グラサン提督   作:カレー味

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第四十一話 ケッコンするって本当ですか

『さて、みなのしゅう? このばのしまつはわしらがひきうけるゆえ、こよいはもうやすむがよい。こたびのかんたいのいくさぶり、まことしゅうちゃくしごくであったぞ』

 

 過酷な対潜掃蕩戦から帰還し、さらなる力を得るために大規模改装を受けた子供たち。新能力の使い過ぎで昏睡した叢雲も、無事第二次までの改装を終えて目を覚ますことができた。なんでか知らんがカプセルから大量に湧いた花びらの後始末は、鶴姫さまと水軍が上機嫌で引き受けてくれた。ありがたくお言葉に甘えさせてもらって、俺たちは地上のロビーへと引き上げた。とっくに真夜中を回ってる時刻なんだが、その叢雲は今カップ焼きそばをもりもり食っている。さっきの妖精さんに食べさせたものほどではないが、これもレギュラー品の倍くらいあるデカいやつだ。

 

「あぁー、出撃と改装でお腹ペコペコだったから助かるわ。こういうのもけっこう美味しいものね」

 

 なにしろ二人前はあるカップ焼きそばだ。叢雲は漣に教わりながら、時折チーズや辛子マヨなどで味変しつつ美味そうに食べている。こんな時間にそんなもの食ってると太るぞ……?

 

「大きくなった分エネルギーが余計に要るのよ。明日からはお食事を増やさなきゃいけないかもね」

「そんなこと言ってると叢雲がムチ雲になってしまうぞ」

「そうですぞ、漣もちょっとは大きくなれたつもりですが、叢雲ちゃんはずいぶんと(しし)置きが豊かになったもので」

「いやらしいわね、あんたたちは私をどういう眼で見ているつもりなのよ」

 

 どうって、まあなんというかたくましくなったなぁ、と正直にそう思う。これまでの叢雲は手足も本当に細っこくて心配になるくらいだったんだが、改二になったらそれなりに身体ががっしりしてきた。もういつぞやのようにCQCでの取っ組み合いなんかしたら、俺なんて力負けしてしまうかもしれない。

 

「黒タイツに包まれた太ももにもむっちりと肉が乗って、お尻もおっきくなってますなぁ。それにその新しい衣装も、ちょっとサービスが過ぎませんか? インナーを着ているとはいえ肩のライン丸出しで、しかも何ですかその大きくなったお胸をさらに強調するかのごとき魅惑のスリットは! 授乳ですか授乳するんですかゲペッ」

 

 徐々にエキサイトしかけていた漣の語尾が変だったのは、密かに背後に回った吹雪がチョークスリーパーで締めたからだ。でも以前吹雪に注意したように、締め落とすまではやってない。

 

「あんたは(なり)こそずいぶんと可愛らしくなったのに、頭の中身が下品なままでは興醒めね。もう少し品性にも気を配りなさいな」

 

 なんも言い返せないぐぬぬ顔をしてる漣をよそに、大盛焼きそばを完食した叢雲は俺に向き直って話を振ってきた。

 

「それで、あんたはどう思うのかしら、カズ?」

 

 そう促されて、あらためてまじまじと叢雲を見直した。かなり無遠慮な眼を向けてしまった気がしたが、叢雲は臆することなく俺の視線を受け止めていた。

 

「そうだなぁ、うらやましいかなぁ」

 

 叢雲は怪訝そうな顔ではぁ? と裏返った声をあげた。

 

「もしかしてカズさん、叢雲ちゃんみたいな服を着てみたいとか……」

「カズヒラさん、そんな趣味があったんですか? あっでも、そういえば倉庫の奥に誰も着ない衣装があったような?」

 

 そうじゃないよ。まあ俺も若い頃はなんだかんだあちこちで女装させられていた気がするが、それはまた別の話だ。

 

「ザ・ボスですらピッチピチだったような、おまえらサイズの服を俺が着れるものか。無理に着たらハミ出しちゃうぞ」

「ハミ出すって…… ナニがです?」

 

 ケツですよケツ。いやそれはどうでもいい。なにがうらやましいって、改装した叢雲ってば髪がずいぶん豊かになったよな。

 

 これまでだって細いながらもサラッサラの綺麗なストレートだったが、改二になったらかなりゴージャスな毛量になった。もみあげなんかモッフモフじゃないか。触ったらご利益ありそうだ、むしろあれ。

 

 そもそも叢雲の改修は新しい能力を使いこなせるようになることも目的だった。だからさんざん脳出血やらかした頭部も強化されてるはずだと思うんだが、頭皮の血行もよくなったのかな? そのあたり実にうらやましい。

 

「カズ様、もしかしてこっち来て若返る前って(バキューン)だったんです?」

 

 バキューンとか言ってるのはヘルダイバーちゃんが銃声を立ててごまかしたところだ。たしかに俺がここに来る前までは、齢も齢だけあって髪にまつわるお悩みが若干あったことは否定できない。

 

 だが、言うに事欠いていきなり(バキューン)とはなんだ(バキューン)とは。そこまで深刻じゃないぞ、せいぜい前線が少しばかり後退せざるを得なかっただけだ! 俺はまだ(バキューン)てなんかいない、俺はまだ負けていない! 男ってのはみんな、命ある限り終わりのない戦いに漕ぎ出していく宿命の戦士なんだよ!

 

「戦場に身を置き続けた人生が、髪によかろうはずもないのです。『白頭掻更短、渾欲不勝簪』なのですね、やっぱり戦争はよくないのです」

「あら、杜甫ね」

 

 みんなしてデリカシーに欠ける言い方しやがって、トホホだよ!

 

 

「ところで叢雲ちゃん、その指輪はどうしたのです。新装備の一部なのですか?」

 

 率先して後片付けをしていた電が、叢雲の空き容器を受け取りながら疑問を口にした。

 

「あら本当、まるで結婚指輪ね」

 

 叢雲も今気づいたという様子で事もなげに答えた。なるほど、左手の薬指にプラチナのようなシンプルな指輪がはまっていた。

 

「そういえば、カズ様も指輪してるんですね」

 

 漣の口調は疑わしげだった。ちょっと待て、俺は妻帯者なんだから指輪してたってなにもおかしくないだろう? アラスカにいた頃は、たとえ女房と別居してたって指輪はちゃんとしてたぞ、娘を悲しませたくはないからな。

 

「でも、こっち来たときに指輪してましたっけ……?」

 

 五月雨が可愛らしく小首をかしげた。 ……どうだったっけ? 二十年近く指輪をし続けてると、もうはめてるかどうかなんて普段から意識すらしなくなるからなぁ。この島に来た時点で俺が指輪してたかなんて自分でも記憶が定かでない。

 

「いーえ、カズさんついさっきまで指輪なんかしてませんでした! さっき手四つで取っ組み合ったばかりですから、確かですよ」

 

 吹雪が自信満々で指摘した。そういえばみんなを入渠させたときそんな一悶着あったな、俺の指輪までちゃんとチェックしてるとはなかなかに侮れん子だ。

 

「そう言われると、さっき叢雲を発掘したとき左手がえらく痛かったんだよな。尖ったものにでもぶつけたかと思ってたが、もしかしてこの指輪はその時に?」

 

 こういう不可解なことが起こったとき、この島じゃあそれは妖精さんのしわざであるとおおかた相場が決まってる。よって、その場の全員がハジメさんに疑いの目を向けた。

 

『てじなーにゃ♡』ニャーン

 

 手品って君ィ!? 今回ばかりはちょっと洒落にならないぞ、相変わらず可愛いからまた1秒で許したくなってしまうんだが今回ばかりはマズい、妻子持ちのおっさんが我が子よりも若い娘と重婚とか鬼畜の所業だ。叢雲に悪いのももちろんだが、もしこれが女房にバレたらえらいことだ。無事務めを果たして元の世界に帰りました、でも女房に処されましたじゃ、俺が日本に行って皆を迎える計画がおじゃんになってしまう! どうする、ほとぼりが冷めるまで俺一人でも日本に逃げるか!? いやダメだ、キャサリーのこともあるし、なにより女房は戦闘力S+ランクであるだけでなく諜報もSランクだった、とても逃げ切れる気がしない!

 

「ミラーさん固まっちゃったのです」

「どうせいつものように妙なことを思い詰めてるのよ、ちょっとカズ?」

 

 絶望的な逃亡計画に没頭しかけていた俺は、その声にハッと現実に引き戻された。

 

「ななななんだいマイハニー」

 

 横で聞いてた漣がブホォッと吹き出した。

 

「状況に流されてるんじゃないわよ、しっかりしなさい! あのねカズ、私別にあんたの奥さんになりたいってわけじゃないのよ」

「じゃあお妾さん!? そんなのってダメだよ、叢雲ちゃんには幸せになってもらうんだから」

「ちょっと黙んなさいムッツリスケベ。カズ、あんたはここで務めを果たして自分のいた過去の時間に、アラスカの娘さんの元に帰るんでしょう?」

 

 ムッツリスケベとかまた言われてしまった吹雪が絶句していたが、叢雲は一顧だにせず言葉を継いだ。

 

「そしたら日本に向かって、私たちを迎えてくれるって言ったじゃない。でも奥さんと娘さんはどうするの? 日本に一緒に連れてきてくれるんじゃないの?」

 

 そう指摘されて俺は自覚した。地下壕でナオミ先生の残したノートを見つけ、子供たちの出生の秘密を知ったあの日。俺にはこの島を脱出してから先の人生の目標ができた。ただ、妻と娘については何も考えていなかった……

 

 娘のキャサリーは、誰に似たのか日本のアニメとマンガとゲームとその他諸々が大好きだ。まあ俺自身も娘と一緒に楽しんでいたから人のことは言えないんだが。ともあれキャサリーは、俺が日本に行くと言ったら喜んでついてきてくれるだろう。それはほぼ確実だと信じたい。

 

 だが女房はどうだろう? あいつだってアラスカなんかじゃなく日本にだったら、もしかしたら俺と一緒に来てくれるかもしれない。ただ、女房はバーガー・ミラーズの社長でもある。責任ある立場を放り出して、フロリダを離れてくれるだろうか……?

 

「日本支社なのですよ」

 

 思いがけない声に顔を上げると、電が得意げな笑顔で俺を見ていた。そうか、そういう手か!

 

「日本人は老いも若きも揃ってハンバーガーが好きでな、いくつものチェーン店が全国に軒を連ねている。実のところわがバーガー・ミラーズでも、日本に進出しようって案はたびたび出ていたんだ。なにしろ俺は日本生まれだからな」

 

 ただ、やはりアメリカ本国内で足場を固められてないうちからの日本進出は時期尚早である、という慎重論が優勢で、俺が経営に関わっていた間はその話は出ては立ち消えるという状況だった。しかし、今ならば話は違うのではないか?

 

「女房の個人的な意見では、どちらかというと日本進出には賛成だった。社長自ら日本法人立ち上げの陣頭指揮を取るという形にすれば、話に乗ってくれる公算は低くない。おそらく説得はできるだろう」

 

 しばらく黙って聞いていた叢雲が俺をじっと見て口を開いた。

 

「あんたってば、奥さんのことでもビジネスみたいに言うのね」

 

 意外な感想に、俺は返す言葉もなかった。

 

「しゃんとなさい、胸張んなさい、あんたは私の提督なのよ。世界の海を守るために日本へ行きたいからついてきてくれ、ってなんで奥さんに言えないのよ? きっと聞き入れてくれるわよ、もっと家族を信じなさい」

「そういやカズ様って結構な恐妻家ですよね。いくらカズ様より強い奥様だからといって、ちょっと顔色伺いすぎでは? って感じますにゃ」

 

 うう、会わせたこともない女房のことなのに容赦ねぇなぁこの子たち。でも言われてみればその通りだ。俺は確かに恐妻家には違いないが、家庭内に波風立てないことばかりを考えて、女房ときちんと向き合うことすらできてなかったのかもしれない。

 

「……さぁ、これで話は終わりにしましょ。夜が明けちゃうわ」

 

 叢雲はパンパンと手を叩きながら席を立った。皆が寄宿棟に引き上げていくとき、彼女はふと振り返って俺たちを呼び止めた。

 

「そうそう、一つ言い忘れてたわ、カズハジメ」

 

 名前を雑にまとめられてしまったぞ? おいおい、そう呼ばれるとまるでマンガ家さんみたいじゃないか。

 

「この指輪は、あんたの妻としてではなく、艦隊の筆頭たる証としてありがたく頂戴しておくわ。それなら問題ないわよね」

 

 自慢げに示した指輪がキラリと輝いたようだった。うーん、それで俺の家庭の危機が回避されるならありがたいことなのだが、そばで聞いてる吹雪が青ざめているぅぅ~。

 

 

 

 明けて翌朝、昨夜がずいぶんと夜更かしだったために、俺たちはみんなかなりの寝坊をしてしまった。でもなぁ、昨日までは南海域の潜水艦退治に毎日キリキリ働いたのみならず、大規模改装で夜遅くまで大騒ぎだったんだ。今日くらい、出撃や訓練も完オフにしたっていいよな?

 

 今日の朝飯は俺が作ったBLTサンドとヨーグルト、そして牛乳多めのカフェオレだ。みんなストレンジラブの薫陶により紅茶派かと思っていたが、ナオミ先生やザ・ボスがいた頃にはコーヒーを飲むことも多かったらしい。ただ、電なんかはコーヒーがあまり得意ではないらしいのでカフェオレとなっている。

 

 でも、俺だけはガツンと来る濃いめのコーヒーだ。香ばしいマテ茶も素晴らしいが、やはりこんな寝不足気味の朝にはコーヒーが欲しくなるよな…… MSFがコスタリカで戦っていた頃には、しばしば現地産のコーヒーを楽しんだものだった。当時の部隊にいた手癖の悪い奴が、戦場になったコーヒー工場から豆を袋でパクってきやがったんだ。その時は二度とやるなと叱りはしたが、返す相手もいないので結局そのコーヒーはみんなで飲んだっけな。アラビカ豆の香り高いコスタリカコーヒー、いつかまた飲みたいものだ。ところで、このコーヒーは一体どこ産なんだろうな?

 

『じょーじあです』

 

 ハジメさんが卓上のペットボトルをパンパン叩いた。そうかぁ、これも拾い物だったか。

 

 

「ハジメさん、私にも叢雲ちゃんと同じ指輪をください!」

「あーっ、それなら私も私も」

 

 朝食後にロビーでくつろいでいたところ、吹雪と五月雨がハジメさんを捕まえて詰め寄っていた。二人の顔を横目でうかがうと、五月雨のほうはわけもなくキラキラしたアクセを欲しがってるくらいの無邪気な表情をしていたが、吹雪の方はどことなくマジな焦りの色が見える。ここの五人の中じゃ日頃から長女を自認している感のある吹雪のことだ、いつまでも妹に遅れを取ってはならじと気負っているのかもしれない。俺は誰にも聞かれないように小さく溜息をついた。

 

 生まれてからこれまでの間は、五人の子供たちは保護者のもと横並びの立場で仲良く過ごしてきたはずだ。ところが、皆の視界を統合するチートな視覚を得た叢雲に経験を積ませるためとして、俺が叢雲に暫定的なリーダー役を振ってしまった。そのまま水軍との演習、南海域の対潜掃蕩と内外でいざこざが続いたうちに、叢雲は期せずしてリーダーとしての地位を固めつつある。そして今回はそれを追認・補強するように、ハジメさんが指輪というわかりやすい象徴的アイテムまで与えてしまったわけだ。

 

 姉よりすぐれた妹など存在しねぇ!!(声色) いや、あの兄に例えるのはあまりに吹雪に悪いな。まさか吹雪だって大事な妹を見下したことを考えているわけではないだろう、吹雪はただ大好きな妹に頼られる立派な長女でありたいと考えているだけだ、少なくとも俺はそう信じている。

 

 でも、吹雪が本気で妹たちに一目置かれたいなら、座学もしっかりやってくれないかなぁ…… 吹雪は実技の方だと砲撃、雷撃、航行、対空、対潜、CQCなど、あらゆる技術を平均以上の高い水準でこなす、弱点らしい弱点のない優秀な兵士なんだ。

 

 ただ、座学の方となるとこれがてんでダメだったりするんだ、五人を座学の成績順に並べるとこんな感じになる。

 

 電≧叢雲>漣>>>>(越えられない壁)>>>>吹雪>五月雨

 

 座学に関しては、電がほぼ不動のトップだ。叢雲も、電には一歩及ばないがよく学んでいる。漣は、要領がいいのかちっとも復習をしている様子がないのに、トップ二人に迫る成績を取っている。真面目にやればもしかしたら電だって越えられるかもしれんのに、もったいないなぁ。

 

 下位クラスの二人は一見五月雨がドベに見えるが、彼女の成績がここまで低いのは解答欄がズレたり答案が無記名だったりというしょうもないケアレスミス(ドジっ娘)を頻発させているせいだ。そこを考慮した実際の学習理解度で評価するなら、ダントツビリは吹雪でほぼ間違いないはずだ。

 

 俺は提督になったはずなのに、まるで中学校の担任みたいな心配してるなぁ。また溜息が出たところを、今度こそ漣に聞きとがめられてしまった。

 

「カズ様、溜息ばかりついてると髪が抜けますぞ」

「ぬかせ。そこは幸せが逃げる、って言う所だろ」

 

 そういやさあ、漣や電は指輪とか欲しくないのかな? ハジメさんを詰めるのには特に参加してないこの二人に聞いてみた。

 

「漣、表に立つリーダーよりも影の実力者になりたくて。軍師とかあこがれちゃうなー」

 

 あぁ、言われてみれば対水軍演習の最終日に、軍師漣の三十六計ウサギ爆弾の計とかそんなこと言ってたな。残りの三十五計が存在するのかどうかは知らんが。

 

「電も、リーダーを務めるよりは裏方のほうが性に合っているのです。吹雪ちゃんも叢雲ちゃんも、あまりやりくりを意識してくれるほうではありませんのですから」

 

 そうだなぁ。電がいなけりゃ、この泊地はどっかで経営破綻してたかもしれん。俺だって、なにか資源が必要となることをするときは、必ず事前に電に相談して承認を得るように心がけているし。実際そのおかげで、皆の活動を滞らせることもなく航空隊や台場の開設が進められた。あれっ、もしかしなくてもこの泊地で一番偉いのって俺じゃなくて電じゃね……?

 

「結局は財布の紐を握っている者が強いのです。大蔵省なのですよ」

 

 今じゃ財務省っていうらしいぜ? そう電に教えてやったら少し驚いていた。

 

 

『どうもむらくもさんがおかしなことをおっしゃったおかげでみなさんごかいをおもちのようなのですが、べつにこのゆびわはひとつしかないわけではありませんよ?』

 

 他愛ない雑談を続けていた俺たちのもとに、吹雪たちに詰め寄られるのに閉口したハジメさんが逃げてきた。でも、そもそもなぜハジメさんは叢雲に指輪なんてつけたんだ?

 

『このゆびわはですね、みなさんのせんざいのうりょくをさらにひきだせるようにするためのあいてむです。ゆびわをかいしてていとくとのあいだにさらにつよいきずなをむすぶことで、みなさんのかんていのたましいがもつれいりょくをさらにふかぼりできるのです』

 

 霊力とか、今更ながらオカルトチックな話になってきたな?

 

『ゆびわなしでけいけんをいかにつみかさねようとも、かつてしずんだくちくかんのちからをこえることはできません。なぜならそれがきかいのもつせいのうげんかいなのですから。しかし、こうしてひとのみをえたいまなら、つよいきずなのちからでさらなるみらいへすすむことができるのです』

「だったらなおのこと、私たちにもその指輪を!」

 

 吹雪が目を輝かせた。他にも、ついさっきは指輪には関心のなさそうな態度を見せていた漣や電ですらも、まだ指輪を手にすることができると聞くと興味を惹かれた様子であった。

 

『まずですね、ゆびわをつけるにはあなたがたのれんどをじょうげんまでとうたつさせるひつようがあります。とーるきんせんせいでもあるまいし、ゆびわをつけただけでつよくなれるわけではないのですよ? れんどのかべをこえるまえに、まずかべのまえまできてなくてははなしになりませんので』

 

 トールキン先生って誰だっけ? とか考えこんでいたら、ハジメさんは俺たちに手のひらを差し出してきた。

 

『そして、さいしょのいっこはおためしのむりょうしきょうひんとしてしんていしましたが、にこめいじょうはいっこ700えんです』

 

 数秒間、ロビーに白けた沈黙が流れた。

 

「お、お金取るんですかぁ!?」

「こんな島にお金なんてあるわけが!」

 

 このやりとり、俺がここに来た日もしたなぁ。

 

「700円って、軍ならだいたい准士官の年俸くらいありますぞ!?」

『こころぐるしいですが、はくちのうんえいもただではありませんので……』

 

 この島には、家具が買える謎のコインこそあるが日本円はない。みんなソファーに沈んで黙り込んでしまった。

 

(漣ちゃんが言っているのはあくまで戦時中の貨幣価値の話なのです。現代の700円ならそこまで騒ぐほどの大金じゃないって、明かした方がいいのです?)

 

 家計のやりくりに明るいだけあって、さすがに気がついたらしい電がそっと耳打ちしてきた。

 

(しばらく内緒にしておいてくれないか? せめて皆が落ち着くまでは、できることならみんなが日本に帰れるまでは)

 

 ケッコン指輪をはめさせた女子中学生を五人もはべらせてるとかあんまり絵面が大問題だ、もう妻や娘に言い訳もできなくなってしまう。だから、吹雪たちには悪いが、しばらくの間はあの指輪は叢雲の言う通りにリーダーの証ということにしておこう。

 

 

『へいがーるず、みんなそろってるとはちょうどいいわ。さいうんたいからほうこくがあるみたいよ!』

 

 吹雪の野望が潰えたあともなんとなくロビーでダラダラ過ごしていた俺たちのところに、今度はヘルダイバーちゃんたち航空隊妖精の面々がやってきた。飛行帽をかぶっている、見慣れない三人組の妖精を連れている。

 

『じぶんらはさいうんたいのとんぼ1(ワン)であります。このところつづけていたせんりゃくていさつについて、ちゅうかんほうこくいたします』

 

 そういえば、俺たちが変則かかり稽古の特訓をしていたころ、彩雲隊が訓練を始めているのを見たっけな。俺は聞かされてなかったのだが、俺たちが三島水軍との演習を続けていた裏で、彩雲隊はその航続距離を活かして、この島近辺のみならずかなり広範囲に至るまでの戦略偵察を進めていた。そして、これまで五月雨を中心に作ってきたものよりもずっと広い海図を制作していたのだそうだ。

 

「これ、中心がこの島でいいんですよね? ……東側には、本当に何もないんですね」

 

 五月雨が自作の海図と見比べながら一人呟いていた。俺も、彼女の背後から大きな海図を覗きこんでみると、なるほどこの島から東には陸地が一切見当たらない。北の方も似たようなものだった。

 

 ただ、西と南にはそれなりに陸地があるようだ。サンゴ礁島特有の輪になった環礁がいくつも点在していて、この島より何十倍も大きいものが多いようだ。

 

「……うぅーん、この海図、なんとなく見覚えがあるんですよなぁ?」

 

 五月雨の向かいに座った漣が、逆さまの海図をにらんでしきりに首を傾げていた。

 

「漣ちゃん、それこの島の場所がわかる手がかりだよ!? なんとか思い出してよ、絞める? 叩く!?」

「そうよ漣、なんだったら私がまたあんたの頭の中を……!」

 

 吹雪と叢雲が物騒なことを言っている。だけど俺にも、どうにもこの島の配置を見た憶えがあるんだよ。いつ見たんだっけ、たぶん近年の話じゃない。それこそ今のこの若返った身体くらいの頃だ。じゃあ、MSFの頃か、それともDDの頃か? あの頃俺は海上の基地で生活していた、陸軍畑であっても海には縁深かったんだ。でも、マザーベースの近くとかそんな話じゃないはずだ、思い出せ……

 

「そうだ! この島の並び、たしかマーシャル諸島ですぞ。間違いないです!」

 

 確信に満ちた漣の一言をきっかけに、俺の頭の中でも古い記憶のスイッチがパチンと繋がった気がした。




 第四十一話をお送りしました。これまで謎だった島の位置が、そろそろ明らかになります。

 あと私事ですが、うちの吹雪がようやく改三護六式になれました。でもこのお話の吹雪は、当分改二から先に進めそうにありません、ごめんね吹雪。
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