トリブレがメイクのため席を外した後もアイーダとソフィアの雑談は続く。
といっても素なのかわざとなのか分からない飄々としたアイーダが、一方的に会長を揶揄って遊んでいるだけに見える。
しかしその関係を見ていて不快感はない。ボケとツッコミの掛け合いなので見ていて面白い。
会話の内容からしていつもこんならしいし、それでも遊びにくる会長も口では色々言いつつ楽しんでいるようだ。
やっぱり変人なんじゃん。会長も。
「そういやあんたの妹分はどこ行ったの? 最近見ないけど」
「北極圏へ向かうと言ってそれっきり。探して頂けませんでしょうか」
「やらないわよ。半龍の私より死にそうにないでしょあいつ」
それにしても龍かー。半人半龍らしいとはいえ浪漫あるなぁ。
人類の辿り着ける限界、科学の結晶たるオル・ガ・ルヴァと生物の頂点が戦ったというシチュエーションは燃えるものがある。
だってサイエンスvsファンタジーだよ? 不謹慎かも知れないけど当時の決戦を見てみたい。どんな様子だったんだろ。陽向博士はどうして観戦を待たずして私を棺桶へ納めてしまったのだ!
「……」
「……ぁ」
黙ってトークを観戦するしかできず、ふと視線をさ迷わせた先で小さな生き物を見つけた。
いわゆる子供ってやつ。扉からちょっと顔出してこちらを見ているあ奴は確か、玄関先で私にぶら下がっていた子のひとりではないか。
ずっと私を猫扱いしたり、会長の尻尾を探そうとしたりしていたからよく覚えているぞ。
「……」
「アイーダ。ちびっ子が見てるらしいわよ」
「おや?」
ソフィア会長が仲介しちょいちょいと手招き。
とてとてとやってきたその子はちょこんと空いているトリブレの席へ座り、すっかり冷めてしまったトリブレのお茶をちびちび飲みクッキーを頬張る。猫だ猫だと言ってるこの子の振る舞いの方が自由で猫っぽいぞ。
ほら、無意味にこっち頭突きしてくるこの感じ。なんで頭突きした?
あ! 違う! こいつ私の服で口拭きやがった! 小癪な!
「ちょっとは抵抗しなさいよあんた」
抵抗しようにも動けないんです。密着されると。セーフティで。
「ひっ」
「……」
ひとしきりこすりつけた子供は顔を上げ、私と目が合うと小さく悲鳴を上げた。
この顔も目つきも、どうもしようがないんだ。申し訳ないが慣れてくれ。
「で、この子は?」
「さあ? 自己紹介がないと分からないのですよね」
やれやれとアイーダは首を振り、両手で自身の閉じたままの目をわざとらしく指す。
もしや糸目とかじゃなくって本当に見えてなかったの? ノールックで給仕できるわけだ。
「……」
「はい。たぶんニーナです」
たぶんってなに?
「たぶんってなによ」
意見が被った。ワンペアだね。
「ニーナでしたか。好奇心旺盛な良い子です」
「たぶん、たぶんです」
「だからその不確定はなんなのよ」
仮称ニーナはわたわたと手を動かしながらまた頭突き。そのコミュニケーションはなんなのさ。もう拭くなよー。
「ここへ来るまでに色々な名前を付けられていたのです。ニーナというのは最後に呼ばれていたものですよ」
「ですよ」
「あー……。それは、ちょっと悪いこと聞いたかしら」
「地域猫みたいなものですね」
「あんたそろそろ怒られなさい」
確かに野良猫って人によって色んな名前つけられてるけどさ、そういうあるあるはちょっと分かるけどさ、分かるけど、孤児院の代表が人に向かってする発言か?
いや隠し事をしないってのはいいんだけどさ。
……いや良くねぇわ。なんでも正直に言えばいいってもんじゃないわやっぱ。
「えーっと、それでニーナちゃん?」
「です」
「なにか私達に用かしら」
背の高い会長は椅子から降り屈んで目線を合わせながら、わざとらしい笑顔を張り付けて用件を問う。
正面から問いかけられたニーナは私へ引っ付いたままの状態からおもむろに会長へ向かって手を伸ばすと、その頭のてっぺんを撫でた。
撫でて、両手で撫でて、そして撫でた。
わっつ?
「お
「アイーダ。あんた子供に私のこと話した?」
「いいえ?」
段々慣れてきたのか、屈んだままの会長の後ろへ回り今度は背中を触る。
「翼ないない」
「……」
「尻尾ないないー」
「ケツ触んなし」
おういいぞ、やれやれ。
私だってその隠してるドラゴン要素を見たいんだ。
「お見せしたらどうです?」
「まぁ、別に構わないけど……」
キター!
よくやったぞニーナ!
ソフィア会長、見せて見せてー!
「──あああああの、じゅび、じ、じ準備っ、でき、でできたよ。できたよ」
「!」
唐突に私の胸元からトリブレの声がして、ニーナが跳び上がり会長の背へ飛び乗る。
この孤児院へはレーヌカーニバルの公演を見に来たのだよな。
もしかしたら忘れているのかもとヤキモキさせてしまったかも知れない。
ないがしろにするつもりはないのだが、つい他に気になるものも多く。
「それでは舞台へ向かいましょうか」
ぱん、と手を叩いて席を立ったアイーダの背に続く。
盲目の身であるらしいのに杖なく戸惑いなく真っ直ぐ歩いているが、よほどここの構造に詳しいのだな。
あるいは、耳が良いとか? コウモリは反射してくる音で周囲の地形を把握するという。さっき手を叩いたのはそのため?
結局ソフィア会長のドラゴン要素を見る事は叶わなかったが、いずれまた機会が訪れるだろう。
きっと私も会長もこの先、人より長く生きるのだから。
それより今日はトリブレの晴れ舞台だよ!
晴れ舞台は一度っきり! こっちが最優先!
孤児院の表へ出ると、そこには先程まで一切その姿の無かった大きなテントがあった。
「立派ね」
「譲り受けたそうですから」
白と赤のコントラストが眩しいサーカスらしいテント。正しくポスターのイラスト通り。
もうこれ入っていいのかな。もぎりとかは。あ、迷いなくアイーダが足を踏み入れた。じゃあいいのかな。
中は少々薄暗い。かといって完全に真っ暗という訳でなく、中央の舞台に集中できる丁度いい塩梅といった所。
テント上部の生地が薄いのかな。どういう採光してるんだろう。ちょっと気になっちゃう。
「げ」
「……」
お、さっきのガキやん。
先に来てたのか。
「メイドが犯人!」「メイドさんが犯人!」
それはもういいよ。意味わかんないし。あと人を指差しちゃいけません。
また絡まれても面倒なのでちょっと空けてベンチのような席へ座ったが、孤児院向けの公演なので他に客もおらずちょっと気まずい距離となった。
客は私含む大人組3人と子供4人。譲り受けたというだけありテントの中は広くどうしても余ってしまう。
ポスターはあれど私を案内する為に貼ったみたいなもので、大々的な宣伝はしていなかったのかも知れない。
「子供達が先日から言う犯人とは何のことでしょう?」
「貸した映画でそういうシーンがあったのよ」
「ああ、レクリエーションの」
「あんた観てなかったっけ」
「映画はすぐ寝てしまうのですよね」
『レーヌカーニバル、ニコル孤児院公演にお集まりいただきありがとうございます。開始までもう少々お待ちください──』
大人組の雑談の背景で録音らしきトリブレの音声が流れる。こういう待機時間の、なんていうの。わくわく感? いいよね。
あ、誰かテントに入って来た。外部の人かな。
「こんにちは。すみません、遅れました」
ベリテットさんじゃんか! さっきぶり!
「ご安心を。これからですよ」
「知り合い?」
「昔馴染みというやつです」
そういえばさっき、アイーダは年老いた姿を見ることができて良かったとか言ってたっけ。
とすれば元々はベリテットさんよりもアイーダの方が年上だった?
様々な時代の入り乱れる異空間なアガの
……もしかしたら私もあっと驚くような人に会えるかな。エンリカとか、陽向博士とか。流石にかなぁ。
「もしかしてベリテットって、冒険記の?」
「ご存じでしたか。恥ずかしいなぁ」
ああーっ!
もしかして我が愛読書“ベリテット冒険記”の主人公ベリテットご本人様!?
しまった、無意識に可能性を捨てていた! このアガの
「……」
「あ、ソラさんもびっくりしてるみたいですね」
「いつも通りの顔に見えるけど」
「ふふ。コツがあるんですよ」
幾度の大冒険を繰り広げた伝説の冒険者ベリテットさんはどこへ座ろうかと一巡して、妙に間の開いてしまっている大人達と子供達の間辺りを見つけて座った。
小銭パクりガキは居心地悪そうに露骨に顔を向けない……あ、座った姿勢のまますすすっとベリテットさん距離詰めてった。
「ねえ。お名前はなんていうの?」
「だからっ、教えねぇっつのっ」
「おばあちゃんだれー?」「だれー?」
「ベリテットです。よろしくね」
人生経験豊富ゆえできる技なのか、なんでもお見通しと言わんばかりの顔をして懐へ潜り込もうとしている。
しかしあの子供もガードが堅いなぁ。自分の名前すら言わないとは。
「君達、この子のお名前教えてもらっていい?」
「いいよー」「いいよー」
「よくねぇよ!」
いいぞやれやれ。
「……もうそろそろ開演致しますので」
何かを感じ取ったアイーダさんが指を口に当て、しーと静まるよう合図を出す。
すると同時に、壇上へスポットライトが当てられた。
おお、ついに始まるのか。頑張れトリブレ。期待してるぞ。
『本日お見せ致しますのは……世紀の道化師にして先代道化師……の技を受け継ぐ、現レーヌカーニバル代表トリブレの……』
スピーカーから流れるざらざらとした音質の声は所々途切れており、裏で直接喋っている訳ではなく録音しているものを継ぎはぎして用意しているものらしい。
悲しい事に、確かにトリブレの喋りはナレーション向けではないとは認めてしまう。だから工夫でどうにかしているのだろう。努力とは尊いものだ。
そう言えば他に団員らしき者は見られないけど、全部ひとりで回すのかな。
「おや」
舞台袖から三角の付いた帽子が見えた。
三角の頂点にぼんぼんの付いた、道化師と言えばな二つ山の帽子だ。
「おやおや」
トリブレのとぼけた声と共にそれがゆらゆら揺れている。
「おやっとっと、あらら~」
頭から外れたのかふわりと浮かび、風に流されスポットライトを浴びる舞台の真ん中へと滑って着地した。
相変わらずトリブレはその身姿を見せる気配はないが、さてここからどうするのだろう?
「……」
ぺた、と地面へ手をつく音。
それがどこからしたかと言えば、あの床へ落ちた帽子から。
帽子の中。明らかに人の入る隙間のないそこから、皮手袋がずるりと飛び出て地面を引っ掴んだ。
「ひっ」
「わ」「わー」
「むむ」
並んだ子供達と、ソフィアの背中に張り付いたままのニーナが声を上げる。
「……」
中に人の手が入っているのが分かるそれが床に落ちて動いているのだ。驚くのも無理はない。
やがてとっかかりを見つけたかのようにがしっと床を掴むと、ずるずると自身を引っ張るようにして帽子の中から少しずつ腕が文字通り伸びていく。
ついにその姿を現すのか。でもその演出、ちょっと怖くない?
「じゃー」
手袋以降はスパナが見えた。前腕を手袋、二の腕はスパナ? はて?
そこからは一気におもちゃ箱をひっくり返すように一気に様々なパーツが飛び出して、スポットライトの輝きを浴びながら竜巻のようにがらがらと宙を飛び交い──
「ん!」
合体!
関節や機械部品による理解可能な技術はなく、ただガラクタが不思議な力で寄せ集まっただけの身体が誕生した。正しく奇術だ。
頭と思わしき部分だけは柔らかそうな道化師の帽子になっており、影となった目元からいつもの眠たげな黄緑色の瞳だけが覗いている。
じゃんと言ってお辞儀をしたのでこれがオープニグを兼ねた一つ目なのだろう。
アイーダとベリテットさんに続いて拍手を送る。
「あの身体は?」
「お恥ずかしいのだそうです」
「美形なのに勿体ないですよねー」
ベリテットさんはトリブレ見たことあるんだ。いいなー。
「でっ、で、では! つつつつ次、次、行きま、行きますっ」
「……」
緊張しつつもしっかり喋り、どこからか飛んできたナイフをジャグリング。ひとつ、ふたつと増やして投げて、いつの間にか数を増やしていく。
道化師と一口に言っても様々な役割があるが、トリブレのメインは奇術や軽業という目を引くものなのだろう。
喋るのが苦手で姿を見せるのも恥ずかしいという制約が様々な活動で足を引っ張ってしまっているは確かなものの、それをして遥かに上回る程の技量をトリブレは持っている。
無駄のない精密な動き。笑いを誘うためのあえての失敗も忘れない。
音楽のリズムに合わせた足音ひとつ、手に触れた接触音ひとつ。それらは決して観客へ悟られるようなものではなく、全てが計算された台本の上のタイミングでなりたっていた。
私には分かる。とだけ言えば傲慢な客に思えるだろうが、機械の特性故気が付けた点があった。
無意識の測定、数値化と言うのだろうか。もちろんトリブレと仲が良い上に私自身普段から道化師についてを調べたりしていたからというのもある。
生身の人間達には、それこそ半龍半人のソフィアや英傑ベリテットですら……。
いや、気が付いたとしても共有するのは無粋か。複雑なことを何も考えず、頭を空っぽにしてエンターテイメントを受け止めるのが一番楽しめるコツ。
「わ……」
「すごい!」「きれー!」
見た目はガラクタの寄せ集めなのにも関わらず、人のようにしなやかな動作だけで今やその身体も気にならない。
跳んで、跳ねて、光を反射して舞う。
大人だけでなく子供達までをも魅了するというのは流石の技前だ。
カーニバルという名前を背負うに、そして先代道化師が託すに相応しい才である。
「お隣失礼しますよですよ?」
「……」
遅れてやってきた誰かが私の隣に座り、軽い挨拶がため軽く伺いつつ頭を下げる。
……ん? 私服というにはフォーマルな恰好をしたその人物、この黄緑色の瞳は……。
「しー」
「……」
ぱちぱちぱち、と人数に合わない割れんばかりの拍手が鳴り響き、しまったと遅れて私も手を叩く。
舞台ではトリブレが大きく身体を広げ、大きな礼をしていた。
特徴的な道化師帽子を脱いでいるため頭部が無くなったかのように見えるものの、深く頭を下げた姿勢のお陰で何も気にならない。
スポットライトが消えて、その瞬間にトリブレの身体も消える。ブザー音が終了を告げていた。
『……ありがとうございまし……た……。お出口は……入ったところを同じ……』
開始と同じくトリブレの録音。本当に終わってしまったんだなぁ、今回の公演。
お隣さん、あんまり見られなくて残念だったねぇ。
「……」
あれ、もういない。初めからそこには誰もいなかったかのように。
「どうされました?」
「……」
私の様子に最初に気が付いたのは隣のアイーダだが、聞かれても答えようがない。
そもそもここにいた誰かは帰っただけかも知れないし。
なんでもないと首を横に振ると、こちらの様子を見ていたソフィア──の背中に張り付いているニーナが「ん」と手を伸ばした。
あれ、なんか落ちてる。席から目を離した隙に出現したかのようだ。
「んふふふ。どう、どどどぅ、ぅ。ど、うだった?」
胸元の筒から声がする。やあトリブレ、見事だったぞ。
初公演とは思えぬ程の緻密さは練習の賜物だろう。
ここにももう一人来ていたのだが、忘れものなのかこれを置いて帰ってしまった。
スタッフへ届けるにもいないので、代表として預かってくれまいか。
「これ、これって……!」
手渡す先がないので私が手に取る。
ナイフ、というには少し大きい。それに両刃。ダガーと言うんだっけかな。
物騒な忘れものだけど──
「まさか!」
常に飄々としているアイーダが焦ったようにテントを飛び出していった。
動揺したかのように胸元のトリブレも短い音を発するだけに留まっている。
このダガーが、なにか?
それとも、この持ち主が?
「……これ。トリブレさんの先代がずっと持っていたものですよ」
戸惑いに答えてくれたのはベリテットさんだった。
「最初に手にしてからずっと持っていたダガー。それを預けるということは……」
認めた、ということなのか。道化師として。
“ベリテット冒険記”の序章。ベリテットが生き別れた父と和解するために活躍した道化師にして、序章の実質主人公。かの道化師のことが先代だとすれば。
「……」
序盤に何気なく買ってずっと使ってたあのダガーが、これぇ?
え、あの、ちょ。
ファンアイテムとして欲しいんですが、だ、駄目?
駄目だよね、所有権は直系にあるし……。
「目を逸らして。渡してあげてください」
ああそうか。そうしないとか。
先ほど先代の座っていた所へダガーを戻し、しっかり目を伏せる。
もう一度見た時、そこには何もなくなっていた。
しっかりと受け継がれたようだな。道化師の意志が。
「ねえ。アイーダはいいの?」
「どっか行っちゃったです」
「あ」「……」
恐らく探しに行ったのだろうが、アイーダは目の見えぬ身。
アガの
「えっと、探しに行きましょうか」
「……私はもう帰るし、時間的にソラも送ってくわよ」
「え?」
「頑張りなさーい」「がんばー」
「あ、私ひとり!?」
捜索はベリテットさんひとりに?
って、あ! もうとっくに日ぃ暮れてんじゃん! 子供達を出歩かせる時間ではない!
ごめんトリブレ! 打ち上げとかってするんだろうし参加したいけど、滞在を伝えられない以上は門限を守らねばならん!
ジョージ的には私も子供の範疇故、夜出歩くのを禁じられている!
あと心配かけさせると奴がくる! 最強のセキュリティ、シャーロットが!