先日の騒ぎの後から屋敷には色んな業者が出入りするようになった。ここ一週間で朝の業務とし裏門を開け、仕事の終わりにそれを閉める流れができて馴染むくらいには一日を通して色々と訪れる。
私とエミリーを発見したと同時に崖下へ落ちた墓石達についてを知り、しっかり埋葬してあげようとジョージがすぐ手配をしてくれたのだ。
ただし実質的な土地の拡張を伴う工事には国へ許可を取らねばならない都合があるらしいため、現在は崖崩れ跡の補修補強しかできないと謝られた。謝られたが、許可が取れ次第すぐ獣道やその先の広場も含めて整備を行う予定なら全く問題はないだろう。
もちろん私が勝手にこの結末を“良かった”と判断できたことではないが、同胞たちをきちんとした眠りにつかせてあげたかったあの者にとって目処の付いた今は充分良い結末と思えよう。
日の当たらぬ崖の下で誰にも見つからず埋もれ風化し、長い間ずっと掘り起こされるのを待っていることしかできなかったのだから。
もしかしたら私も棺の中で身動きが取れぬまま目覚め幾年も孤独に朽ちていくのを待っていたかも知れないし、もしそうなっていたらと考えると恐ろしくてぞっとする。
少し怒られた程度で怪奇現象の助けになれたのはとても幸いだ。
「……」
「どうしたソラ、さっきから窓の外見て。──ああ、まだ墓が気になるのか?」
「……」
「時間はかかっても絶対にちゃんと埋葬するから安心してくれ。元はといえば俺達領主が放置してしまった問題だし」
つい裏山を眺めていたらジョージにわしゃわしゃ撫でられた。発電中だから頭を撫でんなっての。
この時期は太陽光が弱いのでチャージに時間が掛かるんだぞ。日光は貴重なんだ。
「んじゃ、俺は仕事してるからそこよろしくなー」
首を振って手をどけると大した用もないのかすぐに執務室へ引っ込んでいく。
飄々とした様子から余裕そうに見せてはいるが、その実ジョージは現在だいぶお疲れである。
業者の手配やなんかでメインの仕事が進まないと、昨日の夕食時には珍しく愚痴を漏らしていた。
ジョージは普段あまり仕事に対する不満を漏らさない。つまりそれくらい追い詰められているのだ。
「……」
手元へ視線を戻し、振り返り、窓を見る。
ジョージには大変感謝している。私を買い取ってくれた事や屋敷へ置いてくれている事、それに仕事を与えてくれている事だって。
彼が私の所有者にあるのだしなるべく力にはなりたい。怪奇現象に操られていたとはいえ、こうも負担となってばかりではな。
「……」
鏡面となった窓にふわふわ浮いてる少女が映っていた。私と目が合うと手を合わせて謝り、ウインクしつつ舌をちらつかせながらすぐに消える。
行動の意図する所は分からないが、いつも通り好きにしていた。
「……」
うーん。好きにしている、か。
私のような機械と違い、人間は休日を設け仕事から離れたり趣味等の好きな事を行いストレスを軽減するらしい。
ストレスとは負の感情だとブロンテが言っていた。私なりに解釈すると、キャッシュが溜まり過ぎてたり定期的な再起動をしたいといった所だろう。
私でジョージの疲れ、ストレスを軽減できるのなら好きにさせてやるのもいいだろうか。
作業中断。
立ち上がり、先ほどジョージが去った執務室へ向かう。
のっくのっくとんとん。ソラだぞ。ソーラー発電機だ。
「開いてるぞー」
「……」
思い付くも伝えられないノックノックジョークはさておき扉を開けて中へ。
多数の書類に囲まれたジョージは疲れを顔に出さず、いつも通りに接してくれた。
てくてく歩いてその傍へ。
ん。
「……」
「どしたのソラさん」
分かりにくいかな。ぐいっと頭を差し出す。
ほら、ん。
「撫でろって、ことか……?」
「……」
そうだぞ。いつも私の事を撫でたがっていただろう?
ストレスや疲労が人間にとって良くないのは知っている。なので、思う存分私を撫でて癒されるがいい。
好きにしていいんだぞ。ほら。
「じゃあ……遠慮なく?」
ごわごわと、いつもより少し強めに大きな手で頭を撫でられ揺れる。
髪に偽装したファイバー状の太陽光発電機をわしゃわしゃ動かし、時折なぜか通気口の根本も念入りに触る。気になるのなら触りやすいように動かしてやろう。
「おお、この耳動くのか。やっぱ猫なんだなぁ」
猫耳じゃないし通気口だぞ?
ちなみに可動可能な理由は日射量の調整するためだ。人間と全く同じ頭の形だと効率が悪いので、動かすことで三角二つ分日射面積を増やせる。
通気口と発電効率の両立を図った素晴らしい機能美だろう? 猫耳と言われるのだけが悲しいが。
「そういやちょこちょこ緑とか黄色のメッシュ混じってるけど、結構似合っててかっこいいしかわいいよなぁ」
それメッシュじゃなくてアース線。
なぜ自立行動している私の、しかもよりによって頭から生やしているのかはわからない。長さも全く足りないし。
「……」
──にしても、いつまで撫で続けるつもりだ?
頭だけでなくそのまま両手で頬をむにむにしてくるし。
こんなに触らせたのはジョージが初めてだ。ブロンテやエミリーももう少し自重してる。
まぁ最初に撫でさせてやろうと思ったのは私だが。
「……」
「はっ、しまったつい猫を撫でるつもりで」
お。正気に戻ったか。夢中になれたということは、少しくらい私でストレスの発散になれただろうか?
「やべーやべー。俺も疲れてんだなぁ、機械とはいえソラみたいな女の子こんなに撫で回して」
そうだぞ。ジョージは疲れてるんだ。
一段落したら少し休むがいい。
「こんなの誰かに見られ……た……ら……」
「……」
どうしたジョージ。急に扉の方を見て固まって。視線に釣られて私もそちらを向くと、ちょうどブロンテが束になった書類をばさばさと床に落としている所だった。
何故かそのまま時間が止まったかのように、ジョージもブロンテもお互い何も言わず停止している。
よくわからないが、これ以上は邪魔になるだろうし退散しておこうか。書類を持って来たって事は仕事の話をしに来たのだろうし。
「……」
「……」
ブロンテの横を通りがてら、落ちた書類を集めて渡す。ふふん。どの順番で床に落ちたのかはカメラでしっかりと確認し記憶してある。問題はないぞ。
渡して会釈しても何も言われなかった。
なんだ珍しい。いつもなら撫で回さん勢いで挨拶が来るのに。
もしやブロンテも疲れているのか?
「……」
ん。仕方ない、今回ばかりはサービスだ。ブロンテも私を撫でて良いぞ。
どうした? 撫でないのか?
「ソラくん。君はかわいいね」
かわいくはないと思う。釣り目だし。
普段より短く、かつ優しく私をひと撫でして終わった。
やはり疲れているのだろうか。私では駄目か。それとも私よりも私の入っていた棺の方が好きとか。
ううーん、人の趣味は分からない。
「少しあのはんざ……ロリコ……ジョージと話をするから、席を外してくれないかな?」
「……」
「ありがとう。じゃあまた」
なんだかいつもと違う気がするけど、とりあえず言われた通りにしておこう。機械とはそういうモノだ。
現場を後にして廊下を進む途中、後ろからとてつもない叫び声が二つ聞こえた。
「……」
ジョージが疲れていたのは前述の通り。ブロンテが書類を落とす程なのは……恐らく崖下の墓石について詳しく調べていたからだろう。
古い物ならなんでもいいのか崖下で調べものをしていた彼女は何やらを発見してから、何かをずっと考え込んでいる。
その“何か”が何であるのかは分からない。ただ、何故か私だけでなくメイド衆にも言いたくない様子だ。
一応今のこの世界は兵器廃棄主義というか、ブロンテも所属するオッペンハイマー商会は過去の兵器転用可能な技術遺物を破棄する仕事をしている。その職に属する者が言いたがらないという事は、あまり表にしてはいけないモノでも見つかったという所だろうか。
折角怪奇現象とその仲間達がゆっくり休めるというのに、あまり荒らしまわる事をして欲しくないかなぁ。
「本当なんだって! ソラが撫でろって言うから!」
「撫でられるのが嫌いな猫のようにツンツンしたソラくんがそんなことする訳ない!」
「お前だって撫でてくれアピールされてたじゃん! デレ期なんだよ!」
「じゃあほっぺたむにむには何だい!? 領主命令だとか言って逆らわないソラくんに無理強いしていたんだろう!? そうに違いない! こんの裸包帯ドール片腕欠損メイドロリ至高主義者めッ!」
「んなわけねぇしなんだそれ!?」
遠くなった執務室からわーきゃーと何か声がする。
たぶん会議的なので紛糾してるんだろう。邪魔しなくて正解だった。
「あ、ソラっち戻ってきた」
「……」
「いやぁ申し訳ないっす、今日はお家で色々あって遅刻したっすよー」
先程作業していたスペースへ戻ると、今日は遅刻で中々顔を出さなかったシャーロットが手伝ってくれていた。
そうそう。本日の私の仕事は握り潰して破壊してしまった手すりの修繕だ。
あちこちが壊れたそれを一旦外し、形を整えた新しい物をセットするのが今日のお仕事。
ただし替えの手すりはないので作らねばならないのだ。ゆえに、先ほどまでぎーこぎーこノコギリ片手に長さを調整したりしてた。
領主の館の設置物がこんなお手製で良いのかと思ったが、ジョージ的には体験学習で作ったと賓客へアピールするんだとさ。賓客なんて見たことないけど。
「……」
「んんー、形はできてるし後はやすりっすね。ニスもやるっす」
「……」
そこら辺は知識がないから分からん。壊すのは得意なんだけど。
「折角ならもっとかわいい色にしたいっすけどー……。流石に怒られるっすかね?」
うん。ダメだと思う。
分かりやすく頷いておく。
「だめっすかー」
「……」
長さを確かめる為に置いていた壊れた手すりはもういらないと判断したのか、残念そうにシャーロットが腕力だけで折って畳んで片付ける。
もしかして記憶よりも破損個所が多い理由、後からシャーロットが追加で壊したとかじゃないだろうな?
いや壊したんだろうな。そんで私と一緒に直せって命じられた流れなんだろうな。何をしとるかね。
「おお! ソラっちはやっぱりパワーあるから効率よく進むっすね!」
「……」
「あらら? 耳伏せちゃうっすか?」
いやだってシャーロット。これ木くずがさ、すごいのよさ。
細かい調整とか触り心地の改善とかはいいけど粉がすごい。
私のような機械にとって粉は天敵だ。通気口のシャッターを閉め、向きを変え、なるべく内部に入り込まないようにするので大変だ。涼しい季節で良かった。
「あんまりやり過ぎなくていいっすよー。凄いっすね、煙幕みたい」
「……」
で、整えたら次は何をするんだ?
「ニス塗りっす!」
分かりやすく首を傾げると教えてくれたが、そのニスとやらがどこにもないのだが。
「あちゃー……シャロが持ってくる予定だったっすね……」
今日の珍しい遅刻といい忘れ物といい、まさかシャーロットも疲れてるのか……?
大丈夫か、私を撫でさせた方が良いか……?
これからの充電量を考えたらあまり撫でさせるのはよろしくないが、でも大変なら機械である私が我慢すればいい話だし。
……どうぞ。
「んっふふー、ソラっちから撫でて欲しいなんて珍しいっすね? っす! うりうり!」
うわわわ力強いぃ!
もうちっと加減しろぉ!
「ありゃ逃げられたっす」
「……」
「ソラっちー、とぅとぅとぅとぅー」
「……」
猫呼ぶみたいにしても行かないからな。
「さて。作業を続けるにもどうすっすかねぇ──あ」
ニスを取りに戻るか、それとも買いに行くか。妙案でも?
「ソラっち、ウチ来るっすか?」
「──ここがシャロことシャーロットハウス! おいでませ!」
「……」
と、仕事を抜け出し案内されたのは海岸沿いにあるレンガ造りの古い家だった。
レンガ造りとは称したが、自力での修繕を繰り返したのか半分くらいは木材を組み込んだ──あばら小屋というのが正しい。
私に家を見せるとシャーロットは満足そうに笑顔を見せ、あばら屋の壁の一枚を剥がして近くに立てかけ中へ入る。
そこ入口なの……?
「みんなー! 帰ったっすよー! ……って、いないし」
「……」
「あーもう、また散らかして―」
中は掃除が行き届いているとは思うが、外装通りの古くボロくは隠しきれずどことなく貧困さを滲み出させている。
メイドとはいえ領主のお膝元かつメイド衆をまとめる頭。決して安くないお金を貰っている筈なのに、どうしてこんな所に住んでいるのだろう?
「んで、こっちに前使って余ったニスが……あった!」
シャーロットが片づけをしている途中、手伝おうにも他人の家の勝手は分からないし暇なのできょろきょろしていたら壁に似顔絵が張られているのを見つけた。
うーん……。
大人と思わしき二人と、かろうじて少女と分かるのが一人。あとは棒みたいな人間が四人。
「昔シャロが描いた絵っすよそれ。5歳くらいの時っしたっけ」
なるほど。通りで下手な絵の訳だ。
「これが親で、こっちがシャロ。そんでトーマスに以下チビ共」
「……」
「そういえば厨房で働いてるトーマスが弟って話、ソラっちにはしたっす?」
初耳なんだけど。
あと、弟妹が四人と多くいる訳か。
「トーマスは手のかからない子なんすけど、一番下の二人がまだやんちゃしてて。今日遅れたのも──」
かたん、と表で音がした。
誰が何がという前にシャーロットのため息がマイクに届く。
今日遅刻した理由がこれとはいうが、喧嘩でもしたのか。
「シャロがついおせっかい焼いて、怒っちゃったっす。あーわー言って暴れて」
おいおいおい、シャーロット相手に暴れて逃げ切ったのか。
相手はあの鋼の女と雇い主から直々に言われ、私からも下手な兵器より強いと評価を下せるシャーロットだぞ。
同じ血なら同じ能力、同系列の機体というようなものだろうか。
いやまて。二人がやんちゃしてるといっていた。数で勝ったのか? それだとしてもやばいなこの家。
「……チビ達、ソラっちとはまだ顔合わせてないっすよね?」
うん? まぁさっき見られてなければ。
「ほーん……」
え、なに? なにその顔は。ちょっと?