グラサン提督   作:カレー味

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グラサン提督、第八話をお届けします。


第八話 ジョイ・ディヴィジョン

「ところで、そのなおみ先生って人はどうなったんだ、いったいどこから来たどういう人物なんだ?」

「女医と聞きつけるやいなや即食いつく、さすがはカズ様ですぞ」

「なおみ先生って、とても素敵な方だったんですよ。産まれたばかりの私たちをずっとお世話してくれて、お料理もお掃除もお洗濯も、人間らしい生活のしかたは最初にまず先生が教えてくださったんです」

「パンツのはきかたまで教わりましたからなぁ~、漣たちにとってはお母さんみたいな人でした」

 

 五月雨と漣が懐かしそうにつぶやいた。なおみ先生、彼女がこの子たちの保護者だったのか。さっき電は自分たちがここで産まれたと言った。どういう事情があったのかわからないが、少女たちはこの島で産まれたか、あるいは小さい頃にここに連れてこられるかして、その先生に養育されたわけだ。

 

 これがなおみ先生ですぞ、と漣は写真を見せてくれた。場所は医務室だろうか、黒髪と褐色がかった肌、歳は四十前くらいだろうか、鼻筋の通った美人が漣と肩を組んでの自撮りだった。女性は朗らかな笑顔で、漣は照れくさそうに笑っていた。

 

 なんだか記憶に引っかかるものがあった。自慢じゃないが、たとえ街ですれ違っただけだったとしても、俺は一度見た美人は絶対忘れない。どこかで会ったか、いや、そうだ、この歳じゃなくて、もっと若い頃の顔を見た憶えがあるんだ……

 

「ナオミ・ハンターだ」

「半田なおみさんですよ?」

「それは君らの思い違いだ。彼女はナオミ・ハンター、れっきとしたアメリカ人だ」

「彼女のことを知ってるの!?」

「そう言われると、初めてお会いしたときにたしかにナオミ・ハンターと名乗られた気がするのです。てっきり半田なおみさんが英語風に名乗られたものかと思っていたのですが」

「なおみ先生、日本の人じゃなかったんですね」

「俺自身は彼女と直接の面識はないんだが、彼女の義兄が俺の米軍時代に同じ部隊にいた。最優秀の隊員、フォックスの称号を持っていたよ」

 

 グレイ・フォックス、通名はフランク・イェーガー。彼がローデシアでの任務中に戦災孤児を保護し、引き取って育てたのが彼女、ナオミ・ハンターだ。義兄とは姓が違うのは、アメリカ国籍がない彼女のために、行方不明者の戸籍をひそかにあてがったからだ。

 

 もっと若い頃のものだが、フランクが持っていた写真を見せてもらったことがあったんだった。医者を目指して大学に進むんだと彼は言っていたが、何がどうなって彼女はこんなところまで来ていたのか。

 

「ナオミ先生、今はもうここからいなくなってしまったんです。ボスさんがここに来られたのと入れ替わるように、突然……」

 

 目に涙を浮かべながら、五月雨がその頃のことを語り出した。

 

「私たち、はじめはナオミ先生と六人で暮らしてたんです。平和で、豊かではないけどとても幸せな暮らしでした。でも、ある頃から件の怖い生き物が島の近くに現れるようになって」

 

 さっき説明してもらった、駆逐ロ級などをはじめとする生物兵器群か。

 

「武器も、艤装もここにはありましたけど、私たちはそれをうまく使いこなすことができないままでした。海に出るなんてとてもできなくて、砂浜や浅瀬で水際作戦を図るのが精一杯で…… ナオミ先生が私たちの手当をしてくれましたが、それでも私たちは少しずつ負傷を溜めて追いつめられていました」

 

 ここで吹雪が口を挟んだ。

 

「そんなある日のことです。とうとう私がドジを踏んで、普通ならとても助からないくらいの重傷を負ってしまったんです。先生は、ご自分が発明したっていうナノマシン? っていう、先生がおっしゃるには目に見えないくらいごくごく小さな機械の群れを私に注射しました。数日は寝こんでしまったんですが、このナノマシン? は生命を維持しながら急激に負傷を修復する機能を持っていて、私はなんとか生き延びて、傷痕ひとつ残らずに回復できました」

 

 吹雪は自ら上着をまくり上げ、脇腹を指さして見せた。なるほど、傷一つないナイス脇腹だ。やめなさい、と叢雲がたしなめた。

 

 

 吹雪が目覚めたとき、ナオミは吹雪を抱きしめて泣いて詫びたんだそうだ。ごめんなさい、命を助けるためとはいえ、あなたをこんな化け物のような身体にしてしまった、と。また、どうして私は同じ罪を繰り返すしかないの、とも嘆いたという。その罪とはなんのことなのかは吹雪にはわからなかったが、それでも大好きな先生が苦しんでいるのが辛くて、吹雪も泣いた。そんなことありません、今日私が助かったのは先生のおかげなんです。助けてくれてありがとう、だから泣かないで先生。と吹雪は言った。生きてくれてありがとう、許してくれてありがとう。とナオミも泣いた。二人して泣いてるところに騒ぎを聞きつけた皆が入ってきて、みんなで一緒に泣いた。

 

 ひとしきり泣いたあと、叢雲たちは自分たちにもナノマシンの注射を願い出た。自分たちの暮らしを守るために戦わなくてはいけない、その力を私たちにも与えてほしいと言った。ナオミは覚悟を決めて、ナノマシンを全員に与えたのだという。

 

 

『このナノマシンは、あなたたちがたとえ致命傷を負ったとしても、急激に治癒力を高めて瞬時に傷を治すことができるわ。ただし、大きすぎる負傷を受けた場合、今回の吹雪のように数日は昏睡してしまうこともある。また、修復に使われた分のナノマシンは消費されてしまうから、大量に使ったら補充をしなければいけないの。貴重な薬剤だから、無駄使いは禁物よ』

『このナノマシンは劇薬だわ。あまりにもこれに頼りすぎると、いつかは人体の自然な治癒能力を破壊して、これなくしては生きられなくなる。そして、徐々に崩壊していく肉体に苦しみながら、マシンの力でいつまでも生かされ続けることになってしまうのよ。私はかつて、自らの手でそうさせた男を助けることができなかったの。あなたたちは、どうか自分を大事にしてちょうだいね』

 

 

 そう結んで、ナオミは子供たちを戒めた。それ以来、敵の侵攻を追い返すのはずいぶん楽になり、施設が損傷を受けたりすることも減った。そのため艤装の訓練に時間を割く余裕も増えて、少しずつ彼女らは遠くへ出られるようになってきたのだそうだ。

 

 

「まあ、すぐ傷が治るからなんて舐めプしてたのがバレて先生にすっごく叱られてた、そんな時期が叢雲ちゃんにもありました」

「みんなの前でお尻ペンペンだったのです」

「そんな話を今更蒸し返さないでよ、反省したってば」

 

 

 吹雪の話の続きだが、その頃の五人の中でも上達が早かったほう、吹雪と漣が二人でなら島が遠くに見えるあたりを、ナオミに教わった歌でも歌いながら転ばずにぐるりと一周して帰ってこれるようになった頃、二人は島の近くになにかが漂っているのを見つけた。それは後にストレンジラブが入っていたものと同じ形で、その時浮いたポッドの上に座っていたのがザ・ボスとの出会いだったそうだ。

 

 二人は産まれて初めて出会うナオミ以外の人間に驚いたのだが、ボスのほうも、歌いながら海の上を走る二人を見て、初めはひどく驚いたそうだ。伝説に聞くセイレーンに出くわしたかと思ったと言われたとか。ポッドにはすでに水が入って沈みはじめていたので、二人はポッドを曳航することは諦め、ボスを抱えて島まで連れ帰った。

 

 泊地に帰ると大騒ぎになっていた。残っていた三人が言うには、少し目を離していた間にナオミの姿がどこにも見当たらなくなったとのことだった。施設内を残らず探して、どこかで海に落ちたり波にさらわれたりした可能性も考え、島内と周囲の海域もできる限り探し続けたが、ナオミの痕跡はここ、ロビーのテーブルに置かれたまだ暖かいコーヒーと、いつも持っていたというスマートフォン、床に落ちた読みかけの本だけだった。やがて陽が落ちてそれ以上の捜索が難しくなった頃、ナオミ先生は立派に務めを果たされたので元の世界に帰ったのです、と妖精さんが言ったのだという。

 

 

「ちょっと待ってくれ、今なんと言った」

 

 つい口を挟んでしまった。

 

「ですから、先生はお務めを果たされたので元の世界に帰ったと」

「いや、その次」

「妖精さんが、私たちにそう教えてくれたんです」

「妖精さんだぁ~?」

 

 吹雪と俺の額に手を当てて熱を計ってみる。うん、平熱だ。でも今時中学生にもなって妖精さんを信じてるだなんて、ピュアだとかそういう次元の話じゃない。UMAの存在を信じてるのなんて、イギリス出身の某変態紳士だけで充分だ。

 

「カズヒラさん、妖精さんを見たことないんですか?」

 

 五月雨がいかにも不思議そうに首を傾げた。やめてくれ五月雨、君の可愛さは俺に効く。

 

「妖精さんならこの島のあちこちにいるわよ? 施設内のいろんなところや、私たちの艤装のなかにもいるわ」

 

 叢雲、君は常識人だったと信じていたのに!

 

「妖精さんは兵器や機械の扱い方に通じていて、ずっと前から電たちを助けてくれているのです。妖精さんなくして、この島での生活は成り立たないのです」

 

 電ちゃん…… 酸素欠乏症にかかって……

 

「えーっと、カズ様? あれっ、今まで誰も妖精さんの話をしたことありませんでしたっけか?」

 

 漣、おまえもか! どうしよう、みんな人間社会から孤立した生活が長すぎてストレンジマインドしちまったんでは!? 助けを求めてストレンジラブを見たら、狼狽する俺の手元に不意に何かを放ってきた。投げつけるのではなく軽いトスだったので、反射的に受け止めてしまった。掌のなかには身長数センチの小人がいて、好奇心に輝く眼で俺を見上げていた。

 

「おおぉ、ラブリー……」

 

 思わず口に出してしまった。いつの間にか訪れた見知らぬ島で出会い、しばらく歓談していた相手が実は全員狂人だったのではと怖ろしい疑念を抱いてしまったストレスが、この小さな生き物の可愛らしさにたちどころに癒されていくのを感じた。

 

「可愛い、お持ち帰りしたい……」

 

 また口走ってしまった。妖精さんは俺の掌から飛び降りて、テーブルを横切り走り抜けてまたストレンジラブの膝に飛び移り、俺の方を指差してなにかを伝えているようだった。

 

「カズ、落とすなよ」

 

 ストレンジラブがまた妖精さんを放った。妖精さんは放物線を描いて俺の掌に再び収まり、またすぐストレンジラブの膝に駈け戻った。

 

「カズ、妖精さん……」

 

 また軽くパスして俺の掌に着地。

 

(おおお~~~~~~~~~~~)

 

 人目もはばからず大声を上げたいくらいに、無上の歓喜が身を震わせた。この可愛い妖精さんは、俺とストレンジラブをアスレチックにして遊んでくれているのだ。俺ももう狂人でいいや。

 

 何度か繰り返す頃には、あちこちからほかの妖精さんたちが次々集まってきて、いつの間にかテーブルの上に順番待ちの行列ができていた。これだけでも全部で数十人は並んでいるだろう、なんだここが天国か。最後尾の子はプラカードを持っていて、『イケメンの胸に飛びこめ! カズジャンプ最後尾はこちら』と書かれている。テーマパークにされたみたいだぜ、テンション上がるなぁ~~。

 

「カズ、かつて私がみんなに聞いた話ではな?」

 

 妖精さんたちを次々投げながらストレンジラブが言った。

 

「なんだ?」

 

 妖精さんを次々ややふんわりと受け止めながら俺が答えた。

 

「初めて妖精さんを見た人間というのは、皆揃って貴様のような反応をするんだそうだ。妖精さんを一目で気に入って、彼女らのお願いはいくらでも聞いてやりたくなる。貴様だけでなく私もそうだったし、聞けばナオミ女史もボスですらもそうだったと聞いた」

 

 妖精さんにメロメロのザ・ボスか。普段だったら具体的に想像することすら思いも寄らなかっただろうが、不思議とこの時はすんなり想像できた。普段は厳格なのに、孫に会ったら甘々なおばあちゃんだ。

 

「人間との円滑なコミュニケーションを図るため、妖精さんが自分に好意を抱かせるような何か、それがフェロモンか催眠術か、それとも魔法かはわからないが、我々の思考と感情になんらかのバイアスをかけていると私は考えている」

 

 魔法って、科学者としてそれでいいのかストレンジラブ。まあ、こいつも妖精やらなにやらの伝承が豊富なイギリスの生まれだから、たとえ科学者の身であったとしても、妖精や魔法なんてオカルトにもアレルギーを起こさないんだろうな。俺だって妖怪や化け物の伝承が豊富な日本の生まれだ、妖精さんなんて可愛いものウェルカムに決まっているだろう。だからもっと遊ぼう。

 

「まあ、これは私個人の体験と皆からの伝聞に基づく感想に過ぎんのだが、そのバイアスも人格にまで影響を及ぼすほど強いものではないようだから、あまり気にするな。最初は強い反応がでるかもしれないが、そのうち慣れる」

 

 なお、この会話中もずっと俺たちは妖精さんを投げ続けていた。ほとんど二人お手玉だ。

 

「というかだな、慣れないと大変だぞ。妖精さんたちは、仕事の次には遊ぶことと甘いお菓子を優先させる習性を持っているようだ。貴様が自重しなければ、体力の続く限りまで延々と遊びにつきあわされることになる。心しておけ」

 

 なおも続きをせがむ妖精さんたちにストレンジラブは指でバッテンを示し、今日はここまでだと告げて大儀そうに右腕を揉んだ。

 

「さて、だいたいの種類が集まったようだな。カズ、これが妖精さんだ。どこからともなくわいて出て、子供たちの艤装や装備品に乗り組み、その制御を補助している。Gremlin in the machine だな」

 

 ストレンジラブが言ったグレムリンというのは、起源には諸説あるが、第一次世界大戦の頃の英国空軍で兵士たちの間でささやかれるようになって、やがて世界に広まった噂だ。きちんと整備をしているはずなのに、機械やコンピューターが原因不明の動作不良を起こし、いくら調べても原因がわからない。これはグレムリンという妖精が機械に悪さをしているからだ、と解釈して、今でもグレムリン効果と呼ばれている。

 

 別の説では、元々グレムリンは人間の発明にインスピレーションを与えたり、職人の手助けをしてくれる親切な妖精だったのだが、人間が感謝の心を忘れて妖精をないがしろにしたために、人間を嫌って機械に悪戯をするようになったのだとも言われている。どちらにせよ、人類が機械を操るようになった近現代から語られ始めた、新しい民話の一つだ。

 

「忠告しておく。カズ、妖精さんには敬意を払え。忘れるなよ」

 

 ストレンジラブがやおら立ち上がると、バラバラにたむろしていた妖精さんの群れが、なんの指図もなしにテーブル上に整列した。ストレンジラブが気をつけの姿勢を取ると、妖精たちはきれいに揃った敬礼をした。

 

 ストレンジラブは右手を左胸に当てて答礼を返すと、回れ右、と号令をかけた。妖精さんたちがこれまたきれいに揃ってこっちを向き、じっと俺を見ていた。今しがたストレンジラブが言った言葉を思い出す。敬意を払え、俺も立ち上がって姿勢を正した。

 

「ただ今をもって、当泊地の指揮権をカズヒラ・ミラーに移譲する。司令官に、敬礼!」

「ちょっと待て」

 

 掌でストレンジラブを押しとどめる。妖精さんたちは敬礼をしかけた姿勢のままで固まったり、周囲をキョロキョロ見回したり、目を白黒させて俺を見たりしている。子供たちも、今更なにを言うんだという顔をしている。ストレンジラブが片眉を吊り上げた。

 

「カズ、貴様この期に及んでなにを……!」

「ストレンジラブ、やはりあんたに軍隊は似合わんな」

 

 ストレンジラブが豆鉄砲を食った鳩の顔をした。

 

「軍人でもない者が軍隊の真似事をするんじゃない」

 

 ストレンジラブがたじろいだ。ちょっと語調が強くなってしまったのが自分でもわかった。話の腰を折って本当にすまないなストレンジラブ、俺としてはここは譲るわけにはいかない一線なんだよ。




 艦娘ごとに風呂だったりメシだったりして実態のわかりにくいゲーム上の入渠システム。

ぽいぬ「ごっはんー♪ ごっはんー♪」(ナノマシン注射プシュー)

 実情はこんなディストピア鎮守府だったりする可能性が微レ存。

 カズ、まさかの提督着任拒否。看板に偽りありになってしまいそうな物語の続きは、また今度の金曜日に。
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