ドラゴンに転生したけど、不便はないです   作:カチカチチーズ

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魔王とはそういうもので、キミとはそういうものだ

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 そも、〈魔王〉とは何か?

 〈魔王〉とはこの箱庭におけるバランスを保つための存在。

 怪物、人類と世界を大きく二分するうえで怪物側に振り分けられた大いなる力であり、人類側の〈勇者〉と対をなすモノ。

 

 人類側がより強く繁栄することで、彼らは発生する。無論、無から生まれるという意味合いではなく、その時点でより力を持っている怪物から無作為に八体が選び出されその資格が与えられる。〈魔王〉の資格は大いなる力を分割したモノであり、当然それを得た怪物は得る以前と比べてより強くなる。

 だが、所詮その力は数値で表せば固定値でしかない。最終的に〈魔王〉同士の実力差は怪物自身の地力に他ならない。

 つまり、〈魔王〉としての力は基本的に変動することが無い。

 

 

 と、いうわけではない。

 話は変わるが、人類側の大いなる力を分割した〈勇者〉らは〈魔王〉同様にその力は固定値であるが、彼らはその元々の性質上徒党を組むのが前提であり、〈勇者〉・〈賢者〉・〈聖女〉などを始めとする人類側の力は互いを仲間と認識し徒党を組むことでその数だけ力を増していく。一つ一つの力は〈魔王〉よりも分割した分と種族の地力の差もあり、〈魔王〉よりも弱いがしかし、仲間と共にあればあるほど彼らは元々の大いなる力に近しい力を手にするようになっている。当然だ、怪物側がより強く繁栄した際に発生するカウンターなのだ。そういう仕組みであるのは理にかなっている。

 では、〈魔王〉はどうなのか?

 〈魔王〉も〈勇者〉らの様に集まれば、徒党を組めば強くなるのか?

 否だ、怪物側は、〈魔王〉は徒党を組む前提で仕組まれてはいない。では、どういう仕組みか?

 彼らは逆だ。〈魔王〉の総数が少なくなればなるほど、その力を増し最後の一体となれば、その力は大いなる力とほとんど相違ないモノとなる。故に彼らは自らの地力に限界を感じ、より強さを求めれば必然と同胞を狙う事になる。同じ〈魔王〉を殺し、総数を減らすことで自分の器に配分される力の量を多くしようと。

 では、〈魔王〉の敵とはより力を求める同類と、〈勇者〉らなのか、と言われればまた異なる。〈魔王〉は人類側に対するカウンターである以上、強くあるべきで〈魔王〉でもない怪物に劣る怪物では〈魔王〉の資格無し。

 故に〈魔王〉の資格を持たぬ怪物は資格を有する怪物を殺し、その王冠を簒奪することが許されているのだ。総数は減ることはないが、それでも〈魔王〉はより強い者が獲得していく。

 

 

『それが、彼が〈魔王〉となった理由。彼が望まずとも、彼にその気はなくとも、彼とケルゥスが対峙した瞬間から彼がその冠を簒奪する運命だった』

 

 

 もちろん、本当の意味で戦い始めてからの話だが。

 乃木真士、いや、もうその名前は彼には意味を成さない。彼の名はスィエールイー、〈灰竜の魔王〉となってしまった。

 結果として、それはとても良い事だ。

 彼が無名の竜種(ドラゴン)であるのなら、人類とそこまで深い関わりはなく、一怪物としてこの箱庭を生きていく事だったろう。だが、〈魔王〉となったのなら話は別だ。

 彼は怪物らの盟主の一角として、〈勇者〉らとぶつかり人類と深く関わっていく事になる、無論先も言ったように〈魔王〉として別の同胞との殺し合いだってある。もう、一怪物としてこの箱庭にはいられない。

 その上で、どのような判断をし、どのような行動をし、そしてどのように生きていくのか、この箱庭にどのような影響を与えるのか。どうか、見せてくれ。

 

 

『祝福しよう。スィエールイー・スィニエーク。灰の竜、キミという変数を私は歓迎するとも、どうかこの箱庭により大きな波を起こしてくれたまえ』

 

 

 そうでなければ、キミを拾い上げた甲斐が無い。

 

 

 

 

 

 

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 眼を覚ます。

 身体が軋み、血が垂れ流れていく、骨が痛み、肉が悲鳴をあげ始めるのを感じる。だが、それも対して気にならない。むしろ、身体自体はそんなものまだまだとでも言うかのように軋んでいる筈だのに内底から沸々と力が垂れ流れているのかのような感覚すらある。

 

 

『ハァアアア……』

 

 

 呼気に灰が混じり、感覚が鋭敏になっていくのが感じられる。きっと、ドーパミンだかアドレナミンだかが出ているんだろう。まあ、この身体は人間じゃなくてドラゴンだからそれらがあるのかは疑問だが、まあ、似たような成分のがあるんだろう。

 そこまで興味はない。人間とて、人体構造全部知らなくとも生けていけるんだから。

 

 

『ああ……、クソったれ』

 

 

 いや、そんなことはどうだっていいい。

 悪態を吐きながら、俺は少しずつ鈍くなってきた後ろ脚を引きずりながら俺は精霊晶へと近づいていく。先ほど、ケルゥスが魔力だけを抽出していたがその輝きは微塵も曇る事なく、煌々とその結晶体部分を輝かせている。ケルゥスの言によるならば、それほど潤沢な魔力を貯め込んでいるのだろう。

 ああ、つまるところ、そう言う事か。

 煌々と輝くソレを前にした、俺は一切の疑問も躊躇も持たず、止まることなく

 

 バキッ、ガリ、ガキッ、ガリガリパキッ。

 そんな音を響かせながら、精霊晶の結晶群、その端側へと齧り付いていた。

 

 

『……かふっ、ケハッ、んんぁ……ぁぁあ』

 

 

 口内でばら撒かれ喉に転がり落ちていく結晶の破片、およそ今まで口にしたことのないそれらの食感、いや感覚に一瞬嘔吐くもののそれら全てを気にせず呑み込んでいく。

 頭ではよくわからなった。だが、身体が、人間ではないドラゴンとしての俺がこれで正しいと伝えてくる。ドラゴンとして高位である種である俺は魔力を食事とすることができる。転生してから一度たりとも空腹感が抱くことがなかったのはそういう事だろう。

 俺はこの精霊晶から微量ではあるが、魔力を取り込んでいた。そして、最低限の行動だけだったためにその消耗も限りなく少なく消費したエネルギーも全体量と比べれば微量も微量だった。だが、今は話は別だ。

 既に俺の身体には九か所も穴が空いている。

 それをどうにかするならば、こうして直接結晶を喰らって魔力を補給せねばならない。

 今も垂れ流れる血を取り戻す為に魔力を取り込まねばならない。人間だった時はこういう時なら肉でも食って血を取り戻すべきでは?などと考えるだろうが、関係ない。今の身体がこれで正しいと言っているのだ。いまさら、人間の時の考えに縛られる必要もないだろう。

 

 

『いや、無理だ。もう』

 

 

 結晶を噛み砕きながら、少しずつ塞がりつつある傷口を見下ろして俺はそう呟き、先ほどの光景を思い返す。

『私は屍の呪術師(リッチ・シャーマン)だ。それで充分だろう?』

 ケルゥスの言葉が反響する。

 そうだ、俺はもはや人間ではないのだ。

 俺はドラゴンなのだ。

 乃木真士という人間がいた。

 スィエールイー・スィニエークというドラゴンが此処にいる。

 もう、これは覆しようのない事実であり、そして彼が遺した呪いが俺の中に根付いてしまっている。狂うことは出来ず、人としての良心・道徳心・倫理観故の躊躇すらもはや意味がない。つまるところ、もうどうしようもないのだ。

 俺は人間に戻れないし、戻ることはない。

 

 

『俺は、灰竜だ。スィエールイー・スィニエークだ』

 

 

 ケルゥスを、彼を、この手で殺したのだ。

 ならば、彼の席に座った者としてもはや女々しく生きるなど赦されない、罪悪感とかじゃない、責任感とかじゃない。これは単純に自分の首を絞めてるだけだ。

 背水だとか、尻に火をつけるのと何も変わらない。変わらないがこれでいいのだ。

 

 

『……そう、それでいいんだ。俺は』

 

 

 あれほど深かった傷口が塞がっていくという、怪物らしい光景を目にしながら俺は自分の中で見切りをつけてゆっくりと動くように感覚が戻ってきた足を動かしていきいつもの寝場所に移動して身体を降ろす。

 そうして、視線を洞窟内に巡らせれば降り積もる灰を取り込みながら片隅で蠢く血の塊とも言うべき粘体の異形(スライム)がそのサイズをゴーレムに近いモノにまで膨らませており、他には洞窟の壁を、岩山に風穴が空き、陽光が差し込んでいるという劇的なビフォーアフター、そしてどうやらケルゥスが何かしていたのか大慌てで坑道から雪崩れ込んできたガーゴイルやゴーレムら。

 そんな奴らの姿を視界に収めながら、俺はいまだ痛みを訴える身体を、寝かしつける為に首を巻いて瞼を閉じた。

 

 

『さようならだ。乃木真士』

 

 

 きっと、もう、会う事はないだろう。

 

 

 

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〈屍鹿の魔王〉
ケルゥス・スィニエーク

彼に生前の記憶はない。不死者として彼は多くの知識を求めた、何れこの世界の全てを網羅したいと願っていた。それがいったいどのような思いから生じたのか、彼は終ぞ知ることはなかった。

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