車懸かりとは根本から発想が異なりはするが、結果として似た形になっているというわけだな。
「みんな、私を先頭に単縦陣を組みなさい」
ここで叢雲が陣形を単縦陣へと変える指示を出した。これは潜水艦を相手にするにはセオリーから外れた選択ではある。それに本演習のルール上、落とされれば負けとなってしまう旗艦叢雲を矢面にさらすことに不安が残らないわけではない。
しかし、一カ所のみを起点とする二輪車懸かりの雷撃パターンは、先頭の叢雲が軌道を見極めてかわしさえできれば、後続の艦は叢雲の後ろに隠れているだけで回避を気にする必要がなくなる。叢雲が新しい感覚に開眼した今、この状況に限れば単縦陣は最適な選択であるかもしれない。
「弾筋が乱れてるわね、荒れた波の上から撃ってるせいかもね」
ノートPCから見ている俺にも雷撃の狙いが少し拡散しているのは見て取れた。
「あつっ!」
最後尾にいて追従が遅れたのか、魚雷につまずいた五月雨が悲鳴を上げた。だが魚雷は起爆しないまま流れていき、審判の判定も無効となったようだった。
「五月雨ちゃん大丈夫?」
「ごめんね、靴底をかすめられたみたい」
「ツイてるのかもしれないのですが、妙なのです」
これにはハジメさんも訝しげだった。
『われわれのせいびしたぎょらいにふはつなどありえないはずなのですが、もしやたんとうしゃがさぼたーじゅを?』
ハジメさんに睨みつけられた魚雷の整備担当らしき工廠妖精さんが小さくなっていた。先日の会議では、水軍側の武装にも決して整備の手を抜かないよう申し合わせておいたはずだった。けど今日は騙し討ちで工廠を占領された上に一時拘束まで受けたからなぁ。工廠の誰かが水軍への反感からそんな意趣返しをしでかしたとしても不思議はないが……
「フフフ、ようやくこの漣の策が成る時が来たようですな」
皆が戸惑っているなか、どこからともなく取り出したジュリ扇片手に口元を隠し、ひとり忍び笑いをもらしたのは漣だった。それはあのウサギ詰め爆雷の件か?
「叢雲ちゃん。漣の見立て通りならあと90秒、90秒だけ耐えきってください。特大の花火が上がりますぞ?」
羽扇とジュリ扇を勘違いしているが、まるで諸葛亮か誰かのような自信ありげな口ぶりだ。そんな漣の進言に、叢雲は前を向いたまま、呆れたような溜息を吐きながら返事をした。
「また皆に内緒で勝手になにか企んでたのね? ……まあいいわ、付き合ったげるわよ」
「さっすが〜、叢雲ちゃんは話がわかるッ!」
90秒と一口に言えば短いようだが、その間一方的な魚雷の乱射をひたすらかわし続けるとなると決して楽ではないはずだろう。だが、その間にも叢雲の感覚はますます研ぎ澄まされていくようだった。半分を過ぎる頃には魚雷だけでなく波までも見通し、軌道のブレを読み切って命中コースの魚雷だけを最小限の動きで避けられるようになっていた。一度などは、槍の石突を引っ掛けて魚雷を逸らす離れ業までやってみせた。
「いくら撃とうともう当たりゃしないわよ、あんたたちの雷撃は見切ったわ」
叢雲は誇らしげに宣言して、槍の穂先を鶴姫さまに突きつけた。
「さて皆様、そろそろお時間ですぞ? この漣にご唱和願います」
10、9…… とカウントダウンを始めた漣に皆が声を合わせた。
「5、4、さn」
まだ数え切らないうちに、輪になった水軍の半分近くがいきなり色とりどりのペイントをブチ撒けて吹き飛んだ。
『な、なにごとじゃ!?』
「……あり? ちょーっとタイミングがズレちゃいましたね? えーっと、ゼロっ♡」
また吹き飛んだ。どうやら、甲標的の発射管内部で魚雷が勝手に起爆しているようだ。
「ゼロっ♡ ゼロっ♡ ゼ〜〜ロっ♡♡♡」
次々と爆発していく甲標的。鶴姫さまも子供たちも、事情の分からない皆が艦隊行動も忘れて呆然と立ち尽くすのを尻目に、漣一人だけが調子に乗ってジュリ扇を振り乱し踊り回っていた。
「漣ちゃん、いったいなにをやらかしたの?」
「やらかしたとはご挨拶ですにゃ? これぞ軍師漣の三十六計がひとつ、ウサギ爆弾の計です」
ドヤ顔で語る漣に吹雪は怪訝な顔をしていた。水軍の潜水艇はあらかた吹き飛んでしまったが、まだ頭目の鶴姫さまは残っていた。
「自慢話は後にしろ、まだ終わってないぞ」
もう太陽が水平線に消えかける頃、叢雲と鶴姫さまが睨み合っていた、まるで
『よいのかの? ごにんがかりでおしつつんでわしをうちとったほうがらくなはずじゃぞ』
「鶴姫、なんで武士が卑怯を嫌うかわかるかしら」
叢雲は質問に質問で返したが、唐突な質問ながらも鶴姫さまにはその意図が伝わったのか、どこか腑に落ちたような顔で答えた。
『ぐもんじゃの、もとよりもののふはみずからのりょうちをまもるためたたかうもの。ぶいをしめししゅうをしたがえる、さにあらずんばほんりょうすらまもれぬのよ』
叢雲は鶴姫さまを見据えたまま黙って答えを聞いていた。あと端っこの方でウンウンうなずく電と、珍紛漢な顔の吹雪が見えた。
『じゃがの、ひきょうなさくをもってりょうちをひろげようとも、それではひとをしたがえることはできぬのじゃ。まけたことになっとくできねばいこんはいつまでものこるからの。それではかいがあるまい』
回答に満足したのか、叢雲は一度大きく首肯して槍を構え直した。
「つまりはそういうことよ。私はあんたに勝ちたいんじゃない、実力を示して屈服させなくてはならないのよ。完膚なきまでにね」
『ほたえなや』
夕陽が水平線に沈んだ一瞬の暗転を狙って、まず鶴姫さまが魚雷を撃った。叢雲ははじめ先ほどと同じように石突で魚雷を逸らそうとしたが、いきなり槍を返して穂先を水中に突きこんだ。引き揚げると、魚雷が二本田楽刺しになっていた。連射はできないはずの魚雷を、鶴姫さまは二本同時に撃っていたのか…… もし叢雲が表に見える一本だけを石突で逸らそうとしたなら、陰に隠れた二本目を食らっていただろう。
「アレ爆発しないんです?」
「一突きで信管を壊したみたいだね」
すっかり観戦モードに入った漣と吹雪がそんな事を話しているのが聞こえてきた。
「そろそろ観念なさいな、これで終わりよ!」
叢雲が投げつけた爆雷を切り払おうとしたのだろう、鶴姫さまが腰の太刀を抜こうとする仕草を見せた。しかし、その太刀は皆の縄を解かせるために俺の手元に置いていったままだ。あえなく爆雷は命中して鶴姫さまの丙型はペイントに飲みこまれ、審判のホイッスルが鳴った。水軍との対決を始めてからほぼ一週間、子供たちの初勝利だ。
試合の後は、とりあえずはペイントまみれの潜水艇や沈んだままの大発動艇を皆で協力して回収した。本格的な修理と整備は明日からだ。堤防でトリモチ漬けになっていた戦車はすぐには剥がせそうになかったが、なんとかハッチだけはこじ開けて乗員は救出できた。
「皆ご苦労だった。もう暗いからな、面倒事は明日からにしよう。まずはみんな風呂に行ってこい、もちろん水軍と大発船団もだ。風呂から上がったら晩飯にするからな」
今回、叢雲の活躍により艦隊はほぼ無傷ですんだが、水軍側は色とりどりのペイント漬けで酷い有様になっていた。漣のやつがいったい何をしたのか、発射管内部でペイント魚雷が暴発したんだ。おかげで全員バーバパパ一家かパックマンの敵キャラみたいな姿になっている。
「ではしゃちょー、わたしたちはてはずどおりに」
みんなが風呂に行っている隙に棟梁と家具妖精たちが仕事を始めた。今のうちに俺も着替えてこなくちゃな、みんな喜んでくれるといいんだが。
「へいらっしゃい!」
揃って風呂から上がってきた皆を、俺は威勢のいい挨拶で出迎えた。風呂前に棟梁たち家具妖精が設えてくれたのは、本格的なネタケースを備えたスシバーのカウンターだ。例の電レシピの寿司飯は俺が作っておいたし、ネタはいつものやり方で広場の妖精さんが調達してくれた。
「おっ、やってるやってる」
皆最初は面食らったようだったが、こういうことは妙に小慣れてる漣が、存在しない暖簾をくぐる小芝居を見せてから席に着いた。長らく寿司が食べたくて食べたくて仕方がなかった五月雨がその隣に座り、続いて叢雲、吹雪、電。カウンターは子供たちだけで満席だ。
「妖精さんたちはそっちのテーブルを使ってくれ。たくさん用意したからな、水軍のみんなも遠慮はするな」
妖精さんには握り寿司は大きすぎるからな、細かく刻んだネタをたっぷり混ぜこんだちらし寿司の大皿を用意した。普通に食っている子もいるが、酢飯数粒に刻んだネタを載せてマイクロ握り寿司を自作している子もいるのがちょっと面白かった。
「さぁ、何から握りやしょう」
「はいっ、マグロお願いします!」
板前めいた口真似で戸惑う皆に水を向けてやると、まず口火を切ったのは五月雨だった。手早く握った二巻を出してやると、ニコニコしながら食べている。素人が見様見真似で握った寿司、もちろん本職の仕事には遠く及ぶまいが、とりあえずは楽しんでくれているようだった。
「漣はアナゴを所望しますぞ」
真剣な面持ちと、どこかで聞いた憶えのある妙に低くて渋い声色で言われたが、すまんな。うちの店にはアナゴはないんだ。鮮魚の切り身と寿司飯だけならある程度の真似事はできるかもしれないが、煮たり焼いたりの仕事が必要になるネタは格段に難易度が上がるからなぁ。漣は出鼻をくじかれた顔だったが、代わりに甘エビの握りを出してやった。
「本物のお寿司がどういうものかよく知らないのですが、意外にも美味しいのです。ミラーさんのお寿司」
「そうだね。あっカズさん、私にもウニください」
意外は余計だがどうやら電にも好評のようだ。なにせ寿司飯は自分のレシピだからな、電だって文句はつけられんだろう。吹雪は何を頼んでいいのか分からなさそうだったが、とりあえず周りの皆が美味そうに食べているネタを真似て頼んでいるようだった。
「食いしん坊がどうした、もしかして食欲がないのか?」
「誰が食いしん坊よ。……それなら、私はヒラメから貰おうかしら」
しばらく呆気に取られていた叢雲だったが、ヒラメの握りを美味そうに食べてくれた。
「本当に器用な男ね、寿司まで握れるなんて。美味しいわよ」
「大将! 大トロキボンヌ!」
「私も私も!」
漣と五月雨に大トロを握ってやりながら、ふと思い当たったことが口を突いて出た。
「大将、か…… そういや、提督ってのは海軍将官、狭義には海軍大将のことをそう言うらしいな? 俺もおまえたちの提督になるからには海軍大将にでもなんでもなってやりたいが、今はこれが精一杯」
大トロの握りを出してやりながらそんな世迷言をもらした。海軍ならぬモグリの寿司屋の大将、残念ながら今の俺はその程度の器だ。でもちょっとずつ寿司を握るのも慣れてきたな、たぶん最初よりはずっと上手く握れてるぞ? いやそんなことはどうでもいいか。
「カズひゃんってアメリカの陸軍にいたんれすよね、階級はどこまで行ったんれふか?」
イカの握りを咀嚼しながらそんなことを訊ねられた、お行儀悪いぞ吹雪。でも言われてみれば、この子たちに階級の話なんてしてやったことなかったっけか。
「俺か? 米軍での最終階級は少佐だったな。もっとも、少佐でいられたのは最後の一週間だけだ。俺は部隊指揮官でなくて教官職専業だったからな、普通なら最高位は大尉までなんだよ。でも、佐官に上がれば恩給の額も増えるしな。表向きは最精鋭FOXHOUNDの教官を勤めた俺への温情と、本音は軍の暗部をいろいろ知っている俺への口止め料といったところかな」
「アメリカの陸さんとは事情が違うのでしょうが、帝国海軍で少佐といえば駆逐艦長には充分なのです」
「でも駆逐隊司令ならやっぱり大佐、せめて中佐は欲しいですね……」
「なに愚痴ってんのよ。私たちが日本に帰ってからの働き次第で、カズだって大将だろうと元帥だろうと位人臣望みのままよ。私たちがあんたに元帥刀を佩かせてやるわよ」
景気いいねぇ、それは夢のある話だ。でも、現代の海自には元帥位なんてなかったはずじゃないかなぁ……
『みうらどの、よろしいかの』
寿司を握りながら雑談をしていると、水軍の皆をゾロゾロ引き連れた鶴姫さまがカウンターに上がってきた。
「なんだ、おかわりか? ……まだ酢飯はあるな、少し待ってくれるか」
『そうではない、だいじなはなしじゃ』
水軍一同が並んでさっと端座すると、床に両拳をついて頭を下げた。
『これまでのひれいのかずかず、われらみしますいぐんいちどうじゅうじゅうにおわびいたす。さきほどのかんたいのいくさぶりしゅうちゃくしごく、もはやわがへいをあずけるにいささかのけねんもありませぬ。これよりはわれらもごじんのはしにおくわえいただきたく、ぐうじつるふしておねがいもうしあげまする』
鶴姫さまがそう述べて、水軍一同が深々と額を床につけた。表現がなんだか古風すぎてわかりづらいのだが、要は艦隊の力量を認めた上で仲間に加わってくれる、ってことでいいんだよな? 助け船が欲しくてつい電の方を見ると、ハマチの握りを頬張ったまま電がうなずいた。あんたの寿司でも食わせてやりなさいよ、と叢雲が耳打ちしてきたので、妖精でも食べられるようにできるだけ小さく握った寿司を一人一人の前に並べてやった。
「みんな、顔を上げてくれるか」
拳はついたままわずかに顔を上げた水軍に続けて声をかけた。
「水軍が俺たちの仲間に加わってくれるなら心強い、こちらこそ今後ともよろしく頼むぜ。その寿司を食ったら君たちはもう仲間だ、遠慮なくやってくれ」
『かたじけなし、ごちそうになりまする』
鶴姫さまが寿司を食べ始めると、水軍の皆もそれに倣った。うまいのぅうまいのぅなんて声があちこちから聞こえた。
気がつくと、いつのまにか水軍以外の妖精たちも列をなしていた。自分たちにも握り寿司を食わせろということか? 列の先頭には、おそらく今回の勲一等、漣のウサギが立っていた。大変だがこれは断れん、俺は次々ミニ握り寿司を作り始めた。でもうちは今や100を軽く超える妖精さんを抱えているんだ、とても俺一人では手が足りん。子供たちも満腹してくれたのか、席を立ってネタを刻んだり列を整理したり、俺の手伝いを始めてくれた。妖精さんの列には、食い足りてない水軍の子もおかわりを求めて並んでいたのだが、別に工廠や航空隊の皆といがみ合うこともなく仲良く並んでいた。これも苦労の成果というのなら、まあもう少し頑張っちゃおうかな。
「ほんの思いつきで始めたことが、えらい騒ぎになってしまったな。皆も手伝ってくれてありがとう」
用意した食材がすっからかんになって、俺の寿司屋は看板となった。俺たちは寿司屋の片付けをすませて、本棟のロビーでお茶にして一息入れていた。
「でも楽しかったです! カズヒラさん、ごちそうさまでした」
五月雨が笑顔で礼を言ってくれた。素人の寿司でこんなに喜んでくれて恐縮だが、いずれは日本で本物の寿司を食わせてやりたいもんだ。
「そうだ漣、あんたいったいどんなペテンを使ったのよ?」
思い出したように叢雲が訊ねた、そういや俺も気になってたんだそれ。
「中身を抜いた爆雷に漣のウサギを詰めましてな、他の爆雷に紛れて工廠に投げこんだんですヨ」
そうだったな、そしてウサギはどっかで見たような潜入スタイルで甲標的基地に忍びこんでいったところまでは俺も見た。
「水軍は陣形を変えるたびにドゥンドゥン魚雷を撃ってきて、これはどこかで再装填やってんなぁ? ってのは確定的に明らかだったわけですよ。でもそんな場所あの甲標的基地しかありえないっしょ、だからウサギを潜入させたんです。補給所を押さえ、魚雷をペイント弾にすり替えておいたのさ! 時限信管つきでね☆」
漣がキラッ☆とか言いそうなポーズをキメた。大手柄なんだがなんか腹立つ。
「じゃあ、私がつまずいた魚雷が不発だったのって?」
「漣が数えていたのはですね、避けた魚雷じゃなくて、避けたあとずっと後ろの防波堤に激突して発火した魚雷の数だったんです。ウサギが魚雷をすり替え始めてから、水軍全体に充分に時限信管が行き渡るまで。さみちゃんのつまずいた魚雷が不発だったことで、これはそろそろだいぶ浸透したやろなぁと確信できましたぞ。……まぁー、最後の一斉爆破はタイミングズレズレになっちゃってちとカッコ悪かったですが〜……」
「でもすごいよ、演習中にそんな作戦を進めてたなんて!」
五月雨の疑問に今一つ残念そうな顔で答えた漣だったが、吹雪を始め皆が口々に誉めそやすと、少し頬を染めてはにかんだ。
「ただね、最後の叢雲ちゃんの決闘ばかりは少々肝が冷えましたぞ。鶴ちゃまは雷撃に参加してませんでしたからな、アレだけは実弾そのままだったんです。下手したら最後の最後で試合をひっくり返されたかもしれなかったんですから」
「仕方ないでしょ、文句なしの勝ち名乗りを挙げるにはやるべきだった決闘だもの」
叢雲は少し気まずそうな面持ちだったが、それまで茶を飲みながらずっとソロバンを弾いていた電がパタンと音を立ててファイルを閉じ、重々しく口を開いた。
「まぁ叢雲ちゃんの槍捌きが鋭かったということで、電はそこは結果オーライだと思うのです。それより、水軍が盛大に魚雷を撃ちまくってくれたお蔭様で、現在弾薬の備蓄がグロいことになってしまっているのです」
電が示した四資源の備蓄量は、弾薬だけが盛大に減って冗談みたいな数字になっていた。なぁにこれぇ、弾薬と他の三種とでケタが二つ違ってるぞ……?
「ペイントで汚れた湾内のお掃除と、壊してしまった戦車や大発、甲標的の修理、もしかしたら魚雷が突っこみまくった防波堤は補修工事の必要があるかもしれないのです。明日からのやりくりを考えると頭が痛いのですよ」
電は深く溜息を吐いた。俺も明日から弾薬工場とかで働こうかなぁ……
お茶会もお開きになって、俺は一度私室に引っこんだ。ただ寝るまではもう少し時間があったので、屋上で静かにギターを爪弾いていた。以前みんなの前で大失敗した『Imagine』を歌っていたところで、すぐ背後から叢雲が俺を呼ぶ声が聞こえた。聴かれていたと気づいた瞬間、俺の歌が半音ズレてしまった。
「……どこから聞いてた?」
「サビに入る少し前くらいから。なによ、音痴なのかと思ってたらちゃんと歌えるんじゃない。どうしてこないだはあんなだったのよ?」
不思議そうな表情の叢雲は、いつもの寝巻きの白襦袢、通称雪女スタイルだった。でも耳元の電探は置いてきたらしい、アレ外せたんだ?
「これは俺の悪い癖でなぁ、人に聴かれていると思うと緊張して音程がズレるんだよ。それより、こんな時間に一人でどうした?」
「昼間に言ったでしょ、私の艦長の話をしてあげるって。でもみんなに聞かれるのは恥ずかしいから、電探は置いてきたわ」
そういえばそんな話もあったな、鶴姫さまはあずまひでお少佐、って呼んでたっけか。ほんの偶然からだが、実は俺にとってもずっと以前から知っていた名前だ。俺の隣に腰掛けた叢雲にさりげなく視線を向けると、襟元から懐剣の柄頭が覗いているのが見えた。
「二人きりだからって妙なこと考えるんじゃないのよ」
俺は誓って子供には手を出さん! でもこういう話題にかけては本当に信用ないなぁ俺。
お久しぶりでございます、グラサン提督の続きを上げさせていただきます。どうしても他に書きたくなってしまった作品を書いていた結果、こちらは前回から半年くらい間が空いてしまいました。
予想以上にvs三島水軍編が長引いてしまいましたが、本来ならこの編丸々がカズの回想だったんですよねぇ。そろそろ元の時間軸に戻したいんですが、次回からは叢雲の過去話、そして少年時代のカズとのささやかな縁の話になります。
ところで、今回の本文中でカズの最終階級を少佐としてありますが、これは公式設定に記載がなかったために私個人の想像による創作となります、どうぞご了承ください。
それでは、また次回のグラサン提督で。