日が暮れてしばらくすれば、夏といえど夜の帳は降りるものですっかり暗くなっていく。しかし今日は提灯の薄ら灯りがぼんやりと公園を照らしていた。所狭しと出店が並び、どこからともなく聞こえる祭囃子。
納涼と銘打たれたこの夏祭りは花火大会も兼ねており、夏合宿に来ていたトレセン生のみならず地元の方々も来られる規模の大きいものだ。
去年はどうしていたっけ。たしかマヤノトップガンとマーベラスサンデーの2人が暴れてダイワスカーレットに熱々たこ焼きの刑に処されたんだったか。
残念ながら今年の夏合宿は奴らのチームが別会場なので姿を見ることがないが、それで良かったのかもしれない。
あの年中お祭り娘2人が居たらディープスカイにどんなシナジー効果を生み出すか分からないからだ。今以上のはっちゃけ具合になったなら、もう俺の手には負えない。
「これとぉ、これ!」
「あいよ、3つで1500円ね」
「あと追加で塩タレの方も!チョモランマで!」
「あいよ、1000円ね」
「……山、みたい…」
「他人の金で食べる飯ほど美味いものはないんですよぉ!」
彼女らの手には更にお祭りグルメが積まれ、俺の財布からはとんでもない勢いで金が消失していく。
約1名がだいぶ飛ばしているが、大型バイクをブン回して乗ったってこんな勢いで
「ほらよ」
「……ドーモ」
口元に運ばれた焼きそばの、なんと味が染みたことか。こうして俺にも分けてくれるのはウオッカぐらいだ。
そもそも俺が出店の支払いを持つ提案をしたのだから、どうこう言えた訳じゃないけども……そんなに茶色いもんばかり食ってるとニキビができまくるぞ。
「トレーナーもせっかく払ってんだからもっと食った方がいいぜ?」
「いやな、最近揚げ物とか油分が辛くてサ」
「ジジくさいですよ?まだそこまででもないでしょうに」
「……いつか俺の言ってた事が分かるようになるョ」
これは本当だ。あと、少しでも節約しないと財布が……。
「でも……こんな、に、食べて……いいんですか………?」
「おー食っとけ食っとけ。食った分お前さんたちの腹の肉になるからな。トレセンに帰ったら減量メニューだ」
「え!?あっ!!は、謀りましたね!!?」
ホクホク顔だったスカイがハッとして抗議してくる。
いや……こんだけバカスカ食べればそりゃそうなるだろ。つっても筋肉量と代謝のいいウマ娘だから、みっちりやってレース前までに戻す算段だ。裏を返せばデブるのもそれだけ早いんだけどな。
「自分で頼んだ分は食べきれよ。勝負服が着られなくなっても俺は責任取らないがな」
「…………くっ!」
ウマ娘なら食べきれないことはないだろうが、そのカロリーの暴力は相当なものだ。年頃の女子たちに『太れ』と言っているのだから箸も止まろう。特にスカイはかなりの恵体だし。
「あとブルースリ、お前さんはこんど勝負服の採寸がある。あまり食べ過ぎてくれるなよ」
「……ん。もっと…早く、言うべき……」
いつにも増してジットリとした視線を向けてくるブルースリ。彼女はスカイほど暴食していないが、そこそこのメニューを平らげている。彼女のほっそりとした体のラインは、とんでもない事になっていたスペシャルウィークやオグリキャップに比べればどうって事ないと思うが……女子の心は複雑らしい。
「これはスカーレット先輩に援護要請ですね……!」
結局スカイは一人で食べ切る選択肢を捨て、先輩を巻き込む判断に至った。
「こうしちゃいられません!探してきます!」
「あ、おい!待」
向こうを邪魔しちゃ悪いと止める間もなくスカイはかけ出し、あっという間に人混みに紛れて行ってしまった。
……鉄砲玉が過ぎる。一応、はぐれた場合の集合場所は決めてあるが如何せん夏祭りの会場は人出が多く、なによりスカイは迷い子前科アリだ。
「すまないブルースリ、頼めるか」
こくりと頷いてブルースリはスカイの駆け出した方向へ向かう。足の速さではウマ娘に追いつけないし、スカーレット側にメッセージを送っておくが、あいつの暴走状態を止められるのはブルースリぐらいだ。
「……困ったやつだぜ」
「まったくだナ」
あと半刻ほどで花火が始まってしまう時間だ。そろそろ場所取りに動かなければこちらも観る場所に
「────ん?」
ぴくりとウオッカの耳が立ち、周囲をキョロキョロと見回す。
「どうした?」
「いや……気のせいか?でもな………」
何か気になる事があるのか、ウオッカの様子は落ち着かない。おそらく彼女の耳が何かを拾ったようで耳をそばだてる。
「なぁトレーナー、悲鳴みたいなの聞こえなかったか?」
「悲鳴?」
俺の耳に聞こえるのは、ただただ夏祭りの雑踏と喧騒。それらしい声は認識できない。
ウマ娘の聴力はヒトよりずっといいから、何かそういったものを拾った可能性はある。だからと言えどこの人混みの中でその声の主を探すのは困難極まりないし、夏祭りにはしゃいで元気のいい声を出しそうな子供だって少し見回せばいくらでも居る。そういった声の可能性は大いにあった。
「……」
「どうだ?」
「わかんねぇ……勘違いかもしれねーけど………」
勘違いだといって片付けてしまうのは簡単だが、何か気になるらしいウオッカの耳はいろんな方へ向き音を拾おうとしている。そんな様子に俺はふと頬が緩んだ気がした。
「悲鳴がしたって方向に行ってみるか?勘違いならそれで良し。なんかあったなら俺らにできる事なら協力しよう、それでどうだ?」
「……!」
こういう所を流したりしない辺り、本当に性善なやつだと思う。気のせいだと片付けてしまう事の方が普通だろうに。その言葉で嬉しそうに微笑む姿は夏の夜にあってもなお輝いた。
───ウオッカの勘を頼りに悲鳴がしたと思われる方向へ進む。だんだんと夏祭りの広場を離れ、道は次第に小高い丘へ上がるちょっとした登山道のようなものとなった。
石畳の階段はまだ先があり、おそらく展望台か何かに通じているのだろう。この後打ち上げ予定の花火を観覧するならうってつけと言えようか。
しかし
たしか、そういう意味でも夏合宿中のウマ娘の立ち入りを禁止されているエリアである。
「……何も無さそうだな。そろそろ待ち合わせの時間だろうし戻るか」
「んー……悪かったなトレーナー。付き合わせちまって」
「何もなかったんだ。それでいい良かったじゃないか」
ようやく安心できたのかウオッカの表情は緩む。
戻る時間を考えればこれより上に進むのは厳しそうだ。俺もウオッカも階段を引き返そうとした。
「───誰かいませんか!」
足を止める。俺の耳は微かに、ウオッカは明確に声を聞いた。木々に遮られて聴こえづらかったが、俺たちのいる場所よりも上の方だ。
「聞いたかトレーナー!」
「ああ……何もなきゃよかったんだが、ナ───」
再び身を翻して、今度は階段を駆け上がる。スマホのライトで照らしつつまどろっこしいから一段飛ばしだ。
俺が後から追いかける形になるが、ウオッカも合わせてくれている。
「───いたッ!」
しばし駆け上がった階段上に膝をついたウマ娘の姿があった。暗がりでよく見えないが、その横にもう一人倒れている……?
「おい、大丈夫か!?」
声をかけられたウマ娘は俺たちに気づくとハッと顔を上げ、黒鹿毛のウマ娘は安堵の表情を浮かべた。
……そして、その足元には浴衣姿で鹿毛のウマ娘が横たわっていた。浴衣は所々に土汚れがあり、どこからか流血しているようで顔の半分は赤く染っている。おそらく額部のどこかを打ちつけたのだろう。額は皮膚が張っていて切れやすい上に、切ると派手に出血する傾向にある。
「イアちゃん!人が来てくれたよ!」
「…………う、ぁ…」
「待て、頭を打ってる可能性があるから揺らすな!」
少し目が開いたものの、視線は虚ろで呼び掛けに対する反応も鈍く、意識が混濁してるらしい。
「どうした?何があったんだ?」
「その、階段で躓いて……!」
そう言って黒鹿毛のウマ娘は、今いる所よりも10段ほど上の箇所を指さした。結構な勢いで転げ落ちたようだが、斜面から滑落しなかったのは不幸中の幸いか。おそらく慣れない浴衣の為に足を踏み外してしまったのかもしれない。
肌を見る事になるが仕方ない。今は四の五の言ってられるか……!
「悪いな、触るぞ」
「えっ……あの………」
傷を見ていると前頭部に裂傷があり、出血はここからだ。ハンカチを押し当て止血を試みる。打撲はありそうだが、手足に変形は見られず幸いにも関節や骨まではやってないだろう。
これも見ただけだから早いうちに病院へ連れていきたいが……救急車を呼んだとて夏祭り会場に来るまでには時間がかかる。どうする……?
「大丈夫だぜ。この人怪しそうに見えるけどトレーナーだから」
「あ、え?ウ、ウオッカ先輩!?」
ウオッカにこの反応をするなら下級生達だ。そして夏合宿に来ているならどこかしらチームに所属しているかトレーナー契約をしているはず。
「お前さんたち、トレセン生か?トレーナーには連絡したか?」
「ウマホ電池きれちゃってて…まだで……」
「他のメンバーは?」
「その……」
突然黒鹿毛のウマ娘は歯切れが悪くなり、視線をあちこちへ向け始めた……おそらく、トレーナーにもチームのやつにも言わないで来たんだろうな。
「お前さんたちだけで来たのか?」
「……はい」
マズったな……。他にもメンツが居たならここまで大事にもなっていなかったかもしれないのに。
タラレバの話をしても仕方がないし、こうしてアクシデントを起こしてしまった以上、なんらかのペナルティが彼女たちに課せられる可能性もある……まあ、それは今はいい。彼女たちが俺のチームである訳でもないし。
「とにかく診療所へ運ぼう。ウオッカ、頼めるか?」
「おう!」
「………ロー…くん、ごめん……」
「いいんだ…!ボクも止めるべきだったんだ……!」
ウオッカが倒れていたウマ娘を横抱きで持ち上げ、階段を引き返していく。こういう時、人間より遥かに力強いウマ娘はありがたい存在だ。ウマ娘たちの精神的にも、同じウマ娘がいた方が安心できるだろうしな。
そうして来た道を引き返す。とにかく、この二人を助けることができてよかった。
「すまん、助かったよ」
「いえ、当然の事をしたまでですョ。ん」
「あぁ……始まっちまったな」
───無事、彼女らを診療所へ届けトレーナー間でアレコレしていたら、夜空には光輪が咲いてしまった。それで思ったよりも時間を使ってしまった事に気づいたし、ウオッカも微妙な表情を浮かべる。まあ、しょうがないだろう。
救助したウマ娘達が所属していたのは、重賞勝ちを上げたウマ娘が数名居る中堅チームであり、俺からしたら先輩のトレーナーが率いていた。
彼女らはまだ加入してから数ヶ月という所で、元から所属していたウマ娘達とは仲良くなれているかは微妙な期間だろうか。
「あの子達はどうなります?」
「何とも言えん……。立ち入り禁止の場所に行っちまってるし、最悪の場合は契約解除も有りうる」
チーム所属という事は、彼女たちは一定の実力を持っているという事。
だが、理由はどうあれトレーナー契約を解除されたとなれば『気性難』として悪評が広まり、次の契約は難航するだろう。当然だがトレーナーのデータベースでそういった情報は共有されるし、一度貼られたレッテルを覆すのはそう容易ではない。そこは、彼女たちの頑張りによるだろう。もう俺の出る幕じゃない。
そうそう、助け出したウマ娘は診療所までの道すがらに意識を回復し、横抱きしているウオッカを見て「……えっ、顔……良すぎ……」とうわ言のようなものを零していた。いやマジでうわ言だな。
当のウマ娘はこの後病院へ移動し詳しい検査と処置をするそうで、もう一人のウマ娘共々彼女らチームのトレーナーが連れて帰っていった。
一息ついてポケットから取り出したスマホは花火よりもピカピカと光る。俺のはスカイからの通知がすごい件数になってるし、ウオッカのウマホにもスカーレットからのメッセージが入っていた。
「もう遅いかもしれんが集合場所へ行くか」
「だな」
一応謝罪と事の顛末を簡単に送りメッセージは止んだものの、やらかし二連発はちょっといただけないな……。
「まあ、今回は真っ当な理由があるんだしオレも関わってるからな」
「むしろ助かったョ。俺一人じゃ悲鳴に気づけなかった」
人間の聴力じゃあの雑踏の中でとても悲鳴なんて聞こえなかったし、山道から助け出すのは容易でなかっただろう。
「ありがとうな」
ぐしゃぐしゃとウオッカの髪を撫でる。気の所為だとウオッカの言う事に耳を傾けていなかったら、きっと後悔する事になっていたかもしれない。なにやら喚き散らしたウオッカが手櫛で髪を整えると、拳を差し出してきた。
「ん」
拳を当て返す。それで満足そうに微笑んだ彼女は隣に並んで歩き出す。花火を見る事は叶わなかったけど、それでいいじゃないか。
「───いつかちゃんと花火を見よう」