「──で、泥団子作っててキノコも写真のこともすっかり忘れていたと」
「……」
夕暮れの執務室。ジョージに今日の成果を尋ねられたが呆れられてしまった。
あれはどうしたこれはどうしたと尋ねても私が首を横に振るので、ついにその結論へ辿り着いたご様子。
機械たる私がまさかという可能性を捨てずよくそこまで辿り着いた。流石は領主の座に就くだけあると褒めておこう。
ちなみに本日製造した泥団子は現在執務室の窓辺に飾られている。
真ん丸団子が私で長方形泥煉瓦がアン。そしてジョージが先程からつまんでいるピザがシャーロット作となる。
……なんかね、凝りに凝った結果どうもシャーロットの創作魂に火がついたらしく。いつの間にか姿をくらませ厨房で焼き始めていた。
弟のトーマス曰く、ピザ作りだけは昔から得意なのだとか。窯の温度を手で測れるからとかかな。
「ああ、撮影自体は済ませてあるのな。ありがと」
話を戻すと全部が全部何もしてないって訳じゃない。その認識には誤解が存在している。
無言のまま貰っていたカメラを差し出すと、私の仕事は終わらせてあると分かってくれたようだ。
現像はできていないがここまでが仕事。以前の話によると私とジョージはなるべく屋敷内に留まっておいた方がいいとしていたので。
つまり最低限の職務は果たしているぞ。
「エミリーは寝込んじゃったし別の人に頼むかぁ」
「……」
「別に誰でもいいんだけどほら、エミリーってよく写真撮ってるからそういうの詳しそうだったしさ」
だがついに酔い過ぎてベッドから起きられなくなってしまったからなぁ。
どんだけ強いんだアンの備蓄酒。
「直接飲まずともってのは分かってる筈なのに、お前らの為だって無理するからあいつはもう」
「……」
「──懐かしいなぁ」
急にどうした。
「エミリーはさ、実はブロンテが逃げの手引きしてここ来たんだよ」
それは少々本人から聞き及ぶ所。確か元は首都のいい所の出だとか。
家での扱いが嫌で飛び出てここへ辿り着いたと聞いている。
「わざと仕事をポカしてそのどさくさにって策だったんだが、それでも経歴がってしばらくうるさくてなぁ」
「……」
「俺も相手してる内に面倒くさくなって、やけになってブロンテと一緒にひたすら酒をこうよ」
あー。状況に負い目を感じていたエミリーは付き合ってしまったと。
年齢的に直接飲んだ訳ではないだろうが、今を聞くにいるだけでもダメそうだな。
「お前の件もそうだが。俺もブロンテも口で言うほど迷惑だなんて思っちゃいない。そういう文句のじゃれ合いなんだが、エミリーはどうも真面目でねぇ」
「……」
「シャーロットくらいあっけらかんとしてくれりゃあ……。いやあいつが増えても困るか」
そこはどんと格好つけて欲しい。
「……」
それにしても、ジョージはブロンテから余程信頼されているのだな。
本で色々と人間について学ばせて貰っているのだが、知り合いの女性を遠方の男性へ託すなど普通はあり得ないのではないだろうか。
しかも後ろ盾を失くした弱みだらけの女性をだ。
「ん? どしたその首傾げは」
「……」
「どれだ、どれに対してだ……?」
喋れるのであれば単刀直入に聞きたい。
ブロンテとジョージはお付き合いなされないのかと。
これまでに得ている情報を引き出しても「昔馴染みだから屋敷に入り浸っている」という交友関係が明かされているだけで、ジョージとブロンテが契約関係を結んでいるという話がないのだ。
血縁でない男女が仲良くなれば、らぶろまんす? というものがあると本で学んでいるのでその実証を期待しているのに。
私が学べていないだけでまだ足りないものがあるのだろうか。ぐぬぬ。
てかその辺誰も探りを入れないのか? 触れてはならない暗黙の云々なのか?
「ま、ともかく少々高くなっても今すぐ依頼に出すか。行くぞ」
そう言ってカメラからフィルムを取り出すと専用のケースに仕舞い立ち上がる。
片手にピザを持ったままどこへ?
しかし行くぞと言われればついていくのが機械道。
「色々手を回してるんだよ。なんせウチには本来動いてちゃいかん機械がとことこ歩いてるんだもの」
「……」
「おっそろしい時代だよなぁ」
先ほども言った通りのジョークだろう。軽く小脇を殴ってやったら笑ってくれた。
「しっかしうめぇなこれ。お前も食うか?」
食えないっつの。
「いてっ。いて、ははは」
道すがら守衛に今すぐにと告げフィルムを渡すと、そのままの足でとある一室へと入る。
とある一室とは、最近来る機会の少なかった私の棺のある部屋だ。
本気で誤魔化すならこれもなんとかしないとだよな。
「この中にお前の身代わりが入れてある」
身代わり?
「向こうの記録にゃ棺とお前がセットだ。来たついでに確認された時に空っぽじゃ立場も悪い」
「……」
「書面じゃソラこと二八式軽自立機械人形は文字通り動かないお人形さんだ。あくまで念には念をってやつ」
ジョージが腰を入れて蓋を開けようとしているので横から手伝ってやる。
首都からこの部屋へどう搬入したのだろうか。大部分は空洞かつ合金とはいえ鉄は鉄。重いには重い。
「っとと……。やっぱ重たいなこれ……」
私を1000年も保護してきた特別な棺桶だからな。
で、この中に納まっている私モドキが例の……。
「こうして見ると思ったより似てないな」
「……」
「な」
顔を合わせ、人形を見て、もっかい顔を合わせ首を傾げる。
感想は同じだった。サイズは確かに合ってはいるけど、うーん……。
「エミリーでもさすがに完コピは無理だったかぁ」
あ、製造主は彼女か。納得。
「まあ万が一だ。確立を言えば見られない方が大きい」
「……」
「んでこっからが本題だ。ここへ来たのは内緒の話をするため」
私に?
「ブロンテからの手紙だ」
そう言って懐から一枚の手紙を私へ差し向ける。
戻ってくると言っていたこの時期に手紙とは。
「……」
内容を一読し、人間であれば息を飲むといった所か。
「お前、喋れるだろ」
「……」
いや喋れないよ!?
「誤魔化さなくたっていい。喋りたくなきゃそれでいいんだ」
手紙にはブロンテの近況や首都での流行等々綴られているが、それを誤魔化しとして最後の最後にとんでもない事が書かれていた。
わたし自身混乱していて言い出せなかったことがある。以前ソラくんとエミリーくんが行方不明になったと大騒ぎになり捜索した時があっただろう。
廊下ががたんごとんと騒々しかったため顔を覗かせた折、わたしは見てしまったのだ。信じられない事だが、独り言をつぶやきながらぎこちなく歩くソラくんの姿を。
山へ向かったのではないかと指摘できたのはそのためだ。当然この真実を告げるべきかは悩んだ。伝えるべきタイミングも、内容も。わたしが赴く前に問いておいて欲しい。
その内に秘めた魂は語れるのかと。
ブロンテより
それ、私じゃない!
その喋ってたの、私じゃない!
なんで今!? 今そんな、今!
S.Message: Not me, obviously! Miss Solar!Σ(゚Д゚)
だよな! だよな!?
ログにも私が喋ったってないよな!
「……」
「決して語らないを貫くならいいんだけどさ」
しゅんとするな! いい大人が!
私だって意地悪で語らない訳じゃないんだ、ちゃんと理由があってだな!
そ、そうだ!
怪奇現象はどこいった。いつもなら暇そうに窓から見ているんだが。
あ! こっちの窓は全部ぶっ壊されちゃったんだった!
鏡面越しに限定してこちらを確認しているのかは分からないが、少なくとも今現在所在がわからない!
「おぢさん寂しいなぁー」
って言われてもさ、無理なもんは無理なんだよ。
私は喋れないの! 首を横にぶんぶん振って窓枠を指差してみたが無理か。
どうしよう、どうしたらいい?
「……」
喋れはしない。が、疑似的に可能な方法がある。
だがこれはコミュニケーションをとるためというよりか、余計な事しかできないが。
よし、やるしかない。
やるっきゃねぇんだ、ジョージとブロンテの誤解を解くためにも。
『今日はお家で色々あって遅刻したっすよー』
「喋った!?」
いいや喋った訳じゃない。
「……シャーロットの声?」
その通り。
『そういえばこの左腕って』『長靴、よし』
「え、なに怖い」
『でもどうして横線』『んふふ』『もしや、このチーズも?』
「ブロンテが見た聞いたっていうのは、これ……?」
過去のライブラリから各々の音声データを出力し、これでどうだ!
私自身が意思伝達を不可としているだけで、スピーカー機能自体は生きている。
音声付きの動画が投影できるからこれも行けるだろうとしてみたが、これなら納得だろう!
ブロンテが聞いたのは私から発せられた言葉ではなく、私がなんか試行錯誤してた時のやつ!
ふふん。我ながら良い誤魔化しだ。
今後また怪奇現象の乗っ取りが行われた場合はその時考えよう。
私は喋れない。絶対に。それを何としてでも伝えたい。
「ふーん……」
なんで訝し気なんだよ!
「おっけ、ソラ自身は喋れないでいいんだな」
「……」
ここであまりにも頷き過ぎるとそれはそれで怪しまれそうなので、一度しっかり縦に振るだけに済ませておく。
「ブロンテが来たら伝えてみよう。わざわざ魂が喋れるかーなんて詩的に書くくらいだし、どうせあいつの事だ。なんか深い意味を含んでる」
そうか? そういう納得?
確かに「ソラが喋ってたから問い詰めろ!」じゃなくて「内に秘めた魂は語れるのか」だもんな。
ちょっとブロンテ節の香ばしい言い回ししてる。
「……」
……なんか廊下が騒がしくないか?
顔だけ扉へ向けるとジョージも気が付いたようで、なんだと開けて顔を覗かせる。
しばらくして、ドン引きしたような声と共に引っ込めて扉をバンと閉めた。
どうしたんだいったい。
「愛しのブロンテ様が来たんだから開けろジョージ! ふざけてる場合じゃない!」
「うるせぇノックしろ!」
「このわたしがそんな丁寧な真似する訳なかろう!」
「……」
お、噂をすればブロンテが到着したのか!
久しぶりだ本当に。どんな人だったか忘れた感じするくらいには久しぶりだ。
だが少なくとも何もなくこう焦るような人間ではなかったはず。とすれば本当に焦る案件か。
ふざけている場合ではないというのも本当だろうし、ジョージもすぐに扉を開けた。
「ぉ、おお、ソラくんもここにいたか。丁度いい……」
だいぶ息が切れてる。ここまで走ってきたのか。
久しぶりの挨拶を兼ねて両手を広げて抱擁だ。ギュッ。
「うん、うん。しばらく見ない内にずいぶん人らしくなったじゃないか。顔は相変わらずだが自然な動作が学習を感じさせられる」
「んなこと言いに来たんじゃないだろ。どうした一体」
「ああ……そうだね。まずは棺を閉じておいてくれ」
よく分からないが閉めておこう。さようなら私モドキ。
それで一体?
「まず今日わたし達、商会からわたしと調査員が送られてくるって話だったろう」
あばら家詐欺事件の精査と、ついでに裏山開発の許可取りの為にと聞き及んでいる。
もしかして誰もこなくなったとか? いやそれにしては焦りようが分からない。
なら私か!? まさかバレたのか、私という本来存在してはいけない機械が動いている事が!
ひ、棺に収まって電源を切って置いた方がいいか!?
「調査員だなんて、そんな方じゃない。理由をつけ先んじてこの屋敷へ来たが、いつまでもつか」
「落ち着いて結論だけいえ」
そう言いながらジョージは懐からホイッスルを取り出すと、一息にぴゅーと音を鳴らした。
メイド衆のみならず警備や業者にも共有されている音であり、その意は来賓ありとの合図。
つまりジョージはなんだかよく分からないがとにかくいつ誰が来てもいいようにしろ、と考え各方面へ指示を出したのだ。
「……ふぅ。すまない、取り乱した」
「で?」
「会長が来る。というか来た」
「ふーん」
会長、とは何らかの会の長。
ジョージやブロンテに共通する会といえば、まず思い浮かぶのはオッペンハイマー商会か。
1000年前の機械戦争の遺構を調査し兵器類を廃棄して回っている活動でお馴染み、ブロンテが所属している組織だ。そして私を発掘した所でもある。
メインは貿易商なんだっけ。そちらの活動具合は興味がなくあまり情報を持っていないが、少なくとも現在この世界においてはどの国も逆らえないくらいの影響量があって──
「は?」
「……」
──は?
「わたしの部下が会長の足を止めてくれてる。今頃はおいしい海鮮丼でも食べてるはずだが……」
「だがじゃねえよ! 会長って、オッペンハイマー商会の、会長さん!?」
「……」
そうだよ、嘘だといってくれブロンテ!
そんな絶対兵器許さないマンみたいな人が来たら、私なんかイチコロってやつだろ!
「いいかい。わたしや君が想定していたような、仕事済ませて帰りますなんて人は来ない。帰らせますなんてできない」
この二人がどういう想定をしているのか具体的な事を断定できないが、私をなるべく見せないか調べさせないかで機械部位を見られても察せられないよう誤魔化すつもりだったのだろう。
だが会長ともなれば怪しまれる前に首都へ帰す、なんてもちろんできない。
「最近は獣人保護に力を入れ始めているし、ついでついでと観察される。アンくんも並べられるだろう」
「アンやソラについて調べられたのか?」
「どこから仕入れたのか、ここで獣人が働いているんだなと雇用契約書を見せられた」
表向き私は獣人か。猫耳と言われる通気口を上手く言うにはそうするしかないとはいえ。
「休日で不在とするか?」
「……難しいな。先ほど獣人保護に力を入れていると言ったが、会長は道中ずっとソラくんへご執心だった」
「ならなんとしてでも会わせろって言うだろうな」
通常の人員であればジョージの手で追い返せるだろうに……。
「ソラくんの代理、今から用意できるか?」
「前もって言われてたとて無理むり。猫の獣人で絶対喋んない無表情のやつを用意って」
「どうして律儀に雇用情報を残したんだ!」
「お前がノリノリで作ったんだろ!」
「わたしに言ってるんだ!」
「知らねぇよ!」
二人の目がこちらへ向く。
「普通のメイド服に戻し、外付けの機械パーツを外してモブキャップでも三角巾でも何でもいいから被せよう」
「瞳はどうする? 注目されたらカメラレンズだってバレるだろ」
「メガネ、サングラス……。いや瞑っていてもらうか。糸目ということでひとつ」
「いけるかぁ?」
頷いて瞼を伏せる。カメラからの情報を切ったとて私は問題ない。
この屋敷内での生活を続ける私がマッピングをできてない訳がないからな。
念のためワイヤーフレーム表示くらいしておきたいが……流石にそんな機能ないか。
S.Message: Need it? I’ll hook you up. Miss Solar! (゚ペ)
え、あるの?
S.Message: Just a moment. Coming right up! ( ¯w¯ )b
システムメッセージが表示しきる前に真っ暗の中へ線が走る。
先ほど述べたワイヤーフレームという、輪郭のみを映し出し最低限の遠近を示す低コストな表示方法だ。
──いや、壁や天井にベッドタンス棺桶に至るまで面に色がついたぞ!
リアルタイムで作成しているのか、或いは処理速度を最優先してか、解像度の低いローポリだがこれはものすごい助かるぞ!
流石に人は単純なピンで表記しおり完全な視界の代替とまでいかないが、間に合わせにしてはそれでも不足ない。
こんな機能があったなんて驚きだ。
S.Message: Since I can't update online, I'm stuck making my own MOD. Wait, not a MOD…… it's more like DIY, right?(`・∀・´)
うっそ、今自作したの? 私が内部で? すごいじゃん。
……つかさ、最近なんかシステムメッセージが馴れ馴れしくない? 砕けた口調っていうかさ?
S.Message: Oh, you noticed? I am──
「ずいぶんと騒がしいわね。うん、若い若い」
ん? ローポリ視界の中にピンが増えた。誰だ?
ジョージとブロンテは私をどうするかなんでこうなったと目の前でわーきゃー続けているから絶対に違う。
少し低い、知らない女性らしき声。
「んで、あんたがソラ。ふーん……なるほどなるほど……」
音源的に眼前へ寄って観察されている。息が吹きかかるほど目の前だ。
誰だ、誰なんだ?
「自己紹介が遅れたわね」
すくっと音が遠ざかり、直立したのだと察する。
声は低めだが女性。背はシャーロット程ではないがそこそこ高い。
……あれ、この屋敷へこれからやってくるのって……。
「私はソフィア・オッペンハイマー」
オッペンハイマー商会の……。
「皆からは、“会長”とよく呼ばれているよ」
会長様ァーッ!?