三島水軍との演習を経て、いよいよ泊地南の海域に巣食う敵潜水艦群の掃蕩に乗り出した艦隊。叢雲と五月雨が身につけたチートな視覚を応用して快進撃を続けてきたものの、四日目にして異変が起きた。突如として潜水艦が姿を消し、もぬけの殻となった海域。そのあまりの不自然さから、俺ことカズヒラ・ミラーは、敵の狙いが艦隊を奥に引きずりこんで夜襲を仕掛けることにあると疑った。
一度は待ち伏せを切り抜けて、泊地へと急ぐ艦隊。疲れからか、不幸にも黄色く光る潜水艦に遭遇してしまう。後輩をかばいすべての責任を負った三浦に対し、車の主、暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは……
「おい、この台本書いた奴誰だ!?」
電と鶴姫さまのせいで最近俺はカズヒラ三浦とか呼ばれがちなんだが、俺はミラー、カズヒラ・ミラーだ!
いや話を戻そう。罠に感づいて早めの帰還を図った艦隊であったが、そろそろ夕暮れも迫るというところで、とうとう敵潜水艦の一群に追いつかれてしまった。陽が没してしまえば、いくら対潜が得意な駆逐艦とはいっても、暗い海中に潜む潜水艦を退けることは難しくなってしまうはずだ。
それなのになぜそうなっているのかはわからないが、この敵潜のなかには、ぼんやりと黄色く光っているやつが少なくとも二隻混じっている。隠密行動こそ本領の潜水艦が発光する、どう考えても不利でしかないと思うのだが……
「カズ様。漣たちがこれまで戦ってきたなかにも、赤や青に光ってる奴が混じってることはよくありました。そういう奴らって、同型の別個体より強いんですぞ。 ……ただ、黄色いヤツってのは初めて見ますお」
漣は冷静に相手の力量を見極めることを考えていたようだが、一方で今日までの快進撃を牽引してきたチート組は意気軒昂だった。士気が高いのはいい、だがこれまでの戦果にいい気になってはいないだろうか?
「信号機でもあるまいし、相手が何色だろうとやることは一緒よ。海の底に、消えろッ!」
「やぁーっ!」
叢雲と五月雨が先制攻撃を仕掛けた。後から思い返せば、その日まで俺たちはあまりにもうまく行き過ぎていた。先制爆雷に頼り過ぎて、敵潜の出方をよく見極める基礎をおろそかにしていたのかもしれなかった。
しかし、この時の二人の爆雷が不用意だったとは思わない。これまで数々の敵潜を片付けたのと変わらない、十分な一撃のはずだった。けれども、黄色い潜水艦はその上を行った。
爆雷というものは、水圧や時限信管によってあらかじめ設定された深度で発火するように造られている。しかし、奴は水面スレスレでイルカのように一回転すると、まだ着水もしない爆雷を尾鰭ではるか後方に蹴飛ばしてしまった。
「な、なんでぇ!?」
もちろん爆雷を逸らされただけではすまなかった。一回転するついでに放った魚雷が、爆雷投擲の直後で隙だらけだった五月雨をしたたかに捉えていた。爆発音と共に、五月雨は吹き飛ばされて海面を転がった。
「さみちゃん!」
「まだまだ、これからです……ッ!」
漣の悲鳴に応えるかのように五月雨は立ち上がったが、明らかに中破相当のダメージを受けていた。こうなっては速度を低下せざるを得ないほどに航行にも支障をきたす。もはや、この敵を倒さずして戦場を離脱することは難しくなってしまった。
敵潜五隻のうち三隻はこれまで相手してきたものと変わらない普通の潜水艦で、それらは早々に吹雪たちに蹴散らされた。ただ、残る二隻、黄色く光る潜水ヨ級だけは違っていた。奴らは常に水面近く、いつでも魚雷を撃てる深度をキープしながらも、絶えず動き回りながら互いにカバーしあっていて、爆雷を投げつける隙が見当たらなかった。
奴らはもう二隻しかいないので、演習での水軍相手の時のように多数の魚雷をバラ撒いてくることはなかったが、こちらが少しでも隙を見せようものなら、そこを確実にとがめてきた。艦隊は負傷した五月雨をかばいながらもなんとか魚雷を避け続けていたが、至近弾などで少しずつ押されつつあった。
もはや陽はほとんど水平線に沈んでいる時刻だった。水軍との最後の演習の時にも見えていた敵の雷撃の予測コース、その赤いラインは今もはっきりと見えていたが、重ねた負傷と疲労のためか、いつまでも無事に攻撃をかわし続けることはできなかった。
「きゃあっ!」
今度は吹雪の悲鳴があがったが、さっきの五月雨ほどのダメージではない。あやうく小破までで持ちこたえたというところだろうか。
「吹雪、大丈夫!?」
「ごめん、ちょっとドジっちゃった! つま先を軽く引っ掛けられただけ、私はまだ大丈夫。 ……だらしないなぁ、ちゃんと見えてたのに!」
「……今、見えてるって言ったのです?」
電の独り言をきっかけに俺は気づいた。もうあたりは真っ暗で、普通なら雷跡なんてほぼ見えないはずだ。しかし、各員に搭乗しているカメラマン妖精さんから俺のPCに送られている映像のうちで、吹雪のものだけがいつまでも明るいままだった。
「吹雪、あんたこんなに夜目が利いたのね」
叢雲も夜になって初めて吹雪の視界に気づいた様子だった。そして俺は思い出した、それはいつぞや俺が寄宿棟に初めて招かれた夜のことだった。吹雪はろくに灯りも点いてない廊下で俺たちを驚かせたことがあった。
それに、よくよく顧みればストレンジラブが姿を消した日にも心当たる出来事があった。あいつがいなくなったのに気づいた直後、研究室を調べていた俺と叢雲以外の皆は、持ち場を分担してあちこちを探し回った。その時、吹雪は懐中電灯も持たずに屋外を見回ってきたんだった。街灯なんてない、真っ暗な島の中をだ。
「言われてみれば最近ますますよく見えるようになったなー、なんて思ってたんだけど…… もしかして、私また何かやっちゃった?」
その最近というのは、おそらく例のカメラマン妖精さんを連れるようになってからのことだろう。答を聞くまでもない、ズバリそうでしょう。本当は、吹雪もとっくに叢雲や五月雨と同じような、カメラマン妖精さん由来の特別な視覚に目覚めていたのだ。それなのに、今日に至るまで当の吹雪自身がまるで自覚のないまま過ごしていたというわけだ。なんとマヌケな話だろうか?
「超能力に目覚めても、自覚できてなきゃ無意味ですなぁー」
話している間にも皆は魚雷を避け続けているのだが、吹雪は赤面しながらなんだか小さくなっているように見えた。無線から漣の呆れ声を聞いている俺も妙にいたたまれない、共感性羞恥だろうか?
「そういえば漣、あんたこの前ボヤいてたわよね。超能力のお裾分けが欲しいって」
「ふぇ?」
「ちょっと思いついたことがあるのよ。吹雪の力、借りるわよ」
皆にそう告げた叢雲は、魚雷をかわし続けながらも反撃は皆に任せて手を止めた。そして、槍を捧げ持つような姿勢で精神集中を始めたようだった。
……皆から受け取った情報を統合して、皆に返す…… そうね、こうやって、体内通信を介して皆と繋がって……
確かめるように小声でつぶやく叢雲の声が聞こえた。中継映像からは、叢雲の電探がいつにも増して青く力強く輝いているのが見えた。
「えっ、ちょっとなになに? なんだか頭の中をじかに触られてるみたい!?」
「これ、もしかして叢雲ちゃんのしわざ? あっあっ、そこは敏感なところなんです、指入れちゃいけませんぞ、あっ」
……いきなり変なことしてごめんね、でももう少しだけ我慢なさい。演算の負荷なら全部私が引き受けるから、この力を受け入れてちょうだい……
幾人かが変な声をあげた次の瞬間、闇夜に光が射して世界が一変した。それは照り輝く太陽がコントラストを際立たせるような真っ昼間の明るさではなく、まるで部分日食のようにぼんやりとしたフラットな明るさだった。
……まだ不充分ね。もっと補正をかけるわ…… 波も、雲も、星も月も…… なにもかも、静かになりなさい……
ふと合点がいった。もしかしてこの声は、叢雲の口から出ているんじゃない。ナノマシンと通信を介して、叢雲の思考が皆にフィードバックしているんじゃないか? だが、それがなんで俺にまで聞こえているんだ? その疑問については、俺の肩に乗ったハジメさんが解説してくれた。
『かずさん、あなたはこのすうかげつのあいだみんなとみぢかにくらしてきました。それだけじゃありません、しーきゅーしーのくみてでのうこうなぼでぃこんたくとをくりかえしたり、みんなののこりゆにつかったり…… いまやあなたのはだにも、みんなとおなじなのましんがすでにねづいてかつどうしているのです』
ちょっと待ってくれハジメさん、その言い方はまるで俺が変態みたいに聞こえるじゃないか!? いやそれはこの際置いておこう。たとえば以前の五月雨vs全員の変則組手のとき、俺はアッツアツの砂浜を引きずられて背中を盛大にすりむいた。その傷が軟膏ひとつですぐ治ったのも、皆から移ったナノマシンのおかげだったってことなのか?
『あれがしあげみたいなものでしたねー、てへぺろ』
可愛いテヘペロいただきましたー! いやそうじゃねぇって。これ考えようによっちゃ便利といえば便利なんだけど、本当に安全なの? なんか変な副作用とかあるんじゃないのぉ!?
『あなたはふつうのにんげんですので、なのましんもせいぜいひょうひちかくをおおっているくらいのものにすぎません。ふかいきずやけっそんまでなおせはしませんので、けがしてもへいきだなんてみょうなまんしんはしないでくださいね』
「わっわっ、これなに、なんでこんなになってるんです?」
通信から漣の悲鳴が聞こえてきた。画面を見ると、本当は夜の海だったはずの風景は、先程よりもさらに様変わりしていた。
……漣、どうかしら? これが今の私に見えている世界よ。体内通信を介してみんなに感覚を共有しているわ。恐れてはだめよ、さあ、爆雷を構えなさい……
波も、海も、空も雲も、星も月もなにもかもが消えて、ただどこまでも透き通る薄水色の世界が拡がっていた。叢雲たちはその中心に浮かぶように立っていて、離れた下方に敵潜水艦がいるのが見えた。
……この境地を名付けるなら、そうね、 “いつか静かな海で” なんてどうかしら? もう、奴らに逃げ隠れなんてさせないわ……
敵潜水艦たちの手元から、赤いリボンが伸びてくるのが見えた。それらはきっと雷撃だったのだろうが、丸見えの魚雷など、あっさりと叢雲の槍に斬り払われて消えた。
そして、今度は爆雷を持つ皆の手首から青いリボンが現れた。リボンは放物線を描いて潜水艦へと伸びていき、なにも気づいていない奴らの首に巻きついた。皆の爆雷はリボンをなぞるように飛んでいき、奴らを粉々に破壊するまで投げ続けられた。
あまりの出来事に圧倒されて呆然と眺めているだけだった俺がようやく気を取り直したとき、画面に映る風景は元通りの、静かな夜の海に戻っていた。
「ミラーさん、敵潜の全滅を確認したのです。急ぎ、叢雲ちゃんと五月雨ちゃんを曳航して帰投するのです」
最初に中破させられた五月雨は漣に、そして叢雲は吹雪に肩を借りていた。叢雲は魚雷を食らったわけではなかったが、心配げな顔の吹雪にハンカチで鼻血を拭われていた。あれだけの強烈な視覚補正を艦隊全員に共有したんだ、かなりの負荷がかかったのに違いなかった。
「わかった。今もまだ夜戦ちゃんが上空で警戒を続けてくれている。皆を無事に連れ帰ってきてくれ、頼んだぞ電」
「臨時旗艦電、任されたのです」
皆が戻る前に、ハジメさんや鶴姫さまたちに入渠の用意を任せ、俺はといえば夕食の準備をしていた。準備といっても、例のヘルダイバーちゃん提供の牛肉をステーキにするだけだ。下ごしらえにそれほど時間がかかるわけでもない。俺はドックに戻り、皆の帰還を待っていた。
皆が入港してきたのは、それからさほども過ぎない頃だった。魚雷を受けた五月雨は、中破こそしていたが元気そうだった。だが叢雲は、外傷こそなくとも流した鼻血が制服の胸を真っ赤に染めていた。一刻も早い入渠を勧める俺たちを手で制して、多少フラつきながらも俺の前に皆を並ばせた。
「勝ってきたわよ、カズ」
叢雲は苦痛をこらえて笑顔で敬礼をすると、それだけ報告した途端に失神して俺の胸に倒れこんできた。
「叢雲ォ!!」
それから工廠は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。青ざめて悲鳴を上げる吹雪、大声でドック入りの指示を出す電。俺にできたことはといえば、あやうく抱き止めた叢雲をドックに運びこんだだけで、あとは手際よく叢雲のドック入りを介助する漣に追い出されてしまった。
入渠ドックは二人分だけで全部なので、まず最優先は叢雲、そして中破小破と損傷大きめだった五月雨と吹雪の二人にも高速修復材を使って入渠させた。漣と電も小破未満の損傷を受けていたのだが、とりあえず吹雪たちが上がってくるまではすまないが待っててもらう。
もちろん、真っ先にドック入りさせた叢雲にも修復材を使わせていたんだ。しかし、脱衣場の外で皆が上がってくるのを待っていた俺やハジメさんの前に、叢雲と一緒に入っていた吹雪がバスタオル一枚で飛び出してきた。
「大変ですカズさん! 叢雲ちゃんが、叢雲ちゃんが目を覚ましません……!」
「なにっ!?」
俺は狼狽して立ち上がり、思わずドックに踏みこもうとしたところに吹雪が立ち裸、いや立ちはだかった。いつもは素朴な一本縛りにまとめている髪が濡れてうなじに張りついている、なかなかグッと来るものがある…… いや今はそんな場合じゃない!
「どけ吹雪! 俺は司令官だぞ! ぐぬぬぬぬ」
「ダメです、叢雲ちゃんはもちろん五月雨ちゃんだってまだ裸なんです! たとえカズさんが司令官だって、ここから一歩たりとも入らせません、うぎぎぎぎ」
プロレスのように手四つで取っ組み合う俺たちの間に、アーチをくぐるように電が入ってきた。
「うろたえるな小僧どもなのです!!」
俺たちはがら空きのアゴをしたたかにハネ上げられて車田飛びでひっくり返った。小僧って電!
「……まずはハジメさんに状況を聞きましょう、話はそこからです」
ひっくり返った吹雪をもう一度ドックに放りこみながら、漣がいつになく神妙な声でぽつりと告げた。
ハジメさんの見解によれば、叢雲の身体にはもう損傷は一切見当たらず、彼女が目覚めないのは別のところに問題があると考えられるのだという。
そこで、皆に頼んで叢雲をひとまずはドックから上げさせた。寝巻きに着替えさせられて医務室のベッドに眠る叢雲の姿を見て、思い出したのはお袋が死んだ時のことだった。自衛隊に奉職して二年、報せを受けた俺が病院に飛びこんだときには、母はもう息を引き取った後だった。
不実な父に棄てられてなお、俺を独りで産み育ててくれた母。そんな俺に和平という名を願いと共に託した母。無理に俺なんて産まなければ、母だってもう少し楽に生きられたんじゃないか。俺がまだ小さくて、いじめられて泣かされてばかりだった頃には、八つ当たりのようにそんなことを言ったこともあった。だけど母は、せっかく授かったあんたを堕ろすなんて考えたこともなかった。大きくなったら今度は私に楽をさせておくれよ、と俺のいじけ性を笑い飛ばしたのだった。
俺がアメリカの大学を修了して帰国した時には、脳梅毒の進行によりもう俺のことすら思い出せなくなっていた母。それでも俺は非番の日には努めて母を見舞うようにしていた。そのためか駐屯地でも病院でも、俺に対する評価はだいたい同情的なもので、俺は自分のキャリアを捨ててまで病身の母に尽くす孝行息子ということになっていた。俺はひそかに自嘲していた、なにが孝行息子なものか。そもそも俺は自分の欲のために、病身の母を置いて日本を飛び出したんじゃないか。それなのに、そんな美談めいた評価をささやかれることにいたたまれない気持ちと自責の念があったというのは、俺が母の死後自衛隊を辞めて再度渡米した大きな理由の一つだった。
いやこれはよくない考えだな、俺はつい気弱になってしまっていた。叢雲はちゃんと生きてるんだ、きっと目を覚まして元通り元気になるんだ。俺はかぶりを振って、不吉な連想を追い払った。
叢雲を安静にさせた後は、まだ入渠待ちだった子たちにも交代で入渠を済ませてもらった。病室にみんなが揃ったところで、ハジメさんが診断の詳細を皆に告げた。
『まずけつろんからもうしあげます。むらくもさんがめをさまさないのは、ふしょうのせいではありません。ひとえにくちくかんむらくものたましいが、このままめざめることをきょひしているからです』
意外な答えだった。どういうことなんだ、叢雲はもう日本へ帰るために戦い続けることを諦めてしまったというのか?
『そうではありません。みなさんはさっきまのあたりにしたでしょう、むらくもさんのちからがひきおこしたすさまじいげんしょうを』
そうだな。吹雪や五月雨、みんなの視覚から得た情報を自分の脳内で統合するのみならず、波や雲の影のような視界の邪魔になる要素も全部補正をかけて整理してしまった。その上、敵雷撃の予測コースや味方の爆雷を必中させるガイドラインまで加えた視覚情報を、生体通信を介してリアルタイムで皆と共有し続けたんだ。叢雲の身体にいったいどれだけ途方もない負荷がかかったのか、俺には想像することすらできなかった。
『まだつかいはじめたばかりのちからを、ぶっつけほんばんでここまでぶんまわしたのです。むらくもさんのあたまには、きゅうげきにたかいけつあつがかかりました。せんとうちゅうにはなぢをだしていたのはそれがげんいんです。あれはびくうのもうさいけっかんがはれつしたのですよ』
「それは、缶を一杯で回し続けたようなものなのですか?」
電の質問は、例えるなら自動車で言うところのオーバーレブのような状態だろうか。そんな無茶を続ければ、エンジンは壊れてしまうだろう。ましてや、叢雲のそれは脳を含めた頭部で起きたことなのだ。常人であれば脳卒中を発症して生命すら危ぶまれるだろう。
『もっとも、たとえのうのけっかんがやぶれたところで、なおみせんせいのなのましんはそんなささいなきずなどたちどころにしゅうふくしてしまいます。こうかふこうか、みなさんはたとえあたまにほうだんがちょくげきしたとしてもそうそうしにはしないのですよ。ただし、そのしゅうふくにはなのましんをたいりょうにひつようとはすることでしょうが』
つまり、こうして生還できた以上は、叢雲がこのまま死んでしまったりする心配はいらない、ということでいいのか? 目は覚まさなくとも入渠自体は終わっているのなら、脳内の損傷は後遺症もなく修復できたのだろうし、体内で大幅に消費されたナノマシンも補充されたはずだ。
「とりあえず、現在叢雲の命に別条はない、というのは理解できて少し安心した。しかしなぁ、そんな急激にナノマシンを消費し続けるような技を、むやみやたらと使い続けるわけにはいかんだろう? 強敵と戦うたびにこんなことになっていたら、とても日本まで保たないぞ」
俺が忌憚ない感想を述べると、聞いていた子供たちは身を固くして言葉を詰まらせた。
『それはくちくかんむらくものたましいじしんがいちばんつうかんしていることです。だからこそくちくかんむらくもはのぞんでいるのです、このちからをつかいこなせるだけのつよいからだを』
つまり、叢雲はそんな高負荷にも耐えられるだけの身体を求めているっていうことか? しかし、そんなことは一朝一夕で望めるようなものじゃない。それどころか、彼女たちはもしかしたらこのまま成長することはないのかもしれないんだ。以前地下で聞いた吹雪の言や、ナオミ先生が残したみんなの診察記録を記したノートがそのことを示唆している。でも俺が記録を読んだのは絶対に秘密だから、うかつに口に出すわけにはいかないんだけど。
そんな俺のささやかな葛藤を察したのか、ハジメさんがそのあらましについて解説してくれた。
「みなさんがひとのみにうまれかわって、さんねんあまりのあいだにじゅうぶんなけいけんをつんでこられました。そして、わたしたちもまた、あなたがたのちからをさらにいちだんひきあげられるだけのちけんをつみあげることができたのです。いまこそ、だいきぼかいそうをおこなうべきときなのです」
大規模改装? それは、たとえば艤装のチューンナップみたいなものなのか?
「もちろんそれもおこないますが、あらたなぎそうにあわせてみなさんごじしんもにくたいかいぞうをうけるひつようがあります」
なんか物騒な話になってきたぞ。
「それはアレですか、変身ベルトでポーズ決めてとぉぉ↑おう↓みたいなお話です?」
そんなニチアサみたいに気楽に。そしてなんでワクワク顔なんだ漣。改造人間といったら、なんか変な機械身体に埋めこまれたり機械の身体にされちゃったりするかもしれないんだぞ?
俺こっちに来るまでは両眼と片手片脚が機械だったからな、改造人間がどれだけ大変かはそれなりに実感している。あれさ、慣れれば便利ではあるけど冬の冷えがかなり辛いんだよ。そんな身体でなんで俺アラスカなんかに家建てて暮らしたんだろうな、馬鹿なのか俺?
「いや、それはやっぱり普通に馬鹿だと思いますぞ?」うっさい黙れ漣。
「かずさんのごしんぱいはごもっともですが、みなさんにうけていただくかいぞうというのはきかいてきなものではありません。ちかにあるみなさんがうまれたかぷせる、あれにもういちどはいっていただきます」
そこからの説明は長くて複雑すぎたので簡潔にまとめると、あのカプセル内で子供たちは細胞レベルからといっていいくらいの肉体強化を受けるらしい。改装されてよりスペックを向上させた艤装をこれまで以上に使いこなせるようになるために、筋力・耐久力・反応速度、あらゆるフィジカルを向上させるそうだ。もう初めて会った日みたいにCQCの相手をしてやることも、これからは難しくなってしまうのかもしれないなぁ…… そう思うと一抹の寂しさが胸の内をよぎったが、なんか期待に輝く瞳で俺を見つめている五月雨には気づかないふりでスルーした。さらに強化された身体で投げまくられたら今度こそ俺は死んでしまう。
眠り続けている叢雲を背負って、俺たちはドックの奥から地下まで降りていった。五つ並んだカプセル、左から二つ目が叢雲の分だ。カプセルの中に叢雲を横たえて、ハッチを閉じようとしたところでふとした疑問が口をついて出た。
「なぁハジメさん、服はこのままで大丈夫なのか?」
脱がしたいんですか、カズ様のエッチ! とか漣が騒いでいたがこれまたスルーした。
『そのままでだいじょうぶです、ごあんしんください。みなさんのいふくはかぷせるのなかでぶんかいされて、あたらしいからだにあわせたものにさいこうせいされます。ほかのみなさんも、そのままでかぷせるにおはいりください』
ハッチを閉じる前に、俺はみんなに声をかけた。
「みんなが無事にカプセルから出てくるまで、俺はここで待っている。だから、必ず元気な顔を見せてくれよ。必ずだ」
カプセルが閉じられると、それまで透き通っていたハッチは急に見通せなくなってしまった。そういえばそんな調光材料があるって聞いたことあったな。中でなにが起きているのか見えないのは心配だが、みんなだって自分の身体が造り替えられていくところを俺に見られたくはないだろう。だからこれでいいんだ、そう納得したところで、一番左の吹雪のカプセルの中からノックする音が聞こえてきた。
「どうした吹雪、もしかしてトイレか?」
俺はハッチに頬をつけて話しかけた。こうすれば、骨伝導マイクの要領で中まで俺の声が伝わるんじゃないかと期待したんだが、どうやらうまくいったようで微かな返事が聞こえてきた。
「そうじゃないです…… あの、カズさん。もしも私たちが化け物みたいに変わってしまったとしても、私たちを見捨てないでいてくれますか?」
以前にもここで同じようなことを聞かれたっけな。無論、俺の気持ちは変わらない。
「もちろんだ、君たちはもう俺の家族だからな。 ……でもな吹雪、化け物になるなんて言ったらハジメさんが気を悪くするぜ? 妖精さんたちがきっと上手くやってくれると俺は信じてる。だから、吹雪も大船に乗ったつもりでいるといい」
吹雪がどんな返事をしたのか、ハッチを通して聞こえることはなかったが、カプセルは静かになった。
『それではかずさん、はじめますよ…… はじめだけに』
ハジメさんそのダジャレ気に入ってるの? 今まで全部滑ったのに。それはともかくとしてスイッチが入ると、カプセルに繋がるチューブやいくつもの機械が静かにうなり始めた。
「ハジメさん、皆が出てくるまでどれくらいかかる?」
『さて……? なにしろわたしたちにとってもはじめてのことですから、どれくらいかかるかはわかりかねます。それに、おそらくおのおののしょようじかんにもこじんさがあるでしょう。とにかく、けっしてじこなどおこらないようめをはなさないことをわたしたちもこころがけます』
まさか、クラーク博士の手記に記されたこの子たちが産まれた時のように、目覚めるまで半年近くもかかってしまうようなことはないといいのだが。この子たちが不在の間は、俺と妖精さんたちとでこの島を守らなくてはならないのだからな。
『かずさん、いまのうちにうえからのーとぱそこんとすまほをもってきてはどうですか? あれさえあれば、こうくうたいやだいばとのさいていげんのれんらくはつくことですし』
それもそうだな。ついでに、なにか食べ物でも持ってこようか。これから当分の間は、この地下に詰めっきりになることもあるかもしれないんだからな。俺は、ハジメさんの提案を容れて一度地上に戻ることにした。
階段の登り口で、ふと去りがたい思いに駆られた俺はカプセルへと振り返った。もちろん、たった数分足らずの間になにか変化があるはずもなかったが。
自語りになってしまいますが、先月リアルで引っ越しをしました。通勤所要時間がこれまでの片道1時間から10分に大幅短縮、浮いた時間から増えた家事に回す時間を差し引いても、執筆にかけられる時間がこれまでより多く確保できるようになりました。これで投稿ペースが少しでも上げられればいいなぁ……
次回のお話は、改造を済ませた皆が新たな目標を見いだす話になると思います、どうか気長にお待ちいただければ幸いです。