電話は嫌いだ。 電話をかけるということは相手の事情を一切考えずに相手の時間を侵害するという事だ。
電話は嫌いだ。 電話を切った後の無言が空間を支配して孤独が波のように押し寄せる。
友人に先日の飲み会で長く席を空けた挙句、そのまま酔いつぶれて帰ってしまった事を詫びる。 相手の電話番号を携帯にプッシュし、そのまま画面を見つめる。
俺らの世代は基本相手に電話をかけることをしない。 基本的にチャット型のSNSアプリで事が済む。 それ故、電話をかけるという事が少なくなり、そのせいで電話をかけるのが苦手になるという悪循環だ。
ベランダに出て、ポケットから煙草を取りだす。 電話をする前に一息つきたかったんだ。 葉を詰め、ジッポで片焼けしないように丁寧に火を付ける。 ゆっくりと煙を吸い込み、吐き出すと、宙に溶けて消えるはずの煙がだんだん輪郭を帯びてきて、人の形になっていく。 真っ白は肌と服。 最近気づいたが、こいつは封を切りたてのピースの様なほのかに甘いいい匂いがする。
「こんばんは、マスター」
「よう、ピース」
それがこいつ、自称煙草の擬人化。 ピースだ。 ふわふわと宙に浮いて俺をのぞき込んでくる。
「マスター? 今日はどうしたんですか? またいつもみたいに駄弁ります?」
ピースが俺の緊張を感じ取ったのか俺を心配そうにしてくる。
「なんでもないよ。 ちょっと今から電話するんだけど、電話苦手でさ……」
「へー、陰キャならではの悩みですね」
あまりにも辛辣な返しに涙が出てきそうだ。 いやきっとこれは煙草の煙が目に染みたに違いない。 そう思いたい。
「大きなお世話だ。 それ以上言うなならこのたばこ消してやろうか?」
そう言いながら手に持っている煙草を灰皿に近づける。 ピースが絵に描いたように慌てて俺の腕を掴む。
「わー! わー! 冗談ですって! ちょっと場を和ませようとしたウェットなジョークですよー!」
「濡れてどうする。 湿気は煙草の天敵だろ」
煙草の管理には湿気との戦いが付き物だ。 乾燥させすぎると辛くなるが、加湿しすぎるとカビてしまう。 案外煙草は管理がめんどくさいのだ。 しかし、丁寧な管理をしてやると、通常とは比べ物にならない顔を見せてくれる。
ともかく。煙草ごときに俺の心労を察されてたまるか。
「兎も角、今日は適当に駄弁ったらお開きだ」
俺がこの話は終わりだと手のひらを振るが、ピースは食いついてくる。
「でも、私としてはマスターの煙草として、マスターの社会不適応っぷりをどうにかしないと……」
「仮にも俺はお前のご主人様なんだろ? その言い草はひどくないか? あと煙草ごときに何ができるんだよ」
「確かに私は何もできませんけど、こうやって無為な時間を過ごす時のお供くらいにはなりますよ?」
そう言ってろくにない胸をそらす。 確かに、いつも緊張した時や、一仕事した後はいつも煙草を吸っていた。 とくに何かをしてくれたわけじゃないが、いつもとなりにいてくれた存在がいる。 そう思うと少しだけ勇気が湧いてくる。
「ピース」
「どうしました?」
「いつもありがとうな」
俺がそう言うと、一瞬きょとんとした後、満面の笑みになってふわりと俺に抱き着いてきた。
「はい! 私はあなたの煙草ですからね!」
煙草を灰皿に落とす。 ジュッと音を立てながら灰皿に消える。 その音を聞きながら番号をプッシュし、迷わず電話をかける。
「…………あ、もしもし? 俺、前は悪かったな。 で、それなんだけどさ、またさ、皆で集まってさ……」
電話は嫌いだ。 電話をかけるということは相手の事情を一切考えずに相手の時間を侵害するという事だ。
電話は嫌いだ。 電話を切った後の無言が空間を支配して孤独が波のように押し寄せる。
でも、友達にかける電話は。 ちょっと好きだ。