古代兵器のお屋敷のんびりメイド暮らし。   作:親友気取り。

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三人称チャレンジ


43 レアとエミリー

 

 

 ケィヒン海岸の港町、その領主の住まう屋敷のエントランスにてレア・ス・エンリカは古ぼけたピアノを発見した。

 領主っぽいったらこういうことじゃね? とジョージが買ったきり放置されているものだ。町に仕事を与えるため定期的に業者を入れて手入れはされているものの、誰が弾いたりするわけでもないので装飾のようなものである。

 通常は機械に感情は生まれないとは分かっているものの、同じ生物ではないよしみのレア・スは哀れんで鍵盤を押してみる。

 

 とーん、と想定通りの音が鳴った。

 続いて音を重ねて、面白くなってひとつの曲を弾く。

 今ではクラシックと呼ばれている、しかしレアにとっては思い出の──

 

「──エンリカさん?」

「アッ!」

 

 当然そんなことをすれば目立つものでして。

 誰が弾いてるんだろうと人は来るものでして。

 レアにとってあまり遭遇したくない人物、エミリーが背後に立ってしまっていた。

 

「え、えっと。失礼しましたーっ!」

「いや待ってくださいよ」

 

 顔を逸らし逃げようとする肩が掴まれた。

 エミリーはオッペンハイマー商会は会長、ソフィアの娘である。

 商会に所属し様々な立場を使い分ける会長の右腕なレアは、内密の指令として突然家出をしたっきり連絡を寄越さない彼女を見かけたら捕縛するよう言われている。

 つまり幾らケィヒンで好きなようにのびのび暮らしていたとしても、命令である限り遂行しないといけない。生活を壊さなければならない。

 

 当然レアはそうしたくはない。

 

 なので幾ら会長が察しをつけていたとしても、エミ・エリスなんてバレバレの偽名を使おうとも、本人がきっちり否定してくれたならその通りにするつもりである。

 エンリカ博士というロールをしていた時は揶揄ってしまったが、レアは幸せな生活を守ってやりたい思考の持ち主だ。

 

「この感覚、やっぱり……」

「な、なんでございましょうか……!」

 

 肩を掴んだまま離さないエミリーへ振り向くことなく戦々恐々とレアは尋ねるが、答えは返ってこない。

 代わりにがしがしと肩が握るというか揉まれる。

 

「エンリカさん。やはりあなたも、機械……なのですね?」

「……あぁー、その話ー……」

 

 時代が時代なのでカミングアウトはしてない秘密。ソラを匿うこの屋敷なら別にいっかと思いつつ、タイミングが無いので告げていなかった。

 昔馴染みの自身が今更全身機械の身であることを彼女はどう思うだろうか? 

 

 驚かれはする。拒絶はされないと思う。

 そして……そして? 

 機械特有の超高速思考で状況を整理し、あれ、特に問題は無さそうじゃん? とレアは掴まれたままの肩を落とした。

 そうだったんだよー言ってなくてゴメンネーてへっで済みそうぢゃね? と。

 

「言ってなくてごめん」

「いえいえ、事情が事情ですから」

 

 だが機械の身を察して尋ねたのは本題ではない。

 エミリーが危惧すること、それは母たるソフィア会長に通報されることなのだ。

 

「それよりもエンリカさん。この町にわたくしがいる事は、どうか母には内密に……」

「うん。大丈夫だよお嬢」

 

 向き直って、サムズアップ。

 命令に従うのが機械であるものの、であればその命令が上書きされてしまえばいい。

 会ったことを秘密にして欲しいと言われてしまえばそうできる。レアは少々浮かれた気持ちでピアノへ再び手を伸ばした。

 今度はそっとこっそり弾くようなものではなく、堂々と一曲奏でる。

 

「クラシックがお好きなので?」

「そうとも言うね。……これはあたしの思い出の曲だよ」

 

 1000年前、レア・スが生まれた時に流行っていたひとつ。

 直接会うより模倣していた期間の方が長い、母たるエンリカの聴いていた、思い出が詰まった曲だ。

 

「ねえお嬢」

「はい」

「ソラちゃんとはどう?」

 

 そう問われ、エミリーは「楽しいです」と即答した。

 迷いなく、殆ど食い気味に。

 

「い、一応あたしの妹分だから仲良くって言おうと思ったんだけど……」

「ソラさんは妹」

 

 愛しのソラに妹属性があると知り、エミリーが笑みをこぼす。レアがこういう話しようという風にはならなかった。

 その脳内で一体どういう想像がなされているのか? それは1000年の時を経てなお健在なエンリカ製高性能AIのレアにすら分からない。

 ただ一つ言えるのは、一人娘で妹を欲しがっていたエミリーに姉役という大義名分を与えてしまったのかも知れないという過ち。

 

 当惑しつつもレアは首を振って、余計な情報を与えず単刀直入に本題へ入る道を選んだ。

 

「あのねお嬢。会長はあたしが機械であること知ってたし、ソラちゃんが機械であるのも多分知ってる」

「そうなのですか?」

「うん。……多分だけど、1000年前に何らかの約束があって発掘された後も泳がせてたんだと思う」

 

 ソラが棺の中から発見した映像には、平和な時代に甦る事が確約されているかのような言葉がある。

 当時の正確なやり取りは不明だが、口では色々言いつつ義理深いソフィアは約束を守ったということなのだろう。

 

「では、ソラさんが違法とされ廃棄される恐れは?」

「たぶんない。きっと庇ってくれるよ」

「よかった……」

 

 でも、とレアは言葉を続ける。

 

「だからといって機械が大手を振って表を歩ける訳じゃないって事を忘れないでね」

「……っ」

「ごめん言い方が悪かった! も、もちろんソラちゃんの事はひとりの人間として見ているよ!」

「……言いたい事は分かります。現実として、身体は機械であること自体は変わりませんから……」

「そうなんだよねぇ……」

 

 とーんとピアノが暗い音を出した。

 エミリーはソラと人間らしい楽しみを共有したい。

 喋れずとも、表情を変えられずとも、意志を一切伝えられずともソラに感情があるのは知っているのだから。

 機械の身体に閉じ込められたとも言える状況を何とかしてやりたいと言う意志は、二人の中では語らずとも共有されていた。

 

「おーい、お二人さーん。……って、どした?」

 

 沈黙が訪れた矢先、男の声がエントランスに届いた。

 二人揃って首を上げると、丁度そこには階段を下ってくる領主ジョージの姿がある。

 

「いえなんでも」

「そそ。久しぶりに会って感慨深くなってね」

「もしかしてエミリーの知り合いだった?」

「昔馴染みってやつです」

「へぇ」

 

 たぶん家出娘の発見を報告するか否かを、雰囲気から内密にするよう頼んだのだなとジョージは検討をつける。

 エミリーの事情とレアの立場を知るためそれ以上何も言わなかった。

 

「それで、どうされましたの?」

「うん。ソラがどこにもいなくてさ」

「ソラさんならトリブレさんの所へ向かったと、先ほどシャーロットさんが話していましたけど……」

「まだ帰ってきてない?」

「……しばらくここいるけど、あたし達見てないよね」

「ですね」

 

 あの道化師トリブレがいるなら大丈夫だろう。という信頼はある。

 あるものの、しかしそれは同行している場合だ。

 もし別れた後の帰路で何かがあったら。

 電池切れはないと思いたいがあり得る話だし、それこそ不意の故障というのもあり得る。

 

「もう暗くなってきたし、海の方だいぶ天気悪いっぽいし、心配だなぁ」

 

 顔を合わせて諸々の可能性を考え、大丈夫かなと何となくジョージが呟いた内容にレアが反応した。

 

「……急に天気が?」

「エンリカさん?」

「まさか!」

 

 ばっと表を確認し、人ならざる音を立てつつレアは駆けて玄関を飛び出す。

 ジョージとエミリーが追いかけた先では、闇の帳に覆い尽くされる空の向こうで雷鳴が明るく輝いているのが見えた。

 

「すげぇな向こう」

「エンリカさん、どうされましたの?」

「天候が動く程の何かが起きてる。明日の午後までは快晴のはずなのに」

「勘違い……とかじゃなさそうだな」

 

 様々な機械の封じられている現代でも厳重な管理の上で正確な天気予報はなされている。

 一般に公開されるものは諸事情により精度を落とされているのだが、レアの持つ情報は確実なものだ。

 

「こんな事できるのは会長クラスの化け物しかいない。ソラちゃんが帰ってこないのと合わせれば……」

「……怒らせたのか? ソラが?」

「そんなことありません! そんなこと、ソラさんがするわけ──」

「──いずれにせよ!」

 

 メイド服へ手をかけ、一気に脱ぎ捨てる。

 そこに恥ずかし気は一切ない。

 人間の柔肌の代わりに首から下は金属一色であり、さらに鉄パイプのような副腕が5本展開した。

 そして、展開された副腕の先からは直視することを躊躇う程の光が放たれている。

 空の向こうでも光が走った。

 

「な、なんだそれ」

 

 現在レアを動かしているものはオル・ガ・ルヴァに搭載されていたエネルギー炉。

 そこから無尽蔵に供給される力を贅沢に使う、これは言わばレア・スの戦闘形態である。

 

「会長なら話は通じるけど、もしそれ以外なら戦うしかない」

「打って出るにしても相手は天候すら操れるんだろ? やれるもんなのか?」

 

 混乱して言葉も出ないエミリーを尻目にジョージは状況を受け入れ、飲み込み、整理する。

 ソラがソフィアを怒らせた説、関係ない化け物説、それとも? いずれにせよ最悪の場合戦闘もあり得るならどう出るべきか。

 ジョージも少ない情報ながら頭を捻る。相手がなんであれ、どうするべきか……。

 

「シャーロットぶつけっか」

「賛成ですわ」

「……流石の彼女でも空中戦は無理だよ。それにまずは対話と交渉だよ」

「地上なら?」

「若者言葉でワンチャン」

「エンリカさんにそう言わせるあの方は本当に何ですの?」

「冗談だよ。どこまで行っても彼女はただの人間だ」

 

 小さな爆発音が響く。

 とうとう雷鳴まで聞こえる距離になってきた。

 

「約8km先。温まったしそろそろ射程かな」

 

 レアが展開して光らせている5本の腕の内、4本を下へ向けて出力を上げる。

 先ほどさり気なく空中戦と言っていた通り飛ぶ気なのだ。

 そしていざという時は戦う。攻撃に回せる腕は一本のみで大変厳しいものの、地上に被害を出さないためにも空でやるしかない。

 

「生身の人達は隠れとくように。あとは任せて」

「くっ」「わぷっ」

 

 出力全開。荒れ狂う海上へ向けて、レアが飛び立つ──。

 

「あ」「あ」

 

 しかし相手は想定以上の速度であったらしく、ケィヒン海岸を離脱する前にがしっと掴まれた。

 まるでお弁当を盗むタカのようだった。と、後にエミリーは語る。

 

「……これ、ヤバい感じ?」

「ある意味では」

 

 エミリーはもう察しをつけて肩を落とした。身体スペックは人間そのものだが、それでも人外の血を引く身なので多少視力は良いのである。

 ずしゃっとレアが投げ捨てられて玄関先に転がり、続いてソラがすたっと着地した。

 もちろんソラが両肘のブースターで飛んできたわけじゃない。

 ただ全力で空を飛べば嵐を呼び、音速を超えて飛来する存在はただ一つ。

 

「……まさか、ドラゴン……?」

 

 無意識にジョージの膝が折れる。

 

「半分だけどね」

 

 伝説上にのみ名を残し、威厳を放ち無意識に平伏させてしまう存在。

 角と翼と尻尾、半ドラゴンを晒した形態のソフィア会長がそこにいた。

 ──背中にニーナを乗せて。

 

「あの、その子は?」

 

 なぜこんなことに、と言う前にソフィアの背中にしがみついている子供をエミリーは尋ねる。

 

「え? ……あ゛っ!」

「楽しかた、です!」

 

 完全に忘れていた、という反応だった。 

 ソラを空輸する為に障壁でも張っていたのだろうが、もし振り落としていたらどうするつもりだったのだろう。

 無表情のまま、ソラはやれやれと手を振っていた。

 

「……」

「それでソラさん。一体、何がどうして……?」

 

 エミリーはどこから何を聞くのか迷い、とりあえずソラに抱き着き、庇うようにして会長から離れる。

 ドラゴンという威厳に抵抗を持たずジョージが動けない今、話を進めるのは自分しかいないのだと切り替えた。

 

「えっと、なんやかんやで首都に連れ帰っちゃった……」

 

 ソフィア会長が利用したアガの(いち)への出入り口は首都に存在するもの。

 というかそこしか知らなかった。

 見送ると言い首都まで辿り着いてからやべっとなり、急いで戻ってきた次第である。

 門限があることをトリブレから告げられたので、全力で。

 

 以上の事をぽつりぽつりとソフィアが報告すると、ソラもそんな感じと頷いた。

 背中から降りるつもりのないニーナは「すごかたです」と呑気にしている。

 

「だからって本気で飛ぶ人がいますか!? ご自身の立場と力を弁えてください!」

「だってブチかました方がすぐなんだもん……」

「だもんじゃありません!」

 

 これではどちらが親か分からないな、と抱き締められたまま動かないソラは胸中で呟く。

 

「あたしの扱い雑じゃない……?」

 

 上空でソラを抱えていたのと反対の腕に掴まり、「何してんの?」と呆れられ捨てられたレアが地面で悲しんでいた。

 

 

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