「えっと、現在漣ちゃんが人事不省に陥っていますけど、さっきの話を続けますね」
何食わぬ顔で吹雪が話を再開した。気絶した漣はいちごパンツ丸出しのままロビーの隅に転がされている。うーん、親の顔より見たCQC、見事なお手並み。漣がリムーブされて空いた席には吹雪が代わって陣取っている。吹雪…… 大人しい顔しておそろしい子! 膝枕がなくなってストレンジラブも起き上がってきたが、一応は落ち着きを取り戻したようだ。
「三人での朝の見回り中に、さっきカズさんがいたあの海岸で、浜に打ち上げられた大きなドラム缶みたいなものを見つけたんです。真っ赤なランプがモールス信号でSOSを点滅し続けてましたね」
「ドラム缶というのはレプタイルポッドのことだな」
吹雪の話をストレンジラブが補足した。なるほど、ずいぶんデカいがドラム缶みたいに見えなくもないな。
「みんなを呼んで苦労して引き揚げたのはいいけど、私たちには扱い方がわからなかったんですが、すぐにボスが蓋を開けてくれたんです。そしたら、中には意識を失った博士が入ってました」
「ボスが言うには、『彼女は私の知り合いだ、怪しい者ではないから心配ない』と」
そうかぁ? 充分に怪しい奴だと思うぞ俺は。特に、ある種の女性にとっては危険を伴う相手でもある。
コスタリカにいたときの話だが、こいつは自分の研究所に迷いこんだフランス人の鳥類学者、セシールっていう美人を秘密保持のためと称して拉致監禁してたんだからな。汚くしてたら可哀想だからって、パリジェンヌの手を縛り目隠しをして風呂に入れ、手ずから身体を洗ってやったって聞いたぞ? へっ、変態めっ……! もう言い訳のできようもない犯罪だよ。もしかしたらここの少女たちだって皆すでにこの変態グラサン女の毒牙にっ……!?
「カズさん、ちゃんと聞いてますか?」
聞いてるとも。ポッドの中からストレンジラブが出てきた話だろう?
「なんか、いやらしいこと考えてるような顔してましたけど……」
ソンナコトナイヨー(棒)さあ、続けたまえ。
「それで、ボスは気を失ったままの博士を抱えて――」
「お姫様抱っこで?」
話に割りこんだストレンジラブは妙に真剣な面持ちだった。そこ重要なのかこいつ的に。
「お、お姫様抱っこで、博士を医務室に運んで、ベッドに寝かせて呼吸や脈を計ったり、診察をしてました」
「人工呼吸は? マウストゥマウスはなかったのかッ!?」
「そっ、そんなことしてません! あのときの博士はちゃんと自発呼吸できてましたし……」
ストレンジラブがいきり立ったが、耳まで真っ赤になった吹雪に否定されたら、またしょぼくれた顔でソファに沈みこんだ。
「変態ね」
「度しがたいのです」
叢雲と電の反応は冷ややかだった。君ら、よくこの変態とほぼ一年も一緒に暮らしてられたな?
「普段はとても素敵な人なんですよ? きれいで、すごく頭が良くて、お話が面白くて、私たちにも親身になってくれて…… おいしいお紅茶の上手な淹れかたを、そそっかしい私にも根気よく教えてくださったんです。ただ、ボスさんの話になったときだけ、いつもこんな風に……」
五月雨が目を覆って嘆いた。この変態のいい所をそれだけ信じてやれるとは、君天使か何かだな?
「続けていいでしょうか? えっと、博士の容態が安定しているのを確認したあと、ボスはそのレプタイルポッド? でしたっけ? その中を調べ始めました。ほんの少しの間でしたが、出てきたときにはなんだか納得したような顔をされてました」
嘆く五月雨をよそに、吹雪はかまわず話し続ける。この子も結構マイペースなんだな。
「そのあと、ボスは私たちを集めてこう告げたんです」
『みんなには本当にすまないが、私はこの島を出てやらなければならないことができてしまった。あなたたちをここに残していくのは忍びないが、平和のためにどうか許してちょうだい』
どこへ行くというのか、と叢雲が訊ねたそうだ。
『私にもそれはわからない。ただ、博士をここに連れてきたこのポッドが、今度は私を行くべき所へ導いてくれるわ。ポッドを調べてみてそれがわかった』
ここに残る私たちはどうすればいいんですか、と漣は詰め寄ったのだという。
『今日ここに来たストレンジラブ博士は、私にとっては大恩ある大事な友達よ。漣、彼女が目覚めたら、私と一緒に撮った写真を見せて事情を話しなさい。彼女はとても優秀な科学者だから、きっとあなたたちの力になってくれるわ』
もうこれきり会えないんでしょうか、と五月雨は泣いたそうだ。
『約束はできないわ。でも、私がこれまであなたたちに伝えてきたことは、私とあなたたちがどんなに遠くに離れたとしても、いつでもあなたたちと共にある。どうか忘れないで、いつかあなたたちが自らの足で波濤を越えるとき、私もまたあなたたちと共に往くのだと』
これまでご指導ありがとうございました、ボスのご武運をお祈りいたしますのです、と電は涙をこらえて敬礼したそうだ。
『ありがとう電、あなたはやはり強い子だわ、それはあなたが優しいから。あなたたちが私を信じ、私の意志を信じてくれるから、私もまた留まるのでも流されるのでもなく、未来へと進むことができる』
吹雪は、ボスが世界のためだと言うのなら、それは本当であると、だからボスを引き止めてはならないと感じた。だけど、最後にもう一度CQCの稽古をつけてほしい、とボスに頼んだのだそうだ。この子たち、身のこなしなど何かとただの子供じゃないと先ほどから感じてはいたが、まさかザ・ボスの弟子だったとはなぁ。スネークにCQCを教わった俺たちよりもよほど正統に近いと言えるかもしれない。
吹雪の願いにボスはニンマリと笑うと、その日は陽が傾くまでみっちりと稽古を続け、へばって動けなくなった五人に、免許皆伝とはいかないが、と前置きした上で、例えるならクロオビを授けてもいい。と太鼓判をおしてくれたのだとか。
しばらく休んで夕方、日が沈み始めた頃、ザ・ボスはレプタイルポッドに乗り込む直前、子供たちのほうを振り返った。五人は整然と並び、一糸乱れぬ敬礼を捧げていた。答礼を返すボスは晴れやかな笑顔だったのだという。
ボスの姿がポッドに消えてまもなく、ロケットが点火してポッドは高く舞い上がり、東の空へと一直線に飛んでいったそうだ。子供たちはそれを、日が沈んだあともいつまでも見送っていた。
「私が目を覚ましたのは、その翌朝のことだった」
そこからはストレンジラブが語り始めた。吹雪は長く話して喉が渇いたのか、もうぬるくなったであろう水差しに残った水を自分のひょうたんに注いで飲んでいる。
「みんなに事情を聞いて、私は一も二もなくこの子たちに協力すると決めた。ボスが愛し、鍛え上げたこの子たちを助けることは、私にとってなによりもの最優先の務めであるといって過言ではない。この一年、私は皆の望みをかなえるために自分の知識と技術を捧げてきたが、私一人では悔しいがいまだ不充分だ。カズ、貴様は軍隊と組織運営については専門家だろう? この子たちのために、どうか力を貸してほしい」
そこまで言うと、ストレンジラブは深々と頭を下げた。茶化すつもりはないんだが、こいつがこの俺に頭を下げて懇願することがあるだなんて、明日はミサイルでも降ってくるんじゃないだろうか?
「なあ、ここまでこいつに言わせる君たちの願いというのは、いったいどんなことなんだ? 俺になにができるのかわからないが、まずは聞かせてもらえないだろうか」
そう言って子供たちを見回す。いつの間にか漣もちゃっかり気絶から復帰して何事もなかったかのように仲間に加わっているじゃないか。
「この海は今、危機に瀕しているわ」
「私たちは、なんとしてでも日本へ帰り、この危機を世界に伝えなくちゃいけないんです」
「奴らに立ち向かうことができるのは、きっと今はまだここにいる漣たちしかいないのですぞ」
「けれども、この泊地の戦力だけでは、今この時もまさに世界中の海に拡がり続けているかもしれない奴らに立ち向かうことなどとても無理なのです」
「だから奴らに打ち勝つには、きっと世界中の国が力を合わせる必要があるんです。カズヒラさん、どうか私たちを助けてください!」
ストレンジラブに倣うように、五人の少女もまた深々と頭を下げた。今日一日はとんでもないことばかりが巻き起こった俺の身の上だが、どうやらかなりキナ臭い事態に足を突っ込むことになってしまったようだ。
世界規模の相手に喧嘩を売らなきゃいけない覚悟かぁ、それなら三十余年前に一度しかと経験済みだ。まあ、本当に世界を相手取る前に、スカルフェイスの騙し討ちをくらってボコボコに負けたんだけどなクソっ! 二度目のときには俺は乗らなかった、三度目はむしろそれを止める側に回った。四度目は、相手は世界をも脅かす危険な勢力らしい。少なくとも、この少女たちはそれを確信しているようだ。
返事の言葉を選びながら、俺はコロンビアでのことを思い出していた。当時、旗揚げはしたもののいまだ小隊程度の人数で、全員分の装備すらまともに揃ってはいなかったMSF、そのベースキャンプを、コスタリカ国連平和大学のガルベス教授と名乗る男が、パスという少女を伴って訪れたときのことだ。
彼らの願いは、常備軍を持たないコスタリカの領内に侵入し不穏な行動を続ける、所属不明の、ただし、CIAの関与が疑われたがーー 武装勢力を追い出してほしい、というものだった。
だが、すべては体のいいカバーストーリーに過ぎなかった。ガルベス教授とは身分も名前も偽りで、その正体はソ連の諜報機関KGBのエージェントだった。その時コスタリカで行われていたのは、核抑止論を柱にCIAとKGB、東西超大国の思惑が複雑に絡み合い、それぞれの諜報機関の私利私欲をも交えた権力闘争、つまりは冷戦の闇鍋みたいなもんだった。そして、その裏にはビッグボスの宿敵、ゼロ少佐率いる秘密諜報組織サイファーの影がちらついていたんだ。パスもまた、そこから送り込まれた諜報員に過ぎなかった。コスタリカの平和を愛する女子高生なんて、とんでもない大嘘だった。
俺がそれを知っていたのは、当時の俺はひそかにゼロ少佐ともビジネスパートナーの関係にあったからだ。コスタリカを中心にサイファーが描いた東西冷戦の縮図、そのカラクリを俺は初めから知らされていた、知っていてあえてその状況を利用した。すべては小さなMSFが成り上がるためだと、そのつもりだった。
その闇鍋を貪欲に喰らって、MSFはたしかに大きくなった。しかし、結局のところそれは闇鍋ならぬ毒饅頭で、すぐにそのツケを払う時が来た。潜入工作員の正体を現したパスは、MSFにサイファーの傘下に降ることを要求したのだ。
無論、そんな要求はのめなかった。俺たちはパスを退けたが、すぐに次の刺客がやってきた、そいつがスカルフェイスだった。奴の奸計によりパスは命を落とし、MSFも一度滅びた。多くの戦友たちがマザーベースとともにカリブ海の藻屑となって、俺は復讐を果たすまでに十年を費やした。報復心に身を焦がすことで、うかつに毒饅頭に手を出してすべてを失った自分のマヌケ振りから必死に眼を背けていたんだ。
「カーズ様ぁー、起きてます? 今とても大事な山場ですぞー、寝てちゃだめだぉー」
漣の間延びした声で俺は回想から現在に引き戻された。言うに事欠いてカーズ様ってなんだよ、それじゃ俺まるで宇宙から帰ってこれなくなるみたいじゃないか?
「ちょっと昔のことを思い出していた、悪いな」
「昔のこと?」
「昔々 、コロンビアでな。ちょうど今みたいに、平和を願う女の子の頼みで厄介な事件に首を突っ込むことになったのさ。それはもう酷い目にあわされたんだぜ」
「……パスの件だな」
ストレンジラブの声は暗かった。あのピースウォーカー事件は、彼女にとってもあまり蒸し返したくはない深い傷だったろう。こいつも、パスにはだいぶご執心だったからな。
話がよくない方に流れてると感じたか、皆の顔にも失望の色が広がるのが見てとれた。おいおい、結論を急ぐんじゃないよ。俺はまだ断るなんていってないぜ、こんな風に相手に気を持たせるのも交渉の一手さ、ちょっとくらいお兄さんにも花を持たせてくれよ。
「俺たちMSFは、国家や思想にとらわれず、必要な土地、勢力に必要な軍事力を供給するのが売りだった。直接的な戦闘だけじゃない、兵站、訓練、武器の整備や開発、軍事に関わるあらゆることを請け負ってきた」
「でも今はミラーさんお一人なのです?」
ぐぬぬ、電ちゃんやっぱりツッコミが容赦ないぜ。
「まあそうだな。だから、君たちをカボチャの馬車で日本までエスコート、と簡単にはいかないぜ。魔法使いの家系じゃないからな」
「だから、俺は結局俺にできることをやるしかない。それでよけりゃ、報酬は安くしておくよ」
幾人かが口々に叫んで立ち上がった。
「お、お金取るんですかぁ!?」
「こんな島にお金なんてあるわけが!」
「あーぁ、幻滅しちゃいますぞ。見ず知らずの少年兵を助けようとした篤志家のカズ様はどこ行っちゃったんですか」
三人がブーブー言ってる間、五月雨はオロオロしてたし電は蔑むような眼でじっと俺を睨んでいた。いいねその眼、俺の中でいろんな何かが目覚めそうだよ。
「ないものを取れるとは思っていないさ。これでも元商売人だからな、一見さんの財布の重さを推し量るのは結構得意なつもりだよ」
「俺もこんなところにいきなり連れてこられちまって、どうやって帰れるのかもわからない。飯と住みかと身の安全を保障してくれるなら、できる限りの協力は惜しまんよ? つまりは、居候をさせてくれってことさ」
どうやらからかわれたのだとやっと気づいたのか、電は眼をぱちくりさせている。そうそう、そうやって年相応の顔をしているほうがお似合いだよ。まあ、俺がもしもヒモとかペットにしてくれなんて言ってたなら、この先も命があったかはわからないが。
「そんな、もともと電たちはミラーさんに危害を加えるつもりなんて!」
「そうだったのかな? てっきり俺は、女の子ばかりの謎の武装集団に捕らわれて、尋問を受けていたもんだと思ってたよ」
クックッとストレンジラブが肩で笑って、電が悔しそうに歯噛みをしてみせた。君には最初にちょっと脅かされたからな、このくらいの意趣返しは勘弁してくれよ。
伝説の英雄、ザ・ボス仕込みの戦闘技術を身につけた五人の少女。いったい何期艦なんだ……?
問:艦娘がCQC習得して何の役に立つんですか?
答:クソ提督を締め上げたりイケメン提督を押し倒したりするためです。