古代兵器のお屋敷のんびりメイド暮らし。   作:親友気取り。

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長くなっちゃった♡


36 オッペンハイマー商会の視察 後編

 

 

 石をぶつけられた部位の外傷確認はしたものの、その後続けらえたエンリカ2号によるメンテナンスというのは殆ど問診のようなものだった。直接的な手入れと言えば最初に行ったオイル交換程度なもの。

 内部を見なくていいのか本当にこんなんで大丈夫か等々と疑問に思う所あれど、機械パーツの製造ができないため当然できることも少ないんだと察して答えてくれた。

 そもそも私自身が奇跡的なバランスで成り立っているから手を出しにくいのもあるんだろうな。たぶん。

 

 私の興味を引く目的もあっての整備できるよと言う豪語に対しての内容に負い目を感じているのか、代わりとして私に使用できるコート材を教えてくれた。怪奇現象をも超える摩訶不思議で稼働しているとはいえ物理的に存在している身体。経年劣化しているコート保護を更新できるなら嬉しい。

 どうやら私の頭髪に似せている太陽光発電機や人工皮膚にも使えると断言できる特殊なオイルがあり、実際にエンリカ2号も利用しているんだそうで。

 

「香りとかも色々あるからカタログ作って送っとくよ」

 

 ……と、試供品を渡された時に告げられたのでシンプルに営業された説ある。

 まぁお金の使い道は未だ皆無で有り余らせているし、人間ならば使用していた消耗品と考えれば安いものだ。人間の少女を自認し行動するならこれくらいお安い物だろう。

 問題は私に筆を取る能力がないこと。注文書を誰かに渡せば察して選んでくれるだろうか。

 でも思い付く顔の大体がおねだりと勘違いして自分の財布を出してしまいそうだしなぁ。エミリーなんか特に。

 金ごと渡せばいいか。

 

「そういえば今ってどうしてるの? ほんのりいい匂いだけど」

「……」

 

 シャーロット製の整髪剤と思わしきナニカ。害はないし拒否感もないし受け入れてる。

 

「ししシャロちゃんっ、がつ、作って……作って、たのがああある、ある、から」

「へえ! あの子が!」

「……これっ」

 

 ちなみに私のそばにはずっと道化師トリブレがいる(正確には近くの隙間や空間から声がする)けど、めっちゃくちゃ現代では危うっかしい内容の話がばりばり聞かれているけどいいのかな。

 トリブレなら言いふらさないし平気だと信頼しているので追い返すような真似はしないけれど。

 

「主成分は市販されているやつの? それの調整か。……うん、特別な調合してるんだね。あの子ちらっと見ただけだけど、丁寧だしモデルさんみたいだし凄いんだねぇ」

 

 丁寧な物腰はお偉いさんが来ている間だけだよ。

 がちゃり。

 

「エンリカ。ここにいたのね」

「お、会長おはよう」

「……」

 

 げぇー! ソフィア会長起きてきた! 起きて真っ直ぐこの部屋にやってきた!

 がさ入れされたら終わっちまいそうなエンリカの部屋に!

 

「ん? その子は……」

「会長運ぶの手伝ってくれたんだよ」

「それはありがとう」

 

 頼む、バレないでくれ。

 めっちゃ怪しい私に探りを入れないでくれ。

 エンリカとトリブレが揃っているとはいえ、人間で言えば本能的な恐怖とでもいうのだろうか。

 今この時代戦闘はご法度なのでそも戦う気はないが、もしそんな展開になったとしても何故かソフィア会長に打ち勝つビジョンが見えない。仮にシャーロットを追加した場合でも計算は同じ。

 機械を超える人類がそうほいほいいてたまるかってんだが。

 

「何その目」

「ただ目つきが悪いだけだよ。ねっ」

「……」

 

 おとなしく頷いておく。

 

「あんたのもてなしが雑だったんじゃないの? 部屋汚いし」

「ちゃんとソラちゃんをおもてなししましたー。話も盛り上がってましたー」

「そいつ喋れないらしいじゃん」

「てか! 会長は裏山へいかなくていいの? 今日やるって言ってたじゃん」

「あー……。うん、そうね」

 

 すげぇ、会長相手に一歩も引かない。

 

「じゃあ日が暮れる前に行くことにするわ。あんたもその子どうにかしなさいね」

「あいはーい」

 

 会長が扉を閉めて姿を消す。

 ふいー、とんでもなく恐ろしかったなぁ。

 

「危なかったねぇソラちゃん」

 

 ホントだよ。この部屋が汚いのが悪い。

 

「……」

「か片付、け、片付けにっ、にに苦手?」

 

 だん、とエンリカの右手が机を叩く。

 

「手が足りないのっ!」

 

 ブロンテの部下でありソフィア会長のお付き。

 そりゃ忙しいだろうな。

 

「文字通り!」

 

 ……そういえばエンリカ2号、右腕しかローブの下から出してないな。

 

 

 

♪ 

 

 

 

 夕暮れの琥珀色に染まる町並みは私が最も美しいと感じる景色の一つだ。

 普段は町へ出ず屋敷の二階から見下ろすだけだが、たまにはこうしてその中を歩くのも悪くない。

 お見送りだとついてきてくれた隣のエンリカ2号はこの美しさをどう思っているだろうか。機械の身のよしみ、同じ感想を抱いてくれていると親近感があって嬉しいのだけど。

 

「ん? どったのそんな見つめて」

 

 言葉を持たねば感想の共有もできない。歯痒いなぁ。

 

「うーん。意思疎通の方法、無い事はないんだけど」

 

 それは気になるな。首を傾げてアピール。

 

「ファイルの整合性チェックと再インストール、再起動」

「……」

「あたしの持つメモリーなら可能だけど、どうする?」

 

 可能であるという事実自体に偽りはない。きっと私が望めばその通りに答えてくれる。

 だがその作業は、私がこの屋敷で目覚め築いてきた経験、大切な記憶達の、今ここで歩んでいる私という存在の持続性の消失を意味するのだろう。その可能性があるから先ほどまでのメンテナンスではこれに触れていなかった。

 帰り道になってようやく切り出したエンリカの表情は、傾いた陽の影になっていて分からない。

 

「……」

 

 ふるふると首を横に振る。確かに意思の疎通が取れないのは不便だし歯痒い。

 文句に思うし苦しい時もあろう。だが、トリブレが喋るのを苦手とするのと同じでそれは個性だ。

 それに人ならざる者が人に近付き、個性を得たと思えばそれは嬉しい事じゃないか。

 

「君なら断ると思ったよ」

「……」

「気にしないでいいよ。エンリカ博士はね、断られてもいつもそっかって済ませるんだ」

 

 そう呟いて微笑んだ彼女の横顔は、どこか憂いを抱いたものだった。

 

「……」

 

 エンリカ2号は自身をエンリカ博士の模倣だと言い、時折自身の感情や言葉が漏れ出ている。

 なので完全に本人を再現しているという訳ではなくあくまでフリだ。正気で続けられるようなものではない。

 一体どういう感情なのだろう。レア・スという本来の名前を取り上げて他人のフリを続けるなんていうのは。

 

 というか、そもそも1000年前の人物を何のために?

 短い付き合いではあるが、諸々含めて彼女は溢れ出る複雑な状況を自覚していないような節がある。

 面倒を見てくれたことに感謝はするが、それにしたって歪さが多く感じられた。

 

「仕事はもうなくなっちゃたし、なるべく君の要望を聞いておきたいんだよねぇ」

 

 それはソラ・オプトを探していたという仕事だろう。

 それを終えた今、エンリカ2号が私にそこまで尽くす理由は? その意志決定もエンリカ博士の模倣か?

 だとしたら、エンリカ博士が私に構う理由はどこにあるのか。彼女を取り巻く歪さの最もたる、廃棄する予定のソラ・オプトへ欠損した片腕を届け、廃棄しない道を探したのは何故かという疑問にも繋がる。

 

 ……幾ら疑問に思えど意は問えない、か。まぁしょうがない。

 少なくとも害はないのだし好意に甘えよう。

 

 

 

 エンリカ2号と共に屋敷へ辿り着くと、エミリーが一人でこそこそと窓から外へ出ようとしている所だった。

 私が色々複雑な想いをしているというのに、何をしてるんだこの人は。

 

「あ、おかえりなさいソラさん……」

「……」

「この人は、メイドに扮した盗人かい?」

 

 首を振って否定する。これはうちの同僚です。先輩です。

 様子がおかしい以外はとてもいい人だよ。

 

「わ、わたくしはエミ……エリスという者です。ここで働いていて」

「うーん怪しい。ねえソラちゃん、ほんと?」

 

 エリスという名に聞き覚えはないものの、顔も体格もどう見たってエミリーだ。

 誤魔化すなら変装の一つでもしてみたらどうだ。

 

「ソラさんっ」

「……」

「しばらく話を合わせて頂けませんこと?」

 

 窓から滑り降りてきたエミ……エリスがするりと私に抱き着き、耳元へ囁く。

 

「お二人さん?」

「……」「あ、ああ、ども」

「あたしはエンリカ。エミ・エリスさんとは初めましてだね」

「は、はじめまして」

 

 でだ。エリスことエミリーはなぜにこそこそと?

 首を傾げて疑問を伝える。

 

「……実はその、ソフィア……じゃなくて、会長に顔を合わせたくなくて……」

「会長に? なんかしたの?」

「いいえ。そういう訳ではないのですが」

「じゃあ名前を知ってる理由は?」

「へ」

 

 そういえば会長は私が喋らないからとこっそりと名を告げていたな。立場上お偉いさんに当たるジョージやブロンテらですら会長とのみ呼び名前を把握していなかった。

 本によれば真の名を他人へ伝えるのは魔術的な云々があるとからしいけど、そういうあれで限られた人しか教えてないのかな?

 いかに1000年前から生きてそうな会長と言えど、そういう方面の自衛はしているんだな。関心関心。

 

「歴史書にばっちり顔写真と名前の乗ってる会長さんはぁ、年齢を聞かれるのが嫌で認識阻害使ってるのにぃ」

「え、えっと」

「どぉして♪ あそれどぉーして♪」

 

 煽るな煽るな。エンリカ博士ってそんなノリの人なの?

 それはともかく、認識阻害とは魔法だろうか。

 なるほど。それによって会長だと彼女を認識できるけど、イコールで1000年前のソフィア会長と同一人物だとは疑いを持たないと。へー、上手くできてるんだなぁ。

 事情をエンリカ2号が把握した経緯は知らんけど。

 

「あの! お使いを頼まれていまして!」

「そうなの?」

「ええ、魚……そう! 魚を買ってきてくれと──」

「──頼んでないぞお嬢ちゃん」

 

 がちゃりと先ほどエミリーの出てきた窓が開き、料理人のハーディが厳つい顔を覗かせた。

 

「……」

「……」

「だってさ」

 

 ぱたん。無慈悲にハーディがさよならする。

 

「もしかしてさ、君って会長のご令嬢──」

「──お使い頼んでいいか?」

 

 がちゃりと先ほどハーディの出てきた窓が開き、料理人のハーディが厳つい顔を覗かせた。

 

「調味料が足りねぇんだ。メモにあるやつ買ってくれりゃあいいから」

「は、はい。あの、ありがとうござい──」

 

 礼を言い切る前にハーディは窓の向こうへ消える。

 基本的に厨房に揃える物は買い出しではなくお届けされるシステムなので、あのお料理職人ハーディが発注をミスしない限り足りなくなるなんて事はない。そして万が一切らした場合はプランを変えるか、それでもどうにもならないなら性格上他人へ任せるなんてせず自ら赴くはず。

 

 となれば、エミリーの危機を察して助け舟を出したか。

 世間ではこういうのを萌えキャラと言うのだっけか。いやツンデレか?

 

「で、では! この通り買い出しがあるので!」

「ちょ」

 

 渡されたメモ紙を片手にエミリーは足早に去っていった。

 ここで私を伴おうと粘らない辺り相当追い詰められていたんだな。

 

「……青春だねぇ」

 

 いやどこが?

 

「たぶん彼女がエミリーちゃんだよね。たまらず家出しちゃったって子」

 

 偽名エリスはもう使う機会なさそうだ。

 それで、家出とは?

 

「年齢からして反抗期ってやつかな。あたしとしては、どうせ会長はまだまだ生きるんだし跡継ぎ考えなくてもいいと思ってたんだけどなぁ」

 

 会話の流れから何となくそうだと思ったが、やはり会長を親としていたか。

 確かにお酒の弱さは遺伝かもしれないな。二人とも気化したアルコールだけでべろべろだったし。

 

 あれ、そんなご令嬢の逃走を手引きしたブロンテってやべーのでは?

 あれ、それを匿っているジョージも中々やべーのでは?

 あれ、そういう事情にプラスして機械人形の所有に踏み切ったこの屋敷やべーのでは?

 

 とんでもない土地ではないのだろうかこの港町は。

 呪われてるよこれ。お祓いしたほうがいい。

 ガチのお祓いしたら怪奇現象アンも消し飛ぶと思うけど。

 

「そういえば今日はずっと屋内にいたけど、充電の方は大丈夫?」

「……」

「大丈夫な方ははいを、そうでない方はいいえを押してくださーい」

「……」

 

 どこを押せばいいんだよ。首を振って否定しておく。

 残量は16%なので、万全を期して最速で休み朝日を待ちたい。

 玄関を潜った近くのソファで落ち着いた我々だが、そういう訳なので私は先に部屋で休んでいいか?

 えーっと、どう伝えたものか。伝えようとしたら身体が動かなくなったので無理か。

 

「どこいくのー?」

 

 部屋に戻り休む意を行動で示そう。いつもやっている通り。

 そう考え階段を上って行くと、踊り場の窓の鏡面に怪奇現象が映りメイド服姿で優雅に頭を下げていた。

 だが、エンリカ2号の顔を見た瞬間になぜか慄いて消えていく。様子が変だな。どうしたのだろう。

 

「……」

 

 気にせず進むと天井からトマトが降ってきてエンリカの頭へ当たった。

 嫌われるようなことしたのか? エンリカ2号、或いはエンリカ博士は。

 

「案内してもらってるけどごめん。どうも歓迎されてないみたい」

「……」

「姿は見えないし感じもしないけど、きっと裏山の墓石群からだろうね」

 

 一歩段差を踏み出せば2階へ到着するという直前で止められている。

 追撃が来ないのは怪奇現象なりの譲歩だろう。エンリカの足元にはそれを示すように鉛筆が転がっていた。

 

「あたしは帰るよ。会長たちが戻って来たら帰ったって伝えておいて──」

「……」

「──いやごめん、不躾だったね」

 

 ジョークは好きだ。喋れない事を下手に構うようなら笑いに変えて頂いて構わない。

 

「っとと、相当嫌われてるねこれは」

 

 私は良くてもアンはだいぶお怒りだ。

 ばん、と踊り場の窓が叩かれる音と共に赤い殴り書きが現れていく。

 レサチタの文字と手形。ふぅむ、ベタなホラー演出だな。怪奇現象らしい古臭さというか。

 しかしこれは冗談として笑っている場合ではない。

 

 基本的に怪奇現象は我々の生活を静観して楽しんでおり、見える私や獣人のアンを揶揄いこそすれどその行動を強要するのは大変稀である。

 そして自身の存在が混乱をきたさぬよう目立たぬよう立ち回っている。そんな中わざわざ外部の人間へ向け物理干渉までするのは、よほどの必要性に駆られたということだ。

 そこまでさせるとは、過去にエンリカ博士は一体何を……ああ、機械戦争の引き金か……。

 

「……」

 

 エンリカの顔を真っ直ぐに見てゆっくりと首を横に振る。

 それが「嫌われてないよー」なんて平和ボケした意味でないことくらい、あっさりと伝わってくれた。

 怪奇現象がこれ以上の手を出さない内に去った方がいい。

 

「ごめん。流石にそれはガチでやめて欲しい」

 

 中々立ち去らないエンリカの足元から幾つもの小さな人形やぬいぐるみが群がりよじ登り、身に纏っているローブが引っ張られていく。

 飄々とした顔からは察しがつきにくいものの本気で嫌がっている。嫌がっているけど、抵抗は少ない。というより、()()()()()()()()()だ。

 

「あっ」

「……」

「あはは……」

 

 びり、と破かれたローブの下には人間らしい身体は無かった。

 剥き出しとなった配線と錆びだらけの内部骨格。失われている左腕。

 アンバランスに綺麗な右腕と頭以外は、野外に放置され朽ちた機械そのものといったありさまだった。

 私を摩訶不思議な状態で稼働していると評していたが、自身の方がよっぽどオバケではないか。

 

「……スペアパーツのキメラって言うのかな。あたしはパーツの製造できないからさ」

 

 破れたローブを内側から針金を伸ばして支え、再びその身体を隠していく。

 

「安心してね。その左腕と同じく、右も必要なら返すから」

「……」

「む、無断でレンタルしてるのは悪いと思ってるよ!?」

 

 目覚めた時は失われていたこの左腕。これはエンリカ2号がブロンテに預け私に届いたという構図らしいのだが、発掘した訳ではなく使用していたものを譲ったのか。

 下手にできもしない自作をして壊すよりも、パーツ流用できるならばコストもかからず理にかなった選択と言える。文句は一切ない。

 それにしても私の前身、あるいは前世ことソラ・オプトを探してずいぶん長い旅をしてきたのだな。この者は。その身体を見れば分かる。

 

「……」

「よしっと。見えてないかな?」

 

 ローブで身を隠し、くるっと一回転したので頷いて返す。右腕とその顔だけを見せていれば立派な人間だ。

 少なくともこめかみに機械をくっつけていたりネコミミのような通気口を頭頂に掲げていたり、そういう危なっかしい誰かさんより隠す気があってよろしい。

 誰だろうな。雪にはしゃいでおもっくそ外でブースト吹かしたやつ。大人担いで全力疾走とかしたやつ。

 

 ──私だよ!

 エンリカ2号がハンデ背負いつつ目的のため商会で地位を築いてる時に何してんだ、このおバカ!

 

「なにそのポーズ」

「……」

「元気そうでよかったよ」

 

 伝える手段がないからとサボらずド派手なリアクションを、とは道化師書物から学んだこと。

 実践してみるとシュールらしいね、やっぱり。

 

「じゃ、あたしは帰るから」

 

 肩を落としながらエンリカが階段を下っていく。

 ばいばいと手を振って見送るしか私にはできなかった。

 

「……」

 

 ……本当にそうしかできないのか?

 後片付けのため行動していたエンリカ2号の誤解を解けぬままで、アンの怒りを身に受けたこのままで。

 あんなガラクタのような身になってまで使命を果たそうと生きてきたのに、これではあまりにも憐れではないか。ヘンな奴だが悪い奴では決してない。

 

 隣の窓に映るアンへ向かって両手を大きく開き、その存在を歓迎する。

 正直な所、私の重たい身体を動かせる程の技量を持たない彼女へ身体を預けるのは断りたい所だ。

 しかしこればかりは、今日ばかりは致し方がない。

 

「ソラちゃん?」

 

 隣の窓に浮かぶアンの驚き顔を代弁するようにエンリカ2号が言葉を漏らす。

 

「……」

 

 視線で言葉を交わす。頷く事はできる。

 それだけでアンは意図を理解し、その姿を消した。

 いいや消したのではない。

 

「いいんだね」

「ソラが、喋った?」

 

 ぎこちなく身体が勝手に動く。無事乗り移れたか。

 

「ありがとう」

「おっとぉ!?」

 

 一足でエンリカ2号の頭上を飛び越え、踊り場に着地すると向き直る。

 なんだ、どうした。階段ひとつ降りるのにあんな苦労していた癖に、ずいぶんと上達しているではないか。

 もしやあの人形遊びか? しまったそれは想定外。

 

「──私は(アン)。エンリカ、お前への恨みっ!」

 

 振り抜かれた拳が空を切りローブが宙を舞う。

 また千切れたのかと一瞬疑ったがそうではなく、自身で脱ぎ捨てたらしい。

 

「致し方がないか」

 

 脱ぎ捨てられたローブが地面へ落ちると同時、がしゃんと剥き出しの内部骨格が広く展開した。

 一回り小さくなった芯のような身体から複数の腕が伸びたかのようで、その姿は元から存在する右腕を含めて計六本にも及ぶ副椀持ちの人外と言えよう。

 こうもあっさり人間らしい姿を捨ててしまう事に、どこか少々がっかりしてしまった気持ちがある。

 

「お前が機械なんてものを作ったから、兵器なんて作ったから!」

「そのお怒りはごもっとも。エンリカが機械を作った事で時代が動いたのは確かだし」

 

 私の身体がぎゅいぎゅいと異音を鳴らしつつ拳の嵐でエンリカを攻撃するも、複数の腕が器用に動きすべて軽々といなしていく。戦闘経験の差だろう。

 私も全てを聞いた訳ではないが、エンリカ博士は最初の機械開発から人工知能まで全てを行ったらしいじゃないか。

 行き過ぎた叡智に対して人類側はそれを武器として扱う事しかできず、全て滅ぶまで戦うしかなかった。

 当時を生きた(アン)にとって偉大なる博士であり、憎悪の対象なのは仕方がない。

 

「機械の身体になってまで生き延びてなにしてる!」

 

 だが残念かな。そこにいるエンリカはあくまで模倣。

 レア・スというAIが本人のフリをしているだけだと言えばいいのに、怒りを受け止めるのも仕事だと言わんばかりにやはり弁解する様子がない。

 

「お。あ、あれ」

「止めた?」

 

 私は人違いだという事を伝えたかっただけ。これ以上続けた所で意味がないだろう。

 そもそも怪奇現象には暴力を振るわせる為に身体を貸したのではない。

 

「君は(アン)、でいいのかな。ソラちゃんは望んでないみたいだよ」

「どうして! こいつのせいでみんな死んだんだよ!?」

「彼女は嫌な事はしっかり拒否するよ」

「そん──。……」

 

 気が緩んだ一瞬をついて主導権を取り戻し、ゆっくりと首を横に動かす。

 直接会話させればと思った考えが間違いだった。怪奇現象が普段飄々としているため、それほどに機械戦争によって生まれた傷が深いものだと考えなかった私の落ち度だ。そもそも殺され未来を奪われている訳だからな。

 エンリカ2号の性格と合わさり相性が悪かった。

 

「ここへはもう来ないよ。それでいいかな」

 

 がしゃがしゃと副腕を収納し、床に落ちたローブが拾い上げられ再び身に纏う。

 そこそこ感情興味を優先する事のある私と比べ、エンリカ2号は酷く理論派だ。

 人々の憎しみと怒りを受け入れてなおも止められるつもりはないというエンリカ博士の狂気が、それを模倣するエンリカ2号の行動から見て取れた。自身の行動に責任を持ちつつ攻撃はいなすし謝罪の言葉ひとつお出ししない。

 

 これがエンリカ博士を模倣した結果だとしたら、機械よりも機械らしい。

 そんな人のフリなんてするから歪な雰囲気にもなろう。

 

「……」

「エンリカ博士ならそうするだろうからね」

「……。──どういうこと?」

 

 ぐんと身体の主導権がアンへ移り、口が動く。

 彼女の口の軽さが幸いして、偶然にも私の望む認識の齟齬解消に一役買った。

 

「あたしはエンリカ2号。エンリカ博士亡き後の後始末として活動する特殊AI、個体名はレア・スだよ」

「なっ……! じゃあ……」

 

 アンが絶句し、私の両手を眺める。そうか、アンは私という前例を見ているが故に本人だと思っていたのか。

 

「さっきの言葉は代理として受け取っておくから安心してね」

「……」

「じゃあ、ばいばい」

 

 目的は果たした。あの顔が模倣しているだけと伝わった。なのに、なんだこの納得のいかなさは。

 踊り場で立ち尽くしている私達の横を通り、エンリカ2号は階段を下って真っ直ぐ玄関へと向かう。

 

「──待って!」

 

 扉へ手を掛けたその後ろ姿へ、アンは声を上げて引き止めた。

 

「あんたはそれでいいの?」

「……」

 

 振り返って首だけが傾げられる。

 普段決して喋らない私とよく喋るエンリカ。その立場がこの瞬間だけ逆転していた。

 

「あんな奴を真似する必要ないのにどうして続けるの」

「そりゃあ、エンリカがそう望んだからね」

「そうじゃない。あんた自身はどう思ってんのか聞いてんの」

「どうって、仕方がないじゃん? 全部事実なんだから、誰かがやらないと」

 

 ──模倣ではないレア・スとしての意志がそこにあった。

 彼女は参照先を失ってなお当人らしさを意識しただけの存在であり、結局はただの影武者に過ぎない。

 私が歪に思い不憫に感じていたそれを、アンは直に投げかけてくれた。

 

「……」

 

 身体の主導権を取り戻さずとも私達の行動は同じだった。

 階段を下って歩み寄る。エンリカの代理であり、レア・スという個人へ。

 

「似てるね。ソラちゃんとあんた」

「そう? まぁ一応、人間で言えば姉妹みたいなモンだから?」

 

 棺から這い出て目覚めた当初を思い出す。

 私は自身について機械であり兵器なのだと、だからこの時代にふさわしい存在ではないと自罰的に深く考えていた。それこそ、遺された映像データで人として生きろと諭された後でも頑なにだ。

 

 傍から見ていただけのアンでもそう思っているという事は、かなり痛々しく映った事だろう。

 

 これと同じ事が姉であるレア・スにも言えると表現された。

 アンの言う通り、私達姉妹は似ているのだ。存在を理由に縋って人ではないと否定するその憐れな姿勢が。

 

「え、てか姉妹なの?」

「シリーズを同じくするAIだからね。あたしが先でソラが後」

「へー」

 

 っとと、急に主導権が戻された。アンはどこかへ行ったか。

 

「……」

「あれ、もういいのかな」 

『エンリカを許した訳じゃないよ。でも、あんたは別』

 

 どこからか、空間全体からアンの声が響く。

 怪奇現象という呼びに相応しい姿に戻ったな。

 

『ソラちゃんのお姉ちゃん、レア・スが遊びに来ることは歓迎するよ』

 

 思うところある気持ちを汲めば、「エンリカ博士の代理として来ようものなら容赦しないぞ」と暗に伝えているこれは最大限の譲歩だろう。

 一時は暴力に訴える展開となってしまったものの、これは良い着地点だ。

 どこに彼女がいるのか分からないし適当な所へサムズアップしておく。

 

「あはは、まいったな……」

『じゃ、おやすみなさい』

「うん。──おやすみなさい」

 

 レア・スが玄関を潜って扉を閉める。次がいつになるのかは分からないが、いつ遊びに来たって歓迎しよう。

 お見送りを終え振り返ると、ぴやーっと叫び声と共に何かが腹部へ飛び込んできた。

 

「あのあのあの! ソラさま、ソラさまごぶじですか!?」

「……」

「ゆうれいのかたが、たましいのみえないかたが、どこからかこえが!」

 

 怪奇現象アンではない、その名を借りているネズミの獣人のアンだ。

 そういえば“エンリカ”、“アン”、“ソラ”と名を借りている面々が揃っていたのか。日記を書く習慣はないが、もし書こうものなら発狂ものの表現になりそう。

 まぁ、エンリカ2号の事は今後レア・スと呼ぶので問題ないか。

 

 

 

♪ 

 

 

 

「──退職ぅ?」

 

 フロレンス号の甲板。そこには冷たい夜風に吹かれながら対峙する人影が二つあった。

 オッペンハイマー商会会長ソフィアは、ローブをたなびかせるエンリカ2号ことレア・スの発した退職という言葉に首を傾げている。

 

「あたしの目的は果たしたからね。もう頑張る必要がなくなっちゃった」

 

 手すりに身を委ね、レア・スは遠くの屋敷をぼんやりと眺める。

 世界を終焉へ導いた実績のあるエンリカ製AI、その気になれば再び世界を滅ぼす可能性を秘めたその三つ全ての無害化という使命完遂は見えてしまった。

 

 筆頭であり大量破壊兵器となりうる証明のオル・ガ・ルヴァは1000年前にソフィア会長が単騎で打ち倒しているし、長年行方不明だったソラ・オプトはもう“転生”して事実上消滅していた。

 そして最後に残った一つ、レア・スはここに存在している。

 

「退職すんのは別にいいけど」

「やったね」

 

 お互い言葉は軽々しいものの、その目つきは全てを物語っている。

 

「機械って自壊できるの?」

「……会長に嘘はつけないかぁ」

 

 自身(レア・ス)の廃棄を持って終止符を打とうとしている策は、ソフィアにはとっくに見抜かれていた。かの合理性主義の人物であるなら目的のための自死に何のためらいもなかろうと。

 エンリカとは違う個人と面々から判断はされたが、レア・スの思考ベースであることに違いはない。

 

「あえ? てか会長はあたしが機械だって知ってたっけ」

「死んだはずのエンリカがいることも、妙に色々詳しいことも、1000年一緒にいることも、何もかもおかしいでしょ」

「それはそうかも。……うーん、エンリカのフリをしている内に認識がおかしくなっちゃったのかな」

 

 はぁ、とため息一つ。

 ソフィアは首を傾げるレア・スの隣に並んで共に町を見渡す。 

 

「ポンコツね。その様子じゃ壊れかけのあんたにオル・ガ・ルヴァの動力炉を渡した事も覚えてないでしょ」

「え!?」

 

 ここにいるのはあくまで亡きエンリカのトレースを続けていただけのレア・ス。

 

「機械は嘘をつけないけれど、よくできた機械は嘘をつける。矛盾に目も瞑る事ができる」

「……あたしは、確かにエンリカを騙ったけど……」

「じゃあ聞くけどさ。廃棄を目標に掲げながら何で左腕を渡したのよ。それに問答で廃棄しない選択を探したのは?」

「……」

 

 後始末を行いたいエンリカの思考と、唯一残った()()である妹のソラ・オプトの幸せを願いたいレア・スの気持ち。

 本人ですら気が付いていなかったレア・スという個人の感情を、ソフィアはとっくに見抜いていた。

 

「退職届は預かっておくけど、まだ受理はしないわよ」

「えっ」

「貯まった有給をまず消化しきりなさい」

 

 話はそれのみと言わんばかりにソフィアは離れ、背を向けて船内へ向かおうとする。

 

「会長はどうして、あたしを側に置いてくれたの?」

 

 ソフィアの足が止まり、振り返ることなく星空を仰ぎ見る。

 1000年前から唯一変わりない美しい空だ。

 

「だいたいあんたと同じよ」

「同じ?」

「そ」

 

 あー、えー、と言葉を迷わせ。

 しばらく経ってがしがしと頭を掻きながら、言葉が続く。

 

「オル・ガ・ルヴァ……。ルルと私は、友達だったから」

 

 1000年前の事は酒でも入らない限りあまり語りたがらない。

 長年連れ添って来たレア・スでも、そこに友情があったとは知らない事実である。

 今度こそ話は終わりだと、照れ隠しのような足早でソフィアは船内へ消えていった。

 

「いいのかなぁ、でも会長がそう言うならいいんだろうなぁ」

 

 七日あれば世界を滅ぼせるというオル・ガ・ルヴァの摩天楼型戦艦二隻はソフィアの単騎駆けで破壊された。

 その実績からくるどんな時代のどんな兵器でも絶対に勝てるという自信。

 どこかの国がこっそり兵器を作ろうが瞬時に把握できるその能力。

 

 きっと暗に彼女は、お前達エンリカ製AIがまた何かしてもなんとかしてやる──と言っているのだ。

 友達の親族だというのなら、その面倒程度は見てやると。

 

 確かにオル・ガ・ルヴァでも勝てないんだからあたしじゃ無理だよな、とレア・スは笑う。

 長年生きてきて、ようやく使命から解放されて、ちょっと疲れが出てきたらしい。

 

 有休をどう使うかはゆっくり考えよう。

 どこかの屋敷でメイドさんでもしてみようかななんて考え、更に笑みが漏れる。

 はははと感情が収まるまで、しばらくレア・スはひとり甲板で楽しんでいた。

 

 





・人物紹介・

〇ソフィア・オッペンハイマー
 1000年前に機械戦争を終わらせた張本人。ソラが発掘された当初から存在は把握していたし、ブロンテの性格も利用して逃がしてもいた。
 抑止力のため未だに全盛期の肉体を保っているものの、そのぶん燃費が悪くなり常に何か食べている。元が食道楽なのであまり気にしてない。

〇レア・ス
 自分をエンリカ博士のコピーだと思い込もうとしていたAI。ソラ・オプトを廃棄したら海に飛び込む腹積もりだった。
 1000年分の有休が消滅せず貯まり続けていたため、これ全部使わないといけないのと困惑している。
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