紫煙の抱擁   作:大葉景華

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三本目

「さーせーん。 生三つおかわりでー」

 

「ありやとやーす! 生サンッチョー!」

 

客たちの喧騒に負けないように店員が声を張り上げる。 そうすると客の声もなぜかでかくなる。

 

「それでさー……えっと、どこまで話したっけ?」

 

「お前が顔面にボールぶつけた所までだよ」

 

「ああ、そうそうそうだった。 それでな……」

 

と、店員が生ビールの入ったジョッキを机に勢いよく置く。 黄金色に輝く液体の上にきめ細かい泡。 夏にぴったりな汗をかいているキンキンに冷えたグラス。 俺たちは話の途中なのにたまらずにそれを各々の喉に流し込んだ。

 

「んぐっ……んぐっ……っはー! ……それで……えっと……どこまで話したんだっけ?」

 

「バカ。 だからお前が顔面ボールまでだって」

 

「ああそうだった。 それでな……」

 

連休を使って地元に帰ってきた俺は学生時代に仲が良かった友人二人を誘って居酒屋に来ていた。 いつもなら金がかかるし飲んだ後に電車に揺られて帰るのがメンドいから宅呑みなのだが、やはり外だと自分で作るより美味いし、片付けもいらない。 何より、気の置けない友人と呑む機会は金銭や面倒なんかとは比べ物にならない。

しかし、外呑みが久々なものだからちょっとペース配分を間違えてしまい、若干酔ってしまった。 そこでいつものように一服しようと胸ポケットの煙草とライターを取り、灰皿を探すが、卓上に無い。 店員を呼び止めて聞いてみると、どうやら店内禁煙になったらしい。 昨今の禁煙の波はこんなところまで来ている。 ゲーセンと居酒屋で吸わなければどこで吸うのだろうか。 まさか、そのうち喫茶店でも吸えなくなるのかと不安になってきた。

 

「わり、ちょいとヤニ吸ってくる。 ヤスも吸う?」

 

俺がヤスに聞くも、首を横に振る。 どうやら就職してから禁煙したらしい。

 

そんなわけで一人寂しく裏手にあるさびれた喫煙所にフラフラと向かっていった。 ビルの隙間にあり、通行人からは目もくれないような場所の壁に、もたれかかってぼんやりと空を見上げた。 街中だから星空なんてものは全く見えないが、逆に街の明かりでうっすらと明るい。 まるで天と地が逆転したかのようだった。

そんなことをぼんやり考えていると、ふとピースに会いたくなった。 いつもあいつとは家のベランダでしか会わない。 あいつもちょっとは違う景色を見たいんじゃないだろうか。

そう思った時にはここが薄暗い裏路地であり、人目に付きにくいとは言え、ちらりと視線を向ければこの場所は丸見えであることを忘れ、煙草に火を付けていた。

煙が輪郭を帯びる。 ピースが現れると俺の隣に降り立つ。

 

「こんばんわ、マスター。 今日は外なんですね」

 

「ああ、友達と飲んでたんだよ」

 

「ああ、だからマスターお酒臭いんですね。 飲みすぎないでくださいよ?」

 

ピースとそうやって話しているうちに煙草のせいで酔いが回ってきたように感じる。 酔い覚ましに煙草を吸いに来たのに本末転倒だ。

 

「マスターどうしたんですか?」

 

「酔い覚ましに来たんだが……。 ちょっと酔ってきたみたいだ」

 

酔い覚ましに煙草を吸いに来たのにこれじゃあ本末転倒だ。 いったんピースに別れを告げ、コンビニに水を買いに行く。 席に戻れば水などいくらでも飲めるが、そうしたらピースに会うためにもう一度席を立たんければならない。 なにより、友達の前で酒に酔った醜態を晒したくない。 いつになっても男という生物は気の置けないな窯の前ではイケてるやつと一目置かれたいんだ。

コンビニで水と二日酔い用のドリンクを買い、店の前で空ける。 そうしてまた灰皿の前で、ピースを呼びだす。

 

「はーい。 早かったですね。 そんなに私に会いたかったんですかー?」

 

そうピースにからかわれて答えに窮する。 事実、ピースに会いたかったからこの喫煙所まで少し急いできた。 しかし、それを認めることが出来ない。 なぜだろう。 ピースの前ではいつも自分のすべてをさらけ出していたのに。

ピースと軽口を聞きながらその答えを探していたら、ふと思いつくことがある。 俺はピースの事が好きなのだ。 恋愛感情的なものではない。 もっと高尚な、親愛に近い何かをこの自称煙草の擬人化に感じていたのだ。

だから、水だけでなく。、酔い覚ましのドリンクまでも買って平静を装うとしていたのだ。 ピースの事が、長年付き合ってきた友人と同じくらいかけがえのない存在になりつつあるからこいつの前でも格好つけたいんだ。

 

「そうか、俺はお前が好きだったんだ」

 

「ん? マスター。 何かいいマスター?」

 

くだらない冗談を言いながらピースが聞く。 どうやら、俺が酔うとピースも酔っぱらってしまうらしい。

なんでもないと言い、次の煙草に火を付けようとした時、残りの煙草の本数がだいぶ少なくなってきているのに気付いた。

その時、俺はピースがいつかいなくなってしまうのではないかと思った。 今飲んでいる仲間はいなくならないと確信している。 しかし、ピースはどうだろう。 俺が煙草を吸うのをやめればいなくなる儚い存在なのだ。

 

「マスター? どうしたんですか? 本当に酔っちゃいました?」

 

「ピース。 お前はいなくなったりしないのか? いつかお前がいなくなってしまうんじゃないかって……」

 

思わず縋り付くようにピースを抱きしめる。 形が崩れないようにそっと。 しかし、この腕に感触は残らない。

 

「マスター。 私はマスターが私を吸ってくれてる限り、居なくなりません。 何年たっても、 私を吸ってくれた時、私は必ずいます」

 

だって、と彼女は続ける。

 

「私は、マスターの煙草なんですから」

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