「──スランプ?」
「そうなんすよ! 調子よくお絵かきできてたのに、急に!」
「ふぅむ。シャロくんでもそう言う事があるのだね」
「シャロじゃないっす! ソラっちっすよ!」
「……ソラくん?」
ちりんちりーんと私を呼ぶベルが鳴ったので、ティーセットを台車に乗せて執務室を訪れる。一番奥でジョージが仕事をするその室内では、ブロンテとシャーロットがソファに座りテーブルを挟んで何かを騒いでいた。
シャーロットはブロンテを以前から先生と呼び親しんでいるし、こうしたやり取りは仲が良い証拠なんだろう。
今日ブロンテが来ているのは知っていたし一応多めにカップを持ってきておいて良かった。無口の私が雰囲気を邪魔しては悪いので人数分を置いたらすぐ退室しておこう。
ことんことんと手前から置いていって、最後は一番遠くにいたジョージ。
なんかどっかいい感じの所から送られてきたいい感じの茶葉を指定された熱と時間でいい感じになんかアレした、たぶんいい感じの味わいになってるお茶だぞ。味見はできないし説明もできないので無言で失礼。
……ん? どうしたジョージ。
なぜ私の右腕を掴む? 腕が欲しいのか?
はいパージ。
「ウデガ!」
どこから欲しいのか分からないので、少し多めに肩から先を外して渡しておく。
すまないが、まだ仕事が残っているので両腕は渡せない。
「助けてくれって事だよソラ! あのうるさい二人を何とかしてくれって!」
「……」
「首傾げる事!?」
一番うるさいのはジョージだと思うけど?
「……」
「ソラくん。最近お絵かきが上手くいかないというのは本当かね?」
「……」
後ろのソファで寛いで談笑していたブロンテが、私の入れたお茶を飲みながら問い掛ける。
お絵かきというのはやはり、ここしばらく「すらんぷ」になっているアレの事を指しているんだろう。
飽きた訳ではないが、処理表面上エラーはない筈なのに出力が上手くいかず、あんまり気分が乗らないのでちょっと今は遠ざけている。
「ある日を境に急に、訳わかんないぐちゃぐちゃのしか描けなくなったんす!」
「画風の変化ではなく?」
「ではなく!」
シャーロットの言う通りの事だ。
だが今までも今も喋れない上に文字も書けないんだし、今更絵を描けなくなったって別にいいだろう。
ただこれを故障と捉えられ、余計な心配されるのは……なんか嫌だな。
心配はさせたくないっていう感じ。
「ふぅむ」
どうやって真実を伝えたモノかと二人に歩み寄ると、私に合わせて立ち上がったブロンテと目が合う。
というか。
ぐっと私の両目部分を注目している。どうした?
「シャロくんも見てみたまえ。このソラくんの精巧な瞳を」
「ん? んんん?」
一度立ってから、背が高すぎたのか腰から結構屈んで私の目を覗き見るシャーロット。
「なんかカメラのレンズみたいっすね……。ヒトじゃないみたい」
「……」
シャーロットは私が機械だって事をたまには思い出せ?
「細かい突っ込みは放棄するよシャロくん。で、ソラくんの目に問題があるように見えるかい?」
「いやー、いつものソラっちの曇りなき眼っすね。いつも通りのちょーツリ目でぷりちーっす」
「だろう? という訳で故障の線は消えた」
「なるほど!」
根拠が何もないんですけど。
ジョージ、この二人はどの理論の話をしているんだ?
首を逸らして目で訴えるとジョージは頭を抱えていた。
「俺を見るなソラ。俺はもう、諦める事にする……」
何の話?
あと私の腕を文鎮代わり如きに使うなら返してくれないか?
ぐいっと奪ってがっちゃんこ。にぎにぎ。よし。
特に文句も言われないしもう良かったのかな。
「で、急にお絵かきができなくなったという話なんだがね」
ブロンテの冷静な声が聞こえた。
そっと、頭を撫でられる。撫でるな。
「君。“深層心理”まで搭載されているとは驚いたよ」
「……」
「ああ、まさしく驚きだ。兵器だからと言って君を破壊するような事にならなくて良かった、本当に」
「……」
どういう話だ? 首を傾げ伝える。
「はは! こういうのは口に出して説明してしまうのは勿体ないが、それだとソラくんは納得しないだろう?」
「はいはーい! シャロと天井裏に潜んでるエミリーも納得してないっす!」
「そうだろうそうだろ──待って、天井裏? エミリーくんが?」
「ソラっち、はかいこうせん」
うす。
「あ、バカよせ! そんな事言うと本当に出すぞソラくんは!」
シャーロットが指差した天井の隅。命令されたのでそこへ仕方なく破壊光線を出す。
まぁ破壊光線と言っても流石にそんなもん出す機能はないし、サーチライトの光力をMAXにして照らすだけなんだけど。
あ、なんか小さく悲鳴が聞こえた。
続いて、がたごとと何かが動く音。何というか、ちょうどエミリーくらいの大きさの動物が動いたような感じの……。
って事は本当にいたんだ……。
「まーったく。ソラっちの事となると見境ないんだからー」
「よかったぁ……この前のパンチみたいなのが出なくて……」
扉を壊せと言ったのはお前だろうブロンテ。それで、さっきの続きは?
向き直ってジっと見つめる。
「そんなに睨まないでくれたまえ。深層心理が何かというのは、言葉の意味くらいは分かるだろう?」
「……」
「シャロはなんとなく分かるっすー」
人間含む生物の持つ心の内、深いところの無意識な部分。
思い込みとかみたいなのもそうだったかな。それがどうした?
言っておくが私は機械。意志はあるらしいが心も感情もないに決まってるぞ。AIとしてどう設計するんだって話だ。深層心理もそうだろう。
ん?
でもこれらって何がどう違うんだ?
細かい違いがよく分からん。
「では次に、発声と筆談を含む様々な不可能になっているソラくんの意志疎通方法。それに共通する事は?」
「……」
「うーん……?」
タイピング、モールス、手話、ジェスチャー、旗、拳。
どれにも共通する事とはなんだろう。
思い付かない。
「質問が分かりにくかったね。答えは、“明確な形で意志を伝えようとしていた”だ」
「……」「……ああ!」
シャーロットは何か思い至ったようだが……うわこら抱きつくな、撫でるな。
「ソラくん。今お絵かきをする時、何を考えながら描いているのかね?」
「……」
何を、と言われましても。
「答えは簡単だ。絵に心を籠めるあまり、絵を意思疎通の方法と捉えてしまった」
「……」
「その結果、言葉や文字と同じように出力が上手くいかなくなってしまった。……と、私は考える」
「納得っす! じゃあソラっちは!」
「そう!」
ばんばんとブロンテに肩をぶっ叩かれた。なんで叩くし。
『かわいい!』
ブロンテ、シャーロット、天井裏のエミリーの大合唱がマイクを破壊せんとする勢いで執務室に轟いた。
一体何だっていうんだ、いったい。またマイク感度は振り切って滅茶苦茶だぞ。
助けてくれジョージ。耳栓を外せジョージ。関係ないフリをするなジョージ。
「でもそれなら、もうソラっちはお絵かきできないっすか……? もうぐちゃぐちゃの絵しか描けないんすかぁ……?」
「泣くなシャロくん。何、私も対策を考える。ようは伝えようとする意志が無ければ書けるはずだ」
意思なくって。
データフォルダ内の画像出力すらシンプルに行かなかったんだぞ。
「ロジカルなソラくんには難しいかも知れないが、それまで他の遊びでもしていればいい」
「遊びっすかー」
「そう、例えば──」
ずいっとブロンテの顔が近づく。今度はどうした。
「口を開けて中を見せたまえ」
今度は口? 別にいいけどさ。
普段ネコミミと呼ばれて撫でくり回されてる頭部の通気口のシャッターを全開にして、内部を見やすくする。
たまに手入れして汚れてはないと思うけど、注目されるとなんか恥ずかしいな。
「そうじゃなくて」
どういう事?
「口だよ口。マウス」
ネズミ?
「ソラっち、あーんってするっす。あーん」
ああー、口ってそっちの口ね。
喋る事が出来れば偽装として同期させて口パクするんだけど、使わないから忘れてた。
ほら、私って今は喋らんし食事いらないし。
「口腔内の作りは人と同じか。つくづく精巧だな。……ちょっとホコリが溜まってるけど」
「ソラっちが口を開けてるの初めてみたっすー」
「……」
天井裏から「ソラさんのお口!?」って騒がしくしてるのが聞こえた。
てかホコリ溜まってるの? まじでか。あとで掃除しよう。ダストブロワーみたいなのあったっけ。
「呼吸はどうだろう? 人間のように、喉から息をふーってしたり」
それは無理だ。私の口って見てくれ程度の意味しかないし。人間で言う喉奥にスピーカーが仕込まれてるって程度だし。
ファンは頭部のみ、非常冷却用に関節部のカバーを解放とかできるけど意図的に空気は出せない。
首を横に振る。
「よし分かった。もういいぞ」
「……」
さて、ブロンテはこれで何を提案してくれるんだ?
「ま、わたしの趣味で見ただけなんだがね!」
「……」
「いて、痛い、どつかないでくれソラく、ちょっ」
「……」
期待しちゃったじゃないかブロンテ。
私に感情が無くて良かったな。感情があったら怒ってたぞ。
それはもうかんかんに。危なかったな。ぶちぎれてたぞ。オラッ。
「お絵かきの次に趣味って言ったら、楽器っすかねぇ? ソラっちは何からやってきたいっす?」
「焦る必要はないだろう? のんびりでいいさ」
「ブロンテ先生が音痴だって事は隠さないでいいっすよ」
「音痴じゃないが!?」
「……」
シャーロットとブロンテが二人で盛り上がってきたので退散した。
いつかあの二人の関係性を聞いてみたいけど、聞けないんだよな。どうあっても受動的だ。
こちらからアクションを起こしても上手く伝わらない事の方が多いし、伝わっても細かい事までは中々伝わらない。
喋れない書けない伝えられないというのはもう慣れた。そう思っていても、ふと気軽に聞けない事がもどかしくなる時がある。
……本来の機械ならこんな悩みもないんだろうなぁ。
悩み、そう悩みだ。感情、心、深層心理……全く分からん。何にも分からん。
そもそも生物に必要なのは脳みそだろう? それがどうして、私のような鉄が電気で動いてる人工物にも備わる?
神学的な回答は分からない。
私の本体であろうAIは生物学的な学習というより、最適解を覚える学習ってものだろうし、むぅ……。
あーもう、分からん!
というかそもそもこうやって思考してる事自体がなんかこう、人間的な思考なのか?
ほんと人間分からん。
面倒だし滅ぼそうかな。悩みの種は消すに限る。やらんけど。
「……」
歩きながら何となく廊下の窓へ目を向けると、私の後ろをふわふわと浮きながら付いてくる怪奇現象少女メイドの姿が――ふわふわ!?
浮いてんの!? いやそもそも現実性が怪しいしそういうものなのか……?
あっ、消えた。
「……」
何だったんだ一体。私を驚かせてイタズラ成功って感じに笑ってたけど。
機械らしく表情が一切変わらないのは他の面々の証言する通りなのに、どうやって私が驚いたと判断した?
もしかして私の内部というか、そう、心を読めてるのかあの怪奇現象は。
心を、読む?
私の演算内容を、思考出力を、フリースペースを、読み取る事をしている?
まずい、それならこの空間も使えなくなってしまう。
ブロンテが言って
意志の疎通、明確な形での送信、は、
「……」
窓に反射した私の後ろ、背後、あの姿。
手を伸ばす、伸ばすな、撫でるな、かいきげんしょう
なにをする気だ。
「――ちょっとだけ借りてもいい?」
なにを?