「心配ない」
「……」
「俺はみんなを信じてるからな」
ふっと薄く笑って私を撫でたジョージが姿勢を正すと、すぐさま馬は私から逃げるように駆け出した。
あの馬にはとても悪い事をした。が、とりあえず今は馬についてはさておこう。最優先はそれではない。
目下は我らの敵対者からジョージを守り、殺さない程度に反撃することだ。
「……」
私は脇の林に潜伏して機会を待てとの命令だが、果たして上手く行くかどうか。
降ろしたバイザーでジョージの姿をマークして地理情報へ加算する。これで見失う事はない。
あとは私が見つからないよう獣道ですらない自然を駆ければよい。
しかし、あそこまで信用していると重ねられると困ってしまうな。
訳アリではあるものの、私はあくまで二八式軽自立機械人形という機械。
信用してるだ頑張れだとかの応援を受けた所で、根性や気合なりによる瞬間的な爆発力を生み出す事は出来ない。受け入れがたいことだが魂を持ち生物のように思考している以上、表現するならばそれらに値するであろう瞬間は確かに存在するだろうとしてもだ。
もはや感情のない機械とは口先だけの見栄に近いモノとなってしまったが、どうであろうと、どうあっても、私は機械そのものの範疇から脱する事は決してできない。
「……」
いくら残存電力をつぎ込もうが物理的に不可能という壁があるし、様々なシステムによる私の意志すら超越する無意識の制御が存在する。
私の身体が鉄の部品で構成された機械の集合体である現実に変わりはなく、規格に沿ったスペックを安定して出せるという長所こそ持つが、同時にその範疇を超える事はできないという欠点でもある。
持続して怪力を出すのは得意だが、瞬間的な力はシャーロットにも劣るだろう。
私を機械としつつ人間扱いしてきたジョージが、果たして私のスペックをどこまで理解しているのか。
低く見積もって計算に入れたなら万々歳。期待を超える活躍を約束しよう。
だがもし、ジョージが私の評価を誤っていたとしたら。
兵器なんだし隠し武装の一つ二つあるだろうや、日常生活のため性能を抑えていると推察していたなら。
「……」
──いや、今さら何を言ったところでしょうがないか。
私の大好きな現実は変わらないという言葉。時間は待ってくれないし、ちょっと待ってくれと言えたところでジョージも敵も、馬も誰もかれも止まってくれる訳じゃない。
茂みに潜む私の遥か前方、そこで彼らはもう出会ってしまっている。
開き直ろう。難しく考える必要はないのだ。
やるべきを成そう。
「ようお前らっと、どうどう」
「あっ」
「ジョージ様!」
眼前の路には片輪の外れた荷台があり、それを直そうとしているらしい男女がいる。
こいつらが下手人か。その姿、間違いなく覚えたぞ。
「ジョージ様ともあろう方が、なぜここに」
「通行厳禁中の旧街道へ人が入ったって聞いてな。ちょうど暇して乗馬ってたし止めに来たんだよ」
「あはは、すみません……。こっそり買い付けでもすれば儲けられるかなって」
「んな訳あるかーい」
なるべる軽っぽく、いつも通り。先ほど滲ませていた怒りはこれっぽちも覗かせていない。
こういうのを腹芸というのだっけか。流石は領主と言うべきか、うまいものだ。
「ただ、諦めて引き返そうにも車輪が外れてしまって」
「ほら言わんこっちゃない」
「面目ないです」
それに反し敵対者。
散らばる部品のひとつひとつに破損や欠品が一切存在しないとは白々しい。留まる理由を作っての待ち伏せとしか思えない。
どこかの時点で我々が追っているのを確認したか、それとも小屋の時点で怪しまれたか。
「……」
待ち伏せとあらば、ここで待つことになんの利点がある?
「しっかし危なっかしいな。こんな崖っぷちで」
「ははは」
崖だと!
確かに向かい側の景色は開けすぎているし、なぜか地形の取得ができないと思ったが! そうか崖ならそこに何も無いのは納得だ。無いものを地図に記入するなぞできない。
下はなんだ、海か地面か。いずれにせよこのままではまずいことくらい分かる!
「……」
「まぁ
付近の小石を手にした矢先、ジョージはそう呟くとわざとらしく手を振り転がっている車輪を持つ。
これは、言葉の通りか。まだ待てと言うのか?
「にしても。
「へへ。儲け話には目がないもんでして」
「私達も良いモノ食べたいんですよぉ」
しゃがみ込んで軸へ車輪をはめ込むジョージの顔はもはやにこやかではない。
喋れば喋るほど熱くなる癖なのだろう。先ほど私と会話した時と同じだ。
「儲け、ねぇ……。お前達ここ数年は羽振りが良かったろう?」
作業している風の手すら止まり、ジョージの目が唖然とした表情の男女二人組を捕らえた。
「生活に困っているようには見えなかったが」
その言葉が場を支配する。もう茶番なんて終わりにするぞというのは十分伝わったらしい。
次に動いたのは男の方だった。
「……そうですねぇ。先代様が亡くなってからはやり易かったですよ」
「俺は大変だったけどな」
ジョージは立ち上がり、男と睨み合う形となる。
背後の女からあえて視線を外しているのは、先手を譲っているのか。
一応情報戦として相手側の武器を検知できるよう機能をつけているが、心配ゆえ先に仕掛けたい。
まだか。まだ合図はないのか。それとも、本当に一撃を待っているのか!?
「確か先代様が亡くなられたのも、この旧道にある崖だったとか」
「不幸な事故だった。だから通行禁止に──」
どご、と鈍い音がしてジョージの膝が折れる。
何が起こった? 私の目からは男が何かしたかも、女が……何か持っている?
火器の反応はない。いや!
この時代に私の想定しているような武器は存在しない! ぬかった!
「きゃっ!」
「どうした!?」
なんでもいい、手早く投石してそれを叩き落とす。
落ちたものを確認したが、なんだあれは。ボウガンの類か? 木製の手作りか。検知できない訳だ。
「ちっ、誰だ!」
「……」
男も同系統の武器を構え私へ向けて数発撃つ。詳細な位置が分かっている訳でもなく、当然けん制だ。
当たりそうな気配すらなかったので不動のまま投石、男の武器を叩き落とす。
先に手を出させるはもう達成したぞ。あとは私が直々に貴様らを……。
「そこを動くなよ!」
「ぐ」
相手の懐で足を撃たれれば、そうもなるか。
ジョージの首元に包丁がつきたてられる。
「落ち着けソラ。いい、大丈夫だ。まさか俺を殺せる訳ないだろう」
自身が名のある人物だからという挑発だが、しかしだ。この時代に武器を製造し携行する相手がどう出るのか分からん。
まさかそれが分からんという事はないだろう。それとも何か、まだ策があるのか?
「そう、まさか崖から落とされたら流石にまずいだろうがな~」
おい煽るな。
流石の私と言えど、どれだけ全力で動いたって崖から落下し始めたジョージをここから回収だなんて芸当はできない。
まさかシャーロットですらも抱えて走ったからと過信しているのか!?
「そうね、崖から落ちたら生きては帰れないわねぇ」
「だろ?」
「はっはっは! 逆張りを期待したか!」
喉へ刃物が突き刺さるリスクを取ってでも私は駆けるべきだ。
万全を期して助ける為には、瞬時に距離を詰め二人を打ち砕けばいい。
「……」
だが私の行動一つでジョージに危害が及ぶ可能性が存在していると確定しているために、私は指一本動かす事ができなくなっている。
足を動かす事も、足元の石ころひとつ拾う事もできない。
私の身体が機械であるがゆえ融通の利かないシステムの制御だというのもあるが、下されている「殺すな」という命令も悪さをしているのだろう。
私はこの戦いで殺傷を許されていない。
それは敵であるあの男女二人組への攻撃もそうだが、ジョージですらも殺してはいけないという事である。
とにかくこの戦いが始まる前に危惧した機械が故と言う諸々が今、牙を剥いている。
一言でいい。たった一言でいい。
ただ一つ別の命令をくれたなら、構わずやれと命令を下せば動けるようになる呪いのようなもの。
「おい」
「ええ」
「なぁお前ら? 流石に冗談だよな?」
引き摺られ、格好悪くジョージが呻く。
命乞いをしろ、助けてくれと言ってくれ!
「お、おい! 落ちちゃうぞ、いてて! 落ち──」
世界から音が消える。
身体の中で、締め上げられるような感覚がする。
あるいは、身体が軽くなったかのような感覚。
出力調整が追い付かないのか、パワーが出ている?
得ている情報がごちゃ混ぜになって、処理が遅いのか、呆然としたかのように何も考えられない。
「で、どうすんの?」
「そこにいるやつ捕まえて同じ目に合わせりゃいいさ。あとは逃げる」
「りょーかい」
がさがさと音がして、視界に影が差す。
ああそうか。次は私か。私も崖に落とそうというのか。
「……」
「あ? このチビが?」
「こんな子いたっけ」
「……」
指は動く。足も動く。
「なんだコイツ、やけに重た──」
私の肩を掴んで喋った失礼な男へ拳を突き出す。わき腹を殴られた男は錐揉み回転をしながら崖まで飛んで、ぎりぎりで止まった。
後ろを見て叫び、そして這うように地面を動いて崖から離れようとする。
「こいつ!」
振り上げられようとした女の腕を掴むと、小さな悲鳴と共に枯れ枝が折れたような軽い音がした。
じたばたと暴れて逃げようとするしぐいっと引き寄せたら、ぐにゃりとした感覚と共に大きな悲鳴。
ひとの耳元で叫ばないで欲しいものである。煩いのでそのまま男の近くまで放り投げてやった。
「ぎ、いぃ……!」
「シャーロット以外にいたのか!? あんなバケモノが!」
男は地面の武器を拾った様だ。女は、振り回された腕が痛むのかのたうちまわっている。
「死ね、死ねっ!」
「に、逃げよう、殺される……!」
まだ足りないな。
こっちはシャーロットを傷付けられ、ジョージを殺されたんだぞ?
なら、殺されないだけ喜んで貰いたい。
数発ボウガンもどきから石が発射され、私に掠める事無く森へ消えていく。
女の方はもう逃げる気満々のようだが、当然逃がす気も無い。
「……」
「ひ、ひぃ……!」
最後の数発が私の頭部と左肩に当たって砕けた。怯む様子のない私を見て、完全に戦意を喪失したらしい。
逃げず留まってくれるのは楽な事だ。
がしゃん、がしゃん、と一歩ずつしっかり踏みしめ距離を詰める。
雪と土の下にかすかに見える石煉瓦は容易く割れ、連中からしてみればさながら私の事が悪魔のように見える事だろう。
それでも構わない。大切な人を傷付けられたこの怒り、どうしてくれようか。
「……」
「ひっ」
「うそっ」
目の前でうずくまる二人が、私の後方を見て固まった。
「そこまでだソラ。もういいぞ」
「……」
……え。
その声は、まさかっ!
「うおっとと、お前のタックルは……重い、ぞ……流石に……」
「……」
「死゛ぬ゛待゛て゛ギブギブッ!」
あ、いや、抱き着く気はなかった。つい、なびっくりして。っとと、異常出力もどうにかしないと。
しかしなぜ、なぜ生きている!
「どうやって崖から!?」
「う、うそだそんなの!」
「はっはっはっは!」
私の目の前には、間違いなく──ジョージがいる。
先程までのその姿で、怪我一つなく、崖から落とされたはずなのに!
「心配させたなソラ。けど、上手くいったじゃないか」
私の頭をいつもの通り撫でて、恐怖に染まった面々を見て満足そうに鼻を鳴らす。
一体どうやって助かったのかとか色々聞きたいんだが……。
あと、私は女の方をちゃんと殴れてないので一発かましたい。いい? いいよね。
「やめ、や、やめとぉいいたほ、ぅがいいと思、う……」
この声、トリブレか!
「こんにち、ゎ。ひさし、ししぃぶり」
あ、どうもこんにちは。
挨拶と同時、がさがさと森が割れて黒い巨大なそら豆のような身体をした機械が現れる。
鋭利な装甲を持つ手足が相変わらず悪役な威圧感を放つものの、それを駆るトリブレ本人は普段と変わりない。
「んふふふ、奇術……だいだっ、大脱出、ぅ」
「……」
なるほどな。ジョージの何でも利用するという姿勢は、道化師トリブレの奇術すらも範疇か。
そも私の機械的特性ですら躊躇なしだったし、しかし事前の打ち合わせをした様子もなくよく助けてくれると確信したものよ。
それとも事前から決めていたか? 崖から落ちるぞと?
「あああ、ド、リブは……先代、しししっ……かり、て」
「……」
「そす、それに、ソラちゃ、ん悲ししむのぉ、い、いや、嫌だか、ら」
……まさかジョージのやつ。
私を通じてトリブレが絶対に助けに来ると?
「ちゃちなもんだが殺傷能力のある武器の所有、製造に使用。領主たる俺へ刃物を向けて脅しからの崖。こいつぁそうとうやってますなぁお兄さん方」
「しょ、証拠なんかないぞ!」
「そうよ! ジョージ様は、ほら、生きてるし!」
証拠なんて、私の視界映像を出力をすれば──ぁ。
「そうだなぁ。例えば写真なんかがあれば立派な証拠になるよなぁ」
にやにやしながら私へ振り返る。
こいつそれすらもか!
「の前に、一つかましとくか。ついでで治してくれたとはいえ痛いものはいてぇんだ」
「ぎゃっ」「がっ」
地面でわーわー言う二人へ蹴りがかまされる。
いいぞ、やったれやったれ。
「ま、あんまやり過ぎても後味悪いし帰るぞ」
「ひいぃ……」
「トリブレ、馬車の用意はいいか?」
荷車はあるし馬もいるが、構造的に馬車へ繋げることは……できてる!?
明らかに存在しないパーツが付け足されて、車輪の修理も終えて、馬車できちょる!
「いりゅ、イリュージョォーン……!」
流石は道化師。私より融通が利いてとても良い。
「で、しょ」
「んじゃソラ。お客さんを乗せてやってくれ」
「……」
「や、やめっ」
がしっと掴んでぽいっ。あらごめんあそばせ、お怪我なされてましたの?
私の怒りと憎しみはこれほどではないぞ。全てジョージの策略の上だったからよかったものの、現れなかったらお前達を文字通り殺さない程度にするつもりだった。
私が殺さずとも、その内そこで野垂れ死ぬ程度に。それで済むかどうかは、試算もしたくないな。
「……ソラ、ちゃん」
荷台へ乗り込みジョージが馬を歩かせると、荷物の隙間からトリブレの震える声がした。
もしや、怖がらせてしまったか。
「へ、ぃわに……すご、過ごしして欲し、いから……」
「……」
「兵器じゃっ、じゃ、ぃから……」
兵器ではない、か。
私の胸元に飾られた、平和の象徴たるオリーブの枝を象られたブローチを手に取る。これは以前エミリーから送られたものだ。
過剰なパワーやブースターをはじめとする物騒な機能という数々の点は引っかかるものの、やはり周囲の願いはそれだろう。
かつて見た過去からのビデオレター、それは私に平和な時代でいち個人として過ごして欲しいというものだ。
兵器であるぞとしていた私はそれを閲覧しつつ納得できていない部分があったが、そろそろしっかり受け止めるべきなのかもしれない。
ほんとうに、今さらかもだが。
「そぅ! そ、ソぅラちゃん、は、かわいいいから」
「……」
それは今関係ないと思う。
「なぁ。前から思ってるんだけどさ、トリブレとソラって会話できてる?」
「……」
首を傾げる。なぜそうと?
「いやなんか自然というかさ、間の取り方がそれっぽいから」
「とも、だちだから」
喋れない私に気を使って苦手だというのに多く喋ってくれているだけだぞ。
友達へ一方的に負担をかけさせるのは、まぁ口惜しい所であるが。
「んふふ、しし喋れなぃ、から……く、口惜し、い……んふふふ……」
はははは。
「え、あれ。本当に会話できてないのそれ、俺に聞こえてないとかじゃなくって?」
「……」
「んふふふ」
気が合うというものなんだろうな。
「ねー」
なー。