紫煙の抱擁   作:大葉景華

6 / 6
六本目

デスクでキーボードを叩く音のみが響いている。

時間も深夜に迫るというのに社員の半分は残っている。 残業時間を労基に怒られない程度に毎日残業している。

そんなことを考えながらキーボードを叩いているとと隣の席の奴がいかにも終わったと言わんばかりの伸びをしてパソコンを片付けていた。

 

「ああ~。 疲れた……。 お先」

 

「お疲れ様。 煙草行く?」

 

俺がそう聞くとそいつは数秒考えるそぶりを見せるも、すぐに頷いた。

それを見て俺も手早くかたずける。 どうせ明日も残業だ。 少しくらい仕事が増えても問題ない。 俺がパソコンを片付けるのを待って二人で喫煙所に向かう。

扉を開けて二人そろって事務所端にある喫煙所に入る。 先客はいないようでがらんとしていた。 仕事終わりは惰性で吸うよなーと二人で駄弁りながらお互い自分の煙草に火を付ける。 紫煙を吸って魂を吐き出しながらお互いの書かれている仕事への愚痴を一通り言い合っていたら一本目が終わった。

二本目に手を付けようとするとそいつが自分の煙草を渡してきた。 丁度後二本だから処理を手伝ってほしいとのことだ。 断る理由もないのでありがたく受け取り火を付ける。

普段吸っているピースより軽く、メンソール入りの煙草は普段とは違う味で新鮮味を感じる。 自分で煙草を買う時はどうしてもピースしか吸わないので新鮮な感じだ。

二本も吸えば上等だろう。 一通り愚痴も吐き終わり、お互いに帰路に着いた。

帰りがけに夕飯を買おうとコンビニによる。 ドアを開けた瞬間冷房の空気が全身を包み徒歩で軽く火照った体を冷ましてくれる。 適当にツマミを見繕い、レジに向かう。

その時、ふと目に入ったのはレジ裏の煙草コーナーだった。 ピースはいつもカートン買いしているのでまだストックはある。 あるのだが、ふと学生時代に吸っていた銘柄を見つけた。 これも何かの縁としてついでに購入。 再び帰路を急いだ。

家について買ってきたツマミを電子レンジに突っ込んで温めている間に一服しようとベランダに出る。 いつも一人の時にやっているルーティーンで火を付けると煙が人型に形を形成していく。 白のワンピースを着た自称煙草の擬人化のピースだ。 いつものように重力を無視して呑気に宙を舞っている。

 

「お久しぶりです! ご主人!」

 

「久しぶり。 あと毎回言うけどご主人はやめろ」

 

いつも通りの会話をしながら電子レンジの中のメシが温まるのを待っていたら、ふいにピースが鼻を引くつかせて俺の服の匂いを嗅ぎだした。 正直汗が気になりだす季節だからやめてほしいのだが。 そんな事考えながらぼんやりとされるがままになっていたら急にピースが俺の襟をつかんで引き寄せて来た。

お前物理的干渉出来るんかい! と思いながら彼女の腕を掴んだ。

 

「ご主人!」

 

「なんだよ。 襟掴むな伸びる」

 

俺がそう言いながらピースの腕を払うも、ピースは構わず俺に鼻を寄せて引くつかせている。

 

「ご主人!」

 

「だから何だよ。 俺まだシャワー浴びてないから匂い嗅がれるの恥ずかしいんだけど」

 

「匂いがします! 他の女の匂いです! 浮気ですか!」

 

他の女の匂い? うちの会社に女性は事務員さんしかいないし今日は特に用事も無かったから近づかなったし。

俺がそう言ってもピースは聞く耳もたずで俺に鼻をこすりつける勢いである。

 

「他の煙草吸いましたね! 私と言う女がいると言うのに! 私に飽きたからってポイですか!」

 

なんだと思ったら他の煙草の事か……。 他の煙草吸っているだけで浮気認定とはとんだ女だ。 深く煙草を吸って煙を肺まで落とす。 そうこうしているうちにもピースは俺の胸を叩いている。 お互い軽く触る事は出来るが強く干渉する事は出来ない。 だからいくら叩かれても痛くはない。 だが軽くうっとおしい。

 

 

「離れろバカタレ。 火消されたいか」

 

「あー! その脅しは禁止でしょーが!」

 

そう言えばそうだった。 いつぞやの雨の日に火が消えると存在が消えてしまうから火が消えないように吸ってほしいと言われていた。

素で忘れており、すまん、と手で謝る。 隣に座ったピースは機嫌を許してニッコニコで俺の喫煙を見ている。 煙草の存在意義は吸われる事で喋ったり触れ合ったりできるのはオマケ的な奇跡であり副産物であると。 だから俺は煙草を吸うだけで良い。 喋ったり触ったりするのは好きにしたらいいと言っていた。

特に今日は疲れた。 喋る気も失せた。 ピースの煙草を火を消さないように慎重に灰皿に置いて冷蔵庫から缶ビールを取りだす。 プルタブを開け、ピースに差し出すも無言で首を振られる。 俺も無言でうなずいて自分で口をつける。 詳しい生態は知らないがこいつは物を食べたりすることはできない存在らしい。 前に同じ様に飲み物を差し入れたら口から通り抜けて地面にドバドバと零れ落ちたことがある。 それからは礼儀として物を進めるがピースは受け取ってくれなくなった。

それでもいい。 所詮煙草、嗜好品だ。 好きにすればいいのだ。

 

 

 

 

 

後日。 またも深夜の事務所でキーボードを叩く音だけが響く。 前と同じシチュエーションだ。 ここ最近は仕事が多く、残業が増えてしまう。 ただ、今日は俺が先に終わったようだ。 パソコンを閉じ、帰りの準備を始める。 隣の奴が目ざとく見つけ、二本指を口元に持っていくしぐさを見せる。 喫煙の誘いを断るわけがない。 二人で喫煙所に入る。 一本吸おうと鞄に手を突っ込んだらいつもと違う感触が指先に触れた。

取り出してみると、前に買ったはいいけど結局吸っていないいつもと違う煙草だった。 その銘柄の箱をしばらく眺め、それを差し出した。

 

「これ、いるか?」

 

「いいのか? 封すら開けてすらいないじゃないか」

 

「いいんだ。 俺にはこれがある」

 

 

 

 

 

深夜。 家に帰り、ベランダに出る。 いつものルーティーンで煙草に火を付ける。

いつも通りの残業。 いつも通りの一人酒。 いつも通りのベランダ。 でも寂しくは無い。 だっていつも通りのあいつがベランダにいるんだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。