「ソラさまこちらへどうぞ! ──まぶしっ」
「……」
周りから小柄とされる私でさえ少し腰を屈める高さの屋根裏をすいすいと進んでいくアン。
自身の顔ほどある大きな耳を含めてそれなので、私が認識しているより彼女はずいぶんと小さき命だったようだ。
「あのあの、あかりはうすくおねがいしますっ」
ライトがないと夜もびっくりの暗闇なので何も見えなさそうだが、普段はどうしているのだろうか。
言われた通りに光量を落とすと、安心したように再び正面を向いてアンは歩き出す。
この屋敷は上から見ると一片を欠いた四角い形をしており、一部が屋上として開放されている他はシンプルな三角屋根となっている。そのため執務室直上から向かえる先は限られるわけで、直進するとなれば方向的に私の部屋直上へ通じそうだけど……。
まさか……私の休む真上で事件が起こっているのではあるまいな。
気にしないと言えば嘘になる。
自室の天井裏で大量の果物が腐ってますとか、なんか、やじゃん?
「……」
虫は機械の敵だ。
機械が誤作動した原因が虫だったが故に不具合をバグと呼ぶようになったくらいには、機械と虫とは敵対関係にある。
なんか湧いてたりしたら、それが知らない内にひょいと通気口にでも入ったりなんかしたら、あぁ嫌だ!
「みえてきました! あちらがアンめのすにございます!」
予想通り私の自室の真上に相当する一角、そこにアンが巣と称する場が存在していた。
よく見えないので暗視モードに切り替えて観察してみると、大小様々なガラクタ……のように見える家財道具風な品々達が顔を覗かせている。
机や棚は分かるが、これは何だろう。ミシン台? 全てが全て手作りと思わしき不揃いの規格パーツで組み上げられており、アンの身に馴染むだろうミニマムなサイズをしていた。
もしや普段用意してくれる衣類の数々はここで生み出されたのだろうか。とても器用。
「みなさまのいふくのさくせいやしゅうぜんをうけたまわっております!」
「……」
「あ! そざいのつごうがあり、しばらくはしんきのせいさくはおこなえません!」
ああ、そも担当なのか。この屋敷の。
我々メイド衆には掃除や整理等々共通した仕事とは別に、個人で割り振りされた仕事がある。
私で言えば裏庭整備の担当がそうだ。他はシャーロットが洗濯、エミリーが領主の補佐(秘書のようなもの)となっている。
義務的な強制ではなく自然とそうなったらしいとはいえ、ならばアンも何かあるのかと考えるのは自然な事。長らく普段どこで何をしているのかすら不明だったが、今ようやく知れて嬉しく思う。
……ん?
「……」
なんか、床にキノコめっちゃ生え散らかしてるんですけど。
うっじゃうじゃそこら中に、キノコ生えてるんすけどぉ!?
「そちらはアンめがさいばいしておりまして、とてもいいきじになります!」
「……」
「とてもじょうぶで、とてもはだざわりがよろしゅうございますね!」
う、ん?
キノコを、布に加工?
「いくせいにじかんをいただくので、ふみつけないようおねがいしますっ!」
いや待ってよ。キノコって布になるの? 糸になるの!?
「……」
──小さなミシン台を睨みつけるよう観察してみると、作業途中と思わしきキノコの破片が目につく。
どうやら信じがたいが……嘘は言っていないようだ……。
「? ソラさま、こちらにございますですが?」
ああすまない。案内してくれ。
「あ! もしやキノコさいばいにごきょうみがおありですか!? アンめでよろしければ、いくらでもごそうだんください!」
振り返ってずいずいっと小さなお顔を迫らせてきた。
目を輝かせ鼻をふんすと鳴らしている。
「ぜひ、ぜひ!」
「……」
「ね!」
圧に負けたというところではないが、その話は悪くないかも知れないな。謎キノコ製の衣類を身に着けていて、これの素晴らしさはよく理解している。驚いただけで拒否はない。
屋根裏よりも良い環境であろう表で効率的にキノコを育てる事ができるなら、沢山の布地を生産できてアンを始めとしてみんな喜ぶことだろう。
私としても栽培の知識が手に入るのは嬉しい限りだ。区画に余裕があればどうにかして相談してみよう。
「……」
ひとまず今の目的は屋根裏で果物が発酵もとい腐っている云々。キノコはさておこう。
ぜひぜひと大興奮して抱き着いているアンを引き剥がし、暗闇を指差して先を促す。おお、スムーズにできた。
先日の一戦の時もそうだが、いまいち伝えられる事とそうできない事の差が分からんな。
もしパターンをより詳しく分析できたならグリッチや裏技として使っていきたい。
「あんないがさきでございました! しょくりょうこはこちらです!」
「……」
「おあしもとにきをつけて!」
作業場兼キノコ群生地を進み、床に散らばる金券や乱雑に重なった布山を抜け、辿り着いたのは……。
「……」
おぉ、これはまた、豪快に……。
「ここがほうらくげんばにございます」
崩落……そうだな、正しくそう形容するにふさわしい。
どう持ち込んだのか分からない四角い木箱の数々が倒壊破損して、ぐじゅぐじゅになってしまった林檎がらしくなく転がり落ちずべちゃっと散らかっている。
こちらのセンサーではエミリーが空気を吸っただけで酔うほどの発酵をしているのかまでは分からない。だが少なくとも林檎好きなトリブレが見ればショックを受けるぞ。
「……」
手近な木箱を一つ寄せ、中の物を確認する。
落下の衝撃で表のものは全滅だが、内はそれなりに無事なものが残っていそうだ。
まずは廃棄と無事を分けていくとしよう。
幸いなことにアンが食べる分の備蓄なので、夜通し作業する程の物量ではない。
「ジョージさまは、やねのあるところにすめといいました」
「……」
「なるべくごめいわくをかけぬよう、おやくにたてるようアンめはふるまってまいりましたが……。きたいにこたえられたためしがございません……」
「……」
──以前キッチンの手伝いをした際、ハーディはアンが“ドブ飯”なるものを製作したと話していた。
なぜキッチンへ立つ事になったかの経緯は分からないが、そこにあったのは悪意や嫌がらせ等々ではなく、そんなものを平然と振舞ってしまえるようなこれまでの生活だろう。
アンが目の前にあるような林檎達を“腐っていた”ではなく“発酵していた”と認識・理解していたのは、蓋を開けたら時折そうなっていた経験あっての事と言える。
全てを聞いた訳ではないものの、聞く限り彼女のこれまでが決して明るいものであったとは言えない。
だが、その過去はとても察するに余りある。
「やはりアンめのような
ガイジュー……がいじゅう、害獣……?
誰だそれを言った奴は。
「あの、ソラさま……?」
破裂音がして我に返る。手元の林檎を潰してしまったようだ。
「……」
不安げな顔をしているアンへ首を振り、撫でのひとつでもして大丈夫だと伝えたかったがそうもできない。
意思伝達が云々とかではなく、手が果汁100%なので。べったべたなので。アンなら気にしないとは思うけども。
「ソラさまは、ちからじまんでございますね!」
そういえば先日の一件以降、少々パワー系の制御が不安定なのよな。
例えばちょっと出力を上げようと思ったら想定以上の威力がでちゃったりとか。
うーん。しばらく様子を見はするけども、長引くようなら一計を講じなければいけないな。
具体的な案については、システム的な調整で強制パワーセーブとか。
何事も無ければいいけども……故障はどうしても疑っちゃうなぁ。
「……」
「いたいた、おーい二人ともー」
「ぴっ!」
む。ジョージではないか。
体中に埃だの汚れだの色々引っ提げた、町長(領主)らしからぬ貧相な身なりと姿勢で登場だ。
いや本当にそんな立場のお方がおられる場ではなかろう。エミリーはダウンしてるし動ける人員がいないのは確かとはいえ。
「どんな調子だ?」
こんな調子。アンには申し訳ないが、ライト出力を上げて悲惨な現場を見せてやる。
「ぴゃぁーっ!」
ごめんてアン。明るいの嫌なのに。
「キノコたちが! キノコたちがーっ!」
あ、そっちか。
「うおっ、なんか踏んでたのか」
「ひいぃ……ひどい、ひどいです……ジョージさま……」
「つかなんでキノコだらけなんだここ。こりゃもう業者入れて徹底的に──」
このジョージ! おばか!
「ひぅ、ぅぅ……」
「え。なんでガチ泣き? アン?」
「……」
「え。何この音、ソラからか? え、ちょ」
事情を知らぬ者とはいえ、その行動と発言は成敗に値する。
「……」
「ちょちょちょっ! ソラ、まずいてお前のそれは! なんで!?」
かのシャーロットは言いました。
全力で潰すッ! ──と。
「……」
「あちっ、あちちち、あついです! あつ!」
あ、ごめんアン。ブースターの火が。
「良かったやめてくれた……」
本気で打つ気はないよ。脅かしだけ。
とはいえ割り切っても私の元は兵器なのだからこの時代、単純な脅し以上の意味が発生するし多用するのはやめておいた方がよかろう。
自認人間だとしても事実の前には通用しないのだ。
「お前のそれ冗談でもやめてくれよな。シャーロット以上かも知れないんだから」
兵器と肩を並べられるあのジャンボメイド姉貴は何なんだよ。
てか地面にパンチして地盤を屋敷ごと傾けるなんて芸当は私でも不可能だよ。
機械で不可能な威力を出すって何なんだよ。
人間の怒りパワーで引き出される可能性とんでもなさすぎる。
「で、なんでアンは泣いてんだ?」
潰れたキノコとミシン台を交互に指差す。そして最後にジョージ。
おーアン、泣くな泣くな。片手はリンゴ汁、片手は指差しで使えないので残った頭で撫でてやる。
撫でるっていうか軽い頭突き。でもアンはこれでもいいらしく、目を細めて心地よさそうにしてくれた。
「どういうこと?」
「キノコたちは、アンめのさいばいしていたせんいにございまして……」
「……えっ、キノコ? 繊維?」
そうだよね。引っかかるよね。それ。
「まぁ、キノコレザーなんてもんがしばらく前に首都で流行ってたしありえるのか……?」
流行ってたの!?
「しっかし個人でどうにかできるモンなのか? そういうの」
「とくいにございます!」
「てことは、こりゃ悪いことしちゃったな……」
反省したようで何より。
「屋根裏でキノコってちゃんと育つの?」
「おじかんはいただきますが、ひんしつはほしょういたします!」
「……」
そんなのをジョージはずりずりと膝ですり潰して回った訳だ。
この量がどれほどの損失かは分からないけど、なぐさめる為にも裏庭キノコ栽培計画を始動させる必要がありそうだな。
「こんなこっそりやんないでさ、ちゃんとしたスペース使っていいよ。物が必要なら発注するし」
「……」
二八式軽自立機械人形もそうだそうだと頷いてます。
「あの、おいだしたりはっ」
「する訳ないじゃん。戸籍上じゃお前はウチの子なんだし」
え! そうなの!?
「身元不明な獣人ってんで大変だったんだぞー。時間も費用も幾らかかった事か……」
「……」
「なんでそんなポカンってしてんのよ。説明したじゃん」
「そうでしたか!」
「シャーロットといい、誰も大事な話全然聞いちゃくれないねぇ」
たぶんジョージの説明不足とかあるんじゃない?
「んなのどうでもよくって、ソラ」
はい。
「よければ裏庭のスペースちょっと貸してやっちゃくれないか。ちょっとでいいからさ」
「……」
「へっ」
全然構いませんとも。
しっかり頷いてサムズアップ。教えて頂こう、アン先生。
「んじゃ善は急げだ! 早速物品の発注にいこう!」
「はいっ!」
ぴょこぴょことアンが駆け、ジョージがずりずりとそれを追いかける。
キノコ栽培に乗り気なのは全然いいんだけどさ、あのさ、二人とも。
目の前に散らかる林檎ゾーンから目を背けていらっしゃいませんか?
ねぇ、本当に行っちゃうの? ねね。おーい!