古代兵器のお屋敷のんびりメイド暮らし。   作:親友気取り。

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9 道化師学なる以下略後編

「レインコート、よし」

「……」

「長靴、よし」

「……」

「手土産、よし」

「……」

「いってらっしゃいませ、ソラさん!」

 

 正面玄関でのエミリーによる最終確認と雨具姿の私の撮影を終え、ついに道化師の下へ歩みを進める時間となった。

 雨に濡れた石の階段は私の体重だと滑る危険が大きいため、逸れて横の土へ足裏を強めにめり込ませながら慎重に下る。……決してこれは牛歩戦法ではない。

 それにしても、このビニールの雨具は両手が空くかわりに特段快適ではないな。

 行ったことはないが、例えるなら熱帯地域での活動に近そうだ。とても内部が蒸す。

 

 表面上の防水面では良いのだが、それゆえ湿気が入り込む一方で抜けていかない。それが私にとってあんまりよろしくない。

 帰ったらお風呂に決まりだ。最近私の為に用意してくれた小さな冷水プール、帰ったらあれに飛び込みたい。

 文字通り飛び込んだら破壊しそうだけど。間に合わせらしいし。

 

「……」

 

 悪天候の町というのは人通りは少なく、また雨音に雑音がかき消されているのかとても静かだ。

 湿気さえなければこういう閑静なのはとても嬉しい。

 人通りがあったり音がするのは生活の場というだけありしょうがないのだが、私が外を歩くとどうしても視線を集めてしまうのだ。

 

 何というか、多分だけど「猫耳だー」なんて言われてるんだし頭の通気口を差して注目されてるんだろうけど。

 歩くだけでジロジロ見られてしまうのはあまり好きじゃない。

 

 

「あら、あれってソラちゃんじゃない? ほら、ジョージ様のお屋敷の」

「お散歩かな?」

「レインコートかわいいー」

 

 

 雨の日でも逞しく買い物をする傘を差したご婦人方よ。頼むから話題に私を巻き込むのはよしていただきたい。

 あとこの雨具はたぶん後にブロンテがちゃんと売ると思うので、かわいいと思ったのなら購入を勧める。

 

 ……って、待て。

 まさかブロンテのやつ、私が注目される事を知って広報に使ったな?

 許せん。

 私自身にかわいいと声を掛けられてるみたいで落ち着かない。いつもより視線は少ないとはいえ、何だかんだ屋敷所属も合わさって注目されるし。

 

「……」

 

 道を進んで角を曲がって、右へ左へ。

 事前に教えて貰った地図とそこに描かれたルートを辿り、町を右往左往と移動する。

 明らかに無意味な軌道をしているし、歩く広告作戦は好調のようだ。ちくしょう。

 マニュアルに忠実な機械の性格のせいでこういう時に融通を利かせて横着ができない。

 

「……」

 

 

 そうこうして歩き続けること17分と11秒。

 ようやく目的の場へ辿りついたのだが、本当にここで良いのだろうか?

 私の目の前に見えるのは、建物と建物の隙間。つまり路地。

 分厚い雲に阻まれているとはいえ昼だというのに、とても薄暗く先が全く見えない。

 

 記憶領域内に保存した地図の画像を展開して確認する。

 うーん。シャーロットが無駄に丁寧な線で書いたラインはここで途切れているし、ぎりぎり認識できるとても汚い殴り書かれた案内文字は「ここから真っ直ぐぅ!」だし間違いはないんだろうけど。

 

「……」

 

 これが間違っていたらその時はその時考えよう。

 向こうにはまだ慣れない道なので迷子にでもなったと解釈して貰おうか。

 

 あ、いや、それはそれでなんか癪だな。エミリー辺りにまた子供みたいでかわいいと思われてしまう。

 私がかわいい訳ないだろ。光るし吊り目だぞ。頭に通気口だぞ。腕と脚外せるんだぞ。

 その気になれば軽々しく握ってくるその細い手を紙屑のようにひしゃげる機械兵器だぞ。やらないけど。

 

 

 くだらない思考はさておき、覚悟を決めて例の路地へ。

 左右の建物の屋根が連結するように重なっているのが薄暗い原因らしく、ここには雨すら入り込んでこない。

 屋根があるなら路地ではなく商店街的と言いたいが、こんなに薄暗くて壁しか見えないのをそう呼ぶのはなんか違うし路地で通そう。

 遠くでぱたぱたと雨の音がするのみなので、雨具のフード部分を外して排熱。今朝よりも湿った空気がぶおーと勢いよく飛び出した。

 

「……」

 

 それにしても、ここは何なのだろう? どういった意図でこんな道が生まれたのだろうか。

 それとも道化師のフィールドにもう片足を踏み入れてしまったと思った方が良いだろうか。

 サーチライトを付けて足元を確認しながら進むと、すぐ先に木箱が見えた。

 続いてリンゴやくつろぐ猫、小道具なのか小さなナイフ等々……。

 

 まるで芝居小屋の裏と言えるようなものが乱雑に、雑多に、自由気ままに転がっている。

 怯まず歩みを進めると無限に思えるように同じような物が点々と無限に転がっていて――無限に?

 

「……」

 

 ──ふと嫌な予感がして振り返る。

 私の入ってきた路地の入口の光がとても遠くに、表の通りが小さく存在しているのが見えた。

 これは……明らかにおかしい。

 

 歩幅と速度、時間を考慮して直進したと考えればあれほど遠くになろう移動距離に間違いはないのだが、それがおかしい。

 だって左右の建物は一度も途切れていない。雨を防ぐ屋根に切れ目もなく、それが何十メートルと続いているのだ。

 この町で一番大きな建物であるジョージの館の一番長い直線距離と比べても、ここはそれ以上に長い。

 というか私の所持している地図にこんな長い場所はないはずだ。

 

 急いでフォルダ内から地図の画像を取り出し、ペイントソフトで正確に私の移動した距離を描いていく。

 ここから路地へ入り、この歩行速度で直進。現在地は……裏の小川の上になってしまっていた。

 やはりおかしい。

 

「……」

 

 地面を見る。立派な石畳だ。

 しゃがんでとんとんと叩いてみる。しっかりと存在している。バグの類ではない。

 これはなかなか信じがたい状況だが、地図上では存在しない幻の場所に私は今入り込んでいるのだろう。

 屋敷で既に非化学的存在を見ているしある程度の共生もしているので今更だが、この世界は割となんか、そういう感じの出来事はあるらしい。すごいな。

 

 覚悟を決めて立ち上がり、額に乗せているバイザーを下げ暗視モードを起動させる。

 側端の猫達が生命体として強調されていくがそれを無視してもっと奥、この無限に続く路地の行きつく先をズームで観察して……。

 

 あった、突き当りを確認した。

 古びた石煉瓦の突き当りに一つ小さな扉がある。あそこがゴールか。

 

「……」

 

 流石は道化師。私に恐怖という感情を教えてくれただけある。

 エミリーや幽霊(仮)もそうだけど、私の感じられる感情は恐怖だけなのか?

 これが……感情……!?

 もっとこう、ハッピーな感情が欲しい。

 

 ……一人で馬鹿やってないで先に進もう。

 私は1000年前当時の最新技術で作られた兵器機械。いざとなれば戦闘モードへ切り替え、手持ちの武器は無くとも全身が凶器として物理で解決できる問題ならなんでも解決できる。

 幾ら相手が道化師だろうとぶん殴ればそれで終わりよ。

 

「……」

 

 地面に転がるリンゴを蹴り飛ばし、ナイフを踏み壊し、猫は……手が届く位置ならちょっとひと撫でくりし。

 数分ほど歩き続けてようやく扉の前へ辿りついた。

 

 とても長い真っ暗なもはや路地裏と呼べる突き当り、地図上だともはや海の上、視覚強化を外せばもはや真っ暗ななぞのばしょ。

 ここまで来て、こんな良く分からない状況まで来て、流石に道を間違えましたという事はないだろう。

 悪い奴ではないと言われてるし私を傷付けるような事はない筈。

 近くに立てかけられた簡素な人間の手の絵が、開けろと言いたげに矢印を作って扉を差している。

 

「……」

 

 人間なら息かツバを飲みこむ緊張のワンシーンだろうが、機械なのでそういった動作はせず、ある程度の恐怖心的なのがあれど単調に扉を開けるというオートコマンドを設定し後の動きをそちらに任せ、私本体の意識は警戒に専念する。

 戦闘準備はできているぞ! こい!

 

 

 がちゃ。

 

 

 ぎいぃ…………。

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

「……」

 

 扉の向こうには、また路地だった。

 その短い路地の先に人々の行きかう通りが見える。

 

 

 ……えっ……と、どういう事?

 ちょっと歩みを進めて表に顔を覗かせてみるが町は町でも、私の知っているケィヒンの町ではない。

 天気も違う。気候が違う。

 路地と路地を、全く別の町と裏路地を繋ぐ扉? ええ?

 

「は、はぁい……どうもぉ……」

 

 !?

 誰だ!

 

「した、したにいる、よ」

 

 バイザーを額に上げて、声の主が教える通り足元を見る。

 片側の壁の下の隅。幾つかの石レンガが外れて隙間になっている細長い暗闇の中に、黄緑色の眠たげな虹彩がふたつ並んで浮いていた。

 本当に目玉が浮いている訳ではない。ただ、表現としてそんな感じに瞳が浮かんでいた。

 

 とりあえずこの人物が先ほどの声だろうが一体誰だろう。

 こんな変な所から話かけてくるのがトリブレなのか? 道化師ゆえに常識が通じないのか。

 

「……とぉ。き、君が……、そ、ソーラーで……あってるんだ、よね……?」

「……」

 

 頷いて返す。少し名前のイントネーションが違うが、いかにも私は機械人形メイドのソラである。

 今はワケあってというか道化師に会うという事でド派手なワイハーなシャツを着てるけど。

 たぶん合っているとは思うけど、そちらは道化師トリブレで合っているんだよな?

 首を傾げて聞いてみる。

 

「まぶ、ま、眩しいから……明かり、を、……消してくれない……かな?」

 

 溝の奥を見たくてという意思を汲んでかライトが点いてしまっていた。

 眠たげな瞳がより細くなっていく。それでも見えた溝の中は、瞳以外一切の姿が輪郭も掴めない暗闇だ。

 どういうことなのか瞳の解像度が上がっただけで他の部位の輪郭すら見えない。まるで目だけの生命体だ。

 

 言われた通りにライトを消すとぱちくりと瞬きをして、こほんと咳ばらいをしてから自己紹介をする。

 身体は見えないが呼吸器官ちゃんとあるのか。

 

「わた、し……あー、いや……()は、道化師トリブレ……です。見習いだけ……ど」

「……」

「せ、先代、引退しちゃ……って。から、一座を……つ、継いだのはいいんだけど……でも、まだ、見習いなんだよ、ね」

「……」

「あー、あ。えと……ごめ、ごめんね、しゃ……喋るの苦手、で……」

「……」

「そこ、そこだと、会話しにくいよね……。……はい、入って……この建物、いり、入り口は開いてるか、からー……」

 

 瞳が動いて表の通りを差している。入ってとは上がってくれという事か。

 

「あ、あん……まり騒がないで、ね……?」

「……」

 

 内側から煉瓦を押し込めて溝を塞いでしまったのか、向き直ってもう一度見た時にはもう瞳を覗かせていた隙間が無かった。

 騒がないでというのは恐らく、不思議体験に発狂するなと言いたいのだろう。

 道化師に関わってロクな事にはならないと分かっているのなら、もっとやり口を考えて欲しい。

 

 あの長い謎の裏路地はなんだったとかここはどこだとか、そもそもこの見えている町は何なのかとか、色々問い正したいがいつもの如く私に言葉はない。

 立ち尽くしても仕方ないので数メートル先の光へ歩くと、あっさりと普通に町へと出た。

 出たはいいが……。

 

「……」

 

 えっと、やはりというか信じ難い事に私の知っているケィヒンではない。

 あそこもなかなか古ぼけたと言ったらあれだが味のある町の風景をしているが、こちらはそれとはまた違う。

 建築様式が古いのに、建物はまだ新しいのだ。そして生活感がある。

 

 ケィヒンの町の建物は古くから使い続けている歴史的建物というだけあり、今の時代では必要がなくなって装飾や様式と化した見た目重視の外観が多いが、こちらの建物には無駄がない。

 どれも装飾的意味合いではなく、文化が生まれる瞬間的な利便として機能している。

 

「……」

 

 やはりケィヒンから別の町へ移動したということで間違いはないのか? あの路地を通っただけで?

 お手軽に奇妙体験できるのに大騒ぎな表沙汰になっていないのはとても不思議だが、それは帰ってから何とかして黒幕(ジョージ)に疑問をぶつけよう。

 

 言われた通り先ほどトリブレがいた建物側へと回って、ちょっとした階段を降り、地下室へ続くように存在している古ぼけた扉へ入る。

 中は……薄暗く埃っぽい倉庫のようだ。正直機械の私には合ってない。

 真ん中に置かれたテーブルの頼りない蝋燭がぼんやりと周囲を照らしている。

 

 

「こ、こんにちは……」

 

 む。またトリブレの声だ。

 今度はどこからだ?

 

「……こっち、こっち……」

 

 反響する音を整理し、音源へ向かって進む。

 壁際に少し大きめのタルが重なっていて、この辺りだが……。

 まさか、タルの中に?

 

 

「……たーるっ……」

 

 

 タルの側面が小窓のように四角く開いて隙間が生まれ、中から先ほどの瞳が覗く。

 感情の分かりにくい平たい目だが、声からして笑っているらしい。んふふふと内部で反響しているのが聞こえる。

 とても作り笑いっぽい。それに、どこに笑うポイントがあったのか不明だ。とりあえず笑いが収まるまで少し待つ。

 

「……あー……。ご、ごめん、ね……。ひ、人前に出るの、恥ずか、しくて……」

「……」

「どう、ど、道化師として、は……。し、失格かも、だけど、だ、だから見習い、と言うか……んふふ……」

「……」

「んふふ……。せ、先代みたく、なり、なりたい、な……」

 

 先代とは、もしや例の本のような語り口調ではないのか?

 あの読む者の理解を拒むような到底真似のできない口調の。

 

「……」

「…………あー……」

 

 しばしお互い無言で見つめ合う。

 私としては“会ってみる”というのみの目的だし、トリブレの方も会話が得意ではないと言っているし、これからどうしたらいいのだろうか。

 世界の平和の為に道化師を葬れと言われれば問答無用でワンパンだったが。

 

 

「じゃ、じゃあ、見せる……ね。道化、ショー……」

 

 

 え。

 じゃあって何。

 もしかしてトリブレは私にショーを見せるようにお願いされてた?

 うそでしょ。道化師のショーとか見せられたら私はショートだぞ。ショーだけに。

 

「そ、それ、お、お、おもしろい……ね」

 

 私の思考を読んだかのようにトリブレが呟き何かを操作する音がして、それと同時に暗闇の奥でガラガラと何かが動く音がする。

 暗視モードで確認すると部屋の奥のシャッターが……シャッターあったのか。それが開いて、中からずんぐりむっくりな大型の物体が姿を現した。

 巨大なそらまめのような形のキャノピーに手足が生えたような、私と同じ人型に分類されるのだろうが、かといって重装甲と呼ぶには搭乗者の位置が分かりやすく剥き出しな一頭身で黒塗りの二足機械。

 完全に今の時代には違法とされてそうな機械、それも兵器と見て取れる姿のそれが現れたが……これは?

 

「……」

 

 振り返ってタルを見るとそこにトレブレはいなかった。瞳を覗かせていた隙間もなくなっている。

 

「んふふ……。こ、こういうの着て、着てれば……、ど、堂々としていられ……るんだけど、ね」

 

 ぱ、ぱ、と天井のスポットライトが輝きずんぐりむっくり機械の姿を光の下に晒しだす。

 声は、トリブレの声はその中からしていた。

 どういうことだ? トリブレは、瞬間移動でもしたのか?

 どう考えても物理的に移動する経路も時間も何もかもなかったはず。見逃すにしても、センサーがこうも無反応がなのはおかしい。

 

「リ……せ、先代に、使わなくなった、は、廃棄されたロボット……貰った、んだ……」

「……」

「ど、どうかな。すご、すごい、かな」

「……」

「あー……。……しゃ、喋れないん、だっけ……」

「……」

 

 二重の意味で頷く。

 鋭利な腕脚の装甲を持つ悪役チックな3m程の巨大な姿は色々と凄い。主に法律的に大丈夫なのかとか、操縦うまいなとか。

 もじもじと細やかに動いて自信の無さを全身でアピールしていたが、しばらくして露骨な咳払いと共にしっかりと立ち直る。

 照明も調整され、カラフルなライトが機械の姿を目立たせた。その技術も凄いな。

 

 

「あ……()の名はどう、道化師トリブレ! ここ、ここころ行くま、でショーを、お楽しみくだ、さい!」

 

 

 途中途中でつまりつつも口上をしっかり述べてから、その巨体で器用に小さくお辞儀をした。

 始まるのか、道化師のショーが。

 恐怖はあるが無下にするわけにもいかず、ぱちぱちと拍手を送って近くの椅子に座る。

 

 来るがいい、耐えて見せよう……!

 

「……で、では、はじめ……ます……」

 

 

 お辞儀を終えたトリブレ(便宜上あの機械ごとトリブレと差す)は、いつの間にか足元に置いていた木の剣を三本空中に投げるとジャグリングを開始した。

 ふらふらと足元はステップを踏みつつ、右へ左へゆらゆら揺れる。

 

 不器用でいつ失敗するかも分からない不安定なジャグリングに見えるが、あれはあれでむしろ安定している。

 何というか、私もよくシャーロットのじゃれ付きで倒れそうになった時にオートバランサーで姿勢を保つ事があるのだが、その時の挙動と似ているのだ。

 

 倒れそうで、倒れないぎりぎり。転びそうで、転ばないぎりぎり。

 傍からすれば心配するような傾きでも当人はちゃんとバランスが取れている。そんな感じ。

 

 

「ま、まだまだ舞いま、す。まだる、舞う。です」

 

 ……今なんて?

 大丈夫かこれ、まだまだ道化師第一形態とかでこれから最終形態とかが出てきたら勝てないぞ私。

 

 身構えたその時、トリブレは足元の木箱に躓いた。……木箱ってそこにあったっけ。なかった気がする。

 明らかに質量とか重量とかそういうアレからしてあんな軽い木箱に躓く事はないだろうとは思えど、事実としてトリブレは躓いて転び、丸い胴体の背で揺り篭のように揺れた。

 さらに宙を舞っていた剣が落ちてきて、からんからんと次々とその巨体へ降り注ぐ。

 

 一寸置いて、じゃんとどこからか謎の効果音がした。

 しばしの沈黙が流れる。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「あ、あれ、おも、面白く、ない?」

 

 うむぅ。実生物のモデルがいるらしいとはいえ私自身はオール機械なので、たぶん普通の人間とはまた面白く感じる箇所が違うというか、私に面白いと感じる機能はないような。

 見ての通り笑うことないし。

 

 

 でもあのジャグリングは見事であったぞ。何というか、軌道予測の演算と各剣の管理がとてもうまい。

「んふ、んふふふ……」

 最後に転んだフリをしたのは少し意味が分からなかったけれど。

「うー……」

 

 

 とりあえず演目が終わったようなのでぱちぱちと拍手を送っていたら、段々とトリブレが落ち込んできた。ような気がする。

 やはり無言無表情な客一人というのは道化師といえ堪えるか。

 しまった。別にいじめる気はないのだが、どうしよう……。

 

 ……そうだ。持たされていた手土産を使おう。

 手土産のミニリンゴを袋から取り出し、軽く下投げで渡す。

 シャーロットはこれで喜ぶと言っていたが、どうだろう?

 

「わあ……!」

 

 転がっていた地面から離れて、立ち上がった機械が鋭い指先でちょこちょこと動かし空中でミニリンゴを弄ぶ。

 鈍重な見た目の割に反射も良く小回りが利くようだ。もうひとつふたつと投げてみる。

 

「んふふ、んふふふふ……」

 

 おお、機嫌が直ったようだ。周囲の照明もカラフルに輝きながら、まるで糸で吊られているかのようにリンゴ達が綺麗に宙を動いていく。

 分かりやすい大きめの剣と違い、細かいリンゴの数々は私のノーマルカメラではもう追いきれない。

 まだまだ行けそうなのでもう3つ4つと投げ渡していく。

 合わせて10個も渡し……ん? 10個でいいよな?

 

 一旦映像を処理して今動いているリンゴの数を確認する。

 あれ? 私ってトリブレに投げ渡したの合わせて10個でいいんだよね?

 なんか増えてない? どう見てもトリブレの手元で回ってるの10個以上あるんだけど。数え間違いとかじゃなくて。

 

 質量、増える?

 道化師、増やせる?

 路地は異郷と繋がり、道化師は隙間から隙間へ移動し、リンゴは増える。

 ……というかそもそも先ほどワザと転倒した時の木箱もどこから現れたかも分からないし、お? おお?

 

「じゃ……ん」

 

 両手を広げたトリブレの身体(ボディ)のあちこちにミニリンゴが着地し、さながらリンゴの木を形成した。

 その中で一個だけが跳ねて私のもとへと飛んできたのだが、空中で謎の光線に当たり6等分にされ近くのテーブルに置いてあるお皿に着地する。このお皿もテーブルもいつの間に出てきたんだろう。

 

 謎が謎を呼ぶが、その光線はなんか分かる。それだけ唯一分かるわ。

 それ普通にその機械に備わってるレーザー系の武装だよね、分かる分かる。操縦上手いね。

 いやーそれなら分かるわー。わはは。

 

「……わら、笑った? ね……ねえ、笑っ……た?」

「……」

 

 いつも通りの無表情。言い換えればポーカーフェイス。

 何をして私が笑ったかと判断したかは不明だが、どちらかというと引き笑いに分類する現象は起こせそう。というか、たぶん光線に関する感想はそれだし。

 少なくても感情の揺れは検知できてない。そも感情はない設計のはずなので。あったら不具合だ。

 

「んふふふふ……」

 

 が、修正するのもよしておこう。トリブレが嬉しそうだし。

 それにしても私から“笑った”という情報をどう抜き出したのだろうか。

 やはり道化師はそういう何か特殊な何かができるんだろう。

 ……そう思おう。そも瞬間移動や謎路地をしている訳だし。

 

「じ、自信、でた、から……。もう、少し……」

「……」

「リンゴ、食べ、てて……ね?」

 

 口はあれど物は食えぬのだ。

 身体のあちこちにリンゴを乗せていたトリブレはそのリンゴを一回転する間に何処かへ消し去り、軽やかなステップを踏みながらくるくると回り始める。

 あんな鈍重な見た目で軽やかに舞って、続いては何をするのだろう?

 

「……ゎ、笑った、の……を、も、もう一回……」

 

 そういってトリブレはやはりどこからか鉄板としか言いようのない四角い大きめの鉄板を取り出すと、指先から先ほどの光線を出し模様を描いていく。

 器用じゃないか。道化師は機械の操縦も応用も上手いらしい。

 兵器の武装で彫刻とはなぁ……。

 私もやってみようかな。そういう芸術的な事。

 

「……」

「たー、たーらー……」

 

 奇妙な鼻歌とレーザー刻印の音がしばらく響く。

 何かのロゴを描いているらしいが私に見覚えはない。デザインのモチーフは剣、リンゴ、猫、三角が二つ並んだ変な帽子?

 あ、最後に文字を追加している。……レーヌカーニバル……とは知らない会社か団体だ。

 もしかしてトリブレの所属しているサーカス団の名前か。

 

「……じゃん」

 

 完成したようだ。

 元絵を知らないのでアレだが、とても細かく良く描けている。拍手をぱちぱち。

 

「き、気に入って、くれ、た?」

「……」

 

 頷いて返す。 シャーロットの言う通り確かに変な喋りとは分類される口調だが、だからといってそこで何かあるわけでもなく、むしろトリブレの事は嫌いではない。

 トリブレは私の想像する恐ろしい道化師なんてものではなく、家系か後継として道化師であろうと頑張っている可愛げのある存在だ。その姿は人間らしく、とても気に入ったと言えるのではないだろうか。

 

「んふふ、んふふふ……」

「……」

「あ、あの、そ、ソラ、くん?」

 

 ……この格好は、男のように見えるのか……?

 可愛くはなかろうが、少女の姿形をした身としてそれは……。

 

「ち、違う! ソラ、ちゃん!」

 

 気が付いてくれたのか修正してくれた。よかった。

 いや別に機械に性別なんてないはずだから拘る理由もないんだけど。なんか主張せねばなるまいと思い。

 で、トリブレは一体どうしたんだろう。

 何か私に言いたいことが?

 

「あの、あのね……。わ、わた、あ、()と、友達になって、くださ……ぃ!」

 

 友達?

 

「……あ、あう……」

 

 トリブレは首をどちらにも動かさない私の返答を待っているのか、機械の巨体をもじもじと動かしている。

 しかし、うん。友達とは?

 人間同士の信頼をおける間柄、よく会うよく話す人間を指して友達という……のでは?

 ご覧の通り私は喋れないし、そも人に扱われる為の機械だ。今現在トリブレが搭乗しているその黒い大型機械と分類は変わらない。

 AIを搭載し自立行動ができるか否か、その違いしかないのに私を人間扱いしあまつさえ友達とは、特別視し過ぎではなかろうか。

 

 答えは決まっている。

 

「……」

「わぁ……!」

 

 歩み寄り大きく鋭利な黒い指先を持って、握手の代わり。

 友達、なろう!

 

「う、うん! そ、そら、ソラちゃん! あ……りが、とぅ!」

「……」

 

 いいじゃん友達!

 なんかこう、戦友とかそんな感じで!

 この一ヶ月の生活で本を読んだのはあの道化師本だけじゃない。幾つかおすすめされて小説を読んだことがある。

 その中に意思も無い喋らないただの鉄屑のような機械を友と呼び、故郷を探すあてのない旅をする小説があった。

 なんというか、こう、人間に友と呼ばれるのにちょっと憧れてたのだ。

 だから戦友友達大歓迎。屋敷の人々は今さら友達云々とは言わなかったので、この期は逃さない。

 

「んふ、んふふふ……。や、やりまし道化の、おと、お友達。しゃ、シャロ姉いが、以外のお友達……」

「……」

 

 おや、その詠唱は何かな?

 道化師特有の、その、喋りは、何かな!?

 

「ん! じ、自信、もちべ、モチベーション……で……出た!」

「……」

「そ、ソラ、ちゃん! あ、ああ、()、道化師もう少し、が、頑張る!」

 

 かくんと巨大な身体が糸の切れたようにうなだれ、代わりに部屋中のありとあらゆる所からトリブレの笑い声が響く。

 何やら私と友達になったことで道化師としてやる気が出たようだが、その演出はちょっと怖い。

 

 やがて笑い声も落ち着き、前にも収まっていたタルの中から再び声がする。

 またそこか。隙間から眠たげな瞳がちらりと見えていたのでそちらへ歩く。

 

「ね、ねぇ、そ、ソラちゃん……」

「……」

「次にあ、あ会う時は……。もっと、は、派手に、たく、沢山……町ごと、楽しませる、ね……」

「……」

 

 町ごと、とは。

 

「……お、お祭り。つ、次のお祭、りは。……い、いつもより、がんば、がんばる」

 

 それはとても良いな。

 屋敷のみんなも喜ぶだろう。

 

「その、その時は、ちゃんと姿を……見せられる、ようにする、ね……」

「……」

「は、恥ずかしがらず、……に」

「……」

 

 「またね」と言い残してタルの隙間が埋まり、トリブレの気配は消えた。

 道化師と身構え嫌だと駄々をこねそうになるほど足が進まなかったトリブレとの交流であったが、こうして終わってみればとても良い勉強というか経験になったな。

 瞬間移動やら空間移動やら謎機械はさておき、次回は姿を見せてくれるというので楽しみだ。

 

 それに、友達にもなれたし。

 

 帰るために扉を潜り、表へ──。

 

「……」

 

 ──ここ、ケィヒンだ?

 

 右を見て、左を見て、ここは私が路地に突入する直前に見た景色だ。トリブレハウスを出た瞬間に、ここにいた。

 ということは、あの暗くて長い路地は……。

 

「……」

 

 ない。

 左右の建物は同じだが、その隙間に歩いていける空間なんてものがない。

 まるで私が通るあの瞬間だけ口を開いたかのように、小柄な私が横歩きしても通れない隙間しかない。

 

「……」

 

 ぎぎぎ、と油が足りないような動作で見ないよう首を逸らす。

 トリブレは本当にいたのか? 私はここへ来てからずっと立ち尽くし何か人間でいう幻覚的なものを見ていて、トリブレの行っていた非現実的な物事は全て人間でいう夢的なものだったのか?

 ここに来て一気に訳が分からなくなると同時に、やはり道化師とはと恐ろしくも感じる。

 

「……」

 

 すっかり雨の上がった夕暮れ、バッテリーの残りも一桁しかない。

 着たままだった雨具を脱いでミニリンゴのなくなった袋に詰め込み、充電がてらゆっくり帰路につく。

 

 帰ったらお風呂だ。冷水を浴びて処理熱を冷まし、ゆっくり休もう。

 

 


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