『冬明けの春、わたしがそちらへ向かう時に商会の人間も同行する事になった。裏山の拡張に伴う現地視察だそうだ』
「そうなの? 確かに確認で首都から誰か来るとは思ってたけど」
『心配な事がひとつあってね。裏庭はどうなってる?』
ソラにいっぱい食わされた日から幾日か。
電話が鳴ったんで対応したんだが、ブロンテからの連絡は何やら意味深なものだった。
こういう通信機器には規制や監視があるんで下手な事を喋れないって事情を考えれば、この裏庭って質問は大方ソラを指すもんだろう。
合法で設置している電話と違って完全違法なソラを公にはできんからな。
「裏庭はお前が最後に見た通りの状態だよ」
なもんで、無難に返すしかあるまい。
付き合いが長いブロンテなら俺が察して返してることにも気がついていよう。
たぶん。
『そうか。まぁそうだろうな。どうしようもないもんな』
「で、商会の人間が来るから上手いこと見せらんない状態の裏庭を誤魔化せってことか?」
『それは無理だろう』
そっかー。
じゃあ今回の連絡は覚悟決めとけ系かぁ。
『だから、裏庭についてはアンくんに相談したい所だ』
アンにって。
あいつに何ができるってんだ?
『ごちゃついた裏庭事情を解決するなら彼女に答えを聞くしかあるまい』
「……すまん。なんて聞けばいい?」
『前に話したことをはっきりさせてくれればいいさ』
前に……?
……ああ、ソラに魂があるかどうかって所か。
「じゃあ早速アンを捕まえて聞くだけ聞いてみるよ」
聞くだけでいいのか? 返事は?
『手紙でいい。電話代も高いし』
「だよね」
じゃあ分かったら返事を出すよ。
『うむ。……っとそろそろ時間だ。また春に会おう』
かちゃんと電話が切れる。
うーん、しかし魂の有無か。
どうして急にそんなことを聞き出そうというのか、とは思ったがやっぱり中心にはソラの件があるんだろう。
あの様子だとソラ復活がバレたか、怪しまれたか、それとも。
向こうが考えてるなら俺は俺にできることをしておこう。
「シャーロットー、いるかー?」
屋敷を歩きながらアンを探す──前にシャーロットを探す。
ネズミ捕りが得意って自称の通り、確実にアンから聞くならあいつを経由した方がいい。
どういう訳かネズミの獣人も捕縛範囲内らしいからな。
「ジョージの旦那。どしたっすか?」
「ちょっと入り用でな。アンを捕まえてきてくれないか?」
「わかったっすー!」
窓掃除をしていたシャーロットがそのまま窓から外へ飛び出していった。
ここ2階なんだけど。あいつなんなの?
ま、これでオーケーだから執務室で待っていよう。
ここでブロンテが屋敷を発つ前に残していった情報をまとめると、これから聞かんとしている事は機械であるソラに魂があるかどうかについてだ。
ソラが見せてくれた映像によると、ソラは復活させようとしていた“空”という個人とは別の存在として目覚めたとある。
機械兵器という歴をもうブロンテは考えていないらしく、個人としての自我が、個人としての魂が存在していることを証明し大手を振って歩けるようにしたいらしい。
今の時代における獣人達の立場を考えれば、仮に認められたところで理想には届くまい。
けれど万が一の場合、ソラが破壊処分されてしまう恐れに怯える現在からの前進にはなる。
「捕まえてきたっすよー」
「ええええっと、ジョージさま! なにかアンめにごようでしょうか!」
お、やってきたな。
「シンプルに聞くぞアン」
「は、はい!」
「ソラに、今動いてるあいつ自身の魂はあるのか?」
「はい!」
……。
「え、それだけ?」
そんな、元気に「はい!」で終わり?
「あの……なにかまちがえましたでしょうか……」
シャーロットの小脇に抱えられたままのアンが震えながら涙目になっていく。
ちょ、ちょっと待ってくれ。
「女の子泣かせて楽しいっすかー?」
「そうじゃねーし!」
「ぴっ!」
「むーっ!」
てか一旦降ろしてやれって。な?
このままだと俺が変質者になる。なってしまう。
えっとな?
諸々の事情でソラにこう、市民権というか人権というか、人間である証明の為に魂の有無っていうか……。
なんかあれだな。獣人にしか確認できない魂を云々って言い続けるの宗教みが凄いな。
でも実際のところ、こういう場合ってオッペンハイマー商会お抱えの獣人が魔法を使って判決下すってあるらしいから無駄ではない事なんだよ。
「それならシャロもちょこっと分かるっすよ? ソラっちには魂っぽいのあるっす」
「え、お前も見えるの?」
なにそれ初耳なんだけど。
「気合入れて、ふわーっとだけっすけどねー」
「……それ、魔法じゃね?」
「まぢすか」
もしかしたらシャーロットの血筋辿ったらどこかしかに獣人混じってそうなもんだけどな。普段からが普段からだし。
けど今はそれとかどうでもいいんだよ。
「じゃあアン。アンにはソラが他の人達と同じように見えてるってことでおーけー?」
「はい! きかいのおからだなだけです!」
「おお、そいつはいい知らせだ。ブロンテが喜ぶぞ」
「それはなによりでございます!」
なんだかよく分かってなさそうな笑顔でぺこりとお辞儀をした。
さくっと聞きたい事は済んじゃったな。
一応本人にも伝えておこうか。
「あの、シャーロットさま。もうおろしていただいても……?」
「んーらぶちー」
「ぴぇええ!」
めっちゃ匂い嗅ぐやん。
「じゃっ、さっそくその事をソラにも伝えてやるか」
と、その時。
本当に丁度良くソラがやってきた……んだが……。
「ロングっすか! 似合ってるっす!」
「おきれいでございます!」
まてまて。
まてまてまて、お前ら。
今ちょっと前にソラは機械の身体だって話したろ!?
「なんで髪伸びてんのぉ!?」
伸びないの! 普通は! 機械は!
「うるさいっすよ旦那」
「ぴぅ」
シャーロットが小柄ーずを両手で囲んで怪訝そうな顔でこっちをみてるけど、おかしいだろって。
「……」
されるがままのソラもなんか説明してくれよ。
昨日まで普通にいつものショートカットだったじゃん。なんで急に伸ばしてんの、髪の毛。
正確には髪じゃないらしいけどさ、でもじゃん!
「ふゆげでございましょうか!」
「……」
「ちがいましたか!」
なぁ、そろそろ説明いいか……?
「……」
こくりと頷いたソラはこめかみにくっ付けている四角い機械をカチッと押すと、しゅるしゅると髪の毛が戻っていきいつもの髪形へと戻っていった。
何だか子供の頃に遊んだおもちゃでこういうのあった気がする。
「なんすかそれ! ソラっちそんなことできたんすか!」
「……」
無表情のまま首を傾げ、次に頷く。
よく分からんができたってところか?
「……」
シャーロットから離れたソラは再びボタンを押して髪の毛を伸ばすと、窓際で日の光を浴びながら珍妙なポーズを決めた。
ここで一つドヤ顔かなんかでもしてくれたらもうちょっと踏み込んだ心情が分かりそうなもんだけど、なんだろうこれ。はしゃいでるだけ?
分かりにくいだけで結構見た目の年相応に感情表現してくるんだよなコイツ。
「アンも決めるっすよ! かっこいいポーズ!」
「はいっ!」
ててーん。
なんだこいつら。
「写真とか撮れないっすか! 写真!」
「都合よく手持ちにないよ──あ、鏡持ってない?」
「あるっすよ? ほい」
うわ、鏡を投げるな。
「ソラ。これに映ったのを上手い事できるか?」
手鏡を渡して向けてみれば、ソラは頷いて……しばらくしてもう一度頷いた。
たぶんうまいこと撮れたってことかな。
「でもソラっちってどっからフィルム取り出すっすかね?」
「……」
「なんと! べんりでございます!」
シャーロットがソラのこめかみのあれを適当に弄って、何かボタンを見つけて押したらしくおでこに乗っかっているバイザーががしゃがしゃ降りたり戻ったり髪の毛が引っ込んだり、はたまた謎の音楽が流れだしたり。
めちゃくちゃしてるところ悪いけどソラにフィルムは入ってないぞー。
『~♪』
「てか何その音楽」
「旦那の鼻歌っすけど」
「俺の!?」
いつ録ったてか、こんなひどいの!?
「ひどいのは旦那っすよ。シャロ達に毎日こんなの聞かせて」
「おもしろいおうたでございます!」
「……」
「もういいよ……」
てかソラのその機能って外部から起動しちゃうのかよぅ。
「……」
無言の首振り──って、じゃあわざとかよぅ!
「……」
かちっとボタンを押してから、自分の頭を指差してから再び髪を伸ばす。
そこ押したら伸びるのはわかったよぉ。
ぬりぬり。ぬりぬり。
自分でも驚く事に、この身体にはまだ私ですら把握できていない機能があったらしい。
髪を伸ばすなんて意味あるかとは思ったが、この日の弱い時期には中々効果的だ。
なんせ単純に日照面積が増すため充電効率はぐんと増す。
夏は過充電の危険があるため、冬のこの時期だけは伸ばしておこう。
ぬりぬり。
ぬり……。
「お、ソラっち久しぶりのお絵描きっすか! 相変わらずすごい描き順っすね!」
「……」
むお。シャーロット。
お絵かきではなく、今は先日撮影した写真の出力を行っているぞ。
この時代はフィルムカメラが主流なようなので印刷機なんてものはなく、こうして手作業でしている所だ。
結局どの画材がいいのかなんて分からないし手探りのままだが、大方でいいだろ。
「ソラっちって絵が上手っすよねぇ。シャロはどうしてもだめだめっす」
……うん、シャーロットは、その……画伯ってやつ、だもんな……。
「でもどうして横線なんすか?」
印刷式のやり方しかできないからだよ。
他の人達のようなやりかたは、できはしないんだろうけどド下手になると思う。
機械の私にも意地とかそういうのがあるのだ。ぬりぬり。
「さて。どんな髪形にしようっすかね」
「……」
それ正確には髪じゃなくて発電機なんであまり痛めないで欲しいのだ。
多少はコーティング剤の残りでダメージは防げるとはいえ、修理できないし。
「ぬにゅりにゅり~」
「……」
「わっ、動いちゃダメっすよ!」
なに塗ってんだてめぇ!
「シャロお手製のソラっちヘアー専用ヘアワックス、まだ数が無いんすから勿体ないっす!」
「……」
「いやいやじゃないっすよー」
嫌だよそんな得体の知れないモノ!
いいか! メカニックのいない現代において私はパーツが欠落しようが故障しようがそのままにせざる得ないんだぞ!
そんな訳の分からんワックス一つ塗られるのもなぁ……!
「……」
「そうそう。ここはシャロにお任せっす!」
──なんだろう、悪い気がしない。
それよりかなんというか、されるがままでもいいかなって感じが。
いやいやいや、何を懐柔されているんだ私は。私の今後の生命活動に直結するんだぞこれは。
機械だから生命活動っていうのも変だけど!
「ソラっちの髪質を配慮して、痛まないよう痛んだ部分を修復できるよう考えて配合したっす。匂いはいつしかブロンテ先生から貰った入浴剤のあまりっす」
「……」
「ああ大丈夫っすよ! 成分考えたら丁度良く合ってたから流用しただけっす!」
ならいいんだけど。
しかし、そうか。私の髪質か。
コーティング剤じゃないと駄目かとは思っていたが、ううむ。確かに何もしないままだと壊れる一方だから試すのも悪くないのかも……な?
一応私の為に考えてくれているみたいだし。
「気合を込めて配合したからほら、まるで輝くような仕上がり!」
「……」
本当に輝いてない!?
「んー。静電気っすかね?」
静電気ですら光るものを私に塗ったら輝くに決まってるでしょ。
本当に大丈夫なんだろうなこれ。
「ま。今回のはひとまず実用性というか効果を先に考えて作ったものっすしー」
それで偶然光ったと?
全く……ほら。
「おお! 完成っすか。完成っすね!」
「……」
「うむうむ。シャロにアンにソラっち、みんなちゃんと輝いてるっす! まるで光を閉じ込めたような仕上がり……」
それは多分私が光ってるからだと思う。
本当になにしたらこうなるんだよ。
「額に入れて飾るっすよ! エミーリィイイイイイイイイ!!」
完成した手描きの写真を渡したら速攻で走り去っていった。
うるさっ。
「……」
む。
「……」
小瓶に入ったヘアワックスが置きっぱなしになってる。
どれ、事後とはなるが成分解析をしてみようか。
バイザーを下げてじーっと中身を観察。
本場のマシンに比べたら精度は甘いがそこそこ分かるぞ。
「……」
え。うそ。
殆どこれコーティング剤の類じゃん……。
人間が使うものと大体一緒なんだ……。
ええー。