アンの栽培しているキノコは本人がその概念を知らずの内に滅茶苦茶な品種改良を施していたようで、恐ろしい事に暗くてじめじめした所を好みそうなイメージのある普通のキノコとは性質が大きく異なるらしい。
ある程度の湿気が必要なのは変わらずなものの、一度菌床を整えてしまえばどれだけ気温が高かろうが低かろうがひとまず枯れる心配なく育てられてしまうのだとか。
ただし流石に改良済みの菌糸とはいえ生き物であり、環境次第で育生期間の延長は起きる。キノコ栽培の第一人者たるアンは様々な箇所でこっそり試した事があるそうで、それに比べたら屋根裏は一番長くかかってしまうと言っていた。
……私の棺桶や機体内では試してないよな? それはやらないよな?
菌糸が定着するのは流石に嫌だぞ!
「みなさまキノコがおきらいかとおもい、こっそりそだててまいりましたが……」
「……」
「どうやらきゆうでしたようですね!」
「同じ仲間であるわたくし達が拒むはずありません!」
現在は天井裏の悶着より一晩明けての翌日。
ジョージから直々によろしく言われたこともありキノコ栽培に適した箇所を探すためアンと連れ歩いているのだが、いつの間にか話を嗅ぎつけたエミリーもちゃっかりやってきている。どうやら昨日の残り酒等なくしっかり頭は醒めているようだ。
喋れない私では話が全く通じないか空回りする恐れがあるのでとても助かる。それにアンを無視するような状況となればなんかこう、良心的なものが痛むし……。
我々小柄な者が絡むとすぐに暴走してしまう癖こそどうにかして欲しいけれど、冷静さを保っている間は中々頼りになるのがエミリーだ。流石はメイド長たるシャーロットを差し置いて領主補佐の立場。
「ちゃんと申してくだされば協力いたしましたのに」
「みられているとおもうと、おそろしくてっ」
「……」
エミリーはそう簡単に言うが難しかろう。自身の名よりも“ガイジュー”などと言う呼ばれを覚えていたという恐るべき経歴から、アンには人を頼るという選択肢は毛頭存在しなかったのだろうから。
今はこうして人と会話はするものの基本的に姿を見せる事は少ない。なんなら少しのきっかけですぐに悲鳴を上げて逃げる。言って聞かせようとも常識や行動等々、生まれ育ちで「それくらい」の判断基準が異なるものだ。
……しかし、“見られていると”とは?
「ぴっ!」
隣を歩く小さな姿の大きな耳が跳ねる。
ちらりと近くの窓を見ると、メイド服の少女がぷっくりと頬を膨らませて鏡面に映って浮かんでいた。
本人は単純な好意やお手伝い、はたまた好奇心の純粋な気持ちで接触してきたのだろうが、残念ながら同じアンの名を持つとはいえ怪奇現象アンと相性がとんでもなく悪い。獣人特有の魂が見える云々等々だのが関連するのだろう。
向こうの性格は知っている。悪気はなかろうものの、申し訳ないが手を引いて貰おう。
しっかり目線を向けて首を横に振る。納得してなさそうな顔と動作で消えていった。
「どうされましたの?」
「いまそこに! おりました!」
「?」
エミリーは霊感と呼ばれるそれがない方か。
「ソラさまもごらんになられましたよね! そこにいま!」
「そうですの?」
「……」
見えてる事に違いはないし、嘘をいう理由もないので頷く。
「……事故物件……?」
さあっとエミリーの顔が青くなる。一歩後ろへ引いた。
まさか幽霊系、ホラーの類は苦手なのか? いや、私も科学で証明できないアレは不思議でしょうがないけど。
「ご、ごあんしんを! ソラさまはおいはらえるようですので!」
「……え……」
「ソラさまといるとき、かのものはちかづいてもすぐきえてしまうのです! おいはらってくれているにちがいありません!」
「そ、そ、そ……ソラさん……ッ!」
抱き着くな。頭に影がかかる。どけ。
「ああんご無体な」
怪奇現象への埋め合わせはおいおいでよかろう。今日の主軸はキノコだ。
壁に立てかけてあったシャベルを掴み、さくっと地面へ突き刺し土を持ち上げアンへ差し向ける。
中庭の一角、日当たりのあまりよくない角を案内してみたがどうだろうか。品種改良済みキノコの説明は受けたが、キノコと言えばとまず思い付いたのがここなのだが。
しかもこの辺は開墾したのみで手つかずの空き地。ちょうど良いと思われる。
「ここをつかってもよろしい、ということでございましょうか!」
「……」
うんと頷く。どうかな。
「ソラさんが使うために拓いた土地でしょうに、なんて慈悲深い!」
いや、中庭をがーっと角から整備してただけなんです。
確かに畑や花やと考えてはいたけど、生産性ある活用のされ方は大歓迎。
それでアン。ここは使えそうかな?
「それではソラさま! こちらから……ここまで! すくなくともこれほどのおじひをいただければ!」
「ぐはっ」
小柄なアンが小さな大股でのっそのっそと数歩動き、なけなしの所有権を提示した。だいたい1シャーロットくらい。
屈託ない笑顔のそれを見てエミリーは鼻血を出した。この調子で大丈夫なのかなこの人。
「……」
もっと欲張りなさいよという意を込め土の乗ったまま気にされないシャベルを降ろして地面へ戻し、ざりざり地面を抉って歩きつつ許容できる範囲を教えてやる。
ここでいう許容とは、荒れ果てた中庭の底に眠っていた石畳に触れない範囲だ。プロの庭師が定めた導線というものには従っておくべきだろう。区画整備もしやすい。
「ひろすぎます! アンめには、ひろすぎます!」
そうかな。いやそうか。
手伝うとはいえ基本はアンが管理するのだし、だとしたら過剰な範囲はメインの仕事に影響するか。
この範囲自由に使ってくれってだけで全部使えという訳ではないが、そこまで細かく伝える手段を持たないし……。
うーんどうしよう。私が手伝うのもやぶさかではないという意も分かってなさそう。
「このキノコで作る繊維はわたくし達の衣服にもなるのですし、大丈夫。手伝いますわ」
「……」
その言葉が欲しかった! エミリーの横に並んでうんうん頷く。
「ソラさま、エミリーさま……!」
3人でがしっと円陣を組む。そう、私達は仲良し! だな!
そしてこういう雰囲気になれば必ずやってくるドでかいのがいるんだが、まさかそう都合よく現れる訳が──
「あーっ! ずるいっすーっ!」
ずがどぉーん……!
砲撃でもされたんかって位の爆音でそれは中庭の中心に落下してきた。
本に学んだ言葉で言うなら、「えぐい」ってやつ。
ダンゴムシのように身を丸めていたそれはパラパラと土をまき散らしつつゆっくりと立ち上がり、その顔をこちらへ向ける。
えー、言わずもがな。皆さんご存じシャーロットさんです。
どっから跳んできたんだこいつ。
「内見に飽きてやって来てみれば、なんすかみんなしてシャロをのけ者にしてー!」
「ぴぃえええ!」
あまりの大声に、体格差に、アンが悲鳴を上げて泣き出す。
おーよしよし怖いねぇ。熊さんだねぇ。
本当に人間か? 獣人たるアンよりよほど驚異的だぞ。破壊力が。
「シャーロットさん。ソラさんの汗と涙の努力の結晶を踏みにじらないでくださる?」
「……」
「おわっとと、もしかしてやり過ぎたっすか?」
「その穴を直しなさい!」
「ふぁーい」
私の持っているシャベルを受け取ると、圧倒的パワーで空いた穴を戻していく。
文句小言を繰り返しつつもエミリーもそれを手伝うあたり良い奴だ。
それでアン。
「……」
「な、なんでしょう……?」
この土地は気に入って頂けただろうか。
「ぴえぇ……」
顔向けただけでは伝わらないか。
えーっと、土を握ってはい。
「あの……それでしたらこちらとこうかんでしょうか……?」
アンのポケットから丸い石が出てきた。なんで?
「た、たりないでしょうかっ!」
恐る恐るといった様子で追加の丸石。なんで?
「あーっ! 泥団子大会っすか!? シャロもやるっす!」
「あなたはこっち! ──アンさん、どうかされましたの?」
「……」
「ここのつちは、こうきゅうなのでしょうか……?」
頼むエミリー。頑張って翻訳してくれ。懸け橋になってくれ。
「少なくとも取引を持ち掛けている訳ではないのでは?」
「そうなのですか?」
「となれば、やはり泥団子勝負かと」
「なるほど!」
となればじゃないよなんでだよ。
なんにも分かってないよ。
おかしいじゃん! キノコ栽培の土地選定だったじゃん今日は!
さてはエミ公、お酒抜けてないな。
「どろだんごならおまかせください!」
「……」
うーん。今日はもうダメそうかな。
土地は教えたし、後はその報告が共有されれば話も進むだろう。慌てる必要はない。
一応ジョージもキノコ云々の話には噛んでるしなるようになる平気平気。
となれば。
「ほら、泥団子でした」
「さすがにございます!」
土をこねて丸めて固めて、所謂陶器作りの手前位が泥団子だと認識している。
子供の遊びではあるがその芸術性から大人でも極める者がいるのだとか。
これに限った話ではないが私には分からない世界だ。
「それでは水を汲んできますね」
「……」
ある程度の湿り気と粘度で固めて砂で磨く。らしい。
いつも思うがオンライン接続さえ使えればな。もっと簡単に情報を集められたというのにもどかしい。
Network: Error.
S.Message: It's a pain, but that's just how it is. Miss Solar! ( ´-ω-` )
期待なく試すもやはりシステムメッセージの語る通り、ないものは仕方がないのだ。
だが今や不便も人らしい営みで面白いと思い始めている。手動でのゆっくり読書を苦無く嗜めているのもその一環だろう。
泥団子作りも中々根気のいる作業となりそうだがひとまず楽しんでみよう。
しかし余程の一品を仕上げる気でない趣味で楽しむ程度なのだから、今までのような完璧主義ではなく肩の力を抜く。そうかお絵かきの時もこのくらいでちょうど良かったのか?
アンをちらと見る。せっせと土をほじくり、土の質を確かめては鼻を鳴らして場所を変えてる。プロっぽい動きだ。
「ここのつちはやわらかく、しょうしょうむかないかもしれません」
「……」
「あ! このあたりなら!」
土を弄りつつ移動していったアンが、シャーロットの埋め直した穴へとたどり着いた。
小さな両手で土を引き寄せていき、足元でこんもりと山になったら振り返ってずぞーっとブルドーザーのように押してどかしていく。
一生懸命なのはいいが、いささか非効率がすぎないだろうか。腰も悪くしそうだ。
そうこう眺めている内についには頭さえ突っ込みどんどんと埋まっていく。
私服とはいえあまり汚さない方がいいのでは。洗濯担当のシャーロットも呆然と眺めているぞ。
「シャロもやるっす!」
ああなんだ、小さい子に譲ってただけなのか。
耐えきれず埋め直した本人が素手で穴掘りに加わり出したけど。
アンが小動物ならこちらは重機だ。ショベルカーだ。素手なのでショベル並だ。
手元に私から受け取ったシャベルがあるんだしそれ使えばいいのに。
「シャーロットさまがてがおおきいです!」
「アンさまは手が小さいっす!」
にへーっと笑いながら二人が手を合わせる。本当に手の大きさが違い過ぎて親子でも通りそうだ。
「もちろんソラっちも」
そう言って二人の手が伸びていた
おわ、こうしてみるとシャーロットの手がすげぇでかい。なんというか厚みがある。
それに対してアンの手の小ささと儚さよ。頑張らずとも出力を誤ればぐにゃぐにゃにできそう。
「ソラっちぎゅー」
それに対してシャーロットの警戒心のなさよ。初日のあれを忘れたとは言わせないぞ。
シャーロットですら痛いと口にするような勢いで握られておいて、なんで煽るような返しが出せるんだ。
これもうやっていいやつ? ぎゅーしていいやつ?
「かかってこーい!」
いよっしゃぁー! ぎゅーっ!
「ふぉおおーっ!」
「……」
ぎぎぎぎぎ、と私の出力による稼働音なのかシャーロットの握力による軋みなのか分からない音がしてきた。
中々に怖いが負けたくない。負けたくないが、修理できないので怖い。
「な、なにをされてらっしゃいますの!?」
「……」
「エミっちも混ざるっす?」
「やりま、やりま、やりま」
バケツに水を汲んできたエミリーが悲鳴のような声を上げ、そしてバグった。
あの言葉の連続は、「巻き込まれたら死ぬのでやりません」というのと「ソラやアンと触れ合いたいからやります」という意志がパラドックスを起こしたものだろう。
シャーロットを省けばよい話をそうしないのは、彼女の善性によるものか。我々の前でその辺り気にしていたら命が足りないと思うんだけど。
普通はありえないんだけどさ。
「あちょ、ソラっち痛い痛い」
「ひぃっ!」
シャーロットが痛がった瞬間、エミリーが腰を抜かしてバケツの水をぶちまけた。
「……」
そこまで露骨に怖がられると流石にしんどいんだけど。
「馬に蹴られ転んで踏みつけられても笑って済ませるシャーロットさんが、痛がるなんて……」
これ私悪くないだろ。この規格外がおかしいんでしょ。
「なんと! シャーロットさまはおうまにけられたことが!」
「懐かしいっすねぇ。後ろ立つなって言われたのに忘れてたっす」
「……」
忘れるなよそんな大事なこと。
びしょ濡れで倒れたままのエミリーがかわいそうなので、二人から離脱し手を差し伸べる。
「ありがとうございますわ」
あ、別にいいんだ。怖いとかは。
どういうこと?
「ソラさん、わたくしの手を潰してくださいまし!」
「……」
どういうこと?
にぎにぎしてくる。
え、なに。まさか本当にただシャーロットが痛がった事実に対しての恐怖だったの?
「ソラさんに滅茶苦茶にされたい。一生残るようなものを残して欲しい」
ただの変態だった。
「あー、これまた酔っぱらってるっすね」
そうなの?
「水汲んだ時に吸ったんじゃないっすか? あっちけっこー匂い残ってたっすよ」
ああ、屋根裏の残り香。
私は荷下ろしのみを手伝ったが、稼働時間的にどう処理したかまでは見届けられていなかったな。
水場でばーっとやったならまだ残っているものなのか。
「ジョージの旦那もひどいっすよねぇ。あれくらいだったらまだどうにでもできたのに捨てるなんて」
「しかしアンめはへいきでも、みなさまがたにめいわくとなるのなら!」
「こんなラブチーなのに迷惑になるなんてことありえないっすよー。全部ジョージの旦那とエミっちが悪い!」
「……」
エミリーは小さき者に己を失うが、シャーロットも盲目的になるらしい。
この人(?)の場合は我が子可愛さというのもあるのだろうが。
「で、どうっす。泥団子の素材は」
「そこのほうにねんどがみつかりました!」
「……」
人形のように私の手を掴んだままのエミリーを引きずってネズミ塚へ歩み寄る。
おお、中々深く掘り進んでいる。底の方でアンのお尻と思わしき布がうごめいていた。
「このような!」
ぐるんと器用に旋回し、笑顔で肩まで埋まったアンが土を差し出す。
なるほど。
「……」
裏庭整備の折、飾り石として使えそうと端へ寄せておいた石を渡す。
アンの流儀と常識に則るならこれで対等だろう。
「ふぉおおお!」
目を輝かせるとはまさにこの事。石を受け取ったアンはくるりと潜り直すとさらに掘り進んでいく。
よく分からないが、相当な価値だったらしい。芸術美術はやはり分からない。