「はい……はい……。 はい、では失礼します」
癖で電話越しでも頭を下げる。 電話を切り、パソコンに向かって残りの仕事に取り掛かる。 在宅だから好きなように仕事を進めることができるが、自分の家という安心できる空間で仕事という精神をすり減らすものをものをしなければならないという別のストレスがたまる。
ふとパソコンの隅にある電子の時計に目をやると時間はちょうど昼過ぎだった。 さっきの上司の電話も昼はきちんと1時間程度休むようにというものだった。 コーヒーを飲み干し、キッチンに向かう。 冷蔵庫を開け、卵とめんつゆを取り出し、冷凍庫の小分けしているご飯を器によそい電子レンジにかける。
卵焼き器を火にかけて温めている間に卵とめんつゆを混ぜる。 十分に温まったら油を引き、卵を投入する。 ジュワァと心地いい音とともに香ばしい匂いが溢れてくる。 学生時代のバイト先の店長が教えてくれた通りの作り方を守って作っているから結構美味い。 数少ない俺の得意料理だ。
卵焼きができる頃にはご飯も温まり、昼飯の準備は出来た。 卵焼きを皿に取り、両手に皿、口に箸を咥えるという行儀の悪い格好で食卓まで運ぶ。
「いただきます」
いつになってもこの癖が抜けないなぁと思いつつ簡素な昼飯を頬張る。 卵焼きの甘い味がご飯を促進する。 勢いよくかきこんでものの数分で昼飯を終える。 ぐいと水を飲み干して皿をかたずける。 軽くストレッチしながら煙草を取る。 昼休みだがあいつに会いたくなった。
いつもの手順で煙草に火をつけると煙はだんだん輪郭を帯びていく。 白い服に透き通るような肌。 ピースはいつものように現れて伸びをし、太陽の日差しに目を細める。
「わわっ! マスター、こんな日の高いうちにどうしたんですか?」
「いやー、ちょっと休憩がてら会いたくなってさ」
俺がそう言いながら煙草を吸うと、嬉しいのか宙をくるくる回って喜びを表現する。
「わーい! 私はいつもマスターを待っているのにマスターはあんまり私を呼んでくれませんからねー」
「お前呼ぶのに手間かかるんだよ、しかも人前だと呼べないし」
人前で幻覚であるピースを呼んだら変人扱い間違いない。 そんな考えを呼んだのかピースが顔を寄せる。
「あれ? マスターもしかして気づいてません? 私は実際にこの世界に存在しますよ。 だから、ほかの人にも見えますし、この世界の物も触れるんですよ」
ピースがムンッと腕で力こぶを作ってアピールする。ピースは結構肉付きがいいスタイルだ。 押し倒した時の俺の最後の理性を打ち破ったのはあのたわわな胸だった。 事後(まったく何も起こらなかったが)にそのことを話すと、たまに露骨なアピールをしてくるようになった。
まあ、とにかく、仕事以外で人と話すことが極端に少ない俺の癒しとなっている事は事実だ。
「そうなんだ。 またお前の不思議度が上がるな」
「それ、カンストするとどうなるんですか?」
「知らん」
相変わらずの内容のない会話。 煙草休憩なんてそんなもんだ。
「そういや、お前の存在って本当に何なんだ? いつも自称俺の煙草で通すけど」
俺がそう聞いても、ピースは首を捻るだけだった。
「うーん。 私自身、マスターの煙草であるという事しか分からないんですよねー」
うーん適当。 まあいいか。 どうせ俺には分からないし。
「まあ、考えたってマスターには分からないでしょうし無駄ですよムダムダー」
俺自身も思っていることだけど他人に指摘されるとなんかムカつく。 そんなことを考えていると昼の休憩時間が終わりそうになっており、煙草も終わりそうになっている。
「あら、そろそろ終わりそうですね。 今日も楽しかったですよ。 マスター」
「ああ、俺も楽しかったよ。 ピース」
そう言ってまだくすぶっている煙草を消し、午後の仕事に取り掛かる。 紫煙の抱擁の後を鼻腔に漂わせながら。