演習を頑張った皆を寿司で労った俺ことカズヒラ・ミラー。心地よい達成感に浸るままに、今は自室の屋上で独り弾き語りを楽しんで過ごしていた。
しかしあんまり歌に熱中していたせいか、俺は叢雲がこっそり屋上に上がってきてたのに気づけなかった。チクショーいつのまにかこんなにスニーキングの腕を上げやがって、教官うれしいっ…… でも、正直恥ずかしい! 独りだと思ってたのに鼻歌を誰かに聴かれてた、そんな気まずい気持ちわかるだろぅ!?
「はいこれ、もしかしてお腹空いてるんじゃないかと思って。あんたはお寿司を握ってばかりで、自分じゃぜんぜん食べてなかったでしょ」
隣に座った叢雲からランチバスケットを受け取った。妙に重いなと思ったら、中身はサンドイッチの他に缶ビールが二本。言われてみれば俺は皆が風呂に入ってる間、練習で作った寿司をいくつかつまんだくらいしか食ってなかったんだった。汗をかいた缶ビールと彩り鮮やかなサンドイッチ、今さらながらに空腹を思い出して喉が鳴った。ありがたくいただこうと思ったところで、叢雲の白い手が横から缶ビールをかっさらって行った。
「一本は私の分だから。昔話をするなら、こういう潤滑油は要るものでしょう?」
いつぞやの、皆で呑んだ翌朝のことを思い出した。あの時はいったい皆でどれだけ呑んだのかいまだに思い出せないんだが、結果として俺と叢雲と吹雪とが二日酔い、それで哨戒当番をサボった叢雲は石抱きの刑に処されたっけ。
……まあ、いいか。いいよな? 缶ビール一本くらいなら問題ない! はず、だ。今度やらかしたら二人並んで石抱きかもしれんけど。
缶をコツンと打ち合わせて乾杯をすると、叢雲は一口ビールを飲んでから話を始めた。俺は思い出話に口を挟むことなく、サンドイッチにかじりつきながら静かに耳を傾けていた。
「私の前世最期の戦いは、ソロモン諸島だった」
「その頃は日米がガダルカナル島を取り合いしてたのよ。すでに制空権を失っていた日本は輸送船を使えなくてね、私たち駆逐艦が夜間密かに物資や兵員を運びこむなんて、能率の悪いやり方に頼るしかなかったの」
ガダルカナル島の戦いについては俺も陸上自衛隊時代に教わった憶えがある。ただ、海軍側の細かい事情ともなるとちょっと記憶に自信がないな…… アメリカには鼠輸送とか揶揄されたんだっけ?
「私のいた艦隊は無事揚陸を成功させたけど、支援してくれていた別働隊は、前日の夜戦で敵味方を勘違いしたことから大損害を受けてしまったの。その時、吹雪も沈んでしまったわ」
ご愁傷さまと挨拶するべきか一瞬迷ったが、当の吹雪だってこの島に生まれ変わって一緒に暮らしていて、今頃はスヤスヤ眠っている頃だろう。みんな明るく日常を過ごしているから時々忘れそうになるんだが、この子たちは全員過酷な戦場で一度沈んだ過去があるんだよな。
「私は重巡古鷹の乗員がまだ漂流していないか捜索に行ったんだけど、そこをガ島の基地から来た敵機に襲われてね。スクリューをやられて脚を止められ、上部構造物は炎上して戦闘不能になってしまった」
叢雲はそこまで語ると、脚の無事を確かめるかのようにトントンかかとで地面を叩いた。
「私の乗員はみんな僚艦に収容されたんだけど、艦長と幹部幾人かがまだ残っていてね。私を曳航できないなら一緒に沈むって、頑と言い張って聞かなかったのよ」
言葉だけ聞く限りは呆れたような口調ではあったが、声のトーンからは抑えがたい愛惜の念を感じられた。月明かりだけではしかとは見えない叢雲の表情をうかがう俺から、恥ずかしいのか顔を背けて叢雲は話を続けた。
「……私だって女だもの。皆に敬愛された艦長にそんなにまで愛してもらえて、嬉しくないはずがなかったわ。でもね、ダメよ。死んじゃダメ」
叢雲は想いを振り切るようにキッパリと断言した。
「どんなに悔しくても、どんなに恥をかかされても、人は生きていかなきゃダメ。生きてこそいつかは浮かばれる日もあるものよ」
そうだな、俺だってこれまでの人生では何度も死ぬような目を生き延びてきた。アラスカの自宅を襲撃されたあの夜だって、今度こそとうとう俺もおしまいかと思った。それでも、なんの因果かどっこい生きてこの島に俺はいる。離ればなれになった愛娘に再び会える目途はまったく立っちゃいないのが父としてまことに申し訳ないが、それはそれとしてこの島での暮らしが楽しいのは確かだ。この島の少女たちに会えたことで、俺の人生観は確実にいい方に変われてると感じている。
「……結局、駆逐隊司令の杉野さんが説得に来てくれて、ようやく艦長は私から降りてくれたわ。お別れは寂しかったけど、艦長が生きてくれてホッとした。その後私は雷撃で処分されたんだけど、白雪には面倒をかけてしまったわ。 ……白雪に会いたいなぁ、彼女も私たちみたいにどこかで生まれ変わっていないかしら」
あとで聞いた話だが、白雪というのは吹雪型の二番艦、吹雪のすぐ下の妹だそうだ。確か叢雲が五番艦、漣が十九番艦、電が末っ子の二十四番艦だったっけか? 日本だけでも何百隻の艦がいたのか途方もないが、やっぱり彼女たちの話を理解するためには、俺も少しずつ勉強したほうがいいのかなぁ?
「なぁ、その艦長さんってさ、あずまひでおって名前じゃないのか?」
話がちょっと一段落ついたところで、俺は鶴姫さまから聞いていた叢雲の艦長の名について尋ねてみた。
「そうよ、東日出夫少佐。カズ、もしかして彼のことを知ってるの!?」
「いや、名前は演習の直前に鶴姫さまに聞いた。ただな、ほんの偶然からだが俺もずっと前からその名前は知っていた。きっとおまえの艦長と同一人物だと思」
「聞かせて」
眼を丸くしてまくし立てる叢雲は予想もしなかったほどの食いつきぶりで、答える俺の語尾を食い気味に続きを急かされてしまった。
「俺がまだ中学生の頃かな、近所に暮らしてたおっさんにギターを教わったんだ。戦中の彼は陸軍にいて外地に出征してたんだが、引き揚げ船の艦長の名が東日出夫さんだったって聞いた。航海中はずいぶん親切にしてもらったって感謝していたよ」
「引き揚げ船?」
「敗戦後、日本がそれまで保有していた植民地はすべて放棄させられた。そういう外地に配置されていた兵員、あるいは植民していた民間人は、ほとんどが日本へ帰ることになった。そのために、旧海軍が保有していた艦船の生き残りが引き揚げ船として活用されたんだ。もっとも、武装は降ろされてたんだけどな」
「なんていう艦なの」
「たしか、駆逐艦花月だとか」
「……聞いたことないわ」
叢雲はやや不機嫌そうな面持ちで首を傾げていた。もしかしたら、自らの艦長が後々別の艦に乗ったのに嫉妬していたのかもしれない。
「大戦末期の新造艦だったそうだからな、たぶん叢雲たちが沈んだ後に造られたんだろう」
「ふぅん…… 東艦長、その後はどうなったのかしら」
「さぁなぁ。そこまでは俺も聞いてなかったが、日本へ帰ることができれば調べることもできるかもしれんな。ただ、2010年代までご存命というのはさすがに無理かもな」
「カズ、調べてくれる?」
そういうことなら俺の得意分野だからな、なんなら他のみんなの分も調べたっていい。大船に乗ったつもりで期待してくれと約束すると、叢雲はあっという間に上機嫌になった。
なんとなく話がまとまり、俺はサンドイッチの残りを咀嚼することに勤しんでいた。叢雲は退屈そうに缶ビールをチャポンと揺らし、上目遣いで話の続きをせがんできた。
「艦長の行く末はわかったけど、まだビールは残ってることだし。今度は昔のカズのこと、もっと聞かせてちょうだい?」
あぁ、この顔は知ってる。俺の娘がまだ小さい頃、寝物語を最後まで聞かせてやらなきゃ頑として眠らなかったときと同じ顔だ。
「まぁ構わないけどさぁ、少し照れ臭いからミンナニハ ナイショダヨ?」
一応頼んではみたがそれはたぶん無理で、きっと明日には全員に拡まるだろうと思う。さて、どこからどう話したものか。俺はサンドイッチの最後の一口をビールで流しこむと、眼をつむって半世紀以上昔の記憶を探り始めた。
あれは…… そうだな、たしか横浜マリンタワーが開業した年だ。だから昭和36年、西暦1961年のことだったはずだ。今思い返せば世界ではキューバでピッグス湾事件があったり、ソ・米が相次いで有人宇宙飛行に成功したり。他にもベルリンの壁が建ったりツァーリ・ボンバの爆発実験が行われたりと、軍事・政治的に大きく揺れた年でもあったな。
その春に俺は中二に進級して、小遣い欲しさに新聞配達を始めたんだ。朝刊だったらもっと実入りがよかったんだが、中学生じゃ放課後に夕刊の配達しかできないのが残念だったっけ。
小遣いの目的? そのマリンタワーに女の子をデートに誘いたかったのさ。入場料が結構高くてな、お袋から貰う小遣いだけじゃとても無理だった。当時校内一と名高かった美少女、名前は詩織ちゃんって言ったっけなぁ。勇気を振り絞って誘ったんだけど、『一緒に遊びに行って友達に噂とかされると恥ずかしいし…』って結局振られちまったさ。くそぅ、やはり日頃から親しかった同じクラスの愛花を誘うべきだったのか? なに、そんな話はどうでもいいって? 俺的には大事な話なんだが? ……いやそうか、元々は俺がギターを教わったおっさんの話だったっけな。
女の子をデートに誘うのは失敗したけど、それからもなんとなくバイトは続けてた。その頃の俺はもう親父の素性を突きとめていつかはアメリカへ会いに行く気だったから、金を貯めておけばいずれは旅費の足しになるかもなんて考えてたな。そんなある日の配達帰りに、下宿屋の前のゴミ捨て場に置かれたギターケースを見つけたんだ。本場アメリカ製の素人目にも結構立派なもんだった。捨てられてるなら貰って帰っていいのかななんてじっと眺めてたところに、不意に上の方から声をかけられた。
「坊主、ギターに興味があるんか?」
声の主をキョロキョロ探すと、下宿屋の二階の窓からおっさんが顔を出していた。
「これ、おっさんが捨てたのか?」
「ああそうだ、欲しいんなら持ってっていいぜ。でもな、持ち帰る前にちょっと寄ってけよ。弾き方を教えてやるからさ」
俺はおっさんの顔をよく見ようと学帽を脱いで、金髪をかき上げた。
「おっと、おまえさん角の煙草屋んとこの
「ああ、ゴールデンバットのおっさん!」
俺はまだ中学に上がる前から店番をしていた。米兵らしき客と見たら親父の写真を見せて心当たりを尋ねたりして、そんなうちにいつしか人の顔を憶えるのは得意になっていた。言われてみれば、たしかに見覚えのある顔だった。週に一度二度店に寄っちゃぁ、ゴールデンバットを三つ買っていくおっさんだ。俺はギターケースを拾い上げると、誘われるまま下宿屋に上がりこんだ。
「……おっ、邪魔しまぁ〜〜す」
上がりこんだ部屋は畳の陽焼けした四畳半だったが、白黒とはいえテレビがあったのを今でも憶えてる。その頃俺ん家にはラジオしかなかったからうらやましかったんだな。
『もはや戦後ではない』経済白書にそんなことを書かれてからもう五年が過ぎていた。俺が小学生の頃は三種の神器なんて言われていて、白黒テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機が豊かな暮らしの象徴だった。そのうちに今度は新三種の神器なんて言われ出して、カラーテレビ、クーラー、自家用車が取って代わった。高度経済成長につれて次々と豊かさを追求し続けた、あの頃はまさにそんな時代だった。
「おう、その辺に座ってくれ。茶くらい出そう」
「いいのかい? こんな立派なギター俺なんかにくれちゃってさぁ」
「俺はもう弾けないからな。今まで未練たらしく持ち続けてたが、質に流すくらいならいっそ大事にしてくれそうな奴に譲りたくてさ。誰かそんな奴に拾われないかって見てたんだ」
茶の準備を始めながらひらひらと振ったおっさんの左手は、手首から先がなかった。昔戦争でなくしたってのは、それからしばらく後に聞いた。
「俺がやるよ、いいだろ?」
「……おぉ、悪いな」
結局茶は俺が淹れて、差し向かいで茶をすするおっさんはジョージって名乗った。いや、純日本人だったんだよ、Georgeじゃない。名字と字面は結局最後まで聞かずじまいだったが、たぶん乗児さんとか譲治さんとか、そんな字を当てるんじゃないかなぁ?
チューニングはおっさんがやってくれた。慣れてるからもう音叉すら使わなくても耳だけでパパッとやっちゃうんだな。それで、学ラン脱いだ俺を立たせてギターを肩に掛けてだな、ストラップを調整してギターを構えさせてくれた。
「オオッ、結構サマになってるじゃないか。まるで向こうのスタアかなにかみたいだぞ」
あの頃はアメリカの文化がどんどん日本に流れこんで来ててな、子供はみんなアメリカに憧れてた。ほら俺って金髪で眼も青くて、いかにもアメリカの匂いがするじゃん? なに、酸っぱい臭いしかしないって? それはさっきまで握ってた酢飯の匂いだ、断じて不潔にしてるわけじゃないぞ!?
いや話を戻すぞ、ともあれ俺の事情を知りもしないクラスメイトには血筋のことを単純に羨ましがられたり、かといって戦争を知ってる大人たちには嫌な目を向けられたりな。正直言うと忌々しく思うこともしばしばだったが、ジョージさんにそう言われたのは不思議と嫌じゃなかったな。
まあそんな話はひとまず置いておこう。それで今度はいくつかの簡単なギターコードの押さえ方を教わってさ、こうジャカジャカとリズムに乗ってかき鳴らすわけだな。その間にも指のフォームを見てもらったり、上手に押さえるコツを教わりながら小半刻。不意にジョージさんが言ったんだよ、芝居臭い重々しい声色で。
「喜べ少年、君の願いはようやく叶う」
いきなりなんの事かとちょっと面食らったけどな、俺の伴奏に合わせてジョージさんが歌い出したんだ。俺にも歌えって手真似で促されたものだから、俺も手が忙しいながらもなんとか歌った。
「ほら、これでもうおまえはギターを弾けるんだぜ」
今にして思えばきっとひどい演奏だったはずだ。でも、その時ばかりはまるで魔法をかけられたような気分だった。
「さて、今日はここまでにしてそろそろ帰りな。俺は夕方過ぎにはだいたいここにいるからな、また来いよ」
ジョージさんの部屋を辞して、いつもより結構遅くなってしまった帰りしな、近所に住むタカ坊と行き合った。こいつはお隣の田中さんちの息子で、俺より六つ七つ歳下なんだが妙に俺に懐いていた。
「
「なんだタカ坊、もう帰んなくちゃいけない時間だぞ」
「兄ちゃん帰ってくるの待ってたんだよ、たまには遊んでくれよぅ」
配達があるから当分はダメだ、そう言い聞かせて俺はタカ坊の手を引いて帰った。田中夫妻は元々満州からの引揚者で、ソ連軍の侵攻に伴い、財産などなにもかもなくして命からがら帰国してきたそうだ。日本でようやくタカ坊を授かりはしたが、今も夫婦共働きで苦労をしている。
「お帰り
家に帰ると、今日はお袋が台所に立っていた。お袋は近頃床に伏せる日も多かったが、たまに調子のいい日はこうして家事をすることもある。今日は特に良いようで、俺の知らない英語の歌を歌っていた。
いずれはアメリカに渡るつもりでいた俺は、英語の授業も熱心に受けてはいたつもりだった。でも、その頃はまだお袋がなんて歌っているのかまったくわからなかった。お袋の英語は親父とのわずかな期間の暮らしで身につけたものだと思うのだが、それだけでもお袋は客の米兵とも普通に会話ができていた。家族の仇であるアメリカに媚びてでも必死に生き延びようとして言葉を憶えた、たいしたもんだって思う。
「タカ坊、今日はお前んとこの母ちゃん帰りが遅くなるって言ってたからね、お夕飯一緒に食べて行きなよ」
「いつもすみません、ご馳走になります」
タカ坊がペコリと頭を下げた。
「遠慮しなくていいんだよ。うちの
あの頃はまだ、地域みんなで子供を育てるって気風がまだ生きていた。近頃じゃもう考えられないな。
それからも、俺はしばしばジョージさんとこに通っちゃぁレッスンを受けていた。レッスンの合間にいろんな話を聞いたっけな。世界の音楽のことや、彼自身の身の上話、東艦長のこともその時聞いた。
タダで教わるのも悪いからって、ジョージさんを訪ねるときは煙草を差し入れるのが常だった。彼は喜んでくれたが、別に店からくすねてたわけじゃないんだぜ。煙草代はちゃんと俺のバイト料から出してたんだ。お袋は笑ってたな、少しくらいいいのにあんたも律儀だねってさぁ。
そんな生活を何ヶ月か続けたかな。だいぶ腕を上げた俺は、夜になるとこっそり家を抜け出しちゃ盛り場で歌うようになった。街角で流行りの曲でも歌ってれば、酔客がギターケースに小銭くらい投げこんでくれるんじゃないかって思ったんだ。
でも最初はあんまりウケなかったな。たまに足を止めて耳を傾けてくれる客はいたが、ケースはいつまでも空のままだった。ジョージさんにそんな話を打ち明けてみたら、彼はニヤニヤ笑いながら妙なアドバイスをくれた。
「それなら、わざと下手に歌ってみるのはどうだ? おまえはよくよく見ると日本人らしいところけっこうあるんだけどな、ぱっと見には白人にしか見えない。そんな奴が下手な歌で日銭を稼ごうとしてるとなりゃ、通りすがりの酔っ払いはいろいろ考えるだろうな」
俺が怪訝な顔をしていると、彼はこう続けた。
「アメ公は日本中を爆弾でメチャクチャにして、今でもこの横須賀をデカい面して歩いてる。アメリカ様様でこの街が潤っているのは確かだが、内心じゃ反感を抱えてる奴は少なくないんだ。落ちぶれたアメリカ人が道で歌ってんのを見りゃ、そんな奴らの優越感をくすぐるだろうな。そこが狙い目だ、財布の紐も緩むってもんだろ?」
「やだなぁ、それじゃあ物乞いみたいじゃんか」
口を尖らせる俺に、ジョージさんは苦笑しながら答えた。
「芸で稼ぐってのはそういうもんだ。笑われても馬鹿にされても、客をちょっといい気分にさせてやれればそれでナンボさ。 ……だいたいおまえんとこは家業があるんだから、食うためにわざわざそんなことをする必要なんてないだろ? それでも金が欲しいなら、妙なプライドは脇に除けておかないとな」
反論できずに口ごもる俺に、今度は真剣な顔で忠告してくれた。
「ただな、弱り目に祟り目という言葉もある。夜の盛り場でそんなことをする気なら、常に周りに気を配れ。弱い者をいたぶっては、なけなしの銭を取り上げるのが楽しい奴ってのはいくらでもいるんだ」
それは俺にもよくわかっていた。俺がまだ小さかった頃は、親父譲りの髪と眼が気に入らないなんて手合いはいくらでもいた。泣かされたことも、痛い目にあわされたことも数えきれないほどあった。
俺も中学に上がる頃にはずいぶん身体も大きくなって、真っ向からそういうことを言ってくる奴はいなくなった。だけど、先日詩織ちゃんに粉かけた件じゃ、番長気取りの上級生に呼び出されたことはあったな。たかが俺一人を相手にするのに、手下を三人も連れてきやがった。俺よりか頭一つ小さい奴らが俺を取り囲んでいい気になってたから、向こうから小突いてきたのをきっかけに殴りつけてやった。手下にはしこたま殴られたが、気にせず番長気取りだけ狙って執拗に殴った。止めにきた先生や、顔を腫らして帰った俺を見たお袋にはうんと叱られたが、それ以来番長どもは俺を避けて歩いてる。武勇伝のつもりでそんな自慢をしたら、ジョージさんは呆れ顔で俺をたしなめた。
「おまえも結構ごんただなぁ。でもな、これは子供のケンカとは訳が違うんだ。いざとなったらギターもなにも放り出して逃げろ。俺がおまえにギターを教えたことを後悔させないでくれよ」
その日はそれだけで話は終わったのだが、それから後ジョージさんのアドバイスを取り入れてみると、少しずつ俺の歌は客にウケるようになっていった。だけど、彼の危惧も的中した。ギターケースに小銭が溜まってきた頃を見計らうかのように、三人組のチンピラが因縁をつけてきたのだ。
地元のヤクザ者と揉めると面倒なことになる。だから俺はせめてギターだけは守ろうと考えて、すぐさまケースの小銭を放り出して逃げた。そうすると奴らも小銭を拾い集めるのを優先して、とりあえずは俺を追ってくることはなかった。
それからどうなったかって? その後もまあ色々あって、結果俺は無事歌い続けられるようになった。でも、そっちの話はまた別の機会にしよう。
そんな風に小銭を稼げるようになったのはいいんだけどさ、わざと変な歌い方を続けた俺には、人が聴いてるところじゃまともに歌えなくなる癖がついてしまった。この間みんなの前でギターを披露したとき、まともに歌えなかったのはそういうわけだったのさ。
歌のことはともかくとして、それからジョージさんがどうなったかというと、それからもしばらくはジョージさんの下宿に通い続けてはギターを教わっていたな。でも、その年の晩秋のある日だった、ジョージさんは家財道具もすっかり運び出されてがらんとした部屋で俺を待っていた。
「カズ坊、すまないがおまえに教えてやれるのは今日が最後なんだ」
ジョージさんは明日の汽車で郷里に帰り、主計下士官だった経験を活かして親戚の会社で経理を手伝うのだと言った。彼が俺を待っていたのは、餞別がわりに最後の一曲を教えてくれるためだった。
翌日、俺は学校をサボってジョージさんの見送りに行った、駅まで見送ったのは俺だけだった。最後に教わった『上を向いて歩こう』を弾き語りながら、ホームを去った汽車の煙がやがて消えゆくまで俺は歌っていた。歌のとおりに、涙をこらえて上を向いたままで。
「うっぐぅ、いい話じゃないですかぁ〜〜」
そこまで語り終えると唐突に漣の鼻声が聞こえて、俺はつむっていた眼を開けた。いつの間にか、寝巻き姿の子供たちがみんな屋上に揃っていた。おまえら、揃いも揃ってスニーキングの達人になりやがって……!
「盗み聞きしたみたいでごめんなさい。カズさんに差し入れに行った叢雲ちゃんが戻らないから心配になって、つい」
「あるいは逆に叢雲ちゃんが挿し入れされてるやもと、そしてあわよくばこの漣も参戦すべしと思って」
いつもの四連装チョップが脳天に落ちて漣は沈黙した。俺も殴っていいか?
「ねぇねぇカズヒラさん、もっとお話を聞かせてくれませんか? 私、続きが気になります!」
「五月雨ちゃん、気持ちはわかりますがもう夜も遅いのです。続きはまた今度にするのですよ」
「なかなか楽しかったわ。カズ、いつかその曲を聴かせてよね。できればまともな歌で。 ……それじゃあ、おやすみ」
皆が寄宿棟に帰って、俺も床に就いた。思い出すままに振り返れば、あの日を最後にジョージさんとは没交渉のまま、その後の彼がどうなったかもわからずじまいだった。だけど、最後に教わった曲の通りに、俺は上を目指して生きてきたつもりでいた。
アメリカに渡る夢に、そしてその後は傭兵としてスネークに、最後は米軍に。俺はいつも誰かに、なにかにぶら下がって成り上がることだけ目指していた。でも、それは間違いだったんじゃないか? 眠るまでの間にそんなことを考えていた。
島以外でのカズの生活については、これからも折々『カズログ。』として語ることになると思います。今回は、カズの人生観を決定づけた体験や、カズがギターを覚えた経緯について妄想を膨らませてみました。
次回以降はようやく元の時間軸に戻り、いよいよ島南方の海域に潜む敵潜水艦を追う話になります。気長にお待ちいただければ幸いです。