“WRCC”
正式名称 ワールドライダースチャンピオンシップ
世界を舞台に開催され人々を熱狂させる二輪車レースであり、二輪車というものが世に送り出されてから幾星霜。数多の企業が参加し、技術を競い合い、鎬を削っていた。
様々な国のサーキットがランダムに選ばれ、国を移しながら年10戦を戦いポイント制で総合タイトルが決められるWRCC。1つの国で1位を獲得しても第2戦第3戦と続くレースで勝利できなければ総合優勝は遠く、逆に堅調に上位入賞すれば、最終的にポイント逆転で番狂わせが発生することもある。総合タイトル、果てに連覇は非常に難しいシリーズとされている。
そんな今年は、日本から世界に誇る二輪4メーカーとしてホンマ、ウマハ、スザキ、ハマサキが参戦。他にもイタリアのヘカティやアフレリア、イギリスのトライアルファといった有力メーカーが軒を連ね、数々の歴史的ドラマを生みだしてきた。
名誉、逆境、敗北、友情、熱狂、意地、栄光そしてそれがもたらすものは―――
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『今年も残すところ、あと1戦となりました!!
“WRCC”、ワールドライダースチャンピオンシップ 最終戦は日本、三重県にあります、ここ鈴香サーキットで開催となりました。ドイツ、ベルギー、アメリカ、イギリス、トルコ、ドバイ、ブラジル、オーストラリア、そしてマレーシアを経て世界を熱狂させたWRCCもついに今年の大締め!果たして栄光を掴むのはどのメーカーか⁉どのライダーか⁉ひと時も目が離せませんッ!』
『現在、総合タイトルに王手をかけているのがこのWRCCで5度の優勝、そして前人未踏の3連覇を成し遂げようとしているホンマ技研 VRC201を駆る絶対王者アイデルン・ラグナ!』
『しかしそれに待ったをかけるのは、まさかまさか日本からの若き侍!ハマサキ重工WR-ZXを操りベルギー、イギリス、トルコでラグナを下したサカキ・トウシロウ!!』
『縺れに縺れた今年のWRCC!3位以下を突き放し、ポイントを取られては取り返す!!総合タイトルはこの二人の争いとなりました!!勝った方がッ、相手より早くチェッカーを受けた方がッ!総合優勝という壮絶な果し合いとなります!!』
『スターティンググリッドはポイントトップのホンマ・ラグナがポール、続いてハマサキのサカキ、ヘカティ・モレーロと続きます。ウマハは6番手、スザキは11番手』
『今年、誰も達成したことのない伝説が誕生するのか⁉それとも若き世代の下剋上か⁉女神の祝福は誰の手に?栄光の最終戦鈴香サーキット!!18万人の観客に見守られる2時間の激闘!!』
『各車スターティンググリッドに並びシグナル点灯—————ッ』
瞬間の静寂
刹那の鼓動
僅かな時間の彼方
栄光を目指して、20数台が咆哮を響かせる
歓声
意地
戦いの火蓋が切られた―――
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序盤からペースを上げ、逃げを図るラグナ。対するサカキは背後につき差す機会を伺う。コーナーに勝るホンマ対して直線の速いハマサキ。
互いにアドバンテージを稼げるポイントが違っており、タイムこそ肉薄すれど、ハナを抑えられハマサキには厳しい戦いが続いていた。王者は華麗にブロックを続けスリップストリームを使わせず消耗を誘う。
12周目、オー・スプーンコーナーでハマサキがアウトサイドから大きく弧を描いたラインを使い、内側に大きく切り込み裏ストレートで並び加速勝負を仕掛ける。ほんの僅かハマサキが先を取った。
しかし続くR130で今度はホンマがハナを引っ込めインを突き刺す。フルブレーキングからのシケインではホンマにアドバンテージがあり、ハマサキは内側を譲らざるを得ず先頭奪還とはならなかった。
29周目、一瞬の隙を突きハマサキが最終コーナー立ち上がりで横に並び加速、直線に勝るハマサキがホームストレートで一陣の風となり1コーナーまでにハナを抑え先頭が入れ替わった。
43周目、やり合う2台の前に周回遅れのマシンが立ち塞がる。これに引っ掛かったハマサキを見逃さず、ホンマが外からかぶせて抜き去る。王者はタイミングを虎視眈々と狙っていた。1回のミスが、ほんの小さな綻びが、大きく響いて襲い掛かった―――
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「ハッ、ハァ―――」
呼吸が定まらない。眼が霞む。今は何周目だったか。思考もまとまらない。
2輪車の強烈な加減速Gにコーナーで襲い掛かる横Gは確実に体力を削ってきていた。限界域で走行をつづけるために一瞬も気を抜けない。体に叩きつけられる空気抵抗、頭の中をクールダウンさせてくれない熱気。ただただ前を追い、抜き、抜かれ激しい応酬を繰り返す。
何度目か数えるのも定まらなくなったメインスタンドの前を全開で通過する。チームからこちらに提示されたラップ数は53周目。
エンジンは熱ダレしてダルくなってきていた。加速が鈍く思うようなスピードに乗せられない。
激しい減速で酷使したブレーキは効かず制動距離は延び切って、だがタイヤはそれ以上にダメだった。ついにはコーナーでずるりと滑るまでにグリップを失いマシンが暴れる。油断すればそのまま吹き飛んでしまいそうなそれを気合いで抑え込む。
しかし追うべき背中は、超えたい男はすぐ前を走っている―――
「こっちがキツいなら、向こうだってキツいだろ!」
鈴香サーキットは2輪車が全開で走れば、2分と数秒で周回する。それを2時間。
数にして55周、さっきホームストレートで提示された周回数は53周目だった。猶予はあと2周。あと2周で前の男を抜かなければこっちの負けだ。
「コーナーは向こうが速ェし、ストレートはエンジンタレてキッツいしどうするかねェ……」
だが向こうもタイヤがツラいのかコーナーの姿勢が安定していない。そして直線はこちらが近づく。まだこちらに分があった。
直線で勝るマシンが仕掛けるならストレートで並ぶしかない―――
ラストラップのオー・スプーンコーナーを立ち上がり重視のラインで加速、裏ストレートで並びR130を被せてシケインを抑え込みチェッカー。ギリギリまで溜める、タイヤを使い切る一か八かの大博打。
男の思い描く勝利パターンだ。だが当然こっちの考えることなんざ向こうは読んでくる。
「勝負はオー・スプーンからR130!!お前と俺の度胸試しよッ!!―――ラグナッ!!!!」
『今年も長いようで短かったWRCC!!最終戦鈴香の戦いもついにファイナルラップに入ります!!シケインを抜けてラグナとサカキがほぼ並んで最終コーナーを立ち上がってくるッ!!コントロールラインをほぼ並んで通過ァ!!なんとなんと差は千分の15秒!!!わずかにラグナリード!しかし分からない!!分からないぞッッッ』
ファイナルラップ
丁寧に、丁寧に。暴れるマシンを抑えつけ、少しずつ余裕を削っていく。詰められる場所をさらに詰め、男の背と並ぶ。タイヤの感触を確かめながら慎重にスロットルを開けて滑るギリギリを探る。
一瞬でも折り合いを欠けば破綻する攻防
そうすればあるのはクラッシュだ。良くて大怪我、悪けりゃ死が待っている。
次第に脳が限界を超え始める。まるで自分の体が自分のものでないような感覚に陥るが、視界が狭くクリアになっていく。まるでマシンと一体化して冴えわたるような…ゾーン。
「ここだ――――ッ!!」
オー・スプーンコーナーを立ち上がり重視で曲がり、スロットルを限界まで開ける。唸りを上げ加速するマシン。
「加速の伸びはこっちだ!!!勝負だラグナッ!!!!」
裏ストレートで立ち上がり横に並ぶホンマとハマサキ。ハマサキが勝負に出た。オー・スプーンコーナーの速度をわざと抑えて早めにスロットルを開ける。加速に分のあるハマサキが伸びてこないホンマを捉える。そして二台横に並んだままR130へ―――
「このままR130でアウトからいってやらァ!!」
並ぶ二台。真横について差のないまま、わずかにラグナが前に出てR130 に差し掛かる。このままいけると意気込んだ男は、先で起こっていたことに気づけなかった。
「なッ――――!?」
刹那
イン側にいたラグナがこちらに向かって右手で減速しろと合図を出した
何故―――
「なんでッ……!?」
反射で急ブレーキを掛けた。姿勢を崩すが、なんとかマシンを立て直したサカキ。自分がどうなっていたのかも分からずそのままR130を抜け立ち上がる。
頭を上げた先には誰もいない景色。目の前を走っていたはずの、隣にいたはずの男が消えた。このままコース上で止まれば、後続のマシンに追突されるなど自身や周りを危険に晒すため、振り向かずに走った。
困惑したまま最後のシケインを通過。ホームストレートまで帰ってきた。が、静まり返るスタンドに誰もかれもが理解しがたいような顔をして男を見ていた。
ゴールポストから降られていた赤旗を見て、ようやく、消えた王者に何が起こったのか男は悟ることになる。
メインスタンドに映し出されていた映像がすべてを物語っていた。R130で転倒した周回遅れのマシンと、それに衝突し宙を舞う、隣を走っていた彼の姿を。
壁に叩きつけられた彼に突き刺さり、炎を上げ始めた彼の愛機を―――
*****
『ファイナルラップのオー・スプーンコーナーでサカキが勝負にでたッ!!!直線で行く!直線加速はハマサキが速いぞッ!!並ぶか!!?並んだ!!並んだ!!!そのまま裏ストレートを横並びで二台飛んで行く!!どっちだ!?どっちだ!?鬼門のR130!!!だがしかし前に周回遅れマシンがいるぞ!あぁぁぁーーーーーーーー!!!』
静寂が包む。誰もが状況を呑み込めなかった
『クラッシュ!!クラッシュです!!!R130で二台クラッシュ!!なんだ!?何があった!?ホンマとハマサキか!?』
『火の手が上がっているのが見えます!壁に突き刺さったマシンから火が上がっている!!オフィシャルが消火活動を行っていますがライダーは無事なのか!?』
虚しく木霊する一台のエキゾースト
『ホームストレートに1台帰ってきたそッ!?―――ハマサキ!?ハマサキが今トップチェッカー!!しかしサカキ呆然としている!!ってことはラグナ!?チャンピオンラグナがR130でクラッシュ!!大変なことが起きてしまいました!!』
*****
赤旗が降られた。サーキットにおける赤い旗は中断―――悪天候や事故が発生しレースを即中断する必要が生じた際に競技者に出される合図である。クラッシュでこの合図が出された場合には、生命にかかわるような事故に発展している可能性が高い。
火の手が消し止められたマシンの下からラグナがようやく引きずり出され、オフィシャルが慎重に担架に載せて救急車に収容し搬送していく。
来場者18万人が、日本の観戦者が、世界が注目していたレースで起こった悲劇。
誰もが目を疑った。
自分の目を信じられなかった。
WRCCを5回優勝し、3連覇のかかった絶対王者アイデルン・ラグナがクラッシュするなど誰が信じられようか。
全マシンがピットレーンに戻されレースは中断、あれほどの熱気に包まれ、歓声が上がっていたはずのスタンドを不気味なほどの静寂が、得も言われぬ不安感が鈴香を包んでいた。皆、クラッシュしてしまったラグナの無事を祈って。
それが天に届くと信じて……。
*****
チームピットに戻ってきた男をメンバーが取り囲む。傍から見ても分かるほど、男は混乱していた。一番近くで見ていたはずの男が状況を理解できずにいる。
「サカキッ…。無事か!?痛むところは?」
「いや、こっちは平気だョ…。ギリギリで立て直せたけど…ラグナがスピードを落とせって…。いきなり目の前からいなくなりやがったんだ!」
ハマサキチームのチーフディレクターが近づき、サカキから詳しい話を聞き出そうとしていた。しかしサカキも混乱していて語気を荒げてしまう。
「落ち着いてくれ」
「落ち着いていられるかよッ!!」
「R130で何があったのか聞かせてくれ」
「俺が聞きてェよそんなこと!!」
「R130ではどっちが前に居たんだ?」
「向こうだョ…。インについてたのはあっちでその先は分からなかった…。半身ぐらい向こうが前で、コーナーに飛び込むところで右手でスピードを落とせって合図してきたんだ。」
「その先で周回遅れが転倒していたんだ…。」
「ッ!?」
「おそらく前に居たラグナが先に気づいたんだ。だがアウトで半身後ろにいたキミからは、死角にあたり見えてなかったんじゃないか?」
「イエローフラッグは振られてなかったんだぞ!?」
「間に合わなかったんじゃないか…?おそらく転倒した直後にキミたちがきてしまったんだろう。」
「ッ…クソが!」
「ラグナは救急車で病院に運ばれたよ…。もう無事を祈るしかない。」
「俺に合図さえ出さなきゃ向こうは助かってたはずだ…、ラグナなら避けられたはずだろ……。」
「そうしていたらキミがああなっていただろ?ラグナは機転を利かせてキミを助けてくれたんだ」
「だからって自分がクラッシュしてまで……。」
ディレクターの携帯電話が鳴り着信を告げる。
「すまない。ちょっと出るよ」
「あぁ…。そうしてくれ…。」
電話に出たチーフの表情がだんだんと曇っていく。
二言ほどやり取りをした後、今後のタイムスケジュールを確認して静かに電話を切った。
「残念な知らせだ―――」
*****
『えー、来場者の皆さま。またテレビの前の皆さまに大変なお知らせをしなければなりません。ファイナルラップのR130でクラッシュし、病院に搬送されたアイデルン・ラグナですが、搬送先の病院にて死亡が確認されました。繰り返します―――』
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―――世界的なライダーが鈴香に散った。その情報は瞬く間に駆け巡り臨時ニュースに取り上げられるほど注目度が大きく連日ニュースやワイドショーで取り上げられる。
モータースポーツ人気の時代に起こったヒーローの悲劇。それは速さを競いライダーたちの安全性を軽視していたメーカーの責任であると世間の風当たりが非常に厳しいものとなった。
様々な議論を呼び物議を醸したなかで、どう決着をつけたものか決めかねるWRCC運営。
順当にいけばトップで帰ってきたハマサキ重工・サカキが優勝となるはずであったが、しかしながらハマサキのコメントは驚きのものだった。
「あの時、一番速かった選手はアイデルン・ラグナであり、あのままR130、シケインと勝負を続けていてもサカキは抜かせていなかった。彼の冥福を祈る。ホンマを抜けずに得たタイトルに価値はない。」
というコメントを発表し優勝を辞退すると宣言。
王者が亡くなってしまった今回の悲劇で世間はこのハマサキの判断を称賛し、当のサカキからコメントはなく、WRCC運営はこの宣言を正式なものとして取り扱うことを決定した。
結局この年のWRCCは優勝者不在として処理され、逝ってしまったアイデルン・ラグナを貴び、幻の3連覇として語り継がれることとなる。
ハマサキが辞退したことで、サカキのシリーズタイトルは白紙となり、注目されることも取り上げられることもなかった。WRCC制覇という二輪メーカーにとって、世界で走るライダーにとって輝かしいものであることを分かっていながらそれは葬り去られた。
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翌年、開催されたWRCCでは昨年の悲劇を踏まえ安全性に舵を切り、マシンレギュレーションも大幅に厳しいものとなり開催となった。
ハマサキ陣営にある男の名は無く、レギュレーションの対応に遅れたハマサキは優勝候補とみられていた前年の勢いが蜃気楼であったかのような精彩を欠いた戦いを余儀なくされる。この年のWRCCからハマサキは低迷していった―――――。
一人の男が手にしたはずの栄光は、風となってかき消えてゆく。