グラサン提督   作:カレー味

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第三十八話 イエローサブマリン

「はっ!?」

 

 島南方の対潜掃蕩に向かう皆を送り出した俺、カズヒラ・ミラー。この一週間続けた三島水軍相手の演習を思い返すうちに、いつしか己の半生まで含めた深く長ぁい回想にどっぷり没入しきっていた。はっと気がつけば、俺は元の通り自分の執務室のデスクに就いていたのであった。いかん、もしかして俺居眠りしてたか?

 

 あわててそばに置いた携帯を確認すると、最後に時間を確認してからはまだ30分も過ぎてなかったようだ。その間に、叢雲たちから連絡が来ていた様子もない。というか、もしも来た時に居眠りでもしてようものならモノホンの悪夢だ。いかんいかん、皆は今も海の上で命を張っているんだから、俺もシャキッとしなくちゃな。この島にとって俺はもうただの雇われじゃない、皆を率いる提督になったんだからな。

 

 では眠気覚ましにお茶でも飲もうか、しかしここを離れるわけにもいかん。あっそうだ(唐突)、ハジメさーん? マテ茶、シルヴプレ?

 

『との、ひめさまからさしいれのおちゃをおもちいたしました』

 

 ハジメさんにマテ茶を頼んだら、水軍の副官ちゃんたちが神輿みたいに茶碗を担いできた。どこから引っ張り出してきたものか、なんだか利休好みめいた黒楽に鮮やかな抹茶の緑が映える。一枚撮っとこ。

 

 しかし今度は殿とか呼ばれちゃったなぁ。はっはっは、まるでどこかの大物芸人兼バイオレンス映画監督みたいだ。なんとなく有頂天気分のまま、うろ覚えの作法で茶碗を拝見するふりなどしてから茶を一服して、俺は吐き出しそうなのをあやうくこらえた。

 

「高速修復材だこれ」

 

 以前ハジメさんが飲んで成分を確認しているのは地下で見た。俺のようなただの人間でも一杯飲んだくらいでは死にはしないとも聞いている。しかしなんだこれ、イタズラにしてはちょっとひどくない?

 

『これですこしはめがさめたかの』

 

 不意に現れた鶴姫さまに鼻先を扇で叩かれた。地味に痛い!

 

『いくさのさなかにいねむりとは、みうらどのはまことごうたんなおんたいしょうじゃの。じゃがそろそろめざめられよ、かっせんはもうじきよ』

「おかげさまで目はすっかり覚めたとも。しかし、それこそ戦闘中に腹でも下したらどうするんだ!? もう指揮どころじゃなくなるぞ」

 

 俺が言い返すと、姫さまは扇で黒楽の縁をトントン叩きながらこう諭した。

 

『このしゅうふくざいはのう、はじめのやつにおそわってわしがたてたのじゃ。いつでもはじめのてがすいておるとはかぎらんからの、わしらもてじゅんとあじをおぼえておくことにした』

 

 なんと、鶴姫さまはそこまで艦隊のことを考えて…… 呑気に居眠りこいていた俺は恥じ入るばかりだった。

 

『ぬしさまにのませたものはさらにうすめてある、そうそうはらなどくだしはせぬ。じっくりあじわってかんどころをおぼえられよ、よいな?』

 

 そう言われてしまうともうなにも反論できん。俺は磯臭い青汁のようなものをすすりながら、艦隊からの通信を待った。マズゥーイ、もう一杯!

 

「ところで鶴姫さま、その三浦殿ってのはそろそろやめてもらえないか? もう誰かから聞いてると思うが、こないだ電が俺を三浦按針の子孫と紹介したのはただの出まかせなんだ。俺の本名はミラー、日系アメリカ人カズヒラ・ミラーだ」

 

 そう打ち明けると、姫さまは扇で口元を隠してコロコロ笑った。

 

『むろんききおよんでおる。じゃがの、そいでもぬしさまはみうらどのじゃ、いずれわかろう』

 

 いずれわかるとはどういう意味だ? 俺に意味深な謎を残して、姫さまは高笑いをあげながら帰っていった。

 

 

 それから、変わり者の家具妖精が焼いたとかいう黒楽の由来を聞き流すなどしているうちに、艦隊からの通信が入った。

 

「こちら旗艦叢雲。聞こえるかしら、カズ?」

「ああ、俺だよ叢雲、聞こえる。 ……敵か?」

「待たせたわね、周辺を警戒中の水偵が敵潜を見つけた。潜水カ級が一隻、後続を警戒はするけどたぶん単独のはぐれよ。ここで潰すわ」

「よし、何事も最初が肝心だ。油断せず引き締めて行こう」

「了解。皆聞いての通りよ、やるわy「たぁーっ!」」

 

 号令の語尾を食い気味に、通信の向こうから五月雨の気合いと、続く爆発音が聞こえてきた。五月雨ちゃん、早過ぎるよ!? なんて吹雪の狼狽した叫びも聞こえた。

 

「……敵潜の撃沈を認めたのです。緒戦は我が艦隊の圧勝なのです」

 

 どうやら、五月雨がいきなり爆雷を投げたようだ。事前に聞いていた話では、対潜戦闘はまず相手の出方を慎重に見ていくことになっていた。向こうが先制して魚雷を撃ってくるなら、しっかりとかわしてから反撃に移る、そのはずだった。今回は命中したからよかったが、五月雨、先走ったか? 次に進む前に、ちょっと事情を聞いておいた方がいいかもしれないな。

 

「五月雨、ほぼMVPなのはお見事だった。だが、本来の手筈と違ってたのはわかってるな?」

「はい、ごめんなさい。でも、敵潜が私たちからうまく隠れられてると思って、隙だらけで魚雷の準備をしているのがはっきり見えちゃって、それでつい……」

「そうか、例の俯瞰視だな?」

 

 波間に隠れる潜水艦も、真上からは丸見えだ。きっと、五月雨の眼にはその潜水艦がさぞかしマヌケに見えたのだろう。打ち合わせと違った独断専行だったのは確かだが、これはむしろ戦術を組み直すチャンスなのではないか? そう考えていると、漣が何事か叢雲に確認してから具申してきた。

 

「あのぅ、せっかく見えてるならその利を活かさないのはむしろもったいないって思いません? それに、さみちゃんに見えてるなら、同じものが叢雲ちゃんにも見えるはずっしょ? 先手必勝ですぞ、まずは二人に先制してもらって、撃ち漏らしを漣たちが片付ける。いいと思いませんです?」

 

 それは俺たちMSFの戦場でも同じだった。自分は身を潜めたまま敵を先に発見する、それは戦いにおいて大きなアドバンテージを得られる。話を戻すと、これまでの艦隊はどうしても潜水艦相手に先手を譲らざるを得なかった。しかし、五月雨たちの能力により、これからは逆に先制を仕掛けられるようになったらどうなるか……?

 

「せっかくだからちょっと試してみるか。叢雲、どうだ?」

「異存ないわ。次からはさっそく試していくわよ」

 

 

 皆からも特に反対の声はなかった。そして、そこからの戦果は目覚ましいものだった。五月雨の俯瞰視と、その視覚を借りられる叢雲。先制攻撃を仕掛けられるのは二人だけとはいえ、それでも相手は十分浮足立った。二人が相手の先制雷撃を封じて、続く吹雪らが一方的に残敵を掃討するケースも珍しくなかった。結局、初日の出撃ではその後もわが艦隊には一発の被弾もなく、都合十隻ほどを狩ったところで時刻は昼になった。

 

「そろそろいいだろう、今日はここいらで引き揚げだ」

「まだ陽も高いことだし、もう少しだけ進みませんか?」

 

 吹雪はまだ続けたそうだったが、あまり深入りしては日没までに戻れなくなるおそれもあった。陽が落ちてしまえば、たとえ俯瞰視をもってしても敵潜の発見は難しくなるだろうし、航空支援も受けられなくなる。俺は吹雪をそう説得して、初日はそのまま泊地に帰投した。

 

 

 

「ふふっ、この能力、やっぱり使えるじゃない!」

 

 艦隊を率いて凱旋した叢雲は実に上機嫌だった。手早く風呂を済ませた後の遅い昼食の席で、皆は今日の大勝利について口々に語り合っていた。

 

「それにしても、五月雨の眼が潜水艦相手にも役立つなんて儲け物だったわね」

「演習での水軍さんよりずっと的が大きいから、本当に丸見えだったよね!」

 

 従軍カメラマン妖精によるチートな視覚を得ている二人にとっては、今日の出撃は実に愉快な勝利だったようだ。

 

「うぅ…… 勝ったのは嬉しいけど、私もなにか超能力欲しいなぁ」

「その視界、漣にもお裾分けキボンヌ……」

 

 前々から叢雲たちを羨んでいた吹雪たちだって、艦隊の勝利を喜んでいるのに間違いはない。しかし、自らが活躍できる機会が少ないことに、今ひとつ釈然としない不満を抱えている様子でもあった。そういえば、叢雲たちが新しい能力を得たばかりの頃は、そのきっかけとなったビデオカメラのようなキーアイテムがまだあるんじゃないかと睨んで、持たざる者たる吹雪たちは熱心に倉庫漁りをしていたものだった。でも、最近はすっかりそんなことも忘れてたな?

 

 昼食を片付けたあと、俺は工廠に降りていった。本棟の倉庫からは目ぼしい品は漁り尽くした感があったが、そういえば工廠の奥にもまだ倉庫はあるんだ。俺がそこに立ち入ったのはハジメさんに連れられて三島水軍に面会した一度きりで、普段は危険だからとみだりに立ち入ることを止められていた。でも、提督になったからには、今後のためにもきちんと在庫を把握しておくべきだよなぁ? いったいどんな兵器が眠っているのか、ちょっとワクワクしちゃうぜ。

 

 工廠に入るとさっそく奥の倉庫が開け放たれていて、中からは吹雪や漣がガヤガヤ騒ぐ声が聞こえてきた。やはり、今さら思い出して自分たちの新装備、新チートを探し出そうとしているのに違いない。

 

「あんまり散らかすんじゃないのですよ!」

 

 そして、入口には庫内に向かって怒鳴る電が立っていた。

 

「電は探さなくっていいのか」

 

 声を掛けると、電は壁を指差して答えた。

 

「実は、もう気になるものは見つけたのです。ミラーさん、この水道管みたいな鉄砲ってなんなのですか?」

 

 壁に立てかけられていたのは、先日の三島水軍との演習最終日に大発船団の上陸部隊を蹴散らしたハジメさん謹製対物ライフルだった。 ……まぁー、結局大発船団は囮だったから、俺とライフルの活躍は艦隊の勝利にほぼ寄与しなかったんだけどな。

 

「これは先日の水軍との逆上陸戦でハジメさんが作ってくれた対物ライフルだ。対物ライフルってのは……」

「大東亜戦争の頃、陸さんが九七式自動砲という火器を運用していたのを知ってるのです。そういうものではないのですか?」

 

 さすがは電、畑違いの陸戦兵器の話題だというのに詳しいな。九七式自動砲というのは、俺も実際に扱った経験こそないものの、陸上自衛隊時代に話くらいは聞いたことがあった。開発当初は対戦車ライフルとしての性能を期待されたものの、戦争後期には敵戦車の装甲の進歩により、すでに対戦車ライフルとしては用を満たさなくなってしまった。そして、その後は前線で兵員輸送車やトーチカに対抗する火力、また対空兵器に転用されるなどして使われたと教わった。

 

「興味があるなら、屋上でちょっと試してみるか? ハジメさん、適当な的を用意してやってくれないか」

 

 

 電と二人して屋上に上がり、このライフルの扱い方や、狙撃銃を構える姿勢についていろいろ説明しているうちに、ハジメさんが戻ってきた。

 

『じゅんびかんりょうです、かずさん。まとまではせいぜいひゃくなんじゅうめーとるくらいですが、さいずをかげんしてせんめーとるさきのまんしるえっとそうとうにみえるようにしてあります』

 

 双眼鏡を覗きこむと、先日までの三島水軍相手の演習の最終日、大発船団の上陸部隊が侵攻の足がかりにしようとした防波堤の先端に、人型のターゲットが立てられていた。

 

「なんで俺なんだよ?」

 

 しかし、マンターゲットは黒いブーメランパンツ一枚の俺がモスト・マスキュラーのポーズを決めた姿をしていた。

 

「悪趣味なのです」

『われわれ、かずさんいがいのとのがたなどみたこともありませんので』

 

 ハジメさんはしれっとそう吐いて頬を染めてみせた。嘘つけ絶対見てたゾ君ら昔から世界のあちこちで活動してたとか言ってたじゃないか!?

 

「まあいいだろう。じゃあまずは俺が射つから、電は双眼鏡を見ていてくれ」

 

 双眼鏡を電に渡して、俺は伏射の姿勢をとりライフルを構えた。見とけよ見とけよ〜……

 

「すごい、当たったのです!」

 

 俺の試射は、五発中三発が命中だった。観測手(スポッター)なしでこれなら上出来の成績だと思う。俺は銃を置いて電と交代し、まずは構え方のコツから教えた。

 

「……そう、銃身と胴体がなるべく一直線に並ぶような姿勢で、右手はグリップを左手はストックを握って、肩に押しつけるようにするんだ。スコープに眼をくっつけてはいかん、射撃の反動で眼を怪我するぞ。アイレリーフと言ってな、一番よく見える距離があるはずだ。眼はそこに置け」

 

 電は狙撃は初めてだろうが、うかつに引き金に指をかけたりしないのはさすがだと思った。こういうところはザ・ボスがしっかり教えておいたことなんだろうな。

 

「おい、なんで脚を閉じる、俺の手本を見てなかったのか? 右脚はほぼ真後ろでいいが、左脚は少し開いて両の爪先を寝かすんだ。全身を地面に張りつけないと狙いが安定しないぞ」

「スカートが短いから恥ずかしいのです!」

「俺の位置からは中身なんて見えないから大丈夫だ。だいたい、日頃からそんな格好で戦場に出ておいて今さら過ぎるぞ」

 

 不承不承ながらも電が正しい姿勢になったのを確認して、俺は双眼鏡を覗きこんだ。マッチョな俺が狙撃されるのを見る、なんだか妙な気分だ。

 

「本来の狙撃というのは二人から三人が組になって行う。まず実際に撃つ狙撃手(スナイパー)、今回は君だ。そして俺が君を補佐する観測手を務める。観測手はライフルスコープより視野の広い双眼鏡などで目標周辺の状況を確認しながら、気候状況なども勘案して照準の修正や射撃のタイミングを狙撃手に指示する。普通は狙撃手よりも経験豊富な射手がつく重要なポジションだ」

「弾着観測射撃のようなものなのですか?」

「修正射撃という点では似たようなものだな。観測手の役目は他に狙撃手の護衛も含まれるが、それでは観測手の負担が大きいので少し後方から両者を護衛する兵を別につけることもある。アメフトのポジションから名づけて側衛(フランカー)なんて呼び方をするが、もちろん今日はなしだ」

 

 電が呼吸を落ち着けようとしているのを測りながらそろそろ射撃の指示を出そうとしたところで、出し抜けに背後から野次が飛んできた。

 

「おっ、紫のラメ入り紐パンですな。気合い入ってますのぉ」

 

 いきなり轟音が響いた。どうやら、漣の野次に動揺した電がうっかり引き金を引いてしまったらしかった。弾は大きく狙いを外し、防波堤にめりこんで一部を欠けさせた。先日に水軍の魚雷で結構損傷したのを直したばっかりだったのに…… あれは後で漣に直させよう。

 

「漣ァーーー!!!」

「電はそんなの知らないのです!!」

 

 俺たちが怒声をあげて振り向くと、工廠への降り口から漣がやさぐれた面を覗かせていた。

 

「二人っきりでお楽しみなんてズルいですぞ、漣も混ぜてくださいよぉ〜、結局漣に合いそうな装備も見つからなかったことですしぃ〜〜」

 

 漣はわざとらしく下卑た口調で吐かしながら屋上に上がってきた。言いようはいつも通りにふざけてはいたが、声のトーンにははっきりと焦りを感じた。だって、この銃で電がなにか新しい能力に目覚めたりしたら、凡人組は漣と吹雪の二人だけになってしまうんだからな。

 

 もう一人の凡人吹雪も、なんだかどろんと濁り気味の眼をして屋上に上がって来た。どうやら、工廠の倉庫にも二人にピンと来るような装備はなかったらしい。

 

「あら、狙撃の訓練ね?」

「すごい砲声が聞こえたから、気になって覗きに来ちゃいました」

 

 結局叢雲と五月雨も上がってきて、屋上に全員が揃ってしまった。

 

「君ら、今は実弾を使った訓練中だからな? 黙って見てるならいいが私語は厳禁だ。特に漣、野次などもっての外だぞ。今度やったらここから海に放りこむからな、五月雨が」

「サ、サー! イエス、サー!」

 

 五月雨の名前を出したらこうかはばつぐんだった。

 

 

 話は少々脇に逸れるが、先日の水軍との決戦で我が泊地の弾薬の備蓄はゴッッッソリと容赦なく減った。その穴を埋めるべく、近隣の小島に点在する弾薬工場にはいつもより豪華な飯をちょくちょく差し入れて士気の向上を図り、島にいる無任所妖精さんからも美味い飯を餌に大幅な新規募集を行って現場に人材を送りこんだ。そうやって大増産した弾薬を、水軍や大発船団が日夜問わず泊地に運び入れ続けている。なお、この俺も及ばずながら差し入れを作ったり荷物の蔵入れを手伝ったりしているんだ。そのような現況であるから、実弾訓練はこの弾おろそかには撃たんぞ、という心構えで臨んでもらいたい。

 

 

 だからって電一人だけに訓練させるのも依怙ひいきみたいだから、今日のところは五人が代わりばんこに一人十発ずつ撃たせてみた。トップは電で八発命中、今日初めて使う銃なのにいきなり俺の命中率を越えられてしまった。なお次点は叢雲の四発、最下位は五月雨の一発であった。

 

「これはもしかしたらもしかしてるかもしれませんぞ」

「この銃、電になんらかの適性があるんじゃないかしら」

 

 普段の砲撃訓練では、電の成績は至って平凡なものであった。それが今日はこの成績、たった半日の試し撃ちとはいえ、漣や叢雲が指摘するような有意性を俺としても感じざるを得ない。

 

「辛抱強い奴こそ狙撃に向いているからなぁ。電、せっかくだからこの銃からなにか作れないか、ハジメさんに頼んでみないか?」

「ぜひお願いしますのです。えぇ、辛抱と言えばここでは電の十八番なのですよ」

 

 褒めたつもりだったんだけど、なんだか電もどろんと濁った眼をしていた。資源の件では日頃から苦労かけちゃってるからなぁ……

 

 

 

 そこからの数日間はまあだいたいそのような感じだった。朝から南の海域に出かけては潜水艦を狩り、昼には帰途について普段通りに過ごす。そんな生活が一変したのは四日目のことだった。

 

 その日は、南に進んでもなかなか潜水艦が見つからなかった。いつもなら引き返すくらいのポイントまで来ても戦果はゼロ、潜水艦のせの字も見当たらなかった。

 

「おかしいなぁ、ここまで来てもまだ一隻も見かけないなんて変だよ」

「毎日熱心に狩ってましたからな、もしや漁場が枯れたんですかにゃ?」

「どうしますか、もっと先まで進んでみます?」

 

 吹雪たちが口々に意見を述べるのを聞きながら、俺は海図を睨んでしばし黙考した。五月雨の作っている海図では、かつては泊地から南の海域はほとんど空白のままだった。それは、あまりに潜水艦が多すぎて遠くまで調査を進められなかったからだった。

 

 だが、今日までに遭遇した敵の出現ポイントは、まだ整理こそ不十分ながらもすでに海図に記録されている。それに照らし合わせれば、現在艦隊がいる地点に到達するまでには、昨日までなら相当な数の潜水艦がいたはずだ。奴ら、今日は一体どこへ消えた?

 

「どうもよくない予感がする、お天道様が明るいうちに撤退しよう」

 

 えぇー、と吹雪の不満げな声が通信の向こうから聞こえた。

 

「不満か?」

「だって、これまで調べられなかった南海域の奥を調べるチャンスじゃないですか」

「それはその通りだがな、今日は敵がまったく出てこない。縄張りに踏みこんだ相手は決して見逃さないはずの奴らがだぞ、あまりに不自然じゃないか? 行きはあえて隠れたままおまえたちをやり過ごし、帰り道で待ち伏せをかける。あとは陽が落ちるまで足止めを続ければ、夜は潜水艦の世界だ。そうじゃないか?」

「考えられなくはないわね」

 

 叢雲の返事の向こうで、誰かが固唾を飲む音が聞こえたようだった。

 

「今おまえたちのいる海域から泊地まで戻るには、北西に進むのが一番近い。うまく抜けられれば、泊地南西側のマッピング済み海域に出られるだろう。だがそれはまずいんだろ、そうだよな五月雨?」

 

 うちで海図の編集を担当しているのは五月雨だ。みんなで集めた情報を整理して、何度も修正や清書を繰り返しながら作り上げてきた海図は頭に叩きこまれている。そんな彼女は、現状と記憶を照らし合わせるように暫時目を伏せてから答えた。

 

「そうですね、たしかに距離だけならそれが一番近道です。でも、そのルートでは長距離にわたって未踏の海域を突っ切っていかなくっちゃなりませんね。もしも今の対潜向け装備で強力な水上艦の縄張りに踏み入るとしたら、非常に危険だと思います」

「そこはさみちゃんが連続CQCで全員投げ飛ばしちゃうとか」

「それは…… もうっ、そんなの近付く前に撃たれちゃうでしょう!」

「絶対やめろよ、フリじゃないからなこれ!?」

 

 漣に混ぜっ返された五月雨が一瞬答えに詰まったのは、きっとやれるかどうか本気で検討したからだろう。

 

「つまり、罠を張られてる可能性が濃厚と分かったうえで、来た道を引き返すしかないってことよね」

「酷な話だが、要約すればそういうことだ。ただ、俺にも少々考えがある。話をつけたらすぐ連絡する、今は安全第一で帰投を最優先にしてくれ」

「了解。また後でね、カズ」

 

 叢雲が話をまとめて通信を切る直前に、おゆはんは豪華にオナシャース、と漣の呑気な声が聞こえた。無事に帰ってきてさえくれたら、寿司でもステーキでもなんでも食わせてやるさ。だが飯の心配より先にやらねばならないことがある、俺はまず基地航空隊に電話をかけた。

 

「もしもし俺だ、カズだ。天さんはそこにいるか?」

『ああ、そろそろでばんじゃないかとまちかねてたんだぜ』

 

 天さんはすぐに電話に出た、相変わらずキザったらしいが頼りになりそうなシブい声だ。

 

「以前話していた対潜攻撃機の件、準備はできているか」

『もちろんだ。きょうはきっとでばんがあるだろうとすでにしたくをすすめていた、いつでもでられるぜ』

 

 以前、初めてこの泊地に敵が潜入したとおぼしき晩の作戦会議での話だったな。基地航空隊に充当する航空機の生産で、艦攻は運良く天山を中心に十分な数を揃えられた。しかし、そのためにより旧式の九七式艦攻に有用な使い道がなくなってしまったんだ。

 

 そこで活用案を挙げてくれたのが艦攻隊長の天さんで、彼女いわく、九七式艦攻は改造して対潜攻撃機にしようという話だったのだ。

 

 その後俺たちは三島水軍との演習にかまけてすっかり忘れていたのだが、ハジメさんと天さんはきっちり計画を進めてくれていた。機体を改修し、艦攻隊から乗組員を募って訓練も進めてくれていた。そうして、今こそ晴れの舞台を踏む日がやってきたというわけだ。

 

『931こうくうたい、でるぞ! われらがしんでれらたちをえすこーとにむかう!』

「まだダメだ、まずは水偵隊と瑞雲隊を出してくれ」

 

 電話の向こうから航空機がずっこけたような騒音が聞こえてきたが大丈夫かな?

 

『かずさん、ときはいっこくをあらそうのだぞ!』

 

 まあ待て、敵の配置すら見えていないのに、いきなり攻撃隊を出しても十分な働きはかなわないだろう?

 

「まずは水偵と瑞雲を出して敵の配置を見極める。おそらく、奴らはどこかに選りすぐりを集めて罠を張り、艦隊を包囲して日没までの足止めを図るはずだ。はぐれている奴らは雑魚だ、そういうのは瑞雲隊が片付けてくれ。奴らは空からの攻撃に対してほぼ無力だろう?」

 

 そう説明している間にも、すでに工廠のドックからは水上機が次々と飛び立ち始めていた。

 

「そうして敵の集中しているポイントを見つけ出したら、その時こそ対潜攻撃機の出番だ。敵の包囲に大穴を開け、艦隊はそこから包囲を突破する。あとはもう、速度の差で奴らは追いついてこれん」

『へいりょくはしゅうちゅうしてうんようすべし、か。てをこまねきまつみがもどかしいが、かずさんのいいぶんにはいちりある』

 

 どうやら天さんは納得してくれたようだ。さて、話がまとまったところで、皆にもこちらの状況を伝えておかなくてはならんな。俺は艦隊との通信を再開した。

 

「皆待たせたな。こちらは準備が整いつつある、そちらの様子はどうだ?」

「こちら叢雲、艦隊は之字運動を続けながら進行中よ。とりあえず、まだ敵潜は見当たらないようね」

「なら今のうちに作戦を説明するぞ。まず、こちらからはありったけの水偵と瑞雲を出した。敵はおまえたちを待ち伏せするためにどこかに兵力を集めるだろう、まずは空からそこを見つける」

「うちから水偵を出してることは向こうも承知だろうからな、おまえたちが包囲網に気づいて迂回しようとするそぶりを見せれば、奴らは対応するために陣を動かそうとするだろう。そっちに気を取られているうちに、後続の艦攻隊が包囲網に大穴を開ける。おまえたちはそこを突破して帰還するというわけだ、どうだ?」

「艦攻隊って、以前話していた対潜専門の部隊なのです? 航空支援はありがたいのです」

 

 予算の承認をしたのは資源管理担当の電だったからな、スペックも規模もよく承知しているはずだ。その電が賛成したこともあってか、この作戦を採用することがすぐに決まった。

 

 

 しばらく進むと、艦隊と水偵隊の両方から互いを発見したと報告があった。水偵隊にはそのまま艦隊に随伴して対潜哨戒任務を担ってもらい、そのおかげで集合にはぐれた敵潜を早めに見つけ、先手を打って潰すことができた。

 

「ようやくちらほらと敵が出てくるようになってきましたね。カズヒラさんの言う通り、敵の集合地点の近くまで来てるってことなんでしょうか」

 

 五月雨の声には少し緊張感が感じられた。

 

「こちらにも、瑞雲隊から交戦報告が上がってきている。そうだな、敵の根城はそろそろ近そうだぞ」

 

 今、俺のデスクトップには五月雨が描いた海図を元にした今回の作戦海域の海図が表示されている。艦隊の位置と進行方向、これまで発見したり潰したりした敵の位置と方向、そういう情報がリアルタイムで更新されていて、これは叢雲の電探を通じて彼女とも共有されている。

 

「そろそろ艦攻隊を出そう。天さん、よろしく頼む」

『まかせておけ。931くう、ぜんきはっしんだ!』

 

 

 艦攻隊が飛び立っていってからしばらく後、先行していた水偵隊から敵の集合地点を見つけたとの連絡が来た。

 

「こちらみずすまし4、かんたいしんこうほうこうにたすうのせんすいかんをはっけん、いちをおくります」

 

 すぐさま俺のPC上の海図に敵潜の位置が反映された。敵は艦隊の航路上に両翼を拡げた陣形を組み、踏みこんだ艦隊を半包囲しようと待ち構えている。

 

「艦隊、右に斜行して包囲網の外へ回りこめ。囲まれる前に敵右翼を一叩きして足止めするんだ。目的はあくまで突破だ」

 

 敵右翼には五月雨たちの先制爆雷で少なからぬ損害を与えたが、その頃にはフリーだった中核と左翼が艦隊の進路を塞ぐべく先回りをしつつあった。

 

『931くう、とっかん!』

 

 しかし、艦隊を追いかけてダンゴになった敵陣に、天さん率いる艦攻隊の雷撃が数度にわたって雨霰と降り注ぐ。通信から吹雪と漣が歓声をあげているのが聞こえてきた。

 

「突破するわよ! 吹雪、殿は任せたわ!」

 

 叢雲の合図とともに、艦隊は単縦陣を組んで混乱する敵陣を突破した。皆のうちでも一番航行の上手い吹雪が最後尾で、魚雷による追撃に警戒しながら進んだ。

 

 

 やがて、艦隊は無事追撃を振り切った。今もなお彼女らには水偵隊が随伴して絶えず警戒を続けてくれているし、五月雨には敵潜の発見にうってつけの俯瞰視がある。しかし、それでも見えないほどの深度にも潜んでいる敵がいるかもしれない。艦隊は油断せず之字運動を続け、泊地へと急いだ。

 

『みずすまし1よりかんたいへ、このさきでてきせんすいかんがまちぶせをはっています。かずは5せきとすくないですが、いままでみたことのないやつがまじっています』

「……おいでなすったわね。どうやらさっき切り抜けた大群は囮か時間稼ぎ、数は少なくともこいつらが本命のようよ」

「もたもたしてたら、さっきの残党も追いすがってくるかもしれません。囲まれちゃいますよ」

 

 之字運動はジグザグに進む分だけ時間がかかる。そして潜水艦の不意討ちに対して絶対的な防御というわけでもないのだが、決しておろそかにするわけにはいかない。もう太陽もだいぶん水平線に近づいたが、あと少しで敵潜水艦の縄張りから抜けられるというところで、艦隊の前方にぼんやりと黄色く光る潜水艦が顔をのぞかせた。




 前回の投稿から5か月? 大変長らくお待たせいたしました(土下座)
 本作品では毎回一話ごとに独立してオチをつけるように心がけているのですが、こうやって次回への引きを作るのはもしかしたら初めてかもしれません。次回は、強力な潜水艦との死闘とその後の話を書くことになります。気長にお待ちいただければ幸いです。
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