ぴえーという高周波がマイク以外の様々なものも振動させた後、大きなネズミ耳と小さな足をを必死に動かしアンは逃げてしまった。両手を前に出してわたわたと駆け扉へ突進していく。
ま、まぁ無言で急に肩を掴まれたら確かに怖いか。
その気になれば何でも握り潰せる機械がこう、ガッと襲い掛かって来たら誰でも逃げる。
「ぴっ」
「……」
急ぐあまり扉に激突した。
おいおい大丈夫か。だいぶ鈍い音がしたぞ。
「うー」
頭を抑えてうずくまるくらいだし心配で声を掛けたいが、悲しい事に喋れない。
かといって今不用意に近づけばよりパニックになるな……。
……よし、腕外しておくか。
「……」
ベッドへ腰かけたまま両腕を肩からパージ。一気に身体が軽くなる感覚がして背筋が伸びる。
「んゅ? ぴゃあああっ!?」
ごとんと音がしたのに気が付き振り向いたアンが、更に悲鳴を上げた。
「そそそそそそソラさまっ! おおおおおおおうでが、わわぁっ!?」
「……」
落ち着け、落ち着くのだアンよ。トリブレ以上にどもりが凄いぞ。
「おててっ!」
私へ対する恐れよりも心配が勝ったらしい。
座ったままの私の足元へ座り込み、文鎮と化した腕を頑張って拾いあげようとしてくれている。
流石に獣人とはいえ小さな身に見合った力しかなく、持ち上げる事は出来ず今度は私の肩を直接見に来た。
メイド服のエプロンから医療キットを取り出すと何かしようとし……首を傾げる。
もしかして、先ほどの会話と合わせてアンは私の事を“魔法の使える獣人”と捉えているのだろうか。
じろじろと接続部を覗き込み、包帯や──待て消毒しようとするな。生物用の液体を噴霧するな。
身をよじって嫌がると「だめです!」と叫び譲らないが、見た目通りどうにもかなり非力らしく逃げるのは簡単だ。
「ソラさん、いらっしゃるかしら?」
む。エミリー丁度いい所に。アンを引き剥がしてくれまいか。
「ぁあ、幸せの花園……」
こりゃ駄目だわ。エミリーはそういう人だった。
ネコ耳(通気口)とネズ耳(本物)を前にして、妙な癖を持つエミリーが倒れないわけが無かった。
扉の前でしゃがみ込んでしまったので私から近付く。私を引き留めようとアンは腰へしがみつくが、どうにもかなり軽量らしく引き摺って歩くのは簡単だ。
「……」
「ソラさまおまちくださいませっ! おけがのてあてがっ!」
「お怪我をなされましたの!?」
めちゃくちゃだぁ。
翻訳成功率八割を誇る神通訳のブロンテはなんてタイミングで帰ってしまったのだ。
もうこの屋敷に残ってる面々は最大でも二割しか通じないんだぞ。
最近のシャーロットに至ってはもはや不可能だ。そもそも最近は私を完全に人間と見ている節あるし。
「──って、両腕が外れてしまいましたのね」
お?
「ふふ、落ち着いてアン。ソラさんは機械ですからこうやってくっ付ければ大丈夫ですわ」
「……」
「ほら! 以前にもこうして取れてしまった事がありましたの」
「なんと、ほんとうにおきかいでございましたかっ! さすがでございますっ!」
おお、何という事だ。エミリーは私をちゃんと機械として見てくれていた。
この前ふたりきりになった時は混乱していただけか、あるいは怖がりを誤魔化した虚勢だったのか。
単に興奮して暴走してたのかって説もあるけど。
なんにせよ、アンが私の事を機械として──。
「ソラさまはほんとうに、おきかいでございましたのですね!」
「そうですわ。……最近のシャーロットさんは“やっぱりそう視えるっすよねぇ”とかおっしゃって、全くそう思っていないようですけれど」
「はい! アンめとかくにんしあいそうおっしゃられておりました!」
「……」
何か、今の問答にもの凄い疑問が浮かぶのだが。
エミリーは間違いなく私を機械と理解している。最初にした説明を受け入れてのことだろう。そこはいい。
だが疑問はシャーロットが私を機械扱いしない理由が、
「……」
「あら、どうされましたの?」
「どこかいたみますでしょうかっ!?」
シャーロットは私に何かを視て、アンと確認し、私を機械として見るのをやめた。
その“何か”は一体なんなんだ?
「……」
「ぴえっ、あ、あの、アンめになにかごようでしょうか……?」
エミリーやジョージ、あるいはブロンテとはではなく確認に選んだのがわざわざアンなら、恐らくは獣人の目を必要とすること。
とすれば、やはり思い浮かぶのは
──シャーロットのことだから、散々かき乱して大したことなかったってオチもありえるけど。
「……」
「ソラさん、どうかされましたの?」
「……」
いいや、聞けないし仕方ない。首を振って話題を終わらせる。
ブロンテが戻ってくれば色々教えてくれたり疑問を翻訳してくれるだろう。
所でエミリー。私に何か用があったのではないか?
機械たるこの私へ何とでも言うがいい。
「ではわたしくしからの御用を」
ちゃ、と懐からカメラを取り出した。
いつしかのように写真を撮りたいといった所だろうか。
「ふふ、ふふふふふ……。お二人が揃うタイミング、今ここにしか……!」
「!」
その瞬間、隣にいたアンがもの凄い勢いで射出された。
射出、というか飛び上がって天井へ吸い込まれた。
というか本当に消えていった。
「あら」
エミリーもびっくりの速度である。私の目にはフレームレートの問題で残像しか映らなかったぞ。
どうやって天井をすり抜けて天井裏まで行ったのかは分からないが、がたごと音がするのでそこにいる事に違いはない。
以前にエミリーも天井裏に潜んでいた事があったし、どういう建築をしているんだここは。
「おしゃしんはいけませんっ! たましいをぬかれてしまいますっ!」
「あら。それは迷信ですことよ?」
「ソラさまもこちらへひなんをっ!」
「……」
天井裏は気になるけど──待て、なぜ私も誘う。
わ、私に“魂”が無ければ、視えてなければそういう発言はしないはずだぞ!
私は機械だ。感情の無い無慈悲な鉄の塊で、戦争に生きていた兵器なのだ。
ブロンテからはっきり告げられるまで信じないからな。
「今日こそはツーショットを狙えるかと思いましたのに……」
「もうしわけございませんっ! ごかんべんをっ!」
「ではソラさん」
うす。
「ソラさまぁーっ!」
それからしばらくの間、アンは叫び続けていた。
──人間らしい生活をしろ。
翌日。食事中のジョージから唐突にそう告げられ、思わず紅茶を注ぐ手を止めてしまった。
そして思う。正気かと。
「うーん……。顔変わらんから分からんけど、何となく言いたい事はわかるぞー」
「……」
「“ボクは機械だから人間じゃありません”ってところだな?」
「……」
違う。私の一人称は“私”だ。
いやそこが重要でもないんだけど。
「あ。違ったか」
「……」
そうだ。私は自身の事をボクだなんて呼んだ覚えがない。
「まぁまぁ、とりあえず俺の言った通りな」
「……」
「不満か?」
と言われても機械の身体に人間らしい生活って、これ以上は無理じゃないか?
唯一それっぽい感じである深夜帯の睡眠(スリープモード)以外の何をしろっていうんだ。
「でもなぁ。昨日ブロンテから去り際にそう言われちゃったからなぁ」
「……」
「お前はそういった話されなかった? ほら、渡した手紙とかにさ」
首を振って否定。死亡フラグの文章は渡されたけど。
「そっか」
「……」
いや続かないんかい。
こう、あるじゃん? こういう理由で―とか、実はーとか。
無いの? なんか。
「飯食ったら仕事だ! うっし」
「……」
「んあ? どした?」
何でもないように立ち去ろうとするので袖をつまんで止まらせる。
もっと私へ情報を渡せ、よ! 当事者なんだから! さ!
「う、上目使いは卑怯だろ……!」
何の話だなんの。
「……」
ほら、きりきり吐け。私に関してブロンテから何を聞いているんだ。
両手でジョージの袖をつまみ、揺さぶる。
ほらほらほら。言うんだよ。
「あざといやつめ、撫でまわしてやる」
「……」
撫でるんじゃないっ。
「いてっ」
「……」
あ、しまった……。
つい払いのけてしまったが、私の力で叩いたら軽い怪我では済まない可能性も……。
「くっくっく」
何を笑っているんだ。
まさか、嘘を付いたんじゃないだろうな。私の反応見たさに。
「いやぁやっぱお前はかわいいなぁ。猫っぽいなぁ」
「……」
「うりうり撫でてやる」
撫でるんじゃねぇ……!
「──と、やり過ぎても本気で怒られそうだしそろそろやめておくわ」
賢い選択だな。まったくジョージめ。
「んじゃあ仕事すっからなんかあったらまたなー」
表情を変えられないし喋れもしない私をからかってどう満足したのか、結局何も情報は増えないまま去ってしまう。
それにしても人間らしい生活をしろとはどうしろと言うんだ?
「ソラさーん」
首を傾げながら足を止めてしまっていると、入れ替わるようにエミリーがやってくる。
昨日は小一時間の撮影会だったが今日はなんだろう? また撮影か?
「こちらへ来ていただけませんこと?」
「……」
「ささっ、どうぞどうぞ」
「……」
なんか怪しい。
「……」
でも、着いていく他ない。急ぎの仕事はないし。
だが最近しっかり定型業務の流れができておらず少し落ち着かないので、なるべく手短にお願いしたい。
どこまでいくんだろう?
こっちは以前に掃除を行ったことのある、最初に怪奇現象と邂逅した部屋ではないか?
『ようこそーっ!』
扉を開けた途端、花吹雪のあいさつが飛んできた。
一瞬で視界が埋まってしまったので身構えるが、歓迎しているっぽいし警戒は不要……か?
カメラを調整しつつよく見る。左右にシャーロットとアン、正面にはメイド服が浮いている。
浮いている、ように思えるがトルソー的な物へ着せているっぽい?
なんだか状況がよく分からん。
「ソラっちがこの屋敷へ来て一周年記念ーっ!」
「おめでとうでございますっ!」
「……」
「といっても、ソラさんにとっては棺の中にいたのが半分くらいですわね」
う、ん?
もしかしてアンの言っていた誕生日が云々って話か?
「というわけで、ご用意しましたプレゼント!」
「プレゼントにございますっ!」
「機械の部分はトリっち提供の技術にござーい!」
「ござーいっ!」
エミリーが後方で腕組みをしている中、やかましく二人が騒ぎ立てる。
それにしてもシャーロットのラフな口調はアンに悪影響を及ぼすのではないか? 少し不安だ。
「シャロが設計、アンが縫い、トリっちが技術! 資金と素材の調達はエミリー!」
「……」
「さ、特製メイド服を着てみるっすよ!」
なるほど。つまりは機械の身体に通常の布は排熱に難があると察して用意してくれたのか。
ありがたい。深く頭を下げる。
機械の少ない今の時代でよくぞこう考えてくれた。
沢山ついているファスナーが中々良いポイント。
開けて通気を良くできるし、金属製なのでヒートシンクとしても機能する。
みんなで着るメイドの制服という統一感は失われ──。
「気に入ったっすか? っすか!?」
「……」
高身長、ネズミの獣人、一般人に機械……。
あれ、元から統一感ないなこの職場?